福岡日帰り散策から五島列島へ ―魚座で高揚する金星―

セミナー終了後、2日間空き時間が出来たため、福岡市内でゆっくりすることが出来た。

赤坂から地下鉄空港線(貝塚行)に乗って、中洲川端で、箱崎線(貝塚行)に乗り換え、貝塚で、更に西鉄貝塚線にのって、無人駅の和白から西戸崎に出て、バスで、志賀島に向かった。




勝間終点近くまで行くと、志賀島の国民休暇村にたどり着いたので、日帰り温泉露天風呂に入って、戻って来た。






250名収容できるというので、こんな場所で合宿錬成会などを行ったらよさそうである。


玄界灘を眼前にした海岸が広がっており、非常に見晴らしのよい海が広がっている。






西日本への国内旅行というのは、ほとんどしたことがない為、ちょっと志賀島を訪れるぐらいでも新鮮だった。


国内にもこんなにいい場所はあるのだ。


海の中道を通って、志賀島に渡る細い道のりが非常に気持ちがいい。


バスで通っただけだったが、味わい深かった。


バスは島の海岸線に沿って、蛇行しながら、島の奥地へと走っていく。


志賀島には、昔、元寇で元軍が攻め込んで来て、戦没した兵士たちを祀る墓もあった。


歴史の教科書で学んだ漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)が発見された地でもある。


日本といえば、かつて、この地域を指していたのである。


2世紀~3世紀に日本列島に存在したとされる邪馬台国の所在地については、九州説と畿内説があるが、いずれにしても日本最古の文明が栄えていた地域の一つである。




このように福岡の豊かな自然や海岸線の美しさに触れて、福岡とは魚座で高揚する金星のような地域ではないかと思った。



食文化が発達し、福岡市内、特に私が宿泊した場所には、うどん居酒屋といったものがあちこちにあった。


普通のうどん屋で、食後に酒を飲むというコンセプトかもしれない。


つまり、飲酒を楽しむ文化ということである。


また博多美人という言葉があるが、そうした言葉が伝えられているのも理由がない訳ではない。


福岡で行き交う女性たちの服装を見ると、あまり、ケバケバしいファッションではなく、普通の落ち着いた女性、田舎の女性が小奇麗な恰好をしているといった感じで上品で清楚なイメージである。


都会の悪しき文化に染まっていない純粋さを備えているといったそんな雰囲気である。


魚座で高揚する金星のイメージであった。



暫く過ごした後、志賀島からフェリーで、博多埠頭まで渡り、そこから地下鉄で宿泊先に戻ってきた。



荷物を持って、その日の夜からもう一度、博多埠頭からフェリーで、五島列島(福江島)に向かう。


志賀島から博多埠頭まで戻る船の中から、外国籍の豪華客船が通り過ぎるのを見たが、海に浮かぶ宝石、海に浮かぶ5つ星ホテルといった印象であった。






この豪華客船も典型的な魚座で高揚する金星のイメージである。



博多駅前で、イベントが行われていて、やはり、駅前に机をいっぱい並べて、ミュージシャンたちのステージも設置されており、食文化を楽しめる空間が演出されており、美的なセンスが非常にいいと感じた。






このように私が福岡に滞在中に感じ取ったのは、魚座で高揚する金星のイメージである。



そして、五島列島(福江島)に渡ってからもそれは続いた。



福江島の各地には、沢山のキリスト教の教会が立ち並んでおり、島全体は、美しい自然に囲まれている。



完全に魚座で高揚する金星のイメージである。




私が入学した自動車学校もそれほど、豪華ではなかったが、質素でも美しい演出がなされており、十分に楽しめる空間だった。



普通の自動車学校ではなく、創業者の安全運転を目指す互譲の精神というものが貫かれており、毎回、講習前に全員でそれが唱えられるのである。



そのようなスタイルは、決して、都会の自動車学校ではあり得ないので、一つの魚座の宗教的な共同体のスタイルであった。



昔、五島に渡った隠れキリシタンたちの精神が今も、生き生きと息づいているのであった。



寮では、男子が女子寮に行くとか、女子が男子寮に行くのは禁止で、不純異性交遊を見つけたら即退学とされていて、古風な規則が設定されていた。



その辺りは魚座のキリスト教道徳の精神が見られた。



以前、プッタパルティーのサイババのアシュラムに行った時も男女の生活やダルシャン時の居場所が明確に分けられており、魚座の金星とは、美しいが退廃的な美しさではない。



ここ五島でも同じような魚座の道徳観念や美意識というものが息づいている。



然し、そんな規則があったとしても実際には教習を受けている若者たちは男女も和気あいあいとコミュニケーションしている。



志賀島の海岸を見た時に、私はタイのバンコクやプーケットに行った時のような開放的な気分になったが、タイも私の見立てでは、魚座で高揚する金星の国である。



同じように福岡、あるいは、北九州一体は、一つの魚座で高揚する金星なのである。



そこは、昔、女王卑弥呼が治めていた邪馬台国があったかもしれない地域であり、水の国である日本を象徴する地域なのである。



北九州の辺りを女王卑弥呼が治めていたということがなんとなく魚座の金星でイメージできるのである。



力で治めるというよりも宗教的なシャーマニズムで治めていたのであり、魚座で高揚する金星のイメージにぴったりである。





酒、温泉、海岸、豪華客船、美人だが田舎っぽい女性たち、大分県には別府温泉があり、日本を代表する温泉地としても有名で、やはり、水の象意が素晴らしいのである。


私は、以前、沖縄帰りで、福岡に寄り、日田天領水という癒しの水の水源地に行ったが、やはり、そこも水の象意である。


その時、福岡天神祭で、非常に美しいダンサーの女性の踊りを見た。



思い出したが、私は沖縄やその帰りに寄り道した福岡での経験を私のスークシュマダシャー金星期の体験に合わせることによって、自分自身の正確な出生時間が修正できたのである。


であるから福岡は私に出生図の5室に在住する金星の経験を与えた地域である。



今回、再度、福岡を訪れてみて、やはり、この地域が金星で表されることが分かった。



しかも魚座で高揚する金星で表されるはずである。



日本の建国図では、魚座4室で金星が高揚しているが、そうしたこととも関連があると思われる。



そのような魚座で高揚する金星のイメージを福岡や五島列島の中に見出して、日本の国土の美しい自然環境というのは財産であり、これさえ守っていけば日本人は幸福に暮らしていけるのではないかと思った。



















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