イチロー引退について



大リーグ・マリナーズのイチロー選手が21日の東京ドームでの試合後、引退を表明した。


(社説)イチロー引退 多くの記録と言葉残し
2019年3月23日05時00分 朝日DIGITAL

選手と観客、それぞれの思いが交差し凝縮する。スポーツの幸福な時間を見た思いがする。

 シアトル・マリナーズのイチロー選手(45)が、現役生活に終止符を打った。

 おとといの東京ドーム。観客に促され、試合終了後のグラウンドにイチローが再び立った。拍手と声援が包む。

 「あれを見せられたら、後悔などあろうはずがありません」

 その後の記者会見では、ファンへの感謝を何度も口にした。

 打ち立てた記録はまばゆいばかりだ。日本では7年連続の首位打者。大リーグ移籍後も、84年ぶりにシーズン最多安打記録を塗り替え(04年)、10年続けて200安打を達成した。

 打撃だけではない。強肩、俊足。スピード感あふれるプレーが鮮烈だった。パワー全盛の大リーグで野球の面白さを再発見させた、との評価は決して過大ではない。先達の野茂英雄選手が、ストライキ騒動で落ち込んだ大リーグ人気の復活の原動力になったのと同じように、球史に大きな足跡を残した。

 活躍を支えたひとつが、たゆまぬ準備だ。

 印象に残る場面がある。06年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)準決勝。雨で1時間弱中断した後、多くの選手が山なりのキャッチボールで体をほぐすなか、イチローだけが外野からいきなり快速球を相手の胸に投げ込んだ。

 試合に入った以上、常にベストのプレーができるように心身を維持する。「イチロー流」がかいま見えた瞬間だった。

 そんなストイックさは、人を容易に寄せつけぬ雰囲気を醸しだし、チーム内で孤立しているように映ることもあった。

 だがニューヨーク、マイアミと他球団を経験するなかで、視野が広がっていったという。引退会見では「人が喜んでくれることが自分にとっても一番うれしいことになった」と語り、この間の成熟ぶりを印象づけた。

 最近は後輩やさらに下の世代を意識した発言も増えていた。日米通算4千安打を達成したときには、「4千のヒットを打つには8千回以上悔しい思いをしてきた」と語っている。

 失敗に向き合い、克服の道を試行錯誤する。その営みをうむことなく重ねる力こそが、イチローをイチローたらしめたものだったのだろう。

 出場機会がなくなった昨年5月以降も練習に取り組んだ自らを、「どの記録よりも、ほんの少しだけ、誇りをもてた」。そんな言葉を残し、日米で28年間着続けたユニホームを脱いだ。


イチローは昨年の5月頃、マリナーズとの特別契約に移行し、球団の役職に就き、チームへの練習に参加できるという前代未聞の立場であったが事実上の引退であった。


イチロー44歳「動体視力の衰え」でマリナーズ特別契約
2018年5月8日 2時0分 Smart FLASH

「戦力として認められないなら解雇ですが、それが球団の役職に就き、しかもチームの練習にも参加できる。まさに前代未聞の契約ですね」

 メジャーリーグ評論家の福島良一氏も、このように驚きを隠せない。

 それは突然のことだった。5月4日(日本時間)、イチロー(44)はメジャー登録を外れ、球団の会長付特別補佐に就任。今季はプレーしないとマリナーズは発表した。それにしてもなぜこの時期だったのか。

「キャンプ中の怪我で戦列を離れていた主力のギャメル外野手の復帰が早まった。となれば、穴埋め要員で獲ったイチローは不要。メジャーに情けはない。昨年は代打がおもで、調整が難しく結果が残せなかったといわれた。

 だが今季はスタメン中心でも、打率.205と結果がともなわない。結局は衰え。それも体力的なものではなく、動体視力、つまり目の衰えだった」(専門誌記者)

 現役時代後半、自身も目の衰えに悩まされた評論家の広澤克実氏が語る。

「目が衰えると、焦点が合う時間が遅れる。大谷の160キロの速球なら0.1秒で約4メートルボールが動く。目の衰えにより、そのわずかな時間に対応が遅れてしまう。走塁や捕球は大丈夫でも、打つことには支障が出てくる」

 かつて、「現役は最低でも50歳まで」と言って憚らなかったイチローだが、球団の要請に納得できたのか。

「当初はメジャー契約での現役に拘わっていたが、イチローを獲得する球団は皆無だった。そこで球団は、『フロントに入り、チームに帯同して若手に助言してほしい。来年以降の復帰の可能性はある。これは誰もやったことがない。その前例のないことに挑戦してほしい』と熱く訴えた。彼はこの言葉にプライドをくすぐられた」(メジャー担当記者)

 だが、球団の本音はこうだ。

「米国本土より1週間程度早い海外での開幕の場合、特例としてメジャー登録枠が25人から28人に拡大されるのが一般的。来年マリナーズは、その条件にあてはまる日本での開幕戦がある。それがイチローの “引退セレモニー” になるといわれ、そこで球団はひと儲けを目論んでいる」(同前)

 現役復帰は “確約済み” だが、試合に出られない彼は、年齢、衰えに対し、一人で闘わなければならない。

(週刊FLASH 2018年5月22号)


イチローはメジャーでの現役継続にこだわっていたが、イチローを獲得する球団は皆無だった為、球団側はチームに帯同して若手に助言して欲しい、来年以降の復帰の可能性はあると伝えていた。

イチロー自身は最低でも現役は50歳まで続けたいと考えていたようである。


イチローは引退会見で、「監督は絶対無理。人望ない」と表明し、また「日本復帰の選択肢はない」と断言している。


指導者としてではなく、あくまでもプレイヤーとして野球をすることこそが、イチローの目標であったようである。


それもメジャーリーグという最高の舞台でなければダメなのである。


今回、イチローが現役引退を表明しなければならなかったのは、やはり「動体視力の衰え」で、プレイヤーとしての最高のパフォーマンスを発揮できなくなったからである。


それでやむなく、引退を選択したのである。




メディアは、“引き際の美学”とか、”有終の美”といった言葉で、イチローの引退を評価している。








引退の理由


イチローは現在、ラーフ/木星期であるが、イチローの動体視力の低下など、プレイヤーとしてのパフォーマンスの低下は2015年8月2日以降のマハダシャーラーフ期への移行から始まっていたはずである。

ラーフは視力を表わす2室に在住し、蠍座ラグナにとってマラカとなる3、4室支配の土星が8室からラーフにアスペクトしている。


従って、マラカに在住し、マラカの土星からアスペクトされるラーフ期に移行していたのである。


ラーフは2室(目、視力)に在住しているため、動体視力の低下を招き、またマラカの在住星は体力の低下などももたらしたと考えられる。



このようにダシャーとしては2015年8月から始まっていたが、トランジットの土星がこの射手座2室に入室して、ラーフとコンジャンクトし、木星も入室して2室と8室にダブルトランジットし、また更にケートゥが2室に入室して、ラーフが8室に入室するタイミング、つまり、ラーフ/ケートゥ軸が、射手座/双子座軸に入ったタイミングで、ついに引退を決断することになったようである。


2室にダブルトランジットが生じ、特に土星がトランジットしていることで、より動体視力や体力の低下に深刻度が増したということではないかと思われる。



そして、物事の中断、変化の8室にダブルトランジットが形成されるタイミングで、引退となったのである。




然し、実際にはイチローの動体視力や体力の低下は、既にマハダシャー火星期に移行した段階で始まっていたのである。


火星はラグナロードで6室で自室に在住し、逆行して、月から見た2室と2室の支配星にアスペクトしている。


またナヴァムシャでも同様に、ラグナ、月からみた2室にアスペクトし、2室の支配星とコンジャンクトしている。



私はイチローについて、ずっとブログを書きながら、ウォッチしてきたが、以前の記事で、マハダシャー火星期から動体視力の低下や運動能力の低下に悩まされてきたことを確認している。


そして、その火星期を何とか、乗り越えて、それで、ラーフ期に移行して今回の引退となったのである。






スポーツ選手は、年齢を重ねることで、体力が低下する為、体力を維持して、現役を続けること自体が戦いであるが、イチローは、その戦いをこの引退の日までの間に相当長い間、行ってきたに違いないのである。



そして、ラーフ期に移行して、イチローはあくまでも現役にこだわったが、昨年、イチローを獲得したい球団がなかったことから、球団側から事実上、引退を促されたに等しい特別契約へと移行したのである。


イチローは会見の中で、この特別契約を結んで、若手に助言する役回りをした日々というものを印象深く、かけがえのないものであったと語っている。



ナヴァムシャではラーフから見て、木星は10室に在住しており、ダシャムシャでも木星は、4室から10室にアスペクトしている。



従って、昨年の2018年4月14日からのラーフ/木星期には、おもに若手に教えることに専念してきたことが伺える。



通常、イチローにとって過去の木星期、アンタルダシャー木星期などは、優れたパフォーマンスを示し、選手として活躍する時期であったが、それは木星が3室で減衰して、パラシャラの例外則によるラージャヨーガ的な働きを持つからである。またニーチャバンガラージャヨーガも形成している。


例えば、月/木星期などは、イチローがメジャーリーグで大活躍した時期であることからもそれが分かる。


然し、マハダシャーが凶星のラーフ期となり、ラーフと絡んでいない5室支配の木星期は、イチローにとって良い時期と言うことはできず、イチローの引退につながることとなった。


これはダシャー解釈の法則通りである。


マハダシャーのラーフから見ると、木星は、1、4室支配でマラカの2室で減衰している。




求道者イチロー


イチローの10室を見ると9室支配の月が在住しており、10室で9-10のラージャヨーガを形成している。


10室の月は大衆から熱狂的に愛されるキャラクター、人気者を表わしている。



実際、日本では、メジャーリーグでいかにイチローが野球ファンから愛されてきたかが、中々伝わってこないが、実際、物凄い人気があったようである。


月はヴァルゴッタマで強いため、大衆からの人気が相当なものであったことを示すが、月は両側に惑星がなく、ケーマドルマヨーガを形成している。


従って、球団の中で孤立していたり、グラウンドの中で、スーパープレイなどを見せて輝かしい存在ではあるが、孤高のプレイヤーといった印象もあった。


ひたすら自分の技を磨き、質の高いスーパープレイを淡々と当たり前のようにこなしていくのである。



イチローの10室や10室の支配星には木星はアスペクトしておらず、辛うじて、月からみた10室に木星がアスペクトしている。


ナヴァムシャにおいてもラグナ、月からみた10室や10室の支配星に木星はアスペクトしていない。



従って、イチローはあまりコーチとか指導者には向いていないと思われる。



あくまでも自分でプレイヤーとして手本を見せて、助言する程度である。


ラグナからみた10室の支配星に火星がアスペクトしている為、人に指示したり、リーダーシップを発揮することはできるかもしれないが、それ程、親切に教えるタイプではなさそうである。



あくまでも職人的に自分の技を磨いていくタイプである。




今後のイチローについて


それでは現役引退後、イチローはどうするのかと言えば、まず、次のダシャーがラーフ/土星である。


ラーフから見て、土星は、2、3室支配で7室に在住しているが、まず、ラーフ/土星期に住まいを変えたり、引っ越したりするのではないかと思われる。


土星は4室支配で8室に在住しており、住まいの変化を表わしている。






チャトゥルシャムシャでも土星は4室の支配星であり、引っ越しを表わしている。



マハダシャーラーフ期全般は、ラーフが2室に在住していることから、自分のビジネスを立ち上げる、起業の時期である。


2室にラーフが在住していることから、収入にはこだわるはずである。



ラーフは月から5室に在住しているが、多くのことを学びたいと思うはずである。


ラーフのディスポジターは3室で減衰する木星であるが、木星は、2、5室支配で3室(芸能、メディア)に在住するため、野球というスポーツや芸能界には関わっていくと思われる。


ラーフからみた10室支配の水星は、9室支配の太陽と11室で、コンジャンクトし、5室支配の火星と相互アスペクトしている。



これは、イチロー選手が、マーケティングなどの知識を駆使して、ビジネスに取り組むのではないかと考えられる配置である。



水星と太陽は、10室の表示体であり、仕事の表示体である。



通常、会計や経理などを表わすコンビネーションであり、そこにマーケティングや営業を表わす火星がアスペクトしている。






ナヴァムシャではラーフは双子座で水星の星座に在住して強く、2、11室支配で自室に在住する水星と4、9室支配のヨーガカラカの水星と絡んでいる。


水星と火星は2-9、9-11のダナヨーガを形成し、ラーフは11室でこれらのダナヨーガと絡み、ラーフのディスポジターの水星もダナヨーガを形成するその惑星自身である。


この11室で強力なダナヨーガと絡む水星は、投資や金融などの分野での収入を表わしていると考えられる。


既に現役時代に稼いだ収入が、株式市場などで運用されて、そこから莫大な利益を生み出していくようなイメージである。


そして、ラーフ期は、大リーガー・イチローという肩書きを既に確立しているため、そうした意味で、名士としての活動になっていくと思われる。


講演や出版、テレビへの出演、法人や団体から顧問や社外取締役になって欲しいといった依頼など、様々な収入源に恵まれることになる。


そうした著名人としての生き方がまずあると考えられる。



11室は成功した名士のハウスである。



またラーフから見ると、5室支配の金星と9室支配の金星が8室に在住し、8室で土星が自室に在住している。


これは不労所得などに恵まれる配置であると言える。



ラーフから見た10室には木星が在住しており、若干、教育者になる配置も見られ、ラーフから見た3室に月が在住しているため、芸能、メディアへの関わりは続くと思われる。



イチロー選手の魅力


プロ野球では、ホームランバッターや投手が注目される傾向にあるが、イチロー選手は、ホームランで魅せるのではなく、ヒットを量産して、出塁し、果敢に盗塁したり、守備で、ファインプレーを見せたり、強肩で、弾丸ライナーの球を外野からキャッチャーに送球して、走者を刺すなどの魅せる野球である。


野球の可能性を最大限発揮して、野球を観客にとってのエンターテイメントに変えるそのような才能にあったと思われる。


そのイチローの技の数々は、3室で減衰するパラシャラの例外則、そしてニーチャバンガを形成する木星によって生み出されたのである。





(参考資料)



イチロー引退【会見全文・前編】「監督は絶対無理。人望ない」「日本復帰の選択肢はない」
西岡千史 2019.3.22 08:27dot.

大リーグ・マリナーズのイチロー外野手(45)=本名・鈴木一朗=が21日、プロ野球選手としての第一線から引退することを表明した。この日、東京ドームで行われたアスレチックスとの開幕第2戦に9番右翼で先発出場したイチローは、4打数無安打で8回裏に守備についた直後に交代。その際には、超満員の観衆から大きな拍手を受け、チームメイトから抱擁を受けた。菊池雄星投手や愛弟子のディー・ゴードン内野手が涙する様子もテレビで放送された。

一方、試合終了後に開かれた記者会見では「(引退後は)監督はない。人望ないから」「草野球を極める」といった“イチロー節”を展開し、集まった報道陣を笑わせた。また、現役生活に思い残したことを聞かれた時には「あろうはずがない。積み重ねることでしか、後悔を生まないとういことはありえない」と、地道な鍛錬を積み重ねて大記録を打ち立ててきた孤高のバットマンらしい回答も。会見は1時間25分におよび、「子どもたちへのメッセージ」「今後の過ごし方」「家族について」など、記者たちの質問に答えた。

 引退会見では涙を流す選手が多いが、イチローは引き際も“今までに存在したことのない”選手だった。現役生活の最後に、スーパースターは何を語ったのか。全文掲載する。

* * *

──(司会)まずは、イチロー選手からみなさまへご挨拶がございます。

 こんなにいるの? びっくりするわ。そうですか。

 こんな遅い時間にお集まりいただいて、ありがとうございます。

 今日のゲームを最後に、日本で9年、アメリカで19年目に突入したところだったんですけど、現役生活に終止符を打ち、引退することとなりました。

 最後にこのユニフォームを着て、この日を迎えられたことを大変幸せに感じています。この28年を振り返るには、あまりにも長い時間だったので、ここで一つ一つ振り返ることは難しいこともあって。これまで応援していただいた方々への感謝への思い、そして球団関係者、チームメイトに感謝申し上げて、みなさんからの質問があれば、できる限りお答えしたいと思っています。ありがとうございました。

──現役としての選手生活に終止符を打つタイミングと理由は。

 タイミングはキャンプ終盤ですね。日本に戻ってくる何日前ですかね。何日前とははっきりとお伝えできないですけど、終盤に入った時です。もともと日本でプレーする、東京ドームでプレーするところまでが契約上の予定だったということであったんですけど、キャンプ終盤でも結果を出せずに、それを覆すことができなかったということです。

──今、その決断に後悔や思い残したところは。

 今日の球場の出来事、あんなもの見せられたら後悔などあろうはずがありません。もちろん、もっとできたことはあると思いますけど、結果を残すために自分なりに重ねてきたこと、他人より頑張ったということはとても言えないですけど、自分なりに頑張ってきたとははっきりと言えるので。これを重ねてきて、重ねることでしか後悔を生まないということはできないのではないかなと思います。

──子供達にメッセージをお願いします。

 シンプルだな。メッセージかー。苦手なのだな、僕が。

 野球だけでなくてもいいんですよね、始めるものは。自分が熱中できるもの、夢中になれるものを見つければそれに向かってエネルギーを注げるので、そういうものを早く見つけてほしいと思います。

 それが見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁にも、壁に向かっていくことができると思うんです。それが見つけられないと、壁が出てくるとあきらめてしまうということがあると思うので。いろんなことにトライして。自分に向くか向かないかよりも、自分の好きなものを見つけてほしいなと思います。

──いま思い返して、印象に残っているシーンは。

 今日を除いてですよね。この後、時間がたったら今日が一番真っ先に浮かぶのは間違いないと思います。それを除くとすれば、いろいろな記録に立ち向かってきたんですけど、そういうものは大したことではないというか。

 自分にとって、それを目指してやってきたんですけど、いずれそれは僕ら後輩が、先輩達の記録を抜いていくというのはしなくてはいけないことでもあると思うんですけど、そのことにそれほど大きな意味はないというか。そんな風に今日の瞬間を体験すると、すごく小さく見えてしまうんですよね。その点で、たとえば、わかりやすい10年200本打ったとか、MVPをとったとか、オールスターでどうたらというのは、本当に小さな事にすぎないと思います。

今日の舞台に立てたということは、去年の5月以降、ゲームに出られない状況になって。その後にチームと一緒に練習を続けてきたわけですけど、それを最後まで成し遂げられなければ、今日のこの日はなかったと思うんですよね。今まで残してきた記録はいずれ誰か抜いていくとは思うんですけど、去年の5月からシーズン最後の日まで、あの日々はひょっとしたら誰にもできないことかもしれない。ささやかな誇りを生んだ日々であったと思うんですよね。去年の話だから近いということもあるんですけど、どの記録よりも自分の中では、ほんの少しだけ誇りを持てたことかなと思います。

──ファンの存在はイチロー選手にとってどうだったか。

 ゲーム中にあんなことが起こるとはとても想像していなかったですけど、それが実際に起きて、19年目のシーズンをアメリカで迎えていたんですけど、日本のファンの方の熱量というのはふだん感じることは難しいんですよね。久しぶりに東京ドームに来て、ゲームは基本的に静かに進んでいくんですけど、なんとなく印象として日本人は表現するのが苦手というか。そんな印象があったんですけど、それが完全に覆りましたね。内側にある熱い思いが確実にあるということ、それを表現したという時のその迫力というものが、今まで想像できなかったことです。

 ですから、これは最も特別な瞬間になりますけど、ある時までは自分のためにプレーすることがチームのためになるし、見てくれる人も喜んでくれるかなと思っていたんですけど、ニューヨークに行った後ぐらいからですかね。人に喜んでもらえることが一番の喜びに変わってきた。その点で、ファンの方の存在なしには、自分のエネルギーはまったく生まれないと思います。え、おかしなこと言ってます、僕? 大丈夫ですか?(会場笑)

──イチロー選手が貫いたものとは。

 野球のことを愛したことだと思います。これは変わることはなかったですね。おかしなこと言ってます、僕? 大丈夫?(会場笑)

──ケン・グリフィーJr.が肩の力を抜いた時に違う野球が見えて楽しくなるという話をされたんですけど、そういう瞬間はあったのか。

 プロ野球生活の中ですか。

──はい。

 ないですね。これはないです。

 ただ、子供の頃からプロ野球選手になることが夢で、それが叶って。最初の2年、18、19の頃は1軍に行ったり来たり。「行ったり来たり」っておかしい? 行ったり、行かなかったり? 行ったり来たりっていつも行ってるみたいだね。1軍に行ったり、2軍に行ったり。そうか、これが正しいか。そういう状態でやっている野球はけっこう楽しかったんですよ。

 1994年、3年目ですね。仰木監督と出会って、レギュラーで初めて使っていただいたわけですけども。この年までですね、楽しかったのは。あとはその頃から急激に番付を上げられちゃって、それはしんどかったです。やっぱり力以上の評価をされるというのはとても苦しいですよね。だから、そこからは純粋に楽しいなんていうのは、やりがいがあって達成感を味わうこと、満足感を味わうことはたくさんありました。じゃあ、楽しいかというとそれとは違うんですよね。

 でもそういう時間を過ごしてきて、将来はまた楽しい野球をやりたいなと。これは皮肉なもので、プロ野球選手になりたいという夢が叶った後は、そうじゃない野球をまた夢見ている自分がある時から存在したんですね。でもこれは、中途半端にプロ野球生活を過ごした人間には待っていないもの。たとえば草野球ですよね。やっぱりプロ野球でそれなりに苦しんだ人間でないと、草野球を楽しめないのではないかと思うので。これからは、そんな野球をやってみたいなという思いですね。おかしなことを言ってます、僕? 大丈夫?

──開幕シリーズを大きなギフトとおっしゃっていました。それが私たちの方が大きなギフトをもらったような気がするんです。

 そんなアナウンサーっぽいことを言わないでくださいよ。

──イチロー選手は、これからどんなギフトをくださるんでしょうか。

 ないですよ。そんな無茶言わないでくださいよ。でも、これは本当に大きなギフトで、去年、3月の頭にマリナーズからオファーをいただいて、それから今日までの流れがあるんですけれども、あそこで終わってても全然おかしくないですからね。去年の春までで終わっていてもまったくおかしくない状況ですから。今、この状況が信じられないですよ。

 あの時考えていたのは、自分がオフの間、アメリカでプレーするまでに準備をする場所というのは神戸の球場なんですけど、寒い時期に練習するので、へこむんですよね。やっぱ心が折れるんですよ。そんな時もいつも仲間に支えられてやってきたんですけど、最後は今まで自分なりに訓練を重ねてきた神戸の球場で、ひっそりと終わるのかなあと、あの当時想像していたので、夢みたいですよ。こんなの。これも大きなギフトです。質問に答えていないですけど、僕からのギフトはないです。

──涙がなく笑顔が多かったというのは、この開幕シリーズが楽しかったということでしょうか。

 純粋に楽しいということではないんですよね。やっぱり、誰かの思いを背負うというのは、それなりに重いことなので。そうやって一打席一打席立つことって簡単ではないですね。だから、すごく疲れました。

 やっぱり一本ヒットを打ちたかったし、応えたいって当然ですよね、それは。僕には感情がないって思っている人いるみたいですけど、あるんですよ。意外とあるんですよ。結果を残して最後を迎えたら一番いいなと思っていたんですけど、それでもあんな風に球場に残ってくれて。まあ、そうしないですけど、死んでもいいという気持ちはこういうことなんだろうなと。死なないですけど。そういう表現をする時ってこういう時なのかなと思います。

──最低50歳まで現役とおっしゃっていましたが、日本のプロ野球に戻るという選択肢はなかったのでしょうか。

 なかったですね。

──どうしてでしょう。

 それはここでは言えないなあ(会場笑)。最低50歳までって本当に思っていたし、それは叶わずで、有言不実行な男になってしまったわけですし。その表現をしてこなかったらここまでできなかったかもなという思いもあります。だから、言葉にすること、難しいかもしれないけど言葉にして表現するというのは、目標に近づく一つの方法ではないかなと思います。

──野球に費やしてきた膨大な時間、これからそういう膨大な時間とどういう風に付き合いますか。

 これからの膨大な時間ということですか。それとも、これからの膨大な時間とどう付き合うかということですか。

──これからの膨大な時間をということです。

 ちょっと今はわからないですね。ただ、たぶん明日もトレーニングをしていますよ。それは変わらないでしょうね。僕はじっとしていられないから。動き回っているでしょうね。だからゆっくりしたいとか全然ないですよ。全然ない。たぶん動き回ってます。

──イチロー選手の生き様でファンの方に伝わっていたらうれしいということはありますか。

 生き様というのは僕にはよくわからないですけど、生き方と考えれば、さきほどもお話しましたけれども、人より頑張ることなんてとてもできないんですよね。

 あくまで測りは自分の中にある。それで自分なりにその測りを使いながら、自分の限界を見ながらちょっと超えていくということを繰り返していく。そうすると、いつの間にかこんな自分になっているんだという状態になって。

 だから少しずつの積み重ねが、それでしか自分を超えていけないと思うんですよね。一気に高みに行こうとすると、今の自分の状態とギャップがありすぎて、それは続けられないと僕は考えているので。地道に進むしかない。進むというか、進むだけではないですね。後退もしながら、あるときは後退しかしない時期もあると思うので。でも、自分がやると決めたことを信じてやっていく。

 でも、それが正解とは限らないわけですよね。間違ったことを続けてしまっていることもあるんですけど。でも、そうやって遠回りをすることでしか本当の自分に出会えないというか、そんな気がしているので。そうやって自分なりに重ねてきたことを、今日のゲーム後のファンの方の気持ちですよね。ひょっとしたらそんなところを見ていただいていたのかなと。それはうれしかったです。そうであればうれしいし、そうじゃなくてもうれしいです。あれは。

──シンプルに聞きますが、現役選手を終えたら、監督や指導者になったり、タレントになったりしますか。

 あんまりシンプルじゃないですね(会場笑)。

──イチロー選手は、何になるんですか。

 何になるんだろうね。そもそもカタカナのイチローってどうなるんですかね。「元カタカナのイチロー」みたいになるんですかね。あれ、どうなんだろ。「元イチロー」って変だよね。いやイチローだし、僕。音が一朗だから。書くときどうなるのかな。どうしよっか。何になる。うーん……。でも監督は絶対無理ですよ。絶対がつきますよ。人望がない。本当に。人望がないですよ、僕。

──そうでもないと思いますけど。

 いやあ、無理ですね。それぐらいの判断能力は備えているので。ただ、どうでしょうね。

 ま、プロの選手、プロの世界というよりも、アマチュアとプロの壁というのが日本は特殊な形で存在しているので。今日をもってどうなんですかね。そういうルールって。どうなんだろうか。今までややこしいじゃないですか。

 たとえば極端に言えば、自分に子供がいたとして、高校生であるとすると、教えられなかったりというルールですよね。そういうのって変な感じじゃないですか。今日をもって元イチローになるので、それは小さな子供なのか、中学生になのか、高校生になのか、大学生になるのかはわからないですけど、そこには興味がありますね。

──さきほど引退を決めたのがキャンプの終盤という話がありましたけど、それ以前に引退を考えたことは。

 引退というか、クビになるんじゃないかはいつもありましたね。ニューヨークに行ってからは毎日そんな感じです。マイアミもそうでしたけど。ニューヨークってみなさんご存知かどうかわからないですけど、特殊な場所です。マイアミも違った意味で特殊な場所です。毎日そんなメンタリティーで過ごしていたんですね。クビになる時はまさにその時だろうと思っていたので、そんなのしょちゅうありました。

──今回、引退を決意した理由とは。

 マリナーズ以外に行く気持ちはなかったということは大きい。去年、シアトルに戻していただいて本当にうれしかった。先ほどキャンプ前のオファーがある前の話をしましたけど、その後、5月にゲームに出られなくなる。あの時も(引退の)タイミングでおかしくないんですよね。でも、この春に向けてまだ可能性があると伝えられていたので、そこも自分なりに頑張ってこられたということだと思うんですけど。質問なんでしたっけ?

──引退を決めた理由は。

 もう答えちゃったね。

(AERA dot.編集部/西岡千史)
参照元:イチロー引退【会見全文・前編】「監督は絶対無理。人望ない」「日本復帰の選択肢はない」
西岡千史 2019.3.22 08:27dot.

イチロー引退【会見全文・後編】「大谷翔平は世界一の選手に」「外国人になって人の痛み想像した」
西岡千史 2019.3.22 08:37 dot.

大リーグ・マリナーズのイチロー外野手(45)=本名・鈴木一朗=が21日、プロ野球選手としての第一線から引退することを表明した。この日、東京ドームで行われたアスレチックスとの開幕第2戦に9番右翼で先発出場したイチローは、4打数無安打で8回裏に守備についた直後に交代。その際には、超満員の観衆から大きな拍手を受け、チームメイトから抱擁を受けた。菊池雄星投手や愛弟子のディー・ゴードン内野手が涙する様子もテレビで放送された。

一方、試合終了後に開かれた記者会見では「(引退後は)監督はない。人望ないから」「草野球を極める」といった“イチロー節”を展開し、集まった報道陣を笑わせた。また、現役生活に思い残したことを聞かれた時には「あろうはずがない。積み重ねることでしか、後悔を生まないとういことはありえない」と、地道な鍛錬を積み重ねて大記録を打ち立ててきた孤高のバットマンらしい回答も。会見は1時間25分におよび、「子どもたちへのメッセージ」「今後の過ごし方」「家族について」など、記者たちの質問に答えた。

 引退会見では涙を流す選手が多いが、イチローは引き際も“今までに存在したことのない”選手だった。現役生活の最後に、スーパースターは何を語ったのか。全文掲載する。(前編から続く)

* * *

──今日の試合でベンチに戻る際に菊池雄星選手が号泣していました。

 号泣中の号泣でした、アイツ。びっくりしました。それ見てこっちは笑ってましたけどね(会場笑)

──抱擁された時にどんな会話を。

 それはプライベートなんで。それは雄星がそれをお伝えするのはかまわないですけど、僕がお伝えすることではないですね。

──秘密ですか。

 それはそうでしょう。二人の会話だから。しかも、僕から声をかけているので。それをここで僕がこんなことを言いましたって。バカですよね。絶対に信頼されないもんね。それはダメです。

──アメリカのファンへのメッセージは。

アメリカのファンの方々は、最初は厳しかったですよ。最初の2001年のキャンプなんかは「日本に帰れ」としょっちゅう言われましたよ。

 だけど、結果を残した後の敬意というのは、これは評価するのかどうかわからないけど、手のひらを返したという言い方もできるので、ただ、言葉ではなくて行動で示したときの敬意の示し方というのは、その迫力はあるなという印象ですね。

 なかなか入れてもらえないんですけど、入れてもらった後、認めてもらった後はすごく近くなるという印象で、がっちり関係ができあがる。シアトルのファンとはそれができた。僕の勝手な印象ですけど。

 ニューヨークというのは厳しいところですよね。でも、やればどのエリアよりも熱い思いがある。マイアミというのは、ラテンの文化が強い印象で、熱(あつ)はそれほどないんですけど、結果を残さなかったら人は絶対に来てくれない。そういう場所でしたね。それぞれの場所で関係を築けたような。特徴がそれぞれありましたけど。アメリカは広いなと。ファンの人たちの特徴を見るだけでアメリカは広いなという印象ですけど。

 でもやっぱり、最後にシアトルのユニフォームを着て、セーフィコ・フィールドではなくなってしまいましたけど、姿をお見せできなくて、それは申し訳ない思いがあります。

──ユニークなTシャツに「もう限界」「もう無理」とか書いていますが、心情が表れているんでしょうか。

 そこは言うと急にやぼったくなるから、言わない方がいいんだよね。それは観る側の解釈だから。そう捉えれば、そう捉えることもできないし。全然関係ない可能性もあるし。それでいいんじゃないですか。

──好きに楽しんでいただきたい。

 だってそういうものでしょう。いちいち言うと野暮ったいもんね。

──言わない方が粋であると。

 粋とは自分では言えないけど。言うと無粋であることは間違いないですよね。

──24時間を野球に使ってきたとおっしゃっていますが、それを支えてきたのは弓子夫人だと思いますが、あえて今日は聞かせてください。

いやあ、頑張ってくれましたね。一番頑張ってくれたと思います。

 僕はアメリカで結局3089本のヒットを打ったわけですけど、妻は、ゲーム前にホームの時はおにぎりを食べるんですね。妻が握ってくれたおにぎりを球場に持っていって行って食べるんですけど、それの数が2800ぐらいだったんですよね。3000いきたかったみたいですね。そこは3000個握らせてあげたかったなと思います。

 妻もそうですけど、とにかく頑張ってくれました。僕はゆっくりする気はないけど、妻にはゆっくりしてほしいと思います。

 それと一弓ですね。一弓というのはご存知ない方もいらっしゃると思いますけど、我が家の愛犬ですね。柴犬です。現在17歳と何カ月かな。7カ月かな。今年で18歳になろうかという柴犬なんですけど、さすがにおじいちゃんになってきて、毎日フラフラなんですけど、懸命に生きているんですよね。その姿を見ていたら、それは俺がんばらなきゃなと。これはジョークとかではなくて、本当にそう思いました。

 懸命に生きる姿。2001年に生まれて、2002年にシアトルの我が家に来たんですけど、まさか最後まで一緒に、僕が現役を終える時まで一緒に過ごせるとは思っていなかったので、大変感慨深いですよね。一弓の姿は。ほんと、妻と一弓には感謝の思いしかないですね。

──3月の終盤に引退を決めたのは、打席内の感覚の変化というのはありましたか。

 いる? それここで。

──ぜひ。

 裏で話すわ。裏で(会場笑)。

──今まで一番考え抜いて決断したことは。

 これは順番を付けられないですね。それぞれが一番だと思います。

 ただ、アメリカでプレーするために、今とは違う形のポスティングシステムだったんですけど、自分の思いだけでは叶わないので、当然球団からの了承がないと行けないんですね。

 その時に、誰をこちら側、こちら側っていうと敵・味方みたいでおかしいんですけど。球団にいる誰かを口説かないといけない、説得しないといけない。その時に一番に思い浮かんだのが、仰木監督ですね。その何年か前からアメリカでプレーしたいという思いは伝えていたこともあったんですけど、仰木監督だったらおいしいご飯でお酒を飲ませたら。飲ませたらっていうのはあえて飲ませたらと言ってますけど、これはうまくいくんじゃないかと思ったら、まんまとうまくいって。これがなかったら何も始まらなかったので。口説く相手に仰木監督を選んだのは大きかったなと思いますね。

 ダメだダメだとおっしゃっていたものが、お酒でこんなに変わるんだと思って。お酒の力をまざまざと見ましたし。やっぱり洒落た人だったなと思いますね。仰木監督から学んだものは計り知れないと思います。

──WBCで優勝した日の会見と日付が一緒ですが、運命的なものを感じますか。

 聞かされればそう思うこともできるという程度ですかね。

──一番我慢したものは。

 難しい質問だなあ。僕、我慢できない人なんですよ。楽なこと、楽なことを重ねているという感じなんですよね。自分ができることを、やりたいことを重ねているので我慢の感覚がないんですけど、とにかく体を動かしたくてしょうがないので、こんなに動かしちゃダメだっていうことで、体を動かすことを我慢するというのはたくさんはありました。それ以外はストレスがないように行動してきたつもりなので。

 家では妻が料理をいろいろ考えて作ってくれますけど、ロードは何でもいいわけですよね。むちゃくちゃですよ。ロードの食生活なんて。結局我慢できないからそうなっちゃうんですけど、そんな感じなんです。今聞かれたような主旨の我慢は、思い当たらないですね。おかしなこと言ってます、僕?

──台湾にはイチローさんのファンがいっぱい。台湾に行きたいということはありますか?

 チェンが元気か知りたいですね。チェン、チームメイトでしたから。元気でやってますか。それは何よりです。

 今のところ(台湾に行く)予定はないんですけれども、以前に行ったことあるんですよ。一度。とても優しい印象でしたね。心が優しくていいなと思いました。ありがとうございます。

──イチロー選手が後輩たちに託したいものは。

 雄星のデビューの日に僕は引退を迎えたというのは、何かいいなと思っていて。「ちゃんとやれよ」という思いですね。

 短い時間でしたけどすごくいい子で。いろんな選手を見てきたんですけど、左投手の先発って変わっている子が多いんですよ。本当に(会場笑)。天才肌が多いとも言える。アメリカでもまあ多い。こんなにいい子いるのかなって感じですよ、今日まで。

 でも、キャンプ地から日本に飛行機で移動してくるわけですけど、チームはドレスコードで服装のルールが、黒のジャージのセットアップでOK、長旅なのでできるだけ楽にという配慮なんですけど。「雄星、俺たちどうする」って。アリゾナはいいんだけども、日本に着いたときにさすがにジャージはだめだろうって二人で話をしていたんですね。「そうですよね、イチローさんはどうするんですか」って。僕はまあ、中はTシャツだけどセットアップでいちおうジャケットを着ているようにしようかなと。「じゃあ僕もそうします」って言うんですよ。

で、キャンプ地を起つ時のバスの中で、みんなも僕も黒のジャージのセットアップでバスに乗り込んできて。それで雄星と席が近かったので、「雄星、やっぱりこれダメだよな。日本に着いた時にメジャーリーガー、これダメだろ」ってバスの中でも言ってたんですよ。「そうですよね」って。そう言ってたら、まさか羽田着いた時にアイツ、ジャージでしたからね(笑)。イヤ、こいつ大物だなって。ぶったまげました。

 本人にまだ聞いてないですけど、その真相は。何があったのかわからないですけど。やっぱり左投手は変わったヤツが多いなと思いました。スケール感は出てました。頑張ってほしいです。

 翔平はちゃんとケガを治して、物理的にも(体が)大きいわけですし。アメリカの選手とまったくサイズ的にも劣らない。しかもあのサイズであの機敏な動きができるというのはいないですからね。それだけで。世界一の選手にならなきゃいけないですよ。

──野球の魅力はどんなものでしょうか。また、イチロー選手がいない野球をどう楽しめばいいでしょうか。

 団体競技なんですけど、個人競技というところですかね。これが野球の面白いところだと思います。チームが勝てばそれでいいかというと、全然そんなことはないですよね。個人として結果を残さないと、生きていくことはできないですよね。

 本来はチームとして勝っていればいいかというと、チームとしてのクオリティは高いのでそれでいいかというと、決してそうではない。その厳しさが面白いところかなと。面白いというか、魅力であることは間違いないですね。あとは同じ瞬間がない。必ずどの瞬間も違うということ。これは飽きがこないですよね。

 二つ目はどうやって楽しんだらいいかですか。2001年にアメリカに来てから2019年現在の野球は、まったく違うものになりました。頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつあるような。選手も現場にいる人たちもみんな感じていることだと思うんですけど、これがどう変化していくか。次の5年、10年、しばらくはこの流れは止まらないと思いますけど。

本来は野球というのは……、ダメだな、これを言うと問題になりそうだな(会場笑)。うーん。(野球は)頭使わないとできない競技なんですよ、本来は。でもそうじゃなくなってきているというのがどうも気持ち悪くて。ベースボール、野球の発祥はアメリカですから、その野球が現状そうなってきているということに危機感を持っている人っていうのがけっこういると思うんですよね。

 だから、日本の野球がアメリカの野球に追従する必要なんてまったくなくて、日本の野球は頭を使う面白い野球であってほしいなと思います。アメリカのこの流れは止まらないので。せめて日本の野球は決して変わってはいけないこと、大切にしなければいけないことを大切にしてほしいなと思います。

──今日の打席で1年目のゲームで思い出したことはあったんでしょうか。

 長い質問に対して大変失礼なんですけど、ないですね。

──子供の頃からの夢であるプロ野球選手になるという夢を叶えて、今、何を得たと思いますか。

 成功かどうかってよくわからないですよね。じゃあどこから成功で、そうじゃないのかって、まったく僕には判断できない。だから成功という言葉は嫌いなんですけど。

 メジャーリーグに挑戦するということは、大変な勇気だと思うんですけど、でも成功、ここではあえて成功と表現しますけど、成功すると思うからやってみたい。それができないと思うから行かないという判断基準では、後悔をうむだろうなと思います。できると思うから挑戦するのではなくて、やりたいと思えば挑戦すればいい。その時にどんな結果が出ようとも後悔はないと思うんですよね。

 じゃあ、自分なりの成功を勝ち取ったところで達成感があるのかというと、それは僕には疑問なので。基本的には、やりたいと思ったことをやっていきたいですよね。

──何を得たか。

「こんなものかな……」という感覚ですかね。それは200本はもっと打ちたかったし、できると思ったし、1年目にチームは116勝して、その次の2年間も93勝して、勝つのってそんなに難しいことじゃないなってその3年は思ってたんですけど、大変なことです。勝利するというのは。この感覚を得たことは大きいかもしれないですね。

──ユニフォームを脱ぐことで神戸に恩返しをしたいという気持ちは。

 神戸は特別な街です、僕にとって。恩返しか。恩返しって何をすることなんですかね。僕は選手として続けることでしかそれはできないんじゃないかなと考えていたこともあって、できるだけ長く現役を続けていきたいと思っていたこともあるんですね。

 神戸に恩返し、うーん……。税金を少しでも払えるように頑張ります(会場笑)。

──ご自身の経験を振り返って、もっとこんな制度であればメジャーに挑戦したかった、あるいは日本のプロ野球に残ったということは。

 制度に関しては詳しくないんですけど、日本で基礎を作る。自分が将来MLBで将来活躍するための礎を作るという考え方であれば、できるだけ早くというのはわかりますけど、日本の野球で鍛えられることはたくさんあるんですね。だから、制度だけに目を向けるのはフェアじゃないかなと思いますけどね。

──日本の野球で鍛えられたことは。

 基本的な基礎の動きって、おそらくメジャーリーグの選手より中学生レベルの選手の方がうまい可能性がありますよ。チームとしての連携もあるじゃないですか。そんなの言わなくてもできますからね、日本の野球では。でもこちらではなかなかそこは。個人としてのポテンシャル、運動能力は高いですけど、そこにはかなり苦しみましたよ。苦しんであきらめましたよ。

──大谷選手と対戦したかったという気持ちは。また、大谷選手に期待すること。

 さきほどもお伝えしましたけど、世界一の選手にならなきゃいけない選手ですよ。そう考えています。

 翔平との対戦、残念でしたけど、できれば僕が投手で翔平が打者でやりたかったんですよ。それは誤解なきよう(会場笑)。

──大谷選手は今後、どのような選手になっていくと思いますか。

 なっていくかどうか。そこは占い師に聞いてもらわないとわからないけどね。投げることも打つこともやるのであれば、僕は1シーズンごとに投手、次のシーズンは打者としてサイ・ヤング(賞)と本塁打王をとったら。そんなことなんて、考えることすらできないですよ。

 でも、翔平はその想像をさせるじゃないですか。この時点で明らかに人とは明らかに違う選手だと思う。その二刀流は面白いと思うんですよね。なんか、納得いってない表情ですけど。投手として20勝するシーズンがあって、その翌年に50本打ってMVP取ったら化け物ですよね。でも、それが想像できなくはないですからね。そう思ってますよ。

──あるアスリートの方に伺ったのですが、イチロー選手が「野球選手じゃなくなった自分が想像できない。イヤだ」とおっしゃったと聞きましたが。

 イヤだって言わないと思いますけどね。

──野球選手ではない自分を想像していかがですか。

 違う野球選手になってますよ。あれ、この話さっきしましたよね。おなか減ってきて集中力が切れてきちゃって。さっき何を話したか記憶が。

 さっき草野球の話をしましたよね。だから、そっちでいずれ、楽しくてやっていると思うんですけど、そうするときっと草野球を極めたいと思うんですよね。真剣に草野球を極める野球選手になっているんじゃないですか。結局。

──(司会)時間も迫ってきました。

 おなか減ってきた。結構やってないですか。いま、時間どれっくらい? 1時間20分? 今日はとことん付き合おうと思ったんですけどね。おなか減ってきちゃった(会場笑)。

──(司会)では、あとお二人で。

──プロ野球人生で誇れることは。

 これさきほどお話しましたね。(質問した)小林くんも集中力切れてきているんじゃないの? 完全にその話をしたよね。それで1問減ってしまうんだから(会場笑)。

──イチロー選手の小学校の卒業文集が有名で、「僕の夢は一流のプロ野球選手になることです」と冒頭に書いていますが、(子供時代の自分に)どんな言葉をかけたいですか。

 お前、契約金で1億ももらえないよって(会場笑)。夢は大きくとは言いますけど、なかなか難しいですよ。ドラ1の1億って掲げてましたけど、全然遠く及ばなかったですから。ある意味では挫折ですよね。それは。こんな終わり方でいいのかな。なんか、最後はキュッとしたいよね。

──昨年、マリナーズに戻りましたけれども、その前のマリナーズ時代、「孤独を感じながらプレーをしている」と話していました。その孤独感はずっと感じながらプレーしていたんでしょうか。それとも、前の孤独感とは違ったものがあったのでしょうか。

 現在はそれはまったくないです。今日の段階でまったくないです。

それとは少し違うかもしれないですけど、アメリカに来て、メジャーリーグに来て、外国人になったこと、アメリカでは僕は外国人ですから。このことは、外国人になったことで人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れたんですよね。この体験というのは、本を読んだり、情報を取ることができたとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので。

 孤独を感じて苦しんだこと、多々ありました。ありましたけど、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと今は思います。だから、つらいこと、しんどいことから逃げたいというのは当然のことなんですけど、でもエネルギーのある元気のある時にそれに立ち向かっていく。そのことはすごく人として重要なことではないかと感じています。お腹すいた。しまったね、最後。

 いやあ、長い時間ありがとうございました。眠いでしょう、みなさんも。じゃあ、そろそろ帰りますか。

(AERA dot.編集部/西岡千史)
参照元:イチロー引退【会見全文・後編】「大谷翔平は世界一の選手に」「外国人になって人の痛み想像した」
西岡千史 2019.3.22 08:37 dot.

「締まったね、最後」イチロー引退会見から臨床心理士が読み解いた“引き際の美学”
「あんなもの見せられたら……」と語った予想外の出来事とは?
2019/03/24 文春オンライン 岡村 美奈

その引退がこれほど多くのマスコミに取り上げられ、その歴史がこんなにも熱く多くの人に語られるというアスリートもいないだろう。

 シアトル・マリナーズのイチロー外野手が、3月21日、東京ドームで行われたオークランド・アスレチックスとの開幕第2戦を最後に現役引退した。

「後悔などあろうはずがありません」

「最後にこのユニフォームを着て、この日を迎えられたことを大変幸せに感じています」

 そう言うと、大きく息をついたイチロー選手。昨年3月に行われたマリナーズへの復帰会見で目をわずかに潤ませ、背番号51番のユニフォームを手にして微笑んでいた姿を思い出す。深夜未明から始まった会見は85分にも及び、集まった報道陣は約300人にもなったという。その会見から、イチローの見えざる一面を探ってみた。

「今日のあの球場での出来事。あんなもの見せられたら、後悔などあろうはずがありません」

 試合が終わってもほとんどの観客が帰ることなく、イチローを待っていた。「もう一度その姿を」と願う観客は、イチローコールやウェーブを繰り返す。

“見たら”ではなく“見せられたら”

 引退表明の速報は、試合の真っ最中に流れていた。それを“出来事”と表現し、「ゲーム後にあんなことが起こるとは、とても想像してなかった」と語ったように、試合が終了してもなお、観客が待っていたのは想定外だったのだろう。

 試合は延長戦になり、終了したのは12回。イチローは8回裏で交代を告げられ守備を退いていた。グラウンドを後にする時は、試合中にも関わらずチーム全員がベンチに戻り、ハグをするという感動的でセレモニー的な演出がされていたほどだ。

「出来事」と言った後に長い間があき、イチローの口元が微妙に動く。今さっきの光景が思い出されたのだろう。だが彼は“見たら”ではなく“見せられたら”と言った。本当はグラウンドに戻ることなく、会見に行く予定だったのではないだろうか。最初から姿を見せるつもりだったなら、“見せられたら”という受け身ではなく、“見たら”と表現するのが普通だと思う。戻るつもりがなく、予想もしなかった光景が目の前に広がっていたからこそ、そのインパクトは大きかったに違いない。

 球場に残っていた観客らの姿を見て、彼の顔には満面の笑みが広がっていた。「死んでもいいという気持ちは、こういうことなんだ」と彼は語った。

「誰かの思いを背負うというのは、それなりに重いこと」

「やっぱりヒットを1本打ちたかったですし、応えたいって」

 その言葉の裏には、期待に応えることができなかった自分を観客が待っていてくれたという思いもあった。誰もがイチローの安打を願っていた。特に引退という速報が流れた後の2打席のプレッシャーは相当だったはずだ。「誰かの思いを背負うというのは、それなりに重いこと」。そんな思いをひしひしと肌で感じていたが、今の彼にそれは難しかった。

「結果を残して最後を迎えられたら一番いいなと思っていたんですけど、それは叶わずで」と、首をやや傾げて目を細め、表情を歪めて、“いいなと”と希望的な言い方をした。続けて“叶わずで”と言いながら視線を落としたことで、すでに無理かもしれないという感覚がどこかにあったことや、打てなかった無念さや残念さが伝わってくるようだった。

「色々な記録に立ち向かってきたわけですけど、そういうものは大したことではないというか」

 イチローは新しい記録を次々と打ち立ててきたが、それを小さなことにすぎないと語った。イチローの記録への考え方が表現された部分だ。「僕ら後輩が先輩の記録を抜いていくというのは、しなくてはいけないこと」と語るように、記録はいずれ誰かに越えられるものであり、自らの行いも後輩としての義務だという。

大谷選手について語りながら目は輝いていた

「その想像を翔平はさせるじゃないですか」

 そんな“しなくてはいけないこと”を次に背負う選手として、イチローの頭に浮かんでいるのは、大谷翔平選手だろう。

「人とは明らかに違う選手」「世界一の選手にならなきゃいけない選手」と、大谷選手について語りながらイチローの目は輝いていた。ピッチャーとしても打者としても記録を打ち立てる可能性を話す時は、その目が大きく見開き、なんだか嬉しそうでもあり眩しそうにも見える。将来を楽しみ期待しながら、トップアスリートとして自分にない素質と才能にちょっぴりジェラシーを感じている。そんな印象を受けた。

「どの記録よりも、自分の中で、ほんの少しだけ誇りを持てたことかな」

 そう言いながら、彼は何度も頷いた。越えられる記録は自分だけのものではない。価値があるのは誰にでもできない、誰も超えられない自分だけの経験や瞬間。トップアスリートだからこその感覚だろう。

「一つひとつの積み重ねでしか自分を越えていけない」

 球団の特別アドバイザーに就任した去年の5月からシーズン最後の日まで、ゲームに出られなくても練習をして、美学とも言われた準備やルーチンをこなし続けたイチロー。28年という野球人生では、試合に出られず苦しみ、諦めてしまった多くの選手を見てきたことだろう。誰かと自分を比較すると、人はそこから生じる様々な感情に苦しむ。「はかりは自分の中にある」と語るイチローは、他人と比較しないことで自分を守り、コントロールしてきたともいえる。

 だが、「誰にでもできないことかもしれない」という言葉から、己との戦いは実は苦しく厳しいものだったと想像できる。だからこそ「自分なりに頑張ったきたというのははっきり言える」「一つひとつの積み重ねでしか自分を越えていけない」と、頑張ってその時期を乗り越え、今日という日を迎えた自分に誇りを持てたと語ったのではないだろうか。

「え、おかしなこと言ってます? 大丈夫?」

 会見中、質問に答えた後、イチローは何度か質問した記者にこう問いかけた。おそらく記者がメモをしていたか何かで、イチローから視線を外していたか、彼の答えに反応しなかったのかだろう。彼は質問者をできる限り、射るような目で見つめながら答えていたからだ。

「こんな終わり方でいいのかな? キュッとしたいよね」

 そこには自分の言葉に責任をもち、きちんと真摯に答えたい、できることはしたいという彼の姿勢が見える。イチローはマスコミ対応に厳しく、記者泣かせ。プロ意識の強さから記者にもレベルの高さを求めるため、質問の仕方や内容にも厳しいと聞く。会見中も同じような質問は止めるし、間違った質問は訂正していた。

 そんなプロ意識の強さは、打席内での感覚の変化を聞かれた時、「いる? それここで。いる? 裏で話そう」という返事にも表れている。それこそが安打が打てなくなった理由だろうが、それを打ち明けることはイチローの美学に反する。なんでも明け透けにするのではなく、プロだからこそ見せない一線があるとわかる返事だった。

「そこは3000個握らせてあげたかったなぁと思います」

 弓子夫人について聞かれたイチローは、「一番頑張ってくれたと思います」と表情を緩めた。妻がどんな風に彼を支えてきたのか、彼女が引退についてどう思っていたのか、それをホームの時、ゲームの前に食べるというおにぎりの数に例えた。

 これに限らずイチローは独特の間で独特の表現をする。菊池雄星選手について話した時もそうだ。キャンプ地から日本へ移動した時、「これじゃダメだろ」と言うイチローに「そうですよね」と答えながらジャージ姿だったというエピソードで、菊池選手の印象を話した。そんなエピソードを聞いているこちらは、その光景を映像として思い描くことができる。その映像によって、彼が見たこと、感じたことを自分に置き換えて共感できるのだろう。

 最後は「こんな終わり方でいいのかな? キュッとしたいよね」と語り、孤独感に関する質問には「孤独を感じて苦しんだこと、多々ありました。ありましたけど、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと今は思います」と胸の内を明かした。納得のいく答えができたのか、「締まったね、最後」と自ら笑顔で会見を終えたイチロー。最後は自分自身で、思っていたような形で締めたかったのだろう。引き際の美学としては、これ以上のタイミング、舞台に勝るものはない。
参照元:「締まったね、最後」イチロー引退会見から臨床心理士が読み解いた“引き際の美学”
「あんなもの見せられたら……」と語った予想外の出来事とは?
2019/03/24 文春オンライン 岡村 美奈

イチロー引退会見に学ぶ超一流の確固たる心得
人と比べず己とトコトン向き合う男の引き際
木村 隆志 東洋経済ONLINE 2019/03/22 16:00

「ついにこの日が来たか……」と涙ぐみながら会見を見た人は多かったのではないでしょうか。メジャーリーグ、シアトル・マリナーズのイチロー選手が、東京ドームでの試合後に会見を開き、引退を発表しました。

各メディアでは、「イチロー節が炸裂」などと報じられていますが、約85分間にわたって発した言葉には、超一流のプロフェッショナルであるとともに、グローバルなビジネスパーソンである理由が詰まっていました。

ここでは、ビジネスパーソンのみなさんが学びを得られるであろうフレーズをピックアップし、イチロー選手の放つ言葉の魅力を掘り下げていきます。

「人より頑張ってきたとは言えない」の真意

「いちばん印象に残っているシーンは?」と聞かれたイチロー選手は、「この後、時間がたったら、今日(の試合)がいちばん、真っ先に浮かぶことは間違いないと思います。それを除くとすれば、『今までいろいろな記録に立ち向かってきましたが、そういうものは自分にとってたいしたことではない』というか、それを目指してやってきましたが、『いずれ後輩たちが抜いていくので、それほど大きな意味はない』というか、今日の瞬間を体験すると、すごく小さく見えてしまいます」とコメントしました。

さらに、「引退の決断に後悔や思い残しはない?」と聞かれたイチロー選手は、「今日の球場での出来事……あんなものを見せられたら後悔などあろうはずがありません。もちろん、もっとできたことはあると思いますし、結果を残すために、自分なりに重ねてきたことはありますが、『人よりも頑張ってきた』とはとても言えないし、そんなことはまったくないですけど、『自分なりに頑張ってきた』ということはハッキリ言えるので、『重ねることでしか、後悔を生まないということはできないのではないか』と思います」とコメントしました。

「いずれ後輩が抜く記録はたいしたことではない」「人より頑張ってきたとは言えない」。どちらのコメントも、「イチロー選手がいかに他人と比べず、自分の仕事に集中していたか」を物語っています。

ビジネスパーソンも長年にわたって実績を残すためには、スキルや結果などを同僚や競合他社と比べられるより、自分の仕事に集中させるほうがいいのかもしれません。プロ野球選手は、週間、月間、年間、契約期間平均など、ビジネスパーソン以上に実績をシビアに査定される職業だけに、その言葉の説得力は十分すぎるほどあります。

「進化」「目標」「成功」に関するコメントも、ビジネスパーソンにとって参考になるものがありました。

「生きざまでファンの方に伝えられたことは?」と聞かれたイチロー選手は、「生きざまでというのはよくわかりませんが、“生き方”と考えるならば、あくまで“はかり”は自分の中にあって、『自分なりに“はかり”を使って限界を見ながら、ちょっと超えていく』ということを繰り返していく。そうすると、『いつの日からか、こんな自分になっているんだ』という状態になって。だから少しずつの積み重ねでしか自分を超えていけないと思うんですよね」とコメントしました。

イチローらしい進化のプロセス

さらに、「『一気に高みに行こうとすると、今の自分の状態とギャップがありすぎて続けられない』と僕は考えているので、地道に進むしかない。進むだけではなく、後退もしながら、あるときは後退しかしない時期もあると思いますが、自分が『やる』と決めたことを信じてやっていく。それが正解とは限らないし、間違ったことを続けてしまうこともあるんですけど、『そうやって遠回りすることでしか、本当の自分に出会えない』という気がしています」と穏やかながら熱っぽく語りました。

このコメントから読み取れるのは、前述した「基準は他人ではなく自分の心の中にある」ことに加えて、「自分の限界をちょっと超える」「それを地道に続ける」「後退や遠回りもする」「一気に高みを目指しても継続しない」という進化のプロセス。

コツコツと安打を積み重ねたイチロー選手らしいものであり、“現役生活”という点では、プロ野球選手よりも長いビジネスパーソンにとって、より大切なことではないでしょうか。

次に、「『最低50歳まで現役』と公言していたが、日本に戻ってプレーする選択肢はなかったか?」と聞かれたイチロー選手は、「なかったです。理由はここでは言えないですね。ただ、『最低50歳まで』と本当に思っていました。それはかなわず有言不実行の男になってしまいましたけど、『その表現をしてこなかったら、ここまでできなかったかな』という思いもあります。だから難しいかもしれませんが、『言葉にして表現することは、目標に近づく1つの方法ではないか』と思っています」とコメントしました。

自ら“有言不実行の男”と揶揄しましたが、そうなるリスクを承知で公言していたのでしょう。実績を積み上げるほど、「できなかったときのことを考えて身動きが取れない」「周囲から叱咤激励されにくくなる」ことを踏まえ、周囲を巻き込む形でセルフコーチングしていた様子が伝わってきました。

イチロー選手は「プロで成功したことは?」と聞かれたときも、「『成功かどうか』はよくわからないですし、まったく僕には判断ができません。だから僕は成功という言葉が嫌いなんですけど。『メジャーリーグに挑戦する』ということは大変な勇気だと思いますが、『成功すると思うからやってみたい、それができないと思うから行かない』という判断基準では後悔を生みますし、やってみたいなら挑戦すればいい。そのときにどんな結果が出ようとも後悔はないし、基本的にはやりたいと思ったことに向かっていったほうがいいですよね」とコメントしました。

「成功」という言葉に振り回されなかった

自他で判断基準の分かれがちな“成功”という言葉に振り回されるのではなく、「挑戦するかしないか」「後悔するかしないか」という観点で行動してきたのでしょう。だからイチロー選手は、他者から見た判断基準である地位や名誉よりも、自分の心と向き合うことに徹し、その結果として地位や名誉を得られたのです。

「ファンの存在とは?」と聞かれたイチロー選手は、「何となく日本の方は『表現することが苦手』という印象がありましたが、(今回の2試合で)完全に覆りましたね。内側に持っている熱い思いが確実にあって、それを表現したときの迫力はとても今まで想像できませんでした」とコメントしました。

さらに、「あるときまでは、『自分のためにプレーすることがチームのためになるし、見ている人も喜んでくれる』と思っていましたが、ニューヨーク(ヤンキース)に行ったあとぐらいから、『人に喜んでもらうことがいちばんの喜び』に変わりました。その点で、『ファンの方々の存在なくしては、自分のエネルギーがまったく生まれない』と言っていいと思います」と続けたのです。

2つの共通点は、「あっさりと自分の変化を認めている」こと。イチロー選手は、「野球の求道者」などと言われ、変わらないことを美徳としているように思われがちですが、実際は自分の変化をサラッと認めてしまう人物でした。プロ野球選手に限らず、立場や役職が上の人や、実績を残した人が、このような変化を公言することで、懐の深さを感じさせることができます。

また、「引退して何になるのか?」と聞かれたときも、「そもそも、カタカナのイチローってどうなるのか……“元イチロー”になるのかな。どうしよっか。何になるか……監督は絶対無理っすよ。これは“絶対”がつきます。本当に人望がないので。それくらいの判断能力は備えています」とコメントしました。

「監督は無理」「人望がない」というフレーズに日本中の人々が、「そんなことはない」とツッコミを入れましたが、イチロー選手は「“自分が考える最高の監督像”には遠いからやらない」「監督よりもやりたいことが見つかると思う」と言いたかったのではないでしょうか。ここでも自分の現状や特性をあっさり受け入れ、公言したうえで仕事に臨んでいる様子が伝わってきました。

回答を断っても愛される人柄

ビジネスパーソンは、単に「スキルや実績がある」だけでは、社会的な成功を収めることはできません。「多くの人々がいるから自分のビジネスが成立している」ことからわかるように、愛される人柄も重要なポイントの1つです。

「(新加入の後輩)菊池雄星投手と抱擁の際にどんな会話を交わしたのか?」と聞かれたイチロー選手は、「それはプライベートなので。雄星が伝えることは構いませんが、僕が伝えることではないですね。それはそうでしょう、だって2人の会話だから。しかも、僕から声をかけているわけで、それをここで僕から『こんなことを言いました』と話したらバカですよね。そんな人間は絶対に信頼されないもんね。それはダメです」とコメントしました。

ユーモアを交えつつ、きっぱりと拒否。「2人の会話を他人に口外しない」という基本のマナーを守るとともに、後輩を見る目線が上からではなく、フラットである様子が伝わってきました。

さらに、「キャンプなどでユニークなメッセージのTシャツを着ていたが、何か心情を表していた?」と聞かれたイチロー選手は、「そこを言うと急にやぼったくなるので、言わないほうがいいですね。それは見る側の解釈だから、そう捉えれば捉えることもできるし、全然関係ない可能性もあるし。だってそういうものでしょう」とコメントしました。

こちらも回答をきっぱり断っているのですが、その理由を簡潔に説明することで、記者たちを納得させていました。決して「自分のポリシーを貫く」ということではなく、「そのほうが面白いでしょ」というものであり、だからそれを減らすような質問には答えなかったのです。イチロー選手にしてみれば、「これは答えるレベルの質問ではない」と感じたので、無理につきあおうとせず、簡潔な説明で終わらせたのでしょう。

実際、記者の思い入れがあふれた長い質問に対して、「長い質問に申し訳ないですけど、『ない』ですね」と返すシーンもありました。約80分が過ぎたころ、「今日はとことんおつあいきしようと思っていたんですけど、お腹減ってきちゃった」といたずらっぽく笑いながら話したのも、「これ以上は、あまり答えるべき質問はないだろう」と思ったからではないでしょうか。

愛されるビジネスパーソンの人柄には、さまざまなパターンがありますが、イチロー選手のそれは、率直さ。「あの人に断られても仕方ないかなと思える。憎めない人だなと受け入れたくなる」と感じさせるものが、今回の会見に表れていたのです。

そんなイチロー選手の率直さは、「誤解を恐れずにネガティブな感情も話す」「あまのじゃくと思われても気にしない」ところにも表れていました。

「誤解を恐れない」ポジネガ・ネガポジ変換

「野球が楽しくなる瞬間はあったか?」というポジティブな質問にもかかわらずイチロー選手は、「やはり力以上の評価をされるのは、とても苦しい。もちろんやりがいがあって、達成感を味わうこと、満足感を味わうことはたくさんありました。しかし、『楽しいか』というと、それとは違います」とネガティブなコメントを返しました。

また、「選手生活の中で得られたものは?」というポジティブな質問に対しても、「『まあ、こんなものかな』という感覚ですね。200本(年間安打)をもっと打ちたかったですし、できると思ったし、メジャーに行って1年目にチームは116勝して、次の2年間も93勝して、『勝つのってそんなに難しいことじゃないな』と思っていたんですけど、勝利するのは大変なことです。この感覚を得たのは大きかったかもしれないですね」とネガティブなコメントを返しました。

その一方で、「かつて『孤独感を感じてプレーしている』と言っていたが、ずっとそうだったか?」というネガティブな質問に対しては、「現在それはまったくないですね。アメリカでは、僕は外国人ですから。外国人になったことで人の心をおもんぱかったり、痛みがわかったり、今までなかった自分が現れたんですよね。体験しないと自分の中からは生まれないので、孤独を感じて苦しんだことは多々ありましたが、『この体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだよ』と今は思います」とポジティブなコメントを返しました。

まさにポジネガ変換、ネガポジ変換のコメントですが、あまのじゃくというより、「『ただよかった』『ただ悪かった』と簡単に語れるものではないんだよ」と言いたかったのではないでしょうか。

「ポジティブもネガティブも表裏一体であり、それがビジネスの醍醐味」という真理。さらに深読みすれば、「もし今、みなさんにネガティブなことがあったとしても、ポジティブなことも得られるはずなので、ともに頑張っていきましょう」とエールを送っているようにも感じたのです。

ビジネスの大半は団体競技であり個人競技

最後に、ぜひ紹介しておきたい名言を2つ挙げておきましょう。

イチロー選手は、「苦しい時間を過ごしてきて、『将来は、また楽しい野球をやりたいな』と思うようになりました。これは皮肉なもので、『プロ野球選手になりたい』という夢がかなったあとに、あるときから、またそうではない野球を夢見ている自分が存在しました」「『プロ野球でそれなりに苦しんだ人間でないと、草野球を楽しむことはできない』と思っていたので、これからはそんな野球をやってみたいと思います」と語っていました。

「夢がかなうと、別の夢を見たくなるのが人間の性(さが)」「その新たな夢は、目の前のことに向き合わなければ実現しない」という意味では、ほかのビジネスシーンも同じ。例えば、知人の出版社営業マンは、夢だった編集部への異動を実現させたあと、「今になって営業のやりがいや面白さがわかった」「自分がやりたかったのは営業のような気がしてきた」という気持ちになったそうです。もしかしたらイチロー選手は、夢の大切さだけでなく、それにこだわり続けることの無用さを言いたかったのではないでしょうか。

もう1つの名言は、「野球の魅力はどんなところか」と聞かれたときの「団体競技なんですけど、個人競技だというところ。『チームが勝てばそれでいいか』というと、全然そんなことはないですよね。個人としても結果を残さないと生きていくことができません。その厳しさが魅力であることは間違いないかなと」というコメント。

「団体競技であり、個人競技」という点は、みなさんの所属する組織にも通じるところはないでしょうか。イチロー選手のコメントは、ハラスメントを避けるべく個人指導を減らす風潮が広がる中、「組織の一員だからといって、個人で結果を出すことを後回しにしてはいけない」「仕事では厳しいからこそ得られるものがある」というメッセージに見えたのです。

イチロー選手は会見で、「僕から(みなさんへ)のギフトなんかないです」と話していましたが、試合後の深夜0時すぎにもかかわらず、これだけ含蓄のある言葉を贈ってくれました。「僕はゆっくりする気はないです」とも語っていただけに、これからも立場こそ変われど、私たちにさまざまな気づきや学びを与えてくれるでしょう。
参照元:イチロー引退会見に学ぶ超一流の確固たる心得
人と比べず己とトコトン向き合う男の引き際
木村 隆志 東洋経済ONLINE 2019/03/22 16:00








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