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吉本興業のお笑い芸人大量謹慎処分 -宮迫博之のチャートを検討する-



吉本興業のお笑い芸人、宮迫博之他11人が振り込め詐欺グループの忘年会に出席していた件で、6月7日発売の「フライデー」がこの問題を報じることを受けて、吉本興業は、これを仲介したカラテカ入江慎也を2019年6月4日付で、解雇処分としていた。

これについて、ネット上では、この処置をとかげの尻尾切りではないのか、何故、宮迫ら他のメンバーは解雇にならないのかといった意見などで騒動が拡大し、吉本興業は、24日、忘年会に出席していた11人を当面、謹慎処分とする旨を発表した。

この件について宮迫博之は、当初、金銭は受領していないとしていたが、後に吉本興業の聞き取り調査によって、金銭の授受が認められたため、今回の処分となったとニュースは伝えている。

まず、私が違和感を持ったのは、宮迫博之が金銭を授受していないと主張した点である。

これが違和感があるのは、もし金銭の授受をしていないのであれば、振り込め詐欺グループと濃密な人間関係を構築しており、金銭の授受がなくても付き合いで参加したことになってしまうからである。




もし振り込め詐欺グループだと知らずに通常の営業活動として金銭を受領した上で、忘年会に参加してしまったのであれば、仕事上、依頼があって金銭を受領した上で、サービスを提供することは日常の営業活動である。

顧客についての情報の収集にはある程度、限度があるため、よく分からないで参加してしまったというのは、過失ではあるが、受領した金銭を返上したり、詐欺被害者の救済活動などに償還するなどの行為によって、過失の責任を取ることは出来る。

然し、金銭の受領をせずに参加していたのであれば、日頃からそうした振り込め詐欺グループとの関係があり、その犯罪を知りながら関わりを続けていたという点で、より腐敗は深刻である。

従って、何故、金銭の受領が争点なのかがよく分からない点であった。

実際には、先方が振り込め詐欺のグループであるということを知っていたが為に「振込み詐欺のグループとは知らなかった」という善意の事実を争点に出来なかったのでないかとも思われる。

週刊誌の記事などの論調では、振込み詐欺のグループの酒の席で、普通にグループのメンバーが詐欺について話しており、知らなかったなどということはあり得ないことであるという。

従って、そうしたグループの酒の席で、詐欺の犯罪を知った時点で退席するのでもなく、その場で、営業サービスして、最後に報酬を得て、詐欺グループの同類に堕したという点で問題ありである。

今回の件を仲介したというカラテカ入江慎也は、詐欺グループにより近いと考えられ、彼らの素性を知っていた可能性が高く、またカラテカ入江慎也の仲介を受けた宮迫博之らも営業する相手の素性を知っていた可能性があり、そうした場合、犯罪による汚い金銭であることを知った上で、営業を行ない、報酬を得ていたという点で、かなり倫理的な感性に問題ありである。

実際の真相については分からないが、芸能人もただ芸を披露すればよいだけではなく、善悪正邪に無頓着でいれば、後で政治的に社会的に裁かれる一例である。


因みにこの謹慎処分を受けたメンバーの最年長の宮迫博之は、今回の騒動について非常に責任が重いと見なされている。




宮迫博之の出生図


チャートを作成してみて、種々検討の結果、宮迫博之は、獅子座ラグナではないかと思われる。






獅子座ラグナの場合、10室(仕事)と3室(メディア、芸能)を支配する金星は、芸能の仕事を表わす表示体である。


この金星がメディア、芸能の3室にアスペクトバックし、5室(創造性、演劇)支配の木星と相互アスペクトしている。


宮迫博之は、お笑い芸人であるが、wikipediaによれば、元々は俳優志望だったという。



お笑い芸人ではあるが、元々松田優作に憧れて俳優の仕事に興味があり、俳優になるための手段として、演技の勉強のためにお笑いをやっていた。実際、俳優活動には積極的で、お笑いタレントの出演として期待されるものとはかけ離れたシリアスな役、悪役なども多くこなしている。演じる役の大半が東京出身の人間であるため、標準語を使って演じることがある。

(wikipedia 宮迫博之より引用抜粋)


”お笑いタレントの出演として期待されるものとはかけ離れたシリアスな役、悪役なども多くこなしている”のは、3、10室支配の金星に土星と火星がコンジャンクトしているからである。



生来的凶星によって傷つけられることで、演じる役柄が、悪役なのである。


そして、これは今回、宮迫博之が、芸人としての営業活動で、詐欺グループと関わることになった配置でもある。


土星と火星は、バラニーに在住しており、CIAのような諜報機関の人物のように裏社会の掟に精通する人々との交流を表わしている。


しばしば手段を選ばない欲望にストレートで破壊的な人々である。



27 バラニー宿には、血のついた肉を食べる人、残酷な人、殺戮・捕獲・破壊を好む人、籾のある穀物、低い家系に生まれたもの、精神の弱い人が属する。

(ブリハットサンヒター 第15章 星宿の分野より引用抜粋)


従って、金星がバラニーに在住する土星や火星とコンジャンクトすることによって芸能活動においてそうした物騒な人物に取り巻かれている印象なのである。


5、8室支配の木星が3室に在住して、3-5の絡みが生じており、演劇(5室)、芸能(3室)などの活動を意味しており、それが、3、10室支配の金星(芸能の仕事)と相互アスペクトすることによって、お笑い芸人や俳優の仕事を表わしている。


この時に木星は8室を支配し、土星は6室の支配星であるため、6-8の絡みが生じ、また土星は8室の表示体、火星は6室の表示体であるため、それが3室、5室、10室の支配星に影響している状況である。


6-8の絡みは、犯罪を免れ得ない、犯罪に巻き込まれる配置であると言われるが、実際、宮迫博之も犯罪者と関わることによって、自分自身も犯罪者のように扱われることになっている。


金星に影響する6室や8室、土星や火星は、芸能活動を激しく傷つけているということである。



結婚のタイミング


実際に獅子座ラグナで間違いないと判断したのは、結婚のタイミングをチェックした時である。



宮迫博之が結婚したのは、1998年で、その時のダシャーは、ラーフ/土星期で、獅子座ラグナであれば、ラーフは7室に在住し、土星は7室の支配星である。



1998年のトランジットを見ると、以下のように推移している。






ラーフ/ケートゥは1-7軸にあり、木星は7室を通過し、土星は7室の支配星にコンジャンクトして、7室にダブルトランジットが生じていた。



従って、結婚のタイミングである。



因みに宮迫博之は、芸能界屈指の恐妻家で、相手の女性は年上で、完全に尻に敷かれる関係性のようである。



妻は2歳年上の姉さん女房であり、芸能界屈指の恐妻家として知られている。家では「あんたが料理作ると油が飛び散るからやめて」とか、疲れて帰ってきた時も癒してもらえないどころか「ゴミ出しといて」と言われる等々、尻に敷かれる関係ぶりだという。息子のお弁当も宮迫が作っていた。卵焼きは妻も大絶賛であり得意としている。しかしインフルエンザになりフラフラでも病院に連れて行ってもらえなかったエピソードで弁護士軍団から「充分離婚要素になる」と言われた。『行列のできる法律相談所』の「気の毒な夫決定戦」では初代と第8回のチャンピオンになっている。本人によると、妻とは18歳の時に知り合い、6年ほど交際して宮迫が「先が見えないし、養えないし、結婚できない」と切り出して別れたが、それから一年ほどして宮迫が東京に進出し、仕事が無くくすぶっていた頃に突然電話があり、「今すぐ私と結婚するか、もう二度と会わないかどちらか選んで」と言われて結婚を選んだとのこと。それから一週間後くらいに突然「二週間後に式場決まったから」と言われて慌てたこともあった。

(wikipedia 宮迫博之より引用抜粋)


宮迫博之の配偶者は強烈な人物で、まさに6、7室支配で9室牡羊座で減衰する土星が表示体となる人物である。



この土星は減衰しているが、ディスポジターの火星とコンジャンクトしている為、ニーチャバンガラージャヨーガを形成している。



また6室支配の土星が減衰しているため、パラシャラの例外則によってラージャヨーガ的に働く配置である。



宮迫博之の私生活とは、まさにこの配偶者との闘争の日々であり、この過激な妻から尻に敷かれることで磨かれる人生を表わしている。



9室は師匠のハウスであり、頭が上がらない影響される存在を表わしている。



通常、支配者となり逆らえない存在は8室であるが、9室はそれとは違った意味で、やはり影響される相手である。



宮迫博之は、この配偶者との関係性が象徴するように今回の詐欺のグループの忘年会にも逆らえずに参加した可能性がある。



9室に在住する惑星群であるため、宮迫博之に影響を及ぼしたことが考えられる。



獅子座ラグナは7室の支配星が土星であるため、しばしば年上の配偶者と結婚するのであるが、ラーフが7室に在住し、ディスポジターが牡羊座で減衰しているため、相手は激しい性格の人物である。


突然電話があり、「今すぐ私と結婚するか、もう二度と会わないかどちらか選んで」と言ったり、それから一週間後くらいに突然「二週間後に式場決まったから」と言ってくるような相手である。


(※7室支配の土星はニーチャバンガラージャヨーガやパラシャラの例外則によりラージャヨーガ的に働く配置であり、この短気でキレやすい妻の存在が、上記のように結婚を即座に実現させたり、宮迫博之によっては人生を推進する上で、逆に良い働きをしていることを示している)



一方で、宮迫博之の性格は、ラグナにケートゥが在住している為か、日常の宮迫博之は、意外にも生真面目で、根暗で、大人しい人物のようである。



テレビなどでは、常にテンション高くキレることが多いキャラクターで見られているが、実際のところ普段はかなりおとなしく、ときに「根暗」で「生真面目」とまで表現される。「(寂しいと死んでしまう)ウサギの8倍くらい淋しがり屋」とも自ら話している。

(wikipedia 宮迫博之より引用抜粋)


また”ウサギの8倍くらい淋しがり屋”という表現があるが、月が12室の支配星で、両側に惑星がないため、ケーマドゥルマヨーガで、惑星からのアスペクトも受けていないことから来ているのではないかと思われる。


月から見てケンドラに水星と太陽の2つの惑星が在住している為、キャンセルの要素はあるが、然し、月が他の惑星からアスペクトされていない為、彼は月期になると孤立して、他の人からの連絡や接触がなくなってしまうのではないかと思われる。




謹慎のため、芸能活動を休止の現在



現在、宮迫博之が謹慎の為、芸能活動休止となってしまったのは、12室支配でケーマドゥルマヨーガで、惑星からのアスペクトを受けていない寂しい月に対して、土星がトランジットして、サディサティの最も厳しい時期を経過しているからである。


そして、世間に悪名を轟かす形で、全国放送で大々的に報じられ、悪い意味で、有名になっている状況は、土星が逆行して、10室にアスペクトし、木星も逆行して10室と10室の支配星にアスペクトして、10室にダブルトランジットが生じている為である。



おそらく芸能活動の休止が決定された2019年6月24日、宮迫博之のダシャーは、木星/金星/月期である。


プラティアンタルダシャーの月(12室支配)に土星がトランジットして、サディサティの最も厳しい時期を経過していたからこそ、今回のようなメディアから消去される騒動に発展しているのである。


例えば、今回、宮迫博之の活動休止が決まったことで、番組の途中で、突然、テレビの画面に直前まで映っていた宮迫が、直後に画面から消えて、別の芸人に取り換えられるといった非常に寂しい状況が生じている。


宮迫博之 MBS「明石家電視台」に出演も17分後に姿消す…「一部不体裁」と謝罪
2019.06.25 神戸新聞

MBS「痛快!明石家電視台」(月曜、後11・56)が24日、放送され、吉本興業から謹慎処分を言い渡された雨上がり決死隊の宮迫博之(49)が冒頭から出演した。番組ホームページでは「放送内容を変更してのお送りとなります」として「実際どうなん!?木下大サーカス(再)」と再放送をすることになっていた。しかし、冒頭から当初の予定通り「大解剖 最新女性下着の世界」を放送し、放送開始から約17分を経過した時点で画面は突然、木下大サーカスに変わった。その後、宮迫の姿はなかった。

番組冒頭、辻沙穂里アナウンサーが「今回は男も女も知らない女性用下着と題して…」と番組を始めた。次の画面で宮迫がひな壇の後列に座っているところが放映された。その後もMCの明石家さんまが下着について日ごろ思うことを述べていた。

スタートから約17分、さんまが出演者の重盛さと美に話を振っている途中で唐突に画面が変わり、木下大サーカスに変わった。

さらに15分ほどが経過した後、テロップが流れ「番組の放送中に一部不体裁がありましたことをお詫び申し上げます」と視聴者に謝罪した。

番組ホームページでは宮迫が処分されたことを受け、「放送内容を変更してのお送りとなります」として「実際どうなん!?木下大サーカス(再)」と再放送することを告知。当初は「大解剖 最新女性下着の世界」を放送する予定だった。MBSは急な対応を迫られ、完全には間に合わなかったとみられる。


とにかく芸能界から存在を抹消された印象なのである。


これほど強く露骨に12室(隠遁、隔離)の象意が現れたのは、プラティアンタルダシャーの月に土星がトランジットしているからである。



またこうした状況は、以下のように既にフジテレビ系「バイキング」の降板という形で前兆として現れていた。


宮迫博之、「バイキングを全否定」発言で坂上忍と遺恨に発展か!?
2018年9月18日 09:58 Asagei+plus

今年3月末でフジテレビ系「バイキング」の金曜MCを降板した雨上がり決死隊の宮迫博之。昨年8月に自身の不貞疑惑が報じられた際には、同番組内で“生釈明”を行ったことで注目を浴びた宮迫だが、降板から半年を経て「降板した理由」を告白した。

 それは去る8月28日に放送されたラジオ番組「アッパレやってまーす!」(MBSラジオ)でのことだった。共演者のスピードワゴン・小沢一敬に「しんどいから(『バイキング』を)辞めた」と語った宮迫。さらには「プライベートでも『憶測でそういう人のこと言うてあげんな』って言ってしまうタイプが、そんなものの司会やったらアカン」とも語った。要するに、自分は芸能人のスキャンダルや噂話について憶測で言えるタイプではなく、番組との相性が良くなかったということを明かしたのだ。同番組での宮迫についてテレビ関係者が証言する。

「確かに彼は『バイキング』が時事問題を取り上げるようにシフトした一昨年あたりから『オレには向いてない』と周囲にこぼしていました。そのうえで、降板を決定付けたのはMCを務める坂上忍との衝突。坂上としては踏み込んだコメントをしない宮迫にイライラが募っていたんですよ」

 それでも穏便に降板した宮迫だったが、前述の「アッパレ‐」での発言が「坂上との遺恨に発展しかねない」と、同関係者は指摘する。こう続けた。

「降板の理由を説明する際、宮迫は『昔から噂話とか人のことをとやかく言うことが嫌い』とも語っていたわけですが、これは完全に『バイキング』と坂上に対する全否定ですよ。実際、番組スタッフから『坂上が宮迫の発言を知って立腹している』との話も聞きました。正直に言ってしまうあたり、宮迫も相当腹に据えかねるものがあるのでしょうね」

 両者の関係を見守りたい。

(白川健一)



2019年9月以降、12月にかけて、木星が射手座に入室することによって、土星と木星が射手座を通過すると、12室の支配星にダブルトランジットするため、本格的に謹慎に入っていく訳である。そして、その時期はトランジットの土星が月の上を通過するサディサティの最も厳しい時期でもある。


年内の復帰はできない状況である。


5室にもダブルトランジットが生じるが、5室は10室から見た8室目であり、仕事の中断のハウスである。



因みに来年2020年1月から土星と木星は山羊座に入室して、6室と12室にダブルトランジットする。



従って、依然として、世間の批判に晒された状態で、事務所からは契約の解除に近い扱いになり、隠遁状態を強いられることになる。



マハダシャーの木星は、6、7室支配の土星、4、9室支配の火星からアスペクトされており、アンタルダシャーの金星も6、7室支配の土星、4、9室支配の火星とコンジャンクトして、激しく傷ついている。



但し、マハダシャーの木星自体は、生来的機能的吉星であり、アンタルダシャーの金星も機能的凶星ではあるが、生来的には吉星で、両者は絡んでおり、基本的にマハダシャーが生来的機能的吉星であるため、今回の事件が致命的な問題となる可能性は少ないと考えられる。


おそらく土星が山羊座に移行して、サディサティの最も厳しい時期が終わり、更にアンタルダシャーが太陽期(2021年半ば~)になった段階で、太陽は魚座に在住し、木星の星座に在住していることによって、マハダシャーの象意が強調されることになる。


そうすることによって、土星と火星から傷つけられたアンタル金星期の象意は終わっていくものと考えられる。


2011年初めからのマハダシャー木星期自体は、土星と火星から傷つけられながらも特に芸能活動は順調に行なわれてきたはずである。


また、おそらく今回、プラティアンタルダシャーは土星からコンジャンクトされている12室支配の月であることも影響している。


12室とはまさに謹慎、隠遁の象意だからである。



【その他の検証】




恐妻家の配置


因みに宮迫博之のチャートの特徴として、更にラグナロードの太陽と2、11室支配の水星が8室に在住していることが挙げられるが、ラグナロードの太陽が8室に在住する配置は、優位なパートナーに依存したり、仕え、また世話してもらう配置である。


配偶者の収入や実家に頼り、恐妻家となり、配偶者から尻に敷かれる配置ということが出来る。


また収入を表わす2室と11室の支配星が8室に在住する配置は、しばしば収入が配偶者の収入や家族から得られることを表わすが、一方で、配偶者に自分の収入を貢ぐ配置とも言うことが出来る。





兄と妹の存在


宮迫博之には、兄と妹が存在するが、3室と3室支配の金星に木星と火星が絡んでいることが妹の存在を示唆している。


また月からみた3室と3室の支配星にも木星と火星が絡んでいる。


兄が存在することは11室と11室の支配星に木星がアスペクトし、また月からみた11室と11室の支配星にも木星と火星が絡んでいることが表わしていると考えられる。




胃がんの手術


宮迫博之は、2012年12月6日に胃がんのため、休養し、手術を行っている。


ダシャーはおそらく木星/木星/ラーフ期で、木星は8室支配で、6、7室支配のマラカの土星と、火星からアスペクトされている。


またラーフはマラカの7室に在住している。


木星はスヴァーティー(ラーフ)に在住し、ラーフは、シャタビシャー(ラーフ)に在住しているため、木星もラーフも7室に在住するラーフの象意が強調されることになる。


何故、胃がんかと言えば、獅子座あるいは5室には胃という象意があり、5室支配の木星がラーフのナクシャトラに在住して、激しく傷つけられていること、またプラティアンタルダシャーが正にラーフだったことなどが考えられる。


ラーフは癌(ガン)の表示体である。




長男誕生


第1子となる長男が誕生したのは、2001年で、ダシャーはラーフ/水星期である。


2001年1月のトランジットを確認すると、土星と木星が牡牛座で逆行しており、土星は5室支配の木星にアスペクトし、木星は5室にアスペクトして5室にダブルトランジットしていた。


また土星も木星も逆行して、9室と9室の支配星にもダブルトランジットしていた。



出生図のラグナが獅子座の場合、サプタムシャ(D7)のラグナの取り得る範囲は、獅子座~水瓶座までであるが、このうち、ラーフ/水星期に子供が誕生しそうなのは、ラーフと水星が1室、5室、9室に在住する天秤座ラグナの場合と水瓶座ラグナの場合である。


サプタムシャの幅は、4°17’8.57”であり、ラグナが獅子座の3番目のサプタムシャに位置している場合にサプタムシャ(D7)のラグナは天秤座となる。






不倫疑惑報道


2017年8月8日に不倫疑惑でワイドショーを賑わしており、2002年と2011年にも報じられている。


2002年はラーフ/水星期であり、2011年は木星/木星期、2017年8月は、木星/水星期である。


水星は2室の支配星で、8室に在住しているが、2室は7室から見た8室の支配星である。


また木星は8室の支配星で、3室に在住している。


8室は三角関係のハウスであり、支配者と関わるハウスであり、自分が愛人の立場となる。


従って、2室の支配星の時期は、自分が支配者となって愛人を囲う時期ということが出来る。


また8室は通常、スキャンダルなどを表わし、政治家が愛人問題で辞任に追い込まれるといった場合、大抵8室が関わっているのである。


8室はその人物の活動を中断、行き詰まりに追い込むハウスである。


然し、宮迫博之の場合、5、8室支配の木星が8室にアスペクトバックして保護している為か、メディアに騒がれることはあるにしても、仕事の中断などあまり大ごとにならずに済んで来たのである。



以上のように一通りの出来事について説明することが出来る為、出生図のラグナは獅子座で間違いないと思われる。





(参考資料)



宮迫博之さんら11人謹慎処分 吉本興業 反社会勢力の会合参加で
2019年6月24日 18時00分 NHK NEWS WEB

大手芸能プロダクションの吉本興業は、5年ほど前に開かれた反社会的勢力が主催する会合に参加して金銭を受け取っていたとして、お笑いコンビ「雨上がり決死隊」の宮迫博之さんら、所属するお笑い芸人11人を当面の間、活動を停止する謹慎処分にしたことを明らかにしました。

この問題を巡っては、平成26年の年末にお笑いコンビ「カラテカ」として活動していた入江慎也さんが、振り込め詐欺に関係するグループの会合に、複数のお笑い芸人を出席させていたとして、今月4日、吉本興業との間での契約を解消しています。

その後、吉本興業は、所属するお笑い芸人にヒヤリングなどを行った結果、11人がこの会合に参加して金銭を受け取っていたとして、24日、謹慎処分にしたことを明らかにしました。

処分を受けたのは、「雨上がり決死隊」の宮迫博之さん、「ロンドンブーツ1号2号」の田村亮さん、「レイザーラモン」のHGとして活動する住谷正樹さん、「ガリットチュウ」の福島善成さん、くまだまさしさん、「ザ・パンチ」のパンチ浜崎さん、「天津」の木村卓寛さん、ムーディ勝山さん、「2700」の八十島宏行さんと常道裕史さん、そして、「ストロベビー」のディエゴさんの合わせて11人です。

11人は、舞台やテレビ番組への出演などの活動を当面の間、停止するということです。

吉本興業は当初、この11人が金銭を受け取っていたことは確認できないとしたうえで、会社に無断で営業活動を行ったとして厳重注意の処分としていましたが、その後の調査で金銭のやり取りがわかったということです。

また、11人は、反社会的勢力が主催した会合だったという認識はなかったとしています。

宮迫さんがコメント「深く反省」

謹慎処分を受けた雨上がり決死隊の宮迫博之さんは、コメントを出し、「皆様に大変なご迷惑をおかけし申し訳ございません。そういった場所に足を運んでしまい、間接的ではありますが、金銭を受領していたことを深く反省しております」と謝罪しました。

そのうえで「相手が反社会勢力だったと言うことは今回の報道で初めて知ったことであり、断じてつながっていたという事実はないことはご理解いただきたいです。どれぐらいの期間になるか分かりませんが謹慎という期間を無駄にせず皆さんのお役に立てる人間になれるよう精進したいです」としています。

田村亮さん「虚偽の説明した事を謝罪」

謹慎処分を受けたロンドンブーツ1号2号の田村亮さんは、「特殊詐欺グループの開いた会に私ロンドンブーツ1号2号田村亮が参加した件で、金銭の受け取りがございました。自分の都合のいいように考えてしまい、世間の皆様に、虚偽の説明をしてしまった事を謝罪させて頂きます」とするコメントを出しました。

一方で、「特殊詐欺グループとは本当に知りませんでした。そこだけは信じて頂きたいです。自分を見つめ直し二度とこんな行動をしない人間になるようにします」としています。

吉本興業「責任を痛感」

吉本興業は「事実確認の結果を重大な問題であると考え、今回の処分に至りました。会社としても責任を痛感しています。関係者やファンの皆様にご迷惑をおかけしたことを、深くおわびいたします。今後、所属タレントへのコンプライアンス研修の一層の強化を図り、全社一丸となって、社内意識の徹底を行ってまいります」とするコメントを発表しました。

街の人たちは… 今回の件について、大阪 難波千日前の「なんばグランド花月」の周辺で聞きました。

大阪府内に住む68歳女性は「会社に黙って闇営業をしたのだから、処分を受けるのは当然だと思いますし、どんな相手かきちんと調べておくべきだったとも思います」と話していました。

福井県から来たという65歳女性は「今回たまたま発覚しただけで、今までにも同じようなことがあったんじゃないかなと思います」と話していました。

大阪府内に住む30歳男性は「宮迫さんはいちばん好きな芸人さんだったので、こういうことがあって残念です。テレビからいなくなると思うと残念ですが、いつか戻ってきてほしいです」と話していました。
参照元:宮迫博之さんら11人謹慎処分 吉本興業 反社会勢力の会合参加で
2019年6月24日 18時00分 NHK NEWS WEB

たむらけんじ 宮迫博之の謹慎に涙「なんで嘘をついたのか」
2019年6月24日 18時11分 女性自身

6月24日、お笑い芸人のたむらけんじ(46)と月亭方正(51)が関西のニュース番組「ミント!」(MBS毎日放送)に出演。雨上がり決死隊・宮迫博之(49)らの謹慎処分についてコメントした。

発端は写真週刊誌「フライデー」が7日に「宮迫ら人気芸人が事務所を通さず、振り込め詐欺集団の忘年会に参加した」と報道したことだった。同誌の直撃に宮迫は「反社会的勢力とは知らなかった、ギャラはもらっていない」と弁明していた。

だが24日、吉本興業は公式ホームページで宮迫ら11名の芸人を「本日をもって、当面の間、活動を停止し、謹慎処分とする旨を決定致しました」と発表。

芸人らが否定していたギャラの受け取りについては「弊社が、複数回にわたり、該当タレントへのヒアリングや各自の記憶の整理、確認を丁寧に行った結果、(中略)、一定の金銭を受領していたことが認められました」と撤回した。

たむらは宮迫が直撃を受けた3~4日後に直接話を聞いたと明かし、「『反社会的勢力だと直撃されて初めて知った』と聞いた。正直に『お金もらってしまってた。でも反社会的勢力とは知らなかった』と言っておけば、ここまで大きくはならなかったと思う」とコメント。涙を流し、こう続けた。

「『お金をもらってないと嘘ついてた』ってなると、世間の皆さんは『じゃあ反社会的勢力って知ってたんじゃないですか』と、そこまで疑われてしまう。やっぱり嘘ってほころびを生む。なんで最初に言えなかったのかっていうのが、本当に悔しい」

また方正は「人間嘘ついたら絶対あかん。11人をよく知っているけど、反社会的勢力と知らなかったというのは、絶対本当やと思う。嘘をついたこと、周りに迷惑をかけたことは本当に反省してほしい」と冷静にコメント。「今言うことではないですが」と前置きしつつ、「また戻ってきてほしい。先輩としてできる限り応援はしようと思っています」と語った。

また、たむらは芸人と反社会的勢力の関係について「吉本はコンプライアンスの冊子を配って研修もし、定期的に楽屋にきて確認もしている。トラブルがあれば連絡できる24時間ホットラインもある。反社会的勢力だとわかっていたら絶対に仕事は受けない。いくらお金がもらえてもリスクが大きすぎる。芸人みんな行かないです」と強調した。
参照元:たむらけんじ 宮迫博之の謹慎に涙「なんで嘘をついたのか」
2019年6月24日 18時11分 女性自身

宮迫の番組 続々放送中止&差し替え 出演場面カットの再編集…各局大混乱
デイリースポーツ 2019/06/24 17:00

吉本興業は24日午後3時過ぎ、雨上がり決死隊・宮迫博之(49)ら振り込め詐欺グループとの闇営業に参加した所属タレント11人を当面の間、謹慎処分にすると発表した。テレビ各局は当該タレント出演の番組について、放送を中止し差し替えたり、出演場面をカットして再編集で放送することを発表するなど、大混乱に陥った。特に宮迫は多数のレギュラー番組や冠番組を持つだけに、各局は対応に追われている。

 【MBS】

 宮迫が出演し24日深夜に放送予定だった準レギュラー番組「痛快!明石家電視台」(月曜、後11・56)について、差し替えを発表。宮迫が出演していない回の再放送に差し替える。次週はもともと宮迫が出ていない回のため、そのまま放送するが、7月1日以降については未定。

 広報部は吉本側に宮迫の出演について、今後は「無理です」と出演が不可能であることを通達したことも明かした。一方で、「降板ではない」とも説明。謹慎処分が解けた後の復帰時期については「未定」とした。

 火曜レギュラーを務めるMBSラジオ「アッパレやってまーす!」(月~木曜、後10時。土曜、深夜0時)の公式サイトからは宮迫の写真が消えた。同局によると、吉本側の処分発表を受けて、局側で削除。25日の放送は吉田照美の別番組を放送する。

 【ABCテレビ】

 レギュラーを務める29日の「松本家の休日」(土曜、深夜0・10)の放送を中止し、別番組へ差し替える。

 【日本テレビ】

 報道各社に書面を送付。「当該タレントについては、今後の出演を見合わせるとともにすでに収録済みの番組は、出演部分に関して、可能な限り配慮して放送いたいします」とコメント。7月7日、14日の「行列のできる法律相談所」(日曜、後9・00)が収録済みで、レギュラーである宮迫も出演しているが「配慮して放送」とし、出演場面をカットするなど再編集する。

 【TBS】

 レギュラー番組「炎の体育会TV」(土曜、後7・00)は再編集し、宮迫の出演場面をカットして放送へ。

 【フジテレビ】

 「さんまのお笑い向上委員会」(土曜、後11・10)は現時点で宮迫の出演分で収録済みのものはなし。「世界の何だコレ!?ミステリー」(水曜、後7・00)は宮迫の出演部分についてはカットするなど再編集して放送へ。

 宮迫はほかにもテレビ朝日「アメトーーク!」(木曜、後11・20)、カンテレ(関西テレビ)「雨上がりのフォトぶら」(土曜、後6・30)、CBCテレビ「本能Z」(水曜、後11・56)のレギュラーを持っており、テレビ、ラジオ局は大混乱に陥っている。
参照元:宮迫の番組 続々放送中止&差し替え 出演場面カットの再編集…各局大混乱
デイリースポーツ 2019/06/24 17:00

入江に弱みを握られていた?宮迫の“怪しいパーティ”参加理由に飛び交う憶測
2019年06月24日 07時14分 アサジョ

大規模詐欺グループの忘年会に“闇営業”で出席し、100万円ものギャラを手にしていた疑惑を持たれているお笑いコンビ・雨上がり決死隊の宮迫博之。所属事務所は仲介役だった入江慎也を事実上のクビにしたが、宮迫やロンドンブーツ1号2号の田村亮、レイザーラモンHGらには“厳重注意”にとどまった。

 しかし、雨上がり決死隊の冠番組「アメトーーク!」(テレビ朝日系)の主要スポンサーはCM放送を休止。スポンサーからも降りるのではないかともいわれている。

 そんな中、フジテレビは宮迫がMCを務めた6月19日の「世界の何だコレ!?ミステリー」を予定通り放送。これに対してネットでは「宮迫見たくない」「反社会勢力と蜜月の芸人がテレビに出てはいけない」「この番組のいちばんのミステリーは、宮迫がテレビにいまだに出続けてること」など厳しい意見が飛び交った。

「解せないのは、格下芸人である入江の闇営業を、なぜ宮迫が受け入れたのか。宮迫は、コンビでもピンでもレギュラー番組があり、十分な収入があるはず。それなのに、怪しい団体のパーティに出席する理由がわかりません。宮迫が釈明したノーギャラが本当ならばなおさらです。ギャラが発生していたとしても、確かに100万円は魅力的な数字かもしれませんが、今回発覚したように大きなリスクをともなっていたわけです。一部では、女性関係で入江に弱みでも握られていない限り、こんなことをするだろうかとの穿った見方も出ているようです」(芸能記者)

 宮迫に対する世間の声は厳しさを増すばかりだ。
参照元:入江に弱みを握られていた?宮迫の“怪しいパーティ”参加理由に飛び交う憶測
2019年06月24日 07時14分 アサジョ

宮迫博之、闇営業騒動の余波か?「アメトーーク!」CMに“違和感”指摘!
2019/06/18 07:14 アサジョ

反社会的勢力の忘年会に、所属事務所に無断で参加し“闇営業”を行ったと批判を浴びている、雨上がり決死隊・宮迫博之やロンドンブーツ1号2号・田村亮ら。

 6月15日に配信された「東京スポーツ」が“彼らの立場はいよいよ危うくなってきた”と報じている。

「闇営業問題でカラテカ・入江慎也が吉本との契約を解消されて以降、宮迫も田村も『反社会的勢力とは知らなかった』『ギャラは受け取っていない』の一点張りですが、宮迫の特番やイベントへの出演オファーが減り始めているようなんです」(芸能ライター)

 ネット上にも「宮迫や田村亮は言い訳ばかり。状況から考えて“知らなかった”は矛盾だらけに見える」「反社会勢力っぽいなというのは空気で疑うでしょ。それがわからないほど、二人とも馬鹿ではないはず」「この問題はうやむやにしてほしくない。徹底的に真相追求してほしい」など、厳しい意見が多い。

 こうなると、気になるのは彼らが出演するレギュラー番組の動向だ。

「6月13日に放送された『アメトーーク!』(テレビ朝日系)ですが、『今日はACのCMが多いな』『ACのCMばかりって、宮迫ヤバイんじゃない?』といった声がネット上に噴出しました。メインスポンサーのCMが流されず、公益社団法人ACジャパンのCMが多く放送されたようなんです」(前出・芸能ライター)

 ACジャパンのCMといえば、東日本大震災の直後、スポンサーがCM放送を自粛して空いたCM枠で、大量にCMが流されたことを記憶している人も多いはず。今回のACジャパン大量放送は、スポンサーが“闇営業”を問題視してCM出稿を止めたためと噂されているのだ。

「そりゃ企業は信用第一だもんな」「銀行系スポンサーは、特に“振込詐欺”やってる反社会組織は絶対アカン存在でしょ」など、ネット上にも番組存在危機ともいえる、メインスポンサー降板の噂が浮上している。

 もはや「知らぬ存ぜぬ」ではやり過ごせない事態へと発展しているのかもしれない。

(石見剣)
参照元:宮迫博之、闇営業騒動の余波か?「アメトーーク!」CMに“違和感”指摘!
2019/06/18 07:14 アサジョ

アッコさんが正解!宮迫博之の「15分100万円ギャラ報道」にネット民が“高笑い”
2019/06/20 10:15 アサジョ

オフホワイトなんてジョークを言ってた頃は幸せだった…もはや、逃げも隠れもできないほどに“どしゃ降り”のようだ。

 振り込め詐欺グループの忘年会に出席し、持ち歌を熱唱。自身のレギュラー番組の観覧席にまで招待…それが「FRIDAY」にスクープされると、頑なに「ギャラはもらってない」と主張していたのが「雨上がり決死隊」の宮迫博之だ。もっとも、ギャラの受け取りを否定しているのは、宮迫だけではないが、6月18日発売の「FLASH」が今回の“闇営業”に関わった人物が、入江が提示してきたギャラが300万円だったことを暴露。うち、100万円が宮迫に渡ったことまで言及されていた。

 これには、ネット上も「やっぱりね」「もう終わりだね~」「オレオレ詐欺師から振り込まれるなんて堂々たる闇営業」とうんざりの声が続出。さらに、テレビで今回の闇営業について語っていた大物タレントの言葉を借りて、宮迫を糾弾する声も噴出している。

「和田アキ子がMCを務める『アッコにおまかせ!』(TBS系)で、今回の闇営業を話題にした際に、アッコさんはノーギャラを主張する面々に対し『気持ちだけでも“車代ぐらい”って普通は出るはずやし、そんなんで軽く出たかもわかんないけど。でも、もらってないって言ってるんやもんね』と、首をかしげてました。続けて『結局、詐欺グループってお年寄りを騙したお金やからね、もらったとしたら』と、今回の真の問題が闇営業などではなく、反社会的組織との交流、そして、詐欺によって集められたカネが、芸人にギャラという形で渡った可能性という“根っこ”に言及。もしも、本当にもらっていたら『とても擁護できるようなことではない』と暗にほのめかしていましたね。一方で、宮迫はといえば、ラジオで呼ばれたらそういう会にはつい行ってしまう、盛り上がってなかったらつい盛り上げようとしてしまう。2時間も汗だくで踊ったりもする、そんなことしなくてもいいのについしてしまう…と自分のサービス精神で(忘年会に)行ってしまったというようなコメントをしていました。これにもアッコさんは『どうだろう、微妙ですね。これだとちょっと宮迫が自分の自己弁護してるみたいやもんな』と困った顔をしてましたね。『ノーギャラなわけがない』と喉元まで出かかったのを飲み込んだのかもしれませんね」(女性誌ライター)

 以上の経緯から、ネット上では「アッコさんが正解だった」「みんな、闇営業の心当たりがあるんだと思う」「あらゆる人がノーギャラはおかしいと言ってますよ」「“入江におまかせ”はマズかった」「次の言い訳考えなアカンやんか~」と呆れ、罵声、冷笑などあらゆる批判で埋め尽くされている。

 こうなれば、“闇営業大好き芸人”たちで「アメトーーク!」を収録、洗いざらい喋っちゃったほうが気が楽になるのでは?

(飯野さつき)
参照元:アッコさんが正解!宮迫博之の「15分100万円ギャラ報道」にネット民が“高笑い”
2019/06/20 10:15 アサジョ

“カラテカ入江闇営業騒動”で宴会同席の宮迫博之は「守られている」のか?
2019/06/10 18:14 アサジョ

人気番組「アメトーーク!」(テレビ朝日系)でMCを務めるお笑いコンビ・雨上がり決死隊の宮迫博之を含む複数の芸人が、反社会的勢力の宴会で闇営業を行っていたとされる騒動に関して、同番組を放送するテレビ朝日の広報部は6月7日、今後の放送予定に「影響はありません」と発表している。

 写真週刊誌「フライデー」は7日、詐欺グループが主催した2014年の忘年会に宮迫やレイザーラモンHG、ロンドンブーツ1号2号の田村亮といった吉本興業所属タレントが同席し、事務所を通さないいわゆる“闇営業”を行っていたと報道。また、同じく吉本所属のカラテカ・入江慎也がそうした反社会的勢力と他の吉本芸人とを仲介していたとも伝え、結果として入江は吉本興業から契約の解消という重い処分を受けるに至っている。

 一昨年の“オフホワイト不貞”に続き、またもや週刊誌の餌食となってしまった宮迫だが、自身の参加した宴会の主催者である組織がよもやの詐欺グループであったことは「全く知らないです」と話しており、解雇の処分を受けたのも入江のみ。さらにはテレ朝広報部からも「アメトーーク!」の放送スケジュールに変更がないことも発表され、半ば“守られている”状態となった現状にはネットから不満の声が噴出した。

「吉本にとって最も大きなダメージは所属タレントが全国放送の地上波テレビ番組レギュラーを失うことで、中でも『アメトーーク!』は吉本の若手を積極的に売り出すことのできる場としても重宝してきた格好のコンテンツです。つまり、今回の騒動における登場人物の一人であったとはいえ、同番組の顔でもある宮迫を解雇とすることは絶対に避けたいでしょう。一方で、最近の入江は独自のコネクションから仕事を確保することが多く、自身の会社も設立。吉本興業からそもそも距離を置き始めていた為、会社としては彼を切ることでこの騒動に蓋を閉じたいというのが本音かもしれません。もちろんネットからは今後の『アメトーーク!』に関して、『さすがに何も知りませんでしたで納得できる内容ではない』『宮迫の不貞に興味は無いが、反社(会的勢力)と交流があったとなると問題だ』との非難の反応が出ています」(芸能ライター)

 入江との契約を解消し、“トカゲの尻尾切り”で事態を収束させたいとも受け取られかねない対応だが、「アメトーーク!」の視聴者に加え、同番組のスポンサーはその対処で果たして納得するだろうか…今後の動きに注目したいところだ。

(木村慎吾)
参照元:“カラテカ入江闇営業騒動”で宴会同席の宮迫博之は「守られている」のか?
2019/06/10 18:14 アサジョ

宮迫博之、妻へ謝罪し涙ぐむ 生放送で不倫疑惑釈明、何色か聞かれ「グレー」
2017年08月12日 01時48分 JST HUFFPOST

「週刊文春」(8月9日発売)に不倫疑惑を報じられた、お笑いコンビ「雨上がり決死隊」の宮迫博之さんが11日、金曜MCを務めるフジテレビ系「バイキング」に生出演した。

「週刊文春」(8月9日発売)に不倫疑惑を報じられたお笑いコンビ「雨上がり決死隊」の宮迫博之さん(47)が11日、金曜MCを務めるフジテレビ系「バイキング」に生出演、「来たくはなかったんですけど、嫁に『行ってこい、おまえ』と言われておりますんで」と恐縮した様子で語った。

文春によると、宮迫さんは、過去に自身のがん闘病を支えた妻がいるものの、2人の女性とホテルで密会していたという。宮迫さんは4日に文春の取材を受け、2人の女性との不倫関係を否定したが、「本当に、真っ白ですか?」と聞かれると「えー、オフホワイトです」と答えていた。

番組で、番組メーン司会の坂上忍さんからホテルでの密会について「事実ですか」と聞かれると、宮迫さんは「事実です」と回答。「細かく言いますと、飲みすぎた場合、家に帰るのがアレなんで、いつも1人でホテルに泊まってそのまま仕事に行くことはちょくちょくやっていたことで。その流れで、飲み仲間のグループの人たちと、店閉まっるんやったらそのまま俺の部屋でもう1回飲み直すか、というのは何度もやっています。今回に限っては、それが2人きりになってしまったということなんです」と説明した。

さらに、「もしかしたらできるかもと、魔が差しまくったと言いますか。2人になるかもしれんけど、ええがな、泊まっていきんさ、と言いまして。結果、僕は酒が深くなると寝てしまうので、寝る前になんとか頑張っていってみたんですけど、『このご時世にそれはダメ』とお断りされました。結果、ふて寝てをして朝を迎えたのが3回繰り返された、結局3回フラれているということです」と釈明した。

また、文春の記者に「オフホワイト」と答えたことについて、宮迫さんはこれまで浮気しているか聞かれた時に「ボケ的」な表現として使っていたと説明。今回の件について、坂上さんから「改めてお聞きしたいんですけど、何色ですか。オフホワイトではないですよね」と聞かれると、宮迫さんは、間を取った後に「グ、グレー!」と言い切った。

また、妻に対しては「裏切るような行為をしてしまって本当にもう…」と述べ、涙ぐみながら頭を下げていた。

番組では、番組冒頭から50分近く、宮迫さんの不倫報道に時間を費やしていた。
参照元:宮迫博之、妻へ謝罪し涙ぐむ 生放送で不倫疑惑釈明、何色か聞かれ「グレー」
2017年08月12日 01時48分 JST HUFFPOST

宮迫博之、不倫報道を『バイキング』生放送で釈明「一線は越えていない」
2017-08-11 11:57 ORICON NEWS

お笑いコンビ・雨上がり決死隊の宮迫博之(47)が11日、フジテレビ系『バイキング』(月~金 前11:55~後0:55)に生出演した。9日発売の『週刊文春』で2人の女性との不倫疑惑が報じられている宮迫は番組冒頭、7秒間にわたって深々と頭を下げ続け、司会の坂上忍(50)が宮迫に代わって「本当に申し訳ございませんでした」と騒動を謝罪。番組中に下心があったことを認めた宮迫は「魔が差しまくった」と話したが、「一線は越えていない」と不倫関係は否定した。

 同誌によると、7月14日と21日の金曜日、京都出身のモデル・小山ひかる(26)と都内の高級ホテルに宿泊。25日にもタクシーで同じホテルに宿泊したが、この日の相手は小山ではなく、美容系ライターの30代女性だったという。8月4日、同誌に直撃された宮迫は、2人の女性との不倫関係を否定し、2人の女性も同様に否定したが、本当に真っ白(潔白)かと聞かれた宮迫は「えー、オフホワイトです」と答えたと報じられている。

 番組は宮迫が頭を下げ続けるシーンからスタート。坂上が宮迫に代わって騒動を謝罪し、雨上がり決死隊の蛍原徹とともに3人そろって頭を下げた。坂上が「後で深掘りさせていただきますんで。大丈夫ですか?」と予告すると、「来たくはなかったですけども、嫁に行ってこい、お前と言われました」と険しい表情で天を仰いだ。

 坂上から「(女性と宿泊した)7月の3日間は事実ですか?」と追及された宮迫は「事実です」と明言。泥酔したときは「1人でホテルに泊まって仕事に行くということはちょくちょくしていた」などと釈明し、仲間を部屋に呼び、飲み直すことも多かったという。

 「今回に限って2人きりになってしまったということに関しては、僕が調子に乗っていた。もしかしたらできるかもと魔が差しまくった」と告白。酔って寝てしまう前に誘ってみたというが、女性から「このご時世でダメですよねとお断りされて、ふて寝した。結果的に3回フラれている」と弁明。しかし、坂上から「下心があったということですね」と確認されると「そうです」と認めた。

 文春の記者からの問いかけに「オフホワイト」と答えたことについては「他局の番組で、浮気してるんですかと聞かれたときに、『白か黒かといえばオフホワイト』ですとボケ的に言っていたことを記者さんが知っていて、『オフホワイトですか?』と聞かれたのでそう答えた」と説明。「向こうが断ってくれただけであって、OKだったら一線を越える気持ちがあったというのは同罪なんです」と認めつつも、「ただ、行為というか一線は越えていない」と不倫関係は断じて否定した。

 坂上から「あらためて、何色ですか? ご自身で」と問われると、言葉に窮して坂上を凝視した宮迫は数秒の沈黙後、「…グ、グレー!」と言葉を振り絞った。出演者の土田晃之(44)から「家族みたいな蛍原さんから見て、宮迫さんは何色なんですか?」と聞かれた相方の蛍原徹(49)は「黒迫さん?」と笑いに変えていた。
参照元:宮迫博之、不倫報道を『バイキング』生放送で釈明「一線は越えていない」
2017-08-11 11:57 ORICON NEWS



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カイリー・ジェンナー -史上最年少ビリオネアのダナヨーガを検証する -



カイリー・ジェンナーというモデルが21歳で、資産1000億円を築き、フォーブスの長者番付で、史上最年少のビリオネアに輝いたと報じている。




当然、強力なダナヨーガが形成されていることが予想されるが、実際、どのような配置になっているのか。


インスタの女王が、21歳で資産1000億円を築いた驚きの手腕とは
女子SPA! 20190414 1545

先日発表されたフォーブスの長者番付で、史上最年少のビリオネアに輝いた、モデルのカイリー・ジェンナー。

 わずか21歳にして築き上げた彼女の資産は、なんと9億ドル(約1010億円)。FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグですら、最年少ビリオネアになったのは23歳のときというから、彼女のスゴさがどれだけのものかわかるでしょう。

 そんなカイリー・ジェンナーは、生まれた家も21年間の人生も、とにかく規格破り。ビリオネアになるまでの彼女の華麗なる人生について紹介しましょう。

◆五輪金メダリストの父×タレントの母を持つセレブ家庭に誕生

 カイリー・ジェンナーは、陸上競技のオリンピック金メダリストであるブルース・ジェンナーを父に、タレントのクリス・ジェンナーを母に持ち、正真正銘のセレブ家庭に生まれました。

 しかもカイリージェンナーと2歳上の姉、ケンダル・ジェンナーの異父姉は、パリス・ヒルトンの友人としても有名なお騒がせセレブ、キム・カーダシアンと、とにかく家族の面々がどれも華やかです。ちなみに、キム・カーダシアンは過去に「最もウザい」セレブランキング1位を獲得しています。

◆テレビ番組で世界一有名な一家に

 カイリー・ジェンナーが全米に一気に知られることになったのは、2007年から始まった、カーダシアン一家のリアルな生活を描いたテレビ番組『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』。

 キム・カーダシアンの妊活から、父ブルース・ジェンナー(現、ケイトリン・ジェンナー)が女性として生きることをカミングアウトするなど、セレブファミリーが巻き起こすハチャメチャな展開とゴシップっぷりに、世界中が夢中に。

 今では170カ国以上で放送され、シーズン15まで続く人気番組となり、世界一有名なセレブ一家となったわけです。

◆自身のコスメブランド「カイリー・ジェンナー」を発表

 様々なセレブイベントに登場するようになったカイリー・ジェンナーは、2015年にリップキットを発売。2016年に「カイリー・コスメティックス」という名前で、自身のブランドを正式にローンチしました。

 百貨店での販売や広告出稿に頼らず、インスタグラムを駆使して販売すると、ブランド立ち上げからわずか1年半ほどで、4億2000万ドル(約462億円)を達成。同世代の女性たちから爆発的な人気を得て、彼女の実業家としての地位も一気に押し上げる結果になったんです。

◆20歳で出産、ママに!

 その後、カイリー・ジェンナーは20歳という若さで2018年2月、第一子となる女の子を出産。

 その出産お祝いにラッパーの恋人、トラヴィス・スコットから、100万ドル(約1億円)はすると報道されるフェラーリもらったことを自身のSNSで紹介しています。

 身近な人がとことんセレブ揃いで、彼女の人生そのものがまるで映画のストーリーのよう。華麗すぎるカイリー・ジェンナーは、これからもますますセレブ街道を突っ走っていくのでしょうか。

<文/佐藤まきこ>

【佐藤まきこ】

女性誌のエディターやファッションビルの広告・プロモーションのプランナー、コピーライターとして長年経験を積み、フリーランスのエディター・ライターへ。ハワイ在住。Instagram:@hawaii_milestone



まず、出生データは、アストロデータバンクで、AAとして提供されており、信頼できるデータである。



出生図を作成すると、射手座ラグナで、ラグナロードの木星が2室の支配星である土星と星座交換して、1-2のダナヨーガを形成している。






5室支配の火星が11室に在住して、5-11のダナヨーガを形成しているが、8室支配の月が同室して、チャンドラマンガラヨーガを形成している。



この月と火星のディスポジターである金星は、月からみてラグナロードで11室に在住し、9室支配の水星とコンジャンクトして、1-9、1-11、9-11のダナヨーガを形成している。



同室するラーフは、月からみてケンドラとトリコーナの支配星とコンジャンクトすることで、ラージャヨーガを形成している。




ポイントは、ラグナと月からみた11室の強さで、11室で強力なダナヨーガが形成されていることである。



そして、チャンドラマンガラヨーガといった富のコンビネーションの存在も重要であり、こうしたダナヨーガには8室の支配が参加しているケースが見られた。



8室の支配星は、不労所得、相続を意味する為、富を獲得することの中で、8室の象意を経験する場合があるということである。



土星/水星期


資産1000億円と報じられた2019年4月14日、ダシャーは土星/水星期である。



土星は2室支配で4室に在住し、1、4室支配の木星と2-4の星座交換をしているが、1-2のダナヨーガを形成している。



アンタルダシャーの水星は月から見て9室支配で、ラグナロードの金星と共に11室で、1-9、9-11、1-11のダナヨーガを形成している。



他には特にたいしたダナヨーガはなく、マハダシャーの土星、アンタルダシャーの水星共にナヴァムシャでは特に顕著なダナヨーガは見られない。






ダシャムシャでは土星はヨーガカラカで3室に在住しているが、特にダナヨーガを形成しておらず、但し、アンタルダシャーの水星は2、5室支配で10室に在住して、ビジネスが上手くいく配置となっている。






シャシティアムシャ(D60)を見ると、土星は6、7室支配で12室に在住し、特にダナヨーガを形成していないが、アンタルダシャーの水星は、2、11室支配で5室に在住し、4、9室支配のヨーガカラカの火星と相互アスペクトして、2-9、9-11のダナヨーガを形成している。


月から見ても同様にラグナロードの火星は8室に在住し、2室に在住する11室支配の水星と共に2-8の軸で、1-11、2-11のダナヨーガを形成している。



そして、D11(Iyer)を見ると、8、11室支配の水星とラグナロードの火星が5-11室の軸で、1-5、1-11のダナヨーガを形成している。






通常のD11ではマハダシャーの土星はラグナロードで2室に在住して、ダナヨーガを形成しており、アンタルダシャーの水星は特にダナヨーガを形成していない。






従って、出生図でのダナヨーガの数と質、そして、D10やD11、D60での配置の良さがよく現れているようである。























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リン・チーリンのナヴァムシャ(D9)のラグナについて



前回記事で、リン・チーリンのナヴァムシャ(D9)のラグナを水瓶座に設定したが、設定の理由として、ラグナに木星が在住するため、木星期における結婚が説明できるからである。


そして、他の様々な事象などもうまく説明できるように思われた。


然し、実は、もっと結婚が説明できるラグナがあったのである。






それは魚座ラグナであり、魚座ラグナに設定すると、結婚した木星/水星期は、木星がラグナロードで、水星は7室の支配星となる。


従って、魚座ラグナでも完璧に結婚のタイミングが説明できるのである。


そして、リンチーリンが子供好きで、慈善基金を起ち上げて自ら会長となり、子供の福祉に関する慈善活動をしていることを検討すると、魚座ラグナの方が正しいように思えて来た。


実際、読者の方からのフィードバックを受けて、ナヴァムシャのラグナを再考した時の回答が以下である。



彼女は慈善基金を起ち上げ、自分で会長に就任して子供の福祉のための活動を行なっているようですね。

おそらくNGOとかNPOなどの非営利活動を行っていると思います。

それについては水瓶座が関係してくる可能性があります。


木星が出生図とナヴァムシャでヴァルゴッタマですが、ナヴァムシャでは、どのハウスを支配して、どのハウスに在住しているかが重要です。

例えば、D9のラグナを魚座にすると、1、10室支配の木星が12室水瓶座に在住している配置は、私財を投じて、慈善基金を起ち上げて、児童福祉の活動を行なう配置に見えます。




12室は海外を表わしており、自ら献金をして海外で子供の福祉に関係する仕事を行なっているということです。


5室支配の月が11室に在住し、4、7室支配の水星が5室に在住して、4-5、5-7のラージャヨーガを5-11の軸で形成する配置は、仕事上の成功と富を表わす非常に強力な配置です。


この配置だと7室支配の水星が5室に在住し、蟹座の男性との恋愛結婚を意味しており、特に私が書いたような格下の存在といった象意は出て来ません。


ラグナから見た10室に3、8室支配の金星が在住し、火星からアスペクトされている配置は、スキャンダルが直ぐに公になる配置です。


確かに彼女の過去の男性遍歴の数々がネット上に掲載されており、それらは公にされたスキャンダルといった意味合いを持ちます。


然し、この配置にした場合、マハダシャーラーフ期に成功した根拠というものが少し失われ、ラーフが3、8室支配の金星とコンジャンクトし、2、9室支配の火星と相互アスペクトする配置には、何らかラージャヨーガは形成されていません。


ラーフ期は大変な成功を収めましたが、それをどう考えるかが問題です。


ラーフはメディアの3室支配の金星とコンジャンクトしており、メディアの仕事(モデル、女優)を表わしていますが、8室の支配星ともコンジャンクトしているため、スキャンダルが絶えないといった印象です。


但し、火星は2、9室支配で4室に在住し、ケートゥとコンジャンクトし、エディソン・チャンから罵られた事件は、木星/土星期の出来事でしたが、魚座ラグナだと土星が11、12室支配で3室に在住する為、評判を貶められる出来事という意味で、説明可能です。


魚座ラグナだと、木星/水星期に結婚した理由もすんなり説明出来ます。


D9で、木星はラグナの支配星で、水星は7室の支配星だから結婚したという訳です。


また水星は7室支配で5室に在住しているため、恋愛結婚なのです。


因みに私は、EXILE・AKIRAのラグナを蟹座に設定しましたが、ラグナロードの月が11室で高揚する配置は、パートナーが強い恋愛感情を抱くという説明をしました。


EXILE・AKIRAのチャートでは、それが説明できるのにリン・チーリンのチャートではそれが説明できないというのはおかしいため、魚座ラグナで7室支配の水星が5室の蟹座に在住していると考えた方がよさそうです。


そして、決定的なのは、リン・チーリンが撮影中に落馬事故を起こした件が説明できるかどうかです。




この事故が起きた時、ラーフ/水星期でした。


水星は乗り物の4室の支配星で、マラカの7室の支配星でもあり、11、12室支配のマラカの土星からアスペクトされ傷つけられています。


またラーフは仕事の10室に在住し、ラーフにコンジャンクトする3、8室支配の金星に火星が4室からアスペクトする配置は、撮影中の予期しなかった突然の事故を表わしているように見えます。


金星は乗り物の表示体ですが、その金星が3、8室支配で、ラーフとコンジャンクトし、火星からアスペクトされることで、激しく傷ついており、それが、馬(乗り物)からの落馬を意味していたと考えれば納得できます。


射手座には高い所からの転落という象意があるため、それで傷ついた射手座の象意、そして、傷ついた乗り物を表示する金星の象意として、落馬事故をもたらしたと思います。


このように見てくると、リン・チーリンのナヴァムシャは魚座ラグナの方が正しそうです。


例えば出生図では7室支配の火星が天秤座ラグナに在住し、月から見た7室支配の火星も天秤座に在住して、天秤座の男性との交際を示唆しますが、


ナヴァムシャを魚座ラグナにすると、6室支配の太陽が8室で減衰する形になり、パラシャラの例外則によるラージャヨーガ的な効果が生じ、ヴィーパリータラージャヨーガが形成されていますが、これは例えば、天秤座にラグナや月が在住する目下の者からの保護や恩恵といった意味合いになります。


つまり、天秤座の人物は、彼女にとって害は与えないとは言っても二重否定の法則などで、かなり癖のある印象です。


人間関係における支配と服従など不調和な関係性を意味しています。


不調和であるが二重否定によってそれが彼女にとっては良く働くといった象意になります。


一方で、7室支配の水星は5室に在住している為、蟹座ラグナや蟹座に月が在住するような蟹座を象徴する人物とは、恋愛関係で、しかも5室支配の月がアスペクトバックしていることを考えると、かなり質の高い恋愛を意味しており、まさに恋愛結婚を表わす配置です。


そうすると、EXILE・AKIRAとの恋愛結婚は、全く対等な恋愛結婚といった評価になります。


但し、この結婚に対して、格差婚といった酷評が多いのは、11、12室支配の土星が水星にアスペクトして傷つけているからだと思います。


11、12室支配の土星は、評価の損失を意味する表示体で、7室支配の水星にアスペクトすることによって、パートナーの評価を貶めているということです。




このようにほぼ全ての事象が説明でき、ラグナは水瓶座ラグナであるというよりも、魚座ラグナにした方が、より全ての事象を説明することができ、現段階では、魚座ラグナが正しそうです。


私は、EXILE・AKIRAのチャートのラグナを蟹座ラグナに突き止めた段階で、水星が7室の支配星で5室に在住しているのではないかと考え始めました。

それで、記事の最後にナヴァムシャのラグナは、魚座ラグナかもしれないという但し書きを付けたのです。


然し、詳細に再検討した所、むしろ魚座ラグナの方が正しそうであることがはっきりしてきました。



今回の私の記事の狙いは、リン・チーリンとEXILE・AKIRAの格差婚と呼ばれる結婚の力関係を6-8の関係性として見つけることにありました。


そのセンセーショナルな格差のある関係性の証拠を発見しようと考えた訳です。


そのような先入観があったため、あえて7室支配の水星が5室に在住している可能性の検討が遅れました。


然し、魚座ラグナに設定した方が様々なことを説明できます。



この回答をまとめている過程で、リン・チーリンのナヴァムシャが魚座ラグナであった方がより様々な事象が説明できることが分かった。



前回、記事の中で、EXILE・AKIRAのラグナを蟹座に設定して、よく事象が説明できることが分かり、そうすると、ラグナロードの月が11室で高揚している配置は、7室から見て7室支配の月が5室(恋愛)で高揚している為、パートナーが強い恋愛感情を抱くという配置なのである。



こうした配置があるにも関わらず、リン・チーリンのチャートにおいて、蟹座ラグナのEXILE・AKIRAを表示する水星が、格下の存在を示すというのは、少しおかしい感じになってきた。



むしろ、魚座ラグナで7室支配の水星が5室に在住しているといった配置の方が正しいのではないかということに気付いた。



そうした違和感が残っていた為にナヴァムシャのラグナについては更に検討の余地があると書いておいたのである。



因みにyoutubeの動画の中に以下のような興味深い動画が残っていた。



明石家さんまのテレビ番組で、ずっと好きだった人に芸能人が本気の告白する企画らしいのだが、お笑い芸人のチュートリアル徳井が、ずっと好きだった芸能人として、リン・チーリンを挙げていたのである。


それで番組の中で、チュートリアル徳井のことを知っているかどうか、スタッフが本人にインタビューしに行くのであるが、その時、ちょうどリン・チーリンは、2011年8月8日~31日まで、ル・テアトル銀座で、公演していた劇団EXILE W-IMPACT『レッドクリフ 愛』に小喬 役で、出演中だったようである。





この時、チュートリアル徳井の芸能活動のVTRを見て、リン・チーリンが面白いと関心を示し、最後に徳井に手紙まで書いたので、徳井は得意になっていた。(ダジャレ?)


この番組が収録された時(2011年8月8日~31日の中のいずれか)、リン・チーリンはラーフ/月期にいたのである。



ナヴァムシャのラグナが魚座であれば、月は5室支配で11室に在住していたのである。


5室は演劇、舞台のハウスであり、5室支配の月が11室から5室にアスペクトバックしている。



この時、この5室支配の月は、7室支配の水星と相互アスペクトしており、当然、舞台の中で、EXILE・AKIRAと主演どうしで恋仲を演じたのである。


その劇中の疑似恋愛が、実際の恋愛に発展したということである。



そのように考えると、この時期がラーフ/月期ということで理解することが出来る。


この月期は、絶対に5室の支配星として、演劇、舞台の表示体となっていなければならず、水瓶座ラグナの場合のように6室の支配星では、この象意は出てこない。


(但し、月が6室の支配星となった場合でも5室支配の水星と相互アスペクトすることによって、5室の象意を経験できるため、その辺りは微妙である)



然し、私が思ったのは、この舞い上がって、道化を演じたチュートリアルの徳井が、実は、リン・チーリンの6室支配で8室で減衰する天秤座の太陽に該当していたのではないかということである。



この配置は、ペットである天秤座の人物から尽くしてもらえたり、あるいは、支配される傾向を表わしている。



実際、さんまの番組を通じて、チュートリアル徳井が、リン・チーリンの時間を拘束し、振り回し、番組の収録に協力させ、出演料なども支払ったとすれば、それは8室の象意である。



この6室支配の太陽が8室で減衰する配置は、自分より目下(格下)の天秤座の人物を狂わせる配置であると言えるかもしれない。



またリン・チーリンは、2005年に台湾の男性アイドルグループ・F4のジェリー・イェンと共に写ったバスローブ姿の写真がメディアに流出したというが、この頃は、ラーフ/水星期である。



やはり7室支配のアンタルダシャーの水星期に交際相手がいたことになる。







こうしたことで、ナヴァムシャのラグナは魚座ラグナである可能性が高いと言える。



但し、実際にナヴァムシャのラグナが魚座で良いのかどうかは、もう少し更に細かい事象のそれぞれとダシャーの対応を確認する必要がある。



【2019年6月28日追記】

facebook上で友達になっている台湾(中国)の方(ジョーティッシュ実践者)によれば、リン・チーリンのラグナは、西洋占星術では、魚座、ジョーティッシュでは、水瓶座で議論されているとのことで、youtubeで、その手がかりになる情報がリン・チーリンによって明らかにされているということである。

従って、もし前提としての出生図のラグナが水瓶座である場合、ナヴァムシャのラグナが魚座か水瓶座かといった議論は全く意味がないものになり、検証は初めからやり直しである。

リン・チーリンの見た目、容姿から天秤座ラグナで検討して来たが、水瓶座、双子座、天秤座というのは、見た目が似ていることも多い。

天秤座ラグナという思い込みで、検証を進めて来たが、主にこの記事のトピックは、リン・チーリンが俳優から罵られているという出来事を題材にして検証をすすめたが、その事実自体は、月ラグナから説明できることであって、ラグナから説明したことではなかった。

従って、ラグナが天秤座だというのは主に見た目、容姿からの思い込みというものもあったかもしれない。

また結婚、出産といった確実な出来事によって、ラグナを絞り込んだ訳ではない為、かなりあいまいなものであったかもしれない。

また現在、リンチーリンは、マハダシャー木星期であるため、ダシャーラグナが水瓶座になる。

従って、ラグナから説明可能なことを木星期の解釈と混同してしまいやすいとも言える。

ラグナを水瓶座に設定すると、4、9室支配の金星と3、10室支配の火星が9-10の星座交換をして、児童への慈善教育活動などに熱心なリン・チーリンの人物像と一致する面もあり、水瓶座ラグナとしてチャートをもう一度、初めから解釈し直して見ることが必要である。















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台湾女優リン・チーリンとEXILE・AKIRAとの結婚について



先日、台湾女優リン・チーリンとEXILE・AKIRAの結婚が報じられたが、お笑い芸人・山里亮太と女優・蒼井 優の意外な結婚に引き続き、この結婚も非常に意外な結婚であった。


EXILE AKIRAが台湾人女優の林志玲と結婚
2019年6月6日20時0分 日刊スポーツ

EXILEのAKIRA(37)と、台湾人女優の林志玲(リン・チーリン=44)が6日、結婚したことを公式ホームページで発表した。

2人は11年の舞台「レッドクリフ ~愛~」で共演し、AKIRA演じる主人公・周瑜の妻でヒロインの小喬役をチーリンが演じたことをきっかけに知り合った。同年、雑誌「月刊EXILE」で対談も行うなど、その後長く友人として付き合いを続けてきたが、昨年末に真剣交際に発展。約半年間の交際をへて、ゴールイン。これまで交際報道はなく、静かに愛を育んでいた。

2人はこの日、台湾で婚姻の手続きをしてから、都内の区役所にも婚姻届を提出。それぞれ公式ホームページなどを通じてファンに結婚を報告した。挙式・披露宴は未定で、チーリンは妊娠はしていない。

AKIRAは「どんな時も、ありのままの僕を笑顔で受け入れてくれる大きな優しさに、心から幸せにしたいと真摯(しんし)に思いました」。チーリンも「どんな時も『仲間を大切に、常に夢を抱き強く前進する姿』『いつも積極的で地道に努力する姿』『自分は未熟者だからこそ、得るものがたくさんある』と言いながら、毎回、未知なる挑戦に怖がらずに強く挑んでいく姿勢に勇気をもらい、何よりさわやかで温かく、男らしさの中に子どもらしさが人柄に私はひかれました」と、結婚を決意した思いをつづった。

AKIRAは、17年にマーティン・スコセッシ監督のハリウッド作品「沈黙-サイレンス-」に出演するなど、海外での活動にも積極的で、今年に入ってからは米ロサンゼルスに拠点を移している。チーリンは、学生時代にカナダ留学経験があり英語をはじめ、日本での活動も多く日本語も堪能。普段のお互いの会話は日本語がメインでありながら、中国語や英語も交えながらコミュニケーションをとっているという。

現在はそれぞれの活動拠点が異なるため、住居などは今後決めていく予定という。AKIRAは「表現者としてこれまで以上に自覚と責任を持って、芸道に精進してまいります」。チーリンも「愛を信じていれば、誰でも幸せをゲットできるということを、これからの活動を通じて少しでもお届けしていきながら、恩返しをしていけたらと思います」と決意も新たにした。

EXILEメンバーの結婚は、HIRO、松本利夫、TAKAHIRO、USA、MAKIDAI、TETSUYAに続いて7人目となった。


リン・チーリンと言えば、台湾を代表する国民的女優で、ジョン・ウー監督作品『レッドクリフ』のヒロイン・小喬役を演じた辺りでは、国際映画スターの貫録が伺えた。

またリン・チーリンは女優としての顔だけではなく、語学も堪能で、芸術大学で講師も勤めた経験も持ち、慈善団体の代表も務める才色兼備なインテリである。


従って、何故、EXILE・AKIRAといった知名度の低い格下のダンサーと結婚するのかと意外に思ったのだが、実際、同じように感じた人は多いらしく、ネット上では、格差婚ではないかといった声も聞かれる。


EXILE・AKIRAというのは、今回の報道で初めて知った方も多いと思われるが、リン・チーリンのことは前から知られており、有名である。


芸能界での地位も収入面に関しても完全にリン・チーリンの方が上のようである。



そうした今回の結婚について、リン・チーリンのチャートを吟味することで理解が可能である。



私は以前、種々検討の結果、リン・チーリンのラグナを天秤座に修正している。



(2016年7月30日付けの記事『台湾女優リン・チーリンについて』参照)







天秤座ラグナに設定すると、7室支配の火星がラグナに在住しているが、これは男性の方から猛烈に求婚される配置である。


これまで数々の富豪からの猛アタックを受け、ジェリー・イェンというイケメン・アイドルとの交際なども噂されている。


ジェリー・イェンとは、10年間恋愛関係にあったが、結婚には結びついていない。



理由としては、ラグナに在住する火星は、月から見た7室の支配星でもあるが、6室の支配星と6-7の星座交換をしているからである。


従って、リン・チーリンは、富豪から求婚された際も仕事を優先して考えるため、結婚には至らないことが多かったと考えられる。


常に相手よりも優位に振る舞い、相手を振り回し、自分の立場に従属させ、自分よりも相手を下に扱うため、相手が困難を感じて去っていくか、縁談が破局することが多かったのである。


つまり、リン・チーリンの結婚運とは、そのような天秤座ラグナ的なイケメン男性と交際相手を変えては何度も交際を繰り返してきたが、結婚には至らない傾向があったと言える。



そして、相手が去っていく場合、相手が非常に悪態をついて去っていく場合も多い。



例えば、以前の記事でも書いたが、香港のエディソン・チャンという俳優から「このビッチは超醜い。まるでクソのような臭いがする」と罵られたのである。






このエディソン・チャンはルックスから見た所、いかにも天秤座ラグナの俳優であるが、おそらくリン・チーリンとの関わりにおいて、相当嫌な経験をしたに違いないのである。


おそらく、リン・チーリンからペットのように扱われて、屈辱を味あわされたのである。




因みに女性を罵る男性とは、女性に好意を持って接近したものの、非常に屈辱的な経験を味あわされた結果、猛烈に攻撃に転じるというパターンが多い。



好意が大きければ大きいほど、それに反比例して、強烈な怒り、罵り、恨みや復讐心に転化するのである。






リン・チーリンは、2013年3月からマハダシャー木星期に移行しているが、それまではマハダシャーラーフ期であった。



ラーフは2室で減衰しているが、ディスポジターの火星がラグナに在住していたり、またラーフが高揚する星座の支配星(金星)が月からケンドラに在住しているため、ニーチャバンガラージャヨーガを形成している。



7室から見て8室にラーフが在住している場合、パートナーがリン・チーリンに対して、結婚願望を持つ配置である。



マハダシャーラーフ期において、数々の求婚を受けたのはその為である。



然し、ラーフは8室を傷つける為、結婚願望を持つ相手に対して、リン・チーリンは、同棲生活や満足の行く結婚生活を与えることが出来ない。



おそらく仕事を優先するため、そうならざるを得ないのである。



そうすると、結婚願望を持った相手は、相当に苦しむ結果となり、大変な幻滅や苦しみを味わう結果となる。



8室にラーフがトランジットする時を調べて見れば分かるが、非常に人からの親切を渇望するもののその親切が得られなくて苦しむ時期であり、甘えや親切にされたい願望が磨り減らされて、摩耗していく時期なのである。


そのようにして、リン・チーリンに求婚した相手は、散々な想いをして去っていくことになったのである。





そうした時期を過ごした後で、2013年3月からマハダシャー木星期に移行しているが、木星はラグナから見て3、6室支配で5室に在住している。



これは格下の相手(6室)との恋愛(5室)を表わす配置である。



月から見ると木星は8、11室支配で10室に在住しており、仕事場(10室)において頼る相手(8室の支配星)を表わしている。



つまり、リン・チーリンは、出生図のレベルでは、格下の相手に同時に依存するような関係性に入ったのである。



マハダシャーラーフ期は、ラーフはラグナロードの金星とコンジャンクトし、10室支配で高揚する月のアスペクトを受け、9室支配の水星や11室支配の太陽とコンジャンクトして、ラージャヨーガを形成している。


従って、非常に収入が良く、また稼ぎたいという欲望も強かった時期である。



自分が望まなくても富豪たちがいくらでも求婚してきた時期である。



然し、木星期は、木星が3、6室支配の為、格下の男性と付き合わなければならない時期であり、また木星は水瓶座に在住している為、彼女自身がリベラルで平等主義な考え方に変化したとも言える。


また木星期になってから、盛んに日本のテレビドラマなどにも出演するようになったが、これ自体が、仕事のレベルを落とした印象である。




木星をラグナとすると、7室支配の太陽が10室蠍座に在住しているため、それで、EXILE・AKIRAの主演舞台『レッドクリフ-愛-』で共演したAKIRAとの職場結婚なのである。


木星から見ると、10室蠍座に5室支配の水星、7室支配の太陽、4、9室支配の金星、ラーフなどが在住しており、金星は3、10室支配の火星と9-10の星座交換をしている。


木星からの配置は良いが、マハダシャー木星自体は、ラグナから見ても月から見ても機能的凶星であり、明らかにリン・チーリンの仕事運のレベルは低下したのである。



それで、『レッドクリフ-愛-』という格下の舞台で、EXILE・AKIRAと共演して結婚することとなった。


これ自体が、マハダシャー木星期の運気の低下の結果として、全体的にレベル、パフォーマンスが落ちた結果なのである。



但し、ダシャムシャ(D10)を見ると、木星は高揚しているため、木星期は仕事には今後も恵まれると思われるが、ラグナや月から見て、機能的凶星となる結果は明らかに顕現していると考えられる。



現在、リン・チーリンは、木星/水星期であり、ナヴァムシャのラグナを特定するには、木星や水星がナヴァムシャにおける結婚に適したハウスに在住している必要がある。



ナヴァムシャのラグナの取り得る範囲は、天秤座から双子座までである。




ナヴァムシャのラグナ



そして、種々検討の結果、おそらくナヴァムシャのラグナは、水瓶座ではないかと思われる。






ナヴァムシャのラグナを水瓶座に設定すると、ラグナに2、11室支配の木星が在住しているため、木星期に結婚したと考えることができる。



木星は結婚生活の2室を支配し、また結婚運を示す分割図であるナヴァムシャのラグナに在住している。



アンタルダシャーの水星は月から7室(パートナー)に在住しており、このタイミングでの結婚を示唆している。




語学の才能


リン・チーリンは、語学が堪能で、台湾語の他に標準中国語、英語、広東語、日本語など数か国語を話せるという。



2000年に日本へ短期留学(3ヶ月間)し東京渋谷の語学学校で日本語を学習。台湾語、標準中国語、英語、広東語、および日本語を解する。NHK「英語でしゃべらナイト」出演時にNHKアナウンサーとのインタビューにて流暢な英語と簡単な日本語を披露したほか、2010年にはテレビドラマ『月の恋人?Moon Lovers?』や民放番組のインタビューでほぼ日本語での応対を披露している。

(wikipedia 林志玲)


このように語学の才能がある場合、5室や5室の支配星にケートゥが絡んでいることが考えられるが、出生図では、月から見た5室支配の水星にラーフ/ケートゥ軸が絡んでいる。


ナヴァムシャでも月から見た5室にケートゥが絡んでいることが望ましいが、水瓶座ラグナに設定すると、ケートゥが5室に在住する配置となる。


また月から見た5室支配の金星にもラーフ/ケートゥ軸が絡んでいる。






2000年に日本に語学留学した時、ダシャーはラーフ/土星期である。


出生図では土星はラグナから5室の支配星、月から見て9室の支配星であるため、この時期が留学の時期であったことが分かる。


土星のディスポジターは9、12室支配の水星で、月から見た5室支配の水星であり、水星はラーフ/ケートゥ軸に絡んで語学を表わしている。



ナヴァムシャでは、土星は1、12室支配で4室に在住しているが、ディスポジターの金星は月から見て5室支配でラーフ/ケートゥ軸に絡んでいる。


やはり、土星は月から見た5室に在住し、ディスポジターの金星はラグナから見た9室の支配星であるため、外国への留学を表わしている。


因みにリン・チーリンは、カナダへ留学し、トロント大学で西洋美術史と経済学の学士号を取得しているが、ナヴァムシャで、5室支配の水星にラグナロードの土星がアスペクトする配置は歴史学への適性を表わしており、5室に金星もアスペクトしていることから美術史の学習につながったと考えられる。また5室に在住する火星、そして木星のアスペクトは経済学への適性を表わしていると考えられる。



モデルデビュー


1997年のマハダシャーラーフ期が始まったばかりのラーフ/ラーフ期にモデル業を開始し、しばらく兼業で活動したのち、2002年にモデルとして専業デビューしている。

そして、早くも2年後のエステサロンのテレビコマーシャル出演を機に大ブレイクして、以後、台湾メディアを連日賑わす人気モデルとなったという。




このように短期間で成功したことは、ラーフがナヴァムシャの11室に在住し、9、11室支配の金星とコンジャンクトし、3、10室支配の火星からもアスペクトを受けて、11室でケンドラとトリコーナの支配星と絡むことで、ラージャヨーガを形成しているからではないかと思われる。


ラーフは3、10室支配の火星からアスペクトされている為にモデルの仕事(3、10室)でのブレイクなのである。




11室に在住する凶星というのは、ウパチャヤの凶星であるが、11室の場合、時間の経過と共に改善していくというよりも最初から成功していく配置である。



ラーフ/金星期


このようにラーフは11室で、ラージャヨーガを形成している為、マハダシャーラーフ期に彼女は、女優、モデルとして最高の成功を収めたのである。

特にその成功の最大のものが、ジョン・ウー監督作品『レッドクリフ』のヒロインにあたる小喬役を演じたことである。


2007年3月から中国河北省で撮影を開始して100億円近くの巨額を掛けて製作されたこの映画は、翌2008年7月から台湾や中国などで公開となったが、撮影中も公開時もラーフ/金星期である。





ラーフ/金星期は、その後の成功の最初のタイミングであり、社会デビューの時期である。


この映画への出演の後で、『トレジャー・オブ・エンペラー 砂漠の秘宝』(2009年)、『決戦刹馬鎮』(2010年)、『ラブ・オン・クレジット』(2011年)、『ゴールデン・スパイ』(2012年)と各種中国映画や香港映画への出演を重ねているが、これらの作品は、ラーフ/太陽、ラーフ/月、ラーフ/火星期の作品である。


やはり、ラーフ/金星期のジョン・ウー監督作品『レッドクリフ』のヒロイン役が、最も話題性や作品のステータスが高かったと思われる。




日本のテレビドラマ『101回目のプロポーズ』(1991年)が『101回目のプロポーズ ?SAY YES?』として中国で2012年に映画化された時、中国の下着メーカー「都市麗人」からのイメージキャラクターとして起用され、2013年に日中合作映画『スイートハート・チョコレート』では、大韓民国の「光州国際映画祭」最高賞にあたる審査員大賞を獲得するなどしているが、この頃は、金星/火星期である。

火星は11室に在住する4、9室支配の金星からアスペクトを受け、また火星自身も11室にアスペクトしている為、この時期に高い評価を受けたと考えられる。


ダシャムシャ(D10)を見ると、ラーフは10室に在住し、ディスポジターの木星は5室で高揚している為、マハダシャーラーフ期は、キャリア上の上昇の時期である。






wikipediaによれば、リン・チーリンが、2000年代を通して台湾芸能界を瞬く間に上り詰めていったその様は、当地の学者らをして“林志玲現象”と言わしめたというが、2000年代は、主にマハダシャーラーフ期であり、それはラーフがナヴァムシャの11室で4、9室支配のヨーガカラカの金星とコンジャンクトし、3、10室支配の火星からアスペクトされて、ラージャヨーガを形成していたからである。


そして、この11室は射手座であり、射手座は上昇と下降の星座であり、その上昇力というものが、極めて強く現れる星座である。


一躍スターダムに躍り出るといった成功の仕方は、この強い射手座11室がもたらしたと考えられる。




落馬事故


因みにリン・チーリンは、2005年7月8日に撮影中に落馬し、肋骨6本を折る重傷を負っている。


この時のダシャーは、ラーフ/水星/土星期である。



2005年7月8日、中国・大連でCM撮影中に落馬。結果、肋骨6本を折る重傷を負うに至る。全治2ヶ月の診断を受けて入院。それから半年間にわたって休業に入る結果となった。この入院休業期にはマスメディアによる報道が過熱し、「彼氏が花束を持って駆けつけた」「整形した胸が破裂」などの憶測報道が乱舞、結果、所属事務所の代表者が報道自粛を求める声明を発する事態ともなった。中国における知名度を一気に上昇させるきっかけとなった事件でもあった。

(wikipedia 林志玲)


この時、注目すべきは、ラーフは生来的凶星で、ラーフと水星は絡んでおらず、水星はラーフから見てマラカの7室を支配して8室に在住しており、2、3室支配のマラカの土星からアスペクトされている。


また水星のディスポジターである月は、ラーフから見てマラカの2室に在住し、火星からアスペクトされている。


ラグナから見ると水星は6室(怪我、事故)に在住し、土星からアスペクトを受け、ディスポジターの月は12室(入院)に在住している。


ラーフから見て、水星が8室に在住して、マラカの土星から傷つけられていることは重要だが、ラグナから見て水星が6室に在住し、ディスポジターが12室に在住していることも重要である。


このラーフ/水星期に事故が起こったことは、ナヴァムシャのラグナが水瓶座であれば説明することが出来る。


出生図では、ラーフと水星はマラカの2室に在住し、月からみてもマラカの7室に在住している。


このラーフ/水星期に落馬をして重傷を負ったが、この時期に報道が過熱して、中国における知名度を一気に上昇させたというのは、ダシャムシャ(D10)で、水星が5室に在住し、ラグナロードで10室支配の高揚する木星とコンジャンクトして、5室支配で11室に在住する月からアスペクトされているからではないかと思われる。

5室支配の月は5室にアスペクトバックしており、月と木星はガージャケーサリヨーガを形成し、水星はそのヨーガの中に参加している。


ダシャムシャで水星は非常に強力なラージャヨーガを形成している。


水星は5室は10室から見た8室であり、仕事の中断のハウスであるが、星位は強く、また5室は幸福なハウスであるため、知名度は上がったということではないかと思われる。



こうして見てくると、ナヴァムシャのラグナは水瓶座で良さそうである。




ナヴァムシャで、3、10室支配の火星が5室に在住し、4、9室支配の金星がアスペクトする配置が、モデル、映画女優として成功する配置である。


そして、ダシャムシャのラグナは、魚座で良さそうである。





EXILE・AKIRAとの結婚について


このようにナヴァムシャ(D9)とダシャムシャ(D10)が説明出来た段階で、それらのラグナで、木星/水星期に生じたEXILE・AKIRAとの結婚がどう解釈できるかである。


出生図では、ラグナからみて木星は6室の支配星で、格下の相手、あるいは、部下、愛人を意味しており、月からみて8室の支配星であるため、支配者、頼る相手を表わしている。


アンタルダシャーの水星はラグナから結婚生活の2室に在住し、月から見ても結婚生活の2室の支配星で7室に在住している。


そして、現在、木星と土星は、ラグナから見た2室とラグナロードの金星(7室から見た7室の支配星)と月から見た2室と7室にダブルトランジットしている。




マハダシャーの木星には、やや問題があるが、結婚のタイミングとして理解することが出来る。


結婚生活の2室が強調されることは、自分の両親や実家の環境に関わって欲しいという状況を表わしている。


つまり、EXILE・AKIRAを自分の実家や生活環境に関わって欲しい存在、実家の家族にとって婿養子的に考えているのである。



ナヴァムシャ(D9)を見ると、木星はラグナに在住して、結婚のタイミングを表わしているが、アンタルダシャーの水星は5室支配で6室に在住し、6室支配の月と相互アスペクトしている。


水星は月から見た7室に在住して結婚を表わしているが、同時にラグナからみて6室に在住している。



この配置が、おそらくリン・チーリンとEXILE・AKIRAとの結婚がちぐはぐな印象で、格差婚として酷評されている理由ではないかと思われる。


水星が6室に在住して、6室支配の月によってアスペクトされる配置は、格下の相手のお世話をする配置である。


5室の支配星は恋愛感情を表わしているが、6室に関わることで、5-6の絡みが生じており、恋愛感情の傷や恋愛における失意を表わしている。


つまり、水星が月から7室に在住する配置は対等なパートナーとしての存在を表わしているが、ラグナから見て6室に在住する配置は、最初から格下の相手に対応する疲労感、不調和、意見の不一致を若干、抱えているということである。


リン・チーリンは、マハダシャーラーフ期には、特に交際相手に不足することはなく、富豪やアイドルから絶えず追いかけられる存在であった。


しかし、マハダシャー木星期になって、そうした状況が終わり、ナヴァムシャにおける2室(結婚生活)支配でラグナに在住する木星が象徴するように自分の実家や生活環境に関わってくれる相手との結婚を望むようになったと考えられる。


そして、木星/水星期に結婚するということは、水星が6室に在住しており、そこには多少の妥協があるということである。


リン・チーリンの主観の中では、もう40歳も超え、キャリア上のピークも超えた為、この辺りで、そろそろ身を固めたいということなのである。


出生図では、マハダシャー木星に不調和があり、水星は月から見て5室支配で7室に在住し、ラグナから見て9室支配で2室に在住し、調和的な相手を表わしている。


然し、ナヴァムシャでは、木星は2室支配でラグナに在住して結婚生活を表わしているが、木星は同時に11室(6室から見た6室)の支配星でもあり、またアンタルダシャーの水星は6室に在住して、6室の支配星と相互アスペクトしている。


また水星は12室支配の土星からアスペクトされている。


従って、アンタルダシャーに不調和が存在する。


そうした意味で、この結婚は妥協した結果ではないかと思われる。



結婚に対する格差婚としての酷評や、若干の違和感というものは、こうした配置が物語っている。




ダシャムシャ


ダシャムシャでは、マハダシャーの木星は5室で高揚し、7室支配の水星と5室でコンジャンクトしている。


これは演劇(5室)で共演したパートナー(7室の支配星)と本当の恋愛(5室)に陥って結婚する配置と言うことが出来る。


リン・チーリンとEXILE・AKIRAの場合、舞台で共演することは、仕事でもあるため、それが仕事運として、ダシャムシャの中に現れることは十分に考えられる。





EXILE・AKIRAのラグナについて


因みにリン・チーリンは木星/水星期に結婚しており、ナヴァムシャにおいて、アンタルダシャーの水星が月から7室の蟹座に在住している。



ナヴァムシャにおいて、ラグナから見た7室支配の太陽は天秤座に在住している。



従って、パートナーは、蟹座、あるいは、天秤座が強調される可能性がある。



例えば、これはパートナーのラグナや月が蟹座や天秤座に在住しているといった形を検討することになる。




仮にEXILE・AKIRAのラグナを蟹座に設定すると、3室(踊り、パフォーマンス)に金星、土星、木星が集中し、5、10室支配の火星が3室にアスペクトしている。


3室の支配星が2室に在住する配置は、ダンスで稼いだり、事業を起こす配置である。


またラグナにラーフが在住し、7室にケートゥが在住する配置は、外国人と結婚する配置であり、また7室支配の土星が3室に在住する配置は、芸能関係者と結婚する配置である。


蟹座は7室の支配星が土星になるため、年上と結婚する傾向があり、9室の支配星が3室に在住する配置は、師匠からダンスを習う配置である。



ラグナロードの月は11室で高揚しているが、これは7室をラグナとすると、7室支配の月が5室で高揚しているため、パートナーは好きな相手と結婚する、つまり、恋愛結婚を表わす配置である。


月が高揚していることは、大恋愛であることを物語っており、また月は感情情緒を表わし、ロマンチックな惑星である。


従って、EXILE・AKIRAは、相手の女性に情熱的な恋愛感情を抱かせる配置ということができる。



2002年にクラブで踊っていたところをスカウトされ、2003年10月にEXPGに立ち上げスタッフとして携わり、東京校のインストラクターとなっているが、2002年はマハダシャーラーフ期になった後のラーフ/木星期である。


※EXPG STUDIO・・・ダンス、ヴォーカル、演技など、エンタテイナーを育成するダンススクール


またラグナロードの月が11室で高揚する配置は、高い評価を受けたり、高い肩書きやステータスを得る配置であるが、EXILE・AKIRAは、2017年1月、EXPGの取締役に就任しているが、この時が、ラーフ/火星期である。


ラーフ期は、EXPGにスカウトされ、最終的にはEXPGの取締役に就任しているが、このような高い肩書きが得られるのは、ラーフのディスポジターが11室で高揚しているからではないかと思われる。


EXILE・AKIRAは、2011年に舞台「レッドクリフ ~愛~」で共演した時にリン・チーリンと知り合い、それ以降、交際を続けてきたというが、この共演した時のダシャーが、ラーフ/金星期である。




そして、ラーフ/金星期が終わった後も、マハダシャーラーフ期の後半において交際を続けてきたようである。


ラーフはラグナに在住しており、7室から見た7室にラーフが在住しているため、やはり外国人との交際を表わす時期である。


現在(2019年6月)、木星/土星期であり、土星は7室の支配星で3室に在住しており、同じ芸能関係者(女優)で、年上の女性(土星)と結婚したことを表わしている。


トランジットの土星と木星は、月から見た7室、ラグナから見た5室と、ラグナロードの月(7室から見た7室)にダブルトランジットしているため、恋愛や結婚のタイミングである。



問題は、ナヴァムシャ(D9)のラグナが本当に水瓶座で間違いないのかということである。


例えば、木星/水星期の解釈として、水瓶座ラグナにとっての6室に在住する水星ではなく、魚座ラグナにとっての7室支配で5室に在住する水星の場合、解釈が全く変わってきてしまう。




ナヴァムシャのラグナが水瓶座で間違いがないかどうかは更に検討が必要である。




(参考資料)



EXILE・AKIRA、林志玲との結婚が中国で“ディスられる”ワケとは?
2019年06月11日 10時15分 アサジョ

 EXILEのパフォーマーで俳優としても活躍するAKIRAが6月6日、台湾のトップモデルで女優の林志玲(リン・チーリン)と結婚したことを公表した。二人は11年の舞台「レッドクリフ~愛~」で共演したことをきっかけに知り合い、昨年末から真剣交際を続けてきたという。

 日本ではEXILEの根強い人気もあり、AKIRAを主語として報じられる今回の結婚だが、林志玲の母国・台湾や中国では当然、それが逆転する。芸能ライターが指摘する。

「彼女は“第一美女”と称される台湾きっての人気モデルで、その存在感を日本の芸能界にたとえて言うなら北川景子と柴咲コウ、佐々木希と米倉涼子を全員足したくらいのスゴさに相当。そのため中華圏では『あの林志玲が、日本のAKIRAという芸能人と結婚!』くらいのテンションで報じられています。それだけならまだしも、中華圏では〈〈なんであんなヤツと結婚できるんだ?〉〉とAKIRAがディスられている有様なのです」

 自国のトップスターを主語にするのはまだ理解できるが、EXILEも中華圏では「放浪兄弟」の名前で知られ、けっこうな人気を誇っているはず。10年には中国でパフォーマンスを披露しているほか、台北にはダンススクールのEXPGも展開しているほどだ。だがとくに中国本土では、EXILEに対してネガティブな見方があるという。芸能ライターが続ける。

「EXILEといえば、浅黒くて筋肉質のボディが魅力。ところが中国ではそういった外見の男性は、都会の工事現場に出稼ぎに来ている地方の農民、すなわち“民工”に見えるとして人気がないそうなんです。そのためEXILEにも“民工団”(出稼ぎ農民団)というあだ名が付けられており、多くの中国人は本気で、AKIRAは林志玲に不釣り合いだと思っているようですね」

 国民性の違いとは言え、EXILEの研ぎ澄まされた肉体が不人気の理由になるとは驚きだ。その一方で弟分グループにはいま、中国で大人気のメンバーがいるという。

「GENERATIONSの片寄涼太です。EXILE TRIBEのメンバーには珍しく色白の彼は、色白男性が好まれる中国では大人気。18年2月には中国のSNS“ウェイボー”でアカウントを開設し、現在のフォロワー数はなんと184万人にものぼります。EXILE・ATSUSHIのフォロワー数が1万1000人ですから、片寄の人気がいかに爆発的なのかが分かりますね。それゆえ片寄が結婚したら、たとえお相手が中国の人気女優だとしても、『日本の片寄が結婚!』と報じられることでしょう」(前出・芸能ライター)

 どうやら中国進出をもくろむEXILE予備軍は、肌を焼かないように気を付けたほうが良い?

(白根麻子)
参照元:EXILE・AKIRA、林志玲との結婚が中国で“ディスられる”ワケとは?
2019年06月11日 10時15分 アサジョ

現地では格差婚報道も EXILE・AKIRA結婚相手の華麗なる男性遍歴
数々の富豪からの猛アタック
須賀 マイク 2019/06/12 文春オンライン

「心から幸せにしたいと真摯に思いました」

 6月6日に台湾人女優でトップモデルのリン・チーリン(44 林志玲)との結婚を発表したEXILEのパフォーマーAKIRA(37)は、心中をこうコメントした。日台のトップスター同士の電撃婚は、日本だけではなく台湾・中国といった中華圏メディアでも大きな話題となった。

語学も堪能な、才色兼備なインテリ

「結婚発表のあと、カーナビの中年男性ユーザーは次々とリン・チーリンの音声から切り替え!」(6月7日付 東方財富網)

 中華系経済メディアもその結婚余波について特集を組むほどで、リンの結婚によって多くの中年ファンが落胆していると報じられている。それもひとえにリンのキャラクターと美貌が、幅広い人気を集めているが故なのだという。

「リンはカナダ・トロント大学を卒業したインテリで、北京語、広東語、英語、日本語を流暢に話すなど語学も堪能。中華圏の男性にとっては、理想的な“花瓶(飾り物)”としてアイドル的な存在になっていました。その甘い声も特徴的で、彼女の声を搭載したカーナビが人気を博した。しかし電撃婚によってファンが失望。リンの音声から中国落語家に切り替えるユーザーが続出したそうなのです(笑)」(台湾人ジャーナリスト)

 モデルとして活動していたリンは2008年にジョン・ウー監督の大ヒット映画『レッドクリフ』に出演し女優デビュー。10年には日本のテレビドラマ『月の恋人~Moon Lovers~』(フジテレビ系)で木村拓哉の相手役を演じ、日本でもその名が知られるようになった。

 それ以降、リンはアジア圏で人気の大女優に。AKIRAとは11年の舞台版『レッドクリフ~愛~』で知り合い、長い年月を経てゴールインとなった。

恋多き女性としても知られていた

 才色兼備の女優として不動の地位を築いていたリン。日本風にいえば“お嫁さんにしたい女優No.1”といったところだろうか。

彼女は恋多き女としても知られていた。

「ファンの誰もが知っている交際相手がジェリー・イェン(言承旭)です。ジェリーは日本の少女漫画『花より男子』を台湾でドラマ化した『流星花園』で主役の道明寺司役を演じたイケメン。同ドラマから派生したF4というアイドルグループのメンバーでした」(同前)

 二人は交際と破局を繰り返しながら、10年以上に渡って恋人関係にあったといわれている。最近もマレーシアのホテルでツーショットが目撃されたこともあり、最終的にリンが結婚する相手はジェリーと思い込むファンも多かったという。

 しかし古今東西、長すぎた春が成就することは難しいもの。

 リンも、「初めての恋は10年間も続いたが、残念ながら実ることがなかった。40歳までに結婚するのはほぼ不可能になった」と寂しそうに振り返ったことも。

数々の富豪からの猛アタック

 また、台湾の大手住設メーカー和成欣業の御曹司チウ・シーカイとの交際が報じられたこともあった。リンは同社のイメージキャラクターを務めていた。この交際についてリンの母親も「もし本当なら素晴らしいこと」と大プッシュ。しかし、富豪御曹司との交際も、リンにとっては最後の恋とはならなかった。

「チウも猛アタックしていたように、リンを口説こうとした大富豪はとてもたくさんいた。シャープを買収したことで知られる鴻海科技集団(フォックスコン・テクノロジー・グループ)のテリー・ゴウも彼女のことが大のお気に入りだったといわれています。最近、彼女が中国のリアリティ番組に出演したことで中国でも人気が過熱。中国のビリオネアが何人もリンをものにしようと奔走していたようです」(中国人ジャーナリスト)

 イケメンアイドルに中台の富豪達――。そんななかからリンが選んだ結婚相手が日本人だったことには、ファンやメディアにとっては驚きだった模様だ。

台湾人・中国人が気になっているのは“素顔”と“格差”

「EXILEを知っていても、AKIRAまでは知らない台湾人・中国人は多く、結婚発表を機にAKIRAの人物像にフォーカスした記事が多く出ています。14年にドラマ『GTO TAIWAN』の撮影で台湾を訪れたときにスタッフに食事の差入れをした等のエピソードを掘り起こし、『リン・チーリンの旦那さんは超太腹』なんて記事も掲載されています」(前出・台湾人ジャーナリスト)

 日本メディアや中華系メディアで大々的に報じられている日台スターの国際結婚。しかし、そのなかには日本人には意外と思えるような報道も目に付いた。

「AKIRA年収公開! 1800万元を稼いだが、リン・チーリン2億元に惨敗!」(6月7日 自由時報)

 なんと中華系メディアで注目されているのは2人の格差婚ぶりなのだ。確かに1800万元(約7200万円)と2億元(約8億円)の年収を比較するとリンの収入は桁違いではあるのだが……。

 幾多の恋の末に日本人男性を選んだリン・チーリン。それが真実の愛なのかどうかは、やがてアキラかになるのかも!?
参照元:現地では格差婚報道も EXILE・AKIRA結婚相手の華麗なる男性遍歴
数々の富豪からの猛アタック










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ジョーティッシュ対面コンサルテーション【名古屋】結果報告

先週の6月14日(金)11:00~20:00の日程で、急遽、行った名古屋鑑定会でしたが、多くの方にお越し頂き、ありがとうございました。


名古屋にもこんなにも私のブログやメルマガの読者の方がいて下さったとは驚きましたが、セミナーも受けたいが東京だと遠いので、もし名古屋で開催してもらえるならば、ありがたいといった要望も頂きました。


ほとんどの方が名古屋や名古屋近郊にお住いの方に来て頂きました。


大阪には何度か行っていますが、大阪だとやはり若干の距離感があるようで、気軽に足は運びにくいとのことでした。


また機会がありましたら名古屋でセミナーも開催したいと思いますので、その際は、是非、宜しくお願いします。



毎度のことですが、鑑定では様々な技法上の発見などもあり、それ自体が有意義な時間でしたが、未来について肯定的な予言が出来たといったケースが多々あり、未来に対して希望を持って頂けた方が多くいらっしゃり、非常に良かったと思います。



これに味をしめて、今年の年末、今度は、福岡で、短期集中セミナーと、3日間の鑑定会を行なう予定です。


日程は、セミナーが11月22日(金)18:00~21:00、23日(土)24日(日)10:00~18:00で、鑑定会&個人レッスンを21日(木)の10:00~20:30、22日(金)10:00~15:30で、行なう予定です。


近々、本ブログやメルマガで告知しますので、宜しくお願いします。



【ジョーティッシュ対面コンサルテーション名古屋 鑑定風景】


















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ビートたけし離婚について -ナヴァムシャのラグナを特定-



ビートたけしが40年近く連れ添った幹子夫人と離婚したとニュースが報じている。


ビートたけし離婚 40年近く連れ添った幹子さんと
日刊スポーツ新聞社 2019/06/12 10:12

ビートたけし(72)が妻幹子さん(68)と協議離婚していたことが12日、分かった。以前から、話し合いが続けられており、このほど結論が出た。

幹子さんは元女性漫才「ミキ&ミチ」で活動し、たけしと80年に結婚(正式な婚姻届は83年)、1男1女がいる。

40年近い結婚生活だった。たけしに不倫や隠し子騒動が浮上したり、86年のフライデー襲撃事件など、夫婦の危機もあった。94年にたけしがバイク転倒事故で重傷を負った時には、幹子さんが集中治療室の隣の部屋に泊まり込んで看病を続けたこともあった。近年は別居生活で、定期的に食事をするなどしていたが、会う回数は減っていたとみられる。

たけしは昨年3月いっぱいで、オフィス北野を独立し、自分が代表を務める「T.Nゴン」に所属している。


以前から私はビートたけしのラグナを山羊座に修正していた。




山羊座ラグナに設定すると、11室に木星、月、金星、ケートゥが集中しているが、11室に惑星が集中する人物は、成功者である。

社会的有力者となり、知名度が高く、数多くの受賞をして称号を得る。


特に映画監督としての数多くの受賞歴にそれは現れており、カンヌ国際映画祭などで金獅子賞を受賞して、授賞式で、パフォーマンスをする姿は印象的である。


山羊座ラグナであれば、11室に5、10室支配のヨーガカラカの金星が在住し、5-11のダナヨーガを形成し、高揚するケートゥとコンジャンクトし、ケートゥもケンドラとトリコーナの支配星と絡むことでラージャヨーガを形成している。


更に5、10室支配のヨーガカラカの金星は、7室支配の月とコンジャンクトして、5-7のラージャヨーガを形成し、月は減衰しているが、高揚するケートゥとコンジャンクトすることで、ニーチャバンガラージャヨーガを形成し、更に月のディスポジターの火星がケンドラで高揚し、月が高揚する星座である牡牛座の支配星(金星)が月から見てケンドラに在住しているため、ニーチャバンガラージャヨーガの条件を3つ満たしている。


11室支配の火星は、ラグナで高揚して、ルチャカヨーガを形成し、9室支配の水星、8室支配の太陽とコンジャンクトし、ラグナロードの土星と相互アスペクトしている。



11室へのエネルギー集中


11室や11室の支配星に絡む惑星が非常に多く、ほぼ全ての惑星が11室に絡んでいるのである。


この11室に絡む惑星の数が多ければ多いほど、成功するポテンシャルが高いことを表わしている。


また11室に多くの惑星が絡んでいることは、兄や姉に恵まれていることを表わしている。



ビートたけしは、4人兄弟で、2人の兄と1人の姉がいるが、更に他にも兄がいて、たけしが幼い頃に亡くなったそうである。



因みに3室支配の木星が11室に在住する配置は、兄弟姉妹の中で最年長か最年少を表わすと言われる有名な配置であるが、たけしは末っ子であるため、この法則が機能している。


従って、これほど沢山の兄姉に恵まれて、末っ子として生まれたのは、この配置が正しいことを物語っている。



またビートたけしは、ラグナで火星が高揚して、7室にアスペクトしているが、この配置が、対人関係における凶暴さを表わしており、たけしの暴力映画や、弟子たちや番組ゲストへのサディスティックな扱いの芸風などに現れている。


5、10室支配の金星が11室に在住する配置は、まさに映画監督として作品(5室)を作り、それが高く評価(11室)され、多くの富をもたらす(5-11のダナヨーガ)ことを表わす配置である。



因みにこのビートたけしが40年近く連れ添った幹子夫人と別れたのは何故かと考える過程で、ナヴァムシャのラグナは獅子座ではないかと見当がついた。



過去の多くの出来事やタイミングなどもこの獅子座ラグナで上手く説明できそうである。




離婚 - ラーフ/木星期


まず、今回、何故、離婚したのかというと、現在、ヴィムショッタリダシャーは、ラーフ/木星期である。



アンタルダシャーの木星は12室の支配星だが、12室は7室から見た6室(離婚)であり、主に12室の支配星のダシャーの時期は、相手から退いていく時期である。



自分からパートナーとの関係からフェイドアウトしていくのである。



そして、パートナーにとっては相手からの離婚訴訟(6室)として経験されるのである。



実際には協議離婚であるが、たけしの方から離婚を希望した形である。



もし6室の支配星の時期であれば、相手が不満を抱いて去っていくのであるが、この場合は逆である。



幹子夫人は出来れば婚姻関係を継続したかったが、たけしの方が、離婚したかったということである。






ナヴァムシャを見ると、木星は12室に在住しており、やはり、パートナーとの関係からフェイドアウトする12室に在住している。



従って、以前からずっとたけしは幹子夫人と離婚したいと公けにも語っていた訳であるが、それが、このタイミングで実現したということである。






離婚が報じられた2019年6月12日のトランジットを見ると、土星は山羊座12室で逆行し、木星は蠍座11室で逆行して、6室(離婚)にダブルトランジットしている。


また12室支配の木星に土星が逆行して絡み、木星も12室の支配星にコンジャンクトすることで、12室(別離)にもダブルトランジットし、更に火星が6室をトランジットして、ラーフ/ケートゥ軸も6-12室の軸をトランジットしている。


6室にダブルトランジットして、6-12室の軸に土星、火星、ラーフ、ケートゥが集中している状況であり、従って、トランジットの観点からも今のタイミングで離婚なのである。




ナヴァムシャのラグナが獅子座となるロジック



ナヴァムシャのラグナを獅子座に設定すると、3、10室支配の金星が5室に在住しているが、この配置は、スーパースターを生み出す配置である。






インドのタミル映画のスーパースター・ラジニカーントも獅子座ラグナで、3、10室支配の金星が5室に在住している。



獅子座は典型的な主演俳優で、主役しか演じられない役者である。そして、しばしば大根役者である。



映画監督で主演俳優でもあるたけしは、明らかにこの獅子座の典型的なスターである。




wikipediaの情報を元に過去の出来事とダシャーの関連を検討してみると、



ビートたけしは、1965年に高校を卒業し、母親の薦めで、明治大学工学部(後の理工学部)機械工学科に現役合格し入学するが、この時のダシャーがケートゥ/金星期である。




マハダシャーケートゥ期



獅子座ラグナに設定すると、ケートゥと金星は5室(学習)に在住している。



また出生図ではケートゥは5室支配の金星とコンジャンクトし、金星は5室の支配星である。



この時期に大学に入学したことを説明することができる。



しかし、たけしは大学での生活に適応できず、大学2年の時に家出同然で、一人暮らしを初め、新宿界隈で当ての無い生活を送り、学生運動にも参加したが熱心ではなく、そのうちジャズに傾倒し、“LeftyCandy”や「新宿ACB(アシベ)」、名曲喫茶「風月堂」といったジャズ喫茶に入り浸り、ジャズ喫茶のボーイもしている。ジャズの見識は一部で有名であったと記されている。


ナヴァムシャで、ケートゥは3、10室支配の金星と5室に在住しており、金星は音楽の表示体で、5室も音楽の表示体である。


(因みに5室の金星にケートゥが絡む配置は、侘び寂びの効いた異国風の音楽を表わすと思われ、ジャズに該当するのである)



この頃、たけしは、ジャズ喫茶のボーイ以外に、菓子の計り売り、実演販売員、ビルの解体工、クラブのボーイ、東京国際空港での荷卸し、タクシー運転手、ガソリンスタンド店員を転々としたというが、これは売れないミュージシャンや芸術家が、アルバイトを転々とするのと似ている。


5室は10室(仕事)から見た8室であるため、きちんとしたオフィスでの就職などが出来ないのである。


この時期、たけしは、通訳になろうと思い立ったらしいが、おそらくそれは5室にケートゥが在住しているからである。


そして、この時期にジャズ喫茶で、出会った若松孝二の紹介で、『新宿マッド』『腹貸し女』など、幾つかの若松プロ初期作品に端役ながら出演したり、学生演劇に参加したようである。


つまり、この時期に3、10室支配で5室に在住する金星が象徴する俳優や演劇の構成などを経験しているようである。






これはケートゥが3、10室支配の金星と5室でコンジャンクトしている為であると考えられる。


つまり、このケートゥ期にジャズ喫茶を通じて、作家や演劇などの芸術家と出会い、芸人になることを志すのである。



金星期前半


そして、決定的なのが、1972年夏に浅草のストリップ劇場・浅草フランス座で、芸人見習い志願としてエレベーターボーイを始めた頃で、この頃が、金星/金星期で、マハダシャー金星期がスタートした頃である。



この頃、浅草フランス座の経営者兼座長であった深見千三郎に師事し、前座芸人・北千太としてコント(軽演劇)を学び、初舞台は、痴漢のコントで、幕間コントに出演して腕を磨き、芸人としてタップダンスの修業にも励んだと記されている。


金星は、3室(ダンス、パフォーマンス)、10室(仕事)支配で5室(演劇)に在住しているため、それで、浅草フランス座で本格的に芸人見習いとしてタップダンスの修行をしながら働き始めたのである。


(因みにタップダンスというのもダンスの中の特殊な分野であると思われ、ケートゥの象意が感じられる)


その後、兼子二郎(ビートきよし)と出会い、コンビを結成して、掛けあい漫才で全く目が出ず、演芸場のギャラは安いため、地方キャバレーなども回るようになったと記されている。


そして、紆余曲折の末、コンビ名を「ツービート」に変更し、「ビートたけし」を芸名としている。


つまり、このマハダシャー金星期の前半は、ビートたけしにとって、芸人としての完全な下積み時代である。


金星/金星 ⇒ 太陽 ⇒ 月 ⇒ 火星などの時期がその時代に該当する。



金星/ラーフ期


そして、1978年に金星/ラーフ期(1978/11~1981/11)が来ると、漫才ブームが来て、一躍、有名になるのである。


wikipediaには以下のように記されている。


漫才ブームまで

演芸場での人気とは裏腹に、その破壊的な芸風は一部の関係者に受け入れられず激しい抑圧を受け、漫才協団から脱退を求める声すら起きたという。
1976年、協団が主催するNHK新人漫才コンクールにツービートは3年連続で出場したが最優秀賞を獲得することは出来なかった。

1978年、新宿区高田馬場の芳林堂書店前で持ちネタの全てを披露する「マラソン漫才・ツービート・ギャグ・デスマッチ」なる漫才ライブを開催したが、この企画をした高信太郎との繋がりでたけしも、高平哲郎や赤塚不二夫、タモリなどと一時期交友関係を持った。その後、「酒を飲んで軽いジョークを言いあったりする、あのシャレた笑い」が肌に合わず、自ずと距離を置くこととなった。

1979年、女流漫才師「ミキ&ミチ」の内海ミキと結婚。犬吠埼(千葉県)にて新婚旅行、亀有のアパートで生活を始める。

9月12日、父菊次郎逝去。

11月、『花王名人劇場』(関西テレビ 企画:澤田隆治)において、人気落語家・月の家円鏡(8代目・橘家圓蔵)の共演者に抜擢される。古典派から「邪道」と言われた円鏡と、「邪道漫才師」ツービートを競演させ、「円鏡 VS ツービート」と銘打って放送されたこの企画が好感触を得たことで、「花王名人劇場」での「激突!漫才新幹線」制作への布石となり、後の漫才ブームへ繋がった。

漫才ブーム

1980年、「マンザイブーム」(旧来の“漫才”と区別される為にカタカナ表記)が起こり、ツービートは毒舌漫才と毒舌ネタを売り物に、B&Bやザ・ぼんち等と共に一躍知名度を上げた。

速射砲さながらに喋りまくり、時おり弾倉を交換するかのごとく首を「くっ」と捻るたけしの姿は、個性派揃いの漫才師の中でも異彩を放った。その毒舌が織りなすネタの主題となったのは、ジジイ・ババア・ブス・カッペ(田舎者)で、さらにウンコとヤクザとガキが頻繁に登場した。また、金属バット殺人事件や深川通り魔殺人事件といった時事性の高い話題をいち早くギャグに取り入れた。これらの不謹慎ネタは「残酷ギャグ」等と批判を受けることもあったが、たけしは「たかが漫才師の言う事に腹を立てるバカ」と言ってのけた。日本船舶振興会のCMを皮肉って作られた「注意一秒ケガ一生、車に飛び込め元気な子」「気をつけよう、ブスが痴漢を待っている」「寝る前にちゃんと絞めよう親の首」「赤信号みんなで渡れば怖くない」「少年よ大志を抱け。老人よ墓石を抱け。」等の一連の標語ネタは「毒ガス標語」と言われ、ブーム初期の定番ネタとなった。

1980年6月、ネタ本『ツービートのわッ毒ガスだ』を発刊し、年末までに約85万部の売上となったが、当初事務所側はせいぜい3万部程度の売り上げと見込み、印税全額を2人が受け取る契約を結んでいたため、大金が転がり込んだという。

レオタードのハイレグを擬した「コマネチ」

この時期に、ツービートとして出演していた『スター爆笑座』(TBS) の初代司会であったせんだみつおと楽屋で雑談中に、たけしの代表的ギャグとして知られる「コマネチ!」のギャグが生まれた。

1981年1月、TBSで『二百三高地』の連続ドラマが製作され、ツービートは兵卒役として出演したが、たけしは乱戦の最中「コマネチ!」で自己主張をはかり、監督以下の顰蹙を買った。なお後年、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した際には、『コマネチ!』という記念本に寄せてコマネチ本人から祝福の手紙が贈られた。

1980年10月、漫才師による昼の帯番組『笑ってる場合ですよ!』(フジテレビ)で、ツービートは火曜日のレギュラーとなった。

1982年10月、ブームの終焉と共に番組も終了したが、最終回でたけしは客に対し「何でもゲラゲラ笑いやがって! 本当はお前らみたいな客、大っ嫌いだったんだよ!」と語った(なお、フジテレビからオファーのあった後番組の司会をたけしは断り、代わりに『森田一義アワー 笑っていいとも!』が開始された)。

1982年の夏にはブームは完全に終息し、たけしは“タレント・ビートたけし”として、この頃以降は、単独で司会をする番組を多く持つようになるなどしていった。

(wikipedia ビートたけしより引用抜粋)


金星/ラーフ期は、その後の成功の最初のタイミングであり、社会デビューの時期である。


この時期に「コマネチ」のギャグも生み出しており、ビートたけしの芸人としての原点が築かれた時期であると言える。






この金星/ラーフ期にたけしは、幹子夫人と結婚しているが、ラーフ/金星期は、しばしば結婚をするタイミングであり、無条件に結婚をもたらすダシャーのコンビネーションである。


ナヴァムシャを見ると、金星は結婚の表示体であり、ラーフは11室に在住して、ディスポジターの水星は結婚生活を表わす2室の支配星である。






因みにこの金星/ラーフ期に父親(菊次郎)が亡くなっているが、ドヴァダシャムシャ(D12)にて、金星は8室に在住し、ラーフは3室に在住している。






そして、9室を父親のラグナとすると、金星はマラカの2室支配の月と共に12室に在住し、ラーフは8室支配の土星と共にマラカの7室に在住している。



1980年6月にネタ本『ツービートのわッ毒ガスだ』を発刊し、年末までに約85万部の売上となったと記されているが、この時のダシャーは、金星/ラーフ/水星期である。


ナヴァムシャで、ラーフは11室に在住し、ディスポジターの水星は2、11室の支配星で、4、9室支配のヨーガカラカの火星と6室でコンジャンクトしている。


水星と火星は2-9、9-11のダナヨーガを形成しており、ヨーガカラカの火星は高揚して強力である。



火星が分割図で6室に在住する配置は、基本的に良い配置であり、戦いや競争に打ち勝つ配置である。


従って、この時期にビートたけしには、巨額の印税収入が転がり込んだのである。



そして、漫才師による昼の帯番組『笑ってる場合ですよ!』(フジテレビ)で、ツービートは火曜日のレギュラーとなり、漫才師としての確固とした地位を築くのである。


そして、金星/木星期に移行すると、ビートたけしは、単独で司会をする番組を多く持つようになっていく。



つまり、このように見てくると、金星/ラーフ期は、現在の地位を築くにあたって、極めて重要な時期であったことが分かる。



金星/木星期


そして、1982年になると、金星/木星期に移行するが、金星/ラーフ期が終わった後、完全にビートたけしは黄金期に入っていくのが分かる。



1982年から1984年にかけて、番組出演中に弟子志願者(正式な門下は取らない主義の為“ボーヤ”と呼ばれる)が押しかけ、相当の数が集まった事(たけし軍団)から、集団で行うバラエティを模索。日本テレビ『スーパージョッキー』、TBS『笑ってポン!』等が始まった。また、博識が評価されて、毎日放送『世界まるごとHOWマッチ』等で文化人的な出演要請も増えた

スーパージョッキー(日本テレビ)
天才・たけしの元気が出るテレビ!!(日本テレビ)
ビートたけしのスポーツ大将(テレビ朝日)
痛快なりゆき番組 風雲!たけし城 (TBS)
OH!たけし(日本テレビ)
世界まるごとHOWマッチ(毎日放送)
オレたちひょうきん族(フジテレビ)
オールナイトニッポン(ニッポン放送)

上記は、1985年当時のレギュラー番組すべてであるが、このうち日本テレビ、テレビ朝日、TBS、フジテレビの20時台番組ですべて最高視聴率をマークした。なお、『たけし城』『元気』『スポーツ大将』は、全て実質ビートたけし本人の企画・構成によるものである。

その他、放送以外に歌手としてのレコードリリースとライブ活動、文学小説の出版、ファミリーコンピュータのゲーム企画も行った。この頃より、タモリ・明石家さんまと共に、「日本のお笑いタレントBIG3」と称されることとなった。

(wikipedia ビートたけしより引用抜粋)


この金星/木星期に入ってから、弟子志願者が押しかけて、後にたけし軍団を結成するのである。


たけしの弟子、信奉者が、この頃に集まってきたのは、ナヴァムシャにおいて、木星(弟子)が5室(弟子)支配で、12室で高揚しているからではないかと思われる。


この頃、たけしが博識で評価されて、文化人的な出演要請が増えたのは、5室支配の木星が高揚している為である。


木星はダシャムシャ(D10)で、ケンドラの4室で高揚しているため、『スーパージョッキー(日本テレビ)』、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!(日本テレビ)』、『ビートたけしのスポーツ大将(テレビ朝日)』『オレたちひょうきん族(フジテレビ)』など、たけしの黄金期を形成する冠番組が出揃い、すべて最高視聴率をマークするほど、キャリア上で、上昇した時期である。







金星/土星期


1985年時点では、既に金星/土星期に移行していたが、土星もD10で、10、11室支配で4室で、9室支配で高揚する木星とコンジャンクトして、9-10、9-11のラージャヨーガ、ダナヨーガを形成している。


従って、金星/木星期に次いで、金星/土星期もキャリア上の上昇は続くこととなった。



しかし、この後、1986年12月にビートたけしは、たけし軍団と共に講談社のフライデー編集部を襲撃し、現行犯逮捕され、懲役6カ月(執行猶予2年)の判決を受けて半年間芸能活動を自粛することになっている。


そして、芸能活動を再開した後も出演するテレビ局や所属事務所などに各種団体が抗議に訪れるなど、しばらくは事件の影響が尾を引いたようである。



このフライデーを襲撃した時のダシャーは、金星/土星/ラーフであるが、条件によっては、金星/土星期は「王が乞食に転落する」時期であると言われている。


ビートたけしの場合、金星/土星期になるまでの金星/木星期は明らかに王であったため、金星/土星期になってからの逮捕や謹慎は、王が乞食になっている状況ではないかと思われる。




Sloka 28½ – 29½: If Venus and Saturn posited in their exaltation, Swakshetra or Vargottamamsa be strong and ‘equally powerful to cause Yoga, they will, in their mutual Dasas and Bhuktis, make the native a beggar seeking alms and a powerless being, even if he be born a king or a Kubera. Should however one of the two be strong and the other weak, the stronger one will give the Yoga.

Venus and Saturn are natural friends and any student of astrology, logy will expect good results in their mutual Dasat and Bhuktis. But the sense contained in this sloka is contrary to the above statement. If the two planets are well placed, the Bhukti of Venus in Saturn’s Dasa and ‘Vice versa will be the worst periods the native can possibly expect. The stronger the two planets are the worse will be the effect.

Sloka 29½ – 30½. If both of them be weak and be so mutually placed that one occupied the 12th, the 8th or the 6th from the other, or happen to be owners of such places; or be conjoined with the lords of these houses, they become auspicious and confer wealth and happiness on the native. If one of them own, an auspicious house and the other an unfavourable one, even then, hath of them will produce good effects. If they are both malefics, they will prove extremely favourable to the native.


シュローカ28(1/2) – 29(1/2)

もし金星と土星が高揚、定座、もしくはヴァルゴッタマにあり、強く、ヨーガを引き起すに等しく強いなら、それらは相互のダシャー、ブクティーにおいて、人が例え王か、クベラ(お金や富の神様)に生まれたとしても、施しを捜している乞食、そして無力な存在にする。しかしながら、2つのうちの1つが強く、もう一方が弱いなら、より強い方がヨーガを与える。

金星と土星は生来的友好で、どんな占星学の生徒も、それらのダシャーとブクティーにおいて、良い結果を予測します。
しかし、このシュローカに含まれる感覚は、上記の言明と反対です。

もし2つの惑星が良い配置なら、土星のダシャーにおける金星のブクティーは(逆もまた同様ですが)、おそらくチャートの主が期待できる最悪の時期になるでしょう。2つの惑星のより強い方が、より悪い効果となります。


シュローカ 29(1/2) – 30(1/2)

もしそれらの両方が弱く、一方が他方から相互に12室、8室、6室に位置するか、もしくは、そのような場所の支配星であるなら、もしくはこれらのハウスの支配星とコンジャンクトしているなら、それらは吉祥となり、チャートの主に富と幸せを与えます。

もしそれらの一つが定座、吉のハウス、そしてもう一方が不吉なハウスであったら、それらの両方は良い効果を生みます。

もしそれらが両方とも凶星だったら、それらはチャートの主にとって極めて好ましいと分かります。

(ウッタラカーラムリタより一部、引用抜粋)




ウッタラカーラムリタによれば、土星と金星のより強い方が、ヨーガを与えると記されている。


ナヴァムシャでは、6、7室支配の土星は高揚しており、より強い配置であり、この土星がヨーガの結果を与えたと考えることができる。


すると、土星は6、7室支配で3室(メディア)に在住し、3、10室支配の金星(芸能活動)にアスペクトしている。


この土星が3室に在住し、3、10室の支配星にアスペクトしていることが、芸能活動を中断させ、謹慎をもたらしたことは明らかである。


また土星は、5室支配の木星(たけし軍団)にもアスペクトしており、フライデー襲撃事件はたけし軍団を巻き込んで実行されたのである。



またこのフライデー襲撃事件は、以下のように当時、交際していた愛人との交際をメディアに暴露し、更に愛人に怪我を負わせたことに対する報復行為である。



1986年12月8日、東京都渋谷区の路上で、ビートたけしこと北野武(以下「たけし」、当時39歳)と親密交際していた専門学校生の女性(当時21歳)に対し、『フライデー』の契約記者が、女性が通う学校の校門付近でたけしとの関係を聞こうと声をかけたが、それを女性が避けて立ち去ろうとしたため、記者が前方に立ちふさがってテープレコーダーを彼女の顔に突きつけ、手を掴んで引っ張るなどの行為に及び、頸部捻挫、腰部捻傷で全治2週間の怪我を負わせた。

(wikipedia フライデー襲撃事件)


従って、6、7室(愛人、あるいは妻)支配の土星が3室(メディア)に在住している配置でその事象を説明することができる。


6、7室支配の土星は、愛人を象徴し、更に妻である幹子夫人を象徴し、更にフライデーの批判的記事を象徴するとも言えるかもしれない。


土星は金星の星座に在住し、金星に一方的にアスペクトしているが、この辺りは複雑で、どう解釈すればよいか迷う所である。


土星が金星の星座に在住していることは、金星が優勢となることを表わし、土星が金星に一方的にアスペクトすることは、土星が優勢になることを表わし、ウッタラカーラムリタの記述のように土星が高揚して金星よりも強いため、土星が結果を表わすとも考えられる。


確かなことは、ビートたけしにとっては、金星/土星期は悪く働いたということである。




金星/土星期は、非常にミステリアスで、分かりにくいが、更に事例を見ていく必要がありそうである。








そして、ビートたけしは、1994年8月、バイクによる自損事故を起こし重傷を負っている。


この時期は、太陽/土星/土星期である。



太陽は出生図では、8室(致命傷)支配でラグナに在住し、マラカの4、11室支配の火星、6室支配の水星とコンジャンクトし、ラグナロードで2室支配の土星(マラカの7室に在住)と相互アスペクトしている。


8室(致命傷)支配の太陽がラグナに在住して、火星(6室の表示体:事故)と土星(8室の表示体:致命傷)の2つの凶星と絡んでおり、更に4室(乗り物)や6室(事故)の支配星と絡んでいることが交通事故を表している。


2室は顔を表すが、2室の支配星がマラカの7室に在住し、8室支配の太陽やマラカの4、11室支配の火星や、6室支配の水星からアスペクトされていることが、顔面への致命的な障害を表わしていたと考えられる。


このため、顔面の麻痺に対する長期に渡るリハビリテーションを必要としたのである。





幹子夫人との関係



ナヴァムシャでは太陽は、ラグナロードでマラカの7室に在住し、6、7室支配のマラカの土星が3室に在住している。



この事故が起こった時、ビートたけしは、当時、交際していた細川ふみえのマンションから帰る途中だったのではないかと言われている。






フライデー襲撃事件の時は、金星/土星期であり、バイク事故の時は、太陽/土星期であり、どちらも6、7室支配の土星期であり、愛人の存在がメディア(3室)に暴露されている。



この時、ナヴァムシャでは6室支配の土星が3室に在住していることから、幹子夫人との関係は良くないはずである。



事故を起こした後、1994年8月~1997年9月まで太陽期を経過しており、太陽は上述のようにラグナやラグナロードと絡む8室の支配星であるため、かなり長期に渡って、リハビリを必要としたことを物語っている。



その後、1997年9月からマハダシャー月期に入り、2007年まで続くが、この時期、月はナヴァムシャで、12室支配で4室で減衰し、ケートゥと土星から挟まれて、パーパカルタリヨーガを形成している。



従って、月は非常に傷ついて弱い状態である。






出生図では、月は7室の支配星で11室に在住しているが、このバイク事故を起こして重体に陥った時、幹子夫人が側で、つきっきりで看病したようである。


従って、事故から復帰した後も暫くは、幹子夫人との関係を安定させていたと考えられる。



それはナヴァムシャで月が弱いながらも4室のケンドラに在住していることが物語っている。



然し、その後、マハダシャー火星期に移行すると、火星はナヴァムシャの6室に在住しているため、再び、ビートたけしは、幹子夫人との関係が悪くなったと考えらえる。



このように見てくると、ビートたけしは、40年間連れ添った幹子夫人と常に関係が良かった訳ではない。


関係が良かったのは、ナヴァムシャの5室に在住するマハダシャー金星期(結婚当初の幹子夫人も漫才をしていた頃)であり、その次のラグナロードで7室に在住する太陽期であり、その後の4室に在住する月期もまだ関係は良かったかもしれないが、次の6室に在住する火星期には意見の不一致などが見られた可能性があり、そして、更にマハダシャーラーフ期になると、ラーフは11室(6室から見た6室)に在住している。


そして、ラーフのディスポジターの水星は、11室の支配星で6室に在住している。


従って、2007年ぐらいから幹子夫人との関係は、おかしくなっていたと考えるべきである。


そして、ラーフ期になってから更にそれが決定的になったと考えられる。






以前、私は、『北野たけし”100億円の愛人騒動”について』という記事を書いたが、2014年7月17日号の週刊文春に載っていた記事を参考にまとめたものである。



この2014年7月は、ちょうどマハダシャーラーフ期に移行する直前である。


ラーフは出生図において、恋愛の5室に在住し、月から7室に在住している。


またナヴァムシャでは11室に在住しているが、ディスポジターの水星は結婚生活の2室の支配星である。


またナヴァムシャではラーフは月から8室に在住しており、ディスポジターの8室支配の水星は、ラグナロードの火星と3室でコンジャンクトしている。


このマハダシャーラーフ期は、おそらくパートナーとの結婚願望(8室のラーフ)が出て来る時期であり、パートナーに頼りたいと思う時期である。


既に幹子夫人とは長い間、別居状態にあったということから、やはりラーフ期は、このタイミングで新しく結婚生活に入りたいと思った相手の存在を示唆しているのである。


それが発覚したのが、ちょうどマハダシャーラーフ期に移行したタイミングであった。






ラーフはダシャムシャ(D10)では、3室に在住し、ディスポジターの水星は3、6室支配で6室に在住し、ラグナロードの火星と6室でコンジャンクトしている。



従って、仕事に関しては、オフィス北野を独立し、自ら事務所を立ち上げることとなった。



そうした仕事上の奮闘が見られる時期である。



このように見てくると、ビートたけしのナヴァムシャのラグナは獅子座で、ダシャムシャのラグナは牡羊座で良さそうである。



ナヴァムシャのラグナを獅子座にすると出生図のラグナはダニシュターの第1パダになる。



ダニシュターは支配星が火星のため、ピッタ系の激しい性質を持つと共に音楽の才能を表わすナクシャトラとされている。



ビートたけしが、学生時代にジャズに夢中になり、ジャズの見識で高い評価を受けたことなどのエピソードはダニシュターであると考えると納得できる。



シュラヴァナは支配星が月のため、組織人間でNo.2が向いており、もう少し大人しい印象である。



ダニシュターは芸能人に向いているナクシャトラであり、人の話に耳を傾け、自分の血肉にする才能に恵まれている。



そうしたことを考えると『たけしのTVタックル』などで、たけしがゲストたちの話を非常によく聴いていることなどは、ダニシュターの象意に該当すると思われる。



今回の離婚で、ビートたけしは、幹子夫人に200億円以上の手切れ金を支払うと報じられている。


ダニシュターの人生とは、波乱万丈で、ドラマチックであり、お金にとらわれる人間ではないということから、ダニシュターの象意とよく合致している。













(参考資料)



ビートたけし離婚、莫大財産は元妻へ 終結まで長引いた背景
2019.06.12 16:00  女性セブン

「結果だけ見れば、0対100でたけしさんの完敗。それなのに本人は『オイラ、スッキリしちゃったぜ』って笑いながら頭をかいてましたよ」――。ビートたけし(72才)の知人は、苦笑いでこう明かした。

 たけしと幹子夫人(68才)の“離婚闘争”に、終止符が打たれていたことがわかった。元漫才師の幹子さんとたけしが結婚したのは漫才ブーム真っ只中の1980年。「勝手に婚姻届を出された」ことからズルズルと続いてきたというのはたけしの弁だが、幾度となく女性問題が取り沙汰されてもつかず離れずの関係を続けてきた。

 風向きが変わったのは2014年7月。『週刊文春』が「100億円の愛人」と題して18才年下のA子さんとの関係を報じたのだ。

「A子さんのマンションで同棲状態のたけしさんが彼女と結婚するため、100億円ともいわれる財産をすべて幹子夫人に渡して離婚するとの内容でした。降ってわいた“最後の恋”に関係者の衝撃は大きかった」(芸能関係者)

 2018年3月、たけしはオフィス北野から独立。新事務所「T.Nゴン」を立ち上げた。

「この頃から“A子はたけしの財産狙いではないか”“たけしは変わった”“A子以外の意見を聞かなくなった”とA子さんに否定的な報道が増えました」(スポーツ紙記者)

 今年元日にはスポニチが「たけし離婚調停」と報道。4日後の情報番組生放送でたけしは「調停なんか終わっているよ、バカヤロー! あとはハンコを押すだけだ」と発言していた。

 離婚の大きな争点は「財産分与」だと報じられてきたが、たけしにとってそこは重要な問題ではなかったようだ。

「A子さんが“後妻業”のようにいわれていますが、実際は違う。A子さんの立場を慮った部分が大きいでしょう。金銭面でいえばたけしさんは最初から幹子さんの要望をのむつもりでしたから。ただ、あまりに巨額なので弁護士を通してのやりとりが続き、時間がかかっただけでモメて話が停滞していたわけではない。A子さんもそこには口を出していません。

 たけしさんは結婚生活を始めた時から、ほぼ別居状態だったわけで“離婚するのに40年かかったよ”と苦笑いしていましたが、数百億円といわれた財産はすべて幹子さんへ渡した。たけしさんに残ったのは現在A子さんと同居する世田谷の自宅だけのようです」(たけしの知人)

 それでも冒頭の通り、スッキリした顔を見せているというが、悩みは「発表」の仕方。

「たけしさんは、どう話せば“ウケるか”と考えていたようですよ(笑い)。“誰もオイラの離婚に興味ないだろ”というのも本音のようですが、本人がどう報告するか気になるところ。たまには“恋”を本気で語ってほしいですが」(前出・芸能関係者)

 離婚後、A子さんとの生活に変化はあるのか。

「A子さんはたけしさんの家族とのコミュニケーションを密にとっています。たけしさんのお姉さん・安子さんからの信頼も厚いし、お兄さんの大(まさる)さんもそれを承知していた。北野家と距離があった幹子さんとは対照的かもしれません。たけしさんは『兄貴や姉さんも世話になってるんだ』と感謝していますし、もう少し行き来が頻繁になるかもしれませんね」(前出・たけしの知人)

 たけし側の代理人は「離婚が成立したのは事実ですが、それ以上はお話しすることはありません」と言うのみ。

 これから始まるA子さんとの二人三脚の人生。天才たけしの新たな一面がまたもや見られるか。

※女性セブン2019年6月27日号
参照元:ビートたけし離婚、莫大財産は元妻へ 終結まで長引いた背景
2019.06.12 16:00  女性セブン

ビートたけし 日本芸能界最高額の手切れ金 200億円以上譲渡で夫人と決別
2019年6月13日 05:30 スポニチアネックス

タレントのビートたけし(72)が、5月に幹子夫人(67)と離婚したことが12日、分かった。長く別居してきたが、40年にわたる関係に正式にピリオドを打った。200億円 以上ともされる莫大(ばくだい)な財産をたけしが夫人に渡すことで“決別”。自らの資産を捨てて、愛人とされてきた18歳年下の女性パートナーA子さんとの“愛”を 選んだ形だ。残りの人生を謳歌(おうか)するための、令和元年の再出発だ。

 関係者によれば、離婚が成立したのは5月。互いに弁護士を立てての協議離婚で、数年にわたって話し合いを続けてきた。代理人弁護士も「離婚したのは事実です。そ れ以上お話しすることはない」と話した。

 財産分与の話し合いでは、たけしがほぼ全ての財産を幹子さんに渡すことで同意したとみられる。幹子さんが受け取る財産は、金額に換算すると200億円以上になりそ うだ。

 知人は「個人資産で100億円、会社名義で100億円以上あったものを全て渡す形になったと聞いている。大切にしてきた高級外車のコレクションも手放すことになった」 と明かした。残ったのは、15年に立ち上げた新事務所「T.Nゴン」を兼ねた東京都世田谷区内の自宅だけだ。

 72歳の今もなお、テレビのレギュラー番組6本を抱えるなど売れっ子のたけしは、年収10億円超とされる。17年4月から新事務所に仕事の報酬が振り込まれているが、そ れまでは幹子さんが数十年にわたって収入を管理。「たけしさんは月額300万から400万円のお小遣いをもらってやりくりしてきた」(関係者)といい、多額の資産を残し ている。

 海外セレブが離婚に際して超高額の慰謝料を支払うことは多々あるが、日本では異例の金額。テレビ関係者は「日本の芸能界で史上最高額の“手切れ金”であることは 間違いない」と目を丸くした。

 たけしは「40年かかったけどやっとケジメがついた。これでA子と歩んでいける」と周囲に話しているという。別の知人は「たけしさんが再婚したとは聞いてない。面 倒なことはもう嫌でしょうし、今後することもないでしょう」と話しており、このままの関係を続けていくとみられる。

 A子さんとは7年前に出会い、交際を続けてきた。仕事の相談相手になるなど、たけしは絶大な信頼を寄せている。公私両面で欠かせない存在。自身の手元に唯一残した 財産である自宅が、2人の愛の巣だ。

 一方、幹子さんの周囲は「思うところもあるだろうが、納得している様子です」と明かした。ブレーク前の70年代から交際し、83年に結婚。当時から既に別居状態で、 幹子さんが離婚を求めたこともあったが、婚姻関係だけは続けてきた。

 その2人が、40年目に決めた熟年離婚。型破りな生き方をしてきたたけしだが、最終章に入っていく人生を見据えて選んだのは、お金ではなく愛だった。
参照元:ビートたけし 日本芸能界最高額の手切れ金 200億円以上譲渡で夫人と決別
2019年6月13日 05:30 スポニチアネックス










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藤田田著『ユダヤの商法』復刻の理由



最近、日本マクドナルド創業者の藤田田氏の著作全6冊を復刊するプロジェクトが実施されたようである。


中でも『ユダヤの商法 世界経済を動かす』(1972年/KKベストセラーズ)は総計82万7000部を売り上げるベストセラーとなったようだが、中古市場で2万円の値に吊り上がってしまい、容易に入手できない本になっていた。




例えば、この本を座右の書にする実業家も多く、たかの友梨も愛読書として、この本を挙げている。


この伝説の書が復刊したのを目にした為、以前から読みたいと思っていた私は、思わず、Amazonでワンクリックで購入した。



(新装版)2019年4月25日 初版第一冊発行


私の動機としては、ビジネスに生かすというよりもユダヤ人の考え方を知りたいと思ったからである。


ユダヤ人の商人の考え方についての興味深い話が載っているのではないかと思えたのである。


実際、読んでみると、藤田田氏が学生時代にG.H.Q(連合国軍最高司令官総司令部)で通訳のアルバイトをしていた時にユダヤ人米兵の軍曹が、給料前に破産状態になった同僚に高利で金を貸して、給料日になると容赦なく金を取り立てて、取り立てが難しい時には配給物資を担保として巻き上げ、金の力で同僚たちを支配し、逞しく生きている姿に感銘を受けたことについて綴られている。

その軍曹は、車を二台も買い込み、軍曹であるにも関わらず、G.H.Q.の上層部以上の豪勢な暮らしぶりだったという。


その時以来、藤田田氏はユダヤ人に接近し、一緒にビジネスを行なうようになり、いわばユダヤ人商人の見習いに入り、ユダヤ人から商売のやり方を直に学んだのだという。


そして、ユダヤ人たちの商売のやり方から学んだ経験について色々綴っているのだが大変興味深い話ばかりである。


藤田田氏は、ユダヤ人貿易商たちとの取引で、身を立ててゆくが、ユダヤ人は契約を絶対守り、契約を守らない人間は信用しない為、ある時、納期に間に合いそうになかった品物を届けるのに赤字覚悟で、飛行機をチャーターして納期に間に合うように相手に届けたエピソードを記している。


藤田田氏は、ある時は損をしてまでユダヤ人との契約を守った結果、ユダヤ人商人たちから「銀座のユダヤ人」と呼ばれて、世界のユダヤ人から信頼されるようになったのだという。



この藤田田氏のチャートについて当然、興味が沸くが、チャートを作成してみて、獅子座ラグナではないかと思った。




何故なら、まず、最初の印象として、藤田田氏は、創価学会の池田大作に雰囲気が似ているのである。


おそらく池田大作は、獅子座ラグナである為、藤田田氏も獅子座ラグナである。


獅子座ラグナに設定すると、ラグナロードの太陽が7室に在住しているが、7室は貿易相手や海外の契約先を表わすハウスである。

そして、この太陽に12室支配(海外)の月がコンジャンクトしており、海外のビジネスパートナーを表わす配置である。


また海外のビジネスパートナーを表わすと共に海外との貿易で、しばしば出費をすることも表わしている。


従って、上述したようにある時は、契約を守るために損をするようなエピソードも経験したのである。



また獅子座ラグナにすると、ラーフ/ケートゥ軸が6-12室の軸に在住し、木星、金星、火星が6室から12室(海外)にアスペクトしている。


これは藤田田氏が、海外の取引先から受注した商品を納期に間に合うように奔走して、海外に船便や飛行機で送り届けることを表わしている。いわば海外の取引先に対するサービス(6室)を意味している。

とにかく、こうした納期を守り、約束を守る藤田田氏を世界のユダヤ商人たちは信頼したのであるが、これはこの6室に木星や金星など吉星が在住して、充実したサービスを提供したことを物語っている。


藤田田氏は、海外から色々な物を日本に持ちこんできた人物でもあり、日本マクドナルド、日本トイザラス(おもちゃ)、日本ブロックバスター(レンタルビデオチェーン)など、ヒット商品、ヒット事業を日本に持ち込んだ。


従って、創業者と言っても、純粋に新しいアイデアの事業を創業したというよりも、海外のアイデア、ヒット商品を日本にいち早く持ち込んだパイオニアであり、その本質は、輸入販売業者といった方がいいかもしれない。


つまり、藤田田氏の本質的な肩書きは、貿易商人である。


だからラグナから見た12室に木星、金星、火星などの惑星がアスペクトするばかりでなく、月、太陽から見ても12室に木星、金星、火星などが集中しているのである。


藤田田氏のビジネスにとって、海外とのやり取りというのは、欠かせないのである。



そして、藤田田氏は、意外にも太宰治と酒を酌み交わすような親交があったのは、6、7室支配の土星が4室蠍座(水の星座:酒場)に在住しているからである。






太宰治のラグナは蠍座ラグナであるから、この4室に在住する6、7室支配の土星の表示体になっている。




今、藤田田氏が脚光を浴びる理由


そして、今、藤田田氏の著作全6冊を復刊するプロジェクトが起こり、にわかに注目を集めているのは、何故かと言えば、現在、土星が射手座で逆行し、木星も蠍座で逆行し、牡牛座10室にダブルトランジットが生じているからである。


また月、太陽から見た10室にもダブルトランジットが生じている。


そして、土星は5室(出版)をトランジットし、また月、太陽から見た5室(出版)に土星と木星がダブルトランジットし、また土星と木星は、11室(高い評価)にもダブルトランジットしている。



藤田田氏は、既に亡くなっているのであるが、亡くなった後もダシャーが進行していたと考えると、現在、月/土星期である。


月から見ると、土星はラグナロードで10室に在住し、その土星に現在、木星と土星がダブルトランジットしている。






月と土星の組合せは、カリスマの組合せであることにも注目である。



またチャラダシャーを見ると、現在、牡牛座/射手座であり、牡牛座は10室(有名、高い地位)で、射手座は5室(出版)である。


そして牡牛座にはAmKとDKがアスペクトし、牡牛座から10室にはAKとPKが在住して、ジャイミニラージャヨーガを形成している。


ヴィムショッタリダシャーや、チャラダシャーでも、既に亡くなった藤田田氏がこのタイミングで、社会の注目を浴びる理由を示しているように思われる。




金星/土星期


藤田田氏は、1971年に日本マクドナルドを創業したのであるが、2000年頃からマクドナルドの業績が低迷し、2002年7月頃に業績不振や自らの体調不良などにより社長を辞任している。


この時期は、金星/土星期であるが、金星/土星期は、ウッタラカーラムリタによれば、王が乞食に転落する危険な時期とも言われており、この時期に藤田田氏が、業績不振や体調不良で社長を辞任していることを説明することが出来る。


この金星/土星の条件面について、もう少し精査が必要である。(この詳細なリサーチは今回は省略)



マハダシャーの金星は、3、10室支配で6室に在住し、ラーフ/ケートゥ軸や火星、土星と絡んで傷つけられており、この晩年におけるマクドナルドの業績低迷は、この配置が物語っている。



そして、藤田田氏は、2004年4月21日、心不全のため亡くなっている。






この時期は、金星/土星/ラーフ辺りである。



マハダシャーロードの金星は、マラカの6、7室支配の土星からアスペクトされ、土星は6、7室支配のマラカである。


そして、ラーフは12室に在住し、ディスポジターの月はマラカの7室に在住している。


12室は優先順位としては、マラカの次に死を表わすハウスである。




従って、もし藤田田氏が獅子座ラグナで正しく、またダシャーバランスが正しいなら、金星/土星期になってから、藤田田氏は、業績不振と体調不良、社長の辞任、そして、死も迎えたことになる。





為替(FX)や株式のトレードにおける損切りの考え方は、ユダヤ商人のビジネスに対する姿勢そのものである



私が、『ユダヤの商法 世界経済を動かす』を読んで興味深かったのは、以下の箇所(P.50)である。


辛抱よりは”見切り千両”

ユダヤ人は、相手の気持ちが変わるまで、辛抱強く待つ反面、ソロバン勘定に合わないと分かれば、三年はおろか、半年と待たないで手を引いてしまう。

ユダヤ人がある商売に、資金、人力を投入しようと決めたとすると、彼は、一か月後、二か月後、三か月後の三通りの青写真を準備する。

一か月経ち、事前の青写真と現実の間にかなりのズレがあったとしても、不安そうなそぶりや動揺はまったく見せない。どしどし資金と人力をそそぎ込む。

二か月経って、同じように青写真と実績の間に開きがあったとしても、ユダヤ人は一層補強投資をするだけだ。

問題は三か月目の実績である。

ここで青写真通りに行かない場合は、将来、商売が好転するというはっきりとした見通しがつかめない限り、思い切りよく手を引いてしまう。

手を引くということはそれまで注ぎ込んだ資金と人的努力を一切放棄してしまうことだが、たとえそうなったところでユダヤ人は泰然自若としている。商売はうまく行かなかったが、手を引くことで、ガラクタは一切背負い込まないですんだと考えて、むしろサバサバした顔をしているのだ。

ユダヤ人は、最悪の場合に三カ月で注ぎ込む資金は、あらかじめ予測している。その許容限度内の予算で勝負したのだから、クヨクヨすることはない、というのが彼らの考え方である。


「ダルマさん」は商売知らず

ところが、日本人の場合は大変なことになる。

「せっかくここまでやってきたのだから、もうひとふんばりしなくちゃ・・・・」

「今、ここでやめたら三か月の苦労が水の泡になる」

と、未練を残し、生半可に迷いながら商売を続ける。そして、結局、深みにはまり、再起不能のダメージを受けてしまう。

(略)



このユダヤ人の”見切り千両”の合理性は、FXや株の売買などにおける損切りの考え方と全く同じである。


しかも一定の損切り幅を決めて、その損切り幅を超えた途端に一切の感情に流されずに機械的に損切するという損切りルールの考え方と全く同じである。


FXや株のトレードにおいて、最も大事なことはこの損切りであり、損切さえしっかり出来ていて、防御さえしっかりしていれば、資金は増えていくと教えられている。


私自身、これは痛感しているが、素人は小さい勝ちを積み上げて、資金を増やしていくが、一度の大きな敗北を喫して、その全ての利益を失ってしまうのである。


それが素人の負けパターンであり、一度に全ての利益を吹き飛ばすリスクを損切りによって回避できれば、資金は増えていくのである。


ユダヤ人のビジネスに対する姿勢が、全くこの損切りの考え方と同じであることは非常に興味深い。


つまり、FXや株式のトレードに関しても、ユダヤ人商人と同じマインドを身に付ければ勝てるということである。


資本主義や株式市場を生み出したのがそもそもユダヤ人である為、これらを上手く扱う合理性もユダヤ人が有していても不思議ではない。


逆に日本人の場合、ダメなビジネスに見切りを付けられないで、再起不能のダメージを受けてしまうと、記されているが、これはFXや株式のトレードにおいて損切り出来ない人が損失を拡大して破産してしまうパターンである。



藤田田氏の著作の中で、最も有名なのは、『ユダヤの商法 世界経済を動かす』だが、この他にも『勝てば官軍』などの本も有名である。



資本主義を生み出し、世界経済を支配するユダヤ人のマインドや行動規範について知りたければ、これらの本はお勧めの本である。





【その他のエピソード】

藤田田氏が獅子座ラグナであることを物語るその他のエピソードがいくつかあるが、例えば、自分の息子たちに王様の名前を付けたことなどもいかにも獅子座らしいエピソードである。

藤田田氏には2人の息子がいるが、長男は、藤田元氏で、 次男は、藤田完氏である。

『ユダヤの商法』を書いた当時、成城大学1年と成城高校1年の息子(現在は、藤田商店の代表取締役、取締役副社長)がいて、長男に『元』(ゲン)、次男に『完』(カン)という名前を付けたが、これらは外国人には呼びやすい名前で、”ゲン”は英語で書くと、”Gen”で、将軍という意味であり、”カン”は、英語でカーンと発音し、”王様”を意味する。

藤田田氏の田(デン)という名前も外国人にとって呼びやすい名前らしく、そのことで随分得をしたといった話題の中で、外国人に親しみやすい名前を付けるべきだといった意見を綴っている。

獅子座は、”王室”の星座であり、自分を王様としてイメージする星座である。

そして、獅子座は子煩悩で、子供たちに自分の王様としての自己イメージを投影して、子供たちに王様の名前を付けたのではないかと思われる。

藤田田氏の出生図では、牡羊座や射手座、獅子座には全く惑星が在住していない為、せめてラグナは獅子座でないと、王様という自己イメージは生まれそうもない。

従って、獅子座ラグナで正しいと思われるのである。


またもう一つ、藤田田氏は、海外の悪徳商人から騙されて契約履行の直前に契約をキャンセルされ、損害を負わされそうになったことがある。

この時にケネディー大統領に手紙を書いて、この理不尽な商行為について直訴したようである。

ケネディー大統領は、商務長官を通じて、問題を解決するように指示し、場合によっては悪徳商人の海外渡航を禁じるような措置を取ることを伝えて来たという。

この大統領にまで直訴して、勝利を勝ち取った藤田田氏を海外のユダヤ人商人たちは、見直し、本物の信用を与えるようになったという。

このエピソードを読んで、更に獅子座ラグナで正しいと思われるのは、ラグナロードの太陽が7室に在住し、海外の契約相手に積極的にアプローチしていく配置であるが、7室の太陽は権力者を表わしているからである。

この配置が、ケネディ大統領のような権力者に自ら手紙を書いて、貿易問題の解決を直訴した配置であると言える。


最後に藤田田氏は、通訳をするほど、語学が堪能であったが、最低三か国語を話せることを推奨している。

もし獅子座ラグナだとすると、5室支配の木星にケートゥがコンジャンクトしており、語学の才能を表わしている。


このように様々な細かいエピソードを検討してみても、藤田田氏は獅子座ラグナで正しそうである。

後はナヴァムシャのラグナであるが、ナヴァムシャでは、木星と火星が高揚し、蟹座に惑星集中している。

創業社長の場合、2室が強調されるため、今回は、ラグナを双子座に設定してみた。ナヴァムシャのラグナの取り得る範囲は、牡羊座から射手座までである。

ナヴァムシャを双子座ラグナにすると、出生図のラグナは、マガーの第3パダである。



(参考資料)



なぜ今、藤田田なのか マック創業者の「金儲け書」復刊の訳
2019.04.13 07:00  NEWSポストセブン

 松下電器(現パナソニック)の松下幸之助、本田技研工業(ホンダ)の本田宗一郎、ヤマト運輸の小倉昌男など、名だたる大企業を一から築き、繁栄させた創業者たちに共通しているのは、決して人真似ではない独自の経営哲学や生き様を体現し続けたことにある。その類まれなるビジネスセンスやベンチャー精神は、今なお色褪せることなく著作物等を通じて語り継がれている。

 伝説的な名経営者といえば、この人も例外ではない。日本マクドナルド創業者の藤田田(でん)だ。

 東大在学中に高級雑貨輸入業の「藤田商店」を創業した藤田は、1971年に大手商社や食品メーカーを押しのけ、米国マクドナルドと合弁で日本法人「日本マクドナルド」を設立。東京・銀座の一等地、三越銀座店に1号店をオープンさせて以降、ハンバーガーという全く新しい食文化を瞬く間に日本中に根付かせた。その後、ファストフード業界を席巻するマクドナルドの躍進ぶりは周知の通りだ。

 藤田の略歴を記すと、「外資系企業を軌道に乗せただけでは?」と皮肉る向きもあろうが、日本での成功は単なる“米国流”の継承とは異なり独創性の高いものだった。

 藤田の生前、マクドナルドの広報部から依頼され2時間近くインタビューし、『日本マクドナルド20年史』に「藤田田物語」を書いたことのある外食ジャーナリストの中村芳平氏(近著に『居酒屋チェーン戦国史』がある)がいう。

「藤田さんは米国マクドナルドの創業者であるレイ・クロック氏に認められ、請われて合弁会社の日本マクドナルドを作ったのですが、その出資比率は50対50、しかもアメリカのアドバイスは受けるが命令は受けない、経営は日本人がやる──とエリアフランチャイズ(AFC)ではあり得ない日本優位の条件を呑ませました。日本マクドナルドは外資系ではなく“外枝系”(技術・ノウハウだけ提供を受ける)だ、と。

 それだけではありません。店名もアメリカ人の『マクダーナルズ』という発音は日本人には馴染まないとして『マクド・ナルド』に変えました。旧制松江高校の同級生を特攻隊で死なせた戦争経験世代の藤田にとって、決してアメリカの言いなりにはならず、日本発祥のハンバーガー店として成功させてみせるという強い意気込みがあったのです」

だが、そんな藤田は戦後GHQ(連合国軍総司令部)で東大法学部の授業料と生活費を稼ぐために通訳の仕事をした。そこで出会ったユダヤ人たちが兵隊の位は下士官以下、「Jew」と軽蔑されているのに金貸しをやり、贅沢な暮らしをしていたことに驚いたという。

 戦後国家の価値観が音をたてて崩れる中で、ユダヤ人は2か国語以上を話し、いつもたくましく生きぬいていた。5000年の民族の歴史のなかで、「金儲けの哲学」を確立してきたからだ。藤田はユダヤ人の兵隊たちと深く付き合うことで、「ユダヤの商法」を学んだ。東大2年の時、過分な外貨の割り当てを受けてヨーロッパに輸入に出かけたのが、藤田が輸入商社「藤田商店」を起業する原点だ。

 藤田は藤田商店を興そうとした時から、100万円を目標に、月々5万円という多額な貯金を始め、20か月で実現した。これが藤田を“銀座のユダヤ商人”に変えるのだ。

「藤田さんは『人生はカネやで!』と言ってはばからない人でしたが、『金儲けは目的ではなくチャンスを得るための手段』だとも話していました。

 藤田さんの発想の根底には“人間は裸で生まれて裸で死んでいく”という東洋的無常観が存在していました。つまり、どうせ裸で死んでいくなら今現在を精一杯生きることが、結果として金儲けにつながるんだという考え方です。人生は『仕事×時間=巨大な力』だと説いていました」(前出・中村氏)

 そんな“藤田流”経営の極意や金言が詰まった著書はこれまで数多く刊行されているが、中でも『ユダヤの商法 世界経済を動かす』(1972年/KKベストセラーズ)は総計82万7000部を売り上げるベストセラーとなった。近年は品切れ状態が続き、中古市場では2万円近い高値で取り引きされるほどだった。

 ソフトバンクの孫正義が高校生のころに『ユダヤの商法』を読んで感銘を受け、藤田に直接会いに行ったエピソードは有名だ。

 しつこく面会を申し込んでくる孫に根負けした藤田は、15分だけ対面し、「これからはコンピューターの時代だ。米国留学するならコンピューターの勉強をしなさい」と進言したという。この言葉をきっかけに、孫は事業家として現在の地位を確立するまでになったのである。

 そんな『ユダヤの商法』はじめ藤田田の名著6冊が4月12日に復刊(KKベストセラーズ)された。

「78:22の宇宙法則」「女を狙え」「口を狙え」「今日のケンカは明日に持ち越さない」「不意の客は泥棒と思え」……『ユダヤの商法』を開くと、Part1の項だけでもドギツイ見出しがずらりと並ぶ。

 しかし、なぜ今このタイミングで藤田田の著作を復刊することにしたのか──。KKベストセラーズ書籍編集部で復刊プロジェクトチームの統括にあたった山崎実氏に聞いた。

「いまの時代は中小・大企業問わず『正社員としての終身雇用』が難しい時代で、特に就職氷河期の40代以下の若者は自分の力で厳しいビジネス社会や人生を切り開いていかなければなりません。

 もちろん藤田さんが活躍された時代に比べれば、いまはモノが豊かにあって新しいビジネスのアイデアを持った賢い人たちもたくさんいますが、藤田さんのように常識を打ち破り、素早く行動に移すことのできる“突破力”を持ち合わせる人はそう多くありません。

 新しいビジネスで世界を変えたいとか、お金持ちへの夢を貪欲に描いている人は、藤田さんの著書の中から必ず“成功のヒント”を見つけ出せると思います。露悪的な表現も多々ありますが、藤田さんには大阪生まれのユーモアや人情味もありました。その愛情溢れる言葉やノウハウの数々は、現代のビジネスマンや起業を志す若者の心にもきっと刺さると信じています」(山崎氏)

 藤田田が2004年4月に亡くなって、今年でちょうど15年──。日本最大の外食チェーンと巨万の富を築いた伝説の経営者の“金儲け術”に心酔して、第二の藤田田、はたまた孫正義が次々と登場すれば、日本の経済界も明るいのだが……。

(敬称略)
参照元:なぜ今、藤田田なのか マック創業者の「金儲け書」復刊の訳
2019.04.13 07:00  NEWSポストセブン

藤田田物語①手垢でボロボロに汚れた一通の「定期預金通帳」
凡眼には見えず、心眼を開け、好機は常に眼前にあり
中村 芳平
2019年04月03日 BEST TIMES

日本を代表する経営者たちが、むさぼり読んだとされる『ユダヤの商法』。その著者・藤田田に、誰よりも深く切り込んだのが、外食ジャーナリストの中村芳平氏だ。中村氏は1991年夏、日本マクドナルドから要請され、藤田田に2時間近くインタビューをおこない、原稿をまとめたものが「日本マクドナルド20年史」に掲載された。その藤田田物語を大幅加筆修正してお届けする第1回。

■金儲けは正義である

「東大出の異色の経営者」、「銀座のユダヤ商人」、「アントレプレナー(起業家)のアイドル」、「文明評論家」……。総資産1兆7000億円といわれる日本最大の外食チェーン、日本マクドナルド株式会社を率いる藤田田には、ただ単に外食チェーンの経営者にとどまらない、予言者的、警世家的な風貌がある。それに加えて、〝日本マクドナルド教教祖〟兼〝日本金儲け教教祖〟といった雰囲気がある。

 企業が興隆するのには、魅力ある人物の出現が第一だといわれるが、藤田田には成功する起業家の条件が備わっていた。

 日本マクドナルドのハンバーガーが、わずか20年という短期間のうちに、全国津々浦々で800店余を数える日本一のレストランチェーンに発展したのは、藤田田の企画力、行動力、決断力、経営力に加え、人間的魅力があったからである。

 日本は歴史的に「米と魚の食文化の国」であった。日本で丸い小型のパン(ハンバーガーバンズ)に牛肉のハンバーグステーキを挟んだハンバーガーが、爆発的にヒットするとは誰も予想していなかった。 

藤田はそんな常識が支配する日本でハンバーガービジネスを展開するのに、「文化流水理論」を採った。「文化というものは高きところから低きところに水のように流れる」、つまり知識や情報はすべて「上から下へ流れる」という理論だ。

「アメリカという日本より高い文化のある国で、ハンバーガーとポテトがはやっているのであれば、日本が黒髪とみそ汁と米の文化の国だとしても、将来は金髪の女の子がハンバーガーとポテトを食べていてもおかしくはない」(藤田)

 藤田はハンバーガービジネスを最初に展開する場所に、アメリカ側が主張する湘南海岸のロードサイド店をはねつけて、東京・銀座を主張し一切譲らなかった。銀座という日本文化を象徴する場所に出店することで、ハンバーガービジネスが日本中に流れていくと確信していたからだ。

 藤田は1971(昭和46)年7月、日本マクドナルドの第1号店を銀座三越店の1階にオープンした。

 たった22坪、テイクアウト(持ち帰り)専門の小さな店だったが、8月からスタートする歩行者天国(日曜・祝日)を味方につければ、爆発的にヒットすると読み切っていた。実際、歩行者天国が始まると、銀座通りにはビーチパラソルの花が咲いた。その下には折りたたみ式の丸テーブルと椅子が置かれて、公道がそのままマクドナルドの店舗として使われた。家族連れが買い求めたハンバーガーやポテト、コーラ、アイスコーヒーなどのセットメニューをトレーに載せて運び、テーブルに座って飲み食いした。

 一方ではジーパンやミニスカートに代表される若者たちが歩行者天国を闊歩、歩きながらハンバーガーとコーラを立ち食い、立ち飲みした。それまで立ち飲み、立ち食いは日本の食文化では行儀が悪いと、家庭や学校教育では道徳上、原則的に禁止されていた。

 だが、藤田はそういう常識を破壊し、「右手にコーラ、左手にハンバーガー」というアメリカン方式の新しい食スタイルを流行らせることに成功した。日本マクドナルドの銀座三越店は連日連夜行列ができるほどの繁盛ぶりで、翌 72(昭和47)年10月1日、日商222万円を記録し、マクドナルドの売上高世界新記録を打ち立てた。

 藤田はハンバーガービジネスで、日本的な食習慣に革命を起こしたのである。

 藤田はこのような成功体験を引っ提げて72年5月、自著『ユダヤの商法』(KKベストセラーズ刊)を世に問うた。

 それまで、日本人が最も苦手としたユダヤ人社会を題材にとり、世界経済を動かすユダヤ人の地下金脈や、ユダヤ人の政治力の実態に斬り込んだ。藤田は、「78:22の宇宙法則」、「首つり人の足をひっぱれ」、「女と口を狙え」、「懐疑主義は無気力のモト」といった全97項目から構成される『ユダヤの商法』で、金儲けの極意を明らかにした。

 藤田は「ユダヤ商法の原理原則の中にこそ金儲けのノウハウがある」と、喝破した。日本にマクドナルドのハンバーガーを導入し、それを成功させた快男児のことばであっただけに、そこには臨場感あふれる説得力があった。

『ユダヤの商法』を読んだ誰もがみな、マクドナルドのハンバーガーを初めて食べたときと同じような驚きと、カルチャー・ショックに襲われた。

 これを機に藤田は、稀代の起業家にして予言者、警世家、そして〝日本金儲け教教祖〟の座に就いたといっても過言ではない。『ユダヤの商法』は82万7000部売るベストセラーとなったが、現在では古本市場で高値をつけ、多くの読者からその復刊を待望されていた。

 藤田の素顔を探っていくと、原理原則に忠実なユダヤ教的合理主義者の面と、義理人情に厚い古風な日本人の面とが矛盾なく同居していることに驚かされる。怪物ぶりを発揮する反面、優しさを忘れないところに、藤田の人間的な魅力が感じられるのである。

■40年以上続けている定期預金

〝怪物〟藤田田は、手垢でボロボロに汚れた1通の「定期預金通帳」を、自らの生存を証明する唯一無二の「宝物」のように大切に保管している。

 預金通帳といっても40年以上前の1950(昭和25)年に発行された古いもので、現在の総合口座通帳のようにCD(キャッシュ・ディスペンサー)に挿入すれば残金を記帳できる便利な通帳とは異なる。

 小学生が国語の漢字の書き取り練習のときに、大きな四角のマス目のついたノートを使うが、藤田が大切にしている預金通帳もこれによく似た作りだ。通帳の1ページが大きな四角のマス目、12(1年分)~16に区切られていて、その一つひとつの枠内に、預金額が漢数字(算用数字併用)で「五萬円」と縦に書かれていた。預金額の下には銀行の受領印が捺してあった。

 藤田が住友銀行(現・三井住友銀行)新橋支店発行のこの預金通帳に月々5万円の貯金を始めたのは、50年のことだった。東大在学中の24歳のときのことで、この年、藤田はハンドバッグやアクセサリーなどを輸入販売する個人経営の貿易会社「藤田商店」をスタートさせた。藤田が貯金を始めたのは、藤田商店の設立がきっかけである。

 50年当時の5万円といえば、大金であった。

 そのころ、日雇労働者の1日の賃金が、「二個四」(〝100円札2、 10円札4〟で〝にこよん〟)という俗称のある手取り240円であった。すなわち25日間働いても、「240円×25日で6000円」にしかならなかった時代である。その時代に藤田は、日雇労働者の賃金8か月分以上にものぼる大金を毎月、定期預金していたのである。

 なぜこんな高額な貯金をするようになったのか。詳しくは後述するが、藤田はこの貯金通帳を初めに、最初の10年間は5万円、次の10年間は10万円、その次の10年間は15万円、つまり50年~80(昭和55)年の 30年間、毎月平均10万円をコツコツ貯金してきた。そして81(昭和56)年からは毎月10万円貯金していた。

 筆者が91(平成3)年夏にインタビューした時には40年以上にわたって10万円の貯金を続けていた。

 もちろん、50年に貯金を始めてから一度も休まずに続け、一度も引き出したことはない。

 それでは、藤田の定期預金は40年間でいくらになったか──。

 1年間が12か月だから、40年間といえば、12か月×40年間で480か月。その間に積み立てた元金の総額は、480か月×10万円で4800万円ということになる。これが毎年、複利でまわっていくわけだが、利まわり後の貯金額のトータルは、91(平成3)年4月現在で、なんと「2億1157万6654円」に達している。元金4800万円の5倍近い増え方である。

 参考までに計算してみると、藤田の定期預金が約1億2000万円になるのには30年かかったが、この2億1000万円余になるには10年間しかかかっていない。複利預金の増え方の威力をまざまざと見せつけられる思いである。

「この貯金については、毀誉褒貶があるんですよ。土地を買っておけば土地長者になっていたとか、株を買っておけばもっと儲かったとか、いろいろ言う人もおります。実際、長い間には、この金を引き出して使いたいという局面にも何回か遭遇しました。けれども、いったん下ろさないと決めたものを下ろしてしまったのでは、自分の負けなんですね。大変な克己心がいったことは確かです。でも、それを続けて来たことで、『藤田は約束を守る男だ』と銀行からも絶大な信用を得ています。私は、息子の元(現・藤田商店社長)に、『こ の貯金は、私が死んだあとも100年間続けてみろ』と、いっているんですよ。親、子、孫3代にわたって続けることになるかもしれませんが、そうすればどうなるか──。私のように粘り強い日本人がひとりくらいいても面白いではないか、と考えているんですがねぇ……」(藤田)

 毎月10万円ずつ100年間預金したら、複利でまわっていくらになるか──。今後、預金が1億円ずつ増える期間がどんどん短縮されていくのはわかるが、これを即答できる銀行マンはほとんどいないという。

 ともあれ、〝ユダヤの商人〟こと藤田田は、50年から40年以上、毎月いちども欠かさずに貯金してきた最初の定期預金通帳を、汚れてボロボロになった今も、昔と同様に宝物として大切に保管している。

〝怪物〟藤田田の真骨頂は、まさにこの預金通帳にあるといえる。

 天才とは、複雑な物事を単純化する能力であるといわれる。藤田は、人生が「仕事×時間=巨大な力」という単純な図式に当てはまるということを早くから見抜き、定期預金という形でそれを実証してきた。

 平凡なことを、非凡に実行する男──それこそが藤田田という怪物の正体である。

 藤田がこのような貯金を始めるきっかけは、どのへんにあったのであろうか。

■かまぼこ板と天性の腕白坊主

 藤田田は、大正から昭和へと移り変わる年、1926(大正15)年3月13日に大阪府で生まれた。

 日本マクドナルドが創業20周年を迎えた91(平成3)年、65歳になった。父・良輔、母・睦枝を両親に、5人兄弟の次男として生まれた。父は仏教徒であったが、母は敬虔なクリスチャンで、わが子がクリスチャンになるようにと願って、藤田の「口」の中に小さな「十」字架を入れ、「田」と命名したという。

 藤田の父は、英国の「モルガン・カーボン・クルシーブル」日本支社に勤める電気技師で、収入も多く、大阪千里山に豪華な邸宅をかまえていた。当時としては珍しい洋風生活で、藤田はベッドで育った。

 小学校は公立小学校に通い、中学校の進学にあたっては大阪市淀川区にある名門進学校の旧制北野中学校(現・大阪府立北野高校)を受験した。

 だが、早熟で、たびたび生意気な質問をして先生を困らせたことが災いしたせいか、内申書の成績が悪く、不合格となってしまった。

 そこで、藤田は、父の了解を得て、自らの意志で小学生浪人を経験した。当時も今も極めて珍しいケースだ。それだけ旧制北野中学校への進学が、その後の進路を決めると考えていたからだ。

 近所の老人から〝かまぼこ板〟とあだ名されるほど勉強したのは、このころのことであった。いつ見ても、背中を丸めて机にかじりついて勉強していたからだ。

 39(昭和14)年4月、藤田は2度目の受験で念願の旧制北野中学校へ進学した。成績は十数番であったようだ。

 このとき現役でトップクラスで入学したのが松本善明(93歳。弁護士。元・共産党衆議院議員)である。

「私たちが入学した当時、旧制北野中学校は6クラス編成でした。旧制中学校では成績が1番からビリまで全部貼り出され、机に並ぶ順番も成績通りと決まっていました。また、6クラスの級長、副級長も成績順に12人までと決められていました。

 私は全クラスでトップの成績だったので常に級長を務め、全クラスの組長に選ばれました。藤田は全クラスで13~15番程度の成績で、級長・副級長にはなれなかったですね。藤田は私のことをよく知っていたと思いますが、中学時代はほとんど付き合いがなかったです」

ちなみに、松本は26(大正15)年5月17日、大阪府生まれ。専門出版社「大同書院」(当時)の長男であった。学年では早生まれの藤田より1年下であるが、藤田が1浪して入学してきたので同期生となった。年齢は満13歳で同年齢である。

 松本は器械体操部に所属し、体を鍛えた。旧制北野中学校に入学して2年後の41(昭和16)年12月、真珠湾攻撃によってアメリカとの太平洋戦争が始まった。

 日本は初めのうちこそ快進撃を続けたが、42(昭和17)年6月のミッドウェー海戦での敗北を機に後退を余儀なくされた。43(昭和18)年4月に山本五十六連合艦隊司令長官が戦死、同年5月にはアッツ島部隊が玉砕した。

 純真な軍国少年であった松本は、他の級長2人と計3人で43年6月、海軍兵学校を受験した。

 当時、海軍兵学校が最難関とされたのは学業の優秀さに加え、身体が強健でなければ合格できなかったからである。このとき松本も含め旧制北野中学校からは三十数人が合格した。

 同年12月、松本は江田島の海軍兵学校に入学(第75期生、卒業は45年10月)。そして松本は江田島で終戦の玉音放送を聞くことになるのだ。

 藤田は旧制北野中学校に入学してからは陸上競技部に所属し、400メートル競走の選手をやっていた。陸上競技のなかでは瞬発力と耐久力が求められる厳しい中距離走の種目である。

 旧制北野中学校時代の同級生は「藤田は天性の腕白坊主であった」と証言している。藤田はヤンチャで、いつでも何か悪さをしていないと気がすまないといった性格であったから、教室にじっとしていることは少なかった。けれども、藤田のイタズラは、人の心を傷つけるような陰湿なものではなく、明るくカラッとしていた。ガリ勉タイプではなかったが、「試験のヤマを当てるのがうまかった」(藤田)ためか、成績は常に全クラスで上位10数番であった。

 しかしながら級友の間にも奇妙な人望があり、級長・副級長に次ぐ班長に推されたこともあった。

 全国屈指のラグビー校としても知られた旧制北野中学校では、大会があると全員で応援に参加した。参加しないと、先輩からビンタが飛んだが、こんなときでも藤田がビンタを張られることはまずなかった。

 判断が機敏で、すばしっこい上に、腕力にも自信があったからだと思われる。

(『日本マクドナルド20年のあゆみ』より加筆修正)〈②へつづく〉
参照元:藤田田物語①手垢でボロボロに汚れた一通の「定期預金通帳」
凡眼には見えず、心眼を開け、好機は常に眼前にあり
中村 芳平
2019年04月03日 BEST TIMES

藤田田物語②「人生はカネやでーッ!」左翼学生に放った言葉
凡眼には見えず、心眼を開け、好機は常に眼前にあり②
中村 芳平
2019年04月10日

日本を代表する経営者たちが、むさぼり読んだとされる『ユダヤの商法』。その著者・藤田田に、誰よりも深く切り込んだのが、外食ジャーナリストの中村芳平氏だ。中村氏は1991年夏、日本マクドナルドから要請され、藤田田に2時間近くインタビューをおこない、原稿をまとめたものが「日本マクドナルド20年史」に掲載された。その藤田田物語を大幅加筆修正してお届けする第2回。

■兄貴と慕われる

1944(昭和19)年4月、藤田は、戦火の激しい都会を避けて、山陰の学府・旧制松江高等学校に入学する。18歳のときのことだ。5か国語ほどを使い分けたという、語学の得意な父親の影響もあって、ドイツ語を第1外国語とする文科乙類に入った。「英語は中学時代5年間勉強して、ある程度マスターしていたので、もう1か国語くらい覚えたい」(藤田)というのが文乙志望の動機だった。文乙には好奇心の強い、少し大人びて、ひねくれた発想をする人間が集まっていた。

 藤田にとって不幸だったのは寮生活を一緒に送ったクラスメートが、肺結核に冒されていたことだ。入学して半年もすると体調を崩し、京都帝国大学で診断を受けた。その結果、肺結核で右肺に鶏卵大の空洞が二つあるのが発見された。

 診断をした京都大学結核研究所の岩井教授は、今ここで棺桶屋に電話をして棺桶の予約をするか、ただちに入院して人工気胸をやるかのどっちかだという。このままでは、あと2か月の命だともいう。

 私は、入院して人工気胸をやったら治るのかとたずねた。岩井教授は、それはわからないが、入院したら治すように全力をあげるという。私はやむを得ずに、即時入院を選んだ。

 入院をしたら、今度は、肛門のまわりに穴があく痔瘻にやられた……(中略)……。

 痔の手術は、痛いうえに恰好も悪い。尻の穴を人に見せるというのは死ぬほど恥ずかしい。しかも若いから、看護婦を見て体に変化が起きないように、シンボルに絆創膏を巻いて足に固定してしまう。まさに、踏んだり蹴ったりである。

 痔瘻はどうにか治ったが、結核は2~3年は安静にしていないといけないという。松江高等学校は、2年連続落第は放校だという。

 人工気胸というのは、空気を入れて、肺が動かないようにしておいて、そこへ栄養を送り込んで結核を退治するという治療法である。現在は抗生物質の出現で、人工気胸はやらなくなったが、当時は唯一の治療法だった。

 私は、死んでもいいと思って、学校へ出た。医師とは喧嘩別れである。そして松江の日赤に週に一度通って、空気を詰めかえてもらっていた。この人工気胸が私には効いた。

(『Den Fujitaの商法④ 超常識のマネー戦略 新装版』)

 藤田は寮の監督に事情を話した。そうすると、「無茶をするな。体調の悪い時は寮で寝ていても出席扱いにしてやる」と温情をかけられた。結局藤田は寝込むまで悪化せず、1年間の休学扱いですんだ。といっても小学生浪人の1年間を加えれば、2年間棒に振ったことになる。だが藤田にとっては、この2年間の道草が読書に親しむなど人間力を鍛えるのである。藤田はこのころから〝怪物〟ぶりを発揮し始めた。

 旧制松江高校は、数ある旧制高校の中でも弊衣破帽、汚いことにかけては土佐の高知高校と並び称される。〝蛮カラ〟の校風で知られていた。同校の先輩で、雑誌『暮らしの手帳』の名編集長だった故・花森安治氏が「女学生用のスカートをはいて、タクアンをボリボリとかじりながら、松江大橋の欄干(らん かん)の上を歩いた」という伝説が語り継がれるほど〝蛮風”でなる学校である。良くいえば、自由、革新の気風が強かった。

 ここで藤田は、応援団長、クラス総代、記念祭委員長などさまざまな役職をつとめることになる。これらは名誉職ではない。選挙で選ばれるもので、人格、識見、主義主張、能力、人望などが問われた。藤田は、何かことがあると飄々(ひょうひょう)として壇上に進み出て、自分の主張を早口の大阪弁で理路整然とまくしたてた。元来、こういう選挙では学校の教職員と近い関係にある学生が立候補したり、組織をバックにした左翼系学生がアジったりするのが常で、それに一般学生が追随するというスタイルが多かった。藤田は、そのような学生自治のあり方に不満を唱え自分の主義主張を訴えた。

 藤田の最大の武器は弁論だった。藤田の話は具体的で、左翼学生たちの舌鋒を軽く論破するだけの論理性、正当性、説得力を持っていた。加えて、藤田の人間的な魅力から、〝兄貴〟と慕う親衛隊も大勢おり、選挙となれば、誰よりも強かった。むしろ、学校の教職員が「藤田が選ばれると、何をするかわからないし、無理難題をふっかけられる可能性もある」という危惧から、選挙妨害もやりかねなかったほどだった。

 藤田には類まれなアジテーター(扇動者)の素質があった。

■タブーの軍国主義批判

 当時から藤田は、堂々と軍国主義批判をぶつような硬骨漢であり、いつも学校側を恐れさせた。藤田が旧制松江高校に入学した翌1945(昭和20)年3月ごろ、寮の3年生が召集令状で戦地に赴くことになった。さっそく、寮で形ばかりの壮行会が行なわれた。それぞれが型どおりのあいさつをするのに業を煮やした藤田は、こんな怒りをぶちまけた。

 「みんな、当たりさわりのない話しをしてこの場を取り繕っているが、お前たちは赤紙1枚で戦争に駆りだされ、むざむざ死地に赴く先輩の心情を本気で思いやっているのか。戦争に駆り出されて死ぬことが、どんなに無意味なことか、本当にわかっているのか。先輩の気持ちを思えば、そんな型通りのあいさつでお茶を濁すことはできないはずだ。もっと真心のこもった話ができないのか……」

 藤田の怒気に圧倒されて、座はシーンと静まり返った。一方、次の日に戦地に赴く3年生は、「よくぞいってくれた」と、藤田に泣いて感謝したのである。今なら何でもないことだが、あの時代に軍国主義批判をぶつのは、一歩まちがえれば憲兵隊に連行され、拷問される危険性があった。そんなことは百も承知の上で、藤田は、自分の正しいと思うことを堂々と発言した。それは、並大抵の勇気ではなかった。藤田の大きな特徴は、物事の本質を見抜く地頭の良さ、それと事に臨んでの度胸のよさにあった。

 藤田は、旧制北野中学校時代の松本善明のように軍国少年にはならなかった。それは外資系の会社につとめ、海外の動向に明るかった父・良輔から折りあるごとに、「日本が勝ち目のない無謀な戦争に突入した」と聞かされていたからだ。そして、その最大の理由は、「日本が単一国家、単一民族で視野が狭く、海外の動向についてあまりに無知であるからだ」と教えられていた。

 すでに、日本の敗色は濃厚であった。このまま戦争が続けば、次は藤田たちが戦地に駆りだされる番だった。藤田はやりきれなかった。

■父の遺言

 そんな藤田に大きな不幸が訪れた。大阪市内にあった実家が、1945(昭和20)年3月から始まったアメリカ軍のB29の全8回にわたる大空襲で全焼し、尊敬してやまなかった父を亡くしたことである。また兄・弟・妹も亡くした。

 藤田家は、この戦災で財産のほとんどを失った。戦後も無事に生き残り、91(平成3)年現在もなお健在なのは88歳の母・睦枝と、藤田本人、それに姉・美代子の3人だけである。

「父は読書家で数千冊の蔵書がありましたが、残ったのは今でも手元にあるドイツ語の辞典と、もう一冊程度でした」(藤田)

 父・良輔は、B29の爆撃が日増しに熾烈になる中で、このときが来るのをあるいは予感していたかのように、息子の田に宛てた遺書を英文で残していた。「THE WILL」と英語で表書きされた父の遺書には、あらまし次のような内容が便箋に5~6ページにわたって書かれていた。

 奈良のホテルにて。時間が少し空いたので、田に書き残しておいたほうが良いと思い、ペンを執りました。日本は、島国で視野が狭く、それが高じて世界と戦争をするような事態に陥りました。戦争はいずれ終わり、平和が来ると思います。その場合、田が生きていく上では東大の法学部に進学して政・財・官界に入るか、それができなければ、慶大の経済学部に進み経済人になるのが良いと思います。日本は、学歴、学閥社会なので、そのほうが生きやすいと思うからです。仮に私が死ぬようなことがあったら、そのときは母・睦枝を大切にしてください。

 父・良輔が冗談半分に息子の田に宛てて書いた遺書だったが、これが本物の遺書となったのである。戦争は、藤田家を悲嘆のどん底に突き落とした。藤田は、こんな中で「人間は、生まれてくるのも裸なら、死ぬのも裸だ」という厳粛な事実を認識した。このあたりに「人間・藤田田」の原体験があったのではないかと推測できる。

 父の死は藤田にとって、経済的にはきわめて厳しい高校生活を余儀なくされた。家庭教師など自分でお金を稼ぐ道を得なければならなかったからである。

■藤田のデカダンス

 藤田が「酒、煙草、女」といった青春の門をくぐるのは、このころのことだったと思われる。もともと藤田は、酒は一滴も飲めない体質で「奈良漬けを食べても酔っ払う」(藤田)ほどだった。

 父・良輔は、ひとりで2升、5人兄弟で集まると1斗酒を飲むほどの酒豪であったが、藤田は、子供のころから酒はきらいだったという。その藤田が酒を飲み始めるようになったのは、戦争という狂気の時代を生きのびる唯一の方法であったからだ。応援部の同輩に松江市在住の原田敬徳という醸造元「都の花」(当時)の跡継ぎがいた関係もあって、藤田は浴びるように酒を飲み始めた。親から受け継いだ酒豪の血が目覚めたか、1升びんをラッパ飲みし、下宿中を空瓶だらけにするほどの豪快な飲みっぷりだった。

「酒を飲むようになってからボクより酒の強い人間に会ったことはなかったですね。大酒を飲むようになってから友人と松江の遊郭に遊びに行ったことがあります。遊郭で飲んで放歌高吟していたら、外を歩いていた先生に見つけられ、寮の査問委員会にかけられ、放寮処分(寮を追い出される)になり、下宿するようになりました。それでもあの頃の旧制高校というのは先生と生徒の関係が濃密で、よく飲みに行って人生の問題などいろいろ議論したものです。ああいう全人教育というのは旧制高校のシステムがあったからこそ出来たのだと思います」

 藤田は、酒をラッパ飲みし遊郭で放歌高吟して放寮処分に遭いながら、それでいて試験の成績は、群を抜いて良かった。父の遺言に従い、東大に進むことが、藤田の精神的な支えになっていたからだ。

 1945(昭和20)年8月15日の敗戦を境に、日本は天皇中心の国家が崩壊し、民主主義社会へと大きく転換した。

■「人生はカネやでーッ!」

 戦後は混乱と不安で始まった。食糧難がこれに追い打ちをかけた。旧制松江高校の生徒たちも、自らの食べ物を確保するために奔走しなければならなかった。

 いつの世も時代の転換期には、藤田のように行動力、指導力、決断力を持った人間がその非凡な才能を発揮する。藤田は旧制松江高校の同窓会関係の人脈を使うなどして、隠岐島に渡ると、西郷町の町長と交渉し、魚を定期的に寮に入れてもらう約束を取り付けた。また、1946年の寮祭のときには、広島国税局と交渉し、煙草の特配を受けた。さらに、同じ年のインターハイのときには、県庁の隠匿(いんとく)物資となっていた木綿の反物を水泳部の六尺ふんどし用に大量に払い下げてもらった。加えて、この反物を米や魚と物々交換することで、京都のインターハイに参加していた旧制松江高校生の10日分ほどの食事を賄うという離れわざを演じた。

 すでにこの時代から、藤田には商才の萌芽(ほうが)が見られたのである。

 それは藤田が得意としていた英語、英会話が解禁になったことが関係している。

 なにしろ、文化祭やインターハイなどの催しは、すべてGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の許可を得なければ開催できなかったので、藤田は、松江に進駐してきたGHQの本部に出かけて行っては「文化祭をやるから便宜をはかってほしい」と交渉した。その際の英会話力について藤田は、「ブロークン・イングリッシュだった」と謙遜するが、相当の英会話力であったようだ。当時、米軍キャンプのGI(米兵)といえば泣く子も黙る怖い存在で、日本人はGIを避けるようにした。しかし、英語が通じる藤田には、むしろ親しみやすく冗談の言える相手だった。GHQは多発する日本人とのトラブル解決などのために大量の日本人通訳を必要としていた。

 そういうご時世であっただけに藤田はすぐにGHQのアルバイトに採用され、高額なアルバイト料を稼ぐようになった。

 GHQは食品や嗜好品、衣料品など豊かな物資にあふれていた。それらを見るにつけて藤田は、「日本が戦争に負けたのは米国の経済力、物量によるものだ」と確信した。そして、「日本が焼け跡、闇市の悲惨な状況から立ち直るためには、一日も早く経済力を復興させることが大切だ」と考えた。

 藤田はGHQのアルバイトをすることで、左翼系学生たちと思想的に対峙していった。藤田は、「人生はカネやでーッ! これがなかったら、救国済民も何もできゃせんよ!」と、叫んだ。これは父親を亡くし、自力で生きてゆく道を見つけなければならなかった藤田の本音といえた。

(『日本マクドナルド20年のあゆみ』より加筆修正)〈③へつづく〉
参照元:藤田田物語②「人生はカネやでーッ!」左翼学生に放った言葉
凡眼には見えず、心眼を開け、好機は常に眼前にあり②
中村 芳平
2019年04月10日

ニュース コラム ライフスタイル 藤田田物語③太宰治と三鷹で酒を酌み交わし…戦後を彩った天才達との交流
藤田田物語③太宰治と三鷹で酒を酌み交わし…戦後を彩った天才達との交流
BestTimes 2019年4月17日 12:00

日本を代表する経営者たちが、むさぼり読んだとされる『ユダヤの商法』。その著者・藤田田に、誰よりも深く切り込んだのが、外食ジャーナリストの中村芳平氏だ。中村氏は1991年夏、日本マクドナルドから要請され、藤田田に2時間近くインタビューをおこない、原稿をまとめたものが「日本マクドナルド20年史」に掲載された。その藤田田物語を大幅加筆修正してお届けする第3回。■戦後日本の動向

戦後日本を支配したGHQ(連合国軍最高総司令官総司令部)の最大の目標は、「鬼畜米英」を叫ぶ日本の軍国主義を廃して、親米英的な国家につくり変えることだった。GHQは皇居お堀端の第一生命ビルに本部を置いた。最高司令官、ダグラス・マッカーサー元帥は1945(昭和20)年10月、5つの指令を出した。

 1、特高(特別高等警察)、治安維持法の廃止

 2、労働組合の結成奨励

 3、婦人参政権の確立

 4、学校教育の自由化(男女共学、単線型6334制の創設)

 5、経済の民主化(労働3法、農地改革、財閥解体)

 それと同時にアメリカン・デモクラシーを指導理念に、それまでの修身・日本歴史および地理教育を禁止した。国体改革(象徴天皇制、国民主権)が進められ、大日本帝国の支配体制は音をたてるように崩れ去った。東条英機ら戦争犯罪人が逮捕される一方、政治犯・思想犯が釈放された。18年間にわたって獄中にあった徳田球一が45年10月に出獄し、GHQを「解放軍」と呼んだ。英雄視され日本共産党を再建、書記長に就任した。

 戦後最初の第22回衆議院議員総選挙が46(昭和21)年4月10日に行なわれた。改選数466議席、大選挙区制。結果は日本自由党141、日本進歩党94、日本社会党93、そして戦前は非合法活動であった日本共産党が5議席を獲得した。49(昭和24)年1月23日に実施された第24回衆議院議員総選挙では中選挙区制が採用された。改選数は466議席で変わりはなかったが、民主自由党264、民主党69、日本社会党48、そして日本共産党は35議席獲得し大躍進を遂げた。

 さて、旧制北野中学校で藤田と同期だった松本善明は江田島の海軍兵学校で終戦を迎え、45年10月に同校卒業、46年4月、東大法学部を受験して合格した。海軍兵学校出身者が6人ほど合格、松本は3年間(当時旧制)彼らと多くの時間を過ごした。

 松本が東大に入学して一番勉強しようと思ったことは、「なぜ日本はアメリカと戦争したのか、なぜ日本はアジアへの侵略戦争を行なったのかを、哲学的に解明したかったからだった」という。

「最初の1年間は大学の授業によく出席して、先生方の講義をじっくり聞きました。そうしたら先生方は自分の著書を教科書にして講義しているだけだと気がつきました。それならば先生方に頼らずにとことん独力で勉強しようと思い立ちました。大学2年目からは授業には極力出ずに、毎日図書館に通い体系立てて本を読むことにしました」(松本)

 松本は軍国少年で海軍兵学校に進んだため、旧制高校生の必読書といわれた「デカンショ(デカルト、カント、ショウペンハウエル)」もヘーゲル、マルクスも読んでいなかった。戦後、日本共産党が公然と活動を開始すると、マルクス主義の入門書である『空想から科学へ』、『共産党宣言』、レーニンの『国家と革命』などは飛ぶように売れ、東大では青年共産同盟や日本共産党の活動家が幅を利かせていた。

松本はそんな中で聖書から哲学書まで1年数か月がかりで読み込み、「観念論」が誤りで、マルクス・レーニンの唱える「唯物論」が正しいと確信した。こうして48(昭和23)年9月、日本共産党に入党するのである。49年3月、東大法学部卒業。日本共産党国会議員団に勤務、同年夏、神田支部で画家で絵本作家のいわさきちひろ(1918~74 *戦後最大800万部の大ベストセラー、黒柳徹子『窓際のトットちゃん』のカバー・挿画を描いた画家)と出会い、50(昭和25)年1月に結婚した。51(昭和26)年11月、25歳のときに松本は、司法試験に合格。54(昭和29)年4月、弁護士活動を開始した。

■英語漬けの日々

 藤田は、旧制北野中学では同期となった松本善明よりも2年遅れて1948(昭和23)年4月に東大学法学部に入学した。松本のように最短距離で進学したのと異なり、小学浪人を1年経験、中学生活5年に加え、旧制松江高校で肺病により1年休学したからだ。それゆえ東大時代は藤田と松本はほとんど接点がなく、付き合いが始まったのは60(昭和35)年代に入ってからのことになる。

 藤田は「東大進学の一番の動機は授業料の安さだった」と述懐する。なぜなら、藤田は授業料も生活費も自分で稼がなければならなかったからだ。

 東京に出てまもなく、生活の糧を得るために、皇居をのぞむGHQの本部(第一生命ビル)で行なわれた通訳試験を受け、合格した。

 「初歩程度の試験だった」(藤田)というが、実際には交通事故解決のためのMP(憲兵)への通訳など、しばしば高度の英語力が要求された。米軍宿舎に泊まり込み、GIたちと直接英語で話した。英語漬けの毎日を送ることで、藤田の英会話力は、ますます上達し、半年もすると英語でものを考えられるまでになった。 藤田の1日は大学で講義を受けたあと、夜間にGHQの通訳として働いた。給料は1万1800円。48年当時の公務員の初任給が2300円だったから、藤田は、その約5倍も稼いでいたことになる。大変な東大生がいたものである。そして、藤田の交友関係は、このころから大きく広がっていった。

 藤田は、杉並区の西荻窪に下宿を借り、毎晩飲み歩いた。新宿にあった進駐軍専用の高級クラブにも通訳として出入りした。最後は西荻窪界隈の飲み屋で閉店まで飲んで、深夜下宿に帰るのが日課だった。

 そうした豪遊ぶりを見かねた西荻窪の飲み屋のママさんに、「土地でも買っておいたほうがいいんじゃないの」と、忠告を受けたこともあった。

 旧国鉄(現JR東日本)の西荻窪駅から歩いて5分くらいの住宅地が坪400円、100坪4万円で買えた時代である。藤田がその気になれば、GHQの給料4か月分で西荻窪周辺に100坪の土地を充分買うことができた。

 だが、藤田はついに1坪も買わなかった。

 また、別の機会に不動産屋から、現在、新宿コマ劇場の立つ土地200坪を坪1万円で買い取るようにすすめられたが、これも買い求めなかった。

その界隈は当時、葦の生い茂る水たまりで「坪1万円の価値があるとは、とても思えなかった」(藤田)からだ。そして今、藤田が買い損なったコマ劇場の土地は、91(平成3)年の時点では坪3000万円、200坪で60億円以上もしている。時価では、これよりもまだはるかに高いはずである。

 藤田は、「あのときに買っておけば良かったのかもしれないが、そんな先見の明などは少しもなかった」と振り返る。

■太宰治、山崎晃嗣との交流

 東大在学中に藤田は、戦後史を彩った人物たちとつき合っている。「光クラブ事件」で有名な山崎晃嗣(あきつぐ)や、流行作家の太宰治らである。

 GIスタイル、あるいは新調の背広にネクタイを締めて、藤田は、いつも東大に通った。まわりの学生たちが復員服姿で登校してきた時代に、藤田のダンディな服装は、ひときわ学内で目立った。

 旧制松江高校時代、応援団の団長をして〝蛮カラ〟の最右翼にいたころとは、180度の転換である。

 東大の法学部にはもうひとり、藤田と同じような服装で講義を受けにくる人間がいた。それが、学生金融「光クラブ事件」で有名になった山崎晃嗣であった。

「東大は天下の秀才、異才、奇才が集まってくると考えていたけれど、本当に話して面白かったのは山崎くらいしかいなかったですね。計算の早い男で8ケタ×8ケタは暗算でパット答えが出せるといっていました。それに女にモテて8人は愛人がいるといっていましたね。実際に計算したのを見たわけではないし、愛人8人がいるのも見たわけではないですが……。話していて頭がいいなと思ったのは、頭が整理されていて次、次、次というように論理立てて話すところでした」(藤田)

 山崎は、東大開校以来の秀才といわれた若槻礼次郎(元首相)の再来と騒がれた〝奇才〟であった。

 学徒出陣組で、終戦を北海道旭川市で迎えた。陸軍主計少尉で東大に復学。1948年9月、学生仲間と金融会社「光クラブ」を設立した。月1割3分の配当で投資家を募り、月3割に近い高利、すなわち10日で1割の利息を取る〝トイチ金融〟でおもしろいように儲けた。藤田は何事にも好奇心が強く、学徒出陣組の山崎の心情には強く共感を覚えた。一説には藤田は光クラブに融資していたと言われる。

 山崎は自著『私は偽悪者』で、「人間の性は、本来傲慢、卑劣、邪悪、矛盾である故(ゆえ)、私は人間を根本的に信用しない」と書き、「国家も女も信用するな」と述べている。

 これは筆者が藤田から聞いたことだが、山崎が資金的に行き詰まり、にっちもさっちも行かなくなったとき、国際法にいう「事情変更の原則」、すなわちまわりの状況が変われば主張を変えても良いという原則を持ち出して、山崎に「自殺する手がある」とほのめかしたという。筆者は山崎が国際法にいう「事情変更の原則」を持ち出して、1949(昭和24)年11月25日、光クラブ(銀座證券保証株式会社)の社長室で青酸カリによる服毒自殺を遂げたのは、藤田のアドバイスだったのではないかと思っている。

 社長室の机の上には、「高利貸冷たいものと危機しかど死体にさわれば……氷カシ」、「貸借法すべて清算カリ自殺」などの遺書と手記が遺されていた。

 山崎はまだ、東大法学部3年生、27歳の若さだった。その生き方のデカダンス、頽廃(たいはい)的な傾向からアプレ・ゲールの犯罪、略して〝アプレ犯罪〟と呼ばれた。

「山崎は頭が良すぎて、先が見えすぎて、思い詰めて死んじゃったところがありますね。ちょうど医者が病気になると病気の末路を知っていて悲観し、普通の人より早く死んでしまうのと同じことです。人間というのはある程度バカな方がハッピーなのかもしれませんね」(藤田)

 このころ、藤田は「作家の太宰治とも三鷹でよく飲んだ」という。軟弱という理由で藤田は、太宰の文学をきらった。経済を復興させるような元気な文章を書いて欲しいと願っていたという。

 それでも藤田には良い飲み相手だったようで、三鷹駅前の屋台で飲んで、酔っぱらって太宰の三鷹の家にも行ったという。

 太宰は、山崎が自殺する前年の48(昭和23)年6月13日に愛人の山崎富栄と玉川上水に飛び込んで心中したといわれる。

 藤田は、たまたま太宰が自殺する直前まで、三鷹の酒場で飲んでいた。

「とにかく、あの日は雨がザンザン降りの上に、太宰はカストリ焼酎で酔っていた。そこへ女性が傘をさして迎えに来たんです。それで二人で帰っていったんですが、太宰は下駄履きで足元がフラフラでした。『危ないから気をつけなよ』といって別れたほどです。あの状況からいって、私は、太宰は自殺したのではなく、玉川上水の狭い道で足を滑らせて、あの災難に遭(あ)ったんだろうと思っています」(藤田)

 太宰と愛人の山崎の死体が玉川上水の下流で見つかったのは、同年6月19日のことだった。二人は赤い紐(ひも)で結ばれていたといわれる。その後も報道は過熱し、愛人の山崎の遺書なども出てきて、太宰の死は心中だったといわれるようになった。

 筆者が藤田にインタビューした91(平成3)年には、太宰が心中してからすでに43年経っていた。

「当時、太宰はカストリ焼酎を飲むと、ゴホンゴホンと咳(せき)をしてコップに半分くらいの血を吐いていました。結核は相当進んでいて、太宰にはいつ死んでもいいという絶望感があったんだと思います。今から思うとそういうストーリーの中で死んだのだと思いますね」

 藤田は東大法学部の1~2年生の頃、GHQの通訳の高給取りとして築地に好物の寿司を食いに行ったり、毎晩飲み歩いていた。

 光クラブの山崎やデカダンス(フランス語で退廃、衰退の意味)の作家・太宰と親しくつき合ったのは、藤田自身の中に当時、彼らの生き方に共感する虚無的な心情があったからかもしれない。

■世界を相手に商売する気概

 藤田は東大法学部時代、日本の経済力を復興させるために、保守陣営から金を引き出し、「東大自治擁護連盟」を作り、戦後の混乱に乗じて勢力を急拡大していた共産党と戦った。東大では共産党指導者の徳田球一とやり合ったこともあった。徳田が「GHQの回し者」といえば、藤田は「マルキストの売国奴」とやり返した。藤田と共に共産党と戦った仲間には、高丘李昭(西友会長、日本チェーンストア協会会長)、熊平肇(熊平金庫社長・広島ロータリークラブ会長)、渥美俊一(日本ペガサスクラブチーフコンサルタント)がいた。

 藤田には、東大を出て外交官になるという夢があった。しかし、GHQの通訳のアルバイトに精を出しているうちに、ユダヤ人の生き方に強く惹かれ始めた。というのも、ユダヤ人はGHQでは〝ジュウ〟(Jew)と吐き捨てるように呼び捨てにされながら、しかも兵隊の位は下士官や一兵卒クラスと低いのに、将校以上に優雅で贅沢な生活をしていたからだ。藤田が親しくなったウイルキンソン軍曹は、軍から支給される給料の他にサイドビジネスに金貸し業務を行ない、大儲けしていた。

 ユダヤ人は実にたくましかった。敗戦の混乱と騒乱がうち続く中で、既存の権威や秩序、法律などあらゆる価値体系が崩壊し、生きていく精神的支柱が何もなくなっていくのに、ひとりユダヤ人だけはバイタリティにあふれていた。ユダヤ人は藤田がいう「金がなかったら何もできゃしないよ!」ということばをそのまま実践していた。時代が変わろうと、価値体系が崩壊しようと、最後に勝つのは金を持っている人間だということを、ユダヤ人は5000年以上におよぶ民族の盛衰・興亡の歴史の中で、身をもって学んでいた。それは、生きる方向を見失っていた藤田にとって、まさに新鮮な驚きであった。

 一方、ユダヤ人は2か国語以上をあやつる〝語学の天才〟でもあった。藤田は、子どものころから、父・良輔に「2か国語以上はマスターしなさい。将来は世界を相手に商売する気概を持つのだ」といわれて育った。とはいえ日本人で日本語に加え、英語・ドイツ語など外国語2か国語以上マスターしている人など、めったにいなかった。

 藤田は2か国語以上あやつり、世界を相手に商売する理想像をユダヤ人の中に発見したのである。ユダヤ人は、藤田に金儲けのコツを教えた。しかし、ユダヤ人から見た藤田にはひとつの欠点があった。それは、藤田の懐疑主義である。

 ユダヤ人は「他人を信じずに、自分ひとりを信じようとする態度は悪くはないが、それが高じて他人のいうことをすべて疑ってかかることは、行動のエネルギーをそぎ、最後は無気力に陥ってしまうだけだ。それでは金儲けなど100年経ってもできない」と、藤田をさとした。藤田には思い当たるふしがあった。

 藤田は、口では「人生はカネやでーッ!」といいながら、一方では日本の最高学府「東大法学部」卒の肩書きで、エリートコースを歩いてゆきたいという欲望があった。「できれば、外交官として世界に雄飛したい」という希望も捨てがたかった。そうすると、どうしても今の自分を〝仮の姿〟とみなしてしまい、金儲けに情熱を傾けることができなくなってしまう。そこに東大出の最大の弱点があるのだが、ユダヤ人は「藤田のそんなエリート根性には一銭の値打ちもない」と斬り捨てた。

 こんな時期を経て藤田は、ユダヤ商法を見習うことになった。GHQのユダヤ人と組んで通訳の他にサイドビジネスを始めた。これがのちに、ハンドバッグやアクセサリーなどの高級雑貨を輸入販売する「藤田商店」へと結実していく。

 この時代に藤田は、神田駅前で大道商い、すなわち露店商を経験している。真鍮(しん ちゅう)の指輪やアクセサリーなどを扱った。「物品を販売する以上、客が何を欲しがるのかを、自分の目で確かめたかった」からである。東大2年生のとき藤田は、GHQにいたユダヤ人の取り計らいで、過分な外貨割当てを受け取り、彼らの貿易チャネルに乗って、単身ヨーロッパに渡った。そこで高級アクセサリーなどを買い付けて帰国し、輸入販売業務をスタートさせた。

 さて、はじめのほうでも触れたが、藤田が清水の舞台から飛び降りるような一大決心をして月々5万円の定期預金を開始したのが、1949(昭和24)年頃のことだ。この時期に藤田は準備を始め、50年(昭和25)4月、輸入販売の「藤田商店」を設立した。

 同年6月には朝鮮戦争が勃発した。GHQで通訳の仕事をしていた藤田はこの情報を誰よりも早くつかんでいた。

 最高司令官マッカーサーは「日本を反共の防波堤にする」と、これまでの占領政策を転換。同年7月、警察予備隊7万5000人を創設、海上保安庁8000人増員指令を出した。日本は再び事実上の軍隊を復活させたのである。

 日本は朝鮮特需による好景気に沸き、戦後の経済復興を軌道に乗せようとしていた。

 このような激動の時代に藤田は、100万円を目標に貯金を始めた。毎月定期的に5万円貯金することで、人生に対して何かふっきれていくものを感じたという。それは、東大法学部卒の〝権威〟とか、外交官になる〝夢〟とか、無気力の世界へと導く〝懐疑主義〟とか──そういった虚妄の世界とはまったく異なる堅実で確実な真実の世界であった。藤田は新しい実業の世界へ「心眼」が開けてゆくのを感じた。

 藤田は1年8か月で「目標の100万円」を貯めた。これを機に藤田は、GHQの通訳の仕事を足掛け2年半経った、50年12月頃にはやめた。そして、学生実業家の道を志すことにした。一応腕試しのために官僚の最難関とされる大蔵省(現・財務省)の試験を受験、合格したが官僚になる気はさらさらなかった。

 藤田は、51(昭和26)年3月、東大法学部政治学科を卒業すると、迷わず藤田商店の仕事に取り組んだ。東大法学部卒としては、まさに〝裸一貫〟、ゼロからのスタートであった。

 このような当時の事情を勘案すれば、藤田がなぜ毎月5万円の定期預金をスタートし、唯一の拠り所としたのか、容易に理解できるだろう。

 藤田は、自著『ユダヤの商法』で、ユダヤ人は徹底した現金主義で、銀行預金さえ信用しないと記している。一方で、ユダヤ人の蓄財法を紹介している。

 〈ふくれた財布がすばらしいとはいえない。しかしカラの財布は最悪だ〉 〈金銭は機会を提供する〉

 藤田は毎月5万円の定期貯金を続けることで、世界を相手にする「銀座のユダヤ商人」に脱皮する覚悟だった。

■北野中学同期の藤田田と後輩の手塚治虫

 東大法学部の2年生のとき、日本共産党に入党した松本善明が広く知られるようになったのは、61(昭和36)年に日本共産党衆議院選挙予定候補として、次の選挙に東京4区(中選挙区、渋谷区、中野区、杉並区)から立候補することが決まってからだ。松本は、松川事件・メーデー事件の弁護団などに加わっていたが、62(昭和37)年5月、松本善明法律事務所を設立、独立した。63(昭和38)年11月、初立候補した。

 その一方で、私は自らの人脈を活かして、立候補の挨拶を精力的に行いました。とりわけ北野中学の友人には力を入れて訴えかけました。(中略)

 戦後一五年が経過し、北野中学の同級生は各分野で活躍していました。新進経営者として大成功していたのは藤田田氏(後に日本マクドナルド社長)でした。大学も同じだった彼に面会を求めて、立候補の挨拶をしてカンパをお願いすると快く五〇万という大金を出してくれたのには驚きました。後日、「共産党が政権を取ったときの保険金」としてカンパしたのだという主旨を自著(※『ユダヤの商法』)に書き記しています。(中略)

北野中学の二年後輩である手塚治虫さんにもすぐ挨拶に行きました。手塚さんはあまりにも著名でしたが、初対面の私と意気投合して迷わず巨額のカンパを出してくれました。手塚さんは一度のカンパだけではなく、その後一貫して私と共産党を親身になって応援してくれたのです。妻ちひろの仕事を高く評価してくれていたことも無関係ではなかったかもしれません。 (『軍国少年がなぜコミュニストになったのか』松本善明)

 これをきっかけに藤田は法律の解釈や訴訟問題で、松本に相談するようになった。また、藤田の妻、悦子も、いわさきちひろの絵のファンで、家族ぐるみの交流に発展した。

 松本は初の総選挙では落選したが、捲土重来を期し、67(昭和42)年1月の総選挙で東京4区から再出馬、初当選した(以来11期33年間の国会議員生活を送り、2003年に政界引退)。藤田は松本の当選祝賀会に招待され、反共側の支援者として次のような挨拶をした。

 (中略)日本へ無愛想な顔をして、日本がソ連(現・ロシア)の方へ傾いたらそれこそ大変だからであります。そのアメリカの甘い顔がもたらす甘い汁を、たんまりといただくのが私の商売であります。日本が駄々をこねればこねるほど、アメリカは日本を大切にしてくれます。

 つまり、日本という体の中に、共産党というバイ菌がいて、それが暴れれば暴れるほど、アメリカという医者は日本へ良薬を与えてくれるのであります。

 その駄々をこねる役割り、バイ菌の役割り、私は、日本の共産党にそれを期待しているのであります。

 わたしが選挙資金を一部融通したのは、ソロバンづくでの私の商売にほかならないのであります。

 松本君は当選し、みごとにバイ菌の一つとして培養されました。私の投資は成功したのであります。

(藤田 田『ユダヤの商法』1972年5月初版より)

 藤田には偽悪家のところがあり、どこまで本音で話しているのか分からないことがあるが、はっきり言えるのは友情を大切にし、義理と人情に厚いことだ。

(『日本マクドナルド20年のあゆみ』より加筆修正)〈④へつづく〉 ④は4月24日(水)12時に配信予定です。
参照元:ニュース コラム ライフスタイル 藤田田物語③太宰治と三鷹で酒を酌み交わし…戦後を彩った天才達との交流
藤田田物語③太宰治と三鷹で酒を酌み交わし…戦後を彩った天才達との交流
BestTimes 2019年4月17日 12:00








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ジョーティッシュ対面コンサルテーション【名古屋】

2019年6月14日(金)11:00~20:00の日程で、インド占星術・対面コンサルテーションをイベント特別料金で行ないます。


平日の日中ですので、予定が空いている方は多くはないかもしれませんが、宜しければ、この機会にお越し下さい。




イベント名

ジョーティッシュ対面鑑定【名古屋】



※対面鑑定枠で、個人レッスンを受講することも可能です。





日時

2019年6月14日(金)10:00~18:00





会場

JR名古屋駅近くのホテル内カフェもしくはレンタルスペース


※申し込み状況により、レンタルスペースか、ホテル内カフェか、どちらかに決まります。


※申し込みされた方に別途、ご案内します。


※ホテル内カフェの場合、別途、ご自分の喫茶代がかかります。







料金



【2019年5月12日迄のお申込み】

ジョーティッシュ対面コンサルテーション: 9,000円(60分)※イベント特別料金

※2枠予約される場合、間の10分も含めた130分コースとなります。




【2019年5月13日以降のお申込み】

ジョーティッシュ対面コンサルテーション: 12,000円(60分)※イベント特別料金

※2枠予約される場合、間の10分も含めた130分コースとなります。




※予約枠を設定しているため、料金は事前振込みとさせて頂きます。

※個人レッスンの方は、2枠となるため、入れ替え時間の10分も含めて、実質130分のレッスンとなります。

※万一、会場の問題等で鑑定が実施出来なくなった場合、全額返金いたします。




鑑定師及び講師

秀吉








申込み締切

6月4日

※期日になりましたので募集を終了しました。





予約について

①お名前(ローマ字+ひらがな)
②出生年月日と出生時間(母子手帳記載、母親の記録等、24時間表記)
③出生場所(○○県○○市ぐらいまでのデータ)
④希望日と時間(枠番号)
⑤希望内容(対面鑑定 or 個人レッスン)

<⑤で対面鑑定を選択された方は以下もお願いします>
⑥過去の出来事と日付 (過去に起こった重大な出来事と日付(3~5つ程度))
⑦依頼内容 (簡潔にお願いします。事前に思いつかなければ当日でも構いません。)

上記のデータを添えて、address_hkまでお申込み下さい。


件名は「対面コンサルテーション 名古屋」でお願いします。



尚、以下のフォームからも申し込みできます。(※個人レッスンご希望の方は、依頼内容の欄に「個人レッスン希望」とご記入下さい。)


対面鑑定申込みフォーム





予約状況は以下の表で確認できます。↓



名古屋鑑定2019 予約表

開催日枠番号予約時間予約状況備考
6月14日(金)111:00~12:00予約済み
212:10~13:10予約済み
313:20~14:20予約済み
414:30~15:30予約済み
515:40~16:40予約済み
616:50~17:50予約済み
718:00~19:00予約済み
819:10~20:10予約済み
920:20~21:20
予備21:30~22:30





メッセージ

大阪では何度かイベントを行ないましたが、名古屋では初めて行います。


東京だと遠方過ぎてサービスを受けられなかったという方、宜しければ是非、この機会にお越し下さい。


皆様のお申し込みをお待ちしております。




イメージ画像















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息子を刺した元農水次官について考察する - 欲望が満たされない苦しみから更に否定的なカルマを積み増す -



一昨日、元農水事務次官であった熊沢英昭氏が息子を刺し殺すというショッキングな事件が報じられている。


元農水次官、自宅で長男刺す 東京・練馬、容疑で逮捕 搬送先で死亡
株式会社 産経デジタル 2019/06/01 21:25

1日午後3時40分ごろ、東京都練馬区早宮の民家から「息子を刺し殺した」と110番通報があった。駆け付けた警察官が血を流している男性を発見。警視庁練馬署は殺人未遂容疑で、この家に住む元農林水産省事務次官で無職、熊沢英昭容疑者(76)を現行犯逮捕した。調べに「長男を刺したことは間違いない」と容疑を認めている。

 同署によると、男性は熊沢容疑者の長男で無職、英一郎さん(44)。搬送先の病院で死亡が確認された。同署は容疑を殺人に切り替え、トラブルの有無などを調べている。

 逮捕容疑は1日午後3時半ごろ、自宅で英一郎さんの胸など複数箇所を包丁で刺すなどし、殺害しようとしたとしている。

 熊沢容疑者は岐阜県出身で東大卒。昭和42年に農林省(現農水省)に入り、経済局長などを経て平成13年に事務次官に就任したが、牛海綿状脳症(BSE)問題の責任を問われる形で14年に退官した。その後、駐チェコ大使を務めた。

 現場は東京メトロ有楽町線平和台駅の南約650メートルの閑静な住宅街。熊沢容疑者は妻と英一郎さんの3人暮らしで、近所の男性(86)は妻と出掛ける姿をよく見掛けたといい、「10年ほど前に引っ越してきたと思うが、息子の姿は見たことがない」と驚いていた。


熊沢英昭氏のチャートを作成すると、00:00:01で作成しても23:59:59で作成しても月は天秤座であるため、チャンドララグナを天秤座に設定して、チャートを吟味することができる。




天秤座から見ると、5室(息子)支配の土星は8室(深い精神的苦悩)でラグナロードの金星とコンジャンクトし、火星からアスペクトされている。


また子供運を見る場合、木星をラグナとして見るが、木星からみた5室支配の金星が12室で、8室支配の土星とコンジャンクトし、6、11室支配の火星からアスペクトされている。


5室には火星が在住し、土星と相互アスペクトして2つの凶星の絡みが見られ、月ラグナから見ても、木星から見ても5室の支配星は、ドゥシュタナハウスに在住し、凶星からのアスペクトを受けている。


ラグナロードの金星が5室支配の土星と共に8室でコンジャンクトする配置は、息子と一心同体で離れられず、苦悩しており、それが人生のテーマであることを物語っている。


また木星から見た5室の支配星が12室に在住し、8室支配の土星と6室支配の火星と絡んでいる配置からは、息子が世間から隔離されていて隠されている配置である。




熊沢英昭氏の自宅



記事によれば、近所の男性(86)は妻と出掛ける姿をよく見掛けたといい、「10年ほど前に引っ越してきたと思うが、息子の姿は見たことがない」と驚いていたという。


この息子は、ドラクエなどのゲームを自宅でずっと行っているようなニートだったようである。


またtwitterで父親のキャリアを自慢げに語る投稿なども見られる。



月から見て11室支配で7室で高揚する太陽は、9室支配の水星とコンジャクトして、9-11のダナヨーガを7室で形成しているが、この配置は、国家公務員としての輝かしいキャリアを表わしている。


月から見た5室支配の土星や木星から見た5室支配の金星は、それらの水星や太陽とはほとんど絡んでいない。


但し、水星はバラニーに在住しており、支配星の金星が5室支配の土星と共に8室に在住している為、仕事にもこの絡みが影響したかもしれない。


例えば、これは、牛海綿状脳症(BSE)問題の責任を問われる形で14年に退官しているが、そうしたキャリア上の問題につながったと考えられる。


何故なら牡牛座に在住する金星と土星の絡みは、まさに牛肉の問題を表わすからである。



牛海綿状脳症(BSE)問題と、息子のニート問題というのは、熊沢英昭氏のチャートにおいて、同じ金星と土星の絡みが表すカルマとして現れている。


ダシャーが土星や金星、火星、月、ケートゥのダシャーの時には常にこの息子の問題が影響したと考えられる。


息子を表わす5室とは、前世の功徳を表わすハウスであるが、前世の不徳の表れとしての5室の苦悩を息子を殺害することで終わらせたということである。


8室や12室などのモクシャ(解脱)ハウスは、困難な人生を通して、カルマ(因縁)を解消するハウスである。


その不幸な状況自体が、浄化のプロセスなのである。


従って、家でゲームしか出来ず、職に就いてまともな社会生活を送れない息子と一心同体で、その息子から逃れられず、面倒を見続けるという人生こそが、浄化のプロセスなのだと考えられる。



但し、このモクシャハウス(解脱:4、8、12室)にトリシャダヤハウス(欲望、怒り、貪り:3、6、11室)が絡んでくる場合、欲望の苦しみ(欲望がかなえられない苦しみ)が更なるカルマを積み増してしまう絡みである。



この金星と土星の絡みには、火星がアスペクトしており、火星は6室の表示体である為、トリシャダヤハウスの絡みであると考えることが出来る。


また木星から見た場合でも5室支配の金星が8室支配の土星と12室でコンジャンクトした状態で、6、11室支配のトリシャダヤハウスを支配する火星がアスペクトしている。



従って、熊沢英昭氏は、息子の面倒を見ることで、モクシャの人生を歩んで来ていたのだが、ここに来て、更なるカルマを積み増したと考えられる。


そこには息子が自分の理想通りにまともな社会人として適応してくれないことに対する絶望や悲嘆があったかもしれない。


あるいは、このまま自分たち両親が年老いて亡くなっていく場合にこの息子は一人で生きていくことが出来ない。


それならば親である自分が息子を殺すしかないとの絶望に近い結論、あるいは、閉ざされた思考、早急な決断などがあったと思われる。


ネット上の意見を見ていると、「自分が老いて死んでいく場合に息子は一人で生きていけないので息子を殺したのではないか」といった分析をしている方がいるようである。



息子の人生を完全に支配している自分が死んでいく場合に自分が面倒を見れないなら息子は生きていけないので殺すしかないという発想は、社会が息子の面倒を見てくれるという可能性を全く考えておらず、息子自身が何とか自分で生きていく可能性も一切、考えにない。


絶望に近い閉ざされた思考である。



トリシャダヤハウスの3室は食欲、性欲、睡眠欲などの低次の肉体的欲求を意味しており、6室は怒りのハウスであるというが、これは主に人間関係の欲望である。

人は相手が自分の期待通りに振る舞ってくれないと怒るのである。人間関係に伴う感情が絡む欲望である。



11室は貪りのハウスであるが、自分が既に十分に持っているのに更に欲しがる欲望である。


例えば、富を持っているのに更に富を欲しがる、名誉を持っているのに更により高位の肩書きや称号を欲しがるといった欲望である。


11室は、競争心を剥き出しにして成功を追い求めるのであり、その過程で、全く弱者などに対する思いやりや同情といったものは完全に無視される。



これらの3、6、11室を支配する惑星が機能的凶星となるのは、これらの欲望(欲望、怒り、貪り)は、決して満たされることがないからである。


だから、これらのハウスの支配星の時期には苦しみが生じるのである。


仏陀が苦しみがあるのは欲望があるからで欲望を捨てれば苦しみはなくなるといったのは、そういうことである。


欲望は決して満たされることがないため、欲望があると苦しみが生じる。



熊沢英昭氏の場合、息子の面倒を見ることで、モクシャの人生を歩んで来たのだが、やはり、自分の期待通りにまともな社会人として適応してくれないことに対する絶望や怒りがあったと思われる。


近所の男性が、「10年ほど前に引っ越してきたと思うが、息子の姿は見たことがない」と語っているのは、ある意味、息子のことを部屋に隔離して、人に見せないようにして来たとも言えるのである。


息子がニートで社会参加できないことをあってはならないこと、恥ずかしいこと、世間に隠さなければならないことと考えて来たかもしれない。


それは現状のありのままの息子、その息子がいることの社会の評価というものを受け入れられない、認めることが出来ないことを意味しており、私の息子は、こうでなければならないとする理想の息子像を追い求める欲求である。


そして、それが満たされないため、苦悩が生じるのである。




息子に受験勉強を強いる親などにもよく現れる欲望で、理想の息子像を追い求める欲求は、実は、息子を通して、自分の名誉欲を満たし、世間からの評価を得たいという自己中心的な欲求なのである。



そうした名誉欲、世間体を追い求める欲望が満たされない時、大きな挫折感につながり、理想通りに振る舞わない人物(息子)への怒りや暴力となって現れるのである。






現在、トランジットの土星が射手座で逆行し、木星は蠍座で逆行しているが、木星と土星のダブルトランジットが、この熊沢英昭氏の8室に在住して火星からアスペクトを受ける5室の支配星に生じている。



従って、息子と一心同体で離れられない束縛の中で、理想の息子と食い違っている現状の息子に対する絶望、怒りが噴出したと思われる。



8室は深い精神的苦悩のハウスである為、息子と鎖でつながれた密着した束縛の中でのどうしようもない行き詰まり感、絶望感の中での犯行である。


(この文章を書いている途中で、その後、息子が日常的に家庭内で暴力を振るっていたことや、息子が近所の「小学校の運動会の音がうるさい」と言うのを注意し、関係者に迷惑をかけたくないから殺害したといった事実関係が出てきているが本質的には変わらないと思われる)




然し、その犯行によって更なるカルマを積み増した時、そこにはやはり、トリシャダヤハウスの欲望が関係していたのである。



ラグナロードが5室の支配星と共に8室に在住し、6室の表示体としての火星からアスペクトされる配置、そして、木星から見た5室の支配星が8室の支配星と共に12室に在住し、6、11室支配の火星がアスペクトしている配置の中に現れており、犯行には特に火星が大きな役割を果たしたと考えられる。



8室や12室などのモクシャハウスが強調されている人は、束縛や損失、隠遁的な不幸で困難な状況を通して、カルマの解消(浄化、解脱)を行なっている場合が多いと思われるが、その際にいかにトリシャダヤハウスの関与を抑えて、更なるカルマを積み増すことを避けることが出来るかがポイントである。



しばしば聖者のホロスコープには通常の一般人に適用されるような占星術の法則が働かないと言われているが、私の考えでは、それは、聖者のホロスコープの場合、欲望がないため、3、6、11室の欲望のハウスが、通常の一般人のように凶意をもたらさないからではないかと考えている。



長い人生経験と苦闘の末に聖者は、食欲、性欲、睡眠欲に振り回されず、他人に対する期待とそれが満たされないことから来る怒りからも自由である。


そして、世間体や評価や名誉を求める欲求、成功への甘い誘惑とそれを追求して得られなかった場合の落胆、成功を掴んだ場合のそれに対する執着や束縛といったものも味わい尽くして、それらからも自由になった聖者にとって、トリシャダヤハウスの3、6、11室が、敏感な中立ハウスである8、12室に絡んで、8、12室がドゥシュタナハウスとしての最悪の機能的凶星として働くといったパラシャラが規定する法則からも自由なのではないかと思われる。



それで、聖者は欲望の苦しみからカルマを積み増すことはなく、カルマを全て焼却して、浄化し尽くした為に聖者になったのである。



従って、3、6、11室のトリシャダヤハウスとしての働きを弱めるために瞑想や奉仕などの霊的実践を行なう必要があると言える。



そうすれば、欲望が満たされない苦しみの為に更にカルマを積み増すという悪いサイクルから逃れられると考えられる。



(参考:2010/11/10 開運のための理論-『バガヴァッドギータの世界』より-)




(参考資料)



元農水次官「迷惑かけたくないと思った」 長男殺害容疑
2019年6月2日20時16分 朝日新聞DIGITAL

元農林水産事務次官の熊沢英昭容疑者(76)が東京都練馬区の自宅で長男(44)を殺害したとされる事件で、熊沢容疑者が警視庁の調べに対し、「長男は引きこもりがちで、家庭内で暴力を振るうこともあった」という趣旨の供述をしていることが同庁への取材でわかった。「周囲に迷惑をかけたくないと思った」とも話しているという。

事件前には「小学校の運動会の音がうるさい」と言う長男を注意した、と説明していることも判明。当日は朝から隣接する区立小で運動会が開かれていた。同庁は事件に至る経緯を詳しく調べている。

 練馬署によると、熊沢容疑者は1日午後3時半ごろ、自宅で長男の無職英一郎さんの胸などを包丁で複数回刺したとして、殺人未遂容疑で現行犯逮捕された。英一郎さんは搬送先の病院で死亡が確認された。一家はこの2人と熊沢容疑者の妻の3人暮らし。妻は当時不在だったという。

 近所の住民たちは「息子さんがいるなんて知らなかった」と口をそろえた。女性の一人は「数年前に熊沢容疑者の奥さんと会ったとき、『娘を迎えに行く』と言っていた。娘さんがいて、今は夫婦2人暮らしだと思っていた」と話した。
参照元:元農水次官「迷惑かけたくないと思った」 長男殺害容疑
2019年6月2日20時16分 朝日新聞DIGITAL

元農水事務次官が刺殺した“引きこもり長男”の目を疑うツイート
2019/6/2 まぐまぐ編集部 MAG2NEWS

1日午後3時半ごろ、東京・練馬区早宮4丁目の住宅から、元農林水産相事務次官の熊澤英昭容疑者(76)が「息子を刺した」と警視庁に通報した。警官が駆けつけたところ、1階の和室の布団の上で、長男の無職・熊澤英一郎さん(44)が包丁で胸など複数箇所を刺されてあおむけの状態で倒れており、その後、搬送先の病院で死亡した。警察は、容疑を殺人に切り替えて、逮捕した熊澤英昭容疑者から詳しい経緯について聴取している。また、その後の調べで、事件の直前、隣の小学校の運動会の音がうるさいと腹を立てていた長男を父親がたしなめたことで口論になったと判明。週刊文春オンラインなどによると事件当日、隣の小学校では運動会が催されていたという。

新聞やテレビの報道によると、長男は家庭内で日常的に暴力をふるっていたという。熊澤容疑者は、家族に対して「身の危険を感じる」などと話すこともあったという。

また、NHKが報じたところによると、捜査関係者からの話として、長男は以前、都内の別の場所に住んでいたが、ごみ出しなどをめぐって近隣住民とトラブルになっていたという。その後、長男は実家に戻り、両親と同居していたとしている。同居後は引きこもりがちだったが、数カ月に一回程度、父親である熊澤容疑者と同じ理髪店で散髪をしていたという。長男は同理髪店に昨年から訪れていないことも判明している。

農林水産省元事務次官の熊澤容疑者は、東京大学法学部を卒業後、昭和42年(1967)に旧農林省に入り、畜産局長や経済局長を経て平成13年(2001)から14年(2002)まで事務方トップの事務次官を務めていたエリート。BSE(牛海綿状脳症)問題の対応にあたり、責任をとる形で、2002年1月に辞任した。また、平成17年(2005)から20年(2008)までチェコ大使も務めていたという。

調べに対し、「長男を包丁で刺したことは間違いない」と供述しているという。熊澤容疑者は妻と長男と3人暮らし。

事件翌日の現場を独自取材

MAG2 NEWSは、事件翌日の現場を独自に取材。朝6時すぎの現場付近は、住宅と住宅の間に畑が広がるのどかな雰囲気で、周辺では「野焼き」のような焦げ臭い匂いが漂い、静けさに包まれていた。

時折、近所を散歩する住民が規制線の貼られている理由を警察に尋ね、事件があったことを初めて知り驚く様子なども見られた。

近所に住む男性は「とても真面目な人だった、まさかあんな事件を起こすとは」と大変驚いた様子で警察官に話しかけていた。現場は、朝6時過ぎから週刊誌の記者やテレビ局などのマスコミ関係者が住民にコメントを求める光景、警察関係者などが出入りする様子などが見られた。

殺害された長男のTwitterアカウントが特定される

ネットなどでは、「殺害された英一郎さんはネットゲーム界で有名だった」などの情報も飛び交い、長男と思われるTwitterアカウントとなども特定されている。本名も公表していたSNSによると、オンラインゲームの「ドラゴンクエスト」を連日プレイしていたことがわかっている。

最後にツイートしたのは、殺害される数時間前と見られているが、ネット上ではこの投稿について「意味深だ」「誰も一人では生きられない、とは皮肉だな」などのコメントが投稿されている。また、過去には、両親に対して恨みを抱いていたとも取れる「愚母を殺したい」などのツイートを複数回投稿していた。

長男は無職で、近所の人にもその存在が知られていなかったことから「引きこもり」だったと見られ、熊澤容疑者が「引きこもり」の長男から家庭内暴力を受けていたことも殺害の背景にあるとみて捜査しているという。
参照元:元農水事務次官が刺殺した“引きこもり長男”の目を疑うツイート
2019/6/2 まぐまぐ編集部 MAG2NEWS

「長男が家庭内暴力」 逮捕の元農水事務次官
2019.6.2 14:48 産経新聞

東京都練馬区早宮の自宅で長男の胸などを包丁で刺したとして、元農林水産省事務次官の無職、熊沢英昭容疑者(76)が警視庁練馬署に殺人未遂容疑で現行犯逮捕された事件で、熊沢容疑者が死亡した長男の英一郎さん(44)について「家庭内暴力があった」と供述していることが2日、捜査関係者への取材で分かった。同署は事件直前に2人の間で何らかのトラブルがあったとみて、詳しい経緯を調べている。

 関係者によると、英一郎さんは事件当日、近所の小学校で行われていた運動会の音に文句を言って、熊沢容疑者と口論になっていたとされる。熊沢容疑者は「周囲に迷惑をかけるといけないと思った」との趣旨の供述もしており、同署は事件との関係を調べる。

 同署によると、英一郎さんは室内の布団の上にあおむけの状態で倒れており、布団には大量の血痕が付着していた。周囲に引きずったような痕はなく、同署は熊沢容疑者が布団の上で英一郎さんを刺したとみて、容疑を殺人に切り替えて捜査している。

 熊沢容疑者は妻と英一郎さんとの3人暮らしで、事件当時妻は不在だった。調べに「息子は引きこもりがちだった」などと話しているという。

 英一郎さんのものとみられるツイッターのアカウントには、オンラインゲームに関する書き込みが連日のように投稿され、元事務次官の息子であることを示す内容もあった。
参照元:「長男が家庭内暴力」 逮捕の元農水事務次官
2019.6.2 14:48 産経新聞

死亡長男、傷は十数カ所 元農水次官強い殺意か
2019.6.3 08:51 産経新聞

自宅で長男を包丁で刺したとして殺人未遂の疑いで元農林水産事務次官の熊沢英昭容疑者(76)=東京都練馬区=が逮捕された事件で、死亡した長男の無職、英一郎さん(44)の遺体の傷が十数カ所に上ることが3日、捜査関係者への取材で分かった。

 傷は胸や腹など上半身に集中していた。警視庁練馬署は、強い殺意があったとみて当時の状況や動機を調べている。練馬署は同日、熊沢容疑者を送検した。

 捜査関係者によると、熊沢容疑者は「(英一郎さんが)引きこもりがちで家庭内暴力もあった」と説明。「周囲に迷惑を掛けるといけないと思った」との趣旨の供述もしている。練馬署は、長年にわたり家族間にトラブルがあったとみている。
参照元:死亡長男、傷は十数カ所 元農水次官強い殺意か
2019.6.3 08:51 産経新聞

元農水次官の長男、傷は十数カ所 上半身に集中、強い殺意か
2019年6月3日 8時46分 秋田魁新報社

 自宅で長男を包丁で刺したとして殺人未遂の疑いで元農林水産事務次官の熊沢英昭容疑者(76)=東京都練馬区=が逮捕された事件で、死亡した長男英一郎さん(44)の傷が十数カ所に上ることが3日、捜査関係者への取材で分かった。胸や腹など上半身に集中していたほか、自宅で殺意をほのめかすメモも見つかり、警視庁練馬署は強い殺意があったとみて当時の状況や動機を捜査。熊沢容疑者を同日送検した。

 捜査関係者によると、英一郎さんは10年以上前から都内の別の場所に住んでいたが、本人の希望で5月下旬から実家に戻っていた。別居中にはごみ出しを巡り近隣住民ともめることもあったという。
参照元:元農水次官の長男、傷は十数カ所 上半身に集中、強い殺意か
2019年6月3日 8時46分 秋田魁新報社

逮捕の元事務次官の男「身の危険を感じる」
2019年6月2日 19時8分 日テレNEWS24

1日、東京・練馬区で44歳の息子が包丁で刺されて死亡し、農林水産省の元事務次官の父親が逮捕された事件で、父親が息子から日常的に暴力を受けていたとみられることがわかった。「身の危険を感じる」などと話すこともあったという。

この事件は、1日午後、東京・練馬区の住宅で熊沢英一郎さんが胸などを包丁で刺されて死亡し、父親で農林水産省の元事務次官・熊沢英昭容疑者が殺人未遂の疑いで逮捕されたもの。警視庁の調べに対し、熊沢容疑者は容疑を認めているという。

近所の人「(1週間前に会ったときは)普通だよ、おかしいところは全然ない。息子の話は一切しなかった」

近所の人「本当に穏やかで、すてきなご夫婦だなと」「(Q長男の存在はご存じなかった?)私は全く(知らなかった)」

その後の捜査関係者への取材で、熊沢容疑者が息子の英一郎さんから日常的に暴力を受けていたとみられることがわかった。

熊沢容疑者は、家族に対して「身の危険を感じる」などと話すこともあったという。

英一郎さんは無職で、警視庁は家族間のトラブルがあったとみて容疑を殺人に切り替えて調べる方針。
参照元:逮捕の元事務次官の男「身の危険を感じる」
2019年6月2日 19時8分 日テレNEWS24

元農水事務次官“御曹子殺人” 「運動会の音がうるさい」と口論 殺された44歳“引きこもり息子”の素顔 - 「週刊文春」
編集部 文春オンライン2019年06月02日 13:15

「昨日は、隣の小学校で運動会が行われていたので、そんなことが起きていたなんて、まったく気付きませんでした。いきなりパトカーや救急車が何台も来て、騒然となっていた。私のところにも夕方4時くらいに警察が来て、いろいろ聞かれて。特にお父さんと息子さんの関係について聞かれました」(近隣住民)

6月1日(土)の夕方、東京・練馬区の住宅街で元農水事務次官の熊澤英昭容疑者(76)が、同居する息子の熊澤英一郎さん(44・無職)を刺殺。川崎市・登戸の小学生児童ら連続殺傷事件を起こした岩崎隆一容疑者(51・死亡)が長期にわたって就労しない”引きこもり傾向”にあったことが改めて社会的に議論となる中、一報は飛び込んできた。

 熊澤容疑者は東大法学部を卒業後、1967年に旧農林省入省。畜産局長や経済局長を経て、2001年からは事務方トップの事務次官を務めた。BSE(牛海綿状脳症)問題の対応にあたり、記者会見では汗をふきながら質問に答えていたが、結局、このBSE問題の責任をとる形で、2002年1月に辞任。退官後は2005年から2008年にかけてチェコ大使を務めた。

「熊澤さんのことは農水次官で偉かったこともあり、『先生』と呼んでいました。先生は自分の家の前を通るのでよく挨拶していた。奥さんと2人で年中いっしょにいて、仲はよさそうだったけれど、息子の悩みはもとより、息子がいるとは知らなかった。先週もお会いしましたが、家庭内で悩んでいる様子は見えませんでした」(別の近隣住民)

「周囲に迷惑をかけてはいけなかった」と熊澤容疑者は供述

 一家が引っ越してきたのは十数年前だが、不動産関係者は「今度すごい人が来ますよ!」と近隣に触れ回っていたという。最近でも黒塗りの車が自宅前に迎えに来るのが目撃されていた。熊澤容疑者は背広を着て、車に乗り込んでいたという。

「年に1回、秋くらいに同期会をやっていて、お酒を飲んだりしていたが、家庭の話は一切することはなかった。息子や娘がいることは知っているが、詳しくは聞いたことがない。(熊澤容疑者)本人はとても真面目な人間です」(元農水省の同期官僚)

 だが、熊澤容疑者が抱える家庭内でのストレスは暴発寸前だった。捜査関係者が話す。

「熊澤容疑者は息子の家庭内暴力のことでかなり精神的に参っていたようです。周囲や官僚仲間にも息子の引きこもりについての相談をしていました。

 この日も小学校の運動会がうるさくて、そのことが原因で口論に発展。日頃から家庭内に暴力を振るっていたが、熊澤容疑者は『周囲に迷惑をかけてはいけなかった』と話しています」

連日ゲームをやり続けていた息子

 殺された息子の英一郎さんは、ネットで本名の「熊澤英一郎」を名乗り、ゲーム「ドラゴンクエスト」についてのツイートをしていた形跡が残っている。また、SNSには本人と思しき人物による、こんな書き込みも残されていた。

〈あの本名、熊澤英一郎と申しまして元事務次官の愚息であります。凄い人でしょ?w 国家レベルの人なんですw〉

 SNSやウェブ上には、連日ゲームをやり続けていた形跡が残されている。近隣では生前の英一郎さんを見たという人が一人だけいた。

「私がここに住むようになって何年も経つけれど、一度しか息子さんを見ていない。3年前の昼間で、白いTシャツ姿。今風の長めのマッシュルームカットだった。あいさつなどもなく、ムスッとした様子でした。

 お父さんは朝からウォーキングしたり、お母さんもお花に水やりしたり、とてもやさしそうな、感じのいいご夫婦でしたが……」(別の近隣住民)

 熊澤容疑者は明日6月3日、送検される。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年6月6日号)
参照元:元農水事務次官“御曹子殺人” 「運動会の音がうるさい」と口論 殺された44歳“引きこもり息子”の素顔 - 「週刊文春」
編集部 文春オンライン2019年06月02日 13:15





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