昨日、本屋で立ち読みしていたのだが、
立ち読みした本はほとんど、経済的に成功する本とか、自己啓発系の本だった。
最近、ネットでもその類の情報を次から次へと収集しているのである。
例えば、「たった○分の作業で○○円稼ぐ方法」とか、「アフィリエイトで月○○円稼ぐ方法」とか、最近流行っている情報起業とか、経済的に成功するための法則とか、その類の本である。
そして、昨日も自然とそういうコーナー(例えば、ナポレオンヒルの「思考は実現する」とかその類の本が置いてある)に足が向いて、はっと気がついたのは私は普段はその類の本など、あまり興味がないのである。
普段はもっと経済でも政治でも純粋学問系のお金儲けには関係ない本を好んで読むし、あまりお金儲けの本などには興味がないのである。
情報起業者が売る情報商材には、決まって、簡単に稼いで、自由と余暇を手にし、生きがいのある人生を送るとか、日々の仕事から解放されて、家族でハワイに旅行に行ったとか、ヨットを買ったとか、快適な家を購入したとか、そのような現世的経済的な成功とその結果としての幸福を目指しているようである。つまり現世的な願望成就を目指しているようである。
それで、私は今、自分が普段はこのような本を読まないのに何故、読むようになったのかを考えると、やはり、木星が射手座に入室したことと関係していると思うのである。
そして、特に今は太陽も射手座に在住して、また水星も射手座に在住しているので、射手座に惑星集中しているのである。何か射手座の象意が出て来ているはずなのである。
それで思うことは射手座の宗教性や精神性というのは非常に底が浅く、現世的な幸福や成功を目指しているのである。
インドの聖者の系列やインドの深い精神性、哲学、瞑想などに触れていて、自我を超えた精神性について学ぶものにとって、ナポレオン・ヒルとか、カーネギーとか、実業家の書いた成功ストーリーものの自伝的作品などは、どれも底が浅く、西洋的文明的で、実利的である。また規制の社会的秩序の価値観からはみ出さない、非常にステレオタイプの幸福や成功なのである。
彼らの幸福とは、健康で、快適な家に住み、いい車や、ヨットを所有し、仕事から解放されて、リタイアし、南の島でバカンスをして、自由と余暇を楽しむというものである。
それで、あまり貧乏人には同情的でなく、勝ち組としての人生を謳歌するという感じである。
多少、人を助ければ自分に返ってくるというような思想も見られるが、その場合でも最終的に自分の経済的な繁栄を目指しており、彼らの成功とは根本的に物質的、経済的な成功なのである。
それで、私は日頃、つまらないと感じていて、手に取ることもしなかったそんな本を自分が手に取っているのに気がついて、射手座という星座の性質がよく分かった気がするのである。
それは、射手座は、インドのもっともハードで厳しく、自己犠牲、自己放棄的な深い精神性を理解することは出来ないということである。瞑想の神秘や、精神性の深い境地を理解することは出来ないのではないかということである。
あるいはキリストの自己犠牲とか、人生の厳しさの中で、そしてお金や、物質から、離れたところに精神的な至福とか、忘我の喜びがあるという宗教の究極的な価値が理解できないのではないかということである。
そして、よく言われていることだが、射手座ラグナにおける1、4室支配の木星は、ケンドラを2つ支配するので吉意を失っており、また吉星のケンドラ支配でもっとも吉意を失う割合が大きいのは木星なのである。
従って、射手座ラグナにおける木星はラグナロードで吉星ではあっても2つのケンドラを支配して、吉意を激しく損なっているのである。だから、射手座ラグナにおける1、4室支配の木星、あるいは魚座ラグナにおける1、10室支配の木星は、吉星に分類されないとする人もいるようである。
私は、本屋で立ち読みして、このことを思い出し、それで射手座ラグナというのは木星の精神性、宗教性を損なっているのではないかと思ったのである。
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吉星がケンドラ支配で吉意を失い割合が大きい順番
木星>金星>水星>月
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木星というのは宗教とかグルを表す表示体である。そのグルが現世的な成功のみしか教えることが出来ず、物質を超えた真の精神性を教えることの出来ないグルだとしたら、非常に底が浅く、真の宗教性を体現する資質に欠いていると言えるのかもしれない。
射手座ラグナにおいて、1、4室を支配する場合、4室というのは家、土地、車やヨットなどの乗り物などを表し、財産を表している。そして、1室は健康、自己実現である。
従って、彼らは自己啓発セミナーが好きだし、それは自分を変えることを意図しているが、より営業成績を上げるとか、対人関係がよくなるとか、非常に底の浅い、現世的な成果を求めている。
また彼らの成功の基準とは、家や車そして、ヨットなどを所有して、余暇を家族と過ごすことなのである。
つまり、プライベート(4室)な幸福である。
射手座の関心ごとは、健康、自己実現、家族、家、土地、車、ヨットである。
これらはプライベートな事柄であり、従って、彼らはリタイアしたがるのである。
いくら稼いでリタイアして、南の島に別荘を勝って、ヨットに乗って、余暇を楽しみたいというのが彼らの人生の目的なのである。
これらの射手座の人生の目的を考えるとき、私などはひどくつまらなく思え、また幸福のステレオタイプを逸脱し、あるいは超越するような凄みが感じられず、退屈なのである。
確かに射手座の人は実力もあるし、社会で成功するだけの能力や才能に恵まれているが、しかし、彼らは決して、規制の社会秩序を維持している価値観やシステムを超えていくことが出来ないのである。
そのため、経済的な成功、お金を沢山持っている=幸福という資本主義社会のシステムや価値観から彼らは抜け出せないし、抜け出すだけの精神性もないのである。
彼らの成功とは資本主義社会という枠の中に留まっている成功であり、どんなにそれが凄い成功であっても、その枠組みから飛び出すほどの独創性や宗教的天才のきらめきはないのである。
この資本主義とか、お金という仕組み自体、マックス・ウェーバーが『プロテスタンティズムと資本主義の精神』の中で論じている時代にユダヤ人商人や両替商によって生み出され、徐々に拡大して世界を覆うにいたったシステムであり、現代社会というものは、お金(資本)というものが非常に力を持つ社会となっている。
射手座は、この資本主義とかお金というルールの中で、あくまでも成功する方法や、勝つための能力や、ノウハウに長けているだけで、この仕組みそのものを疑問に思ったり、これを壊して新しいものを創造するという天才的なきらめきはないのだと思われる。
例えば、射手座に惑星集中している石原裕次郎なども生前、ヨットを所有して、射手座の典型のような人生を歩んでおり、また石原軍団を率いて、社会的な地位や名声を得ているが、しかし、それだけで、他には何もないのである。規制の社会秩序の中で成功しただけであり、何か、新しい価値とかを創造したり、破壊したりといったシステムや規範を飛び出していくだけの破天荒な面白さがないのである。
従って、法律の範囲内、社会規範の範囲内で、生きるだけであり、非常に社会的には正しい人であり、そして、正しく成功した人である。
弁護士とか、医者とか、有名大学を出て、規制の社会で認められている社会的地位を目指して、それを競走の末、勝ち取ることが出来るのが射手座ではないかと思われる。
然し、そうして成功した人たちが、わりと、人生への底の浅い理解しかなく、世の中の真の価値を探ったり、人間の真の目的や生きる意味など宗教的真理にたどり着く力は乏しいようである。
射手座というのは高みに達することの出来る、尊敬すべき強烈な能力があるが、にも関わらず、その能力には限界があると思われるのはやはり、インド占星術的には、木星が生来的に傷ついてしまうからと説明できるのである。
木星のほうが水星よりも、ケンドラを支配した場合の吉意の喪失度合いが高いため、射手座ラグナや魚座ラグナにとっての木星というのはラグナロードで吉星であるにも関わらず、吉星としての力が弱いと思われる。
乙女座ラグナや、双子座ラグナにとっての水星は、水星が木星より吉意を失う度合いが小さいため、射手座ラグナや魚座ラグナほど、吉星としての力は弱くならないかもしれない。
この辺りは非常に微妙なところで、K.N.ラオ氏やCharak氏の意見など、いろいろ異なるようである。
ただ、射手座ラグナや魚座ラグナにおける木星は文句なしの吉星とはしないで、但し書きがつくのが一般のようである。
話を元に戻すと、射手座ラグナというのは規制の秩序を踏み外さない、現行システムのレールの上で、高い目的や高い地位を目指す星座なのであるが、これは牡羊座と比較すると、違いが顕著になるのである。
例えばドイツ第三帝国を築こうとしたヒトラーという人物がいたが、彼は極悪人として認定されてはいて、実際、犯罪者だとは思うが、しかし、彼がしたことは規制の社会秩序を破壊し、新しい価値や道徳を生み出すほどのすさまじさがあったと思う。つまり、破壊と創造の神の代理人のようなことをしている。これは一切の常識をひっくり返すような力である。
ヒトラーの場合、それを誤用したのであると思うが、これを建設的に使った場合、非常に創造的であり、また独創的なのである。システムそれ自体を作り変えてしまうという意味において創造的である。
これはカール・マルクスもそうである。カールマルクスは資本主義というシステム自体を作り変えようとする理論を生み出したのである。
両者に共通するのは牡羊座である。両者とも牡羊座に惑星集中している。
この牡羊座は現行の秩序を破壊し、また道徳や規範や社会秩序、社会システムに従わないで、それを破壊して、新しいものを生み出そうとするようなところがある。
これらの性質はまったく現行の秩序やルールの枠から抜け出さない射手座とは全く異なるところである。
つまり、射手座はカジノの参加者であり、参加者の中では一番強く、優秀なプレーヤーだが、カジノの経営者そのものを打ち倒したり、カジノそのものを廃止してしまおうとする発想はないようである。
しかし、牡羊座はカジノそのおのを廃止するというような自分が属するシステム自体を破壊してしまおうとするだけの凄みがあるのである。
宗教性を損失する射手座という考えについて
2007.12.21
コメント
コメント一覧 (1件)
そう考えることもできるのではないでしょうか。
富つまり「お金」です。
お金とは、持っているだけでは意味や価値は希薄です。
木星がムーラトリコーナとなる射手座のラグナでは
所有を意味する2室で木星は減衰します。
使う、消費することで有効的になるので12室支配星火星が高揚し、ニーチャヴァンガします。
火星は熱意や前進をも表すので射手座ラグナの人達は、どうしても拡大志向になるのではないかと思います(火星が高揚するとき牡羊座へアスペクトバックされ、牡羊座が強調される為。思索や概念を表す5室でもあります)。
生来的凶星が2つトリコーナハウスを支配するので、いわゆる体育会系の考え方をする傾向にあるかもしれません。
宗教性とは少し異なりますが、12室支配星でもあるので、お金を浪費する傾向もあると思います。
木星はまた、法則の表示体ですが、これが8室で高揚する。これは、法則というものが
結局は限界があり、限られた範囲でそれが効力を発揮する事を表している様に思われます。
これはまた、8室の持つ暗闇や苦境、逆風という状況の下で法則や戒律が影響を持つことを意味してもいます。
それが、9室が、行為、実践を表す10室から見れば、12室目に当たるという相関性に明示されていると思います。
宗教性を損失してしまうという事に関して考察すると
射手座ラグナでは、6,11室支配星が10室で減衰し、逆に10室の支配星が自室で高揚する
高徳を示す5,9室の支配星はケーンドラハウスでは特段に強まる配置ではない事も関係しているかもしれません。
魚座ラグナでも5,9室の支配星はケーンドラハウスでは特段に強まる配置ではないですが
11室の支配星が霊性の12室を同時支配しているので射手座と比べてトリシャダのネガティブな影響が強調されていないと思います。モクシャハウスの8室で高揚する配置もあります。
牡羊座ラグナでは5室支配星が1室、9,12室支配星が4室とケーンドラで強力な配置になり
射手座ラグナとの違いが顕著になります。
獅子座ラグナでも霊性の12室の支配星は10室で高揚します。
射手座ラグナは美しさや徳という事にあまり注意、関心を向けないようです。