サルトルとボーヴォワール ー近代的結婚(契約結婚)が意味するものー



ここ最近、出生時間が分かる有名人のチャートを次々とひたすら作成して眺めていた。


特に詳細を調べなくてもパッと見で、色々なことが分かる。


ボーヴォワールとサルトルのチャートを調べた時、彼らが行った契約結婚の意味が非常に良く分かった。


この哲学者同士の結婚は、極めて変わっていたことで有名である。



契約結婚


サルトルは1929年哲学の教授試験を受けて1番で合格し、この時、2番だったシモーヌ・ド・ボーヴォワールと恋に落ちた。


同じ年の秋頃、サルトルがボーヴォワールに2年間の「契約結婚」を申し込むのである。


2人の契約は、2年間は2人一緒にパリに住むが、それを過ぎればお互いに自由に好きなところで暮らし、もしまた2人がばったり会ったら再び共同生活をしよう、というもので、人間は偶然的な恋愛も必要であり、お互い別の相手との一時的な恋愛を縛らないようにしようというサルトルの提案によるものだった。




ジャン=ポール・サルトル




サルトルのチャートを見ると、1929年秋頃は、ちょうど木星/土星期で、マハダシャー木星期に入った直後のセカンドアンタルダシャーの時期であった。


木星はラグナから見て5室支配で7室に在住しており、7室の木星は、古典的には”複数の妻を持つ”配置である。


木星には”複数の”という象意があり、7室に在住すれば複数の妻、4室に在住すれば、複数の家もしくは乗り物という象意になる。


5室の支配星が7室に在住する配置は、恋愛の配置であり、まだ若く様々な女性に出会える可能性があったサルトルとしては、結婚によって、一人の女性との関係に縛られるのが嫌だったに違いない。


興味深いことにこの配置は、私が先日、ラグナを蠍座に修正したカルロス・ゴーンのチャートの木星の配置と全く同じである。


カルロス・ゴーンもマハダシャー木星期になってから複数の女性との恋愛にのめり込んだ。


※ナヴァムシャでもマハダシャーの木星とアンタルダシャーの土星がラグナに在住しており、「契約結婚」という特殊な条件を付けはしたが、この時期に結婚した理由というものが理解できる。



サルトルは、そのようにして自分自身が相手との関係に縛られたくない為にシモーヌ・ド・ボーヴォワールとの結婚を「契約結婚」というあたかもビジネスの契約やあるいは不動産の賃貸借契約の短期契約であるかのように長期的に縛られないように”2年間”という期間を設けて、結婚しようと提案するのである。


この提案自体は、いかにも計算高く狡猾なビジネスマンの契約のようでもある。


8室双子座の定座に在住する8、11室支配の強い水星は、機能的凶星であり、かなり悪意を表現する狡猾な知性の表示体となっていると考えられる。


人を騙し、自分をも騙すという配置である。



然し、8室は研究のハウスであり、8室の水星は研究にのめり込む知性でもあり、また月から見て5、8室支配で5室双子座で自室に在住している為、サルトルの知性は、極めて哲学的探究に没頭する創造的知性でもあった。


実存主義哲学は、この水星がもたらしたものである。



この双子座で自室で強い水星は、ウォール街の金融工学を駆使する金融資本家(双子座)のように両建てやヘッジ(損失に備えた保険)を駆使する複雑なオプション取引を開発する知性でもある。


一つの対象に100%入れ込まないで、あちこちに保険となる代替を準備して、いつでも損失に備えて逃げられるように準備しておく狡猾さがある。


強い水星は、現実主義で基本的に性悪説に彩られており、盲目的にのめり込むことはないのである。


恋は盲目というが、サルトルは、シモーヌ・ド・ボーヴォワールとの恋において盲目的にのめり込むことはなかった。


そして、2年間の「契約結婚」ということで、ヘッジ(保険)をかけたのである。




シモーヌ・ド・ボーヴォワール




一方で、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの方は、哲学的な才能に溢れたサルトルに魅了され、自分の一生を捧げてもよいような気持ちになったに違いないのである。


何故なら、ボーヴォワールのチャートを見ると、8室にラーフが在住しており、ナヴァムシャでも8室にラーフが在住している。


また出生図では8室の支配星もラーフ/ケートゥ軸に絡み、太陽とコンジャンクトして傷ついている。


8室のラーフは結婚願望を持つ配置であり、相手の持つ、家族、人脈、財産などに期待し、強く求める配置である。



然し、8室のラーフは同時に8室を傷つける為、相手から結婚生活の恩恵を与えられないのである。


またしばしば8室が強調される場合、しばしば相手の浮気(不倫)や三角関係に悩まされる配置である。



従って、まず、ボーヴォワールにとって、自分が愛し、結婚したいと思った男性の最初の仕打ちが「契約結婚」という提案だったのである。



苦悩する結婚生活


これはサルトルが、自分は好きなように自由に複数の女性たちと不倫するから君も好きなようにしたまえという宣言なのである。


但し、サルトルは、ボーヴォワールの方が、サルトルにのめり込んでおり、常に一緒に居たがっていることを知っていたはずである。


だから、この契約は、自分が優位に立っており、自分にとって有利な契約であると知っていたのである。



ボーヴォワールは、サルトルからの提案が通常の結婚であっても良かったのであり、サルトルとの結婚願望があったと思われる。


ボーヴォワールはサルトルに惚れ込んでいたので、サルトルからの提案が、2年間の「契約結婚」でも受け入れたのである。


まず「契約結婚」というのは、サルトルからの提案であって、ボーヴォワールが積極的に提案したのではないことは重要である。



実際に2人の契約結婚がどのように推移していくかと言えば、常にボーヴォワールは忍耐を強いられる連続で、偶然的な恋愛はサルトルだけが楽しみ、彼女は嫉妬に悩まされ続けたのだという。


サルトルは、女性に関してマメで女優、有名人の妻、 自分の教え子と次々と浮気をし、恋愛が終わったあとも、一度愛したその女たちに、望むものを何でも惜しみなく与えたのだという。



何故なら、ボーヴォワールは、本来、サルトルと結婚したいと思っていたのであり、常に一緒に居たいと思っていたのであるが、サルトルが、契約結婚という自由な恋愛の実験をしようと提案して来たので、その尊敬するサルトルの提案を断れなかったからである。


むしろ、サルトルのために自ら嫉妬する自分を抑制し、サルトルの為に若い女性を紹介することまでしたのである。


そこまでして、サルトルの理想とする近代的な自我を備えた嫉妬から自由な自立した女性であろうと努力した。





ボーヴォワールが1929年秋にサルトルと結婚した時、ダシャーは水星/火星期であった。


水星は8室支配で2室(7室から見た8室)でラーフ/ケートゥ軸と絡み、太陽とコンジャンクトして傷ついており、アンタルダシャーはラグナロードの火星であった。


ラグナロードの火星は7室から見た7室の支配星であり、ラグナロードの時期は、結婚の時期である。



この火星はラグナロードで、5室で9室支配の月とコンジャンクトし、ディスポジターの木星が9室で高揚して5室にアスペクトバックしている。


つまり、この火星期というのは、むしろ、9室の象意である学問や真理、師匠への献身の時期であり、哲学的天才であるサルトルへの敬愛、崇敬に近い感情があったと思われる。


火星はロマンティックで、理想主義の魚座に在住しているからである。



冒頭で、私はボーヴォワールが、サルトルに対して、『哲学的な才能に溢れたサルトルに魅了され、自分の一生を捧げてもよいような気持ちになったにいないのである』と書いたが、本来、ボーヴォワールは、ラグナが蠍座で、ラグナロードの火星が魚座で、月も魚座に在住し、蟹座で高揚する木星がラグナと魚座にアスペクトし、月と木星は魚座と蟹座で5-9の星座交換をしている。


つまり、水の星座である蠍座、魚座、蟹座が圧倒的に強調されており、非常に古風な封建的な価値観が似合う女性なのである。



そのボーヴォワールが、双子座にアスペクトバックするマハダシャー水星期において、このサルトルにとって都合の良い「契約結婚」という実験に付き合わされたと解釈するのが割にあっている。


そして、嫉妬心などに悩みながら、サルトルの契約結婚という実験にその後、50年間付き合わされるのである。



そこまでしてサルトルについていったのは、やはりサルトルを敬愛したが為である。



ボーヴォワールの5室支配の木星が蟹座のアーシュレーシャに在住しているが、アーシュレーシャは世間の常識、道徳、規範、文化的習俗などに従わないので、男女の恋愛や結婚の常識に囚われないで、そして、そのような常識に縛られない価値判断や師匠によって啓発されるという面はあったかもしれない。



然し、本来、ボーヴォワールは、古風な女性であり、一途な女性であり、著作の中で、「私にとって恐ろしいことは、たった一つしかない。それはサルトルが死ぬことなのだ」と綴っているようである。



実際、ボーヴォワールが、女性解放運動に関わる中で問題としていたのは、結婚した後で、女性があたかも女中や召使であるかのように家庭の仕事を引き受けるという奴隷的な女性のあり方についてだったのである。


従って結婚自体に反対していたとも思えないし、またサルトルの「結婚契約」の実験というものは、彼女にとって本質的に重要であったとは思えない。


現にボーヴォワールは、サルトルと一緒に歩み続ける為に涙ぐましい努力をしているように感じられる。



ボーヴォワールは、男女が平等であればよく、結婚して一緒に生活を共にすることを望んでいたはずである。



ボーヴォワールは、若い女性とレズビアン的な関係を結んだことがあるようだが、「人間は偶然的な恋愛も必要であり、お互い別の相手との一時的な恋愛を縛らないようにしよう」というサルトルの実験に付き合い、そして、自らも他の相手と交際しようとしたようにも見えるが、結局の所、ボーヴォワールは、そのようなことは苦手で、サルトルに一途であったのである。



「私にとって恐ろしいことは、たった一つしかない。それはサルトルが死ぬことなのだ」という言葉がそれを物語っている。




ボーヴォワールの月と、ラグナロードの火星は、ウッタラバードラパダーに在住しており、ウッタラバードラパダーは、一つの対象に一途に献身し続ける配置である。







従って、敬愛する師であるサルトルと同じように振る舞ってみてもそれは彼女にとっては、ピンと来ず、レズビアンとして交際していた少女(ランブラン)を挙句の果てには、サルトルに紹介することまでしている。


ランブランという少女が16歳の時にボーヴォワールの愛人となり、その後、17歳の時にサルトルに引きあわされて関係を結び、その後、サルトルに捨てられて2人に弄ばれたことについて『ボーヴォワールとサルトルに狂わされた娘時代』という本の中で、綴っているようである。


つまり、ボーヴォワールは、サルトルに気に入られようとして、サルトルの理想を生きようとして、同性愛も含めた自由な恋愛を楽しむ自分というものを実験してみたのではないかと思われる。


そういう意味では、常にサルトルへの想いがあったのである。



2人の恋愛ゲームに付き合わされた少女はいい迷惑を被ったようである。




マリアカラスなどもそうであるが、蠍座ラグナの人の恋愛というものは、一途な恋愛であり、一人の相手に対して、決して変わらぬ愛情を注ぎ続けるものである。


マリアカラスが、ギリシャの大富豪オナシスと別れた後で、オナシスからの連絡を電話機の前で、ずっと一途に待ち続けたというエピソードからもそれが伺える。




従って、これまでの内容をまとめると、ボーヴォワールは、女性解放運動、フェミニズムの騎士のように思われているが、本来は、一途に一人の男性に想いを寄せる献身的な女性であったということである。


従って、好きな男性(サルトル)と常に一緒にいたいという結婚願望も持っていたということである。


然し、彼女のカルマの為か、8室が傷ついていたために結婚生活に恵まれず、サルトルの「結婚契約」の実験に付き合わされ、サルトルの他の女性たちと自由に恋愛して不倫する自由を謳歌したいという宣言を受け入れつつ、自らもそうした相手の理想に合わせて努力するようになったのである。


但し、7、12室支配の金星が3室(食欲、性欲、睡眠欲)に在住しているため、ボーヴォワールも性的な願望というものも強かったことは確かに伺えるのであり、従って、サルトルの「結婚契約」の実験を彼女自身試したいという動機づけはあったかもしれない。


然し、本来、ボーヴォワールは、献身的で理想主義的で一途な性格であり、古風な性格でもあった為、本質的には、サルトルに対しての一途な気持ちを持ち続けたのである。


サルトルは、そうしたボーヴォワールとの関係性を理解しつつも、あえて2年契約の「結婚契約」の実験を行ったと言える。


ボーヴォワールと、サルトルは、隣り合うラグナであり、お互いの木星がお互いのラグナにアスペクトもしており、非常に相性が良く、結局、契約は更新を重ねて、50年間も関係が続いていくのである。その間、ボーヴォワールは嫉妬の感情に苦しみ続けた。


ボーヴォワールの7室支配の金星は3室山羊座に在住しているが、サルトルは、ナヴァムシャのラグナが山羊座である。


従って、ボーヴォワールのパートナーはサルトルであるという関係が読みとれる。


然し、サルトルの7室支配の金星は牡羊座のバラニーで、月から見た7室支配の太陽も双子座に在住しているが、ナヴァムシャのラグナから見た7室支配の月は天秤座に在住し、月から見た7室支配の火星は水瓶座に在住している。


ところが、ボーヴォワールは出生図でもナヴァムシャでも牡羊座、双子座、天秤座、水瓶座には、ラグナや月などの特別な惑星は配置しておらず、ナヴァムシャのラグナと月は乙女座である。


サルトルは、出生図でもナヴァムシャでもラグナや月から見た7室や7室の支配星は、乙女座と全く関係していないのである。


従って、ボーヴォワールにとってはサルトルは、パートナーであったが、サルトルにとっては、ボーヴォワール以外にパートナーがいたということになる。


それは、例えば、サルトルの7室支配の金星が牡羊座のバラニーに在住しているため、出生図やナヴァムシャにて、そうした配置にラグナや月を持つ女性とか、双子座にラグナや月が在住する女性とか、天秤座にラグナや月が在住する女性、水瓶座にラグナや月が在住する女性といった相手である。


ボーヴォワール以外にもそうした相手が恋愛の対象であったと言うことが出来る。



女性解放運動やフェミニズムのシンボルのようになる女性のチャートを見ると、それらの人々は、ラグナ、月、金星から見た8室や8室の支配星が激しく傷ついているのである。


例えば、アナイス・ニンのようなフェミニズムのシンボルのようになっている性愛小説家もそうである。



従って、結婚生活に恵まれない女性が、自らの境遇を合理化し、理論化した結果として、フェミニズム理論が出来上がるのではないかと思われる。


特に8室にラーフが在住している場合、結婚願望が強いのだが、相手から思いやり、愛情、物質的恩恵などが得られない為、非常に苦悩するプロセスを経て、そうした欲求が摩耗して消滅し、最終的には、パートナーに期待しない、依存しない、パーソナリティーが出来上がるのである。


※私は自分自身の8室にラーフがトランジットした時の経験によって、そのプロセスについて臨床的に確認している。



その最終的な結果が、パートナーに期待しない、依存しないシングルウーマンというものなのである。


そして、パートナーに依存し、パートナーから養われて恩恵を受ける生活のことを奴隷の生活、召使の生活として非難するのである。



もし彼女たちが結婚生活に恵まれていたら、決して、戦闘的なフェミニストにはならなかったであろうと思われる。


結婚生活に恵まれなかった、シングルウーマンとしての生活が輝き、尊敬されるには、フェミニズムの戦士として、理論武装する必要があるのである。


そして、後に続く人たちで、同じような境遇に遭う人々は、やはり、その同じ理論によって、自らを合理化し、輝かせる。



例えば、多くの女性たちのチャートを見ると、8室が傷ついている人々が多く、8室が非常に吉星によって保護されているような人は稀である。


稀にそのような人もいるのだが、かなり多くの女性たちは、8室、8室の支配星が何らかの形で傷ついている。



つまり、完全に結婚生活が上手くいくというのは理想に過ぎず、現実は、何らかの問題を抱えているということである。



完璧に上手く行っている結婚生活というものは、イメージ(理想)の中にしか存在しない。



然し、裏を返せば、そのような女性たちが近代的な女性なのであり、結婚、結婚生活(パートナー)に依存せずに仕事や趣味や社会活動などで自らの人生を切り開いていく女性なのである。


つまり、ここで価値の転倒が起こっており、近代的な結婚、女性の自立というものは、結婚生活で十分に満たされない為に与えられるとも言えてしまうのである。



これまで、2-8軸の役割、結婚や結婚生活についての占星術解釈については、何度も述べて来たし、それらは私が当初から6-8の人間関係の支配と服従の関係性について多大な関心を抱いてきたことと、『Single Woman and Astrology』という著作を研究することから得られた。



そして、こうした関係性について、特に2-8軸に位置するラーフ/ケートゥ軸の働きを理解するには、サルトルとボーヴォワールの関係性、ボーヴォワールの本音などを調べることが重要ではないかと思えた。



何故なら、ボーヴォワールの出生図とナヴァムシャの8室にはラーフが在住しており、彼女は2-8軸の傷ついたチャートの典型例であるからである。



そして、既に知られているようにサルトルとの関係の中で演じられた「契約結婚」という実験と、その結果が得られているからである。




私は、ボーヴォワールの作品群を読んでいないが、もしこれらを詳細に分析したら、更に確信的なことが言えるかもしれない。



結果として、サルトルとボーヴォワールは、契約を延長しつつ50年間、共に過ごし続けるのであるが、結婚生活の8室が傷ついていても相性が良い場合の人間関係、「家庭」というものを除いた人間関係について物語っていると考えられる。



そういう意味で、サルトルとボーヴォワールの自伝や経歴、エピソードといったものは、結婚や結婚生活について理解するための非常に重要なサンプルである。



彼らはいまだに語り継がれ、ニュースになる程、伝説的なカップルである。







(参考資料)



自由すぎる!有名哲学者たちの「恋愛と結婚」
「逃げ恥」とは一味違う"契約結婚"をした人も
2017/01/01 6:00 東洋経済ONLINE

私たちの日常で、疾病・ケガの問題、借金といったカネの問題など苦しいことはたくさんありますが、その中でもダントツに難しさを感じるのは人間関係ではないでしょ うか。

なかでも、一人の相手とじっくりと対峙し関係を結ぶ「結婚」は、人生の大決断。肩に重くのしかかってくる責任や重圧、結婚のメリットやデメリットなどを考えれば考 えるほど、何がベストな選択か、わからなくなってしまうことも。

そんな「結婚」について、歴代の哲学者たちはどう答えを出したのでしょうか。私たちにさまざまなヒントを与えてくれるかもしれない彼らの思想と人生を、『超訳 哲学 者図鑑』などの著書を持つ富増章成氏が解説します。

夫婦の信頼関係は「契約結婚」から?

●サルトル
僕たちの恋は必然的なものだ
だが、偶然の恋も知る必要がある

フランスのサルトルとボーヴォアールは、映画の題材にもなった優秀な哲学者カップル。この2人の結婚は、やはり、普通のものではありませんでした。1929年の秋、ルー ブル博物館のベンチで、サルトルはボーヴォアールに2年間の「契約結婚」を申し込んだのです。

「契約結婚」というと、昨年人気だったテレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」を彷彿とさせますが、家事代行で住み込みをするというその設定とはちょっと違います 。2人の契約は、2年間は2人一緒にパリに住むが、それを過ぎればお互いに自由に好きなところで暮らし、もしまた2人がばったり会ったら再び共同生活をしよう、という もの。サルトルは、人間は偶然的な恋愛も必要であると主張し、お互い別の相手との一時的な恋愛を縛らないようにしよう、と提案したのです。

なんだか男にとって都合のいい話に思える奇妙な契約ですが、彼らは法律や社会の常識にとらわれない新しい男女の関係を作ろうとしていたのでした。

でも、ボーヴォアールは、「もしサルトルが『24カ月後きっかりに、ギリシャのアクロポリス神殿の上で午後5時に会おう』と言ったら、きっかりとその時間を守って再会 する確信がある」と思ったほど、この契約を大切にしていたそうです。

結局、サルトルは宣言どおり「偶然の恋」を繰り返し、ボーヴォアールは嫉妬に悩まされつつも、最終的に、2人の関係はサルトルの死まで50年続いたのでした。

そんなサルトルの「契約結婚」の土台にある哲学は、「人間は自分で自分をつくっていく存在だ」という“実存主義”。たとえばナイフなどの物(即自存在)は“切るた め”という目的ありきで作られますが、それに対し人間(対自存在)は、まず先に世界に投げ出され、それから自分の本質を創造する、という考え方です。その意味で、 人間は限りなく自由な存在であり、その自由を縛ってはいけないというのが、サルトルの考えだったのです。

この考えを支持し賛同してくれた才女・ボーヴォアールと出会えたためにこの「契約結婚」は成立したわけで、この良き理解者との出会いは彼にとって実に幸運だったと いえるでしょう。

その結婚ちょっとまった!?悩みすぎて婚約破棄

●キルケゴール
結婚したまえ、そうすれば君は後悔するだろう。
結婚しないでいたまえ、そうすれば君はやはり後悔するだろう。

ニーチェとともに実存主義の先駆者とされる、デンマークの思想家キルケゴール。彼は、24歳だった1837年に15歳のレギーネと出会い、この後、2年間にわたって彼女に執 拗ともいえる結婚申し込みを繰り返しました。しかし、やっとのことで結婚を承諾してもらったにもかかわらず、なんとキルケゴールは、婚約した翌年に一方的に婚約指 輪をレギーネに送り返して関係を絶ったのです!

あんなにしつこく結婚を迫った人が、うまくいったとたんに婚約破棄なんて、落ち着きがなさすぎ。新しい女ができたのか……?なんて疑ってしまいますよね。もちろん レギーネも、何度もキルケゴールに考え直してくれるよう婚約破棄の取り消しを頼みましたが、彼は考えを翻すことなく、結局、2人は別々の道を歩むことになりました。

意味不明なキルケゴールの行動ですが、これは、彼があまりにレギーネを深く愛しすぎたがための決断によるものだったようです。婚約したはいいけれど、本当に彼女を 幸せにできるのは自分ではないのでは?と考え込んでしまったのです。

この経験もふまえ、キルケゴールは彼の哲学を築き上げました。すなわち、人とは生きている理不尽さについて悩み、絶望という病にもかかるが、それは人間が動物以上 のものである証であるのだから、絶望という病気にかからないほうが不幸だというのです。

とはいえ、この絶望をなんとか対処しなければいけないということで、彼は三段階の発展を提唱しました。

第一段階は「美的実存」。人生のあらゆる快楽に身を任せる生き方で、快楽を享受するために絶えず変化を求めます。でも、美的実存の人生はいつかは快楽を満たすこと に失敗して絶望します。

そこで、第二段階の「倫理的実在」へと踏み込みます。これは家族や社会の一員として頑張ろうという段階です。それでも絶望は襲ってくるものです。

そこでキルケゴールのオススメは、第三段階の「宗教的実存」です。自己自身の罪の意識に基づいて、神様(キルケゴールはキリスト教信者でした)の前にただ一人の“ 単独者”として立ち、「内面的な真理」を見つける、というものです。

彼の哲学は少し難解ですが、絶望をより高度な自己意識へと自分を引き上げるいい機会だととらえた、前向きな哲学であるのです。

恋愛は、性的な快楽(美的実存段階)と密接につながっています。結婚すればその快楽だけではなく、誠実さということに重きが置かれます(倫理的実存段階)。だから 、「結婚しようがしまいが、どちらにせよ絶望は生じる」というのが彼の考え方で、より高い宗教的な永遠性を求めるために、一人孤独に生きる道を選んだ(宗教的実存 段階)のだといえるでしょう。

レギーネと別れたあとも、彼は代表作『あれかこれか』などいくつもの著作を彼女のために捧げ、42歳でこの世を去りました。婚約破棄後も彼女を愛し続けて人生を終え たのでした。

一方、レギーネは他の男性と結婚。結婚とは「あれかこれか」の人生の大決断ですが、あまり悩みすぎると結婚ができないという話かもしれません。勢いに乗って結婚し て幸せになっている人たちもたくさんいますからね。

ニーチェ、唐突すぎるプロポーズであえなく撃沈

●ニーチェ
結婚した哲学者というもの謎は喜劇に属する

ニーチェは、現代において哲学史を塗り替えたといわれるドイツの大哲学者です。ところが、彼は恋愛に関しては、ヒットゼロ。一生独身で、最後は発狂して死にました 。

彼の最初の失恋は、ジュネーヴで出会ったオランダの女流音楽家。4時間の散歩をともにしただけで、いきなりの求婚の手紙を出したところ、彼女はドン引き。ニーチェは 非礼を詫びる手紙を出したあと、友達に「もう絶対結婚なんてしない!」と宣言したのでした。

ところが、この宣言を覆すような、すばらしい女性が彼の目の前に出現したのです。友人のパウル・レーとともにローマに旅行した時に出会った、知性にみちた美しい女 性ルー・サロメです。彼女と哲学について語り合い、彼女が作った詩を彼の得意なピアノで曲にしてあげたり、もうぞっこんの状態。ニーチェの有名な「永遠回帰」の思 想の構想を最初に打ち明けたのも、ルーに対してだったのです。

ニーチェはルーを哲学の弟子かつ伴侶と考えはじめました。ところが、ルーにとってニーチェは哲学の先生以上でも以下でもなく、尊敬しているヒゲおやじという程度。 ニーチェはルーに求婚しましたが即効で断られたらしく、そのあとのルーと、件の友人レーとの三人で撮影した三位一体という写真のニーチェは、どこか虚しく空を見つ めているような感じがします。

恋愛では負け続けだったニーチェ。彼は「結婚なんてバカバカしい。過去の偉大な哲学者はみんな結婚なんてしていなかった!」という負け犬の遠吠えのような言葉を残 していますが、こうした経験によるものだったのかもしれません。

どんな逆境であっても運命を愛する

しかし、ニーチェは、この失恋をバネにして名著『ツァラトゥストラはこう言った』を書きあげたのでした。現実の苦しみをそのまま受け入れながら強い自分を保持し、 どんな逆境であっても運命を愛する(運命愛)というもので、「これが人生だったのか。ならばもう一度!」と人生を何度でも肯定するというもの。

この彼の哲学書は、前述のように哲学史を塗り替えるほどの傑作となったわけで、結婚の代わりに得たものは大きかったかもしれません。

このように、歴代の哲学者たちは、自身の哲学に基づいて「契約結婚」を敢行したり、一生独身を貫いたり、失恋をバネに成功を収めたりと、独自の人生を歩みました。

私たちも、理想を貫いて生涯ひとりを謳歌するもよし、結婚という人間関係の中で幸せを模索するもよし、選択は自由です。長くも短い人生の中で、あなたの哲学を追求 してみてください。

(構成:山岸美夕紀)
参照元:自由すぎる!有名哲学者たちの「恋愛と結婚」
「逃げ恥」とは一味違う"契約結婚"をした人も
2017/01/01 6:00 東洋経済ONLINE

ボーボワールが年下の恋人に向けた情熱とサルトルへの不満、書簡で明らかに
2018年1月22日 12:40 AFP BB NEWS 発信地:パリ/フランス [ ヨーロッパ フランス ]

【1月22日 AFP】フランスを代表するフェミニストのシモーヌ・ド・ボーボワール(Simone de Beauvoir)が18歳年下の交際相手にささげた「狂おしい情熱」が21日、初公 開された書簡の中で明らかになった。

 書簡では、ボーボワールのパートナーだった実存主義哲学者のジャンポール・サルトル(Jean-Paul Sartre)が、ボーボワールを性的に満足させたことが一度もなかっ たこともうかがえる。

結婚は女性を奴隷にする「わいせつな」制度と批判した古典的作品「第二の性(The Second Sex)」の著者であるボーボワールは1953年、映画監督クロード・ランズマン (Claude Lanzmann)氏(92)に宛てた手紙の中で、「(あなたの)腕の中に身を投げ出し、いつまでもそのままでいたい。私は永遠にあなたの妻です」と記している。

 この書簡は、ボーボワールが共に暮らした唯一の男性であるランズマン氏に宛てた112通のラブレターの一つ。書簡はすべて米エール大学(Yale University)に売却さ れた。

 この書簡からは、多くの愛人を作り、別々のアパートに住み続けたサルトルが、ランズマン氏と同じようにボーボワールを肉体的に満足させたことが一度もなかったこ とがうかがえる。

 ボーボワールはランズマン氏に対し、「確かに彼(サルトル)のことは愛していた」「でも愛が戻ってこなければ、私たちの肉体は何の意味も持たなかった」と記して いる。

 ランズマン氏は、サルトルの秘書をしていた26歳のときに当時44歳だったボーボワールに出会った。仏知識階級の黄金コンビだったボーボワールとサルトルは、互いの 関係をオープンにし、同様の三角関係を数々楽しみ、時に耐え忍んだ。

 ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)をテーマにしたドキュメンタリー映画『ショア(Shoah)』で高い評価を受けたランズマン氏は、仏紙ルモンド(Le Monde)に対し、 2人の恋愛の全容を今になって明らかにしたことについて、ボーボワールの養女との対立が原因だと語っている。

ランズマン氏は、自身の死後、フランスの法律の下でこれら書簡の著作権を譲渡されることになる養女のシルビー・ルボン・ド・ボーボワール(Sylvie Le Bon de Beauvoir)氏が母親の人生から同氏を抹消しようとしていると非難。そうされることを恐れ、歴史家に参照してもらえるようにエール大学に書簡を売却したと語った。ル ボン氏は、ボーボワールの最後の恋人で遺作管理者でもある。

 ランズマン氏は、ルボン氏が「ボーボワールのすべての書簡を出版する計画を立て、その中から自分との間でやりとりされたものを除こう」としていることを知るまで は、これらの書簡を公にするつもりは全くなかったと述べている。

 ルモンド紙に掲載された、ボーボワールがオランダ・アムステルダムからランズマン氏に送った手紙には、「私のいとしい子、あなたは私にとって初めての絶対的愛で す。(人生で)ただ一つのもの、あるいは一度も生まれないものかもしれません」「自分がこんなことを言うようになるとは思ってもみなかったけれど、あなたに会うと 自然に口をついて出ます。あなたを崇拝しています。全身全霊で。あなたは私の運命であり、永遠であり、人生そのものです」と記されている。

(c)AFP/Fiachra GIBBONS
参照元:ボーボワールが年下の恋人に向けた情熱とサルトルへの不満、書簡で明らかに
2018年1月22日 12:40 AFP BB NEWS 発信地:パリ/フランス [ ヨーロッパ フランス ]










スポンサーリンク


スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA