イラン最高指導者ハメネイ師死亡について -イラン・イスラム体制・独裁者の死-



アメリカのイランに対する軍事作戦で、イランの最高指導者ハメネイ師が死亡して、既にかなりの時間が経過した。


ドナルド・トランプがハメネイ師の死亡についてSNSで投稿し、イランの国営メディアがこれを追認した。


イラン最高指導者ハメネイ師が死亡 国営メディア発表 米など攻撃
2026/3/1 10:44 毎日新聞

イラン国営メディアは1日、米軍とイスラエル軍の攻撃により、最高指導者ハメネイ師が死亡したと報じた。

 トランプ米大統領は2月28日、自身のソーシャルメディアでハメネイ師が「死亡した」と投稿していたが、イラン側が追認した形だ。

 28日の攻撃で、イスラエル軍は軍事施設だけでなく、政府高官らを標的に爆撃を行い、首都テヘランにあるハメネイ師の邸宅も破壊。イスラエルのネタニヤフ首相はビデオ声明で、ハメネイ師が死亡した「多くの兆候がある」と述べていた。

 ハメネイ師は1989年、2代目の最高指導者に就任し、約37年間にわたってイランの統治を主導してきた。強硬な反米の指導者として知られ、イスラエルや米国を敵視する発言を繰り返していた。【カイロ金子淳】

イランの建国図を見ると、ラグナで9室支配の木星が高揚しており、これがイランの政教分離していない宗教指導者であると考えると、まず、ハメネイ師のラグナは蟹座であることが考えられる。





実際、蟹座ラグナに設定すると、結婚したタイミングはよく説明できる。







アーヤトッラー・ハメネイ師は、1964年に結婚し、6人の子供(息子4人、娘2人)が誕生している。



6人の子供


息子(4人)

長男:セイイェド・モスタファ (Mostafa)

誕生: 1965年2月5日

父ハメネイ師が25歳の時の子です。現在は神学者(アーヤトッラー)として活動しています。


次男:セイイェド・モジタバ (Mojtaba)

誕生: 1969年9月8日

息子たちの中で最も影響力が強く、父の側近として政治に関与しているとされ、次期最高指導者の候補としても頻繁に名前が挙がります。


三男:セイイェド・マスード (Masoud)

誕生: 1974年(一部資料では1972年3月15日)

「セイイェド・モフセン」とも呼ばれます。父の著作の出版や管理に携わっています。


四男:セイイェド・メイサム (Meysam)

誕生: 1978年

息子の中では末っ子で、主に宗教教育の分野で活動しています。


娘(2人)

ハメネイ師の娘たちは非常にプライバシーが守られており、具体的な誕生月日までは公表されていませんが、いずれも1979年のイラン革命後に生まれています。

長女:ボシュラ (Bushra)

誕生: 1980年頃

次女:ホダ (Hoda)

誕生: 1981年頃

ハメネイ師の子供たちの中で最も年下です。


結婚した1964年のトランジット(1月1日時点)を見ると、土星が7室をトランジットしており、木星が7室の支配星とコンジャンクトしており、7室にダブルトランジットしている。





ダシャーは、金星/水星期辺りだが、金星は月から見た7室の支配星で、ラグナから見た結婚生活の8室に在住し、結婚生活の2室にアスペクトしている。


水星は、月から見た6室の支配星だが、12室に在住して、ヴィーパリータラージャヨーガを形成している。


6室の支配星は結婚できないが、12室に在住して、ヴィーパリータラージャヨーガを形成すると、しばしば結婚できる場合がある。



例えば、ナヴァムシャのラグナを射手座に設定してみると、水星は7室の支配星で、金星は7室に在住する為、結婚のタイミングを説明することが出来る。



ハメネイ師の独裁者としての人物像からは、好印象なプナルヴァスではなく、品行方正なプシュヤでもなく、変り者、変人であるアーシュレーシャではないかと考えられる。



ラグナをアーシュレーシャ第1パダにすると、ナヴァムシャのラグナが射手座になる。



こうした観点は、ラグナ修正のほんの始まりに過ぎず、この段階では、仮定の話で、頭の体操に過ぎない。



そうすると、今回、テヘランにあるハメネイ師の居住区に対する米軍の爆撃によって死亡したのは、土星/水星期である。



土星は7、8室支配のマーラカで、水星は、12室の支配星で、マーラカの次の優先順位で死をもたらすハウスの支配星である。


12室支配の水星は、マーラカの7、8室支配の土星と絡んでいる。



月ラグナから見ると、土星と水星は12室に在住し、8室支配の火星からアスペクトされている。


ナヴァムシャがもし射手座ラグナなら、土星は2、3室支配のマーラカで、水星は7室支配のマーラカである。



月から見て土星は12室に在住し、水星はマーラカの7室に在住している。








次に子供の誕生が蟹座ラグナで説明できるかどうかである。





まず長男が誕生した1965年2月5日、土星は水瓶座から5室にアスペクトし、木星は牡羊座から5室支配の火星にアスペクトして、5室にダブルトランジットを形成している。



またラーフ/ケートゥ軸も5室をトランジットしている。



ダシャーは、金星/ケートゥ期で、金星は月から見た5室にアスペクトし、ケートゥは月から見た5室支配の太陽とコンジャンクトしている。


サプタムシャでは、金星は5室に在住し、ケートゥのディスポジターである月はラグナに在住している。





次男が誕生した1969年9月8日は、土星は牡羊座で逆行し、9室と9室の支配星に絡み、5室支配の火星にアスペクトしている。木星は、乙女座から9室と9室の支配星にアスペクトして、9室(子供:5室から見た5室)にダブルトランジットしている。



ダシャーは太陽/水星期で、太陽は月から見た5室の支配星で、水星はラグナから見た9室で9室の支配星とコンジャンクトしている。





サプタムシャでは、太陽は5室の支配星で、水星は5室の支配星である太陽と相互アスペクトしている。





三男は、1974年生まれとされるが、4か月ほど遡った1973年9月の時点で、土星が5室支配の火星にアスペクトし、木星が逆行して、5室支配の火星に絡み、5室にダブルトランジットすると共にラーフ/ケートゥ軸が5室支配の火星に絡んでいた。



ダシャーは月/ラーフ、もしくは月/木星期辺りであり、月は月から見た5室支配の太陽とコンジャンクトし、ラーフも月から見た5室支配の太陽と絡み、木星はラグナから見た9室の支配星である。





サプタムシャでは、月はラグナに在住し、ラーフのディスポジターは9室支配の木星と相互アスペクトし、木星は9室の支配星である。





四男は、1978年生まれだが、9か月前のトランジットを採用するしかなかった。


9か月前の1977年4月1日の時点で、土星は蟹座で逆行して、5室支配の火星にアスペクトし、木星は5室にアスペクトして、5室にダブルトランジットしている。


またラーフ/ケートゥ軸は、月から見た5室支配の太陽と絡んでいる。


ダシャーは、月/水星期辺りであり、月は月から見た5室支配の太陽と絡み、水星は9室に在住し、9室支配の木星とコンジャンクトしている。





サプタムシャでは月はラグナに在住し、水星は月から見た5室支配の太陽と相互アスペクトしている。





その他、1980年と1981年に長女と次女が誕生しているが、1980年のトランジットを見ると、木星が5室支配の火星にアスペクトし、土星が乙女座から5室にアスペクトして、5室にダブルトランジットしている。



またラーフ/ケートゥ軸は、月から見た5室をトランジットしている。



ダシャーは、月/金星、月/太陽期辺りだが、月は既に述べた通りで、金星は月から見た5室にアスペクトし、太陽は月から見た5室の支配星である。





サプタムシャでも月はラグナに在住し、金星は月から見た5室に在住し、太陽は月から見た5室の支配星である。



このように子供の誕生に関しては、蟹座ラグナでよく説明することが出来る。





ジャイミニスキーム

念のため、チャラダシャーでも子供の誕生を検証するが、長男が誕生した1965年2月5日は、牡羊座/射手座で、牡羊座にはPKの太陽が在住し、射手座から見た5室にはPKの太陽が在住している。

また牡羊座には月から見た5室の支配星も在住し、射手座にはラグナから見た5室の支配星が在住している。





次男が誕生した1969年9月8日は、魚座/牡牛座であるが、魚座には子供の表示体である木星が在住し、牡牛座から見た5室には子供の表示体である木星がジャイミニアスペクトしている。


三男が誕生した1974年は、魚座/乙女座もしくは魚座/天秤座辺りであるが、魚座は同じで、乙女座には子供の表示体である木星がアスペクトしている。


また天秤座から見た5室にはPKの太陽がジャイミニアスペクトしている。


四男が誕生した1978年は、魚座/山羊座もしくは魚座/水瓶座だが、魚座は同じで、山羊座や山羊座から見た5室には特に子供の表示体である木星やPKは絡んでいない。


水瓶座から見た5室には子供の表示体である木星がジャイミニアスペクトし、PKの太陽は水瓶座にジャイミニアスペクトしている。


従って、四男が誕生したのは魚座/水瓶座の時期であると考えられる。


次に長女と次女が1980年と1981年に誕生しているが、魚座/魚座もしくは水瓶座/魚座、水瓶座/牡羊座辺りである。


魚座や水瓶座は既に説明した通りである。


牡羊座は、PKの太陽が在住しており、子供の誕生を説明できる。



またジャイミニのチャラダシャーでは、今回の米軍によるハメネイ師の殺害は、よくチャートに出ていた。




米軍によって殺害された時のチャラダシャー -蟹座/蟹座-


殺害された時、蟹座/蟹座の時期で、蟹座から見ると、AKが暗殺の8室に在住し、ラーフ、ケートゥ、またマーラカに相当するDKの月からジャイミニアスペクトされていたことが分かる。





2023年4月ぐらいからハメネイ師は蟹座のメジャーダシャーに入っており、行き詰まりに突入していた。


国内では、イランのハメネイ師の独裁体制を批判する大規模デモが起こっており、まさに革命前夜といった状況であった。



この蟹座ラグナのチャートはハメネイ師の人生を象徴すると思われるいくつかの特徴がある。




10室で形成される不吉な日蝕


例えば、ハメネイ師は政治的指導者である為、10室で太陽が高揚していることはそれをよく示している。



しかし、この太陽はラーフ/ケートゥ軸と絡み、月とコンジャンクトする為、日蝕が形成されている。





昼間なのに真っ暗になるというこの現象は、権力の失墜を示唆する重要な暗示である。



結局、ハメネイ師は、国民による反政府デモで、かなり追い込まれており、それにダメ押しを押す形で、この状況に便乗し、体制転換を目論む米国によって殺害されたのである。



ホメイニ師によるイラン・イスラム革命で、成立したイスラム原理主義国家は、こうして幕を閉じる方向に向かっているのだが、その最後の独裁者であることをこの配置は象徴しているのである。



次の後継者は、それ程、頼りになる感じでもなく、独裁者としてのカリスマや指導力をまだ発揮するには至っていない。





その他の事象


次にハメネイ師のいくつかの過去の事象について、そのタイミングを検証してみたい。



ハメネイ師経歴


1. 生い立ちと修行時代

1939年4月19日(または7月17日): マシュハドの貧しい宗教者の家庭に生まれる。

1957年: イラクのナジャフへ巡礼・留学。ここで初めてホメイニー師と出会う。

1958年: ゴムの神学校に入学。ホメイニー師らに師事する。

1964年: マンスーレ・ホジェステ・バーゲルザーデと結婚。


2. 革命運動と投獄の時代

1963年5月: ホメイニー師からマシュハドの聖職者への秘密伝令を託され、反王制活動を本格化。

1964年1月: 王制の改革(白色革命)を批判する活動中に逮捕(その後、通算で6回逮捕・投獄を経験)。

1977年: イラン南東部のイランシャフルへ3年間の流刑を言い渡される。

1979年: イラン革命の進展に伴い帰還。イスラム革命評議会のメンバーに任命される。


3. イラン・イスラム共和国設立後

1980年1月: ホメイニー師の命によりテヘランの金曜礼拝導師に就任。

1980年5月28日: イスラム諮問評議会(国会)議員に就任。

1981年6月27日: 演説中に隠されていた爆弾が爆発する暗殺未遂事件に遭い、右手の自由を失う。

1981年10月9日: 第3代大統領に就任(1989年まで2期務める)。

1988年2月7日: 初代公益判別会議議長に就任。


4. 最高指導者として(1989年?2026年)

1989年6月4日: ホメイニー師の死去に伴い、専門家会議によって第2代最高指導者に選出。

2009年: 大統領選挙後の抗議デモ(緑の運動)を弾圧。

2022年9月: マフサ・アミニ氏の死をきっかけとした大規模デモが発生、これに対し厳しい姿勢をとる。

2025年2月7日: アメリカとの対話について「賢明ではない」と否定的な見解を示す。

2026年2月28日: アメリカ・イスラエルによるテヘラン近郊への空爆(暗殺作戦)により死去。享年86歳。

2026年3月1日: イラン政府により、ハメネイ師の死去が公式に発表される。


1957年にイラクのナジャフへ巡礼・留学し、ここで初めてホメイニー師と出会っている。





ヴィムショッタリダシャーでは、金星/木星期であり、木星は9室支配で9室に在住しており、グルとの出会いを表している。





トランジットを見ると、1957年2月の時点で、土星が5室をトランジットし、木星は乙女座で逆行して、5室の支配星にアスペクトし、5室にダブルトランジットしている。


木星は乙女座から9室と9室支配の木星にアスペクトしており、更にラーフ/ケートゥ軸が5室をトランジットしている。


5室は9室から見た9室であり、9室の本質のハウスであるから、留学やグルとの出会いがこのタイミングで起こったことを象徴している。


チャラダシャーは牡牛座/乙女座もしくは牡牛座/獅子座だが、牡牛座から見た9室の支配星がグルの表示体である木星と共に11室に在住しており、獅子座から見ると、ラグナロードでPKの太陽が9室で高揚している。


後の最高権力者であるホメイニ師と出会ったことを象徴する配置と言えるかもしれない。



1964年1月に王制の改革(白色革命)を批判する活動中に逮捕されているが、金星/水星期であり、水星は12室の支配星で、8室支配の土星から傷つけられており、逮捕監禁されたことを表している。


チャラダシャーは、牡羊座/天秤座であるが、牡羊座から見ると、逮捕監禁を表す12室縫にAmKの土星、MKの水星、GKの木星が惑星集中しており、12室に惑星集中していることから、逮捕監禁されたと分かる。


またこの頃、反体制運動など地下活動に徹していたのは、AmKが12室に在住しているからである。


天秤座から見ると、6室にAmKの土星、MKの水星、GKの木星が惑星集中しており、暴力的な政治運動による奮闘を表している。





1981年6月27日に演説中に隠されていた爆弾が爆発する暗殺未遂事件に遭い、右手の自由を失っているが、月/太陽期であり、月から見ても太陽から見ても手を表す3室支配の水星が12室で、土星とコンジャンクトし、火星からアスペクトされており、それで、手の自由を失ったことが分かる。


3室は右手を表し、11室は左手を表す為、右手の自由を失ったのは、傷ついた3室支配の水星が右手を表すからである。



1989年6月4日にホメイニー師の死去に伴い、専門家会議によって第2代最高指導者に選出されたが、ヴィムショッタリダシャーではラーフ/ラーフ期である。


ラーフは政治家にとっての議席、王座を表す4室に在住しており、ラーフから見た10室支配の月は、高揚する太陽とコンジャンクトしている。また10室には火星のアスペクトも存在する。


従って、最高権力者として指導力を発揮したと分かる。


しかし、ラーフのディスポジターである金星はラグナから8室に在住しており、若干、権力が不安定な印象である。





チャラダシャーは水瓶座/射手座であり、水瓶座から見ると、AmKが11室にアスペクトしており、射手座にはAmKがアスペクトして、射手座から見た10室にもAmKがアスペクトし、権力を伴う最高の地位に就いたことが分かる。


しかし、射手座は6室で火星が在住している為、その地位に就いた後、強権的に権力を行使したことを象徴している。


2009年には、大統領選挙後の抗議デモ(緑の運動)を弾圧しているが、木星/土星期で、土星には6室に在住する火星がアスペクトしている。


ハメネイ師にとって7、8室支配の土星は、民主化を求める大衆の政治運動を表しているようである。


一方で、5、10室支配で6室に在住する火星は、厳しい暴力によって反体制運動を取り締まる強権的な政治姿勢を示している。


2009年~2013年は、天秤座のメジャーダシャーで、天秤座から見ると、6室に惑星集中している為、また6室には土星と火星が絡んでいる為、強権的な弾圧によって、反体制運動を取り締まったのである。







イラン最高指導者ハメネイ師が死亡、30年余り権力掌握し西側と対峙
Golnar Motevalli
2026年3月1日 at 8:57 JST
更新日時:2026年3月1日 at 10:43 JST


・86歳で死去、トランプ米大統領がイスラエルとのイラン攻撃後に発表

・イラン国営テレビも確認、今後の展開や誰が後継者になるかは不透明


トランプ米大統領によると、イランの最高指導者ハメネイ師が2月28日の米国とイスラエルによる攻撃で死亡した。86歳だった。ハメネイ師は30年以上にわたり国家の政治・宗教生活のあらゆる側面を掌握し、西側諸国との対峙を続けてきた。

  トランプ氏はソーシャルメディアへの投稿で、「これはイラン国民のみならず、ハメネイと血に飢えたならず者集団によって殺害、または傷つけられた偉大な米国人、そして世界各国の人々すべてのための正義だ」と述べた。イラン国営テレビも死亡を確認した。

  ハメネイ師の死は、イラン現代史において極めて重要な一章が終わりを迎えることを意味する。ただ、今後の展開や誰が後継者になるのかについては、ほぼ全く見通しが立っていない。

  高位聖職者(アヤトラ)であった同師は、1979年の革命で政権を掌握した宗教的・反帝国主義運動から台頭し、地域で最も影響力のある指導者の一人となった。

  白いひげ、聖職者のローブ、黒いターバン姿のハメネイ師は、禁欲的で清教徒的な家父長のイメージを体現していた。笑顔を見せることは少なく、就任後は一度もイランを離れなかった。

  自らの指導や自らが築いたイスラム体制に対する抗議を抑圧するためには、権限の行使も辞さなかった。女性の権利や市民的自由を巡る自らの見解に対する反発に対しても容赦なく対応し、権力維持のために数百人の民間人を殺害することもいとわない指導者との印象を決定づけた。

  ハメネイ師は中東において、イスラエルと徹底的に敵対するとともに、地域に影響を及ぼそうとする米国の試みに断固として抵抗する立場を明確にした。

  米国がイラン政治に干渉してきた歴史や、自身を投獄した王政を支援してきたことに根差す米国への深い不信と軽蔑を、常にイラン政治の前面に押し出してきた。また、イスラエルのことを「がん腫瘍」と表現し、その破壊を繰り返し呼びかけた。

ホメイニ師の下で学ぶ
  ハメネイ師は1939年7月17日、北東部マシュハドにある一室のみの住居で、宗教学者の子として生まれた。19歳でシーア派神学の中心地コムに移り、のちに1979年の革命で成立したイラン・イスラム共和国の初代最高指導者となるホメイニ師の下で学んだ。

 米国の支援を受けていたパーレビ国王(当時)の打倒を目指す地下運動に加わり、たびたび逮捕・拷問され、国内で3年間の流刑生活を送った。


1979年の革命後、テヘランの金曜礼拝を主導する役職に就任。2年後の暗殺未遂で右腕に障害を負ったが、数カ月後にはイランで選挙によって選ばれる最高位の公職である大統領に就いた。

  常に保守的ではあったが、政界入り当初はパイプをくゆらせ、詩や小説に関心を持つ物静かな聖職者だった。妻との間に6人の子をもうけ、音楽家や世俗的な知識人とも交友関係を築いた。

  1989年6月のホメイニ師死去時、ハメネイ師は次期最高指導者の明白な候補ではなかった。当時の憲法が求めていたアヤトラとしての学識資格を満たしておらず、改正が必要だった。

伝統的概念のジハードを再定義
  ワシントン近東政策研究所のメフディ・ハラジ上級研究員は、ハメネイ師について「伝統的イスラム概念であるジハードを変革し、イスラム主義体制のイデオロギーの中心課題として確立しようとした」と記している。その結果、ジハードは西側、とりわけ米国に体現される悪に対する、信仰に基づく闘争だと位置付けられた。

  ジハードを強調したのはハメネイ師だけではないが、ジハードを「イスラム共和国のイデオロギー体系全体の基礎であり、イラン体制の国策運営の唯一の根拠」と位置づけた点に独自性がある、とハラジ氏は指摘する。

  1989年にホメイニ師の後を継いで最高指導者に就任して以降、ハメネイ師は強硬な宗教機関や軍の利益を守り続けた。国民の多くが改革や西側との関係改善を望む世論とはしばしば相反した。2022年に大規模な抗議運動が起きた際には、治安部隊の動員や司法による処刑といった強硬な弾圧で応じた。

  昨年12月28日に激化した反政府デモに対しては、より残忍な姿勢を強めた。人権団体は死者数の確認を続けているが、7000人を超えたとされる。この流血の週末に、イラン当局はインターネット接続を遮断し、国外へのアクセスを制限した。

ハメネイ師の影響力は国境を越えた。

  イランで主流派であるシーア派イスラム教徒の「世界的指導者」を自任し、イランの主力軍事組織であり対外影響力行使の担い手でもあるイスラム革命防衛隊(IRGC)の拡大を監督した。IRGCは陸・空・海軍部門や私服民兵を擁し、経済の最大40%に及ぶとされる企業帝国を築くことを認められた。その見返りとして、指揮官らはハメネイ師に揺るぎない忠誠を誓った。

  イランは中東各地に強力な同盟ネットワークを築き、イスラエルや他の米同盟国に対する抑止の輪として機能させた。イラク、シリア、レバノン、イエメン、そしてパレスチナ自治区ガザ地区で、イランの影響力を拡大した。

  ハメネイ師は、イスラム法で禁じられているとしてイランは核兵器を求めていないと主張したが、軍事的側面が疑われる複雑な核開発計画を主導した。2015年には核活動を制限する代わりに経済制裁の緩和を受けることで合意したが、第1次トランプ政権が2018年に離脱し、合意は損なわれた。

原題:Iran State TV Confirms Khamenei’s Death、Ali Khamenei, Iran’s Anti-Western Supreme Leader, Dies at 86(抜粋)






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