土星と火星の蟹座へのトランジット

某掲示板に火星と土星の蟹座へのトランジットがテーマとして取り上げられていた。

そのことで、私は最近、気分がすぐれなく、暴力的で冷酷な感情が湧き出してくるのは、蟹座でトランジットの土星と火星がコンジャンクトしているからではないかとはっと気づいた。私の月は蟹座に在住しているので、トランジットの土星と火星の蟹座へのトランジットは心理的に抑うつや怒りなどの心理状態になりやすいと言える。

確かに最近の美容外科医の娘が誘拐され、親子の絆を試されたセレブ誘拐事件や、パチンコに行くことを母親に注意されたことで逆上し、金槌で母親の後頭部を殴りつけ、首を絞めて殺害した事件や、受験勉強を強いてくる厳しい父親への復讐で家に放火して母親と兄弟が焼死した事件など、悲惨な事件が多いが火星と土星の蟹座でのコンジャンクトが引き起こしていると考えると分かりやすい。
 

火星と土星は6室と8室の表示体であり、6室と8室が絡むとき、犯罪は避けられないとラオ先生が言うようにそれらは犯罪のコンビネーションである。

最近、北朝鮮がミサイルを威嚇発射したが、ミサイルの象意は火星であり、それらは日朝平壌宣言に対する違反であり、犯罪行為と言える。日本の国土がミサイルによって、脅かされたのであり、蟹座にトランジットする火星の影響と考えると分かりやすい。さらにそれらのミサイルは日本海に落下し、外交的な効力を持たずに、国際的に非難され、北朝鮮の立場を悪くしたことを考えると、火星が蟹座で減衰していると考えると納得ができる。

またワールドカップが反則行為のオンパレードで、汚い試合が多く、ジダンが決勝戦で頭突きをして、退場になった行為など、通常、レッドカードを貰うのは確実な行為をあえて行ってしまうところなど、暴力や反則などを誘発する原因を惑星のトランジットに求めるのはむしろ、通常の理由を検討するよりも的を得ているような気がする。

この蟹座に対する土星と火星のトランジットは犯罪を犯す加害者としての体験と、犯罪を受ける被害者としての体験の両方を地球上にもたらしているようである。

考えれば、加害者と被害者はカルマ的に見れば、ほとんど同じなのかもしれない。
被害者から見た加害者の姿は自分の姿である。

先日、面白い話を聞いたのだが、ある時、その人は夢で鏡に映った自分の厳格で恐ろしく怖い姿を見せられたのだという。その人はそれを自分が優しくない点に対する教訓と受け取ったようである。

主観と客観、加害者と被害者は一体であり、分離できないのである。
占星術ではしばしば、主体と客体の区別がつかない。

例えば3室に金星が在住している場合、その人はマスコミに出演する芸能人になるのか、それともマスコミに出演する芸能人を追っかけるミーハーなファンや視聴者になるのかは区別がつかない。通常、映画俳優は俳優になる前は、ファンや視聴者だったというように客体の側であった経験を持っている。視聴者から俳優に、そして、俳優から映画監督やプロデューサーへと色々に主体と客体の立場を変えることが多い。

例えば叶姉妹も最初は、スーパー読者という主体と客体があいまいな立場でマスコミに登場したようである。

この主体と客体が一体であるというのはフリッチョフ・カプラを初めとしたニューサイエンスの旗手たちの主張と同じであり、物理学の分野でも同じような主題が語られている。

この主体と客体が一体であるという思想は深遠な真理を示しているという予感がある。

 


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コメント

コメント一覧 (3件)

  • 秀吉先生、

    主体と客体が不可分ということは、その通りだと思いますね。

    例えば、私は、1室にラグナロードの土星がムーラトリコーナで在住しシャシャヨーガ、また、自室にアスペクトバックする太陽が同室する等、王様的、獅子座的な性質を与える要素が出生図に有りますが、

    そうしたこともあってか、他者からの干渉や指図、命令等を極端に嫌います。

    例えば、私にとって見れば、「今日はお早いですね…」などという、近所の婆さんの他愛ない声がけも、内心(早かろうが遅かろうが貴女に関係無い…)と思ってしまうのですよね…
    些細なことも干渉と受け止めるわけです。

    それは、のみならず、私の中に、それをそのように受け取る土台や、生物学的な言葉を借りれば、受容体、ベースが存在しているからであって、鷹揚で順応的な性格の人なら、何の問題も無い筈です。

    そういう意味で、主体客体、加害者被害者は、どちらが善でも悪でも、お互い反応し、惹きつけ合う要素があるのだと思いますね…

    (但し、私は個人的には、そこまで分かっていますし、出生図やナヴァムシャ、その他の分割図においても敵に打ち勝つ要素を多重に持っているので、あたかも、こちらには全くそのような相対する要素が無いかのように振る舞えます。そして、ひたすら相手のみが反応している、主体的にこちらに絡んできているかのような状況を作り出して、相手に墓穴を掘らせることができるのですよね… まぁ、それは、別の話になってきますが…)
    • 主体-客体の話は、究極的には、全ては1つで、一者しかいないという宗教的真実に至る話だと思います。そうした状態をまだ経験していないので、まだ思弁的に考えているだけですが、加害者と被害者というのも不可分のもので、その現象自体は、両者がいて初めて成立するもので、一体のものだと思います。

      カルマの法則というものがあり、人に加害したら、その加害を刈り取らなければならず、自分も被害者の立場を経験させられるかもしれません。

      この因果応報が何故、存在するかも不思議な話ですが、究極的には主体と客体は同じものだからなのかもしれません。

      精神分析でも人は自分の無意識を自分で見ることが出来ず、他人に現れたものを見て、他人を通して、自分の中の無意識を見ることが出来ると考えられています。

      蟹座の土星と火星という占星術的象徴で考えると、この配置が被害者のことも加害者のことも含んだ現象を示していると思えます。

      私はこの時は、ケートゥ期で、そうしたことを考える精神的余裕、静かに内省する余裕があったと思いますが、今は、そうした状況ではないので、このテーマについて深く考えられません。今は、もっと現実的なことに携わっています。

      今は世界で戦争が起こってるようなご時世です。

      そうした状況の中では、相対世界の中で、主体としての立場で、生きるしかなく、主体と客体の問題など考えていられません。

      乱世においては、主体として生きるので精一杯です。
  • 秀吉先生、

    >乱世においては、主体として生きるので精一杯です。

    私もそう思います。
    カルマ込みでそれぞれその人の運命なのですから、究極的には、ただ自分の運命を生きるだけでいい、それに尽きると思います。

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