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ノーベル文学賞受賞・作家 カズオ・イシグロのチャートについて その2



カズオ・イシグロが双子座ラグナである理由について、「週刊現代」2017年10月28日号の記事『カズオ・イシグロの親族が明かした「一雄くんのこと」祖父は伊藤忠「伝説の商社マン」』が参考になる。(末尾に参考文献として掲載)


名家での誕生


この記事によれば、カズオ・イシグロの日本語名は、石黒一雄で、石黒家は代々由緒ある名家だったという。


そして、カズオ・イシグロは、5歳まで、長崎県のレンガ造りの純和風の武家屋敷のような3階建の邸宅で暮らしていたようである。


祖父は優雅な生活で、豊田家との関係も深く、トヨタ関連の株の配当だけで生活していたと記されている。


こうした家族の元で、何不自由ない幼少期を過ごしたカズオ・イシグロは2室(両親、家族)が強いはずである。


もし双子座ラグナなら2室で木星が高揚し、2室支配の月が木星と星座交換しているため、非常に強い配置となる。


また11室支配で高揚する火星と相互アスペクトもしている。


2室で木星が高揚し、2室支配の月が木星と星座交換する配置は、名門で何不自由ない生活を送ったように見える配置である。






当初、蟹座ラグナの可能性を考えたが、蟹座ラグナにすると結婚したタイミングで、7室に木星がトランジットし、土星が5室からアスペクトして、7室にダブルトランジットが生じる為、蟹座ラグナでも若干、出来事が説明できる。


結婚した時のダシャーが金星/水星期で、ナヴァムシャだと金星がラグナに在住する為、多少、蟹座ラグナの可能性も考えることになったが、然し、蟹座ラグナだと2室支配の太陽が4室で減衰し、7、8室支配の土星とコンジャンクトし、3、12室支配の水星とコンジャンクトして、激しく傷ついている。

これだと名家に生まれた幼少時の恵まれた生活が説明出来ない。


蟹座ラグナだと3、12室支配の水星が4室で傷ついた配置になるが、カズオ・イシグロは5歳の時に生まれ育った長崎県からイギリスに移住して、そこで英国籍を取得して、英国人として永住することになっている。


これは人生の大きな変化であり、5歳頃のダシャーに出ていなければならないと考えた。


そうすると、ちょっと見た目には、3、12室支配で4室に在住する水星が、そうした外国(12室)への移住(4室)をもたらしたのではないかと考えることも出来る。


それで蟹座ラグナか、双子座ラグナでかなり迷うことになった。


然し、カズオ・イシグロが水星期に日本を離れて英国に移住したのは、主に月から見た4室支配の水星が8室に在住し、12室支配の土星とコンジャンクトし、6室支配の太陽とコンジャンクトしていることによって生じたのである。


4室の支配星が8室に在住して、突然の家の変化を表わし、外国を表わす12室の支配星と絡んでいる。


これは自分の長崎の生家、母国を失うことを意味している。



また双子座ラグナから見ても4室の支配星が8室の支配星とコンジャンクトすることによって突然の住まいの変化を表わしている。


また4室の支配星が、8、9室支配の土星とコンジャンクトすることは父親の海外赴任の都合で、この引っ越しが避けられなかったことを意味している。



それであえて蟹座ラグナにしなくても、この英国への移住は説明出来ることが分かった。


実際に英国に移住をしたのは、水星/木星期であるが、木星は出生図で7室の支配星で、7室は4室から4室目で住まい、引っ越しの本質のハウスである。


蟹座ラグナに設定すると、5室に金星が在住することから音楽の趣向が説明出来そうだが、4、11室支配の金星期に大学院の創作学科で小説を書く専門教育を受けたということは説明しにくい。



このように蟹座ラグナかどうか迷ったことで、暫くカズオ・イシグロのラグナについての結論が出なかったが、最近、再び、見返してみて、やはりカズオ・イシグロは、双子座ラグナでしか説明出来ないと改めて思った。






また今回、名門の家に生まれたことなど、新しい事実関係が明らかになった結果、双子座ラグナで正しいと判明した。



蟹座ラグナで4室が傷ついている場合、この4室はカズオ・イシグロの人生に何も栄光をもたらさないのである。



小説の創作でノーベル文学賞まで取得したのであれば、双子座ラグナで5室にクリエーターとしての強い配置がなければならない。



ラグナロードが5室に在住して、人生を小説の創作に捧げていなければならないのである。



蟹座ラグナではその辺りが全く説明出来ていない。



蟹座ラグナではラグナロードが9室に在住して、9室の支配星と星座交換する為、人生を宗教の探究や霊的探究に捧げているような配置である。



そうではなく、カズオ・イシグロは人生を小説の創作に捧げているのである。



だから双子座ラグナで間違いないのである。





カズオ・イシグロの作風


前回も作風について触れたが、カズオ・イシグロの作品は、ノスタルジーに溢れていると評価されているようである。


wikipediaによれば、ノスタルジーとは、異郷から故郷を懐かしむこと、過ぎ去った時代を懐かしむことと定義されている。


この過ぎ去った時代の思い出に浸る行為とは、記憶と感情が結びついた現象である。


昔の故郷の自然や人々の記憶が、心地よい感情と共に蘇るのである。


そういう意味ではノスタルジーに浸れる能力とは、感情が豊かで、感情自体も強いことを表わしている。


再び、繰り返しになるが、これはカズオ・イシグロの5室支配の金星が水の星座である蠍座に在住し、月から5室で高揚する木星からアスペクトされている為である。

特に蠍座は、感情保持能力が高く、感情が中々消えることがなく、持続する星座である。


だから人に対して、いつまでも感謝したり、あるいは、人を恨むといつまでも忘れない。


従って、ノスタルジーという形で、心地よい感情を伴った美しい過去の記憶が表現される場合、それは水の星座に吉星が在住している場合である。


もし凶星が在住して水の星座が傷ついている場合、ノスタルジーといった心地よい文学的な表現にはならず、過去の過酷な出来事についての恨みの思い出として残るはずである。


こうした水の星座に吉星が在住する配置は、伝統社会の中で、古き良き時代に幸福な経験を沢山したことを意味している。


その為、それがノスタルジーになるのである。


こうした感性は、古き良き伝統への回帰を求めるロマン主義にも通じる所があるが、カズオイシグロの場合、それらの古き良き時代は二度と戻って来ないという諦め、ペシミステックな哀しさというものに溢れている。


その辺りは冷静な分析をする双子座の達観性がある。仏陀もほぼ運命論者であり、占星術を重視したようだが、双子座/水星というのは、達観した知性であるため、運命に逆らうという発想にならない。


例えば、『日の名残り』では、時代の変化についていけない執事の男性の哀しみを描くのであるが、その執事が最後に前向きに生きようとする姿勢を描くことで小説を締めくくっている。




映画『日の名残り』より



主人公のスティーブンスは、かつての同僚であり、自分に好意を抱いていたミス・ケントンをもう一度、屋敷に呼び戻そうとして再会を果たすが、ミス・ケントンは既に結婚しており、子供の為に生きなければならず、もはや失われた時間を取り戻すことは出来なかった。



『スティーブンスは、不遇のうちに世を去ったかつての主人や失われつつある伝統に思いを馳せ涙を流すが、やがて前向きに現在の主人に仕えるべく決意を新たにする。屋敷へ戻ったら手始めに、アメリカ人であるファラディ氏を笑わせるようなジョークを練習しよう、と。』(wikipedia 日の名残り より引用抜粋)


小説家にとって登場人物は、自分が生み出した子供のようなものであり、創作物である。



それは5室の象意である。



カズオ・イシグロの場合、5室支配の金星は、6室に在住して逆行しており、土星、太陽、ラーフに挟まれて、パーパカルタリヨーガを形成し、傷ついている。


従って、5室が完全に幸福な思い出だけで形成されている訳ではないのである。



この5室の支配星が若干、傷ついて奮闘の6室に在住していることが、古き良き時代や失われつつある伝統に思いを馳せる傷心を表わしているのである。



これがカズオ・イシグロの傷心でもあるのだが、この古き良きものを失いつつある哀しみを『日の名残り』の主人公であるスティーブンスに体験させているのである。



そして、その6室に在住する金星は、弱い者、虐げられた者への奉仕を表わし、また木星のアスペクトによる保護もあるため、最後にスティーブンスが、『アメリカ人であるファラディ氏を笑わせるようなジョークを練習しよう』と前向きに考える場面で、小説を閉じている。


この辺りには、古き良きものを失って傷ついた弱者である主人公のスティーブンスに対する思いやりが感じられる。



この古き良きものを失いつつある人間の哀しさというものは、長崎で5歳まで幸福な生活を送ったカズオ・イシグロがいきなり父親の仕事の都合で、英国に移住しなければならなくなり、それまで親しんだ邸宅や交友関係などを全て失った体験に通じるものがあるかもしれない。


これが原体験が、カズオ・イシグロの作品に表わされているのではないかと思われる。



従って、まとめると、カズオ・イシグロのノスタルジー小説は、5室支配の金星が水の星座の蠍座に在住し、月から5室で高揚する木星からアスペクトされていることで、古き良き時代の幸福で豊かな体験が元になっているが、この金星は、6室に在住し、パーパカルタリヨーガを形成していることで、若干、傷つけられていることがポイントである。


これが古き良き時代を失う経験であり、そうした経験をする登場人物(5室)を生み出す創作力(5室)なのである。



つまり、ノスタルジー文学とは、5室と生来的吉星、水の星座の組み合わせに若干の傷が付いているコンビネーションではないかと思われる。




実業家や社会革命家、進歩的文化人のようなタイプに言わせれば、過去の思い出話ばかりする人間は、役立たずなのである。


こういった人々は常に前だけを向いており、変化を求めている。


然し、こうしたタイプの人々には、古い愛着のある品物を捨てられない気持ち、古い時代の思い出を大事にする気持ちが理解出来ない。


水の星座が強い人々は保守的で感傷的ではあるかもしれないが、人の感情を大事にし、記憶と感情、物と感情が強く結びついている。


それが水の星座、ブラーミンの特徴なのであり、優美な人々なのである。


癒しの力というのもこの人々が持っている。




(参考資料)



カズオ・イシグロの親族が明かした「一雄くんのこと」
祖父は伊藤忠「伝説の商社マン」
週刊現代 2017/10/24

一夜にしてその名は世界中に知れ渡った。長崎生まれの日系イギリス人作家は、どんな家に生まれ、どんな環境で育てられたのか。親戚や恩師の証言を元に、ノーベル賞作家のルーツを追った。

トヨタ家との縁

長崎駅から車で10分。長崎市内を走る路面電車の新中川町電停から入り組んだ細い路地を100mほど進むと、3階建ての洋風の屋敷がある。ここにカズオ・イシグロ氏(62歳)が5歳まで過ごした生家が、かつてあった。

この付近は長崎らしく、坂の途中に一軒家や集合住宅が密集して立ち並ぶ住宅街だ。往時は桜の名所として知られ、いまも料亭がいくつか残っている。

「明治、大正の時代は富裕層の別荘地でした。いまはだいぶ景観が変わったけど、その名残で大きな屋敷がポツポツと建っています」(近隣住民)

先ごろ、ノーベル文学賞を受賞したイシグロ氏は、日本人の両親のもと、1954年に長崎県で生まれた。家族で5歳のときに渡英し、'83年にイギリス国籍を取得する。自身は英語しか話せないが、受賞のインタビューでも「私の一部は日本人なのです」と語っている。

イシグロ氏はどんな家庭に育ったのか――。

日本名は石黒一雄。石黒家は代々由緒ある名家だったと語るのは、カズオ・イシグロ氏のいとこにあたる藤原新一さん(71歳)だ。

「私の母の弟の長男が一雄くんになります。一雄くんのお父さんには二人の姉がいて、2番目が私の母になります。

我々の祖父、昌明さんは滋賀県大津市の出身。戦前、中国に渡り、上海にあった東亜同文書院という高等教育機関を卒業しています。この学校は、ほぼ国策学校で授業料も無料。秀才が集まる学校で、各県から一人ほどしか入学できないほどレベルが高かったそうです。

卒業後、祖父は現地の伊藤忠商事に入社しました。仕事ぶりも優秀で、上海支店の支店長まで務めました。ところが、会社で労働争議が起きた責任をとって退社を余儀なくされたんです。そんな祖父を救ってくれたのが、創業者の伊藤忠兵衛さんでした。

祖父の働きを高く評価していた忠兵衛さんは直々に、豊田佐吉さんに頼み込んで、祖父は上海の豊田紡織廠(トヨタ紡織の前身)の取締役として迎えられたそうです」

イシグロ氏の祖父が長崎に戻ってきたのは終戦の直前だった。なぜ帰国後、長崎を選んだのか、その経緯は不明だというが、ここでイシグロ氏は生まれ育った。

「一雄くんの家には、よく遊びに行かせてもらったので鮮明に覚えています。塀こそレンガ造りでしたが、純和風の邸宅で、武家屋敷のようでした。3階建てなんですが、中2階があってそこに一雄くんはよく居ました。

祖父はとにかく怖くて、怒られた記憶しかありません。日本に戻って来てからは仕事をしていなかったはずですが、生活ぶりは優雅でした。トヨタ関連の株の配当だけで生活していたんじゃないかな。

いまでもよく覚えているのは祖父の葬儀でのことです。伊藤忠兵衛さんから、読み終えるのに10分もかかる弔文が届いていました。祖父と忠兵衛さんは盟友だったみたいです。

祖父は豊田家との関係も深く、葬儀の際に使用した車は、すべて長崎のトヨタが提供していた。豊田家の方が長崎に来ると、石黒家が出迎えるという間柄でした。

うちの母が豊田章一郎さん(トヨタ自動車名誉会長)のことを『しょうちゃん』と呼んでいて驚いたことがあります」(藤原さん)

作品に活きた母の被爆体験

イシグロ氏の父である鎮雄氏もまた、ひとかどの人物だった。九州工業大学を卒業後、長崎海洋気象台に入り、海洋学者として活躍。1960年、イシグロ氏が5歳のときにイギリス政府から国立海洋学研究所に招致され、一家で渡英した。

藤原さんが続ける。

「『あびき現象』(長崎湾で発生する副振動)研究の第一人者でした。点字のタイプライターを製作し、エリザベス女王に拝謁したこともあるそうです。'94年には『日本語からはじめる科学・技術英文の書き方』という著書も出されている。

私にとってはやさしいおじさんという印象です。夏休みの宿題を手伝ってもらったり、天気予報の機械の作り方を教えてくれたこともあります。非常にインテリな方でした。

鎮雄さんは男前で日本人離れした顔立ちをしていました。目の色素が薄くて鼻も高く、一見、外国人に見えるほどでした。

一雄くんも純日本人っぽくない顔立ちですが、あれはお父さん譲りだと思います。一雄くんのお母さんである静子さんも美人でした。長崎市内で教師をされていたそうです。

お母さんは長崎で被爆されています。10年ほど前だったでしょうか、長崎在外の被爆手帳をもらうために来日されました。

一雄くんは処女作『遠い山なみの光』で原爆についても書いていますが、小さいころ、お母さんから戦争体験をよく聞かされていたようです」

「イギリス人」になる決意

イシグロ氏が5歳まで通っていた長崎市の「桜ヶ丘幼稚園」(現在は閉園)で、年少組の担任だった田中皓子さん(91歳)は、一雄少年のことを克明に覚えている。

「当時は年長と年少の2クラス。石黒くんが年少クラスにいた1年間、担当しました。上のクラスにはお姉ちゃんもいました。うるさい盛りの年ごろですが、石黒くんはそういう面がいっさいなかった。物静かで、落ち着いていて、我々としてはまったく手がかからない子供でした。

ほかの子供とはちょっと違いましたね。いま考えれば、周囲を黙って観察して、頭の中でいろいろ考えていたのかもしれません。

幼稚園では、よく絵本を読んでいたと思います。まだ小さかったこともあり、友達と騒いで遊ぶタイプではありませんでした。お父さんの転勤でイギリスに行く際、お母さんと一緒に退園手続きに来たときも、とても落ち着いていたことを覚えています。

なぜこんなに覚えているかというと、あの子は服装からして他の子とは違っていました。いとこの藤原さんもそうですが、制服にはアイロンがきちんとかけられていて、汚れひとつありませんでした。

また、着こなしもセンスが良いというか、家がしっかりしているんだなと感じました。この幼稚園は裕福な子弟が多かったのですが、育ちの良さは際立っていましたね」

若いころのイシグロ氏は作家ではなく、ミュージシャンを目指していた。本人いわく、レコード会社にデモテープを送ったりもしたという。

〈10代のころからアメリカのアーティスト、特にボブ・ディランやニール・ヤングが好きで、彼らのような音楽を演奏していました〉(『COURRiER Japon』2006年11月2日号より)

イシグロ氏が音楽に興味を持ったのも、両親の影響があったと前出の藤原さんは言う。

「石黒家にはいつも音楽がかかっていました。父の鎮雄さんはピアノやチェロを弾いていたし、母の静子さんもピアノを弾いていた。あの時代にチェロを弾いていた人はほとんどいませんでした。ちなみに、長崎の気象台には父の鎮雄さんが作曲した歌が残されているそうです。

一雄くんの一家がイギリスへ渡ったとき、家財道具を残していったのですが、その中には貴重なレコードもあったらしく、鎮雄さんから『テープに録音して送ってほしい』と頼まれたことを覚えています」

幼いころのイシグロ氏は、いつかは日本に帰るものだと考えていたという。イシグロ作品の愛読者でイシグロ氏と対談を行ったこともある、作家で生物学者の福岡伸一氏が言う。

「これはイシグロさんに直接聞いた話ですが、彼は毎年『来年になったら日本に帰る』と両親に言われていたそうなんです。それが中学生くらいになって、もうこれは日本には帰らないんだなとわかってきて、イギリス人として生きることを決意するのです」

イシグロ氏が、小説を書き出したのは26~27歳のころ。きっかけは、くしくも日本への記憶だった。

〈自分の中にある日本の記憶を永久保存したいと考えたのです。それと同時に、私は日本についての小説を書き終わるまで、日本には戻らないと決意しました。日本に行くと、自分の脳裏にある日本の記憶に干渉をすると思ったからです〉(『文學界』2006年8月号より)

イシグロ氏が日本に戻ったのは'89年。5歳で渡英して以来、約30年が経っていた。

〈長崎はずっと想像していたものに近かった。すべての丘を思い出すことができたし、昔いた古い家にも行きました。幼稚園への行き方も覚えていました〉(同前)

前出の幼稚園時代の恩師である田中さんが、当時を懐かしむ。

「'89年に来日されたとき、奥さんのローナさんを伴って幼稚園に来てくれました。『昔と同じ制服だ』と喜んでくれてね。ほとんど話す時間はありませんでしたが、忘れずに覚えていてくれたことは嬉しかったです。もう一度会いたいですね」

妻からの「ダメ出し」

イシグロ氏が、スコットランド出身のローナさんと結婚したのは'86年。以来、イシグロ氏のそばには常にローナさんの姿があった。ノーベル賞作家となったイシグロ氏だが、いまでも妻には頭があがらないという。過去のインタビューには、それを表すエピソードがある。

〈最新作の『忘れられた巨人』を書き始めたときのこと。40~50ページくらい書いたところで、妻のローナに読んでもらったんです。すると「これは全然ダメ。初めからやり直さないと」とけんもほろろに言われました〉(『an・an』2015年7月22日号より)

並の作家でも、「素人に何がわかる」と怒り出しても不思議ではない話である。ましてやイシグロ氏は、すでにこの時点で世界的に有名な作家として知られていた。

ところがイシグロ氏は驚くべき行動に出る。なんと妻の言う通りに小説を一から書き直したのだ。

〈妻のアドバイス通り、最初の草稿を全部捨てて書き始めると、前とはまったく違うアプローチになったんです。この本に限らず、妻にはいろいろ意見を聞くのですが、本作では特に、妻の影響は大きかったですね〉(同前)

誰に対しても誠実で謙虚――。イシグロ氏を知る人物は、皆そう口を揃える。

最後にいとこの藤原さんは親しみを込めて、こう語る。

「長崎にいる姻族は私だけになってしまいました。一雄くんがノーベル賞候補になってから、かれこれ10年くらい発表の前に取材を受けていたのですが、表に出ることはありませんでした。それが今回このような結果になって自分のことのように嬉しく思います。一雄くん本当におめでとう」

長崎に生まれた一雄くんは、名実ともに「世界のカズオ・イシグロ」となった。

「週刊現代」2017年10月28日号より
参照元:カズオ・イシグロの親族が明かした「一雄くんのこと」
祖父は伊藤忠「伝説の商社マン」
週刊現代 2017/10/24











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ノーベル文学賞受賞・作家 カズオ・イシグロのチャートについて



2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロのチャートについて、その直後にラグナの特定に励んでいたが、決定的なことが分からず、そのまま放置していた。


作家としての創造性を発揮するには、5室や5室の支配星に水星、木星、金星などの生来的吉星が絡んでいることが重要で、また5室で良いヨーガを形成していたり、5室が強調されている必要がある。


木星が古典的知識や作品の歴史検証に耐えるだけの博識な周辺知識をもたらし、水星がジャーナリズムや評論家的なセンス、金星がユーモアやストーリー性、物語としての面白さを提供する。


作家になるために特に重要なのは、木星や金星の影響であり、水星だけだと、ジャーナリズムや評論文、随筆になってしまう。


カズオ・イシグロは、青年時代にミュージシャンを志していたことを考えると、5室に金星が絡んでいたことも考えられる。


そうした観点から、ラグナは蟹座もしくは双子座ではないかと考えていたが、作風などを研究する為に『日の名残り』を読むなどして、情報を収集していた。


そして、暫く放置したまま忘れてしまっていたが、再び、思い返してみた所、やはりカズオ・イシグロは双子座ラグナで正しそうである。


今回は、ラグナを双子座プナルヴァス第3パダに設定した。ナヴァムシャのラグナも双子座である。






双子座ラグナに設定すると、ラグナロードの水星が創作の5室に在住し、9室支配で高揚する土星とコンジャンクトし、3室支配で5室で減衰する太陽ともコンジャンクトしている。


太陽は減衰しているが、高揚する土星とコンジャンクトして、ニーチャバンガラージャヨーガを形成し、また3室の支配星が減衰している為、パラシャラの例外則によるラージャヨーガ的な効果が期待できる。


3室は手を使った仕事、文筆を表わし、5室に在住することは、やはり文筆活動を作品の創造に生かす配置である。




カズオ・イシグロは、作品の登場人物たちの感情の機微、揺れ動きを描くのが非常に上手いのであるが、それは5室支配の金星が蠍座の水の星座に在住しているからである。


金星は牡牛座にアスペクトバックして強く、また蟹座で高揚する木星からのアスペクトも受けている。



この木星は月から見て、ラグナロードで5室で高揚し、5室支配の月と星座交換している。




1913年に『ギタンジャリ』でノーベル文学賞を取得したラビンドラナート・タゴールも魚座ラグナで、木星が5室で高揚していた。



木星が5室で高揚する配置は、作家のポテンシャルとしては、最高の配置である。




カズオ・イシグロの場合、この月から5室で高揚する木星が更にラグナから見た5室支配の金星にアスペクトすることで、作品の登場人物たちの感情の繊細な動きを表現できるのである。



海洋学者の父親


wikipediaには、カズオ・イシグロの父親は、1920年4月20日に上海で生まれ、明治専門学校で電気工学を学び、1958年のエレクトロニクスを用いた波の変動の解析に関する論文で東京大学より理学博士号を授与された海洋学者であると記されている。


9室を父親のラグナとすると、ラグナロードの土星が9室で高揚し、5、8室支配の水星とコンジャンクトし、更に7室支配で減衰する太陽とコンジャンクトしている。


5室と強い水星、土星、太陽の絡みは、物理学に興味を持つ配置である。


5室支配の水星にテクニカルプラネットの土星と太陽が絡んでいることから、理系に適性があることが分かる。


そもそもラグナロードの土星が9室で高揚している配置は、宗教家にならないとすれば、学問の世界に興味を持ち、大学教授などになる配置である。






そして、9室支配の金星が10室で水の星座に在住しているが、これが海洋学者としての職業を表わしている。


金星が5室に絡む場合、植物学など、自然の草花、生態系についての博識な知識を表わす配置である。


アーユルヴェーダも金星が表示体となるが、薬草についての豊富な知識を必要とする。


海洋学者というのは、海の動植物の生態系について研究する仕事である為、おそらく10室の水の星座に金星が在住している象意で正しいと思われる。


父親は、高円寺の気象研究所勤務の後、1948年長崎海洋気象台に転勤となり、1960年まで長崎に住み、長崎海洋気象台で副振動の研究などに携わったほか、海洋気象台の歌を作曲するなど音楽の才能にも恵まれていたということである。


そして、1960年に父親が国立海洋研究所所長ジョージ・ディーコンの招きで渡英し、暴風によって発生し、イギリスやオランダの海浜地帯に深刻な害をもたらした1953年の北海大洪水を、電子回路を用いて相似する手法で研究するため、同研究所の主任研究員となったと記されている。

父親が北海で油田調査をすることになり、一家でイギリスのサリー州・ギルフォードに移住し、カズオ・イシグロは、現地の小学校・グラマースクールに通ったそうである。

このように父親が海洋学者として、海や油田の調査など、常に液体に取り組んでいたのは、9室から見た10室(職業)に金星が在住しているからである。


それで、その仕事で、海外勤務となり、油田の採掘など地下をドリルで採掘する調査を行なったのは、3、10室支配の火星が12室(海外、地下)で高揚しているからではないかと思われる。

また音楽の才能に恵まれていたのは、5室支配の水星が金星の星座に在住していたからである。




音楽活動、創作学科に進学


因みにカズオ・イシグロは、イギリスのサリー州・ギルフォードに移住した後、現地の小学校・グラマースクールに通い、卒業後にギャップ・イヤーを取り、北米を旅行したり、音楽のデモテープを制作しレコード会社に送ったりしていたとwikipediaには記されている。


この時期、カズオイシグロは、おそらく、20歳前後であると思われるが、1970年11月(16歳頃)以降にマハダシャー金星期に移行している。


金星は5室の支配星で、金星は音楽の表示体で、5室も音楽の表示体である。


5室が音楽の表示体であるというのは、ニーチェも指摘するように音楽というものが芸術の最高の形式だからである。






双子座ラグナで金星が5室の支配星であるため、この時期、ミュージシャンを目指し、音楽のデモテープなどを制作して、レコード会社に送るなどしていたのである。


そして、1974年にケント大学英文学科、1980年にイースト・アングリア大学大学院創作学科に進み、批評家で作家マルカム・ブラッドベリの指導を受け、小説を書き始めたと記されている。


1974年は金星/金星⇒太陽期であり、1980年は金星/ラーフ期である。


いずれにしても5室支配の金星が大学の英文学科や創作学科などへの進学をもたらしたことが分かる。



結婚


因みにカズオ・イシグロは、ロンドンのホームレスを支援する団体で働いていた時にスコットランド人のローナ・マクドゥーガル(Lorna MacDougall)夫人と出会い、1986年に結婚している。


1986年は、金星/土星 もしくは金星/水星期である。






マハダシャーの金星は5、12室の支配星であるが、6室(奉仕)に在住し、12室(病院、ボランティア施設)にアスペクトバックしている。


12室に金星がアスペクトバックして12室が非常に強い状態になっている。この12室にトリコーナの支配星がアスペクトしていることが慈善活動を表わしている。


金星は月から見ると3、8室の支配星でもあり、金星自体が結婚の表示体であるが、8室の支配星であることで、生活を支えてくれるパートナー(結婚生活)を意味している。


またアンタルダシャーはおそらく水星期だったと思われるが、水星は、ラグナロード(7室から見た7室の支配星)であり、月から見た7室の支配星である。


従って、金星/水星期は結婚のタイミングとして、説明できる。



今回、ナヴァムシャのラグナを双子座に設定したが、マハダシャーの金星は5、12室支配で結婚生活の2室に在住して、2室支配の月と相互アスペクトしている。






また月から見て金星は7室に在住している。従って、マハダシャーの金星期は結婚の時期を示している。


またこの金星期は、英文学科や創作学科で学んだ時期であり、それは5室支配の金星ということで説明できている。


また12室の支配星であることから、この時期にホームレスを支援する団体で働いていたのである。



そして、アンタルダシャーの水星はラグナロードで6室に在住しているが、ラグナの支配星(7室から見た7室)の時期は、結婚のタイミングである。



つまり、金星/水星期に結婚したことを説明することが出来る。



因みにカズオ・イシグロの出生図の10室には、月が在住しており、木星と星座交換しているが、これもホームレスを支援する団体での仕事を表わしている。



月は、医師の周辺の仕事である医療補助業務(看護師も含む)を表わすが、社会的弱者を支援する母性的な仕事を表わしている。



木星が星座交換しているため、ホームレスを支援して、社会復帰を手伝うなどの教育的な要素も含まれていたと考えられる。



結婚した年のトランジットを見ると1986年1月1日時点で、木星は8室山羊座、土星は6室蠍座を順行していたが、木星は8室から7室支配の木星にアスペクトし、土星は特に7室にアスペクトもトランジットもしていなかったが、その前年度の1985年4月1日から、土星は逆行して、同じく7室支配の木星にアスペクトして、7室にダブルトランジットしていた。




また8室に木星がトランジットして、土星が逆行して8室にアスペクトした為、8室にもダブルトランジットが成立している。



1986年に入ると、1986年4月1日の時点で、木星はラグナとラグナロードにアスペクトし、土星は逆行して、ラグナロードに絡み、7室と7室の支配星にアスペクトしている。




ラグナにダブルトランジットが成立していることが分かる


また木星はラグナから見た8室の支配星にアスペクトし、土星は8室にアスペクトしている。


また木星は月から見た8室にもアスペクトして、土星は月から見た8室の支配星とコンジャンクトし、逆行して8室にも絡んでいる。


従って、ラグナと月から見た8室にダブルトランジットが成立している。



この結婚した年の前年度からの木星と土星の動きを追っていくと、このタイミングで結婚したことが説明できる。



1986年時点で、木星が8室、土星が6室を通過していること自体、6室、7室、8室は結婚相手のハウスであり、基本的にパートナー関係上の重要な時期であったことを物語っている。






娘・ナオミイシグロの誕生



カズオ・イシグロがノーベル賞を受賞した2017年時点で、25歳であったということから、1992年生まれである。


1992年は、太陽/ラーフ期であるが、出生図で、マハダシャーの太陽は5室に在住し、アンタルダシャーのラーフはディスポジターの木星が月から5室に在住している。






サプタムシャを見ると、太陽は5室の支配星で、ラーフは5室の支配星とコンジャンクトし、ラーフのディスポジターはラグナロードの木星で9室にアスペクトしている。






トランジットを見ると、土星は5室にアスペクトし、木星は逆行して、5室の支配星にアスペクトして、5室にダブルトランジットが成立している。







2017年度 ノーベル文学賞の受賞







ノーベル賞文学賞を受賞した2017年10月は、ダシャーは、ラーフ/木星/金星期辺りである。






マハダシャーのラーフのディスポジターである木星は高揚する11室の支配星と相互アスペクトしており、また月から見ても11室で高揚する9室支配の火星と相互アスペクトしている。


アンタルダシャーの木星は同じく、高揚する11室の支配星と相互アスペクトしており、また月から見ても11室で高揚する9室支配の火星と相互アスペクトしている。


プラティアンタルダシャーの金星は逆行して、11室にアスペクトし、またディスポジターの火星は11室の支配星で高揚し、月から見ても11室で高揚している。


ナヴァムシャでは、ラーフのディスポジターの太陽は11室で高揚し、木星は11室にアスペクトしている。






この時、トランジットを見ると、木星は11室にアスペクトし、土星は11室の支配星にアスペクトしていた。


また火星は少なくとも75日以内に11室の支配星にアスペクトし、月は10月5日4:00から遡れば、72時間以内に11室の支配星にトランジットしていた。


日本のメディアでカズオ・イシグロ氏の受賞が伝えられた5日には、トランジットの月は双子座から10室を通過しており、世間の注目を浴びたことを表わしている。







カズオ・イシグロの人物と作風






カズオ・イシグロの見た感じは、冷静で落ち着いて淡々としており、寡黙で自己主張する気があるのか不明な野心のないキャラクターである。


これはおそらく双子座のプナルヴァスにラグナが在住し、ラグナにケートゥが在住している為ではないかと思われる。




カズオ・イシグロの傑作と言われている『日の名残り』は、1989年の英国の世界的に権威のある文学賞であるブッカ―賞を受賞している。


内容的には、時代の変化に対応できず、古い伝統やしきたりの中で、執事という職務を愚直なまでに厳格に遂行する男の物語であるが、主人公は、執事という自らの役割に拘るあまり、恋愛の機会を逃したり、自分が仕える主人が第二次世界大戦での対独宥和主義者であること、その主人の執事であり続けることの社会的意義などを考えるような政治意識や視野の広さ、主体性なども持ち合わせていない。ただ愚直に執事という自らの役割の中に納まり続けるのである。

所謂、精神の不具とでも呼びうるような執事のスティーブンスを読者は、可哀そうに思ったり、憐れみを感じる。


カズオ・イシグロの作品は、弱者に対する繊細な感受性、思いやりを示す一方で、その運命に従うしかない人間の哀しみなどを冷静に描き出している。


その辺りは、5室支配の金星が蠍座6室に在住し、蟹座から高揚の木星(月から5室)がアスペクトして、非常に高い感受性、共感力があるが、一方で、双子座は冷静で分析的なのである。


蟹座の木星、蠍座の金星は、水の星座であり、伝統社会に固執する星座である。


従って、古き良き執事が輝いた黄金時代というのを懐かしむ主人公スティーブンスに非常に共感できるのであるが、然し、そのスティーブンスの行き先が狭められていく縮小する運命に対して、冷静に見つめてもいるのである。


ラグナが双子座であることは、そうした運命に飲み込まれる人間を冷静に見つめる所があるが、その運命を変えることが出来るとは決して考えない。


この『日の名残り』は、アンソニー・ホプキンス主演、エマ・トンプソン共演で映画化もされているが、原作が深い人間心理を描いたものであるだけに映画ではその全てを描ききれていない。




またカズオ・イシグロのもう一つの代表作『わたしを離さないで』があるが、これは私は原作は読んでいないが、2010年にキャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、キーラ・ナイトレイ主演で映画化された作品を見た。


こちらの作品でも臓器提供者という社会的弱者の日常を描いた作品であるが、友情、恋愛、嫉妬や裏切り、陰謀、悪意、謝罪、希望と絶望、哀しみ、諦めなど、あらゆる人間の感情が描き出されている。

カズオ・イシグロは、逃亡の物語を描きたい訳ではなかったと述べており、最終的に主人公たちは、自らの運命を受け入れていくのであるが、やはり、カズオ・イシグロはどちらかと言えば、運命論者である。


巨大な運命に立ち向かう人間を描くのではなく、巨大な運命に飲み込まれる人間の心の機微を描きたかったのである。


この辺りは、蠍座に在住する5室支配の金星、月から蟹座5室に在住する高揚する木星で表される保守性が現れている。


蟹座、蠍座、魚座は、社会を変えようとする革新性はないのであり、むしろ、変わらない社会を受け入れていく、そして、変わらないカースト制度を受け入れていく。


因みにインドの建国図で蟹座に惑星が集中しているが、そのインド人たちは、カースト制度を受け入れ、バラモンたちの唱える教えに従順に従って自らの運命を受け入れている。


蟹座とはそうした星座である。


視野が狭く自らの小さな世界の中で、豊かな感情や愛情を持って、人々との人間模様を生み出していく、そうした星座が蟹座である。


その世界の外側に何があるかには興味を持たないし、そこまで見るだけの視野の広さを持たない。



従って、カズオ・イシグロの小説は、個人の力ではどうにもならない運命の残酷さ、そこでの人間同士の感情の機微を見つめながら、その弱く傷ついた人間を慈しみのある眼差しで見つめた作品である。


カズオ・イシグロが、影響を受けた作家/クリエーターとして『東京物語』の小津安二郎監督を挙げているのも興味深い。



小さな家族の中での感情の機微を描くことがカズオ・イシグロのテーマであることがよく分かる。


またドストエフ・スキー、チェーホフ、トルストイ、ジェイン・オースティンなど、まさに登場人物たちの豊かな感情の交錯を描き出した作家から影響されていることも興味深い。




またカズオ・イシグロは、20世紀の歴史を作品の背景として描き出すことにも定評がある。


カズオ・イシグロのインタビューでは、近現代史を描いた歴史書を愛読しているようである。


そうした作品を読むことで、歴史的な視点を養ったり、時代背景の設定に役立てているようである。



こうした時代考証的な歴史家としての視点は、5室でラグナロードで4室支配の水星と、9室支配の土星がコンジャンクトして、ラージャヨーガを形成する配置に現れている。


水星と土星のコンビネーションは、優れた歴史家、歴史の研究者を生み出す絡みである。


歴史家は古い文書や資料から事実の掘り返して、歴史を再現するセンスが要求されるが、具体的な事実とそこからの分析を重んじるのが土星と水星の絡みである。



イシグロ・カズオのラグナの可能性として、生来的吉星の影響を受けた強い5室という観点から、双子座ラグナ、蟹座ラグナ、蠍座ラグナ、魚座ラグナなどを想定していたが、やはり、種々検討した結果、結婚のタイミング、また子供の誕生のタイミング、そして、ノーベル賞受賞のタイミングから、双子座ラグナでなければ説明出来ないように思われる。


然し、もう少し他の様々なエピソードで更に検証を重ねたい所である。







(参考資料)



カズオ・イシグロの親族が明かした「一雄くんのこと」
祖父は伊藤忠「伝説の商社マン」
週刊現代 2017/10/24

一夜にしてその名は世界中に知れ渡った。長崎生まれの日系イギリス人作家は、どんな家に生まれ、どんな環境で育てられたのか。親戚や恩師の証言を元に、ノーベル賞作家のルーツを追った。

トヨタ家との縁

長崎駅から車で10分。長崎市内を走る路面電車の新中川町電停から入り組んだ細い路地を100mほど進むと、3階建ての洋風の屋敷がある。ここにカズオ・イシグロ氏(62歳)が5歳まで過ごした生家が、かつてあった。

この付近は長崎らしく、坂の途中に一軒家や集合住宅が密集して立ち並ぶ住宅街だ。往時は桜の名所として知られ、いまも料亭がいくつか残っている。

「明治、大正の時代は富裕層の別荘地でした。いまはだいぶ景観が変わったけど、その名残で大きな屋敷がポツポツと建っています」(近隣住民)

先ごろ、ノーベル文学賞を受賞したイシグロ氏は、日本人の両親のもと、1954年に長崎県で生まれた。家族で5歳のときに渡英し、'83年にイギリス国籍を取得する。自身は英語しか話せないが、受賞のインタビューでも「私の一部は日本人なのです」と語っている。

イシグロ氏はどんな家庭に育ったのか――。

日本名は石黒一雄。石黒家は代々由緒ある名家だったと語るのは、カズオ・イシグロ氏のいとこにあたる藤原新一さん(71歳)だ。

「私の母の弟の長男が一雄くんになります。一雄くんのお父さんには二人の姉がいて、2番目が私の母になります。

我々の祖父、昌明さんは滋賀県大津市の出身。戦前、中国に渡り、上海にあった東亜同文書院という高等教育機関を卒業しています。この学校は、ほぼ国策学校で授業料も無料。秀才が集まる学校で、各県から一人ほどしか入学できないほどレベルが高かったそうです。

卒業後、祖父は現地の伊藤忠商事に入社しました。仕事ぶりも優秀で、上海支店の支店長まで務めました。ところが、会社で労働争議が起きた責任をとって退社を余儀なくされたんです。そんな祖父を救ってくれたのが、創業者の伊藤忠兵衛さんでした。

祖父の働きを高く評価していた忠兵衛さんは直々に、豊田佐吉さんに頼み込んで、祖父は上海の豊田紡織廠(トヨタ紡織の前身)の取締役として迎えられたそうです」

イシグロ氏の祖父が長崎に戻ってきたのは終戦の直前だった。なぜ帰国後、長崎を選んだのか、その経緯は不明だというが、ここでイシグロ氏は生まれ育った。

「一雄くんの家には、よく遊びに行かせてもらったので鮮明に覚えています。塀こそレンガ造りでしたが、純和風の邸宅で、武家屋敷のようでした。3階建てなんですが、中2階があってそこに一雄くんはよく居ました。

祖父はとにかく怖くて、怒られた記憶しかありません。日本に戻って来てからは仕事をしていなかったはずですが、生活ぶりは優雅でした。トヨタ関連の株の配当だけで生活していたんじゃないかな。

いまでもよく覚えているのは祖父の葬儀でのことです。伊藤忠兵衛さんから、読み終えるのに10分もかかる弔文が届いていました。祖父と忠兵衛さんは盟友だったみたいです。

祖父は豊田家との関係も深く、葬儀の際に使用した車は、すべて長崎のトヨタが提供していた。豊田家の方が長崎に来ると、石黒家が出迎えるという間柄でした。

うちの母が豊田章一郎さん(トヨタ自動車名誉会長)のことを『しょうちゃん』と呼んでいて驚いたことがあります」(藤原さん)

作品に活きた母の被爆体験

イシグロ氏の父である鎮雄氏もまた、ひとかどの人物だった。九州工業大学を卒業後、長崎海洋気象台に入り、海洋学者として活躍。1960年、イシグロ氏が5歳のときにイギリス政府から国立海洋学研究所に招致され、一家で渡英した。

藤原さんが続ける。

「『あびき現象』(長崎湾で発生する副振動)研究の第一人者でした。点字のタイプライターを製作し、エリザベス女王に拝謁したこともあるそうです。'94年には『日本語からはじめる科学・技術英文の書き方』という著書も出されている。

私にとってはやさしいおじさんという印象です。夏休みの宿題を手伝ってもらったり、天気予報の機械の作り方を教えてくれたこともあります。非常にインテリな方でした。

鎮雄さんは男前で日本人離れした顔立ちをしていました。目の色素が薄くて鼻も高く、一見、外国人に見えるほどでした。

一雄くんも純日本人っぽくない顔立ちですが、あれはお父さん譲りだと思います。一雄くんのお母さんである静子さんも美人でした。長崎市内で教師をされていたそうです。

お母さんは長崎で被爆されています。10年ほど前だったでしょうか、長崎在外の被爆手帳をもらうために来日されました。

一雄くんは処女作『遠い山なみの光』で原爆についても書いていますが、小さいころ、お母さんから戦争体験をよく聞かされていたようです」

「イギリス人」になる決意

イシグロ氏が5歳まで通っていた長崎市の「桜ヶ丘幼稚園」(現在は閉園)で、年少組の担任だった田中皓子さん(91歳)は、一雄少年のことを克明に覚えている。

「当時は年長と年少の2クラス。石黒くんが年少クラスにいた1年間、担当しました。上のクラスにはお姉ちゃんもいました。うるさい盛りの年ごろですが、石黒くんはそういう面がいっさいなかった。物静かで、落ち着いていて、我々としてはまったく手がかからない子供でした。

ほかの子供とはちょっと違いましたね。いま考えれば、周囲を黙って観察して、頭の中でいろいろ考えていたのかもしれません。

幼稚園では、よく絵本を読んでいたと思います。まだ小さかったこともあり、友達と騒いで遊ぶタイプではありませんでした。お父さんの転勤でイギリスに行く際、お母さんと一緒に退園手続きに来たときも、とても落ち着いていたことを覚えています。

なぜこんなに覚えているかというと、あの子は服装からして他の子とは違っていました。いとこの藤原さんもそうですが、制服にはアイロンがきちんとかけられていて、汚れひとつありませんでした。

また、着こなしもセンスが良いというか、家がしっかりしているんだなと感じました。この幼稚園は裕福な子弟が多かったのですが、育ちの良さは際立っていましたね」

若いころのイシグロ氏は作家ではなく、ミュージシャンを目指していた。本人いわく、レコード会社にデモテープを送ったりもしたという。

〈10代のころからアメリカのアーティスト、特にボブ・ディランやニール・ヤングが好きで、彼らのような音楽を演奏していました〉(『COURRiER Japon』2006年11月2日号より)

イシグロ氏が音楽に興味を持ったのも、両親の影響があったと前出の藤原さんは言う。

「石黒家にはいつも音楽がかかっていました。父の鎮雄さんはピアノやチェロを弾いていたし、母の静子さんもピアノを弾いていた。あの時代にチェロを弾いていた人はほとんどいませんでした。ちなみに、長崎の気象台には父の鎮雄さんが作曲した歌が残されているそうです。

一雄くんの一家がイギリスへ渡ったとき、家財道具を残していったのですが、その中には貴重なレコードもあったらしく、鎮雄さんから『テープに録音して送ってほしい』と頼まれたことを覚えています」

幼いころのイシグロ氏は、いつかは日本に帰るものだと考えていたという。イシグロ作品の愛読者でイシグロ氏と対談を行ったこともある、作家で生物学者の福岡伸一氏が言う。

「これはイシグロさんに直接聞いた話ですが、彼は毎年『来年になったら日本に帰る』と両親に言われていたそうなんです。それが中学生くらいになって、もうこれは日本には帰らないんだなとわかってきて、イギリス人として生きることを決意するのです」

イシグロ氏が、小説を書き出したのは26~27歳のころ。きっかけは、くしくも日本への記憶だった。

〈自分の中にある日本の記憶を永久保存したいと考えたのです。それと同時に、私は日本についての小説を書き終わるまで、日本には戻らないと決意しました。日本に行くと、自分の脳裏にある日本の記憶に干渉をすると思ったからです〉(『文學界』2006年8月号より)

イシグロ氏が日本に戻ったのは'89年。5歳で渡英して以来、約30年が経っていた。

〈長崎はずっと想像していたものに近かった。すべての丘を思い出すことができたし、昔いた古い家にも行きました。幼稚園への行き方も覚えていました〉(同前)

前出の幼稚園時代の恩師である田中さんが、当時を懐かしむ。

「'89年に来日されたとき、奥さんのローナさんを伴って幼稚園に来てくれました。『昔と同じ制服だ』と喜んでくれてね。ほとんど話す時間はありませんでしたが、忘れずに覚えていてくれたことは嬉しかったです。もう一度会いたいですね」

妻からの「ダメ出し」

イシグロ氏が、スコットランド出身のローナさんと結婚したのは'86年。以来、イシグロ氏のそばには常にローナさんの姿があった。ノーベル賞作家となったイシグロ氏だが、いまでも妻には頭があがらないという。過去のインタビューには、それを表すエピソードがある。

〈最新作の『忘れられた巨人』を書き始めたときのこと。40~50ページくらい書いたところで、妻のローナに読んでもらったんです。すると「これは全然ダメ。初めからやり直さないと」とけんもほろろに言われました〉(『an・an』2015年7月22日号より)

並の作家でも、「素人に何がわかる」と怒り出しても不思議ではない話である。ましてやイシグロ氏は、すでにこの時点で世界的に有名な作家として知られていた。

ところがイシグロ氏は驚くべき行動に出る。なんと妻の言う通りに小説を一から書き直したのだ。

〈妻のアドバイス通り、最初の草稿を全部捨てて書き始めると、前とはまったく違うアプローチになったんです。この本に限らず、妻にはいろいろ意見を聞くのですが、本作では特に、妻の影響は大きかったですね〉(同前)

誰に対しても誠実で謙虚――。イシグロ氏を知る人物は、皆そう口を揃える。

最後にいとこの藤原さんは親しみを込めて、こう語る。

「長崎にいる姻族は私だけになってしまいました。一雄くんがノーベル賞候補になってから、かれこれ10年くらい発表の前に取材を受けていたのですが、表に出ることはありませんでした。それが今回このような結果になって自分のことのように嬉しく思います。一雄くん本当におめでとう」

長崎に生まれた一雄くんは、名実ともに「世界のカズオ・イシグロ」となった。

「週刊現代」2017年10月28日号より
参照元:カズオ・イシグロの親族が明かした「一雄くんのこと」
祖父は伊藤忠「伝説の商社マン」
週刊現代 2017/10/24

ノーベル文学賞 カズオ・イシグロが語った日本への思い、村上春樹のこと
村上さんとはロンドンで、ジャズの話をしました
大野 和基 2017/10/06 文春オンライン

2017年のノーベル文学賞がカズオ・イシグロに決定しました。1954年、長崎に生まれた小説家の日本への思い、そして村上春樹についてを語ったインタビューをお届けします。(『文學界』2006年8月号より一部抜粋)

◆◆◆ 

ミュージシャンになりたかった

――それでは、小説作法についてお伺いしたいと思います。ポール・オースターにインタビューしたときに、彼は、同じく作家である妻のシリ・ハストヴェットの言葉を引用して、こう言っていました。「小説を書くということは、実際に起こらなかったことを思い出すようなものだ。その意味で、小説を書く方がノンフィクションを書くよりもはるかに難しい」。このコメントに同意されますか。

イシグロ 「実際に起こらなかったことを思い出す」というのは本当に興味深いコメントだと思います。まさにその意味で小説を書き始めたからです。若いときは、作家になる野心はまったくありませんでした。ミュージシャンになりたかったのです。実際に小説を書き始めたときは、自分でも驚いたほどです。自分がどうして小説を書くようになったのかと振り返ってみると、最初に書き始めたときの主な動機がまさにそうであることに気づくのです。つまり自分にない記憶を何とかして書き留めることです。

私は日本で生まれましたが、5歳のときに日本を離れたので、イギリスで育ったのと同じです。幼い時の日本の思い出しかありませんが、その思い出が私にとっての日本を象徴するのです。もちろんイギリスで育っているとき、ずっと日本社会はどういうものか、とか日本はどんな国かというのを想像していたと思います。ですから、20代の半ばにはもう、日本に対するイメージが完全に出来上がったと思います。それは、ある程度は記憶に基づくと思っていたのですが、実際は違いました。小説家が経験するように、架空のプロセスをすでに経ていたのです。それで日本に対するイメージを完全に作りあげていたのです。しかし、私がそれをやったのは、小説を書こうとしたからではなく、単純に、西欧で育ちながら、感情は日本とつながって魅せられたままでいるという子供のときの状況があったからです。今まで小説を書いたときも、「私の日本」を書こうとしたのです。それは常に自分がやっていないことを思い出そうとするようなものでした。それは記憶と想像の奇妙な混合です。小説家が実際にすることにかなり近いと思います。彼らは架空の世界を想像します。たとえ、リアリズムのモードで書いていてもそうです。自分の世界を創っているのです。自分の中の宇宙を、現実的な世界に押し付けているのです。もちろんポール・.オースターのように、現実からはっきり切り取られた世界を作り出す作家もいます。それでもかなり現実的に見えます。本当に小説としてうまく行くのは、現実の世界に、作家自身の世界が重なっているからだと思います。だからそういう小説を我々は高く評価するのです。

想像力はそれほど羽ばたかせませんね

――イシグロさんは想像力を羽ばたかせて書くのでしょうか。

イシグロ それほど羽ばたかせませんね。私は、かなり抑制の利いた作家です。私が小説を書くときは、何に想像力を使うかということについてはかなり慎重です。常に最初にテーマを思いつき、それから登場人物の関係を考えます。自分の想像力には、かなり明確な仕事を与えます。「ほら、このページは空白だ。自分の想像から何かクレージーでワイルドなことが出てくるか試してみよう」とは言いません。多くの作家がこうやってすばらしい小説を書き上げているのはわかっていますが、私の場含は一そろいのテーマが先にあって、それをかなり集中したやり方で探求します。一つや二つのテ-マを完膚なきまで探求するのです。それで、自分の想像力を稼動させて、「これがきみの仕事だ。どうだ、何かできるかね」と想像力に聞くのです。常に大枠があって、その中で、「これをいかにして表現するか、どのようなシーンがこのことを表すことができるか、いかにしてまとめるか」を絶えず考えます。即興的に「次はどこに行けるか」と考えることはしません。

現代史に関する本をたくさん読むようにしています

――あなたは小説もノンフィクションも読みますか。

イシグロ 両方読みますね。ノンフィクションもたくさん読みますが、リサーチのために読むことが多い。といっても直接自分が書いている小説のためではないことが多い。今は、最近イギリスとアメリカで出版された『Postwar(戦後)』という、歴史家のトニー・ジュットが書いた本を読んでいます。戦後の時代についての歴史書として非常におもしろい本です。小説を書き始めたのはもう25年も前になりますが、その頃同時代的に体験したことがまさに第二次世界大戦の余波であったと気づいたのです。大事件がたくさん起こりました。第一次世界大戦、第二次世界大戦、その後も小さな戦争がずっと起こっています。第二次世界大戦から半世紀以上経って、歴史的事件が数多く起きたことを再認識しています。私の世代の多くの人もそうだと思いますが、まだ世界をみるときに、戦後の歴史の観点からみることが多い。最近になってようやく、第二次世界大戦の影としてではなく、最近起こったことを単独で理解しようとしています。その形やパターンを実際に見ることは非常に重要だと思うからです。もちろん第二次世界大戦はものすごく重要ですが、現在起こっていることを第二次世界大戦に関係なく、理解し始めないといけないと思います。それで、現代史に関する本をたくさん読むようにしています。

村上さんと話すのはジャズのことですよ

――小説家の話になりますが、好きな作家は誰ですか。

イシグロ 伝統的な作家、つまり偉大な作家では、今でもロシアの作家が好きです。チェーホフ、トルストイやドストエフスキーです。ある意味では私が20代の頃に気に入っていた作家と同じです。年を取るにつれて、ジェイン・オースティンのような、若いときあまり好きでなかった作家が好きになってきました。オースティンは学生のときに読まされたのですが、とても退屈な小説でした。3年前にオースティンのすべての6冊の小説を立て続けに読んだのですが、本当に卓越した作家であると認識しました。ですから、ときには再読する必要があります。現代作家の中では、好きな作家はたくさんいますが、村上春樹がもっとも興味ある作家の一人ですね。とても興味があります。もちろん彼は日本人ですが、世界中の人が彼のことを日本人と考えることができません。国を超えた作家です。現時点で、村上春樹は現代文学の中で非常に関心を引く何かを象徴しています。人は、日本文化に必ずしも関心がなくても、村上春樹に通じるものを感じるのです。

――イシグロさんがこの前来日されたとき、村上春樹にお会いになったと聞いたのですが。

イシグロ 会いましたね。ここ(ロンドン)でも会いました。

――村上さんとはどういう話をされるのですか。

イシグロ ジャズのことですよ(笑)。そのようなものです。作家同士が会うと、文学というような、大それたテーマについて話すことはあまりありません。

――村上さんは、自分がイギリスやアメリカで生まれていたらよかった、と言ったことがありますか。

イシグロ ありません(笑)。そこまで親しくありません。東京で昼食を一緒にしたことがあります。それは2001年のことで最初に村上さんに会ったときです。それ以来、ロンドンで二、三回会っています。ロンドン・マラソンに出るために来たときだと思います。本の出版パーティーや晩餐会もあり、出版社の人はみんなとてもわくわくしていました。がっかりするかもしれませんが、そういうときの作家同土の会話はささいな話題です。大きなテーマについてはあまり話さず、サッカーや他のスポーツについて話したりします。作家たちはお互いに人間としてかかわりたいと思っています。確かに、村上さんはジャズにとても熱中されています。私もそうです。

5歳のときから凍結した日本語

――イシグロさん自身のことについて、おききしたいと思いますが、国籍は日本と二重国籍を持っておられるのでしょうか。

イシグロ 残念ながら、日本は二重国籍を許しません。イギリスは許しますが、もし日本のパスポートを持とうとすれば、だめですね。少なくとも私がイギリス国民になったときは、100パーセント日本人になるか、日本のパスポートを捨てるかどちらかでした。今でもそうだと思います。人生のある時点で決意しなければなりませんでした。最終的には感情的には日本ですが、すべての実用的な理由から、私はイギリス国籍を選びました。もしアフリカで困ったことになれば、日本大使館ではなく、英国大使館に行かねばなりません。日本大使館に行っても、理解してもらえませんが(笑)。

――両親から離れたのはいつですか。ある年までは両親と住んでいたのですね。

イシグロ 大学までです。それが普通みんな親から離れるときです。もちろんそれ以降も長い間、親のところに戻って、一緒にいた時期もありましたが、基本的には大学から親と離れて、しばらくスコットランドに住んでいました。親と同居しているときも、一人で長い間旅をしたこともあります。

――ご両親と話すときは、日本語を使うのですか。

イシグロ 今でもそうです。電話で話すときも、とても下手な日本語で話しますね。5歳の子供の日本語です(笑)。私がしゃべる日本語は、日本語であることがわからない日本語です(笑)。かなり古臭い、子供の日本語です。5歳のときから凍結した日本語で、それに英単語がたくさん混じります。

――ご両親はまだイギリスに住んでいるのですか。

イシグロ サーリーに住んでいます。

35歳まで日本にもどらなかった理由

――イシグロさんは35歳になった1989年まで日本にもどりませんでしたね。

イシグロ その通りです。

――どうしてですか。自分の運命を変えることはできなかったのでしょうか。

イシグロ 当時は今と比べて旅行するのが非常に難しかったと言わざるを得ません。今ほどは簡単ではありませんでした。私が10代になるまでに、日本はとても物価の高い国になり、若造が日本まで行くのに十分なお金を貯めることは非常に難しかったのです。また18歳、19歳になったときに、旅に出るのに十分なお金を貯めたのですが、私はアメリカに行きました、当時の私の夢は常にカリフォルニアに行くことでした。というのもその頃サンフランシスコは若者にとって、流行の場所でした。私の世代の若者はみんなそうでしたが、あちこちに旅しました。アムステルダムや他のヨーロッパの場所にも行きました。ヨーロッパ中ヒッチハイクをし、さらにアメリカとカナダの西海岸を3ヶ月間もヒッチハイクしました。当時は日本に行きたいという気持ちになったことはありません。もっと後になって、23、24歳くらいだったと思いますが、その頃になって初めて、日本にとても関心を持つようになりました。それで、自分の小説で日本について書くプロジェクトを始めたのです。私は日本についての小説を書き終わるまで、日本に戻らないという決意を意識的にしました。本当の日本が、自分の脳裏にある日本に干渉をすると思ったからです。私のプロジェクトは、自分の日本が脳裏から消える前に、小説に安定的に書き留めておくというものでした。ですから、本当の日本に行くということは、それを混乱させることになるでしょう。だから日本に行かなかったのです。自分版の日本を温存したかったのです。小説家として、日本を書き終えて初めて、日本に行きたくなりました。それで戻ったのです。それはすばらしい経験でした。でもそれは脳裏にあった日本とは異なっていました。

――失望したのですか?

イシグロ 失望したのではありません。私が日本だと思っていたものは、あくまで長崎のことだと気づきました。それは日本の他の部分と全く違っていました。長崎の記憶は私にとっては子供の世界であり、それに「日本」という名前を与えたのです。5歳のときに離れて以来初めて長崎に着いたときは、ずっと想像していたものに近かった、すべての丘を思い出すことができたし、昔いた古い家にも行きました。近所も昔のままでした。近所の人もみんな子供のときの私のことを覚えていてくれました。私もいろいろな場所を覚えていました。幼稚園への行き方も覚えていました。幼稚園の昔の先生にも会い、近所の年寄りの人にも会いました、そうして初めて、本当の記憶が蘇ってきたのです。でももちろんほとんどの時間は京都か東京にいました。そこはまったく異国でしたね。

叔父は京都大学の教授、父は科学者

――もしずっと日本で育っていたら、小説家になっていたと思いますか。

イシグロ そうは思いませんね。家族の誰も作家になっていませんし、叔父は京都大学の教授で、国際弁護士でした。父親は科学者で、もう一人の叙父は住友のビジネスマンです。私の家族には作家のような仕事をした人は誰もいません。私が作家になったのは、私が日本からの「亡命者」であることに大いにかかわっています。そして、常に、日本人である両親の目を通してイギリスという国を見たので、自分の周りの社会とも距離を置いて育ったことにも関係があります。友人のすべてが正邪として考えていたことを、私はイギリスのネイティブの変わった風習であるとみていたのです、距離を置いて、イギリスをみていたということです。そういうことも作家になる上でプラスに働いたと思います。

――外国に住んでいる日本人の両親は、子供にバイリンガルを維持してほしいがために、日本語の学習を強要しますが、ご両親はそういうことはなかったのですか。

イシグロ 両親は決して強要しませんでしたね。恐らく当時はそれがほとんど不可能だったからだと思います。私の家族がイギリスに来たのは、1960年であることを考慮しなければなりません。我々以外に日本人はいなかったのです。日本人コミュニティがなかったのです。今日本からイギリスに来ると、日本人は日本人学校に入れるので、日本語を勉強することは可能です。でも昔は非常に難しかったのです。母親はある程度日本語を教えてくれましたが、あるとき両親は、それはよくないと決意したのでしょう。もし私が漢字やカタカナを覚えるための教育を受けていたら、歪んだものになっていたと思います。それで両親は日本語を私に押し付けなかったのです。多くの点から考えると、そのことに私は感謝しています。特に日本語の読み書きをやるとなると大変な苦労ですから。

――今日は長いインタビューに応じていただき本当にありがとうございました。

(聞き手・翻訳=大野和基/2006年5月10日、ロンドン、ヒルトンホテルにて/『文學界』2006年8月号より一部抜粋)
参照元:ノーベル文学賞 カズオ・イシグロが語った日本への思い、村上春樹のこと
村上さんとはロンドンで、ジャズの話をしました
大野 和基 2017/10/06 文春オンライン

ノーベル文学賞受賞のカズオ・イシグロさん、騒ぎの渦中で落ち着き
2017年10月6日 BBC NEWS JAPAN ウィル・ゴンパーツBBC芸術担当編集長

「ノーベル賞受賞者は、どういう服を着たらいいのかな」。自分がノーベル文学賞を受賞したと40分前に知ったばかりのカズオ・イシグロさんは5日、こう尋ねた。

「意外な」知らせだったという表現は控えめ過ぎる。文字通り、本当のことだと信じられなかったのだ。

ただし間もなく、電話が絶え間なく鳴り始め、自宅前にテレビの取材陣が整然と並び始め(「どうしてみんな僕の家を知ってるんだ?」)、版元が精鋭の応援チームを派遣してくるに至って、やっと理解したのだという。

これはフェイクニュースではないと。これは素晴らしい、びっくりするニュースなのだと。もしかして受賞にふさわしい作家はほかにもいるのかもしれないが、とイシグロさんは思った。「けれども、賞というのはそういうものだから。宝くじのようなもので」。

混沌に取り囲まれながらも、イシグロさんはゆったりと落ち着き、穏やかに思慮深く、(このインタビュー用にきちんとした上着を取りに、パッと2階に上がって戻ってきてから)、いかに物語の力を信じているかを語った。そして自分の書く物語がしばしば、無為に終わった人生や機会について探る内容になっていると。

「物語の語り方によっては、人種や階級や民族性といったバリアを超えられるはずだと、僕は常に信じてきた」

私にとっては、イシグロさんは使う言葉のくくりを問わず、世界最高峰の現役作家の一人だ。どんな作家も物語を語ることができる。イシグロさんが語る物語は、次元が違う。

イシグロさんは読者を、代替現実のような世界に引き込む。その世界は未来かもしれないし、現在かもしれないし、過去かもしれない。完全体で本物の場所のように思えるが、見知らぬ場所だ。

イシグロ作品の世界は奇妙で、必ずしも幸せな場所でない。しかし自分の居場所がみつけられる世界、親近感を感じることのできる世界で、読者は登場人物たちに深く引きつけられていく。これは作家の仕事そのものだが、彼はただほかの多くの作家よりも、これが上手なのだ。

英国にいながら日本人の家庭で育ったことは、自分の物語作りに欠かせない要素だとイシグロさんは言う。そのおかげで、周りのイギリス人とは違った視点で、世界を見ることができるようになったと。

確かに彼の作品では語り部の多くが、物語から一歩身を引いた距離感で語る。これは「表面は穏やか、表面は抑制されているという、日本の芸術の長い伝統からきている。表面の下に抑え込んだ感情の方が、より激しいという感覚がある」とイシグロさんは話す。

しかし受賞発表後に会った時、イシグロさんの感情は表面的なものだけではなかった。大喜びしていたし、それは当然の喜びだ。

カズオ・イシグロはノーベル文学賞にふさわしい受賞者だ。

(英語記事 Kazuo Ishiguro keeps calm amid Nobel Prize frenzy)
参照元:ノーベル文学賞受賞のカズオ・イシグロさん、騒ぎの渦中で落ち着き
2017年10月6日 BBC NEWS JAPAN ウィル・ゴンパーツBBC芸術担当編集長









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終わらない香港デモ -香港のマンデン図を検討する-



香港のデモが継続しており、依然として終わる気配を見せない。


中国の建国図を見れば、香港デモが今後、ずっと17年間、マハダシャー水星期の間、続いていくことが分かる。


この香港の一般市民と中国共産党との戦いは、長丁場になりそうである。


但し、この中国への民主化運動は、全ての人類が監視され自由を一切奪われる全体主義的な社会、「1984年」などに描かれた管理社会(ディストピア)への戦いとして位置づけられる。非常に象徴的なものでもある。


香港は、一国二制度の下での自治を許すという条件で、1997年7月1日 00:00にイギリスから中国に返還され、中国国内の特別行政区としての立場を得た。


この上記のタイミングで、香港のマンデン図を作成すると、以下のようなチャートとなる。






2015年8月24日からマハダシャーが火星期に移行しており、火星は9室(法律、正義)の支配星で7室(外交)に在住している。


7室の火星は戦争を表わしているが、9室の支配星としての火星は、法による統治、正義を求めるという象意がある。


デモ自体は、犯罪容疑者の中国本土への引き渡しを認める「逃亡犯条例」の改正案に反対するものだが、中国の影響力が高まり、徐々に自由が制限されるに及んで、香港市民の不満が高まっていたという背景がある。


そのことをBBC NEWS JAPANの記事が伝えている。(末尾に参考資料として引用抜粋)



これで納得できることは、マハダシャー火星期自体は、2015年8月24日から始まっていることである。


香港のデモは2019年6月から「逃亡犯条例」の改正案をきっかけに始まったが、それ以前に中国政府の香港の自治への介入に反対する機運が高まっていたと言えるかもしれない。



デモが開始された2019年6月時点で、ダシャーは火星/水星期だが、水星は4、7室支配で4室で、バドラヨーガを形成しているが、4室は民主化運動や議会などを表わすハウスであり、主に国民の意志を表わしている。


火星から見ると水星は10室でバドラヨーガを形成している為、今、世界の自由主義諸国が、この香港の民主化運動に注目しているのである。






因みに双子座はリベラルな政治理念を表わす星座であり、ウォール街、自由主義経済を追求する星座である。



香港と言えば、香港上海銀行(HSBC)などがあり、イギリスのジャーディン=マセソン商会などがいち早く進出した国際的な金融センターの一つである。



但し、アヘンの密輸と茶のイギリスへの輸出などで稼いだ資金をイギリス本国に送金する為に作ったのが香港上海銀行(HSBC)で、資本主義の黒い歴史の一つでもある。



香港市民は、このように強い双子座を持っており、自由主義経済について、強い要求がある。



それは民主主義の理念にもつながるものである。



そして、この香港市民の希望が通るようにイギリスや米国の議員が香港政府、中国政府に要望している。



これは7室の支配星が4室でバドラヨーガを形成している意味ではないかと思われる。



民主化運動に対して、外国の自由主義諸国からの支援があるのである。



つまり、外国の自由主義諸国とは、香港で金融業を行なう外国人資本家そのものだからである。



それが4室の双子座で7室支配の水星がバドラヨーガを形成する意味である。



従って、今回の香港の民主化運動は、香港市民の運動でもあり、また外国人資本家の運動でもあると考えることが出来る。



中国共産党の規制の中では、自由な商業活動が出来ない為、現在も香港で影響力を持っているジャーディン・マセソン・グループなどは、このデモを後押しすると思われる。


wikipediaによれば、ジャーディン・マセソン・グループは、香港を中心に中国・シンガポール・アメリカ・ヨーロッパ・オーストラリア・中東・アフリカの一部で活発に展開しており、香港では香港政庁に次ぐ就業者数を誇っているそうである。






現在、火星/水星期であるが、4、7室支配の水星は4室でバドラヨーガで強い配置ではあるが、6室支配の太陽がコンジャンクトして傷つけている。



これが香港政府や中国政府の民主化運動への妨害工作であると考えることが出来る。



太陽は国家権力を表わしており、政府との対立を象徴している。



そして、4室は国内の建物や道路、空港などのインフラも表わす為、それらが破壊されているのである。




この民主化運動がどうなっていくかと言えば、2022年8月23日からマハダシャーがラーフ期に移行する。




ラーフは6室に在住しており、6室は軍隊や警察を表わしており、労働者階級や労働運動、ストライキ、労働者との衝突などを表わすハウスであり、より暴力が増してくることを表わしているかもしれない。


上記の言及の中で、労働者をデモに参加する一般市民に置き換えることが出来る。



ラーフ期はディスポジターが結果を与える為、ディスポジターの太陽の配置を見るが、太陽は6室支配で4室に在住して、4室を傷つけている。



従って、デモ活動が活発化し、軍隊や警察などが出動して、更にインフラが破壊されることを表わしている。



つまり、火星期が終わって、ラーフ期の18年間が始まっても、民主化運動は一向に収まりそうもない。




これは中国の建国図で、マハダシャー水星期の17年間、そして、次のケートゥ期7年間の間、民主化運動が治まりそうもないことを表わしているのと状況的に一致している。




香港市民と中国共産党政府との戦いは、長丁場になりそうである。




マハダシャー火星期は2022年8月23日まで続くが、火星はラグナに在住する11、12室支配の土星と相互アスペクトしている。



ラグナは国民や国家の一般的な状況を表わす為、マハダシャー火星期において、それらは非常に悪くなることを表わしている。



11、12室支配の土星は、11室と12室の象意が結合したような象意を持つはずである。



従って、外国から得られる富や利得を意味しているが、それは香港の企業家や実業家などエスタブリッシュメントの利得を表わしている。



12室はそれらを損失するハウスである。



既に空港が占拠されて、欠航が生じて、航空会社に損失が発生すると共に親中国系の企業の店舗や支店なども破壊されて、それらの企業収益も失われている。



11、12室支配の土星とは、そのように香港のエスタブリッシュメントの収益や利得が失われることを意味しており、2、9室支配で7室に在住する火星と相互アスペクトしていることは、香港のデモ活動は、香港の自治区としての収益は減らすことになることを意味している。


最近、香港の富裕実業家が海外に資産逃避をしていたり、「ゴールデン・ビザ」を取得し、海外移住を視野に入れているといったニュースが見られるが、それは香港の経済を支えるエスタブリッシュメントな人々が海外に流出して、香港自体の損失につながることを表わしており、まさに11、12室支配の土星で表される象意である。



(参考資料)



【解説】 なぜ香港でデモが? 知っておくべき背景
2019年07月2日 BBC NEWS JAPAN
ヘリエ・チュン、ローランド・ヒューズ、BBCニュース

香港の立法会(議会)に突入した市民が、議場内の壁にスプレー缶でスローガンを書き、備品を壊すなど、ここ数週間で抗議デモは激しさを増している。

警察とデモ隊との衝突は7月1日、香港がイギリスから中国に返還されて22年を記念する式典が開かれている最中、立法会近くで勃発した。

この抗議活動は表面上、犯罪容疑者の中国本土への引き渡しを認める「逃亡犯条例」の改正案に反対するものだ。

だが、そこには改正案以上の理由がある。

何が起きているのかを知るには、数々の重要な、中には数十年前に端を発する文脈を見ていく必要がある。

香港は特別な場所

思い出して欲しいのは、香港が他の中国の都市と大きく違う場所だということだ。これを理解するには、歴史を振り返る必要がある。

香港はかつて、150年以上にわたってイギリスの植民地だった。香港島は1842年のアヘン戦争後にイギリス領となり、その後、イギリスは当時の清朝政府から「新界」と呼ばれる残りの地域を99年間租借した。

それからの香港は活気ある貿易港となり、1950年代には製造業のハブとして経済成長を遂げた。また、中国本土の政情不安や貧困、迫害などを逃れた人たちが香港に移り住むようになった。

99年の返還期限が迫った1980年代前半、イギリスと中国政府は香港の将来について協議を始める。中国の共産党政府は、返還後の香港は中国の法律に従うべきだと主張した。

両国は1984年に、「一国二制度」の下に香港が1997年に中国に返還されることで合意した。香港は中国の一部になるものの、返還から50年は「外交と国防問題以外では高い自治性を維持する」ことになった。

返還後の香港は香港特別行政区となり、独自の法制度や国境を持つほか、表現の自由などの権利も保障されている。例えば、中国国内にありながら1989年の天安門事件について市民が追悼できる、数少ない場所となっている。

……だが、状況は変わってきている

香港にはなお、中国本土にはない自由がある。しかし、それも徐々に減っていると指摘する声もある。

人権団体は、高等法院が民主派議員の議員資格を剥奪(はくだつ)したなどの事例を挙げ、中国政府が香港の自治に介入していると批判する。香港の書店員が次々と姿を消した事件や、ある富豪が中国本土で拘束されていることが分かった事件なども懸念を呼んでいる。

アーティストや文筆家は、検閲の圧力にさらされていると話す。英経済紙フィナンシャル・タイムズの記者が香港独立を目指す活動家を招いたイベントの司会をしたところ、香港への入国を拒否された。

もうひとつ問題となるのが、民主化だ。

香港政府トップの行政長官は現在、1200人からなる選挙委員会で選出される。この人数は有権者の6%に過ぎず、その構成はもっぱら中国政府寄りだ。

立法会の70議員全員が香港の有権者に直接選ばれているというわけではない。議席の大部分は、親中派の議員が占めている。有権者によって選ばれた議員の中には、忠誠の誓い(「中華人民共和国香港特別行政区への忠誠」というもの)を正しく述べることを拒否したり、「香港は中国ではない」と書かれた旗を掲げたりしたことで、議員資格を剥奪された者もいる。

香港の憲法ともいえる「香港特別行政区基本法」では、行政長官は究極的にはこれよりも民主的な方法で選ばれるべきだとしている。しかし、もっと民主的な方法とはどうあるべきかについては、様々な意見がある。

中国政府は2014年、親中的な選挙委員会が選んだ候補者の中から有権者が行政長官を選ぶ案を発表したが、「見せかけの民主主義」だという批判が集まり、議会で却下された経緯がある。

基本法の期限が切れるのは28年後の2047年。それ以降に香港の自治がどうなるのかは不透明だ。

香港人は自分たちを中国人とは思っていない

香港に住む人の大半は民族的には中国人で、香港は中国の一部だが、香港人の大半は自分たちを中国人とは思っていない。

香港大学が行った調査によると、ほとんどの人が自分は「香港人」だと考えており、自分は「中国人」だという人はわずか15%だった。

この差は世代が若くなるほど大きくなる。2017年の調査では、18~29歳の回答者うち自分は中国人だと答えたのはたった3%だった。

なぜ中国人だと思わないのかという質問には、自分たちは法的にも、社会的にも、文化的にも違うという答えが寄せられた。また、香港は150年もの間、中国とは切り離された植民地だったという事実も理由に挙がった。

さらに、近年では中国本土に対する反感が高まっている。失礼な中国人観光客が地元のルールを無視したり、観光客の増加で物価が上昇したことなどへの反発だ。

中国からの独立を訴える若い活動家もおり、これが中国政府を警戒させているようだ。

今回の抗議デモの参加者は、逃亡犯条例の改正案が通ってしまえば、中国政府による香港統治が迫ると考えている。

抗議運動に参加したマイクさん(18)はBBCの取材に対し、「この改正案が可決されれば、香港は他の中国の都市と同じになってしまう」と話した。

香港の人々は抗議の方法を知っている

2014年12月に発生した反政府デモ「雨傘運動」の残党を警察が排除した時、参加者たちは声をそろえて「私たちは戻ってくる」と宣言した。

実際、こうして抗議デモが再び行われていることは驚くに値しない。香港には抗議の歴史がある。それはここ数年という短い期間ではなく、もっと長い歴史だ。

1966年には、香港のヴィクトリア・ハーパーで運航されているスターフェリーの値上げをめぐって抗議デモが行われた。参加者はやがて暴徒化し、夜間外出禁止令が敷かれ、何千人もの警察官が街に配備された。

返還後の1997年以来、抗議運動はたびたび行われているが、最近では政治的なものほど規模が大きくなる傾向にあり、参加者と中国政府の間にあつれきが生まれている。

香港人はある程度の自治を持っているものの、選挙では自由が制限されている。デモは自分たちの声を聞いてもらう数少ない手段だ。

2003年には50万人が参加したデモで安全保障法案が却下された。普通選挙権を求めるデモや天安門事件の追悼集会は、毎年の恒例行事となっている。

2014年のデモは数週間にわたって続き、香港人が自分たちで行政長官を決める権利を求めていることが浮き彫りになった。しかし中国政府からの譲歩はなく、このデモも失敗に終わった。

(英語記事 The background you need on the Hong Kong protests)
参照元:【解説】 なぜ香港でデモが? 知っておくべき背景
2019年07月2日 BBC NEWS JAPAN
ヘリエ・チュン、ローランド・ヒューズ、BBCニュース

香港デモ、スタバや吉野家を襲撃 でも何で?
2019年10月11日 BBC NEWS JAPAN

ガラスが割られ、炎が上がり、バリケードが破壊される――。香港で続く反政府デモはここ数日、無秩序な状態に陥っているように見える。

しかし多くのデモ参加者たちは、暴力が続く中で、襲撃する施設を意図的に選んでいる。それはスターバックスであり、元気寿司であり、吉野家であり、その他の 特定の店舗、そして地下鉄だ。

でもなぜスターバックスなのか。どうして元気寿司なのか。

中国の大企業は狙われやすい

香港は複雑だが、大きく2つに分けられる。デモおよび反中国政府の姿勢を支持する人と、親中国政府の立場を取る人だ。

平和的だった抗議行動が破壊や落書きをともなうものに変化したとき、デモ参加者のターゲットとなったのは中国本土系の大企業だった。例えば中国銀行や、家電 メーカーの小米科技(シャオミ)だ。

ただ、もう少し目立たない店も狙われている。

スターバックスが襲われるわけ

スターバックスはアメリカのコーヒーチェーンだ。しかし香港では、地元の外食大手・美心食品(Maxim's Caterers)がフランチャイズ展開している。

この会社の創業者の娘、伍淑清(アニー・ウー)氏は9月11日、香港の女性団体(Hong Kong Federation of Women)の代表として国連人権委員会に出席。香港のデ モを、「少数の過激な抗議者」が「組織的、計画的な暴力行為」をしていると批判した。

これがデモ参加者たちを逆なで。スターバックスはデモ参加者たちの怒りの矛先のひとつとなった。

美心食品は、スターバックス以外にも、いくつかの海外有名外食チェーンも運営している。そのリストに含まれているのが、日本の元気寿司と、東海堂(アローム ベーカリー)だ。

そのため両方とも、デモ参加者の攻撃の的となった。

美心食品は、伍氏は同社の経営に関与していないとの声明を出したが、いまのところ効果はみられていない。

吉野家の事情

牛丼チェーンの吉野家も、攻撃対象となっている。

これも、香港でフランチャイズ展開する企業の代表者が、香港の警察と政府を支持すると表明したのがきっかけだ。

吉野家の店舗では窓ガラスが割られ、壁いっぱいに落書きがされている。

まぎらわしい店舗も

中国本土と関係があると間違って認識され、デモ参加者の怒りが向けられている店もある。

上海商業銀行は、屋号からは中国本土の企業のように思えるが、じつは香港の企業だ。

台湾が本拠の一芳(台湾水果茶)も、中国本土と関係があると一部で誤解されている。

ともにデモ参加者に襲撃されたが、その後、襲撃した人たちは謝罪を表明。自分たちで後片付けをした。

こうした混同を防ぐため、デモ参加者は色による識別システムを開発。ネット上で黒、赤、青の色分けをし、叩きのめす店、スプレーで汚す店、単にボイコットす る店に区別をしている。デモを支持する店は黄色で示している。

香港の地下鉄は、香港政府が最大の株主。8月中旬に中国国営メディアから、「反乱者」を助けていると批判されて以来、デモの際にはいくつかの駅を閉鎖するな どしている。

そのためデモ参加者は、地下鉄も施設の一部を破壊したり、放火したりするなど攻撃対象にしている。

(英語記事 Why Starbucks? The brands attacked in Hong Kong)
参照元:香港デモ、スタバや吉野家を襲撃 でも何で?
2019年10月11日 BBC NEWS JAPAN

「体はつぶされ骨は粉々に」と習国家主席が分断勢力に警告 香港でデモ続く
2019年10月14日 BBC NEWS JAPAN

ネパールを訪問中の中国の習近平国家主席は13日、中国を分断しようとする者は「体はつぶされ、骨は粉々に」されると警告した。習主席は特定の地域に言及して いないが、反政府・民主化デモの続く香港への警告と受け止められている。

中国外務省の14日の発表によると、習主席は「どの地方でもそれを中国から分断させようとする者は、敗れる。体は押しつぶされ、骨は粉々になる」と述べた。

習主席はこれまで、香港情勢に直接言及していない。それだけに今回の発言は、異例かつ強力な警告と位置づけられる。

北京の政府はこれまで、香港警察だけでデモ対応は十分だと話している。しかし、抗議に参加する人たちは、中国軍投入の可能性を懸念している。ただし、1989年 の天安門事件のような武力鎮圧を中国政府がまた実施すると考える人は少ない。

香港では13日にもデモが行われた。多くは平和的な行進だったものの、警察との衝突に発展した抗議活動もあった。

香港で大規模な反政府デモが4カ月前に連続するようになって以来、中国政府は「外部勢力」の影響を批判し、米英による中国の内政干渉だと反発している。

また、親中派とされている企業が経営する店舗や交通機関も襲撃されている。13日の午後の時点では、香港地下鉄で少なくとも27カ所の駅が閉鎖された。

警察は「最小限の人員」でデモ参加者に対応しているとしているが、テレビで放映された映像では、週末の買い物客が衝突に巻き込まれている様子が映されている 。

警察がショッピングセンターになだれ込む中、叫んだり、けがをしている人の姿もみられた。

ロイター通信によると、ひとつのショッピングモールでは、デモ参加者を支援する買い物客たちが歌を歌い、盾を持った武装警察を外に追い出したという。

旺角の警察署には火炎ビンが投げ入れられたほか、警官1人が首を切られる傷を負った。香港の英字紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストによると、この警官 は病院に運ばれ、状態は安定しているという。

また、別の男性がかばんに警棒を入れていたとしてデモ参加者に殴られたとの報道もある。この男性はデモ参加者に扮装した警察官だったとみられている。

デモ参加者に警官を紛れ込ませる戦略は香港政府側に奏功している一方、若者中心のデモ参加者には動揺が広がっている。

「自由の女神」がお披露目

13日夜にはひとつの抗議グループが、香港の街を見下ろす獅子山に高さ3メートルの像を建てた。

「自由の女神」と名付けられたこの像はガスマスクとゴーグル、ヘルメットを被り、デモ行進の象徴となっている。また、抗議運動のスローガン「光復香港・時代 革命(香港を解放せよ・革命の時代だ)」と書かれた旗を持っている。

この像は、警察の発砲によって目を負傷したと伝えられている女性がモデルになっているという。

香港のデモは、犯罪容疑者の中国本土引渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改定案をめぐって6月に始まった。香港の法的独立性がが損なわれるとの懸念から、多 くの市民が抗議デモに参加した。

政府は9月に改正案を完全撤回したものの、デモ参加者は民主化や警察の暴力行為への捜査などを求め、抗議活動を継続している。

10月には林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が、植民地時代の緊急状況規則条例(緊急条例)を発動し、デモ参加者のマスクや覆面の着用を禁止する「覆面禁止 法」を制定。しかし、デモ参加者はこれに従っていない。

抗議活動が始まってからこれまでに2300人以上が逮捕されている。

(英語記事 Try to split China and get 'shattered bones' - Xi)
参照元:「体はつぶされ骨は粉々に」と習国家主席が分断勢力に警告 香港でデモ続く
2019年10月14日 BBC NEWS JAPAN

【香港デモ】 富裕層が「ゴールデン・ビザ」取得 海外移住視野に
2019年10月4日 BBC NEWS JAPAN
ヴァージニア・ハリソン BBCニュース

反政府デモが長期化して将来に暗い影を落とす中、香港の富裕層の間で、他国の居住権や市民権を取得しようとする動きが広まっている。

世界の多くの国では、一定額の投資や不動産購入などを条件に、居住権や市民権を与える「ゴールデン・ビザ」を導入している。

移住の手続きなどをする複数の企業によると、デモが始まって以降、こうしたゴールデン・ビザに関心を示す香港人が急増した。香港人は、現在の混乱の解決策が見つからない中、いざという時の「保険」を探し求めているという。

今年6月、 刑事事件の容疑者を香港から中国本土へ引き渡せるようにする「逃亡犯条例」改定案をめぐり、抗議が始まった。

香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が9月に改定案を完全撤回したものの、デモが収束する気配はなく、数カ月にわたり香港を揺るがし続けている。

そうした背景から、投資ビザを検討する香港人が急増していると、複数の企業がBBCに述べた。

「ゴールデン・ビザ」

ゴールデン・ビザのような仕組みは世界中に存在する。とりわけその中心となっているのが欧州やカリブ海沿岸諸国だ。通常、ビザ発給国は、移住希望者に対して不動産や国債の購入、あるいは一定額以上の投資を条件としている。

投資額は、最も少ないカリブ海のアンティグア・バーブーダの10万ドル(約1700万円)から、キプロスの200万ユーロ(約2億3400万円)の不動産投資まで、さまざまだ。

将来の「保険」のため

香港に拠点を置く移住コンサル会社「ジョン・フー移住コンサルティング」によると、6月以降、売り上げや、香港市民からのゴールデン・ビザに関する問い合わせが4倍になっているという。

同社創業者のジョン・フー氏は、数カ月におよぶ混乱が駆け込みの「要因」になっていると述べた。

「デモがより暴力的になる中で、香港政府は現状の打開にむけて大して努力していないように見える。だから市民は将来への『保険』を確保しなければという衝動に駆られている」

欧州連合(EU)内での移動の自由が認められていることや、最低限度の居住条件でビザが取得できることから、ほとんどの人が、アイルランドやポルトガル、マルタ共和国といったヨーロッパ諸国に魅力を感じているという。

同コンサル会社ではデモ開始以降、アイルランドへの新規ビザ申請を30件以上行った。50万ユーロ(約5800万円)の寄付あるいは100万ユーロ(約1億1700万円)のアイルランド企業への投資が条件だ。

デモの激化で「プランB」検討

別の移住コンサル会社「アートン・キャピタル」では、香港市民からの問い合わせ件数が「デモが始まってから2倍以上」になったという。

「香港市民の間では、不動産が比較的安価なポルトガルが非常に人気だ。(中略)香港の不動産価格はとてつもなく高額なので」と、同社のアジア太平洋地域オフィス代表のフィリップ・メイ氏は言う。

メイ氏によると、客はゴールデン・ビザを検討する理由を明かさないものの、「ここ数カ月のデモの激化によって、『プランB(代替案)』に改めて注目していることは一目瞭然だ」としている。

ゴールデン・ビザ取得の全体数は小規模のままだ。アートン・キャピタルでは、富裕層のみを対象としていることから、年間で最大1000件の申請を扱っている。

超富裕層ランキング15位

いまも、ゴールデン・ビザへの申請資格を持つ香港市民は数多くいる。アジアの金融の中心である香港には、富裕層が集中している。

スイス投資銀行のクレディ・スイスによると、市内で暮らす富豪の数は、2018年時点で17万9000人にのぼる。同銀行の超富裕層(金融資産5億円以上)ランキングでは、香港は15位だった。

香港市民をゴールデン・ビザへとひきつけるている要因は、香港デモだけではない。

居住や市民権を専門に扱う英顧問会社ヘンリー・アンド・パートナーズも、今年6月の抗議開始以降、香港からの投資ビザに関する問い合わせ件数が跳ね上がったと指摘する。

同社広報担当のパディ・ブリュワー氏によると、「香港市内でのデモが激化し、先行きへの不安が続く中」、問い合わせが急増したという。

「前四半期と比べると(中略)中国籍の人や香港市内の投資家からの問い合わせが260%増加した」

一方で、国内問題はこの現象の一要因にすぎないと、ブリュワー氏は付け加えた。

多くの香港市民は、旅行の容易さや国外投資、あるいは留学といった、ほかの客と同様の理由から、他国での居住権や市民権を求めているという。

「香港市民は資金を調達し、自分が投資したい場所へ投資し、自分が住みたい場所で暮らそうとしている。世界のほかの地域へ行くために(中略)自分の子供たちを他の大学へ通わせたがっている」

(英語記事 Hong Kong's rich chase golden visas amid unrest)
参照元:【香港デモ】 富裕層が「ゴールデン・ビザ」取得 海外移住視野に
2019年10月4日 BBC NEWS JAPAN
ヴァージニア・ハリソン BBCニュース

香港の富裕実業家が海外に資産逃避、逃亡犯条例を懸念
2019年6月17日 / 12:42 / 4ヶ月前 Greg Torode Reuters

[香港 14日 ロイター] - 銀行家や法律専門家によると、香港の富裕な実業家が中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案への懸念を強め、個人資産を海外に移す動きが始まっている。

こうした動きに関与した助言サービス関係者によると、ある大物実業家は法改正で政治的リスクが自らに及び得ると考え、1億ドル余りを香港のシティバンクの口座からシンガポールのシティバンクの口座に移し始めた。同様の例をほかにも耳にしているが、いずれも目立たないように行われているという。

逃亡犯条例は、香港市民だけでなく香港に居住したり旅行で通過したりする外国人や中国籍の人間を対象にしており、香港の金融センターの地位を支える法の支配を脅かしかねないとの懸念が異例な広がりを見せている。条例が成立すれば、中国本土の裁判所が香港の裁判所に要請して、中国本土での「犯罪」に関連したと見なす資産を凍結したり押収したりできるようになる。

国際展開している香港の銀行のプライベートバンキング部門トップも、顧客が資金を香港からシンガポールに移していると指摘。「彼らは中国本土の顧客ではなく、香港の富裕な顧客だ。香港の情勢は混乱している」と述べた。「香港の富裕層は、林鄭月娥行政長官や中国の指導部が逃亡犯条例による経済的損失を理解できないほど愚かなことを見過ごせないのだ」

香港とシンガポールはアジア随一の金融センターとしての地位を巡って激しく争っている。クレディ・スイスの2018年のリポートによると、香港は個人資産1億ドル以上の資産家が853人と、シンガポールの2倍以上だった。
参照元:香港の富裕実業家が海外に資産逃避、逃亡犯条例を懸念
2019年6月17日 / 12:42 / 4ヶ月前 Greg Torode Reuters

香港の富裕層、コッソリ海外に資産移動 逃亡犯条例を懸念?
2019年6月17日(月)13時09分 Newsweek (ニューズウィーク日本版)

銀行家や法律専門家によると、香港の富裕な実業家が中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案への懸念を強め、個人資産を海外に移す動きが始まっている。

こうした動きに関与した助言サービス関係者によると、ある大物実業家は法改正で政治的リスクが自らに及び得ると考え、1億ドル余りを香港のシティバンクの口座からシンガポールのシティバンクの口座に移し始めた。同様の例をほかにも耳にしているが、いずれも目立たないように行われているという。

逃亡犯条例は、香港市民だけでなく香港に居住したり旅行で通過したりする外国人や中国籍の人間を対象にしており、香港の金融センターの地位を支える法の支配を脅かしかねないとの懸念が異例な広がりを見せている。条例が成立すれば、中国本土の裁判所が香港の裁判所に要請して、中国本土での「犯罪」に関連したと見なす資産を凍結したり押収したりできるようになる。

国際展開している香港の銀行のプライベートバンキング部門トップも、顧客が資金を香港からシンガポールに移していると指摘。「彼らは中国本土の顧客ではなく、香港の富裕な顧客だ。香港の情勢は混乱している」と述べた。「香港の富裕層は、林鄭月娥行政長官や中国の指導部が逃亡犯条例による経済的損失を理解できないほど愚かなことを見過ごせないのだ」

香港とシンガポールはアジア随一の金融センターとしての地位を巡って激しく争っている。クレディ・スイスの2018年のリポートによると、香港は個人資産1億ドル以上の資産家が853人と、シンガポールの2倍以上だった。

Greg Torode
参照元:香港の富裕層、コッソリ海外に資産移動 逃亡犯条例を懸念?
2019年6月17日(月)13時09分 Newsweek (ニューズウィーク日本版)

富裕層が香港から海外に脱出-最も移住したい場所は米国にあらず
Ben Steverman、Shawna Kwan、Natalie Wong
2019年10月9日 15:20 JST Bloomberg

香港で今夏に抗議デモが激化する中、ロサンゼルスの弁護士バーナード・ウォルフスドルフ氏は、米国に「新たな移民の波」が押し寄せると予想した。そ のため中国に出張し、香港の移民アドバイザーと面会した。

  アドバイザーらは期待し過ぎないよう同氏にくぎを刺した。

  「私が聞いた話によれば、多くの人が香港を離れるものの、米国は第1の目的地ではない」とウォルフスドルフ氏は話す。「現時点で米国は最も望ま しい選択肢と見なされていない」と述べた。

世界で情勢が悪化すると、米国は特に富裕層にとって伝統的に安全と安心を提供する避難先としての役割を果たしてきた。米国に移住している香港市民の 数は既に中国本土以外では最多である上に、最近のデータはさらに多くの人が香港を去ろうと考えていることを示唆している。公式データによると、重要 な海外移住書類である「善良な市民権」文書の申請は過去1年間で54%増加している。

  ただ、米国での移民に反対する政治的発言や、注目を浴びる銃撃事件の発生、近く予定されている投資家向け査証(ビザ)プログラムの改定を受け、 香港の海外移住希望者は、オーストラリアやカナダ、シンガポール、台湾など他の選択肢を検討している。

  香港で抗議運動が始まる前でさえ、米国は魅力を失いつつあった。香港中文大学による昨年12月の調査によると、香港市民の3分の1が海外移住を検 討していると回答。最も人気のある目的地はカナダとオーストラリアで、回答者の割合はそれぞれ少なくとも18%だった。その次が台湾の11%、シンガポ ールの5%。米国が第1希望との回答は2.9%だった。
参照元:富裕層が香港から海外に脱出-最も移住したい場所は米国にあらず
Ben Steverman、Shawna Kwan、Natalie Wong
2019年10月9日 15:20 JST Bloomberg





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台風19号の被害と日本のマンデン図 その2



今回の台風19号が、日本のマンデン図でチャラダシャーを適用して非常によく機能しているので、過去の国土の災害についても改めて検証してみたい。



東日本大震災 2011年3月11日 ー 津波、原発メルトダウン-

西日本水害 2018年7月6日~7日 ―土砂崩れ、河川決壊 ―

台風15号 2019年9月9日 -千葉での大規模停電等-

台風19号 2019年10月12日 -河川決壊多数-




私は前回記事で、魚座、双子座、乙女座、射手座などの変通星座のダシャーが来た時に日本の国土に問題が生じると考えた。






例えば、東日本大震災の時(2011年3月11日)、ダシャーは魚座/双子座(2011年2月26日~2012年1月27日)である。



魚座も魚座から見た4室も双子座も双子座から見た4室も土星や逆行の火星にアスペクトされて傷ついている。


※因みに逆行の惑星が一つ前の星座からアスペクトするという原理はジャイミニスキームにも適用できる。


そして、魚座と魚座から見た4室や双子座と双子座から見た4室には、MKも在住したり、アスペクトしているが、MKは国土を意味する為、ダシャーの星座そのものや、ダシャーの星座から見た4室にMKがアスペクトする場合、日本の国土に関する何かが起こるという意味である。(そしてその4室が傷ついている為、傷ついた国土に関する出来事が起こったと考えることが出来る)


特に双子座から見た4室乙女座に土星が在住し、逆行の火星が絡んでいるが、これはまさにメルトダウンした原発を意味している。


前回記事で書いた通り、この傷ついた乙女座の象意というものが、原発の事故の象意として現れたのである。



因みに更にサブサブダシャーも見ると、魚座/双子座/牡牛座である。


牡牛座から見た4室はケートゥが在住し、火星がアスペクトして、土星が逆行して絡んでいる。


従って、牡牛座から見た4室も傷ついていると言うことができる。






因みにヴィムショッタリダシャーでは、土星/木星期であるが、土星は2、3室支配で4室にアスペクトして4室を傷つけており、3-4の絡みは国土の損失(3室が4室から見た12室目(損失)であるため)を表わす絡みである。


木星は12室支配の火星から傷つけられた4室の支配星である。


また月から見ると木星は8、11室支配で、12室支配の火星と共に4室支配の太陽を傷つけている。



ナヴァムシャを見ると、これはよく現れているが、木星は4室の支配星で6室に在住し、ラーフ/ケートゥ軸、土星と絡んで傷ついているが、木星は6、11室支配の金星と星座交換して、4-6の絡みを生じている。


つまり、4室の支配星が6室の支配星と星座交換して、減衰するケートゥや土星とコンジャンクトして傷ついており、完全に国土の災害を表わしている。



2018年7月6日~7日の西日本の水害は、魚座/水瓶座/魚座の時期であった。


サブダシャーは、水瓶座だが、サブサブダシャーは、魚座である。




また2019年9月9日の台風15号は、魚座/魚座/蟹座である。


因みに蟹座から見た4室には逆行の火星が在住し、逆行の土星が一つ前の獅子座からジャイミニアスペクトし、ラーフ、ケートゥもアスペクトして4室は激しく傷ついている。


蟹座の場合でも4室は激しく傷ついている。




次の2019年10月12日の台風19号は、魚座/魚座/獅子座である。


獅子座は、月から見た4室で、ケートゥが在住して傷ついており、火星がアスペクトし、逆行の土星も絡んで傷ついている。


従って、獅子座の場合も4室の象意が傷ついているということが出来る。



但し、これらの台風15号と19号の場合は、メジャーダシャーとサブダシャーのレベルで、魚座が続いている為、その点で、傷ついた4室の象意が激しく顕現したと考えることが出来る。


















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台風19号の被害と日本のマンデン図


*台風15号の10倍の大きさと言われた台風19号


2019年10月12日~13日にかけて関東を直撃した台風19号は、37河川52か所で堤防が決壊し、 住宅約8000棟で浸水被害があり、58人が死亡し、14人が行方不明で、けが人が211人出るなどの大きな被害をもたらした。


上陸前から台風19号は15号の10倍の大きさで、広範囲で長期間大荒れするとの見通しがニュースを通じて伝えられていたが、実際、大きな被害をもたらすこととなった。



これは先日の台風15号で言及した今年のヒンドゥーニューイヤーチャートで、同じように説明することが可能である。






乙女座ラグナで、射手座4室が土星、火星、ラーフ/ケートゥ軸で、4室と4室の支配星が激しく傷ついている。


そのため、2019年は台風の被害を2回も受けたのである。


台風が関東に直撃した2019年10月12日は、トランジットの火星も射手座4室にアスペクトしており、土星、火星、ラーフ/ケートゥ軸が、出生の4室と4室の支配星に絡んでいることが分かる。






今回の台風19号では、台風が関東に直撃した2019年10月12日~13日にかけて、トランジットの月は魚座を通過していた。


これを見て、日本の建国図の4室であることを思い出した。


それと同時にチャラダシャーでジャイミニアスペクトを検討する場合、日本の建国図の4室にラーフ、ケートゥ、土星、火星、太陽など、全ての凶星がアスペクトしている。


そして月がちょうど4室魚座にトランジットしたタイミングで、この台風による甚大な被害が出たのである。


これは元々日本の建国図の4室で形成される国土の自然災害のカルマが、月のトランジットや凶星のアスペクトがトリガーとなって現象化したと考えることが出来る。






日本のマンデン図をジャイミニスキームで見ると、MK(4室の支配星に相当)が4室で減衰し、土星と逆行の火星からアスペクトされて激しく傷ついている。


また4室は8室のパダ(8P)となっている。


8室は災難や破局を表わすハウスであり、4室が8Pになって、4室と8室が絡むと、国土の災害や破局を表わしているが、4室は水の星座であり、水星が減衰しているので、それで河川の堤防が決壊するなどの水害が多くなると考えることが出来る。


因みにこの台風15号や台風19号の被害があった現在、チャラダシャーは魚座/魚座の時期(2019年5月28日~2020年4月27日)であった。


まさにこの魚座4室に現れている4室の傷つき、すなわち、国土の自然災害(主に水害)が噴き出すタイミングであったのである。



そして、更に考えてみると、魚座のメジャーダシャーになったのは、2009年4月27日以降である。



それ以降、私が覚えているだけでも国土の自然災害を以下のように列挙できる。



東日本大震災 2011年3月11日 ー 津波、原発メルトダウン-

西日本水害 2018年7月6日~7日 ―土砂崩れ、河川決壊 ―

台風15号 2019年9月9日 -千葉での大規模停電等-

台風19号 2019年10月12日 -河川決壊多数-




これらは全て、チャラダシャーが魚座のメジャーダシャーに移行してから起こったのである。



特に2011年3月11日の東日本大震災での津波が原因となった原発のメルトダウンだが、これはおそらく乙女座から魚座にアスペクトする土星、そして更に逆行の火星が乙女座から魚座にアスペクトする象意である。


乙女座は、タマスな星座であり、乙女座に在住する土星や火星は、プルトニウムなどの有害物質を扱うような非常に危険な物質科学を表わしている。


因みに今回の台風19号でも東日本大震災時の原発事故後の除染作業で集められた放射性廃棄物が詰められた袋が流されるというショッキングなニュースも伝えられている。


福島で川に除染廃棄物が流出 田村市の仮置き場、台風19号
2019年10月13日 20時43分 共同通信

 福島県田村市は13日、東京電力福島第1原発事故後の除染で出た放射性物質を含む廃棄物の仮置き場が台風19号の大雨による洪水に遭い、廃棄物を詰めた袋「フレコンバッグ」が古道川に流出したと明らかにした。流された数は調査中。これまで10袋を回収したが、いずれも中身は袋から出ていないと説明している。

 市によると、現場は田村市都路町岩井沢の仮置き場。1袋は最大1.3トンほどで、2667袋を保管していた。

 各袋に番号がふってあり、今後、流出した袋の数や中身を特定する。古道川は高瀬川と合流し、浪江町から太平洋に注いでいる。


東日本大震災時の災害が、今だに続いていることを思い出さずにはいられない。これらの災害には連続性があるのである。



つまり、このチャラダシャー魚座の2009年4月27日~2020年4月27日の11年間は、日本の国土が徹底的に自然災害を被ることを表わしていたのである。




そのように考えると、自然災害であっても日本のマンデン図に示されたカルマなのだということが理解できる。



サンフランシスコ平和条約の発布時のチャートの中に予定調和的に日本の国家としての民族としてのカルマが刻み込まれたとした考えようがない。






ルドルフ・シュタイナーが民族魂とか民族のカルマといったことを述べているが、これだけチャートに現れていることが明らかに生じるのであれば、そういうものがあると考えざるを得ない。




因みに2020年4月27日以降は、水瓶座のメジャーダシャーに移行するが、最初は水瓶座/魚座(~2020年9月26日)であるため、まだサブダシャーのレベルで魚座が続いている。



この魚座に見られる4室の傷つきは、魚座の時期や、射手座の時期(射手座から見て4室に魚座が位置する)にやってくると考えられる。



更に言えば、双子座の時期や乙女座の時期にもやってくる可能性がある。




日本のマンデン図においては、国土の災害が4室に現れており、また10室に土星が在住していることで表しているのは、日本の労働者の働き過ぎ、過労などではないかと考えられる。



日本のマンデン図は、国民が長時間労働である国家を表わしているのである。








これも災害、災難の一つに数えられるかもしれない。




従って、日本のマンデン図では、こうした魚座と乙女座、そして、これらの星座に在住する惑星とジャイミニアスペクトする乙女座や双子座も含めた変通星座のダシャーが来た時に不運を経験しやすいと言える。



もう直ぐ、水瓶座のメジャーダシャーが来るため、こうした国土の災害は終息していくかもしれないが、水瓶座のメジャーダシャーに移行すると、ラグナロードの土星が8室に在住する配置となる。


ラグナは国家の一般的な状態を表わし、全体としての国家の状態を表わしており、そのラグナロードの土星が8室に在住しているというのは非常に不安定である。



8室には国家の統治者、大統領、総理大臣の死という象意があり、水瓶座にはGKの太陽がアスペクトし、水瓶座から見た10室にもアスペクトしている。



例えば、安倍政権が終わり、次の政権に移行した時に政治が混乱することを表わしているかもしれない。



それと共に水瓶座のラーフは、共産主義や社会主義を表わす為、日本の明治維新の時から日本を支配してきた権力者の最後の系譜である安倍晋三が退場する時、日本は社会主義に傾倒することを意味するかもしれない。


水瓶座のラーフは、これまで経験して来た所では、リベラル左翼、社会主義、共産主義などを表わし、そうしたリベラル勢力の激しい要求を表わしている。



来年2020年の4月27日以降から5年間続く為、この期間に何が起こるか要注目である。








(参考資料)



台風19号 堤防決壊は37河川52か所
2019年10月14日 23時20分 NHK NEWS WEB

台風19号による豪雨で川の堤防が壊れる「決壊」が発生したのは、14日夕方の時点で、7つの県であわせて37河川の52か所に上ることが国土交通省の調査で分かり ました。

国管理の河川

国が管理する河川で堤防の決壊が確認されたのは、7つの河川のあわせて12か所です。
▽阿武隈川が福島県須賀川市浜尾で1か所、
▽吉田川が宮城県大郷町粕川で1か所、
▽都幾川が埼玉県東松山市早俣で1か所、
▽越辺川が埼玉県東松山市正代と川越市平塚新田でそれぞれ1か所、
▽那珂川が茨城県那珂市下江戸、常陸大宮市野口と伊勢畑でそれぞれ1か所、
▽久慈川が茨城県常陸大宮市の富岡、塩原、下町でそれぞれ1か所、
▽千曲川が長野市穂保で1か所決壊しました。

これらの12か所については、さらに川の水があふれ出ないように、コンクリート製のブロックを設置し、水を遮るシートで覆うといった応急的な補修工事を行って るということです。

県管理の河川

また、7つの県が管理する合わせて32河川40か所でも、堤防の決壊が確認されています。

福島県は14河川です。
▽阿武隈川が矢吹町で2か所、
▽広瀬川が伊達市で1か所、
▽滝川が国見町で1か所、
▽濁川が福島市で1か所、
▽安達太良川が本宮市で1か所、
▽社川が白河市と棚倉町でそれぞれ1か所、
▽藤川が会津美里町で1か所、
▽三滝川が新地町で1か所、
▽宇多川が相馬市で2か所、
▽南相馬市では太田川、小高川、前川、川房川でそれぞれ1か所、
▽夏井川が、いわき市で3か所決壊しているのが確認されました。

宮城県は5河川です。
▽渋井川が大崎市古川渋井で、
▽砂押川が利府町沢乙で、
▽照越川が栗原市築館で、
▽荒川が同じく栗原市築館で、
▽石貝川が登米市津山地区でそれぞれ1か所決壊しました。

茨城県では
▽藤井川が水戸市、藤井町で2か所決壊しました。

栃木県は8河川です。
▽秋山川が佐野市赤坂町と大橋町でそれぞれ1か所、
▽荒川が那須烏山市藤田と三箇でそれぞれ1か所、
▽蛇尾川が大田原市北大和久で、
▽黒川が壬生町上稲葉で、
▽荒井川が鹿沼市野尻で、
▽三杉川が栃木市下岡で、
▽思川が鹿沼市久野で、
▽出流川が足利市奥戸町で、それぞれ1か所決壊しました。

埼玉県では
▽都幾川が東松山市神戸で1か所、
▽新江川が東松山市古凍で1か所決壊しました。

新潟県では▽矢代川が上越市西田中で1か所決壊しました。

長野県では▽志賀川が佐久市で1か所決壊しました。

越水などによる氾濫 延べ181河川

このほか、国が管理する河川で堤防からの越水などによる氾濫が確認されたのは

▽阿武隈川
▽多摩川
▽千曲川
▽鬼怒川
▽吉田川など合わせて22河川です。

また、都や県が管理する河川では、

▽青森県で1河川、
▽岩手県で3河川、
▽宮城県で16河川、
▽福島県で30河川、
▽山形県で4河川、
▽茨城県で18河川、
▽群馬県で2河川、
▽栃木県で23河川、
▽埼玉県で23河川、
▽東京で5河川、
▽神奈川県で3河川、
▽山梨県で5河川、
▽新潟県で5河川、
▽長野県で14河川、
▽静岡県で27河川、
▽三重県で2河川と、

16都県の181河川で越水などによる氾濫が発生し、浸水被害が起きています。

参照元:台風19号 堤防決壊は37河川52か所
2019年10月14日 23時20分 NHK NEWS WEB

台風19号 58人死亡 14人行方不明 211人けが
2019年10月14日 20時51分 NHK NEWS WEB

NHKが各地の放送局を通じてまとめたところ、台風19号の被害によって亡くなった人は、全国で合わせて50人を超え、58人となりました。また、14人が行方不明 になっています。

死亡したのは、
▽福島県で18人、
▽神奈川県で12人、
▽宮城県で10人、
▽栃木県、群馬県でそれぞれ4人、
▽埼玉県、静岡県、岩手県、長野県でそれぞれ2人、
▽茨城県、千葉県で1人です。

また、神奈川県や福島県など6つの県で、14人が行方不明になっています。

このほか、32の都府県で211人が、けがをしています。
参照元:台風19号 58人死亡 14人行方不明 211人けが
2019年10月14日 20時51分 NHK NEWS WEB










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ノーベル化学賞受賞・吉野彰氏のラグナを特定する - 受賞のタイミング -



リチウムイオン電池の開発者・吉野彰氏が、2019年10月9日、ノーベル化学賞を受賞したとニュースが伝えている。


吉野彰氏にノーベル化学賞 リチウムイオン電池を開発
2019.10.9 18:51 産経新聞

スウェーデン王立科学アカデミーは9日、2019年のノーベル化学賞を、リチウムイオン電池を開発した旭化成名誉フェローの吉野彰氏(71)ら3氏に授与すると発表した。小型で高性能の充電池として携帯型の電子機器を急速に普及させ、IT(情報技術)社会の発展に大きく貢献した功績が評価された。

 他の受賞者は米テキサス大教授のジョン・グッドイナフ氏(97)、米ニューヨーク州立大ビンガムトン校特別教授のスタンリー・ウィッティンガム氏(77)。

 日本のノーベル賞受賞は2年連続で、17年に文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏を除き計27人となった。化学賞は10年の2氏に続き計8人。

 吉野氏はビデオカメラなど持ち運べる電子機器が普及し、高性能の電池が求められていた昭和58(1983)年にリチウムイオン電池の原型を開発した。ノーベル化学賞を受賞した白川英樹筑波大名誉教授が発見した電導性プラスチックのポリアセチレンを負極の材料に使い、これにグッドイナフ氏が開発したコバルト酸リチウムの正極を組み合わせて作った。

 その後、負極の材料を炭素繊維に変更することで小型軽量化し、電圧を4ボルト以上に高める技術も開発。同じ原理で平成3年にソニーが世界で初めてリチウムイオン電池を商品化した。

 ウィッティンガム氏は1970年代初め、世界で初めて電極材料にリチウムを用いた電池を開発した。

 繰り返し充電できる電池はニッケル・カドミウム電池などが既にあったが、性能を飛躍的に高めたリチウムイオン電池の登場で携帯電話やノートパソコンなどが一気に普及。スマートフォンなど高機能の電子機器を持ち歩く「モバイル(可動性)社会」の実現に大きな役割を果たした。

近年は電気自動車や人工衛星などにも用途が拡大。再生可能エネルギーを有効に利用する手段としても期待されている。

 授賞式は12月10日にストックホルムで行われ、賞金計900万スウェーデンクローナ(約9700万円)が3等分で贈られる。


 よしの・あきら 昭和23年1月、大阪府生まれ。45年、京都大工学部卒。47年、京大大学院工学研究科修士課程修了。同年、旭化成工業(現旭化成)入社。平成4年、イオン二次電池事業推進部商品開発グループ長。9年、イオン二次電池事業グループ長。13年、電池材料事業開発室室長。15年、同社フェロー。27年10月、同社顧問。29年、名城大教授、旭化成名誉フェロー。

 16年、紫綬褒章。24年、米国電気電子技術者協会(IEEE)メダル受賞。26年、全米技術アカデミー「チャールズ・スターク・ドレイパー賞」受賞。30年、日本国際賞。令和元年6月、欧州発明家賞。


吉野氏は1999年3月~今回ノーベル賞を受賞した2019年10月までの間にも数々の受賞をしており、ノーベル賞の受賞はここ最近、関係者の間で、期待され続けていたようである。



主な受賞など
1999年3月 (社)日本化学会より平成10年度「化学技術賞」(リチウムイオン二次電池の開発の功績)
1999年10月 米国Electrochemical Soc.より “1999 Technical Award of Battery Division”
(Pioneering work on lithium ion battery technologyの功績)
2001年4月 (財)新技術開発財団(市村財団)より「市村産業賞功績賞」(リチウムイオン二次電池の開発と製品化の功績)
2001年10月 (社)発明協会より「関東地方発明表彰文部科学大臣発明奨励賞」
2002年6月 (社)発明協会より「全国発明表彰文部科学大臣発明賞」
2003年4月 文部科学省より「文部科学大臣賞科学技術功労者」
2004年4月 日本国政府より「紫綬褒章」
2011年11月 財団法人材料科学技術振興財団より山﨑貞一賞
2011年11月 公益財団法人NEC C&C財団よりC&C賞
2012年3月 (社)日本化学会より「第5回日本化学会フェロー」
2012年6月 米国IEEEより「IEEE MEDAL FOR ENVIRONMENTAL AND SAFETY TECHNOLOGIES」
2013年6月 ロシアより「The Global Energy Prize」
2013年11月 公益財団法人加藤科学振興会より加藤記念賞
2014年2月 全米技術アカデミーより「The Charles Stark Draper Prize」
2014年10月 (社)電気化学会より功績賞
2016年9月 物質・材料機構より「NIMSアワード2016」
2018年4月 (公財)国際科学技術財団より「Japan Prize(日本国際賞)」
2019年6月 欧州特許庁より「欧州発明家賞」

(旭化成HPより引用抜粋)


まず、吉野氏は出生時間をどの時間に設定しても現在は、マハダシャー土星期の終わり~マハダシャー水星期の前半である。


マハダシャー土星期である2000年代から数々の受賞をしていることから、土星が、学問、科学(サイエンス)の世界で、高い評価を得るような配置をしていることが予想される。


土星や水星が機能的吉星化する水瓶座ラグナ、山羊座ラグナ、牡牛座ラグナ、天秤座ラグナ、乙女座ラグナ、双子座ラグナなどが考えられるが、種々検討の結果、ラグナは乙女座ラグナではないかと思われる。






但し、乙女座ラグナだと、月も乙女座に在住しており、チャンドララグナで事象の説明が出来てしまうため、通常のラグナも乙女座であることを識別するのは難しくなる。



然し、ノーベル賞を受賞した日のトランジットから、ラグナは乙女座で正しいのではないかと考えた。






もし乙女座ラグナであれば、トランジットの土星は11室の支配星にアスペクトし、木星は11室にアスペクトして、11室にダブルトランジットし、更に火星は11室の支配星にコンジャンクトしている。


また太陽も11室の支配星にコンジャンクトしており、月は少なくとも72時間以内に山羊座から11室にアスペクトしている。


従って、土星、木星、火星、太陽、月などが受賞(称号)を表わす11室に絡んでおり、このタイミングに受賞したことが納得できる。


特に乙女座ラグナだと太陽や火星が11室の支配星にトランジットすることがポイントである。



土星と木星が11室にダブルトランジットして、しかも火星、太陽、月なども11室に絡んでいるようなラグナは、乙女座ラグナ以外考えにくい為、乙女座ラグナで正しいと思われる。



そして、現在、4室射手座を土星がトランジットし、木星がまもなく4室に入室して10室にアスペクトする為、10室にダブルトランジットが形成されている。


更にラーフも10室をトランジットしており、それで世間の注目を浴びる時期である。




出会いと結婚



もう一つ手がかりとしては、結婚のタイミングであるが、吉野氏は学生時代に所属していた考古学のサークルで妻の久美子夫人と出会っている。



サークルに入部するのは大学入学直後であるため、おそらく1968年前後と思われる。



この時、乙女座ラグナであれば、土星が7室を通過し、ラーフも7室、ケートゥはラグナをトランジットし、木星は7室にアスペクトし、その後、ラグナをトランジットしている。






従って、この頃に結婚相手と出会ったことは納得できる。



実際の結婚は、1973年であり、ラーフ/金星期である。



ラーフは8室に在住して、結婚願望を表わし、金星は結婚生活の2室の支配星である。



吉野氏は、久美子夫人と出会った後、追っかけのようになってしまったそうだが、ラーフが8室に在住している為である。



木星は5室からラグナにアスペクトし、土星は9室からラグナロードの水星にアスペクトし、ラグナ(1室:7室からの7室)にダブルトランジットしていた。




学問適性(才能の分野)



吉野氏は、1966年~1970年まで京都大学工学部石油化学科で専門知識を学んでいるが、この時期は、ラーフ/土星期である。



土星は、ラグナ、月から見て5室の支配星で11室に在住し、5室にアスペクトバックしている。




因みに化学の分野への興味は、5室や5室の支配星と、水の星座や月との絡み、また土星、火星、ラーフ、ケートゥ、太陽などのテクニカルプラネットの絡みが考えられる。


この場合、土星は5室支配で水の星座である蟹座(月)に在住し、太陽からのアスペクトを受け、逆行の火星の影響を受けている。



従って、この配置が、吉野氏の化学への適性をもたらすと共に5室の支配星が11室に在住して、5-11のダナヨーガを形成している為、発明した創作物(5室)で、高い評価(11室)、あるいは収入(11室)を得たのである。



然し、この研究開発の過程は、苦労の連続であったようである。



石油精製企業からコークスという原料を購入しようとしても提供してもらえなかったり、部下が刑事の訪問を突然受けるなどのハプニングもあったという。



リチウムイオン電池は「信念の結晶」 ノーベル化学賞の吉野彰氏
2019.10.9 22:04 産経新聞

ノーベル化学賞に輝いた旭化成名誉フェローの吉野彰さん(71)が開発したリチウムイオン電池は、さまざまな新技術の結晶だ。開発過程では多くの困難に直面したが、「社会に必要とされるものを作る」という強い信念で実用化につなげた。

 川崎市にある同社研究所の係長だった吉野さんは昭和56年、ポリアセチレンという高分子を使って何か新しい研究ができないか模索していた。電池の負極材料に使うことを思い付いたが、電池として実用化するには、小型化に適した別の材料が必要だった。

 特殊な炭素繊維が社内で研究されていることを知り、これを使えば小型化できることを突き止めた。しかし、この繊維はまだ試作段階だったため、量産は不可能。市販されている炭素材料を100種類以上も試したが、どれも使い物にならず、肩を落とす日々が続いた。

 そんなある日、都内の石油精製企業を訪問すると、製品展示コーナーに銀色にきらめくコークスがあるのを見つけた。石炭を蒸し焼きにして作る炭素燃料だ。「間違いなく、よい性能が出る」と直感した。

 提供してほしいと申し出たところ、企業の担当者は「使用目的を明らかにしないと提供できない」。リチウムイオン電池を開発していることは企業秘密で、話せるはずがない。「1キログラムでも」と食い下がったが、「通常の取引量は船1杯分」と担当者。「せめてトラック1杯分を」と頼み込んだが、無駄に終わった。

 「このままでは開発が止まってしまう」。青ざめていた吉野さんの元に200リットルのコークスが届いたのは半月後だった。これをリチウムイオン電池の初期の負極材料に使った。「担当者には今も感謝している」と吉野さんは話す。

部下が突然、刑事の訪問を受けて慌てるハプニングもあった。電極に使う樹脂の候補として入手した試料の成分が、銀行強盗が使った催涙スプレーの成分と一致。国内ではほとんど出回っていない物質だった。社外秘の説明に窮した部下に対し、刑事はますます疑いを強めた。結局、吉野さんが事情を説明して何とか納得してもらったという。

 リチウムイオン電池の電極は、材料の混ざった液体を金属箔(はく)に塗って作る。開発段階では、この工程に使う装置を粘着テープメーカーから借り上げて試験を進めた。金属箔は当初、無数のしわが入り使い物にならなかったが、部下が原因を調べて解決してくれた。

 10年後、この部下は「もう時効だから」と吉野さんに打ち明けた。しわの原因を特定するため、100度を超える高温の熱風と、有毒な有機溶剤が蒸発している装置内に入り込んだのだという。「命に関わる危険な行為で、事前に聞いていたら許可しなかった。ただ、彼の働きで開発が進んだのも事実」と、複雑な思いを今も抱いている。

 開発過程で吉野さんの印象に最も強く残るのが、昭和61年の夏に行った野外での安全性試験だ。重りで電池を潰すと、従来の金属リチウム電池は発火。一方、リチウムイオン電池の試作品はへこんだだけで燃えなかった。これにより、致命的な問題はないとの判断が下り開発が本格化。「この試験こそ、リチウムイオン電池が誕生した瞬間だった」と振り返る。


 吉野さんは「研究開発には普遍的に大切なポイントが2つあり、そのバランスが大切」と話す。一つは、社会で何が必要とされるかをきちんと考えること。もう一つは、その実現のために新技術を生み出すことだ。「当たり前のようだが、現実は一方に偏りがち。リチウムイオン電池は、このバランスが取れて成功した」と話す。



こうしたトラブルは、5室の支配星に12室支配の太陽や、3、8室支配の火星が絡んでいるからではないかと思われる。


3、8室支配の火星は、刑事の訪問を招いた部下や刑事の表示体ではないかとも思える。(※後に述べるが、これはヴィーパリータラージャヨーガを形成している)



またリチウムイオン電池の試作品に厳しい安全性試験を行なったそうだが、延岡市にあった旭化成の化学薬品部門のダイナマイト試験場で行なったようである。


電池の上から鉄のかたまりを落としたり、ライフル弾を貫通させたりする「破壊試験」を繰り返して安全性を確認したという。



こうした試験は、いかにも5室の支配星に12室支配の太陽や3、8室支配の火星が絡んでいる象意のように思われる。



ダイナマイト試験場で試作品の「破壊試験」を行なっていたのである。




マハダシャー木星期の苦労



吉野氏は、1981年からリチウムイオン電池の開発に旭化成で着手し、1985年に開発に成功したという。



1981年は木星/木星期で、開発に成功した1985年は木星/水星期である。



つまり、その間が木星/土星期で、土星は5室の支配星であることから製品開発の過程で得た知識を更に製品開発に生かすなどの繰り返しにより、リチウムイオン電池の開発に成功したのである。


然し、開発した後、最初の3年間は、電池は全く売れなかったという。




1985年~1995年までは、木星/水星⇒ケートゥ⇒金星⇒太陽⇒月⇒火星⇒ラーフと推移しているが、開発したリチウムイオン電池が全く売れないなどの不遇を経験している。


これはマハダシャーの木星がラグナ、月から見て4、7室支配の機能的凶星だからである。また木星は3、8室支配の火星からアスペクトされて傷ついている。



木星/木星⇒土星⇒水星の時期は、アンタルダシャーが良い時期で、またマハダシャーの木星とケンドラ、トリコーナの位置関係であることから、辛うじて、リチウムイオン電池を完成まで漕ぎつけることが出来たが、マハダシャーが機能的凶星である為、木星期全体を通して、不運な時期であると言える。






マハダシャー土星期の躍進



然し、リチウムイオン電池は、1995年にWindows95が出て、IT革命が始まったタイミングで、爆発的に売れるようになったという。




1995年は、マハダシャー土星期に入ったタイミングである為、おそらくここから爆発的に売れ始めて、投資が回収できたため、マハダシャー土星期を通じて更に電池を改良したりといった形で、製品開発を続けたと考えられる。


また土星は5室支配で11室に在住している為、リチウムイオン電池が爆発的に売れて、世の中に評価され、収入の増加につながったり、受賞して名声を得たということではないかと思われる。


繰り返し示すと、土星期になってから、ほとんどの受賞をしているのである。



主な受賞など
1999年3月 (社)日本化学会より平成10年度「化学技術賞」(リチウムイオン二次電池の開発の功績)
1999年10月 米国Electrochemical Soc.より “1999 Technical Award of Battery Division”
(Pioneering work on lithium ion battery technologyの功績)
2001年4月 (財)新技術開発財団(市村財団)より「市村産業賞功績賞」(リチウムイオン二次電池の開発と製品化の功績)
2001年10月 (社)発明協会より「関東地方発明表彰文部科学大臣発明奨励賞」
2002年6月 (社)発明協会より「全国発明表彰文部科学大臣発明賞」
2003年4月 文部科学省より「文部科学大臣賞科学技術功労者」
2004年4月 日本国政府より「紫綬褒章」
2011年11月 財団法人材料科学技術振興財団より山﨑貞一賞
2011年11月 公益財団法人NEC C&C財団よりC&C賞
2012年3月 (社)日本化学会より「第5回日本化学会フェロー」
2012年6月 米国IEEEより「IEEE MEDAL FOR ENVIRONMENTAL AND SAFETY TECHNOLOGIES」
2013年6月 ロシアより「The Global Energy Prize」
2013年11月 公益財団法人加藤科学振興会より加藤記念賞
2014年2月 全米技術アカデミーより「The Charles Stark Draper Prize」
2014年10月 (社)電気化学会より功績賞
2016年9月 物質・材料機構より「NIMSアワード2016」
2018年4月 (公財)国際科学技術財団より「Japan Prize(日本国際賞)」
2019年6月 欧州特許庁より「欧州発明家賞」

(旭化成HPより引用抜粋)



マハダシャー土星期に入った直後から製品が爆発的に売れ始めて、世間から評価を得た為、このタイミングは乙女座ラグナであれば、説明することが出来る。



土星/金星期であった2002年~2005年の間は、政府から名誉を受けており、王になるという土星/金星期の象意が確かに表れている。


吉野氏の場合、土星の星位は強い訳ではなく、むしろ敵対星座に在住し、最終的に中立星位である。金星は友好星位であるが、最終的に中立星位である。


従って、その辺りも土星/金星期にとっては有利に働いている。(※ウッタラカーラムリタなどによれば、土星/金星期の場合、土星や金星の星位は強くない方がよい)



2002年6月 (社)発明協会より「全国発明表彰文部科学大臣発明賞」
2003年4月 文部科学省より「文部科学大臣賞科学技術功労者」
2004年4月 日本国政府より「紫綬褒章」

(旭化成HPより引用抜粋)


そして、今回、ノーベル賞を受賞したタイミングは、水星/金星/土星期である。



水星は1、10室支配で金星は2、9室支配であり、1-9、9-10の強力なラージャヨーガを6室で形成している。



そして、12室にアスペクトしているが、乙女座ラグナにとって、1、10室支配の水星と2、9室支配の金星のラージャヨーガは最高のラージャヨーガであるが、ノーベル賞で受賞した賞金を若手の育成のために寄付するというのは、こうしたラージャヨーガが6室(献身、奉仕、部下)に在住し、12室(出費、寄付)にアスペクトしているからである。




水星と金星は、水瓶座に在住しており、ディスポジターの土星は5室支配で11室に在住している為、このマハダシャー水星期も常に創作物によって高い評価を受ける時期であるが、プラティアンタルダシャーも土星であることによって、このタイミングでノーベル賞を受賞したのである。



因みに水星と金星は土星の星座に在住し、ディスポジターの土星はアーシュレーシャ(水星)に在住しているため、水星と関連している。



従って、土星期と水星期は関連性があり、土星期に主な受賞をしているが、水星期に受賞であってもおかしくないのである。



そして、水星と金星の強力なラージャヨーガは水瓶座で形成されているが、水瓶座は電気や精密機械を表わす星座であり、3、8室支配の火星(技術)のアスペクトを受けることで、電子工学を表わしている。


従って、化学と電気、工学に適性があることを表わしており、それがリチウム・イオン電池の開発につながったのだと分かる。




研究が試練の連続だったのは、3、8室支配の火星が、この10室支配の水星や金星を傷つけている為である。




リベラルで社会正義に関心のあるパーソナリティー


久美子夫人は、吉野氏の出会った時の印象として、「誠実で一生懸命。社会悪に立ち向かっていく」との印象を語っているが、水瓶座はリベラルで、平等や社会正義(社会的不平等の是正)に関心を持つ星座で6室の水星や金星は、共産主義や社会主義、学生運動などに傾倒していく配置である。


実際、吉野氏は次のようなビジョンがあるようである。



(略)現代社会は、あらゆるものが電気で動いているから、社会が円滑に動きつづけるためには、電気が長期に安定して安価に提供される必要がある。そのためには自動車に乗せたエネルギー密度の高いリチウムイオン電池を社会全体で共用するクラウド充放電システムを作ればよい

(ノーベル化学賞受賞! 吉野彰さんに大きな影響を与えた“2人の日本人”とは? 「リチウムイオン電池」開発までの“偶然に導かれた”舞台裏 文藝春秋 2019年11月号 立花 隆 より引用抜粋)

”社会全体で共用するクラウド充放電システム”というのは、有益な社会インフラを共用管理するという共産主義的な水瓶座的なビジョンである。




何故、ノーベル賞の受賞が今のタイミングになったか?


5室支配で11室に在住するマハダシャー土星期にほとんどの受賞をしたにも関わらず、何故、土星期にノーベル賞を受賞しなかったのかという疑問が残るが、水星期になってからも受賞は続いており、以下の受賞は水星期になってから起こっている。



2016年9月 物質・材料機構より「NIMSアワード2016」
2018年4月 (公財)国際科学技術財団より「Japan Prize(日本国際賞)」
2019年6月 欧州特許庁より「欧州発明家賞」

(旭化成HPより引用抜粋)



ノーベル賞に関しては、実際には、19年前の2000年頃に推薦を受けて、ノミネートされていたようである。


土星/水星期辺りのマハダシャー土星期のセカンドアンタルダシャー辺りである。


従って、既にマハダシャー土星期にノミネートは受けていて、単に順番待ちの問題だったようである。


然し、順番待ちで受賞できないのにもそれなりの理由があると考えられる。



土星は、5室支配で11室に在住して、5-11のダナヨーガを形成しているが、6室の支配星でもあり、逆行し、更に12室支配の太陽や3、8室支配の逆行の火星の絡みを受けて傷ついている。


従って、すんなりと簡単には受賞出来ないという象意があると考えられる。



但し、この土星に木星がアスペクトして問題解決を与える配置になっている。



今回のノーベル賞受賞のタイミングでは、木星が出生の木星にリターンしており、11室に在住する土星にアスペクトして保護している。



従って、今のタイミングは、受賞に関する問題を解決して、受賞を可能にするタイミングであったと言うことが出来る。





若手の育成に尽力 - マハダシャー水星期 -



吉野氏は、マハダシャー水星期に移行してから、大学の教授として学生の教育に当たっている。



2015年10月 九州大学 エネルギー基盤技術国際教育研究センター 客員教授
2017年7月 名城大学 大学院理工学研究科 教授(現在)
2019年6月 九州大学 グリーンテクノロジー研究教育センター 訪問教授

(旭化成HPより引用抜粋)


水星は、1、10室支配で2、9室支配の金星とコンジャンクトして、9-10のラージャヨーガを形成しているが、9室と10室の絡みは、慈善活動や教育活動により社会に貢献する配置である。


その水星と金星は6室(献身、奉仕)に在住して12室(出費、寄付)にアスペクトしているため、収入や利益などにはこだわらない活動である。



実際、ノーベル賞で受賞した賞金の一部を日本化学会に寄付し、助成事業の基金に加えるという。




水星をラグナとすると、木星が10室に在住しており、水星期になってから、教授になった理由がよく分かる。



マハダシャー水星期は、2031年5月まで続くが、吉野氏の今後の活動として、若手の育成というテーマが続くと考えられる。



もちろん水星期は、水星のディスポジターが5室支配で11室に在住している為、創造性を発揮する時期でもあり、教えるだけでなく自ら研究開発していく時期にもなっており、マハダシャー土星期、水星期を通じて、非常に充実した時期であると言うことが出来る。




ヴィーパリータラージャヨーガ


吉野氏の出生図で3、8室支配の火星が12室に在住する配置は、ヴィーパリータラージャヨーガである。


この以下の記事の中で、部下が突然、刑事の訪問を受けて慌てるエピソードが出てくる。


部下が入手した試料の成分が、銀行強盗が使った催涙スプレーの成分と一致した所から刑事に疑われるという一件である。


このことは吉野氏が事情を説明して何とか納得してもらったが、この同じ部下が、無許可で、実験で使う金属箔のしわの原因を特定するために100度を超える高温の熱風と、有毒な有機溶剤が蒸発している装置内に入り込んで原因を調べて、問題解決したようである。


リチウムイオン電池は「信念の結晶」 ノーベル化学賞の吉野彰氏
2019.10.9 22:04 産経新聞

ノーベル化学賞に輝いた旭化成名誉フェローの吉野彰さん(71)が開発したリチウムイオン電池は、さまざまな新技術の結晶だ。開発過程では多くの困難に直面したが、「社会に必要とされるものを作る」という強い信念で実用化につなげた。

 川崎市にある同社研究所の係長だった吉野さんは昭和56年、ポリアセチレンという高分子を使って何か新しい研究ができないか模索していた。電池の負極材料に使うことを思い付いたが、電池として実用化するには、小型化に適した別の材料が必要だった。

 特殊な炭素繊維が社内で研究されていることを知り、これを使えば小型化できることを突き止めた。しかし、この繊維はまだ試作段階だったため、量産は不可能。市販されている炭素材料を100種類以上も試したが、どれも使い物にならず、肩を落とす日々が続いた。

 そんなある日、都内の石油精製企業を訪問すると、製品展示コーナーに銀色にきらめくコークスがあるのを見つけた。石炭を蒸し焼きにして作る炭素燃料だ。「間違いなく、よい性能が出る」と直感した。

 提供してほしいと申し出たところ、企業の担当者は「使用目的を明らかにしないと提供できない」。リチウムイオン電池を開発していることは企業秘密で、話せるはずがない。「1キログラムでも」と食い下がったが、「通常の取引量は船1杯分」と担当者。「せめてトラック1杯分を」と頼み込んだが、無駄に終わった。

 「このままでは開発が止まってしまう」。青ざめていた吉野さんの元に200リットルのコークスが届いたのは半月後だった。これをリチウムイオン電池の初期の負極材料に使った。「担当者には今も感謝している」と吉野さんは話す。

部下が突然、刑事の訪問を受けて慌てるハプニングもあった。電極に使う樹脂の候補として入手した試料の成分が、銀行強盗が使った催涙スプレーの成分と一致。国内ではほとんど出回っていない物質だった。社外秘の説明に窮した部下に対し、刑事はますます疑いを強めた。結局、吉野さんが事情を説明して何とか納得してもらったという。

 リチウムイオン電池の電極は、材料の混ざった液体を金属箔(はく)に塗って作る。開発段階では、この工程に使う装置を粘着テープメーカーから借り上げて試験を進めた。金属箔は当初、無数のしわが入り使い物にならなかったが、部下が原因を調べて解決してくれた。

 10年後、この部下は「もう時効だから」と吉野さんに打ち明けた。しわの原因を特定するため、100度を超える高温の熱風と、有毒な有機溶剤が蒸発している装置内に入り込んだのだという。「命に関わる危険な行為で、事前に聞いていたら許可しなかった。ただ、彼の働きで開発が進んだのも事実」と、複雑な思いを今も抱いている。


 開発過程で吉野さんの印象に最も強く残るのが、昭和61年の夏に行った野外での安全性試験だ。重りで電池を潰すと、従来の金属リチウム電池は発火。一方、リチウムイオン電池の試作品はへこんだだけで燃えなかった。これにより、致命的な問題はないとの判断が下り開発が本格化。「この試験こそ、リチウムイオン電池が誕生した瞬間だった」と振り返る。


 吉野さんは「研究開発には普遍的に大切なポイントが2つあり、そのバランスが大切」と話す。一つは、社会で何が必要とされるかをきちんと考えること。もう一つは、その実現のために新技術を生み出すことだ。「当たり前のようだが、現実は一方に偏りがち。リチウムイオン電池は、このバランスが取れて成功した」と話す。


この部下は、刑事の訪問を受けたり、無許可で行動したりすることで、問題行動の見られる人物で、本来、吉野氏にとって頭の痛い部下のはずだが、実験の問題を解決するなど、良い働きもしてくれている。


おそらく、この部下の表示体が3、8室支配の火星なのである。


この火星が10室支配の水星にアスペクトすることで、吉野氏の行動にハプニングや中断をもたらす存在ではあるが、8室支配の火星が12室に在住していることで、ヴィーパリータラージャヨーガを形成しているため、何かよい象意に転換しているようである。


ちょっとしたエピソードであるが、明らかに3、8室支配の火星が12室に在住する象意である。




ダシャムシャ



乙女座ラグナで正しければ、今回、水星/金星期にノーベル賞を受賞したと考えられるが、ダシャムシャを見ると、水星と金星が減衰して相互アスペクトし、ニーチャバンガラージャヨーガを形成している。


減衰する惑星同士が相互アスペクトやコンジャンクションする場合、ニーチャバンガだが、この配置が、よく機能している事例になり得るかもしれない。








D11


D11(Iyer)を見ると、水星はやはり同じように減衰しているが、ディスポジターの木星と星座交換して、ニーチャバンガラージャヨーガを形成している。


またアンタルダシャーの金星は、減衰する太陽と星座交換して、ニーチャバンガラージャヨーガを形成している。






その他


最後にwikipediaによれば、吉野氏は、学生時代に考古学研究会に所属して、多くの時間を遺跡現場での発掘に当て、寺跡の調査と保存運動にも携わったと記されている。


考古学への興味関心は、5室への土星の影響が主に考えられるが、歴史学への興味は、土星と水星の絡みが重要になる。


土星は事実や具体性を重視し、水星は文献学や文献調査などを意味しており、歴史学とは、文献調査などから事実を積み上げていく作業である。


考古学の場合、土器や墓、骨など、発掘するのは文書に限らず、実際の具体的な物質(material)になる為、それで、5室に対する土星の影響が重要である。


また山羊座というのは、盆栽や着物、生け花など伝統的で古風なものが好きで、骨董品や美術品の収集などに興味を持ちやすい星座である。


5室支配の土星が5室にアスペクトバックする配置が、考古学への興味関心をもたらしたと考えられる。






(参考資料)



ノーベル化学賞受賞! 吉野彰さんに大きな影響を与えた“2人の日本人”とは?
「リチウムイオン電池」開発までの“偶然に導かれた”舞台裏
文藝春秋 2019年11月号 立花 隆

今年も日本人ノーベル賞受賞者が誕生した。10月9日、スウェーデン王立科学アカデミーは2019年のノーベル化学賞受賞者を発表。今年は旭化成名誉フェローの吉野彰氏(73)ら、3名が受賞した。受賞理由は「リチウムイオン電池の開発」。スマホやノートパソコンなど、今や私たちの生活に欠かせないこの発明は、いかにして生まれたのか。

 実は「文藝春秋」2017年8月号において、評論家の立花隆氏が吉野氏のもとを訪ねたルポを掲載していた。吉野氏の受賞を記念して、同記事の全文を特別公開する。

◆◆◆

 神田神保町の旭化成本社におもむいて、顧問の吉野彰氏にお会いしてきた。吉野氏は、しばらく前から次の日本人ノーベル賞最有力候補者として、名前があちこちであげられている。

 何をした人なのかというと、リチウムイオン電池を開発した人である。電池といえば、ちょっと前まで一般の人が知る電池は、昔ながらの乾電池と鉛蓄電池(自動車用)、それに時計用の水銀電池ぐらいだった。最近急に多くの人が使いはじめたのが、リチウムイオン電池(携帯電話もスマホもカメラもノートパソコンもその他もろもろの携帯電子機器のたぐいすべてがそうだ)。

 20世紀末から21世紀にかけて登場した世界の新しい文明の機器のほとんどが、リチウムイオン電池によって動かされている。リチウムイオン電池は現在世界で年間10億個以上が生産・使用されている現代社会の基本的エネルギー源だ。それはすでに自動車、航空機にまで入りこんでいる。その基本特許を持っているのは旭化成である。

といって、ノーベル賞のほうは、まだ決ったわけではないし、リチウムイオン電池が生まれる過程には多くの人がかかわってきたから、ノーベル賞委員会の見立てによって、具体的な受賞者の名前に多少のちがいが出てくるかもしれない。しかし吉野氏の名前がリストから脱けることがあろうとは思えない。グローバル・エネルギー賞(ロシア)、チャールズ・スターク・ドレーパー賞(アメリカ)など、ノーベル賞に並ぶ賞を吉野氏はすでに次々受賞している。

 現在使われている形のリチウムイオン電池の原型を開発したのが、吉野彰氏であり、その基本的仕組みも、基本的製造上のノウハウも、すべて特許にしてしまったので、旭化成は、かつては東芝と共同出資の会社を作って自ら電池を製造販売していたが、いまは電池に関してはもっぱらライセンス商売と基幹部品の製造販売で儲けている。

先日、日本経済新聞社が、毎年恒例の「主要商品・サービスシェア調査」を発表した。リチウムイオン電池の項を見ると、1位がパナソニック、2位がサムスンSDIと世界的電機メーカーである。しかし、基幹部品のリチウムイオン電池向けセパレーターでは旭化成が圧倒的トップシェアを保持している。

 セパレーターというのは、電池の中で電解液という化学反応の中心的担い手の陰(マイナス)極側と陽(プラス)極側がまじり合うのを防ぐためにさし込まれているプラスチック製境界板のこと。このセパレーターには、ナノメートル単位の微細な穴が無数に空いており、その穴を通して特定のイオンが通過したり、通過しなかったりする。それがうまくいかないとリチウムイオンが結晶となって析出し、ついには過熱して発火する。デル社のノートパソコン発火事故、サムスンのスマホ発火事故、ボーイング787の発火事故など、リチウムイオン電池関連の発火事故のほとんどはこのセパレーターの不具合に起因している。つまりリチウムイオン電池の生命線はこのセパレーターにある。ここが技術的に最もむずかしく、利益率も高い。旭化成はそこをしっかり今も自分の手で握っている。

吉野氏の話を歴史をさかのぼって聞いていくと、このリチウムイオン電池の根っ子には、日本の技術の粋、化学研究の伝統がドンとあることがわかってきた。

吉野氏は、福井謙一(1981年ノーベル化学賞受賞者)の孫弟子を自称している。大学は福井が教授として教鞭を執っていた京都大学工学部石油化学科。福井研に入って直接教えを受けたわけではないが、福井のフロンティア電子論の強い影響を受けて、あらゆる物質の結合や反応などをすべて分子の電子軌道の変化から考えていく、一種の考え方革命を起こした世代の中心人物。

 吉野氏に大きな影響を与えたもう1人が、2000年のノーベル化学賞受賞者の白川英樹氏(ポリアセチレンという導電性高分子の発見者)。アセチレンという有機化学の代表的分子に触媒を入れたら(実は研究員が白川の指示をまちがえて1000倍高い濃度の触媒を入れてしまった)、それがたちまち光り輝く金属光沢を持つフィルムになり、電気も通すようになったという驚異的現象の発見者である。

 実は吉野氏は、このポリアセチレンに驚きこれを電池の陰極に使おうと考えるところから出発した。しかし、電池にするには陰極だけでは足りない、陽極が必要だ。陽極には何がいいだろうと考えているときに、ある日アメリカの論文誌に発表されていた、オックスフォード大学のジョン・グッドイナフと、そこに留学していた水島公一氏の論文(コバルト酸リチウムが陽極になりうる)に出遭った。これはいけそうだと直観して、実験をしてみると、なるほどピタリだった。長い話を短くしてしまうと、リチウムイオン電池は、このようにして、フィールドの違う学者たちが偶然に導かれて、出遭うところからはじまった。

 実は現実の話はこんなにトントン拍子に進んだわけではなく、あちこちから無理難題をふっかけられた(陰極用にある会社が特殊目的で試作したカーボンを使おうとしたら、譲ってもいいが、取引単位は、少くともトラック1台分、ないしは貨物船1隻分だといわれたなどいろいろある)。

 現代社会は、あらゆるものが電気で動いているから、社会が円滑に動きつづけるためには、電気が長期に安定して安価に提供される必要がある。そのためには自動車に乗せたエネルギー密度の高いリチウムイオン電池を社会全体で共用するクラウド充放電システムを作ればよいなど、吉野氏の未来アイデアは湧くが如しだった。
参照元:ノーベル化学賞受賞! 吉野彰さんに大きな影響を与えた“2人の日本人”とは?
「リチウムイオン電池」開発までの“偶然に導かれた”舞台裏
文藝春秋 2019年11月号 立花 隆

ノーベル化学賞・吉野彰さんが乗り越えた「ダーウィンの海」とは? リチウムイオン電池が全く売れず苦悩した3年間
リチウムイオン電池の開発をめぐって三つの関門があり、その中で一番きつかったと振り返りました。
2019年10月10日 19時25分 JST 安藤健二 HUFFPOST

旭化成の名誉フェローを務める吉野彰さん(71)に、2019年のノーベル化学賞が授与される。海外の2人との共同受賞となる。ノートPCやスマホ、電気自動車まで幅広く使われるリチウムイオン電池の開発に貢献したことが評価された。

吉野さんは1981年からリチウムイオン電池の開発に旭化成で着手。1985年に開発に成功した。1991年に発売されると、後に爆発的に広まることになった。

新規事業の三つの関門とは?

リチウムイオン電池の開発をめぐって吉野さんは、三つの関門があったと2017年の「産学官連携ジャーナル」のエッセイで振り返っている。

それが「悪魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」。企業が新規事業にチャレンジするときに使われるビジネス用語だ。吉野さんの解説を要約しよう。

・第一の関門【悪魔の川】

基礎研究という孤独な作業の中でもがき苦しみながら、それまで世界になかった何か新しいものを見いだすまでの苦労。

・第二の関門【死の谷】

基礎研究の成果で見いだした新しいものの製品化、事業化に向けて開発研究の段階の苦労。次から次に課題が噴出して連日連夜対策に追われる日々が何年も続く。

・第三の関門【ダーウィンの海】

開発研究でもろもろの課題を何とか解決し、念願の事業化。工場が完成し、新製品が世の中に出ていくことになるが、世の中の人々はその製品をすぐに買ってくれるわけではない。人々が新製品の価値を認め、市場が立ち上がっていくまでに、また数年かかる。多額の研究開発投資、工場建設のための設備投資が発生しているのに、新製品が売れないのはつらすぎる。

  ■ダーウィンの海は「真綿で首を締められるような苦しみ」

吉野さんは、リチウムイオン電池を振り返って最もつらかったのが「ダーウィンの海」だとしている。画期的な製品を発売したのに「関心はあるけど買わないよ」という状況が続いた。

後に吉野さんが当時のユーザーに聞いたところ、「先頭を切って走るのはリスクがあるので嫌だけれども、出遅れるのも困る。誰かが走り出したらすぐに動けるようにしておきたい」という様子見状態になっていたという。

10月9日の記者会見でも、吉野さんは「ダーウィンの海」の苦労について語っり、「真綿で首を締められるような苦しみ」と表現した。以下は、そのときの記者団とのやり取りだ。

――新規事業を立ち上げるときに悪魔の川、死の谷、ダーウィンの海という3つの言葉を出してました。どれもリチウムイオン電池の開発でご苦労されたと思いますが、もっとも深かったのはどれでしょう。

俗に悪魔の川、死の谷、ダーウィンの海の3つですね。「基礎研究で苦労しますよ」「開発研究で苦労しますよ」「製品を世に出しても、しばらく売れない時期がありますよ」と。その3つのうち、どれが一番きついかというとダーウィンの海でしょうね。

正直言いますと、(リチウムイオン電池が)全く売れない時期が約3年ありました。それがある日、突然の如く売れ出したのが1995年なんです。Windows95の年でまさにIT革命が始まったんです。

ですから、最初に分かっておれば5年でも10年でも待てるんですけどね。それはやっぱり精神的にも肉体的にも非常にきついですし。その時点では当然、研究開発投資も相当膨らんでます。ましてや設備投資も始まってますんでね。真綿で首を締められるような苦しみじゃないんでしょうか。
参照元:ノーベル化学賞・吉野彰さんが乗り越えた「ダーウィンの海」とは? リチウムイオン電池が全く売れず苦悩した3年間
リチウムイオン電池の開発をめぐって三つの関門があり、その中で一番きつかったと振り返りました。
2019年10月10日 19時25分 JST 安藤健二 HUFFPOST

ノーベル賞「一緒に喜んで」=吉野さん、妻に感謝の言葉-受賞決定から一夜明け
2019年10月10日18時44分 時事ドットコム

ノーベル化学賞に選ばれた吉野彰・旭化成名誉フェロー(71)は受賞決定から一夜明けた10日、妻の久美子さん(71)と東京都内で記者会見に臨んだ。吉野さんが「苦しい時に迷惑を掛けた。一緒に喜んでほしい」と感謝の言葉を口にすると、久美子さんは「最高のプレゼントをありがとうございます」と笑顔で応じた。

めげない性格の吉野さんだが、会見ではリチウムイオン電池の開発が暗礁に乗り上げた時を振り返り、「一番しんどかった」と話した。久美子さんは「枕に髪の毛がいっぱい付いていた。ストレスからきているのかなと思った」と明かした。

吉野さんは学生時代に所属していた考古学サークルの活動を通じ、女子大のサークルに入っていた久美子さんと知り合った。久美子さんは「誠実で一生懸命。社会悪に立ち向かっていく」との印象を受けたという。

 家庭では頑固な一面も見せるといい、久美子さんは「体のために野菜を取ってほしいのに食べない。たばこも吸う」と苦言を呈した。一方で、「大事な場面ではきちっと固めるので、安心してついて行ける」とも語り、吉野さんはうなずいたり苦笑したりしながら耳を傾けていた。

 会見では、若い世代に注文を付ける場面もあった。吉野さんは「科学技術が進歩して全てのことが分かり、自分が活躍する場はないと受け止めているのではないか」と指摘し、「自然現象の中で理解できているのは1、2%。未知が横たわっていると伝えたい」と強調した。

 その後、吉野さんは名誉会員を務める日本化学会を訪問。川合真紀会長から花束を手渡され、「ありがとうございます」と笑顔を見せた。同会は吉野さんからの寄付に基づき研究者への助成事業を行っており、「賞金も制度を継続するためにやらせていただきたい」とノーベル賞の賞金を寄付する意向を示した。
参照元:ノーベル賞「一緒に喜んで」=吉野さん、妻に感謝の言葉-受賞決定から一夜明け
2019年10月10日18時44分 時事ドットコム

吉野彰さん「舞踏会は憂鬱」「家族に感謝」 一夜明けインタビュー詳報
2019.10.10 09:55 産経新聞

リチウムイオン電池の開発でノーベル化学賞に輝いた旭化成名誉フェローの吉野彰さん(71)は、受賞決定から一夜明けた10日午前、東京都内のホテルで産経新聞の取材に応じた。一問一答は以下の通り。

     ◇

 --昨夜は家族と離れホテルに一人で宿泊と聞いた

 「受賞決定後はばたばたと忙しかったので、午前1時半ぐらいにバタンキューで寝た。ぐっすり眠れた」

 --一夜明けて、どんな気分か

 「部屋に新聞の朝刊が届いていて、各社とも1面で取り上げられていた。やっぱりそうなんだ、受賞したんだという実感を、やっと感じた」

 --昨夜は祝杯は

 「部屋にミニバーがあったので、寝る前だから梅酒をぐいっと飲んで寝た。格別の味わいだった」

 --家族と早く会いたいのでは

 「こっちに向かっているようで、昼前には会えると思う」

 --どんな気持ちを伝えたいか

 「候補に上がっているという話は家族も当然聞いていたが、まさか本当に受賞するとはたぶん思っていなかったはずだ。だから、どうだ、見たかと言ってやりたい。そして、感謝も伝えたい」

 --家族はどう支えてくれたか

「こういう研究をやっていると、夜帰るのが遅くなりがちだ。それを文句も言わずに支えてくれたことがありがたかった」

 --12月にスウェーデンのストックホルムで授賞式が行われる

 「とても楽しみにしている。ただ、式典期間の1週間で、けっこう多くのことをやらなくてはいけないそうなので、いろいろな方にアドバイスを受けて準備をしようと思っている」

 --受賞記念講演もある

 「リチウムイオン電池の開発経緯や、モバイルIT社会を作り上げたこと、さらにこれからは環境問題に取り組んでいくことなどを話すのが楽しみ。技術を踏まえながら、一般の人に分かりやすく、受賞理由を裏付けるような話をしてきたい」

 --どんな衣装で行くか

 「和服はもともと似合わないので、洋装のタキシードで臨むつもりだ」

 --舞踏会もある

 「うーん。憂鬱。舞踏会は憂鬱だ。踊りは全くやったことがない。経験者に聞いてみようと思っている」

 --受賞が決定して、いま一番やりたいことは

 「多くの方からお祝いのメールをいただいている。だが忙しくて全く見られていないので『ありがとうございました』という一報だけでも早く入れたい」

 --改めて、長い研究生活を振り返っての感慨は

 「非常に名誉ある賞をいただいた。特に感じているのは、私はインダストリー(産業)の人間で、産業人として賞をいただいたことを、ぜひ強調したい。ノーベル賞の受賞時点で現役の産業人というのは、おそらく日本では田中耕一さんに続いて2人目だと思う」

 --家族以外で喜びを分かち合いたい人は

 「リチウムイオン電池の開発の中で、部下も含め、一生懸命協力してくれた人たちに、早く報告して感謝を伝えたい」
参照元:吉野彰さん「舞踏会は憂鬱」「家族に感謝」 一夜明けインタビュー詳報
2019.10.10 09:55 産経新聞

吉野彰さん「未明に梅酒で祝杯」 「新聞1面見て受賞実感」 受賞から一夜明け
2019.10.10 09:18 産経新聞

リチウムイオン電池の開発でノーベル化学賞に輝いた旭化成名誉フェローの吉野彰さん(71)は、受賞決定から一夜明けた10日午前、東京都内のホテルで産経新聞の取材に応じ、「今朝の新聞各紙の1面に出ていたのを見て、やっぱり受賞したんだと実感がわいてきた」などと喜びを語った。

 10日未明まで取材対応に追われた吉野さんは、都内のホテルに宿泊。「午前1時半ごろにバタンキューと寝た。寝る前、部屋のミニバーにあった梅酒をぐいっと飲んで祝杯を上げた。格別の味わいだった」と笑顔を見せた。

 昼ごろに合流する予定の家族に対しては「まさか本当にノーベル賞を取るとは思っていなかったはず。どうだ見たかと言いたい。そして、支えてくれたことへの感謝を早く伝えたい」と話した。

 12月にスウェーデンのストックホルムで行われる授賞式は「記念講演でリチウムイオン電池の開発経緯を話すのが楽しみ。和服は似合わないので、タキシードで臨む」と語った。ただ、式典期間中に開かれる舞踏会については「踊りなど全くやったことがないので憂鬱だ」と笑った。
参照元:吉野彰さん「未明に梅酒で祝杯」 「新聞1面見て受賞実感」 受賞から一夜明け
2019.10.10 09:18 産経新聞

吉野彰氏の妻、野菜嫌いでたばこもやめないと暴露
2019年10月10日14時1分 日刊スポーツ

19年のノーベル化学賞を受賞した、旭化成名誉フェローで名城大教授の吉野彰氏(71)が、受賞から一夜明けた10日、久美子夫人(71)とともに都内で会見を開いた。

久美子夫人は、吉野氏の食生活について「好き嫌いは結構、激しいです」と明かした。その上で「体のために緑黄色野菜を取って欲しいのに、のけていく…食べないんです。『もう食べたから、いいと』」と、吉野氏が野菜が嫌いだと暴露した。

さらに、たばこをやめないことにも苦言を呈した。久美子夫人は「食べもののこともそうですし、たばこに関しても体に悪いのに、隠れてたばこを吸っている。『辞めたらストレスを抱えて、他の病気になる』と」と言い、苦笑いした。吉野氏も「その通りです」と素直に認めた。

吉野氏は普段、家庭でも口数が少ないという。少ない口数の、どこから気持ちを推し量るのかと聞かれると、久美子夫人は「深く考えたことはない」と答えた。その上で「要所で、きちんとする。安心してついて行ける感じ」と口にして、夫への信頼が深いことをのぞかせた。

そして「最高のプレゼントを、ありがとうございます」とノーベル賞の受賞に対し、改めて感謝した。【村上幸将】
参照元:吉野彰氏の妻、野菜嫌いでたばこもやめないと暴露
2019年10月10日14時1分 日刊スポーツ

ノーベル化学賞の吉野彰さん 子供時代から好奇心旺盛
2019.10.9 19:04 産経新聞

ノーベル化学賞が決まった吉野彰さんは、大阪府吹田市で4人きょうだいの3人目の次男として生まれた。小学校の先生の勧めで英科学者ファラデーの著作「ロウソクの科学」を読み、自然の原理に触れたことが化学への興味の原点。子供向けの科学雑誌を読んでさらに幅広い知識を身につけた。

 自宅の便所に置いてあった掃除用の塩酸に、くぎをほうり込み、水素が発生する様子を観察するなど好奇心が旺盛。興味のある化学が自然と得意科目になった。当時は高度経済成長期で、新素材を次々に開発する化学工業が脚光を浴びていた。憧れもあり、京都大工学部に進学した。

 入学後は水泳部に入ったが「4月早々にプールに飛び込まされ、冷たくてたまらんのですぐ辞めた」。考古学同好会に入り直し、発掘に精を出した。考古学は文字がない時代について物的証拠を積み重ね、論理を構築する。「この点は自然科学によく似ており、論理的に物を見る目を養った。歴史の流れの延長として現在を見つめ直し、その先の未来を考えることが研究開発の発想につながっている」

 大学院修士課程を修了し、大手化学企業の旭化成に入社した。「企業は開発の第一線に立ち、新製品を出すという目標がはっきりしている。大学に残るより面白そうだ」と感じたのが理由だ。その思いをリチウムイオン電池の開発で結実させた。

 最近の若者について「向上心が強いが社会制度上の制約が大きく、向上する方法を見つけられていない。国際競争を生き抜けるのか」と気遣う。平成29年に名城大(名古屋市)教授に就任して講義を担当しており「口はばったいが、成功体験をした人が若い人の身近にいることが大事」と、教壇に立つ思いを語る。

 リチウムイオン電池の正極を開発し、ともに実用化で貢献して共同受賞が決まった米テキサス大教授のジョン・グッドイナフさん(97)とは、吉野さんが近年も研究室を訪ねるなど親密な関係にある。

 自身の性格を「粘り強さの一方で、相反するようだが『何とかなる』と考える能天気な要素もある。研究者に向いているのでは」と語る。

 毎週土曜日は健康維持と息抜きのため、近所の友人とテニスを楽しむ。子供は3人。神奈川県藤沢市で妻の久美子さん(71)と次女の3人で暮らす。

 ノーベル賞について、受賞前の取材では「頂いたときに最初に申し上げたいのは、インダストリーの吉野を選んでくれたということ。ノーベル賞は傾向としてはアカデミアの世界のものだった。産業界の研究者のモチベーションにつながれば」と語っていた。
参照元:ノーベル化学賞の吉野彰さん 子供時代から好奇心旺盛
2019.10.9 19:04 産経新聞

吉野彰さん、阪神ファン表明「まな板に載ったのは19年前」「さすがストックホルムだな」 インタビュー詳報
2019.10.10 07:11 産経新聞

リチウムイオン電池の開発でノーベル化学賞の受賞が決まった吉野彰さん(71)が10日未明、産経新聞の取材に応じた。喜びの声や今後の抱負に加え、根っからの阪神ファンであることも明かした。主な一問一答は次の通り。

 --気楽にお願いします

 「まだ実感は湧かないなあ(笑)」

 --改めて今のお気持ちは

 「やはりストックホルムは偉い。受賞理由をいろいろ言っていたが、『世界を変えた』ということなのだが、『今のモバイルIT社会を生み出した』『世界を変えた』と。ただ、それだけだったら、たぶんノーベル賞をもらえていなかったと思う。次に、今まさに電気自動車とか、そういうところで応用が始まって、これは直に地球環境問題になる。彼らは地球環境問題をものすごく重視するので、その2つはさすがストックホルムだなと思った」

 --米テキサス大のグッドイナフさんと一緒に受賞できたことについては

 「もちろん私とグッドイナフは親密にしていて、彼は明らかに今のリチウムイオン電池の正極を世界で最初に見つけた人。そういうこともあって、テキサス大に何度も何度も訪問したりして。彼は彼で『俺の見つけた正極を、お前がリチウムイオン電池にしてくれたからうれしい』と言っている」

 --受賞決定後、話はしたか

「いや」

 --話をするとしたら、どういう言葉をかけるか

 「ワオー(笑)。彼はお年だし、ちょっと前から足が悪い。一人であまり動けない。今度の(授賞式で)ストックホルムはたぶん来られるとは思うが」

 --もし電話で声をかけるとしたら

 「たぶん向こうが『ヨシノ、コングラッチュレーション(おめでとう)、コングラッチュレーション』と言うだろうから、『ユー、トゥー(あなたも)』でいいのではないか」

 --グッドイナフさんはどんな人か

 「彼は典型的な固体物理の出身。まさに今の正極材は固体物理から来ている。私の場合はケミストリー(化学)から来ているから、考え方が共通する部分と全然共通しない部分がある。いろいろ話をしていて面白い。彼は理論的に『こうだから』『ああだろうから』というアプローチをするが、こちらは『実験データはこうですから』と」

 --何年もノーベル賞候補といわれていたが、どんな気持ちで待っていたのか

 「最初にある大学の先生が、ちょうどハワイに私が出張していて空港で一緒になって、『お前をノミネート(推薦)しておいたよ』と言われた。たぶんそれが初めだと思う」

--いつごろか

 「2000年。19年前」

 --海外の方か

 「日本の方。そこから今回につながるようなことが流れ出したんだと思う」

 --どなたですか

 「うーん、50年だよね、守秘義務は。まだ19年しかたっていない(笑)」

 --19年間、毎年待っていたのか

 「最初は個人的にそういうことを教えてもらって、まだ出てこない話だった」

 --聞いたときは

 「えっと思った」

 --自分はノーベル賞を取ってもおかしくないと

 「いやいや、そうではなくて、まな板に載ったんだなと。だから、今日みたいにいろんなメディアの方が来られてというのは、この10年くらい。最初は外れたときの嫌さというのがあったから、『もうええ加減にしてくれ』というのはあったが、そのうちにセレモニー的に毎年やると、周りの皆さん方が逆に喜んでくれて」

 --みんなで盛り上げた

 「旭化成の社員の方が準備してくれて。だから、『ずっとこのまま取らずに毎年続いたらいいね』なんて(笑)」

 --それはそれで楽しいと

 「そうそう。残念会もいっぱいやってくれるし(笑)」

 --今後の生活は変わると思うか

 「基本的には変わらないと思う。明日からの予定をこれから決めていかないといけないが、当然、来週以降、いろんな予定を入れてしまっているから。講演とかは、できるだけお約束した分については、きっちりやっていきたいなと思う」

 --これからはノーベル賞受賞者としての肩書が一生ついてまわる

 「これはもう今まで通りに。ただ、私の言葉の重みというのはたぶん変わると思うので、そういった意味では、たとえ間違っていてもいいから日本はこうあるべきだとか、日本の技術はこうやらないといかんとか、やはりそういう発信をしていきたい。それでいろんな人がいろんな議論をしてもらって、何かより日本の産業が活性化するような、そういう道筋が出てくるといいと思う」

 --日本の将来について発信していきたいと

 「うん」

 --どうして今回、受賞できたと思うか

 「いわゆる授賞理由からいくと、やはり環境問題が相当、表に出てきた。これが一番大きかったと思う。さっき言ったように、ITだけだったらもらえていなかったと思う」

 --受賞に値する研究成果を出すことができた理由は

「いろいろあるが、いわゆる個人的な研究者としての力というか、それは当然必要なのだが、やはり旭化成という材料メーカーにいたというのが一番大きかったような気がする。正極にしても、負極にしても、やはり素材。素材を開発する力がないとなかなか難しい。昔のいわゆる組み立て産業というのは材料、部材、部品を集めて、ただ組み立てるだけ。これはやはり中国、韓国にやられてもしようがない。素材の開発力があるかどうかで、新しいモノが生まれるかどうかは決まってくると思う。そういった意味で、旭化成という材料メーカーの中で電池という一つの製品の開発をやっていた、というのが一番大きい理由だろう」

 --賞金は何に使うか

 「基本的には、これは続けていきたいと思うのだが、以前にいろんな賞をもらって、いろんな賞金もいただいていて、実は今、日本化学会で研究基金をつくっている。これがちょうど6年目を迎えるのか、ちょうど変わり目の時期なので、今回のお金も一部を当然そちらの方に入れて、基金を継続していく」

 --若手研究者の育成に

 「そうだ」

 --個人で何かに使うことは

 「それはない。あまりぜいたくをする方でもないし」

 --いつごろからプロ野球の阪神タイガースのファンなのか

「私は大阪生まれだし、ちょうど大阪の千里山の関西大学が家のすぐ近くにあり、(野球部で)村山実(元阪神タイガース投手、監督)がちょうど私の子供の頃に投げていた。キャッチャーが上田(利治・元阪急ブレーブス監督)だったかな。そういうこともあってね」

 --阪神タイガースのどういうところが好きか。全部か

 「それもあるし、一度だけ本物の甲子園球場のネット裏で巨人戦を見たことがある。5、6年前かな」

 --どうだったか

 「やはり地響きというか、あれは感動する(笑)」

 --今年の阪神に一言

 「よう頑張ったから、せいぜい最後まで行って、『ああ、もうちょっとやったなあ』ぐらいまでは行ってほしい」

 --日本一は

 「それはちょっとできすぎ(笑)」

 --とりあえずクライマックスシリーズにと

 「あれは立派だった。あそこまで行ったのは」

 --今晩はこれから何か食べたいか

 「ビールが飲みたい。早く」

 --みんなで乾杯か

 「いや、1人で乾杯(笑)」

【プロフィル】吉野彰 (よしの・あきら) 昭和23(1948)年1月、大阪府生まれ。昭和45年、京都大工学部卒。47年、京大大学院工学研究科修士課程修了。同年、旭化成工業(現旭化成)入社。平成4(1992)年、イオン二次電池事業推進部商品開発グループ長。平成9年、イオン二次電池事業グループ長。13年、電池材料事業開発室室長。15年、同社フェロー。27年10月、同社顧問。29年、名城大教授、旭化成名誉フェロー。16年、紫綬褒章。24年、米国電気電子技術者協会(IEEE)メダル受賞。26年、全米技術アカデミー「チャールズ・スターク・ドレイパー賞」受賞。30年、日本国際賞。令和元年6月、欧州発明家賞。
参照元:吉野彰さん、阪神ファン表明「まな板に載ったのは19年前」「さすがストックホルムだな」 インタビュー詳報
2019.10.10 07:11 産経新聞




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橋下徹・元大阪市長のその後の活動状況



最近のニュースで橋下徹が名誉棄損で損害賠償を求めた訴訟で敗訴した。


橋下元大阪市長の敗訴確定 ツイッター名誉毀損訴訟
2019.9.26 17:40 産経新聞

ツイッターの投稿で名誉を傷つけられたとして、橋下徹元大阪市長が有田芳生参院議員に500万円の損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第1小法廷(山口厚裁判長)は橋下氏の上告を退ける決定をした。19日付。橋下氏の敗訴とした二審判決が確定した。

 一、二審判決によると、2人は2012年ごろから、週刊誌記事などを巡りネットで応酬。有田氏は2017年、橋下氏が情報番組に1回だけ出演して降板させられたと投稿した。橋下氏はこの投稿で精神的苦痛を受けたと主張していた。

 二審大阪高裁は、橋下氏がツイッターなどで繰り返していた有田氏に対する侮蔑的な投稿と比べ、有田氏の投稿は「適当と認められる限度内」と判断。一審大阪地裁と同様、橋下氏の請求を棄却した。

 有田氏は26日、東京都内で記者会見し「突然訴えられて大きな負担を感じていた。勝訴が確定してうれしい」と話した。


橋下徹については以前、ラグナを蠍座に設定している。


現在、トランジットの土星は射手座から8室にアスペクトし、木星は蠍座から8室の支配星にアスペクトして、8室にダブルトランジットが形成されている。


ヴィムショッタリダシャーは、ラーフ/木星期だが、木星のディスポジターの水星は8室の支配星であり、また木星はウッタラパールグニー(太陽)に在住しているが、支配星の太陽は8室に在住している。


8室の象意がダシャーとトランジットで何重にも確認できる。


このマハダシャーのラーフ期だが、ラーフは5室に在住しており、ディスポジターの5室支配の木星は11室に在住している。


従って、メディアに出演したり、元大阪市長としての肩書き(11室)を生かして、文化人として活動している。


政治について論評する自らの看板番組も持つに至っている。



従って、著名人となって、自らのネームバリューで講演料や番組出演料など多くの収入源を持つ成功者としての人生を歩んでいるが、木星にはケートゥがコンジャンクトしており、ケートゥは失望や思い違い、寂しさ、諦めを表わしている。


独裁的な大阪府知事、大阪市長として力を振るったかつての栄光と比べると、今の立場は、現役を退いた評論家の生活である。


橋下徹氏、政界復帰を否定「もうオジイは引退」
2019年4月8日13時11分 日刊スポーツ

大阪維新の会前代表の橋下徹元大阪市長(49)が8日、フジテレビ系の情報番組「とくダネ!」(月~金曜午前8時)に生出演し、政界復帰を否定した。政界への復帰について問われると「僕が出たら、とにかくダメなんですよ。今は維新の実績を評価されたんです。松井さん、吉村さんのキャラクターでどんどん伸びていっている。もうオジイは引退なんですよ」と話した。

橋下氏は15年の大阪都構想の賛否を問う住民投票で敗れ、同年末に大阪市長を退任して政治家を引退。7日投開票の「大阪ダブル選」では、市長選は大阪維新の会代表で新人の前知事松井一郎氏(55)、府知事選は大阪維新新人の前大阪市長吉村洋文氏(43)が大勝した。

維新のダブル勝利で大阪都構想実現へ2回目の住民投票実施に向け、橋下氏は「2回目? 勝つまで、何度でもやったらいいんですよ。過去の政治を否定しながら将来へ向かって行くもの」と主張。住民投票を実施するには協定書を決定した上で、府市両議会の承認を得る必要がある。大阪市議会議員選挙では過半数に達しなかったことから、他党の協力が必要となる。「あとは公明党次第。公明党候補がいる関西の衆院選挙の6区すべてに、大阪維新の会のエース級メンバーを立てる。もう準備はできてる。戦闘態勢に入っています」と話し、ダブル選勝利を「いまは第一幕です。第二幕は公明党を壊滅させるところまでやります。そうすると、日本の政治構造が大きく変わります。自民党との協力が公明でなく、もしかすると維新となって、憲法改正の方に突入していく。公明党どうするかですよ」と戦略を語った。

公明党との話し合いがまとまらない場合について「個人的な意見ですが」としながら「刺客」も示唆した。「昨日の会見で松井さんは(市長選任期の)4年で辞めると言い切った。吉村さんの性格からして、次に衆院選になったら吉村さんは出ますよ。ガチンコでやったら、勢力図が変わって憲法改正って話になるかもしれない。これは日本の大きな別れ道になりますよ」。

次期衆院選の「エース級候補」の中に自らが入っているかどうかは明言せず、あらためて国政進出を問われると「僕はダメ。遠心分離機ですから、みんな人が離れていっちゃう」と話し、番組出演者から「今回(ダブル選)の結果を受けて、ちょっとはウズウズしないのか?」との質問に「ちょっとは政治を知っているので、(政治評論家の)田崎史郎さんの代わりに(番組に)呼んでください」と笑いを取り、かわした。


木星から見ると、12室支配の太陽が10室に在住し、11室支配の月と相互アスペクトし、土星からアスペクトされている。


今現在も「大阪維新の会」に所属し、政治に関係する仕事をしているが、自分自身は議席を持ったり、現役の政治家としての立場を持っていない。


つまり、12室支配で10室に在住する太陽は、政治の世界から引退した政治活動家であることを表わしている。



ラグナロードで10室支配の水星は9室に在住し、3、8室支配の火星と相互アスペクトし、3-10の絡みが確認出来る為、これが現在の政治討論番組での司会者としての活動を表わしている。


番組のスタンスとしては、現在の政治状況を分析し、政策について提言を行なったりする内容であり、それが水星に火星がアスペクトしている意味である。



あるいは、twitterなどで盛んに政治について提言を行なっているが、そうした活動を表わしている。



火星は司令官、命令を表わしており、番組は単なるエンターテイメント番組ではなく、政治に対して提言を行なう番組である。



火星期の前は、月期だが、月から見てラグナロードの木星が10室に在住し、10室の支配星にアスペクトしている為、月期には、弁護士として活動をしていた。



問題は、次のラーフ/土星期であるが、土星は、マハダシャーロードのラーフとは絡んでおらず、11、12室支配のマラカで2室で減衰し、3、8室支配の金星とコンジャクトしている。



土星は月から見て、2、3室支配のマラカで、6、11室支配のマラカの金星とコンジャンクトしている。



蠍座ラグナで正しければ、ラーフ/土星期は、2021年5月~2024年3月辺りである。



ラーフ/木星期は、アンタルダシャーの木星が、マハダシャーのラーフと絡んでおり、特に問題なく良い時期である。



火星期におけるアンタルダシャーの土星期は、土星が火星から見て6室で減衰している為、敵を粉砕するという象意を持っていた。



然し、ラーフ/土星期には、ダシャーラグナからは、そのような象意は表していない。



一つ考えられる象意としては、3、8室支配の金星が、11、12室支配の土星と2室でコンジャンクトしている為、芸能活動、健康問題などで出費が考えられるということである。



例えば、新しく起ち上げる番組で、番組出演料などのギャラの問題で揉めるかもしれない。



土星はラグナから6室で減衰している為、激しく闘争すると考えられる。



ラーフ/土星期には金銭トラブルが予想されるが、持ち前の勝負強さを発揮して、困難を克服するのではないかと考えられる。




橋下徹に関しては、出生時間が分からない為、まず蠍座ラグナであることを特定して、ラグナでルチャカヨーガを形成し、10室支配の太陽にアスペクトする火星期を政治家として最も力を発揮する時期と考えた。



その後、マハダシャーラーフ期になると、ラーフは5室に在住しており、5室は10室から見た8室であるため、政治活動は終わりを遂げると考えた。



実際、2012/2/3付の『橋下徹現象について』の中で、以下のように予想した。



(略)然し、敗北したとしても、基本的にマハダシャー火星期は2015年夏頃まで続くのであり、この時期までは、パンチャ・マハープルシャ・ルチャカヨーガが発動して、彼は政治力、影響力を維持し続けると思われる。

然し、その後は、マハダシャーラーフ期に移行し、ラーフは10室支配の太陽と絡んでいないため、この2015年夏までで彼の政治活動は終わりを告げると予想される。

その後、ラーフはプライベートを表す5室に在住しているが、ラーフは5室の支配星のように振る舞い、5室支配の木星からアスペクトされている。

従って、政治を引退した後の彼は、自分の子供たちと楽しく過ごしていくのかもしれない。

ラーフは完全に吉星化しており、決して悪くはない人生である。

(2012/2/3付の記事『橋下徹現象について』より引用抜粋)


5室に在住するラーフは、2、5室支配の木星からアスペクトバックされており、マハダシャーラーフ期において、橋下徹は、元大阪市長としての肩書きを生かした文化人、評論家として活動している。


こうした予想がその通りになったことは蠍座ラグナであったことが正しかったことが証明された瞬間であった。


これは予測の成功事例の一つとなった。



今後、更に見ていきたいことは、アンタルダシャーの推移が予想通り展開するかということである。



特にマハダシャーのラーフは5室に在住して5室の支配星からアスペクトバックされている。



これを吉星として扱うか、これを凶星として扱うかで、その後のアンタルダシャーの解釈も変わってくる。



その辺りが今後、検証していきたいポイントである。




橋下徹が世界経済フォーラム(ダボス会議)のヤンググローバルリーダーの一人に選出されたのは何故か?


橋下徹は、2009年に世界経済フォーラム(ダボス会議)のYoung Global Leadersの1人に選出され、同年10月に総務省顧問に就任している。


ヤング・グローバルリーダーとは何かと言えば、自国の経済に市場原理を導入し、国家のインフラや国営事業などを民営化し、ウォール街に利益誘導することに最も貢献した人物が選出されるのである。


つまり、ウォール街が世界統一政府を作り上げることに最も貢献した注目すべき新人に与える称号が、ヤンググローバル・リーダーである。






橋下徹は、マハダシャー火星期に大阪府知事に就任し、独裁者として台頭し、市場原理主義的な政策で改革を断行した。


これは火星がラグナでルチャカヨーガを形成している為である。




そして、ナヴァムシャやダシャムシャのラグナに火星が在住しているが、ダシャムシャのラグナに火星が在住している配置から、この時期に独裁者として、既存の秩序の破壊者として、力を振るったのである。


その時、大阪府の人員削減、不採算事業の民営化など、市場原理の導入による改革を行なった。


それらは破壊の仕事である。



そして、注目すべきなのは、橋下徹の10室支配の太陽が双子座8室に在住している配置である。


これは私が常日頃から言っているように双子座はウォール街の金融財界人を表わす星座である。


もちろんその中には米国のホワイトハウスに何人もの閣僚を送り込んでいるゴールドマン・サックスのような投資会社も含まれる。


ゴールドマン・サックスが日本の郵貯資金を奪うために日本の郵政事業の民営化を推進していたということはよく知られている。



橋下徹の10室支配の太陽が双子座8室に在住する配置は、ウォール街の金融財界人のために政治を行なうことを意味しているのである。


それで市場原理主義の導入、民営化を行ない、それが予定調和的にウォール街に利益誘導することにつながったのである。


直接的に利益誘導したのではなくても思想的な面で貢献したのであり、市場原理を導入したことでウォール街の金融資本とつながる通路を開いたのである。


本人が意識していなくても、そのような結果につながったと言える。



それで、世界経済フォーラム(ダボス会議)のヤンググローバルリーダーの一人に選出され、日本の総務省顧問に就任して、日本の国内に対して、力を振るう資格を得たのである。


ヤング・グローバルリーダーに選出されることは、フリーメーソンにおけるイニシェ―ションの儀式のようなものである。


巨大な力が与えられ、以後、影響力が倍増する。



橋下徹のラグナでルチャカヨーガを形成する火星が10室支配で双子座8室に在住する太陽にアスペクトしていることがポイントである。


この火星が破壊の力を使って、ウォール街の金融財界人に貢献したのである。



橋下徹自身は、蠍座ラグナで水の星座であるが、ここで一つのパターンがあることが理解出来る。


水の星座というのは、風の星座に駆逐され、支配されてしまう。


これが春分点が水瓶座に移行していく過程で起こっていくことである。



伝統社会、封建社会の価値を体現する水の星座が、風の星座の価値のために働いてしまうという卑屈なパターンがあるのである。


その卑屈なパターンが橋下徹のチャートにもよく現れている。



伝統社会、封建社会の価値を体現する蠍座ラグナであるにも関わらず、ウォール街の支配者たち(8室)に仕える政治を行なったということである。


そのパターンが、ラグナロードの月が12室双子座に在住する安倍晋三や小泉進次郎のチャートにも表れている。



本来、ラグナの性質として、純粋に水の星座の人々であるにも関わらず、ウォール街などに利益誘導してしまうのは、水の星座から見た8室や12室などのドゥシュタナハウスの風の星座に惑星が在住するなどして、非常に屈折したチャートを持っている場合である。


そのような場合、自分の支配者に貢いで支配されることを望んだり、非常にマゾヒスティックな屈折した行為を行なうのである。



そういう人たちは、水の星座の人々であるため、日本人からポピュリズム的な人気を獲得し、独裁的な力を使って、日本人にとっては良くない、日本の国益にとっては全く不利益な改革を断行してしまうのである。



このようなパターンが何度も繰り返されている。



ポピュリズム的な人気を博す水の星座の政治家が、日本の国益にとっては不利益な改革を断行し、風の星座の価値を体現するウォール街の金融財界人に利益誘導してしまうのである。




小泉純一郎においても然り、橋下徹においても然りである。安倍晋三や小泉進次郎においても然りである。



それらの人々に共通するのは、ラグナは水の星座で、日本国民には人気があることである。



そして、火星が非常に強く破壊の仕事を行なうことが出来るということである。



それらの人々の多くは、ラグナが水の星座で、日本人の共感を誘ったり、日本人の感情に訴える力を持っている。



然し、風の星座であるドゥシュタナハウスであり、モクシャハウス(解脱)でもある8室や12室に惑星が在住しており、自らウォール街の金融財界人に貢いでマゾヒスティックに振る舞うのである。




そして、その行為を世界統一政府を作るための犠牲とか奉仕などと意識的には考えていないかもしれない。




彼らは、無意識的に日本の国家を瓦解させて新しく出来るウォール街の金融財界人がつくる世界統一政府の中の日本管理責任者になろうとしているのである。



そして、世界統一政府の中の高級官僚の一人として日本人に君臨するのである。



米国に留学して、米国のウォール街の金融財界人や政治指導者たちと交流した日本人は、そうした華麗な人々の世界の方に憧れてしまい、日本の大衆は、馬鹿で管理する対象だという感覚に陥ってしまうのである。



完全にウォール街の金融財界人の方を向いてしまい日本人の方を向かなくなってしまう。



然し、そうした行為を無意識的に行っているのではないかと思うのである。




例えば、小泉純一郎は、自分の郵政民営化を天文学者のガリレオ・ガリレイが唱えた地動説に例えて、真実は曲げられないとでも言うかのように郵政民営化を問う解散総選挙を行なったが、郵政民営化し、日本の300兆円の郵貯資金を日本の国民の為に使わずにウォール街の金融財界人に貢ぐことを世界(世界統一政府)への貢献だと考えるように教育されていたと考えられなくもない。



然し、最近の小泉純一郎は、原発の廃止を盛んに主張しており、自分が総理大臣の時に原発は安全だと聞いていたが、それは嘘だったなどと、今頃になって主張している。



こうした小泉純一郎の最近の様子を見る限りでは、やはり彼は意識的にウォール街に利益誘導して、ウォール街の計画に貢献したというよりも、よく分からなくてウォール街に利益誘導してしまったとしか考えられない。


つまり、自分が何をしているかよく考えずに行動してしまったということである。




馬鹿とトンカチは使いようという言葉があるが、力を持っていて、破壊する力を持っている人は、その国家の政治体制や経済構造などを大きく変化させることに役立つ道具であるということが出来る。



日本の大衆から人気があって何をしても批判されないポピュリズム的政治家は、ウォール街にとっては、日本の経済体制に市場原理主義を導入するのに都合のよい道具である。



彼らは一つの災害であるとも言える。



ナオミ・クラインが災害時の緊急事態に便乗して、その国の政治経済体制に市場原理を導入したりするウォール街の金融財界人の手口を暴いているが、それと全く同じである。


















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「ちびまる子ちゃん」の生みの親・さくらももこ について



漫画「ちびまる子ちゃん」でお馴染みのさくらももこのチャートである。


さくらももこは、昨年2018年8月に乳がんで亡くなったが、多方面に知人も多い人気者で、追悼式典なども執り行なわれた。


出生時間はメディアでの対談か何かで本人が12時であると発言したそうである。




3、10室支配の金星が10室でマラヴィアヨーガを形成し、5室支配の木星とコンジャンクトして、5-10のラージャヨーガを形成している。


3-5の絡みなども見られ、3室(手を使ったアート)、5室(創作活動)の結びつきで、漫画かになるような典型的な配置であると言えるかもしれない。


月から見ると、4、11室支配の金星が11室で自室に在住し、9室支配の木星とコンジャンクトして、4-9、9-11のラージャヨーガ、ダナヨーガを形成している。


同室するラーフは、高揚しており、ケンドラに在住してトリコーナの支配星とコンジャンクトしている。


また月から見てもケンドラとトリコーナの支配星とコンジャクトして、ヨーガカラカとなっている。


1984年の大学在学中、ちょうどマハダシャー金星期に入った直後に漫画家としてデビューし、連載をスタートさせている。


大学卒業後の1986年に出版社(株式会社ぎょうせい)に入社するが、勤務中に居眠りするなどして上司から「会社を取るか、漫画を取るかどちらか選べ」と迫られ、退職して漫画家の道を選んだそうである。


この金星の強さから見て、創作の才能が爆発する配置である為、とても会社の地味な活動などやっていられなかったはずである。


そして、早くも1986年8月に『りぼん』で「ちびまる子ちゃん」の連載を開始している。


「ちびまる子ちゃん」は、さくらももこの幼少期をモデルにして描いた作品だと言われる。




大人びて世知辛く擦れた性格の「ちびまる子ちゃん」は、さくらももこの自画像といってもいいかもしれない。


誕生した1965年から1975年までの最初の10年間は、マハダシャー水星期だったが、水星は2、11室の支配星で8室で減衰し、土星と太陽に挟まれて、パーパカルタリヨーガを形成し、火星からアスペクトされて傷ついている。


従って、私はさくらももこの幼少期は、厳しい家庭環境だったのではないかと思った。


「さくらももこ 家族」で検索すると、さくらももこの家族にまつわる不幸なエピソードが掲載されている。


例えば、さくらももこの姉は男に騙され借金肩代わり、〇〇〇で返済するも男性恐怖症で現在、母の年金で引きこもりであるとか、父親は、八百屋の雇われ店員を続けるもまる子が中学生の時に多額の借金と女を作り駆け落ちし、数年後に北海道で凍死しているところを発見されたとか、母親は心労により統合失調症になった、またお祖父ちゃんは、ボケたフリをして姉に性的虐待を行なっていたとか、お祖母ちゃんは、息子の借金と駆け落ちに絶望し、姉の部屋で首吊りといった風に書かれている。


こうした内容は、尾ひれがついており、9割方は、事実と違うということである。


但し、火のない所に煙は立たない為、10歳までの水星期は相当、家庭環境が厳しい状況だったと推測される。




ただ水星は8室で減衰し、月からみて3室支配であるため、ラグナから見ても月から見てもパラシャラの例外則で、ラージャヨーガ的に働く要素があり、また減衰する水星のディスポジターがケンドラに在住していることから、ニーチャバンガラージャヨーガを形成している。


こうしたことから考えると、何か幼少時の家庭環境の困難を災い転じて福となす的な効果を発揮したと考えられる。


例えば、水星のディスポジターである木星は5室支配で、3、10室支配の金星とコンジャンクトしている為、おそらくこうした幼少時の家庭環境での経験をちびまる子ちゃんの尽きないアイデアの源泉として活用した可能性がある。


さくらももこは、10歳まで水星期を過ごし、その後、7年間、ケートゥ期を過ごして、その後、金星期で創作活動に入るが、モデルとなる家族のエピソードを経験出来たのは、おそらくこのマハダシャー水星期しかあり得ない。


従って、水星期の経験が、さくらももこのアイデアの源泉なのである。


幼少時の原体験が、ちびまる子ちゃんの家族のエピソードを生み出したのである。



因みに1990年に『ちびまる子ちゃん』がフジテレビ系でアニメ化され、国民的に知名度を高めているが、この頃が金星/ラーフ期である。


金星/ラーフ期は、その後のブレイクの最初のタイミングであり、有名になっていく時期である。




ナヴァムシャのラグナを牡牛座に修正


因みに12:00でチャートを作成すると、ナヴァムシャのラグナが牡羊座になるが、そうすると5室支配の太陽が8室に在住し、3室支配の水星が12室で減衰する配置となり、漫画家のチャートとしては説明することが出来ない。





最初の結婚


そこで結婚のタイミングを見ていくと、1989年 に『りぼん』の編集者・宮永正隆と最初の結婚をしている。


ダシャーは、金星/火星⇒金星/ラーフ期である。


出生時間を少し進めていくと、12:03:13で、ナヴァムシャのラグナが牡牛座に移動する。





そうすると、金星はナヴァムシャのラグナの支配星で、火星は7室の支配星で5室に在住しており、このタイミングでの恋愛結婚を意味している。


仮に次の金星/ラーフ期に結婚していたとしても金星/ラーフ期は、無条件に結婚をもたらす組合せであり、特にこの場合は在住する配置にはこだわらなくていいかもしれない。


離婚


次に1998年に離婚しているが、金星/土星期、あるいは金星/水星期である。


土星は12室で減衰し、8室の支配星とコンジャンクトしている為、この時期に相手から経済的援助などが得られなくなり、結婚が破綻した可能性が考えられる。



出産


その間に1994年に長男が誕生しているが、この時期は金星/木星期である。






サプタムシャで、金星は、表示体の木星から見た5室の支配星で、木星は5室の支配星である。


ここで重要なことは5室支配の木星は6室に在住して、6、7室支配の土星からアスペクトされているが、特に問題なく無事子供が生まれているということである。


多少の傷つき、また6室の傷というものは何とかなるものである。




次に離婚した後、2003年にイラストレーターうんのさしみと再婚しているが、ダシャーは、太陽/月、太陽/火星、太陽/ラーフ期のいずれかである。


まず、ナヴァムシャを牡牛座ラグナにすると太陽は7室に在住しており、結婚のタイミングを表わしている。




またアンタルダシャーの月はラグナロードの金星とコンジャンクトしており、またアンタルダシャーの火星は、7室の支配星で5室に在住している。


またラーフはディスポジターの月がラグナロードの金星とコンジャンクトし、またラグナロードの金星はラーフにアスペクトしている。


太陽/火星期に結婚した可能性が高いと思えるが、いずれにしても結婚はこの上記のいずれかのタイミングで説明できる。



因みにナヴァムシャのラグナを牡牛座に修正する前に魚座ラグナに一つ遡る可能性も考えたが、その場合、結婚したマハダシャー太陽期が6室の支配星となってしまう。


従って、魚座ラグナだと説明することが出来ない。


次に2007年7月1日に『ちびまる子ちゃん』が中日新聞、東京新聞、北陸中日新聞、日刊県民福井、北海道新聞、西日本新聞、河北新報、中国新聞、徳島新聞、神戸新聞朝刊にて連載開始するなど、仕事上の躍進があったが、この頃、乳がんを患っていたとされる。(wikipedia さくらもももこより)



この時のダシャーが太陽/金星期である。


そして、次のマハダシャー月期は、乳がんの治療に励んだ時期である。


wikipediaによれば、健康の研究を日々行い、飲尿療法や茶葉による水虫治療など多くの民間療法を実践していたと記されている。





もし牡牛座ラグナであれば、太陽はマラカの7室に在住し、金星はマラカで、マラカの3室支配の月とコンジャンクトし、ラーフ/ケートゥ軸と絡んでいる。


※牡牛座ラグナにとって金星はラグナロードであるにも関わらずマラカとして働き、3室支配の月や8、11室支配の木星もマラカとなる。



そうすると、マハダシャー月期が、乳がんとの闘病生活であったことが説明できるのである。



但し、さくらももこは、闘病中、民間療法や自然療法でも良いものがあると聞けば、全国各地に飛んでいったそうである。


また治療で地方に行くといっても悲壮感はなく、その土地土地で、温泉や食事を楽しんでいたそうだ。


さくらももこさん 治療法求め全国へ…友人語るがん模索の日々
2018/09/04 00:00 女性自身

9月2日に放映されたアニメ『ちびまる子ちゃん』の視聴率は14.3%を記録したという(関東地区、ビデオリサーチ調べ)。漫画家・さくらももこさん(享年53)の逝去を受けて内容を変更し、番組の最後には追悼メッセージも放送された。

さくらさんは7年前から乳がん闘病をしていたというが、公表はせず、ごくごく親しい知人にしか知らせていなかった。出版社『ヒカルランド』社長の石井健資さん(63)もその1人だ。さくらさんと石井さんの交流は18年にも及ぶ。’00年当時、徳間書店に勤務していた石井さんが手がけたチリの小説『アミ 小さな宇宙人』をさくらさんが絶賛し、なんと「表紙を私が描いてあげる」という申し出があったのだ。石井さんは言う。

「さくらさんは宇宙や精神世界、そして死後の世界に関する、たくさんの本を読んでいて、知識も豊富でした。私の会社でもスピリチュアル分野の本を出版していますが、私なんかよりずっと詳しいのです。自宅ではパワーの集まるというピラミッド形の帽子を見せていただいたこともあります」

’10年3月に石井さんが徳間書店を退社し、自分で会社を立ち上げることを打ち明けると、すぐに会社のロゴも描いてくれたのだ。

「まるちゃんのお父さんのヒロシさんも酒好きキャラとして描かれていますが、さくら先生ご本人もお酒が大好きな方でした。特に出身地の静岡県の日本酒がお好みで、ご自宅にはたくさんの銘柄がそろっていたのです」

“何事にも真摯で丁寧”というのが、さくらさん流だった。

「たとえばサインを描くのも、まるちゃんやコジコジなどキャラクターを入れて、1枚に20分とか30分とか、納得できるまで、丁寧に時間をかけるのです。『納得できないことはしたくない』というのは先生の性分だったと思います。だから乳がんという病気についても、ものすごく調べていらっしゃいました。『私は、いつ死んでもいいの』なんて冗談めかして言っていましたが、治療についても自分で責任を持たれたかったのでしょう」

さくらさんは、病院や医師についても丁寧なリサーチの後に選んでいたという。石井さんが続ける。

「治療法についても姿勢は同様で、切除手術は受けても、抗がん剤は使わないとご自分で決めていらしたのです。その代わり、民間療法や自然療法でも良いものがあると聞けば、全国各地に飛んでいきました。四国での治療には私も何度か同行したこともあります。『バイオレゾナンス』というドイツ発祥の治療法です」

バイオレゾナンスとは、専門の機械により、症状にあわせた周波数の波動を受けることで、自然治癒力や生命力を高めるという治療法だ。

治療で地方に行くといっても、さくら先生の場合、悲壮感はありませんでした。その土地土地で、温泉や食事を楽しんでいたのです。もともとお料理は得意ですが、食事療法も詳しかったですね。そういった努力の成果で、私も先生が、がんを克服されたと聞いていましたので、今回の訃報に接したときには、とても残念に思いました……」

最後まで自分流を貫き通したさくらさん。その分身である“まるちゃん”は、これからもみんなに愛され続ける。


もしナヴァムシャのラグナが牡牛座なら、3室支配の月はラグナロードの金星と共に9室に在住し、ケートゥとコンジャンクトしている。


3室は短距離の移動を表わし、3室の支配星が9室(長距離旅行)に在住する配置は、典型的な旅行の配置である。


旅先に赴き、あちらこちら尋ね歩く配置である。


そこに自然療法や伝統療法(ケートゥ)を求め、腕利きの医師(9室)を求めて、全国各地に旅をしたというのは、まさにこうした配置が物語っている。


ラグナロードの金星も同室して、3室支配の月(食欲)とコンジャンクトしている為、温泉や食事を楽しむ、自分探しの旅でもあったのである。



月は出生図では12室支配で12室の自室に在住しているが、全国各地の辺境の場所に病気療養に出かけたことを意味している。


また月は水の星座で自室に在住していることから、温泉などに浸かってゆっくり静養したことを表わしている。



然し、この月のマハダシャーの間、月の星座である蟹座にラーフ(癌)が在住している為、乳がんに悩まされ続けたことを意味している。


マラカの月が6室支配でラーフ/ケートゥ軸とコンジャンクトし、土星からアスペクトされて傷ついた金星とコンジャンクトしていることは、婦人科系の疾患、すなわち、乳がんを表わしていたと考えられる。


そして、2018年8月15日に亡くなった時、ダシャーは火星/火星/ケートゥ期であった。



火星は、ナヴァムシャのラグナが牡牛座なら、7室支配のマラカであり、2、5室支配の水星と相互アスペクトしている。


この2、5室支配の水星は、通常はマラカとして働かないが、凶星と絡んでいるような場合には、マラカとして働く要素も出てくる可能性があり、注意が必要である。


プラティアンタルダシャーのケートゥは、マラカの金星、マラカの月とコンジャンクトしている。


また出生図では、火星は月から見たマラカの2室に在住し、ラグナ、月から見たマラカの土星と相互アスペクトしている。



このように見て来て、さくらももこのナヴァムシャのラグナは牡牛座で、出生時間は、12:03:13~12:19:22の間である。




ダシャムシャのラグナの修正



因みに出生時間が12:03:13~12:19:22の間であると分かったが、12:16:09からダシャムシャのラグナが乙女座から天秤座に移動する。


ダシャムシャのラグナが乙女座なら「ちびまる子ちゃん」でブレイクしたマハダシャー金星期は、金星が2、9室支配で5室に在住し、3室支配の火星とケートゥとコンジャンクトして、11室にアスペクトしている。


これは創作活動においては非常に素晴らしい配置である。




5室は10室から見た8室で、職業が中断するハウスであるが、芸術家は、おそらく会社勤めなどしない為、10室が中断していてもよいのである。


実際、マハダシャー金星期に移行した後、さくらももこは、出版社に就職したが、仕事中に居眠りをしてしまうので、2ヶ月で辞めている。


金星は9室の支配星で、9室も仕事を損失する(10室からの12室目)ハウスである。


従って、2、9室支配の金星が5室に在住する配置とは、会社などに勤めずに自分の好きな創作活動をしてお金が稼げる配置である。


そして、その金星に3室支配の火星がコンジャンクトしているが、火星は高揚している。


火星は実行力の惑星であり、連載を続けていく力などはこの火星がもたらしたと考えられる。


そして、さくらももこの漫画は独特な味わいがあり、決して写実的ではないシンプルな絵だが、これはケートゥのコンジャンクトが、こうした独特な特徴をもたらしたと考えられる。


従って、乙女座ラグナでも、うまく説明出来そうである。


金星/ラーフ期にブレイクしたのもラーフが11室に在住していたということで説明できる。



但し、もし出生時間が12:16:09~12:19:22の間で、ダシャムシャのラグナが天秤座であったら、それでも一応、説明することは出来る。


金星期は、ダシャムシャのラグナと、月からのラグナロードで、ケンドラの4室で強い為、それで金星期にキャリア上の上昇を成し遂げたと考えることが出来る。

またマハダシャー月期においても月は10室支配でラグナに在住していることから仕事上の上昇の時期であると考えることが出来る。


実際、亡くなる直前のマハダシャー月期において、精力的に漫画家としての活動は続けており、仕事は順調に見える。



マハダシャー太陽期にも以下のように仕事を精力的に行っている。



2002年 – 親子共作による絵本+エッセイ『おばけの手』を発表(長男のペンネームはさくらめろん)。
2003年 – イラストレーターうんのさしみと再婚。
2005年 – デビュー20周年を記念し、各地で原画展「さくらももこワールド 20年の軌跡展」を開催。
2006年 – 4月18日、『ちびまる子ちゃん』実写ドラマ化。自身は第1話の脚本も担当。
2006年 – 10月31日、『ちびまる子ちゃん』実写ドラマ第2作放送。
2007年 – 4月19日、レギュラーとして実写ドラマ+バラエティの複合番組『まるまるちびまる子ちゃん』放送開始。原作を同じくする実写とアニメが同時期に放送される珍しいケースとなる(2008年2月28日放送終了)。
2007年 – 7月1日、『ちびまる子ちゃん』が中日新聞、東京新聞、北陸中日新聞、日刊県民福井、北海道新聞、西日本新聞、河北新報、中国新聞、徳島新聞、神戸新聞朝刊にて連載開始。8月1日からは新潟日報でも連載が開始される(2011年12月31日連載終了)。なお、没後に東京新聞に掲載された記事によれば、この連載の当時から乳がんを患っていたという。

(wikipedia さくらももこ より引用抜粋)


ダシャムシャが乙女座ラグナだと、太陽が12室支配で3室に在住し、天秤座ラグナだと11室支配で2室に在住する。


問題は、このマハダシャー太陽期の仕事と、ダシャムシャの配置をどのように考えるかである。



このダシャムシャ配置をどう考えるかについて結論が出ない為、ダシャムシャのラグナは検討中である。



ナヴァムシャのラグナは、牡牛座で間違いないと思われる。











(参考資料)



さくらももこさん「印税20億円」を支えた2人の夫
Smart FLASH 2018/9/4
《入学写真を写す、ほんの少しの間、母の手を離れた。すごく不安だった。友だちは、知らない子が多くて、少しはずかしかった。》

 漫画家になるのを夢見ていた小学6年生のころ。はにかみ屋の少女は、入学式の思い出をこう作文に綴っていた。

 8月15日、漫画家のさくらももこさん(享年53)が乳ガンのため天国へ旅立った。

「闘病期間は7年ほどだったと聞きました。数年にわたって通院しながら、ホルモン療法などの薬物療法を受けている最中に再発し、急に亡くなってしまう患者さんは少なくありません」(ベルーガクリニック院長・富永祐司氏)

 プライベートは語りたがらなかったさくらさんだが、彼女には、成功を支えた2人の夫がいた。一人めの夫・A氏は1986年に連載を開始した「ちびまる子ちゃん」の編集担当として、力を合わせて作品を作ってきた。1989年に結婚、1994年に息子を授かった。

「結婚後にAさんはさくらプロダクションの代表に就任。1992年度には夫婦揃って高額納税者番付入りした。当時の推定年収はさくらさんが1億4400万円、Aさんが1億1300万円だ。

 だが、仕事上の衝突から、1998年に協議離婚。代表から退いたAさんは、現在海外に拠点を置き、音楽関係の仕事に就いている」(出版関係者)

 母子2人の生活に転機が訪れたのは2003年。さくらさんはイラストレーターのうんのさしみ氏(49)と再婚した。

「きっかけは、当時9歳だった息子さん。以前から『お父さんになって』と、息子さんがお願いしていて、交際中から“家族”のような間柄だった」(さくらさんの知人)

 突然の訃報を受け、著書は全国的に品薄状態。すでに合計85万部の増刷が決定している。

「『ちびまる子ちゃん』の累計発行部数は、3200万部を超える。国民の4人に1人が持っている計算で、印税額を概算すると12億円以上。エッセイストとしても発行部数200万部を超えた第1作『もものかんづめ』(1991年)の印税額は2億円近い。

 ほかのコミック作品や、これまでに執筆した30を超えるエッセイ作品を総合すれば、印税額だけで20億円に迫るだろう。さらにアニメや映画、作詞など、数々の業績を残した」(前出・出版関係者)

 さくらさんは、都内一等地に約90坪、地下1階・地上3階建ての一戸建てと、3階建てのビルなどを家族で経営する会社名義で所有していた。「平成のサザエさん」を描いた彼女は、多くのものを家族に遺した。

(週刊FLASH 2018年9月18日号)
参照元:さくらももこさん「印税20億円」を支えた2人の夫
Smart FLASH 2018/9/4











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UFOコンタクティー秋山眞人について その2



『秋山眞人のスペース・ピープル交信全記録 UFO交信ノートを初公開』(秋山眞人著 聞き手・編集 布施泰和)という非常に興味深い本を読んで、その中に書いてある秋山氏の経歴情報から、秋山氏の出生図のラグナを割り出した。


秋山氏の人生自体が非常にユニークであり、UFOや宇宙人に縁を持つ為の要素というのが限られている為、ラグナは直ぐに特定することが出来た。






ラグナは少なくとも水瓶座ラグナであることは間違いないと思われる。


今回は、秋山氏の出生図のラグナをシャタビシャーの第1パダに設定し、ナヴァムシャのラグナを射手座に設定した所、結婚や就職、出版の仕事における成功などが全て説明でき、またダシャムシャで仕事上のブレークが説明出来る為、おそらくこれで間違いないと考えている。



『秋山眞人のスペース・ピープル交信全記録 UFO交信ノートを初公開』(秋山眞人著 聞き手・編集 布施泰和)によれば、秋山氏が、主にUFOに乗船したり、スペース・ピープルと濃密に関わったのは、マハダシャー土星期の間である。


その時、静岡在住で、静岡県の田舎で、UFOに何度も目撃し、スペース・ピープルの教育プログラムで導かれながら、UFOに200回以上乗船したようである。


これがマハダシャー土星期に起こったということには注目すべきである。


水瓶座ラグナにとって、土星はラグナと12室を同時に支配しているが、12室は辺境の地や海外を表わすが、形而上の世界、隠れた見えない世界を表わすハウスである。


スペース・ピープルの葉巻型の母船に乗船し、太陽系外の惑星に行ったというのは、まさに海外に行くのと同じ12室の象意である。


そして、そのスペース・ピープルの母星は、地球とは時間軸が異なる世界である。



水瓶座ラグナというのは、ラグナの支配星が同時に12室を支配することから、このような形而上の世界に精通するパーソナリティーなのだと言える。


そして、水瓶座ラグナの中でもシャタビシャーというのは、精神世界の住人と呼ばれ、無駄なおしゃべりは好まず、議論になると誰にも負けないと言われる知的なナクシャトラである。


ラグナが同時に12室を支配する水瓶座を最も体現できるのが、シャタビシャーではないかと思われる。






水瓶座ラグナは、アイデンティティーが12室の象意に結びつく為、宗教、哲学、神秘主義、運命学、霊界、外惑星の世界、形而上の世界など、通常の人が経験出来ない隠された世界に精通するアイデンティティであり、しかも魚座の宗教家とは違って、科学的で論理的な立場から、これらに関わっていく為、宗教家にはならない。


UFOコンタクティーは、魚座の宗教家とは異なったタイプのスピリチャル・リーダーなのである。



然し、秋山氏の場合、魚座に月が在住し、蠍座に太陽が在住し、ナヴァムシャでは蟹座に月と木星が在住している。


従って、水の星座も強くなっており、それで、竜神が見えたり、幽霊をみたり、宗教家が経験するような神秘体験、心霊体験も豊富である。



土星期の話にさかのぼるが、土星はラグナから見て12室を支配し、そして月からも12室を支配している。


それで、マハダシャー土星期にスペース・ピープルの母船に乗って、太陽系外の惑星に行くことが出来たのである。



このことは注目すべきである。


宗教家や秘教やスピリチャルの世界で経験を積むとは、12室の象意であるため、現実社会での成功は全くないのである。


秋山氏は、今ではテレビに何度も出演し、様々な企業のコンサルタントを務める成功者であるが、UFOに200回も乗船するような沢山の経験を積み上げたのは、静岡という田舎に住んで、郵便局員として地味に仕事をしていた頃である。


この頃にスペース・ピープルからの教育プログラムで多くの指導を受けるという精神的な観点から贅沢な時間を過ごした。



東京に出て来てから、UFOに乗ったのは4回ぐらいしかないと本人が書いている為、やはり、12室というのは、宗教的体験、神秘体験の宝庫なのである。


そして、このような世界で豊かな経験を積むとは、現実世界での成功とは無縁なのである。


むしろ、現実世界での成功を失った時に初めて与えられるのが宗教的経験(悟り)と言えるかもしれない。



つまり、12室は解脱のハウスであるが、その解脱のハウスを失う(12室目)のが、11室(成功)である。


現実世界で成功しているうちは、このような形而上の世界の真実には気づくことが出来ないと言えるかもしれない。


完全に出来ないとは言えないが、少なくとも成功というものは、霊的な達成、解脱の妨げになると言えるのである。





国家社会主義的な理想社会とは、ユートピアなのか?



秋山氏は水星系スペース・ピープルの母船に乗って、太陽系外にある秋山氏の故郷の惑星に行って2日間滞在した経験を綴っている。


そこは創造性が評価される国家社会主義的な社会で、平和で静かで、闘争本能などが進化の過程で、抜け落ちたような社会であったという。


それで2日目に秋山氏は、刺激が少なすぎて地球に帰りたくてたまらなくなったと書いている。




(略)

彼らが住む星は、それはもう理想郷が実現したような世界でした。まるで夢のような天上の世界です。

それで私は、スペース・ピープルに改めて質問してみたのです。「なぜ私をこの惑星に連れてきたのですか」と。

するとスペース・ピープルは「この惑星も以前は地球と同じ段階の時代があった。そして理想的に進化したケースなのだ」とだけ答えました。

さらに私が「地球の未来もうまくいけば、このようになる可能性はありますか?」と聞いたら、「それはある」と答えたのです。

それを聞いてとてもうれしかったのを覚えています。それほどその惑星での体験は夢のような時間であったのです。

ところが、二日目の後半くらいから私に異変が起こります。その惑星にいるのが無性に嫌になったのです。のんびりしすぎて、シンプルすぎるからです。

というのも、私は根っからの地球人で、人とワイワイやるのが好きな性格なのです。

ところが、その惑星の人たちは、みなおっとりしていて、バカ騒ぎなどやりません。


地球の雰囲気が荒い滝の流れだとすると、この惑星の雰囲気はちょろちょろ流れる小川のような感じなのです。

三日目の朝から帰りたくて、帰りたくてしょうがなくなりました。

地球の街を車がブーッと通る音が無性に恋しくなって、「戻りたい!」と彼らに言ったのです。


そのとき意外な返答がありました。

スペース・ピープルはニコリと笑って「そうでしょう」と言うのです。

「あなたが生きていかなければならないのは、あの青い星・地球だよ。あの大地の上で、あなたは語り、生き、そして輝いていかなければならないのだよ」

そのとき、彼らの惑星を訪れた本当の理由がよくわかりました。それまでの私は、スペース・ピープルの世界への憧れを抱いていました。

最初にスペース・ピープルに呼びかけたのも、地球が嫌になったからです。

いじめられて、そういう寂しさから呼びかけました。スペース・ピープルに助けてもらいたかったのです。そういう根本的なところにある依存症みたいなものを、

その別の惑星の上で彼らはすべて取り去ってくれたのです。

彼らはこうも言いました。。

「あなたは地球で楽しく生きなくてはなりません。そして、あなたはとても重要な存在なのです。一人でできることには限りがあるなどとは考えないことです。

あなたからは、子孫が、そして影響を受けた若者がドンドン広がっていくではありませんか。

千年もしたら、あなたの仲間は何千人、何万人にもなっていることでしょう。

その人たちは、みんながあなたの影響を受けることになるのです。あなた一人から始まるものが、時間の経過とともに莫大なものになるのです」

こうして私は、再び、地球に戻ってきました。

ところが、驚いたことに、私は丸二日他の惑星に滞在したというのに、地球では二時間ほどしか経過していなかったのです。まるで逆・浦島太郎状態です。

もしかしたら実際に行ったのではなく、シュミレーション的に体験させられたのかとも思ったので、スペース・ピープルに聞くと、彼らは実体験であると太鼓判を押してくれました。

実際にこのような宇宙旅行をすると、時間の進み具合にずれが生じるようです。


(『秋山眞人のスペース・ピープル交信全記録 UFO交信ノートを初公開』P.131~133より引用抜粋)



このような平和で静かすぎる社会は刺激が少な過ぎて、秋山氏には退屈に感じられたようである。


おそらく地球に住む我々全てが、現時点で、このような理想社会にやってきたら同じように感じると思われる。



私は以前、『ヒトラーの予言 - 水瓶座時代の悪夢のシナリオ -』において、全ての人間が物のインターネット(IOT)に接続されて、衣食住など必要物が完全に満たされる社会で、主体性を失って、物のように機械生物の群れのようになってしまう人間の未来というものについて考察した。


リベラル左翼や、グローバリゼーションを推し進める金融資本家の最終的な目標は、14万人の官僚で管理する世界統一政府であるが、そうした社会が完成した時、もはや国家が国益の為に争い合う戦争というものが過去のものになり、監視や管理が行き届いて平和が維持され、犯罪も未然に防がれるが、そのような社会は、少し静かすぎて退屈になる可能性も秘めている。



このような社会では、戦争もデモ活動もなく、独裁者が台頭することもなければ、イデオロギー闘争もなく、国家間の闘争で、スパイが暗躍することもない。



つまり、地球も、もうこの秋山氏が訪れた桃源郷のような惑星に向かって歩んでいるのである。



フランシス・フクヤマの言った”歴史の終わり”の後、地球人類の進むべき方向性は、この秋山氏が訪れた桃源郷のような惑星である。



青春時代の地球



今現在の地球には、ヘーゲルの弁証法で言う所のテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)が葛藤し合っており、地球は今、青春時代の真っ只中なのである。



青春時代というものは、ただ若いということが良いだけで、人生の中では、矛盾だらけで、苦しみが多い時期であると言えるが、後で振り返ってみれば、青春時代特有の輝かしさというものを持っている。


多くの小説家が、青春時代というものをそのように描くのである。



秋山氏が地球に帰りたいといったのは、その青春の中に身を置きたいということである。



我々も同じく地球の中で、この青春時代の中に身を置く特権を得ていると言えるのである。





その他



因みに秋山氏がスペース・ピープルと共に訪れた惑星は、秋山氏が昔、住んでいた故郷の惑星であるという。



秋山氏がスペース・ピープルに遭遇し、彼らからの教育を受けるなどしたのは、スペース・ピープルとの古い約束に基づくものであると書いてある。



秋山氏は、そうしたスペース・ピープルとの古い約束に基づいて、地球に輪廻転生し、地球で啓蒙活動をする使命を果たしているように思われる。



トランス・ヒマラヤ密教や、神智学関連の情報によれば、地球の進化から出て来た魂は、覚者に到達するまでは、地球以外の惑星には輪廻転生出来ない。



従って、そのような情報から考えると、秋山氏は、地球で何らかの使命を果たす為に地球に転生したアバターではないかと考えられる。



現在、天王星が牡羊座の11°23’付近で逆行しており、私のラグナの度数が牡羊座の22°30’である為、かなり天王星がラグナの度数に近づいて来ている。



最近、私は、秋山氏のこれらの著作を手に取って、以前よりも更に詳しくなっているこれらの情報に関心を抱いたが、こうした天王星のトランジットの状況も関係しているかもしれない。



ラグナに天王星がトランジットすることによって、UFO、スペース・ピープルを意識しているという状況があるかもしれない。



天王星が牡羊座を通過していた1930年代にムッソリーニやヒトラーなどの国家社会主義者が台頭したが、ヒトラーもUFOには多大な関心を抱いていた。



従って、今、牡羊座の天王星という形式で、UFOに対する関心がもたれる可能性がある。
















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UFOコンタクティー秋山眞人について



最近、UFOコンタクティーの秋山眞人氏が書いた『秋山眞人のスペース・ピープル交信全記録 ― UFO交信ノートを初公開』(秋山眞人著 聞き手・編集 布施泰和)という興味深い本を読んだ。





濃厚な体験が綴られた本で、非常に考えさせられる本である。


秋山氏については、以前から知っていたが、確か『私は宇宙人と出会った(ごま書房)』(1997年04月)という本を立ち読みか何かで読んだことを覚えている。


ビートたけしの超常バトルといった番組で怒って途中退席したのも印象的であった。


ビートたけしのTVタックル3時間スペシャルで、ノストラダムスの大予言についての取り上げた際にも怒って、途中退席している。


この本で秋山氏は、今まで公に語ってこなかったUFOに関する体験の全てを明らかにしている。


既に1997年に出版された『私は宇宙人と出会った(ごま書房)』で公にUFO体験を語ってはいるが、この時よりも更に詳しく全ての経験を公開している。


要約すると、幼少時からスペース・ピープルのコンタクトを受けて、何度も目撃体験を繰り返した後、UFOへの乗船を経験し、その後、UFOの操縦の仕方も習い、スペース・ピープルの母船に乗って、スペース・ピープルの母星(秋山氏がかつて住んでいた惑星)に行って2日間、滞在するのだが、その体験談が非常に興味深いのである。


そこは国家社会主義的な社会で、住人たちが自由な創造性を発揮することが評価される社会であったというのであるが、そこで体験したエピソードの詳細については、本書を読んだ方がいいと思われる。


この惑星には丸2日滞在したが、地球に帰還すると、2時間ぐらいしか経過していなかったということで、浦島太郎の物語のようでもある。


他の惑星に行くと、時間の流れ方が異なるようである。


これはアインシュタインの相対性理論とは、また別の話のようで、スペース・ピープルとは住んでいる次元が違うので、時間の流れ方が異なるということである。


秋山氏は、スペース・ピープルの地球人に対する通常の教育プログラムで、幼少時から教育され、スペース・ピープルとのテレパシーの能力を確立して、テレパシーでのメッセージや実際に会うなどすることを通して様々な知識を伝授されるのである。


それで、日常的に様々な場所にストーカーのようにスペース・ピープルが現れるようになり、手厚い指導を受けるのである。


その指導の中で、興味深かったのは、意識が3つに分割されて自分が3箇所に同時に存在するという体験及び、訓練をさせられたというものである。


こうした秋山氏の体験談は、トランス・ヒマラヤ密教や、神智学関連書籍の中で、しばしば目にする情報であり、意識を分割して、複数の場所に同時に存在することは可能なようである。


その他、秋山氏の経験を読んでいると、トランス・ヒマラヤ密教や、神智学関連書籍などから精神世界系の情報を得ている人にとっては、非常に馴染の概念が登場する。


従って、この秋山氏の著作を読んで、トランス・ヒマラヤ密教や、神智学関連書籍で言われていることが納得できるというものも多かった。



秋山氏が乗船した母船は、ジョージ・アダムスキーが経験した葉巻型UFOであり、スペース・ピープルの母星に行くと、その葉巻型UFOが、ビルのように縦にそびえ立って、都市を形成しており、何か環境が変化して、移動が必要になると、都市ごと移動するのだという。


また秋山氏は、別の書籍『Lシフト スペース・ピープルの全真相』(秋山眞人・布施泰和著)において、スティーブン・グリア氏の体験談(『UFOテクノロジー隠蔽工作』スティーブン・グリア著)が全く自分の体験談と同じであると述べて、グリア氏の情報が本物であると太鼓判を押している。







因みに私自身は、ジョージ・アダムスキーの情報と、スティーブン・グリア氏の情報は、真実だと思っている。



そして、秋山氏の情報も真実だと思っているが、一部、理解が困難な情報も含まれている。


例えば、宇宙人には4種類いて、一つは、人間と同じような姿のラットや猿など比較的小さな哺乳類から進化したヒューマノイドタイプの宇宙人と、ペルという一般にグレイと呼ばれる爬虫類から進化した「恐竜の進化形」である宇宙人と、ゲルという犬や熊といった比較的大型の哺乳類から進化し、身長が4メートル以上ある巨人族とも言える巨石文明を持つ宇宙人、そして、昆虫から進化したと見られる昆虫系の宇宙人がいるのだという。



・人間と同じような姿のラットや猿など比較的小さな哺乳類から進化したヒューマノイドタイプの宇宙人

・ペルという一般にグレイと呼ばれる爬虫類から進化した「恐竜の進化形」である宇宙人

・ゲルという犬や熊といった比較的大型の哺乳類から進化し、身長が4メートル以上ある巨人族とも言える巨石文明を持つ宇宙人

・昆虫から進化したと見られる昆虫系の宇宙人




これを読んだ時、私の頭は混乱した。


確かにロズウェルにUFOが墜落した事件では、中に乗船していた宇宙人は、「グレイ」と呼ばれるタイプで、米軍が墜落したUFOを回収して、リバース・エンジニアリングで、ロッキード社などが地球製のUFOを既に完成させたようである。


そうしたことが、スティーブン・グリア氏の『UFOテクノロジー隠蔽工作』の中で言及されていたが、これは本当だと思える。


苫米地英人によれば、レーザー光線の技術など、日常生活で使われている技術で、宇宙人から得たものは沢山あるのだという。


もしグレイというタイプがロボットであるとすれば、何故、あのような外見的に醜い姿のロボットを作らなければいけないのか疑問に思えるが、グレイが宇宙人であるというのであれば、かえって、これは理解できるかもしれない。


秋山氏によれば、この宇宙に存在する宇宙人の大半が、この「グレイ」タイプのペルという宇宙人だという。(これもにわかには信じがたい)




然し、この「グレイ」タイプの他に犬や熊のような顔をしたゲルという宇宙人や昆虫から進化した昆虫系の宇宙人がいるなどというのは非常に信じがたいことである。



何故なら、私の理解では、人間は二足歩行をすることにより、手先が器用に使えるようになったことから、脳を発達させたと思うからである。


技術が科学の発展をもたらすため、人間のように手先が器用でなければ、科学の発展の基盤となる技術を駆使することが出来ないのではないかと思うのである。


つまり、原初の人間において、手先の器用さが道具の制作をもたらし、技術を高めて、それが科学の発展をもたらし、それがまた技術の進歩を促すといったように技術と科学が相乗効果で進歩して来たと思うのだ。


犬や熊がどうやって脳を発達させるような進化を遂げたというのだろうか、また昆虫がどのようにして知性を持つに至ったというのだろうか。



秋山氏によれば、スペース・ピープルは、「未来」の水星、金星、木星などから飛来しており、地球の古代文明の一部は、時空の異なった他の星で今現在も存在し、進化しているのだというのである。


そうしたことを秋山氏は、スペース・ピープルから聞いたそうだ。



この辺りの情報はぶっ飛んでいる感じである。



確かにトランス・ヒマラヤ密教や、神智学関連書籍に通じていれば、時間軸というのは四次元よりも上の次元から見れば、同時に見えるのであり、特に過去から未来に向けて進行しているようには見えないというのはよく言われることである。



未来も現在も過去も同時に存在しているということなのである。



そうした概念に全く初めて出くわす訳ではないが、UFOが未来から来ているなどというのは、全く初めて聞く話である。



ジョージ・アダムスキー全集などにもそうしたことは書いてなかったと思う。



スティーブン・グリア氏の『UFOテクノロジー隠蔽工作』にもそのようなことは書いてなかったと思う。全く初耳である。



宇宙人は、水星、金星、木星などにも住んでいるが、エーテル界に住んでいるので、地球人には見えないというのが、精神世界に普及している最新知識であると思う。



当時、アダムスキーは、スペース・ピープルは、エーテル界に存在しているとは言わなかった為に信用を失ったのであるが、エーテル界に存在しているとなれば、それは理解出来ないことはない。




秋山氏がいう時空の異なる宇宙というのが、エーテル界やアストラル界など、より精妙な世界のことを言っており、そこでは時間の進み方が違うというのであれば、矛盾はしないが、然し、未来から来たというのは、地球の一般人の常識から考えると理解が困難である。




もしかすると、スペース・ピープルがエーテル界に存在しているというのは真実をより単純化し、分かりやすくするために必要だったのであり、秋山氏の情報の方が正しいという可能性もあり得る。



あまりにも飛躍した概念を提示すると、普通の一般人が混乱するので、あえて分かりやすくエーテル界という形で、分かりやすく表現したのかもしれない。



然し、実際は、もっとリアリティーというのは複雑で深いものかもしれない。



そうでなければ、秋山氏の情報が虚偽で、かなり秋山氏の空想などが含まれてしまった可能性を疑わなければならない。



最も『秋山眞人のスペース・ピープル交信全記録 UFO交信ノートを初公開』(秋山眞人著 聞き手・編集 布施泰和)の語り口は、誠実で、真実を口にしている印象が多分にあり、頭脳明晰であり、意図的に騙そうとするような意図があるとは全く思えない。



従って、秋山氏自身は、自分が本当に体験したことを話していることは間違いないと思われる。



然し、秋山氏も気がつかないうちに本当のUFO体験の中にアストラル的な幻惑を付け足してしまったのではないかという疑いが残る。



私などは読み進んでいるうちに秋山氏を信じたかったが、どうしても秋山氏の真実のUFO体験の中にアストラル的な幻惑・錯覚が含まれた可能性を何度も考えてしまった。



これが私の限界なのだと思われる。



もし秋山氏の情報が真実であったとしても、私の頭はそれを受け入れられなかったのである。



例えば、秋山氏が、UFOを何度も目撃したり、スペース・ピープルからUFOの操縦の仕方について訓練を受け、葉巻型の母船に乗ったり、自分が昔住んでいた惑星に母船で訪れて、そこでのスペース・ピープルの生活ぶりを描写した辺りには、非常にリアリティーを感じた。



それらの体験報告は、全く客観的で頭脳明晰であり、非常に信憑性が高い。





然し、読み進めていく上で、4種類のタイプの宇宙人がいるという話や、宇宙人が未来から来ており、時空の異なる宇宙の惑星に地球の過去の文明が移転し、現在でも存在し、進化しているといった話を聞いた途端、私の中で、猜疑心が起動したのである。



それまではアダムスキーや、スティーブン・グリア氏の情報と同じように真実の情報であるとして、受け入れていたが、それ以上の概念は、私の中で、受け入れられなかったようである。



秋山氏の情報は、アダムスキーや、スティーブン・グリア氏の情報よりも更に詳しい内容を伝えるものとなっており、宇宙人や時間や空間に関しての概念が、飛躍している。




その為、もしこれらの情報が本当であれば、これは画期的な追加情報である。




『秋山眞人のスペース・ピープル交信全記録 UFO交信ノートを初公開』(秋山眞人著 聞き手・編集 布施泰和)を読んでから、この内容が全てが真実かどうかについて、考え続けている。




この中の情報は、トランス・ヒマラヤ密教や、神智学関連書籍が言及するUFO、宇宙人情報とは、かなり違っている。




然し、一部の情報については、トランス・ヒマラヤ密教や、神智学関連書籍が伝えている内容を裏付けるものがあったり、より理解するのに役立つ情報などもあるため、非常に興味深い情報であった。






秋山氏の出生チャート


『秋山眞人のスペース・ピープル交信全記録 UFO交信ノートを初公開』(秋山眞人著 聞き手・編集 布施泰和)の末尾の部分(第6章 ミッション地球と地球の未来)に秋山氏が東京に出て来てからのいくつかの出来事が綴られており、それが新興宗教を起ち上げる教祖のような神秘的な体験をしている。


「百人町の赤ひげ」と呼ばれた日本の漢方学界の大幹部の津田要一氏が、新宿駅の改札で待ち構えていて秋山氏にいきなり話しかけて来て、竜のお告げがあって「夕方になったらこのような風体のこのような感じの男子が来る」と言われて、新宿西口の改札口で待っていたという。


秋山氏は驚いて「東京にはこういう人がたくさんいるのだ。このまま誘拐されて臓器を売られてしまうのではないか。きっと何か裏がある。健康な若い男性には誰にでも声をかけて、カモを探しているに違いない」などと色々な考えが頭をよぎったそうだ。


そして、津田要一氏と新宿駅の西にある熊野神社に参拝に行くと、小さい白い竜が、熊野神社の屋根の真ん中からスーっと中に入っていったのが見えたそうだ。


上京する少し前に地元(静岡県)のビク石という山の上で、小さい白い竜のような生き物が東京の方角にビューンと飛んでいくのを見ていたので、それで、その同じ竜が、新宿の西の熊野神社に入っていったので、納得して、「竜が喜んでいます」と津田要一氏に説明したといったエピソードを紹介している。


この体験談にあるような竜神が見えるというのは、典型的に神秘家の体験である。


通常は、UFO体験をする人は、神秘家のような体験をしないし、神秘家は、UFO体験を持たない。


然し、秋山氏の場合、豊富なUFO体験を持つと同時に「竜神」といったアストラル界の住人のようなビジョンも見ている。


これは後で考察するが、秋山氏の出生図において、水瓶座ラグナと強い11室がUFO体験をもたらし、魚座の月が、神秘家としての体験ももたらしたのではないかと思われた。






秋山氏の出生データは、「wikipedia 秋山眞人」に載っており、出生時間は分からないが、いくつかの出来事を検討すると、ラグナは水瓶座ラグナではないかと思われる。


通常、ジョージ・アダムスキーもそうだが、UFOコンタクティーというのは、水瓶座が強調されている。



水瓶座は、国際主義の星座であり、博愛を表わし、国籍、年齢、性別、人種などにこだわらず、誰とでも親しく付き合うことが星座である。


だから水瓶座が強調される人は、他の惑星の住人である宇宙人との遭遇体験や、宇宙人の乗り物であるUFOの目撃体験が与えられるのである。


秋山氏のチャートでは、水瓶座にはケートゥが在住しているが、更に水瓶座がラグナであることで水瓶座が強調されたのではないかと思われる。


水瓶座をラグナに設定すると、11室射手座に惑星が集中するが、11室は、称号や肩書き、高い評価、豊富な人脈などを表わすハウスである。


現在の秋山氏のプロフィールを見ると、UFO体験を積み重ね、出版ビジネスで成功して、今となっては高い評価と称号を確立した成功者である。


著者プロフィール

秋山眞人(あきやま・まこと)

1960年、静岡県に生まれる。国際気能法研究所代表。精神世界、スピリチュアル、能力の分野で研究、執筆をする。世界および日本の神話・占術・伝承・風水などにも精通している。

これらの関連著作は60冊以上。2001年スティーブン・スピルバーグの財団「スターライト・チルドレンズ・ファンデーション」で多くの著名人と絵画展に参加、画家としても活躍している。

映画評論、アニメ原作、教育システムアドバイザーとマルチコンサルタントとしてITから飲食業界まで、様々な分野で実績を残している。コンサルタントや実験協力でかかわった企業は、

サムソン、ソニー、日産、ホンダなどの大手企業から警察、FBIに至るまで幅広い。

現在、公開企業イマジニア株式会社顧問他、70数社のコンサルタントを行う。

大正大学大学院博士課程前期終了(修士)。他にも米国の二つの大学より名誉学位が与えられ、国の内外で客員教授の経験もある。中国タイ国際太極拳気功研究会永遠名誉会長、世界孔子協会より、孔子超能力賞受賞(受賞時の会長は稲盛和夫氏)。



今やUFOコンタクティーとして、また精神世界や能力開発の専門家として、確固とした地位を確立した印象であり、明らかに強い11室の象意が感じられる。


従って、ラグナを水瓶座に設定して、11室射手座に木星、金星、土星が集中する配置とし、ラグナロードの土星が11室に在住する配置にすれば、この秋山氏のプロフィールに合致したチャートにすることが出来る。


水瓶座ラグナで、ケートゥがラグナに在住している配置であれば、宇宙人との深い関係を表わす水瓶座が強調される配置にもなる。


また秋山氏は、1976年の高校生の時に「コンタクティー協会」というスペース・ピープルとコンタクトした人たちの集まりの団体を主宰しており、それが後に発展して、翌77年に「日本超宇宙通信協会」というものを起ち上げて、研究者の人たちと交流したり、地元(静岡県)の仲間のネットワークを作ったりしている。

更に当時、大学生の間で組織された「全日本大学超常現象研究会連合」に高校生のときにリュックサックを背負って出かけていって参加し、UFO問題だけでなく、超能力とか様々な超常現象を扱うようになったという。


また1976年4月29日にある超常現象研究会などが主催する会合にも出席したそうである。


この大学の研究グループには、当時、慶大の学生で、後に「と学会」で有名になる志水一夫氏、懐疑派としてテレビにも登場した東大UFO研究会の藤木文彦氏、東海大学で一番大きな組織を作っていた大谷淳一氏、電気通信大学の関英男博士や日本GAP主宰者の久保田八郎氏、防衛大学の大谷宗司氏といった錚々たる人たちがおり、交流を始めたと記されている。


また静岡県はコンタクティーが多くスペース・ピープルやUFOのデータを集めて、情報交換しているうちに誕生したのが「宇宙人研究協会(OFA)」で1979年ごろには『サラス』(宇宙人研究協会)という機関誌を発行し、それが次に「自由精神開拓団」の発足につながったと記されている。


このように自らサークルを起ち上げたり、サークルに参加したりして、多くの人々と交流してきたという経歴から、11室(交友関係、サークル活動)が強調されているということが分かる。


従って、ラグナは水瓶座ラグナで、ラグナにケートゥが在住し、11室に惑星集中しているという配置なのである。






また『秋山眞人のスペース・ピープル交信全記録 UFO交信ノートを初公開』(秋山眞人著 聞き手・編集 布施泰和)の末尾の部分(第6章 ミッション地球と地球の未来)で、新宿駅西口で、津田要一氏と出会った後の出来事が続くが、新宿のそばのある店で出会った店長の家に下宿させてもらうことになって、その間に就職活動と家探しを始め、2~3カ月経ってから、東京・武蔵小金井に「自由精神開拓団」の仲間三人と計四人で大きな庵のような一軒家を借りたそうである。


そこは昼間からオバケが出るお化け屋敷だったと綴られている。



そして、新宿中央公園のそばの会社への就職が決まって、倒産寸前の会社で、取り立てが来たら、誤魔化して追い返すといったユニークな仕事をしている。


社員がどんどん辞めて、社長も行方不明になっていたが、しばらくしてアメリカから能力開発や教育のノウハウを持って帰って来て、能力開発の本を出したら、それが大当たりして、7年間で、出版部の3人で10億円ぐらい売り上げたそうである。


この大ブレークが射手座に惑星集中する人の上昇である。




この東京に上京した頃が1985年か86年頃で、おそらくマハダシャー水星期に移行した直後なのである。


もし水瓶座ラグナであれば、水星は5、8室支配で9室に在住し、3室(出版)にアスペクトしている。


5室は執筆のハウスであり、水星は出版、文筆の惑星である。




また水星は月からみると4、7室支配で8室に在住している。


水星が8室を支配したり、8室に在住する場合、他人の財力、会社の資金やインフラを使って、ビジネスで成功する配置である。



水星をラグナとすると、3室射手座に惑星集中しているため、それで、この頃、出版で大成功したのだと分かる。


この当時、秋山氏が易を立てた所、六十四掛中の最初の掛である「乾為天」が出たと書いてある。


乾為天は「あっという間に、すべてが通る」という意味だそうだ。






私は秋山氏のラグナを水瓶座のシャタビシャーの第1パダに修正したが、そうすると、ダシャムシャのラグナに水星が在住する配置となる。


従って、マハダシャー水星期に入ってから出版で大成功するというのは、この配置がもたらしたのである。


2、5室支配の水星が、ラグナロードの金星と1-2室で星座交換しており、この水星期に移行するタイミングで、大ブレイクすることは約束されていたのである。



秋山氏は、東京に上京した1986年頃から以下のように立て続けに本を出版して、それが全て能力開発の本であり、このタイミングで大成功した様子がよく分かる。


これは5室支配のマハダシャー水星期がもたらしたのである。




超能力開発マニュアル(朝日ソノラマ)1986年07月
超魂(トレンド出版)1987年04月
超自己を発見する大成功のテクニック(トレンド出版)1987年12月
愛情を得るための超能力(ボストン・クラブ)1988年07月
成功と財力向上のための超能力(ボストン・クラブ)1988年07月
健康コントロールのための超能力(ボストン・クラブ)1989年02月
秋山真人の語りあかそう超能力(三交社)1990年03月
UFOと超能力の謎(日東書院)1990年12月
超能力者への道(きこ書房)1991年02月
超能力への挑戦(集英社)1991年07月 ※カセットテープ付文庫。音楽:宮下富実夫
驚異の偶然の一致(二見書房)1994年06月
気を啓く(ハートピア計画)1994年09月
超能力おもしろ実験室(河出書房新社)1995年04月
奇跡の超能力者(竹書房)1995年05月
大教祖様養成講座(イーハ・トーヴ)1995年05月
新新宗教完全解読マニュアル(ジュピター出版)1995年07月
超能力と人体の不思議関係(雄鶏社)1995年09月
気で心と体が変わる(TBSブリタニカ)1995年09月
心のコリをほぐす本(ジュピター出版)1995年10月
マインドストリップ(幻冬舎)1996年05月
潜在能力開発法(ごま書房)1996年07月
運命を変える気能力(元就出版社)1997年02月
第六感の法則(ごま書房)1997年03月
私は宇宙人と出会った(ごま書房)1997年04月
占いで心を癒す(ほるぷ出版)1997年04月
報道できなかった偶然の一致(竹書房)1997年06月
成功脳をつくるための実践イメージトレーニング法(ごま書房)1997年07月
第六感で生きる(サンマーク出版)1998年02月
癒される人生は必ずある(ごま書房)1998年07月 ※共著:江戸稔
物の気の超開運学(新星出版社)1998年09月
燃える人生の創造(ごま書房)1998年11月
フェアリーキティの開運辞典(サンマーク出版)1998年12月
結婚恐怖症(キルタイムコミュニケーション)1999年01月 発行
学校恐怖症(キルタイムコミュニケーション)1999年10月 発行
遠隔透視術(PHP研究所)1999年11月
超能力ふしぎな大実験(青春出版社)1999年12月
秋山眞人の優しい宇宙人(求龍堂)2000年10月 ※共著:坂本貢一


・・・(略)・・・・


(wikipedia 秋山眞人より引用抜粋)



そして、これ以外の出来事として、結婚したエピソードも記されている。


秋山氏の本を読んだと言って、新宿中央公園のそばの会社の編集部に訪ねてきた女性と、結婚したそうである。


デートの約束をしたその日の朝、秋山氏は、朝から体が痙攣するくらいガクガクと力が抜ける症状が出たそうである。


隣の病院で受診すると、黄疸が出ており、肝臓疾患であると告げられ、地元静岡の病院に入院することになったそうだ。


女性は新幹線に乗って静岡の病院まで駆けつけてくれたそうだ。


それで、病室で意識を失って、二三日して意識を取り戻すと、女性の母親と秋山氏の両親がベッドのそばで結婚の話を進めていたという。


非常に興味深いエピソードである。


おそらく水星がラグナから8室の支配星、月から7室支配で8室に在住しており、8室が強調されている為、配偶者の母親と自分の両親が、勝手に結婚話をまとめたのではないかと思われる。


家同士の結婚に近い形である。



そして、私はこのエピソードからナヴァムシャのラグナを射手座に設定した。




射手座に設定すると、出生図のラグナは、シャタビシャーの第1パダになるが、シャタビシャーは無駄なおしゃべりを好まない精神世界の住人であるから、秋山氏のパーソナリティーに一致している。


射手座をラグナとすると、やはり出生図と同じように11室に惑星集中し、7、10室支配の水星が5室に在住するが、この水星期になると同時に就職が決まり、出版で成功したのは、10室支配の水星が5室に在住して、9室支配の太陽と相互アスペクトなどして、9-10のラージャヨーガを形成するなどしている為である。(射手座ラグナにとっての水星と太陽のコンビネーションは最高のヨーガカラカである)


そして、水星は7室の支配星でもあるため、それで、この水星期に結婚したものと思われる。


水星は、7室支配で5室に在住している為、秋山氏の本を読んだ女性が尋ねて来て、デートの約束をしたといったエピソードから分かるように恋愛結婚である。


そして、それと同時進行で、秋山氏が、肝臓を患ったのは、水星がマラカの7室の支配星で、2、3室支配のマラカの土星と6、11室支配のマラカの金星からアスペクトされて傷ついているからである。


出生図の水星は、致命的な病を表わす8室の支配星で、月から見たマラカの7室を支配し、8室に在住しているが、天秤座のヴィシャーカー(木星)に在住している。


水星が在住しているヴィシャーカーの支配星である木星は、2、11室支配のマラカで、土星とコンジャンクトし、火星からアスペクトされて傷ついている。


木星をラグナとすると、2、3室支配のマラカの土星と、6、11室支配のマラカの金星とコンジャンクトし、更に12室支配の火星からアスペクトされている為、肝臓の表示体である木星は激しく傷ついていることが分かる。


また水星は天秤座に在住しており、ディスポジターの金星は、月から見た3、8室の支配星であるが、11、12室支配のマラカの土星、2室支配の火星と共にラグナロードの木星を傷つけている。


従って、この天秤座及びヴィシャーカーに在住する水星期に肝臓疾患に苦しんだことが分かる。


但し、この肝臓疾患をスペース・ピープルが寝ている間に治療してくれたと秋山氏は本の中で書いている。



出生図のラグナから見て、傷ついた木星には9室支配の金星がコンジャンクトしているが、それが治療をしてくれた宇宙人の表示体かもしれない。



このように秋山氏の著作に示された過去の経歴をリサーチした所、ナヴァムシャのラグナまで特定できたようである。



何故、私がこのように秋山氏のラグナの特定に情熱を燃やしたかと言えば、秋山氏の超能力がどんな惑星配置に由来するものなのかを特定したかったからである。



秋山氏のUFO情報、宇宙人情報の真偽をチャートの惑星配置から検証したかったということが出来る。



実際の所、秋山氏のナヴァムシャの配置は、非常に強力であり、金星、土星がムーラトリコーナや高揚の配置であり、木星も高揚して、定座の月とコンジャンクトして、ガージャケーサリヨーガを形成している。



木星が高揚して、月が定座に在住しているので、かなり強力なガージャケーサリヨーガ(学者のヨーガ)であり、永続する名声、記憶力などを表わしている。




この射手座から見て8室で形成されるガージャケーサリヨーガの強い月と木星が、シッディ(超能力)を表わしていると思われる。


然し、この蟹座で形成される強力なシッディの能力は、有能だが、かなり個性的なものになると思われる。



この配置は、メッセージが夢やイメージ、ビジョンなどでもたらされる配置であり、シンクロニシティーを敏感に感じ取る配置と言ってもいいかもしれない。


秋山氏の最近の著書『シンクロニシティ「意味ある偶然」のパワー(成甲書房)』(2017年1月)なども、シンクロニシティーの事例が豊富に載っている良書だが、こうした感性はこの強いナヴァムシャの8室から来ていると思われる。


但し、蟹座は水の星座で、感情、情緒の星座であり、どのくらいアストラル的なものが混じっているのかという所が問題である。



また金星と土星がムーラトリコーナと高揚で、非常に強力であるが、太陽は減衰していて、ディスポジターの金星とコンジャンクトしている為、ニーチャバンガラージャヨーガを形成している。


どこかで見た配置と思えば、ビルゲイツの出生図の配置と同じである。



また月から見て、木星、土星、金星は、ケンドラで定座以上の強さを持っている為、ハンサヨーガ、シャシャヨーガ、マラヴィアヨーガを形成している。


安倍晋三の出生図の配置と似ている配置でもあると言える。






現在、秋山氏は、2007年9月頃からマハダシャー金星期に移行しており、youtubeなどでも情報発信しており、すっかり華やかな雰囲気に変わっている。


もはやUFOコンタクティー、スピリチャルの専門家としての地位が確立したようである。


秋山氏のUFO情報について懐疑的な雰囲気というものはなくなっており、時代が全く変化して好奇心を持って検討される対象となっている。



今回、『秋山眞人のスペース・ピープル交信全記録 UFO交信ノートを初公開』(秋山眞人著 聞き手・編集 布施泰和)と、『Lシフト スペース・ピープルの全真相』(秋山眞人・布施泰和著)を読んだ感想として、この記事を書いたが、これらの本の体験談は、非常に興味深い内容である。



これらの著作において、聞き手、編集を務めた布施泰和氏の経歴も非常に興味深い。



1958年、東京に生まれる。英国ケント大学で英・仏文学を学び、1982年に国際基督教大学教養学部(仏文学専攻)を卒業。
同年共同通信社に入り、富山支局在任中の1984年、「日本のピラミッド」の存在をスクープ、巨石ブームの火付け役となる。
その後、金融証券部、経済部などを経て1996年退社して渡米。ハーバード大学ケネディー行政大学院とジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)に学び、行政学修士号と国際公共政策学修士号をそれぞれ取得。帰国後は専門の国際政治・経済だけでなく、古代文明や精神世界など多方面の研究・取材活動を続けている。
『竹内文書と平安京の謎』『「竹内文書」の謎を解く』『「竹内文書」の謎を解く②-古代日本の王たちの秘密』『不思議な世界の歩き方』(以上、成甲書房)、『誰も知らない世界の御親国日本』(ヒカルランド)など著書多数。秋山氏との共著では『Lシフト スペース・ピープルの全真相』(ナチュラルスピリット)、『シンクロニシティ「意味ある偶然」のパワー』『神霊界と異星人のスピリチャルな真相』『あなたの自宅をパワースポットにする方法』(以上、成甲書房)、『楽しめば楽しむほどお金は引き寄せられる』(コスモ21刊)などがある。



ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)に学び行政学修士号と国際公共政策学修士号を取得するなど、国際政治・経済の学問を追求していたかと思えば、古代文明・精神世界の追求にも関心を持つ、興味深い人物である。


















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小泉進次郎について -総理大臣になれるか更に検証する-



小泉進次郎の出生図が蠍座ラグナで、ナヴァムシャ(D9)やダシャムシャ(D10)のラグナが蟹座らしいということが分かった為、ジャイミニスキームで、小泉進次郎が総理大臣になれるかどうか検討してみたいと思う。


チャラダシャー


2012年4月14日~2021年4月14日まで、チャラダシャーは双子座のメジャーダシャーである。




双子座から見ると、10室でAKとAmKがジャイミニラージャヨーガを形成しており、順調に政治キャリアを積み重ねて来たことが分かる。


4室からBKの土星がアスペクトして、ハードワークを表わしているかもしれないが、MKの木星がアスペクトして、10室のラージャヨーガに吉意を与えている。


木星の絡みは、自民党内での勉強会の開催などを表わしているかもしれない。


現在もまだ双子座のメジャーダシャーで、サブダシャーは獅子座(2019/1/14~2019/10/15)である。


獅子座には、結婚の表示体である金星とDK(配偶者)の太陽がアスペクトしており、獅子座から見た7室にもアスペクトしている。


ナヴァムシャでもこれを繰り返しており、それで、今のタイミングで結婚したと言える。


またこのタイミングで子供が出来たのは、獅子座にPKが在住し、獅子座から見た5室に子供の表示体である木星がアスペクトしているからである。



但し、獅子座から見ると、AKとAmKが8室に在住し、土星からアスペクトを受けている。


それで、今、沢山のバッシングを受けて、活動に行き詰まりが生じたのである。


小泉進次郎夫妻にバッシングの嵐! 滝クリは“元親友”とも疎遠で四面楚歌か
週刊女性PRIME 取材・文/小窪誠子2019/9/28

本人たちも、まさかここまでバッシングされるとは予想もしなかったことだろう。8月に電撃結婚した、小泉進次郎環境相とフリーアナウンサーの滝川クリステル夫妻。年明けには第一子が誕生する予定だが、その言動が集中砲火を浴びている。

祝福モードから一転、止まぬバッシング

 9月22日、ニューヨークの国連本部で開催された環境関連のイベントで進次郎氏が「気候変動のような大きな問題への取り組みは楽しく、格好よく、セクシーであるべきだ」と英語でスピーチしたことが報じられると、マスコミからは意味不明だとバッシング。翌日、発言の真意を記者団に問われると「説明すること自体がセクシーじゃない。やぼな説明はいらない」などと述べ、さらにヒートアップし、まさにお祭り騒ぎだ。

 これまでも第一子誕生後の「育休」取得に関する発言から、東京電力福島第一原発における処理水の海洋放出をめぐるコメントの中にあった「のどぐろ」発言、さらには、福島県内の中間貯蔵施設の汚染土を30年後に県外に移すという国の約束について問われたときの「30年後の自分は何歳かなと発災直後から考えていました……」という「ポエム」回答など、SNS上ではハッシュタグが付いてトレンド入りする珍ワードを連発している。

「日本政府の代表として、“セクシー”という言葉遣いがオフィシャルな場での英語として適切かどうかということではなく、地球温暖化問題に対する具体策を全然述べていないことが問題なのです。日本のマスコミも、“小泉氏がニューヨークでまずステーキを食べに行った”“気候変動問題はセクシーに”なんてうわべの報道ばかりで、世界との認識の差を露呈しました」(政治ジャーナリスト)

 結婚直後は、進次郎氏に対し「将来の総理大臣候補」、滝クリについても「美しいファーストレディの誕生か」などまるでロイヤルファミリーのような持ち上げようだったマスコミも、進次郎氏が入閣したころから一転、バッシングが始まった。

「反安倍路線だった進次郎氏が寝返ったと映るのがバッシングの一因でしょう。それと、弁舌さわやかであるものの、如何せん具体策についての言及がなく、大臣になってからは何をどうするのかがまったく伝わらないので、経験不足や期待外れという指摘をされてしまう」(同前)

 一方、妻のクリステルに対しても、ネット上では「勘違いしてる」「上昇志向のかたまり」「ファーストレディ気取り」といった中傷する文言が少なくない。

「二人とも交際中から極秘でしたから、結婚するまでごく限られた身内にしか話していませんでした。ただ、クリステルは結婚・妊娠を発表した後も、親しい友人や仕事関係者への報告はもちろん、届いたお祝いのメッセージに対しても返信をしていないそうです」
 
 そう話すのはスポーツ紙記者だ。

「彼女は動物愛護に関して積極的な活動をしていますが、それを通じて仲良くなった女優や著名人にも、ほんの一部にしか報告をしなかったそうです。

 一時は“親友”とまで言われていた有名女優については、結婚発表後に取材したところ、お祝いの言葉どころか、“もう何年も連絡は取っていません。そもそも友達でもありませんから、コメントを出す理由もありません”と、けんもほろろ。かつてはインスタグラムに写真を載せたり、いいねを押し合っていた仲なのに、驚きました。今は地元の後援会や進次郎氏の取り巻きしか目に入らないのかもしれません」(同)

 小泉夫妻の話題は今後も尽きないだろうが、もっとも注目したいのは、何よりも進次郎氏の政治的手腕だ。

(取材・文/小窪誠子)


獅子座から見ると、2室の支配星は8室で減衰し、土星、火星と絡んで傷ついており、2室には8室の支配星が在住し、土星、火星と絡んでいる。


従って、この時期、具体性の伴わないスピーチが原因で、多大なバッシングを受けることになったのである。






然し、まもなく双子座/蟹座の時期に移行し、蟹座から見ると、AKとAmKは9室に位置するため、バッシングも落ち着きを見せると思われる。



因みに8室の双子座の時期に結婚した理由が、ジャイミニスキームでは確認しにくいが、双子座はまず配偶者との結婚生活を表わす8室である。


そして、双子座から見て、AK、AmKや木星が7室にアスペクトして、7室に吉意を与えている為、それで結婚のタイミングと考えることが出来るのである。


これはナヴァムシャにおいても同じである。


双子座から見ると、金星やDKなどの結婚を意味するスティラカラカ(固定表示体)、チャラカラカ(変動表示体)が双子座やそこからの7室に絡んでいない為、結婚の時期と考えるのが難しいが、但し、双子座から見た7室が強くなっている為、辛うじて、結婚をしたロジックが確認できる。


結婚は主にサブダシャーの獅子座が来て、更に出生図とナヴァムシャで、獅子座や獅子座からの7室に金星やDKがアスペクトする配置(非常に結婚を濃く表示している)がもたらしたと考えられる。



因みに滝川クリステルとの結婚に関しては、2人は離婚するのではないかといった様々な意見が見られる。


滝川クリステルは、政治家の嫁には向いていないのではないかといった議論である。


上沼恵美子、進次郎氏と滝クリは「別れる」と大胆予言
2019.9.22 16:57 サンスポ

 タレント、上沼恵美子(64)が22日、MCを務める読売テレビ「上沼・高田のクギズケ!」(日曜前11・40)に出演。第4次安倍再改造内閣で初入閣した小泉進次郎環境相(38)と妻でフリーアナウンサーの滝川クリステル(41)の今後を予言した。

 番組では進次郎氏が大臣就任前から第1子誕生予定の年明けでの育休取得に意欲を示していたことを紹介。しかし、今回の入閣によってそれが叶わなくなるのではないかとの話題を取り上げた。

 上沼も「これは仕方ないね。クリステルさんも覚悟してくださいよ。これホンマに育休とったら怒られる。無理だと思うな」と進次郎氏の育休取得には否定的な様子。さらに「持論です」とした上で、滝川との結婚についても「マイナスです。やっぱりきれいな、派手な人が好きやってんなって。がっかりする」とコメントした。また、「クリステルさんは一人で生きていける人だし、結婚してラブラブで赤ちゃんもすくすく育って、うれしいときやと思うんですよ」と話したが、「今だけや」とまさかのひと言。

 進次郎氏について「(総理大臣まで)行くと思う」と予想する上沼だったが、「ヤキモチで言うてます」と前置きすると「クリステルさんとは別れるわ」と大胆に予言。「離婚は悪いわけではないじゃないですか」と一応フォローは入れたものの、「でも見とってみ。絶対なるから」と姿勢は崩さなかった。


小泉進次郎のチャートを見ると、DKの太陽がGKの金星と6室(離婚)でコンジャンクトして傷ついている。


結婚の表示体で7室支配の金星も6室で、太陽からコンバストされて傷ついている。


これは結婚が上手くいかないことを象徴している。


ジャイミニの変動表示体を重ね合わせると、6室での金星と太陽のコンジャンクションは、結婚が上手く行かないことを二重に表示している。


つまり、ダシャーが来る来ないに関わらず、元々そうした配偶者運、結婚運を持っているということである。



それで、チャラダシャーのサブダシャーが獅子座になった時に結婚した訳であるが、それは同時に結婚の不協和音を示しているのである。


だから世間の人々は、小泉進次郎と滝川クリステルの結婚に驚くと同時に違和感を口にするようになったのである。






おそらくこの6室での金星に太陽がコンバストしている配置は、自立していてキャリアも形成している輝かしい滝川クリステルが、自己主張することで、政治家の妻といった地味な脇役に甘んじることが出来ず、夫婦間に衝突を起こすことを意味しているのである。


あるいは、小泉進次郎の政治家としての華やかな仕事が、滝川クリステルという配偶者を焼いて、夫の日陰としての地味な立場に追い込んでしまう。


7室支配の金星が10室支配の太陽にコンバストされているというのは、その両方を表わしている。



つまり、滝川クリステルも太陽のようにカリスマ性や輝かしさを持っているが、小泉進次郎の政治キャリアもそうである。


この2つが自己主張し合って、自我が激しくぶつかり合い、衝突を起こすのである。



スター同士が結婚すると、上手く行かないと言われるが、それはどちらかが太陽になれば、どちらかが影になり、太陽に焼かれた方は目立つことが出来ないからである。



そうすると、生まれてきた子供がどうなるかということだが、小泉進次郎の複雑な幼少期を象徴するのが、傷ついた2室支配の木星である。



2室支配の木星は、同時に5室支配の木星でもあり、二重に子供の表示体であり、それが2室の支配星と同様、激しく傷ついていることが分かる。



つまり、小泉進次郎と滝川クリステルの子供は、おそらく誕生した後、両親の不仲などにより、また滝川クリステルの教育方針と小泉家の教育方針がぶつかり合うなどして、苦労するのではないかと思われる。






滝川クリステルのチャートを見ても、それは現れており、5室支配の木星がラグナロードの火星と共に8室に在住して、自分と子供が小泉家の支配下で苦労することを表わしている。



このように結婚について見ることが出来るが、キャリアに関しては、小泉進次郎は、2021年4月15日~2032年4月14日まで、チャラダシャーが牡牛座のメジャーダシャーに移行する。


牡牛座から見て、AKとAmKが11室でジャイミニラージャヨーガを形成し、木星のアスペクトなども受けて強力である。



11室におけるAKとAmKのジャイミニラージャヨーガは強力であり、11室は高い地位、役職を表わしている為、これが総理大臣の立場であることは十分に考えられる。



小泉進次郎は、もう既に閣僚入りしたため、この牡牛座のメジャーダシャーの11年間で、もし地位が上昇していくとすれば、もう総理大臣のポストしかなくなってしまう。



日本の総理大臣のポストなどは、閣僚経験者による当番制のようなもので、割と敷居は低いと思われ、自民党が安倍晋三の辞任後に推していく有力な候補の一人になることは間違いない。




ナヴァムシャダシャー



因みにこれをチャラダシャー以外の別のダシャーで見ていくとどうなるかということであるが、ナヴァムシャでのみ適用できるナヴァムシャダシャーというものがある。



これによれば2020年4月から2027年4月までは、双子座のメジャーダシャーのようである。






ナヴァムシャにて、双子座にはAmKがアスペクトして、双子座からの10室にはAKの火星が在住し、AmKとPKがアスペクトして、10室でジャイミニラージャヨーガを形成している。


また双子座から見た10室には木星が自室に在住して、ハンサヨーガを形成しているが、月とケンドラの位置関係で、ガージャケーサリヨーガを形成している。



火星が10室に在住すると、司令官になり、大きな創造と破壊の仕事を行なうのであるが、彼の場合、農協を壊して、株式会社しようとした所などは、郵貯を壊して民営化した父親譲りである。



チャラダシャーが、今の所、双子座である為、彼はそのように破壊の仕事を行なっているのである。


双子座から見て、6、11室支配の火星が10室に在住しており、農協という古い時代の封建的な秩序(魚座)を破壊しようとしているのである。



おそらく2020年4月14日~2020年11月14日までが、双子座/双子座の時期であり、この時期は上昇の時期だが、2022年8月14日~2023年3月14日ぐらいまでも、サブダシャーが乙女座の時期にあり、乙女座にはAmKがアスペクトして、乙女座から10室で、AmKとAK、PKによるジャイミニラージャヨーガを形成される為、この辺りの時期に総理大臣になるチャンスが出てくる可能性がある。




パダナダムシャダシャー



これもナヴァムシャでのみ適用するダシャーであるが、2015年4月14日~2027年4月14日まで、魚座のメジャーダシャーである。



魚座からみた10室にはAmKが在住し、AK、PKがアスペクトして、ジャイミニラージャヨーガを形成している。



そして、魚座/射手座の時期が、2021年4月14日~2022年4月14日である。






射手座には、AmKが在住し、AK、PKとジャイミニラージャヨーガを形成している。



従って、2020年4月~2023年3月ぐらいまでが、キャリア上の上昇期ではないかと思われる。



もし総理大臣になるのであれば、この辺りの時期になると思われる。



あるいは、総理大臣ではない場合は、有力な閣僚の一人になると思われる。



然し、小泉進次郎が有力な閣僚になった際の総理大臣は誰かと考えても適当な人物が見当たらない。



自民党内には、スター性のあるカリスマ性のある人物はいない為、既に小泉進次郎が、次の総理大臣候補なのである。




因みに小泉進次郎のチャートを検証していた時、それとシンクロするかのように小泉進次郎は、総理大臣になれるかどうかということを質問された。



世間的にも、小泉進次郎が総理大臣の候補として台頭してくるかが注目されているのである。





(参考資料)



セクシー発言・進次郎氏 なぜ一斉バッシングが始まったのか
2019.09.30 16:00  週刊ポスト

“将来の総理候補”ともてはやされ、38歳の若さで初入閣を果たすなど「上り坂」ばかりだった小泉進次郎・環境相が、「まさか」の猛烈な逆風に晒されている。そのバッシングの背景には安倍晋三・首相との“微妙な距離感”も影響しているようだ。渡米した安倍首相は、日米貿易協定に合意し、トランプ大統領と笑顔で握手して「ウィンウィンの合意だ」と強調したが、その足下では何が起きているのか──。

 進次郎氏が口を開くたびに、批判の集中砲火だ。

 会見での記者への答えが「ポエム」と批判を浴び、外交デビューとなった国連の環境関連会合で、「気候変動問題への取り組みはセクシーであるべき」と語ったことにも「言語明瞭、意味不明瞭」と非難が巻き起こった。ネット上では、ステーキを食べに行ったことまで、「家畜の牛の育成過程では多量の温室効果ガスが排出される」と槍玉にあげられる始末だ。

 8月にフリーアナウンサー・滝川クリステル氏との電撃結婚を発表し、9月11日に初入閣を果たした時の好意的な報道が嘘のような風向きの変化である。

「『セクシー』は隣に座っていたコスタリカの外交官の発言を受けての言葉。なぜここまで炎上するのか」(環境省関係者)と訝る声もある。しかも、進次郎氏に辛辣なのは、安倍政権に批判的なメディアばかりではない。

◆人気すぎても困る

 内閣改造後の世論調査で「活躍を期待する閣僚」として進次郎氏がトップだったことを報じた産経新聞は〈「進次郎さんは自民党の宝だ」(自民ベテラン議員)との声も上がる〉(9月17日付)と目いっぱい持ち上げていたが、「セクシー」発言後には、〈高い発信力に見合う責任を果たせなければ、“人寄せパンダ”からの脱却はかなわない〉(同23日付)とスタンスを一転させた。

テレビも同様で、安倍首相自らが出演し、共演者と会食の席まで設けたことで知られる『ワイドナショー』(フジテレビ系、22日放送)ではMCのタレント・松本人志が、「(進次郎氏は)簡単にいうと後出しじゃんけんをしてきた人だと、申し訳ないけど僕は思っている」と厳しく評価してみせた。

“親安倍”と見られてきたメディアにまで、批判が広がっているのはなぜなのか。

「もともと進次郎氏は、ネット上で熱烈に現政権を支持するようなコアな安倍ファンからの人気はない」と指摘するのはネットニュース編集者の中川淳一郎氏だ。

「2018年の総裁選で石破茂・元幹事長に投票するなど、これまで政権と距離を置いていた影響が大きく、ひとたび失言などがあれば、保守層も遠慮なく批判に転じる。石破氏は『後ろから身内を撃つ男』扱いをされてきました。もちろん、政権に批判的なリベラル層は冷ややかな目線を向けますから、現在の進次郎氏は左右両陣営から標的となっているといえます」

 実は、その構図こそが、「安倍首相やその周辺が望ましいと考えていた状況ではないか」(政治ジャーナリスト・野上忠興氏)とみられているのだ。背景には複雑な権力構造がある。

「安倍首相は退任後も政権に影響力を残すために、キングメーカーとして次期首相を自ら選んだかたちにしたい。そのためには、これ以上、進次郎氏の人気が高まると都合が悪い。今回の改造では茂木敏充・外相、加藤勝信・厚労相ら後継候補を閣内にズラリと並べましたが、その中でひとりだけ人気が突出し、国民が“次は進次郎しかいない”と考える状況になれば、安倍首相としては、“自分が後継に選んだ”というかたちにならない。親安倍とされるメディアやネットでも急速に進次郎氏への批判が広がっている背後には、そうした官邸サイドの意向が微妙に反映されているのではないか」(野上氏)

 大臣就任をきっかけに進次郎氏の未熟さが強調されれば、“やはり頼れるのは安倍首相だ”と印象づけられるという指摘である。

◆イメージアップのはずが…

 しかし、そうした身内の大臣への“ネガティブキャンペーン”は、一歩間違えば安倍首相自身の首を絞めかねない。

 進次郎バッシングが高まるのと同時に、安倍首相もその言動が批判の的になった。

 ラグビーW杯が開幕した9月20日、安倍首相は〈世界中に感動を与える熱戦を、大いに期待しています!〉というメッセージとともに、日本代表ジャージのレプリカを着た動画を公式ツイッターに投稿。それに対し、台風15号の被害に遭った千葉県で停電・断水が続く地域があったことから、批判する投稿が相次いだ。

「当日の開幕戦を安倍首相はラグビージャージを着て麻生太郎・副総理、萩生田光一・文科相らと現地観戦し、中継に映り込んだが、その様子を見てネット上に同様の批判を書き込む人たちもいた」(自民党関係者)

 安倍首相は試合終了後、ツイッターに〈エキサイトしっぱなしでした〉と綴ったが、自国開催の大イベントという格好のパフォーマンスの機会を逃した印象は否めない。

「キングメーカーとなる野望を果たすには、退任間際まで求心力を維持し続けることが絶対条件。支持率がジリ貧の総理大臣に後継指名する力など残らないからです。しかし、党内の入閣待望組にポストを大盤振る舞いした今回の改造人事ではスキャンダルが取り沙汰されている大臣が少なくない。唯一の政権浮揚の材料だった進次郎氏の人気が急落し、首相自らの行動も炎上騒ぎを起こしているとなれば、さらに閣僚スキャンダルなどが出てきた際に、党内の求心力が一気に低下する可能性は十分にある」(前出・野上氏)

 政権の“総仕上げ”に向けた戦略は、危うい船出となっている。

※週刊ポスト2019年10月11日号
参照元:セクシー発言・進次郎氏 なぜ一斉バッシングが始まったのか
2019.09.30 16:00  週刊ポスト











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