2010年に無期限活動休止を発表した中森明菜が、2026年になってテレビ出演やライブツアーを活発化させているそうだ。
バラエティ番組『Golden SixTONES』(日本テレビ系)6月28日放送回へ出演したことも話題になっている。
日本テレビ系のバラエティ番組出演は約20年ぶりであるという。
中森明菜の出生データは、5チャンネルに載っており、そのデータを使って早速、チャートを作成してみた。
ざっとチャートを見た限りでは、中森明菜が芸能界から姿を消し、活動休止に入っていたのが、マハダシャー木星期である。
そして、マハダシャーが土星期に入る直前から活動を再び、活発化させていることが分かる。
マハダシャー木星期 -サカタヨーガとグルチャンダラヨーガー
何故、木星期は活動が不安定になり、土星期になって再び、活動を再開したかと言えば、木星は月から見て6室に在住して、サカタヨーガを形成しているからである。
サカタヨーガの条件は木星がケンドラ以外のハウスに在住し、月から6、8、12室に在住しているというものである。
この効果は、「貧困で永続的骨の折れる、全ての人に嫌われて永久に不安定な運勢」とされる。
木星はラーフとコンジャンクトして、グルチャンダラヨーガを形成している為か、事務所や業界関係者の期待に応えることもなく、完全に自己中心的に自分の好きなように振舞った。そうせざるを得なかったということもあるかもしれない。
木星は3、12室支配で5室に在住している為、芸能(3室)やエンターテイメント(5室)のハウスと全く無関係ではないが、木星は隠遁の12室の支配星でもあり、あまり人前に出たくなくなる時期である。
特に12室は海外を意味する為、海外に潜伏していた可能性もある。
狭い日本社会の中では、どこにいても目立ってしまう為、どこかで目撃されたはずである。それを回避するにはやはり海外に行くしかない。
中森明菜が活動休止期間中に海外に居たという情報はないが、海外に自分の別荘を持ち、そこでひっそりと生活していた可能性もあり得ると考えている。
何故なら、木星は月から見た4室の支配星で、ラーフ/ケートゥ軸とコンジャンクトして12室にアスペクトしているからである。
4室(喜び、心の平安)の支配星が6室に在住して、ラーフとコンジャンクトしている為、決して、平穏な生活ではなかったかもしれないが、人目に付かないように生活して来たのかもしれない。
これはナヴァムシャやダシャムシャの配置を見ても分かるが、ナヴァムシャでは木星は9室の支配星で2室に在住し、3、12室支配の水星と相互アスペクトしている。
9室の支配星の時期は、仕事をしないで、海外に留学したり、旅行をするような時期である。
ダシャムシャでも同じように木星は9室と12室の支配星である。
ナヴァムシャの配置を見た限りでは、木星期に仕事をしないで幸福な時期を過ごしていたと考えることも出来る。
このサカタヨーガの木星が、中森明菜の気まぐれで、不安定な活動を表していたことは確かである。
チャンドラ・アディヨーガ、シューバ・ウバヤチャリヨーガ
然し、中森明菜がこれだけ不安定で、気まぐれであるにも関わらず、伝説的なアーティストとして、常にカリスマを放っているのは、何故かと考えると、気づいたのは、月から見て、6室に木星、8室に金星、水星が在住して、チャンドラ・アディヨーガを形成している為ではないかと思われる。
古典的には、「有名で、裕福で、輝かしい人であり、馬や駕籠などの移動手段やお金に恵まれている」とされる配置である。
あるいは、この配置を持つ人は、参加する惑星の強さに応じて、王様、大臣、軍の指揮官のいずれかになるとされる。
あるいは、男性向けの表現であるが、この配置を持つ人は、「礼儀正しく、息子に恵まれ、気立ての良い貞淑な妻を持ち、財力があり、名誉ある名前と影響力を持ち、勇気があり、その名声は自分の国や他の国にも広がります。」とされる。
確かに中森明菜は、日本国内だけにとどまらず、中国や香港・台湾などの熱心なファンを抱える「伝説の歌姫」として広く知られており、最近、SNSを通じて、現代の若い世代(Z世代)の間でも人気が再燃しているという。
この中森明菜のカリスマをもたらしているのが、おそらく、この配置なのである。
また中森明菜は、太陽の両隣に木星、金星、水星が在住して、シューバ・ウバヤチャリヨーガを形成している。
このヨーガは、古典的には「強い肉体にし、大きな責任を担う能力、教養、良い外見、富、そして、多くの喜びの対象を与える。」とされる。
これも常に人の輪の中心で存在感を放つ素晴らしいヨーガであると言える。
アディヨーガは、惑星が6室に在住したり、8室に在住したりする為、パートナー関係は不安定にすると容易に推測できる。
例えば、マッチこと近藤真彦との間の交際のうわさや記者会見、共同記者会見の場で、マッチが結婚する気はないことを公言するものの、中森明菜はそうは思っていなかったといった恋愛における確執など、色々、パートナー関係上の問題をもたらした。
中森明菜が、度々、近藤真彦のカーレースをお忍びで見に行っていたとする記事が週刊誌を賑わした。
しかし、こうしたことがあったとしてもアディヨーガ自体は、その人物をスーパースターのように上昇させるヨーガであると言うことが出来る。
それが同時にサカタヨーガを形成していたとしてもである。
中森明菜の木星は、アディヨーガや、シューバ・ウバヤチャリヨーガを形成して、伝説の歌姫として、そのカリスマをずっと維持させ続けたのである。
しかし、その一方で、木星は、サカタヨーガを形成し、グルチャンダラヨーガも形成するので、気まぐれで不安定で、危うい印象を常に与えていた。
これが木星期に顕現したと考えれば、中森明菜の活動休止期間を理解することができる。
ちょうど無期限活動休止に入ったのが、2010年にマハダシャー木星期に入った直後の木星/木星期であった。
この後、4年間活動休止した後、2014年末の『第65回NHK紅白歌合戦』にアメリカのスタジオから生中継で出演し、翌2015年に5年ぶりの新曲「Rojo -Tierra-」をリリースしたり、2016年・2017年にはディナーショーを開催するなどして、一時的に復活した。
この一時的な復活は、木星/水星→ケートゥ→金星期で、アンタルダシャーはそれなりに良い時期であったことが分かる。
水星や金星は、木星と共にアディヨーガや、シューバ・ウバヤチャリヨーガを形成しているからである。
しかし、2017年末のディナーショーを最後に、再びメディアや表舞台から全く姿を見せなくなり、5年間もの間、実質的な活動休止状態だった。
ファンの間では体調や動向が懸念されていた時期である。
この時から木星/太陽→月→火星期を経過して、特に太陽は8室の支配星で6室に在住しているし、月は7室支配で12室に在住している。
ドゥシュタナハウスの支配星だったり、ドゥシュタナハウスに在住していたりするので、調子が悪かったことが分かる。
そして、5年の沈黙を経て、再び、2022年のデビュー40周年を機に活動を徐々に活発化させて来ている。
2022年は、木星/火星期→ラーフ期辺りだが、この頃は、木星期から土星期へのダシャーチッドラに入っており、土星期の影響が出て来た時期である。
土星の配置を見ると、ラグナから見て1、2室支配で2室で定座にあり、月から見ても2、3室支配で、3室に在住している。
ラグナから見ても月から見てもスピーチ、歌声の2室を支配しており、月からはメディアの3室に在住している。
ラグナロードであるので、アイデンティティーを確立したり、自分の存在意義などを追及する時期であり、歌を歌うことによって再び、自己実現を摸索し始めたのではないかと思うのである。
土星は星位も強く、安定的である。
何にしても木星期が終わったことで、サカタヨーガの影響を受けなくなったと考えられ、その点だけでも良くなったと言えるのではないかと思われる。
ナヴァムシャでも土星は7室の支配星で、11室で、5、10室支配のヨーガカラカの火星やラグナロードの月と絡み、1-5、1-10のラージャヨーガに参加して、自らも1-7のラージャヨーガを形成している。
再び、社交の現場(11室)に出て来て、評価(11室)を受ける時期に入ったのである。
またダシャムシャでは土星は、10、11室の支配星で、6室に在住し、9室支配の木星やラグナロードの火星とコンジャンクトし、5室支配の太陽とも相互アスペクトして、多くのラージャヨーガ、ダナヨーガを形成している。
木星期ももちろん同じヨーガに含まれているが、木星は9、12室の支配星である為、仕事よりも休息や海外生活などを優先した可能性がある。
今度は土星は、10、11室の支配星である為、仕事がしたくなったのであり、また積極的に社交の場で、人と交流するようになったと考えられる。
また土星は6室に在住して、ウパチャヤの凶星であり、敵を粉砕する配置である為、対人関係や仕事の場面でも強さが出て来たのではないかと思われる。
私が興味深く思ったのは、ダシャムシャにおいても木星はアディヨーガを形成している点である。
ラグナから見て、木星が6室、水星と金星が7室に在住している。
そして土星もこれに参加している。
そして、金星はマラヴィアヨーガを形成している。
こうしたハウス支配によらないヨーガは、分割図でこそ、見なければならないものであり、明らかに分割図のテーマを強化しているはずである。
つまりは、この配置こそが、中森明菜を伝説の歌姫としてカリスマ化させている配置である。
そして、土星もアディヨーガに参加している為、それは木星期ばかりでなく、土星期にも続くのである。
孤独なスーパースター
中森明菜の月は、7室支配で12室に在住しているが、これは常にパートナーとはお忍びであったり、人目を避けて会うことを意味している。
マッチこと、近藤真彦と会っていた時もそうだが、月はケーマドゥルマヨーガを形成しているので、常に単独行動で、マスクなどをして会いに行く。
しかし、その月は満月で、しかもアディヨーガを形成している。
アディヨーガを形成しているが、月から見て、対となる6室と8室に同じ数の惑星が在住しており、バンダナヨーガを形成していると言えるかもしれない。
それだからか、中森明菜は、マッチこと、近藤真彦との恋愛関係の中に閉じ込められて、身動きできなくなったのかもしれない。
バンダナ・ヨーガは「不自由さ、制限、拘束、あるいは監禁・入院」などを暗示するヨーガだが、もしバンダナヨーガが機能しているのであれば、こうした効果も同時に発揮していたはずである。
つまり、不自由なスーパースターという象意が生まれていたかもしれない。
中森明菜は活動休止の間、一体、日本のどこにいたのか全く消息不明であった。
もし海外にいたのでなければ、日本の国内のどこかで常に部屋に閉じこもっていなければならない。
そうでなければ、必ず週刊誌にスクープされていたはずである。
あるいは海外にいたのかもしれないが、海外にいたとしても活発に外出していれば誰かに発見されるはずである。
12室は、外からは見えないプライベートな閉じられた環境を意味する為、海外にいたとしても部屋から中々出られない生活だったかもしれないのだ。
|
中森明菜 経歴 1. 経歴の概要(デビュー~黄金期) •1982年:オーディション番組『スター誕生!』を経て、シングル「スローモーション」でデビュー。続く「少女A」「セカンド・ラブ」が大ヒットし、一躍トップアイドル・歌手の仲間入りを果たしました。 •1980年代半ば~ late 80s:「飾りじゃないのよ涙は」「ミ・アモーレ」「DESIRE -情熱-」など次々とヒット曲を連発し、日本レコード大賞を2年連続受賞(1985年・1986年)するなど、昭和歌謡界を代表する圧倒的な歌姫として一時代を築きました。 2. 芸能界から姿を消していた期間(活動休止) 中森明菜さんは、主に2つの大きな長期活動休止期間を経験しています。 ① 第1期 休止期間(2010年10月 ~ 2014年) •背景・時期:過度のストレスや体調不良(免疫力の低下など)により、2010年10月に無期限の活動休止を発表。約4年以上にわたり表舞台から姿を消しました。 •一時復帰:2014年末の『第65回NHK紅白歌合戦』にアメリカのスタジオから生中継で出演し、翌2015年に5年ぶりの新曲「Rojo -Tierra-」をリリース。2016年・2017年にはディナーショーを開催するなど一時的に活動を再開しました。 ② 第2期 休止期間(2018年 ~ 2022年夏) •背景・時期:2017年末のディナーショーを最後に、再びメディアや表舞台から全く姿を見せなくなりました。この約5年間も実質的な活動休止(完全な沈黙期間)となり、ファンの間では体調や動向が懸念されていました。 3. 最近の復活・再始動の時期(2022年~現在) 2022年のデビュー40周年を機に、段階的に復帰を果たしています。 •2022年8月(再始動の宣言) 新たな個人事務所「HZ VILLAGE」の設立と、公式X(旧Twitter)アカウントを開設。「いつも応援してくださるファンのみなさまへ」と直筆メッセージを投稿し、約5年ぶりの再始動を正式に発表しました。 •2023年12月(YouTube始動とセルフカバー) 公式YouTubeチャンネルを開設し、「北ウイング-CLASSIC-」をはじめ、「セカンド・ラブ」「飾りじゃないのよ涙は」「DESIRE -情熱-」などのジャズアレンジによるセルフカバー歌唱動画を立て続けに公開。元気な歌声と笑顔を見せ、大きな話題を呼びました。 •2024年以降(本格的な表舞台への復帰) ファンクラブ会員向けの限定イベントを開催して直接ファンの前に姿を現したほか、イベント出演やメディアへの登場、新たな音源の公開など、体調に配慮しながら精力的に音楽活動を本格化させています。 数度の体調不良による長い沈黙期間を経ながらも、現在は自身のペースを守りつつ、歌姫として再び活発な姿を見せています。 金屏風事件 同年の1989年7月に、中森明菜さんが近藤真彦さんの自宅マンションで自殺未遂を起こし、芸能界に大きな衝撃を与えました。その後、明菜さんは休養に入っていました。 会見の内容: 大晦日の夜10時過ぎという異例の時間帯に行われたこの会見は、明菜さん自身の復帰と謝罪を主としたものでした。途中から近藤真彦さんが同席しました。 「金屏風」による波紋: 会見場にめでたい席で使われる「金屏風」が立てられていたため、当初マスコミや視聴者の間では「婚約発表ではないか」とも噂されました。しかし、会見内で近藤さんが結婚についてきっぱりと否定したことなどから、後々まで語り継がれる異質な記者会見となりました。 この会見を最後に2人は破局し、それぞれの道を歩むこととなりました。 (Gemini 3.6 Flashにて生成) |
|
なぜ中森明菜は2026年に活動を本格化させたのか? 儚くも力強いカリスマの軌跡、45周年に懸ける想いを推察 2026/7/12(日) 5:50 Real Sound 7月13日で61歳の誕生日を迎える、歌手の中森明菜。音楽バラエティ番組『EIGHT-JAM』(テレビ朝日系)では7月12日と19日の2週連続で中森を特集する。本人のインタビューが放送されるほか、“明菜ファン”の一青窈やLittle Glee Monsterのアサヒも登場するなどし、これまでの活動や名曲の誕生秘話などが明かされるという。 ■復活から新境地へ、ファン待望のステージと新曲も 2010年に体調不良で無期限活動休止を発表して以降、自分のペースで活動を行っている中森。2014年に『第65回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)に企画ゲストとして出場して歌手活動を再開し、2018年に再び活動休止。しかし2023年には、ファンクラブ限定のスペシャルライブイベントのほか、初の野外ライブとなる『ジゴロック2025 ~大分”地獄極楽”ROCK FESTIVAL~ supported by ニカソー』への出演を果たすなど新境地も切り拓いている。 そんな中森の活動が2026年に入り、さらに精力的になっている。7月には20年ぶりに東京、大阪、愛知の3都市をめぐるライブツアー『AKINA NAKAMORI LIVE TOUR 2026』を開催。大阪、愛知での公演はすでに終了し、残すは東京のみ。2006年の『AKINA NAKAMORI LIVE TOUR 2006 ~The Last Destination~』以来となるホールでの中森の歌唱に、来場者からは「泣きました」「好きな歌ばかり歌ってくれた!」と興奮の声が相次いでいる。 7月1日には、新曲「ごめんと、すきと、」をリリース。中森のシングルリリースは2016年『FIXER -WHILE THE WOMEN ARE SLEEPING-』以来。「親友であるがゆえの『素直になれなかった過去(ごめん)』と、『揺るぎない愛情(すき)』との共存を表現した」(※1)という歌詞とやさしいメロディとテンポ、そして聴き手の気持ちに染み渡るような中森の歌声が心地よい一曲だ。低い音域も明瞭に歌い上げ、中森特有のハスキーさも感じられるなど、彼女ならではの表現が詰まっている。 5月にはデビュー44周年を記念した、セルフカバージャズアルバム『AKINA NOTE』を発表。「サザン・ウインド」(1984年)、「ミ・アモーレ[Meu amor e…]」(1985年)、「SAND BEIGE -砂漠へ-」(1985年)、「SOLITUDE」(1985年)、「TANGO NOIR」(1987年)の5曲がジャズバージョンで新録されている。たとえば「ミ・アモーレ[Meu amor e…]」は、原曲は華々しい世界観が放たれていたが、ジャズバージョンでは中森の歌声が艶っぽく、サウンドもより洗練されたものに。いずれも“現在の中森明菜”による代表曲の新解釈を受け取ることができた。 ■SixTONESとの共演、バラエティで魅せた意外な素顔 一方で、新たなファンへのアプローチが見られたのが、バラエティ番組『Golden SixTONES』(日本テレビ系)6月28日放送回への出演だ。中森の日本テレビ系のバラエティ番組出演は約20年ぶりとなった。 若い世代にとって、中森は伝説的なアーティストのような存在だったはず。しかし番組では、クイズやカラオケなどの企画に臨み、京本大我(SixTONES)が中森の楽曲「DESIRE -情熱-」を歌唱した際、「はぁー、どっこい」と合いの手を入れるなどして盛り上げた。ちなみにこの「はぁー、どっこい」は以前より、カラオケで「DESIRE」を歌われるときに定番化していたノリ。中森がテレビ番組でそれを実践し、ファンにとってはたまらない一幕となった。またそうした姿は、キャリア40年以上のベテラン歌手であり、また日本の音楽界でカリスマ的なポジションの中森のイメージをいい意味で裏切り、SixTONESのファンも親近感を持つことができたのではないだろうか。 かつての魅力を損なわず、フレッシュな側面も見せている近年の中森。それにしてもなぜ、2026年に活動がこれほどまでに活発化しているのか。それは、2027年の“デビュー45周年”を見据えているからだと推察される。誤解を恐れずに言えば、中森のこれまでの活動には紆余曲折があった。1980年代、筆者は幼いながらに中森のパフォーマンスをテレビで鑑賞し、出演したドラマなども観てきた。“リアルタイムの目撃者”の一人として、彼女が漂わせる儚さや危うさも、人々を魅了する要素の一つだと感じていた。2010年の活動休止を聞いたとき、正直なところ、中森はもう戻ってこないと思っていた。それでも、彼女は再びマイクを握ったのだ。 苦しみも味わってきた中森を奮い立たせた背景にあったのは、長年のファンの支えではないだろうか。“45周年”というメモリアルイヤーを大切なファンと盛大に迎えるため、2026年を重要なステップイヤーとして位置付けているように思える。ツアーで届けている音楽の深化やバラエティで見せたフレッシュな素顔ーーここからの1年、中森明菜という存在がどんな新境地を魅見せてくれるのか、期待は高まるばかりだ。 |
コメント