月別アーカイブ: 2015年2月

信長、秀吉、家康のパーソナリティーの違い

信長、秀吉、家康のパーソナリティーの違いについて詠んでいる有名な歌がある。

「鳴かぬなら殺してしまえ時鳥」:織田信長

「鳴かぬなら鳴かせてみせよう時鳥」:豊臣秀吉

「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥」:徳川家康



信長、秀吉、家康の3人のチャートが揃ったので、この歌で詠まれている性格の違いが、占星術的にはどのように説明できるのか、一応、整理しておきたいと思う。

まず、信長は、典型的な牡羊座の人物であり、牡羊座は短気で切れやすい性格の持ち主である。
秀吉は、4室に吉星が集中し、5室でも月が高揚しており、文化的素養の習得に熱心であった。

「鳴かせてみせよう」というのは、クリエイティブな才能を表すもので、この句は、秀吉の芸術性を示すものである。

また月が牡牛座で高揚しているということが、こうした優美な性格をもたらしたと考えられる。
家康の「鳴くまで待とう」という態度は、非常に他者を尊重した忍耐強い態度である。

家康のラグナロードは天秤座に在住しており、天秤座は土星が高揚する星座である。

山岡荘八著 『徳川家康』 では、家康のことを平和主義者のように描いていると言うが、

おそらく、ラグナロードの木星が天秤座に在住しているので、平和主義者というのは間違いではないのである。

徳川家260年の間、戦のない社会を築いたのは、平常時から外交力や駆け引きの能力を使って、諸大名をシステマティックに統治したからで、

それは天秤座の能力であったということができるかもしれない。















スポンサーリンク


スポンサーリンク

徳川家康について

徳川家康の出生時間は、山下さん(仮名)提供のデータによれば、以下のようになっている。

西暦1543年2月10日3~5時 愛知県岡崎市

wikipediaによれば、寅の刻に生まれたと書いてあり、寅の刻というのは午前4時を中心とする約2時間であるそうである。

従って、前後に2時間とって、出生時間が3時~5時という表現になっているものと思われる。

出生時間を3時でチャートを作成してみると、ラグナは射手座の10°51’となった。

※図は出生時間を4時に設定した家康のD1チャート

TokugawaIeyasu_chart 家康については秀吉のように派手な特徴というものは思い当たらないが、しかし、射手座ラグナで正しいのかどうかという疑問は出てくる。

出生時間を更に進めていくと、4:18:54になったところで、ラグナは山羊座となったので、出生時間が3時~5時の場合は、ラグナは射手座か山羊座の可能性に絞られる。

生まれた時のダシャーは金星/火星期で、1555年12月12日まではマハダシャー金星期である。

人質生活

つまり、生まれてから13年弱ぐらいはマハダシャー金星期であるが、徳川家康の幼名は、竹千代で、幼い頃、敵方に人質として捉えられた中で、忍従の日々を過ごしていたことは有名である。山岡荘八著『徳川家康』にも竹千代時代の人質生活というものが描かれていたと思われる。

この幼少期に敵方となっていた人々が、家康が将軍となった際に家臣として家康を迎えたのであり、その時に昔の敵たちに普通に接することが出来たことが家康の器の大きさであったというような指摘がよくなされる。

この幼少期の人質生活は、家康の人格形成、将来の器を形成する上で、重要であったとされている。

つまり、「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥」という歌で示される家康の性格はこの竹千代時代の体験が元になっていると考えられている。それは本当であるのか。
その幼少期についてwikipediaには以下のように書かれている。

——————————————————————————–
家康は、戦国時代中期(室町時代末期)の天文11年(1542年)に、三河国岡崎(現・愛知県岡崎市)で出生した。父は岡崎城主・松平広忠、母は広忠の正室・於大の方。幼名は竹千代。
松平氏は弱小な一地方豪族(国人)であった。家康の祖父・松平清康の代で中興したが、清康が家臣に暗殺され、跡目を奪おうとした一門衆により清康の嫡男・広忠が命を狙われ、伊勢に逃れる事態により衰退。帰国して松平家を相続した広忠は従属していた有力な守護大名・今川氏に誠意を示すため、子・竹千代を人質として差し出すこととした。しかし、竹千代が今川氏へ送られる途中、同盟者であった戸田康光に奪われ、今川氏と対立する戦国大名・織田氏へ送られ、その人質となってしまう。竹千代はそのまま織田氏の元で数年を過ごした後、織田氏と今川氏の交渉の結果、織田信広との人質交換という形であらためて今川氏へ送られた。こうして竹千代は、さらに数年間、今川氏(今川義元)の元で人質として忍従の日々を過ごした。
——————————————————————————–
ラグナを射手座ラグナにすると、金星は6、11室支配で、3室に在住し、9室支配の太陽と接合し、ラーフと接合して傷ついている。

6、11室支配の金星は射手座ラグナにとって機能的凶星であり、病気や敵、借金などと戦う時期である。

その金星が忍耐の3室に在住し、ラーフや太陽といった凶星と同室して傷つけられていることから、これは竹千代の幼少期と一致する。

ディスポジターの土星は12室に在住しており、まさに敵方に監禁された不自由な生活を表している。

更に見ると、この3室には冥王星が同室しており、外部からの強制的な意志力を表している。

全く抗うことの出来ない強い力によって、幼少期の人生が決定されたことを物語っている。
もし山羊座ラグナであったら、金星は5、10室支配のラージャヨーガカラカとなり、8室支配の太陽と2室に在住することになるので、こうした体験にはならないはずである。

2室は両親、家族のハウスであり、金星期は両親、家族との生活の経験となったはずである。

射手座ラグナで金星が在住しているのが3室(4室から12室目)だからこそ、幼くして敵方に人質として取られ、母親(4室)とも引き離され、故郷(4室)や心の安定(4室)も失ったのである。

もし山羊座ラグナであるとすると、7室支配の月が4室に在住し、母親との密な関係性を表している。
然し、射手座ラグナに設定すると、月は8室支配で4室支配の木星と相互アスペクトし、また4室には12室支配の火星が在住するため、この竹千代時代の体験を象徴している。射手座ラグナの方が、心の安定を突然、損失した人質生活をよく表していると思うのである。

従って、ラグナは射手座ラグナで正しいと思われる。

続きを読む















スポンサーリンク


スポンサーリンク

豊臣秀吉について

先日、私の個人レッスンに来られた山下さん(仮名)から歴史上の人物数名の出生データを教えて頂いた。

その数人の出生データはその筋では信憑性が高いものらしいのだが、それらは非常に興味深いので、私もそれらの出生データを使って検証させてもらうことにした。

まず始めは、豊臣秀吉である。

山下さんが提供してくれたデータによれば、1537年3月17日3~5時 愛知県 で、四柱推命の占い師さんが検証した生時だそうである。

早速、出生図をAM 3:00で作成してみたが、ラグナが山羊座ラグナとなって4室に木星、金星、水星が集中している。

ざっと見た感じでもこのチャートは豊臣秀吉のチャートであると納得できる特徴に溢れている。

ToyotomiHideyoshi_chart

■文化的修養に熱心なこと

例えば、豊臣秀吉は、あれだけ戦塵の巷を駆け巡ったにも関わらず、文化的修養を積むことに熱心で、古典文学や連歌、茶道や有識故実、禅、儒学、能楽を学んだという。


文化・芸事

(略)
文化的修養を積むことに努力し、古典文学を細川幽斎、連歌を里村紹巴、茶道を千利休、有識故実を菊亭晴季、禅を西笑承兌、儒学を大村由己、能楽を金春太夫安照に学んだ。
能楽に熱中し、前田利家と徳川家康と共に天皇の御前で演じたり、『明智討』『柴田』など自分の活躍を演目にして自ら演じた。和歌もよく詠んだ。

(中略)

能筆家であった北大路魯山人は秀吉の書に対して、新たに三筆を選べば、秀吉も加えられると高く評価した。一方で、文字の正確さにはこだわらない性格で、秀吉の書簡には、誤字や当て字、仮名が多用されている。また、「醍醐」の「醍」を祐筆が失念した際、「大」と書くよう指示したという逸話がある
囲碁は、織田信長から名人という称号を許された日海(後の本因坊算砂)に指導を受けており、伊達政宗家臣鬼庭綱元との賭け碁や、龍造寺政家をとても巧妙に負かしたので政家は敗因を考え込んでしまい帰る秀吉の見送りをし忘れたなど、真偽はとにかくエピソードがいくつか残っているほど、碁はかなり強かったらしい。(wikipedia)


また千利休に黄金の茶室を作らせた。


gold_room

この黄金の茶室を秀吉が作ったのはおそらく山羊座ラグナで5、10室支配の金星が4室に在住しているからである。

元々山羊座ラグナの人は10室の支配星が同時に5室(創作)を支配するため、芸術を嗜む人が多いのではないかと思われる。

金星は牡羊座に在住しており、誰も真似のできない黄金の間を作ったのは、その為である。
また1583年に秀吉(当時、羽柴秀吉)は大阪城の築城を開始し、1年半で本丸を完成している。

この時、ダシャーは土星/金星期である。

秀吉は人と同じに振る舞うことを嫌う、傾奇者であったというが、それは、牡羊座に惑星が集中しているからである。

牡羊座は自分が一番初めに人と違うことをすることを好む星座である。
4室は南インドでは教育のハウスである。北インドでは5室が教育のハウスであるが、より伝統社会の名残を残している南インドにおいて教育は家庭で行われる教育である。

秀吉の4室には木星、金星、水星が在住しているので、それで、多くの教師を自分の居城に招き、そこで、古典文学(木星)や連歌(金星、水星)、茶道(木星、金星)、有識故実(木星)、禅(木星)、儒学(木星)、能楽(金星、水星)を学んだのであると理解できる。

まさに秀吉の文化的修養は家庭教師を招いての家庭学習によって養われたと言える。

また秀吉は百姓から天下人へと至った叩き上げの人物であるが、この叩き上げの人生も山羊座の特徴をよく表している。
続きを読む















スポンサーリンク


スポンサーリンク

「ラッスンゴレライ」の心理学

最近、お笑い芸人で、「ラッスンゴレライって何ですのん」とミュージカル風にリズムに乗って、問い続けて、観客を翻弄し、最後に「ラッスンゴレライ」は何であるかは教えないと言って、退場する芸人が女子高生の間でブレイクして、一躍人気者となった。

rassun_photo
この「ラッスンゴレライ」だが、この言葉を聞いても、全く思考の中に表象が浮かばないのである。

過去のどんな経験から探し出そうとしてもそれに該当する経験、表象はないのである。
自己啓発の教えの中に最近、聞いたものに脳の機能に関する教えがある。

脳に質問を投げると、答えが出るまで、それを問い続けるというものである。

意識の中で、答えが出なくても無意識の中で、答えを問い続けるのである。
例えば何らかの言葉を聞いた時に、私たちは、過去の経験からそれに対応する表象を選び出すが、この「ラッスンゴレライ」には何の表象も出てこない。

従って、脳は質問に対する答えを出すことができないのである。そこで、「ラッスンゴレライ」について考え続けることになる。
ちょうどWindowsなどで、あるファイル名で、ファイルを検索しても該当するファイルがないので、検索をし続けるといった動作を思う浮かべると、それがよく分かる。

答えが出ないが、コンピューターのCPUは、答えを出そうと、ファイルの蓄積されているディスクの中を検索し続けるのである。

その間、CPUは高い稼働率で仕事をし続けてその検索に電力が供給され続けるのである。
この「ラッスンゴレライ」という言葉を聞いてそれが何だろうと考えて、答えが出ないので、多大なエネルギーを消耗し、その言葉が強く意識に刻印されるのである。

このデビューしたばかりの若手お笑い芸人が、そこまで計算したかは分からないが、実に巧妙に漫才(コント?)が作られている。
禅の修行の中で、行われる禅問答(公案)と同じ仕組みであり、論理的に試行して、答えが出ないので、それに対する答えを探し続け、ついには疲れ切って頭の中が「空」になってしまう。
このような思考実験を観客にさせるのが、「ラッスンゴレライ」なのである。

従って、女子高生たちが、考えても考えても意味が分からない「ラッスンゴレライ」という言葉にはまってしまうというのは、そうした心理学的な効果のためではないかと思われる。

そうしたことは、心理学的な説明であるが、このお笑い芸人が、「ラッスンゴレライ」で、一躍ブレイクした理由というのは、別に占星術的な説明が可能である。

おそらく、この二人の芸人の出生図を調べれば、そこにブレイクするダシャーやトランジットが来ていたからであると理解できる。

また現在のトランジットを確認すると、蠍座に土星がトランジットして、山羊座にアスペクトし、木星が蟹座をトランジットして、蠍座と山羊座にアスペクトしているので、山羊座と蠍座にダブルトランジットが生じている。

蠍座は無意識に関係する星座で、またナチュラルゾーディアックでは秘密を意味している。

秘密主義で何を考えているのか分からないのが、蠍座なのである。

また「ラッスンゴレライ」と問いを投げておいて、教えてあげないというちょっとした毒を含んだユーモアはおそらく蠍座のものだと思われる。
この赤いルックスに黒いサングラスをかけた出で立ちもいかにも蠍座のルックスである。

赤は赤でも牡羊座の赤ではなく、蠍座の赤である。そして、自分を隠して秘密にするサングラスというアイテム。

彼らは明らかに蠍座へのダブルトランジットの顕現である。















スポンサーリンク


スポンサーリンク