清原和博 その2

前回の記事、『清原和博 – その人物と出生図-』で言及できなかったことについて以下に検討する。
このことも清原和博の出生図のラグナを検討する上で重要である。

生島マリカ氏との交友

清原和博のラグナロードで6室支配の火星は12室でケートゥとコンジャンクションしている。

KiyoharaKazuhiro_chart
12室は夜間や密室を表しており、ラグナロードが12室に在住していることは夜の時間帯に活動が活発となって、6室やケートゥの象意を経験するということである。

この配置は、清原和博が試合が終わった後の夜にクラブに出入りしてホステスと交流することを表していると考えられるが、6室支配の火星が12室でケートゥと接合している配置が注目される。

通常、6室の支配星は自分よりも目下の存在であり、部下とか愛人などを表す表示体である。

ケートゥは無執着、沈黙を表し、しばしば僧侶やスピリチャルな風変わりな人を表しており、自分とは異なる生活文化圏に属する人(すなわち、外国人)を表している。

従って、清原和博は、風変わりな性格で僧侶のようなキャラクターであり、精神的なホステス(愛人)と交際することをこの配置は表している訳である。

おそらくこのことは最近、話題になっている元ホステスで作家の生島マリカ氏のことを表していると考えられる。

IkushimaMarika_photo
生島マリカ氏は、13歳でストリートチルドレンになり、その後、ホステスやモデルを経験し、最終的に僧侶になったという異色の経歴の持ち主である。

この生島マリカ氏が22歳の頃に働いていた大阪・北新地のクラブに西武時代の清原和博が来店したのをきっかけに交際が始まったという。

2年足らずで交際が終わった後も友人として交流を続けていたと記事には書かれている。

生島マリカ氏は現在、45歳で22歳の頃というと、1993年の頃の出来事である。

清原和博は、ラーフ/水星期、ラーフ/ケートゥ期辺りの出来事であり、ケートゥは1、6室支配で12室に在住する火星と接合しているので、ちょうどこの頃であることはダシャーからもよく分かる。

またトランジットを見ても1993年10月12日から木星が12室の天秤座に入室し、その後、1994年5月19日からラーフが天秤座12室に入室して、木星は1994年11月11日まで天秤座を運行し、ラーフは1995年12月6日まで天秤座を運行している。

transit_1994
従って、1993年10月12日~1995年12月6日までの間は、清原和博の12室に木星やラーフがトランジットし、12室で形成されるハウスの絡みが顕現したものと考えられる。

この辺りは、生島マリカ氏の発言と一致しており、「1993年頃に2年間程、清原和博と交際していたこと」が真実であると推測できる。

生島マリカ氏は、2015年12月に自身の半生を振り返った自伝『不死身の花』(新潮社)を出版しており、2012年夏に得度して僧侶になった後は、自らの著作などを通して「病んでいる人、道に迷っている人を勇気づけるような活動を行っていきたい」と発言している。

まさに生島マリカ氏は清原和博の出生図で12室に在住するケートゥの表示体であると考えられる。

そんな所からも清原和博の出生図が蠍座ラグナで間違いないと分かるのである。




愛車遍歴

また今回は、前回、触れることが出来なかった高級車を次々と乗り換える車好きの理由について出生図から検討してみたい。

清原和博は、愛車として、BMW、フェラーリ、ベンツ、ベントレー、ハマー、ポルシェ、ロールスロイスなどの高級車を買い換えて乗り回している。

car
このことが出生図のどこに現れているかということも興味が生じる所である。

出生図では4室の支配星に高揚する木星がアスペクトし、また10室から自室にあるムーラトリコーナの太陽と金星がアスペクトしている。

これらは4室が強いことを表している。

またナヴァムシャのラグナは必ずしも確定できていないが、乗り物運を見るショダシャムシャ(D16)を見ると、

KiyoharaKazuhiro_D16_chart
金星と太陽が星座交換し、月と太陽から見て10室で金星がマラヴィアヨーガを形成し、友好惑星の水星と接合した上で4室にアスペクトしている。

金星をラグナとすると太陽が4室で自室に在住している。

こうした配置が乗り物運の強さを物語っていると考えられる。
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日曜の夜は死にたがる…元恋人が明かす清原容疑者の転落秘話
2016.2.15 08:30 産経ニュース

元プロ野球選手の清原和博容疑者(48)が覚せい剤取締法違反容疑で逮捕された事件で14日、元恋人で破局後も友人関係を続けている女性(45)が、清原容疑者と薬物騒動の渦中にいた際の秘話を明かした。(サンケイスポーツ)

この女性は作家の生島マリカさん(45)。13歳で生家を追われ14歳で大阪・北新地でホステスになり、モデルとして活躍する一方で2度がんを発病-という半生を振り返った自伝「不死身の花」(新潮社)が話題となっている。

さまざまな恋愛遍歴もつづっており、その中に清原容疑者も登場する。14日のテレビ朝日系「サンデー! スクランブル」(日曜前11・45)に出演した生島さんは、22歳のときに働いていた北新地のクラブに、西武時代の清原容疑者が来店したのをきっかけに交際を始めたと告白した。

2年足らずで破局した後も友人として交流を続け、2014年3月に週刊文春が薬物事件を報じた際も一緒にいた。「飲み屋さんで朝まで話を聞きました。『こういうこと(薬物使用)あるの』って聞くと『ない』。持ち物検査もしたんですけど、そういうものはなかった」と振り返った。

清原容疑者が薬物使用を告白することはなかったが、同年9月にモデルの清原亜希(46)と離婚し、2人の息子と離れた後は情緒不安定ぶりが深刻になったという。

「子供が生きがいだったので、そういう(薬物使用)疑いというよりは、普通に落ち込んでいた。(子供と面会した)日曜日の夜は寂しさで死にたがり、『魔の日曜日』と呼んでいました」と明かし、清原容疑者から脚の2頭の龍の入れ墨について「2人の息子のつもりで入れた」と説明されたとも話した。胸部の龍の入れ墨は、清原容疑者を意味する父親の龍とみられている。

生島さんが最後に清原容疑者に会ったのは昨年の10月2日。逮捕の一報に「裏切られたという思いもあった」が、今は「待っているので。普通に帰ってきたらいいんじゃない」と思っているという。
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清原氏との交際も激白 ホステスから僧侶になった生島マリカ氏 壮絶自伝が話題
2016.02.03 zakzak by 夕刊フジ

中学生にしてホームレスとなり、ホステスから僧侶に-。新人作家の自伝が話題を呼んでいる。通販サイト大手「アマゾン」で予約分が完売し、追加入荷後も即完売するなどデビュー作としては異例のヒット。壮絶体験を経て仏門に入った生きざまは“平成版瀬戸内寂聴”とも言える波瀾ぶりだ。「番長」の異名を取った元プロ野球選手、清原和博氏(48)ら各界の大物との交流も赤裸々に明かしている。

「この世のありとあらゆる不幸が襲うという心境になったこともあった。死ぬ以外のすべてを経験したと言っても言い過ぎではないくらい」

あっけらかんとした様子でこう笑うのは、作家で僧侶の生島マリカ氏(45)だ。

昨年12月、自身の半生を振り返る『不死身の花』(新潮社)を上梓した。

在日韓国人として神戸に生まれ、13歳で生家を追われ、14歳で大阪・北新地のホステスとして夜の世界に身を置いた。

美貌を生かして、モデルとして活動していた時期には「アラーキー」の愛称で知られる写真家・荒木経惟氏(75)の写真集の被写体にもなっている。

「荒木さんに初めて写真を撮ってもらったのは20歳のとき。今回、自伝を書いたら、と勧めてくれたのも荒木さんなんです。本の出版にあたっても表紙の写真を撮ってもらいました。不思議な縁を感じます」

破天荒な生き方を送る一方で、親友の自殺や2度のがん発病など、数々の試練に見舞われる。

自伝執筆を決意したのは、38歳の時に2度目のがん(子宮がん)の宣告を受けたときだった。

「病気がわかったのも、レイプされて病院に駆け込んだことがきっかけでした。自分の人生を見つめ直さざるを得ないような出来事が続いて、1人息子に何を遺せるか、と考えた」

著書では、裏社会でその名をとどろかせた大物経済ヤクザの息子ら、さまざまな男性との恋愛遍歴を明かす。なかでも目を引くのが自ら「腐れ縁」と話す清原氏との交流だ。

「彼が西武(ライオンズ)に在籍していたとき、働いていた北新地のクラブに遊びに来たんです。恋人として交際したのは1年足らずでしたが、その後も友人として関係は続いています」

清原氏は2008年に現役を退いてからは苦境が続く。14年3月には週刊誌で薬物疑惑が報じられ、同年9月には亜希夫人と離婚。昨年11月に始めたブログで綴った寂しい独身生活は「切なすぎる」と同情を誘った。

「彼は典型的な『内気で外股』。繊細で傷つきやすい自分を隠すために強がってしまう人なんです。だから誤解も受けやすい。私にとっては『この人と結婚したらどうなっていたかな』と思い返すこともあった唯一の人。応援する気持ちは変わりません」

激動の半生を経て12年夏に得度した生島氏。今後は自らの著作などを通して「病んでいる人、道に迷っている人を勇気づけるような活動を行っていきたい」という。
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