日本人と欧米人の個人主義の違い

以前、橘玲の『(日本人)』(幻冬舎/幻冬舎文庫)をさらっと読んでみたが、非常に興味深いことが書いてあった。


この本は、日本人が実は「ムラ社会」の集団主義者ではなく、お互いに不干渉な超・個人主義的であることを、世界価値観調査(WVS)などの統計データを用いて明らかにしている。






本書の中で橘玲は、社会心理学者・山岸俊男の「日本人はアメリカ人よりも個人主義的である」という知見などを引きながら、従来の「和を重んじる集団主義的な日本人像」を覆す議論を展開している。

具体的にはいくつかの慣行を日本人の「不干渉で個人主義的な傾向」の象徴として挙げている。


1つは、ワンルームマンションという独自の文化を発達させている点である。

成人しても家族や親族と同居したり、ルームシェアをしたりするのが海外では一般的であるそうだ。

「一人一世帯」のワンルームマンションがここまで普及している国は極めて珍しく、他者と関わりたくない個人主義の表れであるという。


もう一つは、単身赴任という文化である。

家族を一つの分割できない単位と考えて、どこへ行くにも家族と一緒に移動する欧米社会から見ると、会社の都合で、一人単身赴任で、家族と離れて暮らす日本人の「単身赴任」という慣行は、極めて異常に見えるらしいのである。


もう一つは、「世俗的」で「合理主義的」な気質である。

日本人は、神への信仰ではなく、その場その場の「得か損か」で功利的に動く性質を持っているという。

日頃は空気を読むが、合理的な理由があれば、一気に手のひらを返すような、極めてドライな個人主義を示すという。


日本人の「絆」や「おもてなし」「和の精神」といった美しい日本人論は、実はまやかしであり、日本人は、「利に聡く、身勝手で、不干渉を好む個人主義者」なのであるという。


こうした橘玲の日本人論は非常に痛い程、よく分かる内容だった。



狭い相互に監視された環境であるだけにプライバシーの確保に尋常でない努力を行なう

私は離島に別荘を買ったのだが、その島の人たちとコミュニケーションしていて、非常に興味深い話を聞いた。


島の人たちは、他の島民たちに自分がどこで何をしているかを知られるのを嫌うという。


その為、家の窓は締め切っていて、カーテンをして、家の中を覗かれないようにして、自分の痕跡が外部の人から辿られるのを避けている。非常に秘密主義的なのである。


島には2000人ぐらいしか住んでおらず、狭い空間に大勢の隣人たちが住んでいる。


下手をすれば自分のプライバシーなどあって無いようなものである。


何かをしていれば、それはたちまちのうちに伝言ゲームのようにして島中の人たちに知れ渡ってしまう。


私も物件を購入した後、物件を見に行った時に私がどこで1日過ごしていたといったことを島の人々は、結構、知っていたみたいだった。


伝言ゲームのように世間話として話が伝わっていくのである。



日本人の個人主義というものは、そうした大勢ひしめいている狭い空間の中で、何とか少しでも自由を得たいという試みなのである。


人と関わらないようにする日本人流の個人主義は、空間が狭い島国の中で、正気を保とうとする試みなのである。



日本人が、個人主義的なのは、お上の支配下にあり、息苦しい狭い空間、隣人との相互監視の中で、自由を得る為に発達したのが、日本型個人主義である。


それだけではないと思うが、かなりそうした要素が存在すると考えられる。


後は、日本人は、水の星座の象意が強いのだが、蟹座や魚座は、典型的な個人主義者で自己中心的な所がある。


欧米人が発達させた個人主義とは少し違うのである。



集合的な窮屈な社会だからこそ、個人的なスペースを確保しようとする。



欧米は個人主義が発達しているからこそ、家族や親戚、友人とルームシェアしたり、集合的な付き合いが可能となる。



日本人の場合、元々、魚座や蟹座の象意として、個人主義的なのであるが、個人主義が欧米より発達しておらず、集団的な行動を強制されることが多い為、自由でいる為に他人と関わらない個人主義を必要とするのである。



そうでなければ日本が世界でも自殺の多い国である理由が全く理解できなくなる。


自殺が多いのは、息苦しく、他人との関係の中でがんじがらめにされてスペースや逃げ場がないからである。


人との違いや個性、単独行動といったものが尊重されず、集団に合わせることが要請され、集団からの束縛を受けている。



youtubeなどを見ると、日本って素晴らしいといったことを宣伝する番組が目立つが、日本人が世界基準から見ると、どう見えるのか、どうなのか相対化して、自己批判して、日本人の良い所、悪い所を客観的に見れるようになった方が好ましいと思われる。





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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 秀吉先生、

    この記事で取り上げられたことは全くその通りだと思いますね。

    欧米は個人主義が徹底していて、他人に同じ行動を暗に求める同調圧力が日本のようにはないため、気軽に同居したりできるのですよね。

    日本は、かつて、室町時代などそうですが、今の北朝鮮や他の独裁国家のように、為政者による独裁と、密告が蔓延る時代があり、そして、長く都だった京都には、今でも本音を漏らさない、遠回しに伝える手法が根強く残っていますよね。
    本音なんかで話せば命取りだったわけですから。

    日本は、同調圧力が強く、その場その場で、集団を作り、その場その場の集団での局地ルールに従うよう、求められますからね。
    物理的に隔たることが逃げ道なのですよね。
    (まぁ、日本、韓国等には、共通する「自殺遺伝子」なるものが有って、それは、結局、過去の遠い昔に、悲観的なものが生き残ることができた、そういう時代が有ったからだという説を読んだことも有りますが…)

    日本では、個人的にメンタルが強くないと、そういう集団の同調圧力に勝てませんからね。
    出る杭は打たれますから。
    私等は、徹底的に戦う姿勢をすぐ見せて突き抜けていることを思い知らせるので(私は蠍座月ラグナなので、支配星がラグナと6室支配なので、闘うことを通して成長したり、学ぶ運命にあるのですよね…)、集団からの嫌がらせ等もすぐ止むんですが、ほとんどの日本人はそうではないと思いますね。
    • >日本は、かつて、室町時代などそうですが、今の北朝鮮や他の独裁国家のように、為政者による>独裁と、密告が蔓延る時代があり、そして、長く都だった京都には、今でも本音を漏らさない、>遠回しに伝える手法が根強く残っていますよね。
      >本音なんかで話せば命取りだったわけですから。


      なるほど、都だったからこそ、そのような遠回しに語る文化が発達したということですね。

      それは初めて聞いた話です。

      京都の遠回しに話す文化は、私はそれ程、経験したことはないですが、正直さがなく、あまり好ましくないとは思います。

      それは弱さを表していると思われ、為政者、権力者から身を守る為に生まれたのであれば納得できます。

      京都の人はその割にプライドは非常に高く、京都の中心に近いか、中心から遠いかを常に比較評価して、住んでいる場所で人を差別したりも多いと聞きますが、そうした権威主義も弱さ(権威に対する弱さ)から来ているかもしれません。


      ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルは、日本のことを優しい独裁国家と呼んだらしいですが、的を得ていると思います。


      私たちはウクライナとロシアの戦争で、ロシアの独裁の凄まじさを見ていますが、日本と非常に似ていると思って見ています。


      日本はソフトに現れているだけで、本質的には変わらないのではないかということです。

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