シリアのアサド政権崩壊 -独裁者が家を失う時-



シリアのバッシャール・アル=アサド大統領が、12月7日に反体制派武装勢力が首都ダマスカスを制圧する直前に飛行機で、ロシアに家族と共に亡命し、アサド独裁政権が崩壊した。



100メートルを超える地下通路もある大豪邸(大統領宮殿)はもぬけの殻となり、市民は宮殿から家具調度類を略奪し、一般市民は宮殿内で、記念撮影する光景が見られた。







アサド大統領の父親であるハーフィズ・アル=アサド氏の墓は、反体制武装勢力によって火が放たれて焼かれた。


そして、絶滅収容所と呼ばれるシリア・ダマスカス近郊のセドナヤ刑務所からは収容されていた政治犯たちが解放された。





これらの光景は、2010年末から始まったアラブの春と呼ばれたイスラム世界の一連の民主化運動の続きである。


アラブの春は、シリアにも飛び火し、シリア内戦となったが、アサド政権はデモの拡大を武力によって制圧し、化学兵器による虐殺事件なども起こした。





そして、ロシアのプーチンの支援を受けながら、何とか持ちこたえていたが、ロシアがウクライナ戦争で追い詰められており、武力支援が出来ず、またシリア正規軍のサボタージュなどもあって、あっけなく、陥落したようである。



アサド大統領の宮殿が略奪に遭い、また父親の墓に火がつけられて、家族もろとも国外逃亡する様を見て、これは明らかに4室が傷ついているに違いないと考えた。


例えば、全く独裁者などではないが、チベットのダライ・ラマも中国人民解放軍の侵略を受けて、インド国境付近へ国外逃亡したが、4室が6、11室支配の火星によって傷つけられている。







そこで種々検討した所、アサド大統領は、おそらく獅子座ラグナであると分かった。





獅子座ラグナだと、4室にはラーフ/ケートゥ軸が位置し、6、7室支配の土星がアスペクトして激しく傷ついていると共に4室支配の火星は3室で、3室支配の金星とコンジャンクトし、家の損失(4室から12室目)の象意が現れているからである。


バッシャール・アル=アサドは、1988年にダマスカス大学を卒業後、シリアで軍医として働き、1992年にロンドンに本部を置くウェスタン眼科病院で眼科を専門とする大学院に通ったという。


独裁者である父親の後継者と目されていた兄が、不慮の事故で死亡したことから、急遽、指名されてシリアへ帰還して、35歳で大統領に就任している。


しかし、兄弟や姉と異なって、政治や軍事への関心は少なく、控え目で穏やかな人間として育ち、父とは政治の話をしたことはなかったという。


運命のいたずらか、このように全く政治に無関心の男が、父親が全権を掌握したシリアの独裁者としての地位を引き継いだのである。


そして、軍を掌握する為、士官学校に入学し、そこからエリートコースで、1994年1月に大尉に昇格し、1995年1月には少佐に昇進し、1997年7月には中佐に昇進し、1999年には大佐に昇進した。


この期間はずっと、マハダシャーは2、11室支配の水星期で、水星は資格、称号の11室の支配星で、定座に在住するラグナロードの太陽とコンジャンクトして、1-11のダナヨーガを形成している。


その為、父親の権威を傘に国家機関である軍で、次々に昇格していった。



特に獅子座ラグナであると分かったのは、バッシャール・アル=アサドが、2000年6月11日に父ハーフェズ・アル・アサド大統領の死去(10日)に伴って、陸軍大将に昇進し、軍総司令官に任命されたタイミングである。






この時、土星、木星が獅子座ラグナから10室にトランジットして、10室にダブルトランジットすると共にラグナロードの太陽や10室支配の金星などが、10室をトランジットしていた為、獅子座ラグナで間違いないと考えた。





火星や11室支配の水星は、資格、称号の11室をトランジットしていたが、更に軍総司令官の宣誓式のあった6月17日には、更に太陽、金星が、11室に移動し、また月が射手座から11室にアスペクトしていた。




「砂漠のバラ」との結婚


そして、2001年1月には英国生まれのシリア女性アスマ・アッハラス嬢(スンニ派)と結婚している。








アスマ夫人は、ロンドン大学キングス・カレッジを卒業後JPモルガンの投資銀行部門でM&Aを手がけるキャリアウーマンで、ファッション誌『ヴォーグ』では、「優雅で若く、同国の改革の象徴」などと紹介され、英王室ダイアナ元妃になぞらえ、「中東のダイアナ」とまで称賛された。

ヴォーグの記事のタイトルは「砂漠のバラ」であった。





2001年1月は、水星/月期であり、出生図では水星は結婚生活の2室の支配星で、ラグナに在住し、月は12室の支配星だが、7室に在住して、7室の支配星とコンジャンクトしている。







元旦に結婚しているというので、2001年1月1日のトランジットを見ると、月と金星が7室をトランジットし、土星が7室と7室の支配星にアスペクトし、木星は月から見た7室と7室の支配星にアスペクトしている。


ラグナや月から見た7室にはダブルトランジットが成立していないが、金星から見た7室にダブルトランジットしている。



(ラグナや月から見た7室にダブルトランジットが形成していないケースは初めてだが、これでよしとしなければ説明が付かない)







そして、水星/月期に結婚していることを考えると、ナヴァムシャのラグナも蠍座であると推測出来た。



出生図のラグナをプールヴァパールグニー第4パダに設定すると、ナヴァムシャのラグナは蠍座になり、水星は結婚生活の8室の支配星で、月は9室支配で、7室で高揚し、結婚のタイミングを説明できる。


(アサド大統領が首都ダマスカスで所有していたガレージにランボルギーニ、ロールスロイス、ベントレーなど40台以上の超高級車が並んでおり、ランドクルーザーやレクサス、赤色のフェラーリもあったという。こうした物質的な快適さ、富を追求する快楽主義は、金星を支配星とするプールヴァパールグニーがもたらしたと考えられる)



そして、6室に土星と火星が在住する為、独裁者としてのアサド大統領の反体制派への異常な暴力を説明できる。





アラブの春により国内が内戦状態に


アサド大統領は、2010年末からアラブの春が、シリアにも飛び火した為、国民のデモを武力制圧し、化学兵器による虐殺事件も起こした。



この頃から、マハダシャー・ケートゥ期に移行している。







ケートゥは4室に在住して、水瓶座に在住する6、7室支配の土星からアスペクトを受けて激しく傷ついている。



水瓶座に在住する6室支配の土星は、自由や平等を求めて、デモを行う民衆を表している。



この6室支配の土星が4室と4室支配の火星に対して、アスペクトしている為、アサド大統領が統治するシリア国内は、内戦の状態になっていくのである。



アラブの春に活気づけられたそうした民衆のデモ活動により、国内が内戦状態になっていく。







2016年から金星期に移行し、金星は3、10室支配で3室で4、9室支配の火星とコンジャンクトしており、アサド大統領は正規軍の力と、ロシアのプーチン政権の支援を受けて、何とか、独裁体制を維持し続けたことを意味している。



10室支配の金星に火星がコンジャンクトすることは、アサド大統領が、シリアの軍総司令官であることを意味している。



つまり、10室に絡む火星は、軍人であることを意味している。



今回、アサド大統領が、反体制派のダマスカス制圧に伴って、国と、自らの宮殿を捨てて、ロシアに脱出したが、金星/ラーフ期の出来事である。



ラーフのディスポジターは金星である為、金星/ラーフ期は、金星/金星期のような時期である。



最初の金星/金星期では、吉凶の結果が出ないが、金星/ラーフ期にして、ようやく金星が3室支配で、3室に在住し、4室支配の火星とコンジャンクトすることで、家を失う(3室:4室から12室)という象意が顕現したのである。



金星は3室支配で3室に在住し、4室支配の火星と絡み、更に6室支配の土星のアスペクトを受けることで、反体制武装勢力の攻勢を受けて、家を失うという象意となったのである。



金星は10室の支配星でもあるが、火星と土星の両方と絡むことで、シリアの内戦で、アサド大統領の政治運営も相当、苦境に陥っていたことが分かる。






ナヴァムシャのラグナを蠍座とすると、金星は海外への移住を表す12室の支配星で、ラーフは7室で高揚しているが、ディスポジターの金星はやはり12室の支配星で、海外への移住を表している。



プーチンのラグナは蠍座であり、またプーチンの月ラグナは牡牛座のローヒニーである。


アンタルダシャーロードのラーフは、7室でローヒニーに在住し、高揚して、9室支配の高揚する月とコンジャンクトして、ラージャヨーガを形成している。


従って、プーチンの庇護の元で、ロシアへの亡命が許されたのである。



因みに金星は7室支配でラグナに在住し、10室支配の太陽や2、5室支配の木星とコンジャンクトして、更に9室支配で高揚する月とも相互アスペクトして、5-7、7-9のラージャヨーガを形成すると共に太陽、木星、月が形成する複数のラージャヨーガに参加して非常に強力である。



米国務省は、アサド一家の財産が少なくとも120億ドル(1兆8千億円)であるとし、英紙フィナンシャルタイムズによれば、アサド政権は、2018年~2019年だけで2億5千万ドルの現金をモスクワに移したという。



従って、アサド一家は、富と権力を失っておらず、亡命先のモスクワで、悠々自適な生活を送れるのである。









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