月別アーカイブ: 2011年1月

ジョーティッシュ―論理的思考と創造的思考の結合―

インドへの旅行から帰ってきて、ようやく落ち着いて来たが、インドの各所を身軽に巡るために向こうで購入した書籍や土産物を国際スピード郵便(EMS)で先に日本に送ってしまったのだが、それが1/30現在、まだ届いていないのである。

デリーで送付の手続きを依頼した日本人ホテルマンのY氏によると容量が40kgを超えて大き過ぎたり、荷物が書籍と、土産物が分けて梱包されていないなどの理由で送り返されて来たらしく、二度ほど梱包し直して、再送しているようなのである。

それで到着が遅れているということなのだが、4日程前に再度、送り直したとのことなので、もう直ぐ届くはずである。

私としては、この荷物が届くまでは今回の旅行が完了したという気分にはなれないでいる。

今はただ出来る事と言えば、待つ事ぐらいである。

1/29 16:00現在(この文章を書いていた頃)、ダシャーが金星/太陽/ケートゥであり、第5レベルまで書けば、金星/太陽/ケートゥ/水星/ラーフである。

プラティアンタルが太陽から見て12室に在住するケートゥのため、帰国してからも静かにひっそりと生活しているのがここ最近の現状である。

予測としては、1/30 22:14以降に金星/太陽/金星/金星/金星に以降するので、この頃にインドから送付した土産類が届くのではないかと考えている。

おそらく金星は太陽からみて4、11室支配で、2室に在住し、ラグナからみて2室支配で5室に在住しているので、土産類が実家(2室)に届くため、久しぶりに実家に帰り、そして、両親、家族(2室)と今年に入って初めて会うことになるのである。

土産類の中には衣服、布製品、神像(statue)などが混じっているが、これらは金星の象意である。

この金星が所有の2室に在住しているので、やっと土産類を手にすることができるのかもしれない。

荷物の到着が大幅に遅れている状況の中で、最悪でも1/30以降の金星/太陽/金星には届くのではないかというシナリオを頭に描いている。

帰国してから最近、M.S.Mehta氏の「PLANET AND TRAVEL ABROAD」を読んでいて、最近、旅行を経験した自分に関連させてみて、非常に興味深い記述があった。

この本によれば、

12室は9室から4室目であるため、外国での住居を表わすそうである。

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Twelfth House

The twelfth house has been given a major role for residence in a foreign country.
It being 4th from the 9th, it can mean living in a house which is 4th from the 9th.(foreign travel) (P.13)
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そして、9室の支配星が12室に在住していると、外国でグルのアシュラムに住むことを表わす、とある。

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The 9th lord in the 12th may mean living in a guru’s ashram in a foreign country.(P.17)
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現在、私の9室支配の木星が、魚座12室にトランジットしているため、まさに外国に行って、グルのアシュラムに住むような時期にいたようである。

これにはグルの近くにホテルを借りて生活し、毎日、グルのもとに通うことも含まれる。

そして、これはスピリチュアルな宗教的なグルに限らず、自分の専門分野を研究するためにその分野の指導的な立場にいる教授のもとで学生生活を送る留学生や研究生なども含まれてくると思われる。

私の12室には火星が在住しているので、射手座9室から見ると5、12室支配の火星が4室に在住している。

そのためか、私は海外に行くと良いホテルに泊まりたいという欲求が強く、そのために大きく出費をしてしまう。

今回の宿泊ホテルも私の強い希望で決めたのだが、ホテル代に予算をかなり割いてしまったのは、5室(娯楽、趣味、威厳)と12室(出費)を支配する火星(不動産、土地)が4室(住居)に在住していたからであると、改めて思われた。

このM.S.Mehta氏の非常にためになる本の中にさらに興味深い記述があるが、12室の支配星が6室の支配星と一緒にラグナに在住して、さらに8室が凶星に傷つけられていると、人は外国で投獄される(P.15)、とある。

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1. The 12th lord should be in the lagna.
2. Such a 12th lord should be with the 6th lord.
3. The 8th house should be afflicted.

If these conditions are fulfilled, the person concerned will be imprisoned in a foreign country and, therefore, it implies, he will have to travel, go abroad and then his destiny will land him in a foreign jail. (P.15)
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1. 12室の支配星がラグナに在住している
2. その12室の支配星が6室の支配星と同室している
3. 8室が凶星から傷つけられている

この3つの条件が整ったチャートを私たちが見た場合に、”外国で投獄される”とクリアに具体的に描写するのは、なかなか大変なことである。

ラオ先生の「運命と時輪」(Astrology, destiny, the wheel of time)を読んで、「ラグーパラシャリ」(LAGHU PARASARI)や「ウッタラカーラムリタ」(UTTARA KALAMRITA)に書かれている惑星の機能的吉凶や、強さを決める原則などを一通り把握した人であれば、肉体を表わすラグナに6室の支配星や12室の支配星が在住していることは、肉体が暴力や批判(6室)を受け、出費、消耗したり(12室)、監禁されたり(12室)するという悪い意味合いを抽象的にイメージすることはできるし、それらが絡むダシャーの時期が、よくない事も理解できるが、その6室の支配星、12室の支配星のラグナへの絡みと8室の傷つきから、”外国で投獄される”と具体的に描写するには、さらに上級のステップが必要である。

そして、このステップは、ロジカルシンキングが効かない領域である。

例えば、①古典のシュローカを沢山知っている(博識である)とか、②直観が優れていて、惑星、ハウス、星座の結合から、何か具体的な状況がイメージ(インスピレーションが下りてくる)できたり、あるいは、③経験豊富で、過去に鑑定した事例から、惑星、ハウス、星座の結合と、具体的事象の対応関係を記憶から簡単に引き出すことができる、などの能力が必要である。

②に関しては、日頃から霊的に正しく生きている人にしか与えられないとされている能力であり、これを持っている人を、人は”天才”と呼ぶのである。

そういう意味では、ジョーティッシュというのは、論理的思考と直感的インスピレーション(創造的思考)の結合物なのであり、そのどちらか一方ではないのである。

「運命と時輪」や「ラグーパラシャリ」などの知識を厳密に誠実に適用して、惑星の生来的、機能的吉凶や強さなどを検討して、その吉凶の発現時期などを特定することは、こうした原理原則を熱心に学んだ多くの人々にとって可能である。

このステージにおいては、ジョーティッシュは非常に論理的である。

そして、このステージまでは、ロジカルシンキングによって到達できるようである。

しかし、ロジカル思考で得られた惑星、ハウス、星座、それらの吉凶や強さといった情報を結合し、具体的な状況や出来事として、凝結させ、シンプルに表現する能力は、”創造的思考”の領域であり、直観や霊感、精神性が関与する、アート(芸術)の世界である。

ロジカル思考によって、パラシャラの原理原則で、全く同じ情報をかき集めて来ても、この最後の創造的過程で、10人いれば、10人が違う描写や結論を導き出してしまうのは、このステージにおいてである。

繰り返すが、この最後の創造的過程が優れている人は、”天才”と呼ばれるようである。

極端に言えば、論理的思考とタロット的な解釈が結合したものがジョーティッシュである。

一方で、”私は直観がとりわけて優れているから、チャートを見ただけで色々とその人のことが分かる”といった創造的直感的思考を過度に強調する主張も、また逆の意味で不完全である。

ジョーティッシュにおける直観とは、パラシャラの原理原則の厳密な論理的な適用をベースとして、その後で、もたらされるものだからである。決して、この順番は先ではないのである。

もし直観が先になってしまったら、信用のおけない霊感占い師になってしまうのであり、ジョーティッシュというのは、そのようなものではないと言える。

こうしたことを考える上で、興味深い事例が、「Timing Events through Vimshottary Dasha」K.N.RAO著の中(P.54)に出てくる。

獅子座ラグナ(D/1)
1室:ケートゥ
2室:月、土星
7室:ラーフ、木星、太陽、水星
8室:金星、火星

ここで、上記のようなチャートが図示されているが、1994年にアメリカで、このようなチャートを手に入れた時に、ラオ先生は一瞬で、この人が船の建造の仕事(造船業)をしていると、ひらめいたそうである。

そして、そのひらめきがあった後で、その占星術的根拠(理由)について考えたと書いている。

その占星術的理由としては、10室の支配星が金星で、金星が水の星座である魚座8室に在住し、金星は船(水上の乗り物)を表わして、火星は建設の仕事を表わす4室を支配して金星と絡んでいる。そして、そこにテクニカルスキルを表わす土星がアスペクトして、月のアスペクトは彼の仕事が水に関係する仕事であることを説明すると言うのである。

ところで、このような説明があったとしても、私たちがこのチャートにパラシャラの原理原則を当てはめて、この人(native)が、船の建造の仕事をしていると結論づけるのは至難の業である。

同じ材料がそろっていたとしても、この人の仕事が船の建造の仕事であると分かることは、大変、難しいのである。

現にラオ先生自身がロジックよりも先に結論がひらめいたということが、それを物語っている。

逆に言えば、ロジックがいくら正しくても、最後のひらめきがなければ、結局、分からないということである。

このエピソードは、この「Timing Events through Vimshottary Dasha」の中(P.50)のIPCプロシージャーについて説明するくだりで出てくるのだが、IPCというのは、

Inference(推論)
Perception(知覚)
Clarity(明快さ)

の頭文字を取ったものである。

そして、ここで説明されていることは、

例えば、Perception(知覚、理解)というものは、人間のマインドから全く予期しない時に放射されるイルミネーションであると説明されている。

そして、例えば、Clarity(明快さ)に関しては、この特質を持つ人は、どんな詳細にも迷い込む必要なく、即座に予言が可能であると説明されている。

この能力は占星術が神聖な(神授の)イルミネーションとなった段階にある占星術師のもので、正直で道徳的に正しい占星術師は、しばしば突然ぱっとひらめく、このイルミネーションを経験するのだと書かれている。

非常に霊的、宗教的な解説であり、イルミネーションという用語は、パタンジャリの『ヨガスートラ』を解説したアリスベイリーの『魂の光』という書籍で一度、目にしていたが、あたかも、そうした類の本を読んでいるような感覚である。

このような解説を読んでいると、ジョーティッシュというものは、ある段階までは論理的で訓練によって身につけることが可能であっても、さらにそれを超えたステージでは、神の祝福を受けた神授の才能が必要となるのである。

そして、それを多く携えた人は、”天才”と評価されるのである。

ラオ先生はその”天才”の一人である。

古典の知識の蓄積や、豊富な経験も、ものを言うかもしれないが、最も貴重で得がたいものは、やはり、こうしたことが直感的にひらめく能力であろうと思われる。

然し、天才ではなく、普通の人間である私たちがとるべきアプローチとしては、まず、パラシャラの原理原則をきちんと身につけて、それらを使いこなすことである。

そして、その後で、インスピレーションが下りてくるかどうかは、その人次第である。















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インド滞在終盤での12室Ke、3室Ve体験と地獄の列車の旅

1/3にプーナに向かい、1/4にラジニーシのメディテーションリゾート内で、ダンスのワークショップに参加したのが、金星/太陽/水星/土星/金星であり、スークシュマから見てプラーナダシャーの金星が5室(創造、学習)支配で、3室(ダンス、パフォーマンス、音楽)に在住している。

これは大変、分かりやすいプラーナダシャーの表れ方である。

そして同じく興味深かったのが、1/6からバンガロールのプラシャンティニラヤムに向かい、サイババのアシュラムの近くで過ごしたのだが、1/9からプラティアンタルダシャーがケートゥに移行した。

金星/太陽/ケートゥ/ケートゥ/ケートゥ 1/9 14:53
金星/太陽/ケートゥ/金星/金星 1/10 20:43

私のケートゥは、アンタルダシャーの太陽からみて12室に在住しているが、通常、12室のケートゥは外国の寺院とか、グルのアシュラムを表わしているのではないかと思われる。

12室のケートゥが精神性、精神修行によいと言われる理由である。

ケートゥは太陽からみて5、10室支配のヨーガカラカの火星と7室支配の土星と絡んで、ケートゥ自身がヨーガカラカとなる条件を満たしている。

金星/太陽/ケートゥ/ケートゥ/ケートゥ 1/9 14:53

プラティアンタルダシャーがケートゥになった時に、私が食堂(ウェスタンキャンティーン)で、
食事をしていると、人が多くて人手が足りないので食器洗いなどのSEVA(奉仕)をしないかと奉仕者(DEVOTEE)の方から誘われた。特に何の義務もなかった私は食器洗いなどを手伝うこととなった。

大量の食器を食器洗い機などで洗浄する作業は、学生時代のアルバイト以来であったが、やりがいのある作業だった。

太陽からみて5、10室支配のヨーガカラカの火星が9室から12室のケートゥにアスペクトしているので、このような作業をすることとなったのである。

あるいは、現在、私はチャラダシャーで蟹座/蟹座であるため、蟹座からみてAKの火星と、Amkの水星が9室と12室でジャイミニラージャヨーガを形成している。

従って、もしジャイミニのラージャヨーガが発動するとしても、今は海外とかグルという象意においてなのである。

然し、SEVA(奉仕)には他にも、食堂に来場する人たちの要求に応じてメニューを皿に盛りつけるといったサービスを行う対人的な仕事もあったが、そうしたSEVAはしなかった。

おそらくそれはケートゥに絡んでいるのが、テクニカルプラネットの土星と、水星だからである。
機械を相手とするNON-HUMANな活動となったようである。

次の日なども毎日、人手が欲しいように思われたため、結局、1/12まで毎日、夜の食事の時間から食器洗いをすることとなった。

これは明らかにヨーガカラカと絡んで自らもヨーガカラカとなる条件を満たして12室に在住したケートゥの効果である。

従って、私はこの体験から12室ケートゥの象意というものがよく理解できた。

12室ケートゥとは外国や僻地の寺院やアシュラムでの静かな精神生活を表わしているのである。

サイババのアシュラムでは朝、夕にバジャンがあり、聖歌を皆で吟唱するのであるが、それは瞑想と同じである。

サイババの信者にとっては朝夕の待ち時間というものは心を静め、神(の化身)に精神集中する瞑想的な時間なのである。

私は朝はホテルにいて、ジョーティッシュ関連の書籍などを読んだりして過ごし、夕方バジャンに出かけて行って、食事後にSEVAを行うという毎日を3~4日程送った。

そして、ダシャーが決して裏切らないと思われたのは、その次であるが、1/10 20:43 から金星/太陽/ケートゥ/金星/金星期に移行して、1/14 4:58まで暫くスクーシュマダシャー金星期が続いたのである。

プラティアンタルのケートゥからみると金星は5室(創造、学習)支配で3室(踊り、パフォーマンス、音楽)に在住している。

このスークシュマ金星の4日ほどの間、サイババの学校の生徒たちによる運動競技やダンスが披露され、バイクで火の輪をくぐるアクロバティックな見世物や器械体操など、規律正しくよく訓練されたダンスパフォーマンスを見物することとなった。

2日間そうした催しを見物し、翌日にはさらにクリシュナ神が登場する演劇が行なわれた。

つまり、ダンスや演劇などを見物することとなったのだが、明らかにケートゥからみて5室支配の金星が3室(踊り、パフォーマンス等)に在住している効果である。

然し、プーナのラジニーシのリゾート内では、自らワークショップに参加して自ら慣れない踊りを実践してみたのであるが、プラシャンティニラヤムではひたすら見物するだけにとどまったのは何故であろうかと考えると、プーナではその当日が、金星/太陽/水星/土星/金星であり、土星からみて5室支配の金星が3室に在住しているが、その金星に土星がアスペクトしており、土星は10室の支配星である。

一方、プラシャンティニラヤムでは、金星/太陽/ケートゥ/金星であり、プラティアンタルのケートゥはスークシュマの金星に絡んでいない。

ケートゥからみて金星は5室支配で3室に在住していても、10室の支配星の影響が直接ダシャーに表れていないのである。

従って、ダンスパフォーマンスを実際に自ら実践するのか、あるいはただ単に視聴するだけなのかという違いは、その辺りにあったのではないか、などと後から考えていた。

以前、3室の金星はダンスや演劇を視聴する場合と、自ら実践する場合は紙一重で、どちらになるかは分からないとコラムで書いたが、実際には、10室の支配星が絡んでいるのかなど、もう少し他の惑星の絡みなどを見る必要があると思われた。

このような細かい点をつきつめていくと非常に興味深いのである。

1/13の夜にプラシャンティニラヤムを出発して、帰路に着くためにデリーへと向かったが、一度は列車での旅も経験してみたいと思って、48時間かけてデリーまで向かう寝台列車の切符を購入した。

しかし、これが大失敗だった。
列車内は狭くて、私のスペースは2段ベッドの上の方で、窓もなく天井が低くて身動きがほとんどできないくらい窮屈だった。

私はA1という最上クラスの席を取ったのだが、窓から外の景色を見ながら読書しながらの気楽で優雅な列車の旅であるとばかり考えていた。個室で鍵もかけられてセキュリティーも安全だというので、私はその言葉を信じて切符を購入し、優雅な旅を想像していたが、実際は全く違っていた。

私は48時間、非常に窮屈な寝台に横たわって、旅というよりも荷物を運ぶかのようにただ寝て運ばれるしかなかった。

列車は揺れて、全く読書などは出来ない状態であった。

私は寝台に横たわりながら、私に切符を売りつけた猿顔のインド人の青年の顔を思い浮かべていた。
切符は、実際には2270ルピーだったのにかかわらず、彼は3000ルピーで売りつけて来て、この日は混んでいるから少し値段が高くなっていて、買ったら取り消しも出来ないが、どうするか、と言って、クロージングをかけてきた。

かなり狡猾な男だったと思われるが、切符を購入したのは13日で私は風邪をひいていて精神力が衰えており、日本に無事帰れるように帰りの切符を確実に確保したいという気持ちのあせりから、相手の言い値で買ってしまった。

猿顔の青年はこれで700ルピー(1300円)ぐらいかせいだはずである。

私は狭い寝台に横たわりながら、昔、アフリカ大陸からアメリカに奴隷船にぎゅうぎゅうに押し込められて運ばれた黒人たち(アフリカ系アメリカ人)はこのような思いをしたのだろうかと考えた。
そして裏切られた気持ちで、あの猿顔のインド人(ホテルの土産屋担当)の顔を思い出していた。

インドでは金額交渉できなければ敗北者である。

私の経験上、だいたい相手が最初に提示してくる言い値は、最低でも向こうで普通とされている金額の2倍ぐらいである。

従って、相手が100ルピーと言って来たら、こちらの言い値は、40ルピーくらいでいいのである。それで相手が嫌な顔をしたら、50ルピーにしようと持ちかけるのである。

そうすると相手は折れて交渉が成立する。

然し、土産を買う店などだと、もっとふっかけて来ているかもしれないため、相手の言い値からするとあり得ないくらいの安い金額で、これでどうかと様子をうかがうのが懸命である。

相手の言い値の4分の1ぐらいで言ってみてもよいかもしれない。

話が脱線したが、そんなことで最悪の環境を経験したのが、

1/13 22:05発の列車に乗ってからの48時間(2日間)であった。

スクーシュマダシャーの金星が太陽に移行したタイミングである。

金星/太陽/ケートゥ/金星/水星 1/13 16:54
金星/太陽/ケートゥ/金星/ケートゥ
金星/太陽/ケートゥ/太陽/太陽 1/14 4:58
金星/太陽/ケートゥ/月/月 1/15 11:31

従って、主にスクーシュマ太陽期に乗り物に関する不幸を体験したのであるが、
スクーシュマダシャーの太陽はケートゥからみて3室支配で2室に在住している。

3室支配の太陽は機能的凶星であり、3室は4室(家、乗り物、幸せ)からみて12室目の乗り物の幸福を損失するハウスである。

太陽は自我を表わし、幸せが失われ、努力や苦労、忍耐が要求される状況の中で、憤り、葛藤したのである。

然し、1/15 の朝にデリーに到着すると、ちょうど、そのタイミングで、金星/太陽/ケートゥ/月/月期に移行した。

私は出所して長い監獄生活から解放された人のように晴れ晴れしい気分となって、オートリキシャーで、昨年からのデリーでの滞在中に知り合った日本人がスタッフを勤めるホテルに向かい、そこで快適に残りの2日間程を過ごした。

列車での地獄の48時間とは対照的にとても快適な部屋であった。

これは私の月が4室支配で4室自室に在住しているからである。
ケートゥからみても2室支配で2室自室におり、所有を表わしている。

列車での旅は、私としては全くの誤算であったが、ケートゥ/太陽と対応した忘れられない体験となった。

こうしてインドでの滞在を終えたが、インドも3回目にしてようやく、旅の仕方や過ごし方などが分かってきた実感である。

私たちは、7室や9室や12室が関わる時に海外旅行や海外生活を経験するので、海外では、取引、交渉、契約(7室)や、人との出会い(7室)、グルとの交流や学習(9室)、精神生活や多額の出費や損失(12室)を経験する。

今回の旅も、そうした経験が盛り沢山であった。















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ガンジス河のほとりにて

ガンジス河のほとりでの体験は、中々深いものであった。
死んだら焼いて灰にしてガンジス河に流し、物質としての肉体は自然の中に戻すのである。

それはあの世には富(お金)や身体などの物質は全く持っていくことはできず、ただカルマのみが残るという真理が生活習慣の中に体現されている感じである。

日本のように遺骨をつぼに入れて墓に安置して存続させつづけるというのは、物質としての肉体への執着のように思われる。

本来、死んだら灰にして土に返すというのが最も自然な姿であり、ヒンドゥー教の伝統は、この世の富や身体にはそれほど執着していないように思われた。(全てのヒンドゥー教徒がガンジス河に灰を流す訳ではないと思われるが)

一方で、その対極に位置するのが、エジプトのファラオの墓であり、肉体をミイラにして存続させ続けようとする、激しい執念や所有欲が見られる。エジプト文明というのは、春分点が牡牛座にあった時に生まれた文明であり、穀物資源の確保(農業、豊饒さ)、鉱物資源の確保(ナイル川での金の採集)など物質的な所有に関心が高かった文明ではないかと思われる。そのため、墓というものはそもそも、物質的富や身体への執着の表現ではないかと思われる。

それはエジプトのファラオの墓が物語っている。

ヒンドゥー教は死んだら何もあの世に持っていくことはできず、ただカルマのみが存続し、人間は何も持たずに再び生まれ変わるという、この輪廻転生の真実が文化、生活習慣の中に率直に表されている。

日本でも死ぬ前から自分の墓のことを心配しだす老人がいると聞くが、墓へのこだわりは、この世での存続についてのこだわりではないかと思われる。(周りの人に迷惑をかけたくないという気持ちもあるかもしれない)

何か自分のこの世での足場やこの世での存在事実の物質的担保が欲しいという恐怖心から来る習慣かもしれない。

そのように思ったのは、このガンジス河のほとりの光景をみて、私が死んで、ここで焼かれて河に流される場面を想像してみて、少し恐ろしい感じがしたからである。

やはり、家族とか自分の生まれ育った土地の墓に入るほうが安心である。

別にそうしたとしてもしなくても、関係ないと思われるが、そこに恐怖心を感じるということは、現世で得た足掛かりを全く失うことへの恐怖心ではないかと思われる。

ガンジス河のほとりで行われている、この習慣を見て、敬虔な気持ちになったようだ。

カルチャーショックを受けたとも言えるかもしれない。

自分が灰となってガンジス河に流される場面などを想像し、物質としての存在のはかなさを考えた。

このような体験が金星/太陽/水星/土星/土星期に起こったということに注目している。

水星から見て、土星は8、9室支配で1室に在住している。

霊的な事柄に関するインスピレーション(学習)がもたらされたのはそのためではないかと思われた。















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プーナの和尚ラジニーシのアシュラムを訪ねる

1/3にヴァラナシ観光を終えて、午後の便で、プーナ(pune)へと向かった。

プーナにはバグワン・シュリ・ラジニーシのアシュラムがある。

かつて学生時代にラジニーシやクリシュナムルティの本を読んで、悟りとか、サマーディーについて興味を持った。

海老茶色の服を着たサニヤシン達がラジニーシのコミューンの中で、悟りや覚醒を促進する様々な実験的なワークを行っている写真を見て、学生時代の当時、非常に惹かれたものである。

いつかプーナに行ってみたいと思っていたが、ほとんど必要のなくなった今更、行く機会が訪れたのである。

然し、行ってみると、私がかつて写真をみて想像していたのとは違っていた。

まず、アシュラムという名称は今は使わずにメディテーション・リゾートと呼ぶのだとショップの人が教えてくれた。

リゾート内では、かつて、サニヤシンだったと思われる弟子が、ダンスとか、瞑想とか、エネルギーや気づきを得るためのワークショップなどを行っていて、入場料850ルピーを支払うと、それらがいくらでも体験できるようになっている。

時間割が決められていて時間が来ると、担当の指導者がその辺りにいる人たちを対象として、それとはなしにセッションがスタートするのであり、参加したい人が参加すればいいという自由な雰囲気である。

入場者たちは皆、海老茶色の服(ローブ?クルタ?)を着て、リゾート内で日常生活を送り、OSHO Auditriumというピラミッド型の建物内で決められた時間に瞑想をして過ごしている。

夜にイブニング・ミーティングという一日を締めくくるイベントがあり、この時だけは白いローブに着替えて、ピラミッド内で、身体を自由に動かす瞑想をした後で、ラジニーシの講話ビデオを視聴するのである。

ビデオの中で、ラジニーシがジョークを言うと、視聴している人々に爆笑が起こっていた。翻訳書を読むと分かるが、随所にラジニーシは冗談を交えて語り、その話のネタは豊富である。翻訳書を読んでいて分からなかったことは、ラジニーシはインド人であり、彼が話す英語はインドなまりが入っているということである。そのインドなまりで表情一つ変えずに冗談を交えて話すのが、西洋人には受けるらしいのである。

ラジニーシの瞑想はほとんどがダンスや身体運動を伴なうダイナミックなものであるが、必ず音楽も伴って使用される。

参加者たちは、各々自由に体を動かして踊っているが、突然、音楽がストップしたりして、動から静への転換が図られ、その時に深い静けさを体感するのである。

これは昔、本に書いてあるのを読んだが、このような演出で、参加者たちは深い静寂に入り、自動的に意識が内に向かうように導かれるという狙いがあるという。

実際、突然、音楽が止まると、ひときわ静けさが身にしみるのを感じた。

このようなリゾート内で、2日間ほど過ごして、ダンスのワークショップなどにも参加してみたが、英語が話せて、こうしたワークショップの体験をしたい人にはよい場所かもしれない。

帰る時になって、私が何故、このかつて、ラジニーシのアシュラムであったメディテーション・リゾートに訪れたかがラジニーシの出生図を検討してみてよく分かった。

ラジニーシは牡牛座ラグナで、8室に5室支配の水星、ヨーガカラカの土星、ラグナロードの金星、そして、月や火星が集中している個性的なチャートである。

今回のヴァラーティア・ヴィディア・ヴァヴァンの講習で、聖者アーナンダーメイエーマーのチャートが取り上げられた時に、ラオ先生より8室はサマーディーを表すハウスであるとの説明があった。

アーナンダーメイエーマーは、魚座ラグナで、8室支配の金星が1室で高揚し、ラグナロードの木星が5室で高揚し、11、12室支配の土星が8室で高揚している。

8室の支配星の高揚や土星の8室での高揚が彼女のサマーディー体験を表しているとのことであった。

特に11室支配の土星が8室で高揚していることは、サマーディーによって名声、高い評価(11室)を得ることを表しているとの解説だったと思われた。

これをラジニーシにあてはめてみると、8室で1室、5室、9室の支配星が同室し、8室に惑星集中して、8室が強いことが分かる。

ダルマ、人生の目的が8室に集中しているのである。

だから、ラジニーシは、コミューンを建設して、弟子達を使って、悟り=サマーディーのための様々な実験を行ない、様々な種類の瞑想、ヨーガを西洋の知的なインテリ層の人々や若者たちに教えたのである。

ラジニーシは1970年代~1980年代にかけて、当時のニューエイジムーブメントの中で、西洋のインテリや若者達に人気を誇り、彼のアシュラムに自己実現や覚醒について、野心的で強い動機づけを持つ人々をひきつけた。

リゾート内にいて気づいたことは、どの西洋人たちも、アウトドアで活動的で人生に高い目標を持って意欲的に取り組むような射手座タイプの人が多いように感じられたことである。

女性も男性も皆、射手座らしい特徴を有していた。

サーフィンやヨットを楽しんだり、人生で経済的に成功して早めにリタイアして好きなことをしたいといった、そんな印象の人々である。

ラジニーシの射手座8室に月、火星、金星、土星、水星が在住しているので、若い女性から結婚した女性、お年寄りや、実業家、知識人階級まで、様々な人々を惹きつけたようである。

そして、今もリゾートに来ている人たちは、そのラジニーシの射手座8室で表わされるような人々であった。

実社会で成功する実力を元々持っており、その上で、自己実現セミナーや自己啓発セミナーなどに積極的に参加して、高い目標を目指す人々がつくる、活発な雰囲気が感じられた。

ラジニーシの瞑想法は、踊り、ダンス、音楽が一体となったダイナミックなものであるが、それは8室支配の木星が3室で高揚し、3室支配の月が8室に在住して、3室(踊り、身体パフォーマンス)と8室(瞑想、サマーディー)で星座交換しているからである。

そして、何故、今回、私がこのリゾートを訪れたかと言うと、現在、射手座9室にトランジットのラーフがリターンして、タ太陽と、ラグナロードの火星も射手座をトランジットしていたからである。

従って、射手座のラーフに対して、3つの惑星がトランジットしており、ラーフは9室の支配星のように振る舞い、そのラーフにラーフがリターンしたということは、外国人のグルと関わることを表している。

そして、私が訪れたリゾートには、射手座が強そうな人々が大勢いたのである。

ラジニーシのチャートから分かることは、当時、彼のもとには、社会的に成功し、内的な自己実現においても成功しようとする野心的な人々が悟り(エンライトメント)を求めて、彼のもとに集まったということである。

彼らの中には、金持ち(富豪)や社会的成功者がたくさんいたので、ラジニーシはそうした弟子たちの寄付(8室)によって、コミューンを建設し、経済的に何ら困ることはなかったようである。

一時期、彼はロールスロイスを何百台と所有していたということから、彼が弟子たちから得た金額は相当なものである。

これは射手座の高みに上昇する、跳躍力、爆発力から来るものであり、桁違いの成功をもたらすのは、この射手座の力である。

然し、この桁違いの成功は同時に転落の危険も表わしているのであり、それは彼がアメリカのオレゴン州に拠点を移して、活動を開始し、フリーセックスを説いたので、アメリカの政府当局に目を付けられ、大統領の昼食に招かれた際に、CIAに致死量に満たない毒を盛られて、体調を崩し、国外追放処分を受けて、あらゆる国から国外追放されたことに表れている。

彼の転落期の出来事である。

射手座に惑星集中しており、Amk、GK、PKなどが同室している。

ジャイミニのラージャヨーガを形成する一方、GKが同室しているので、困難も伴う配置であると解釈できる。

AKとAmkの位置関係が6-8の関係であることも、活動には困難が伴うことを表している。

彼がアメリカ政府当局に逮捕されて、国外追放されたのが1985年でその頃から、
チャラダシャーが蟹座に移行して、AmkやGK、PKなどが6室に位置しているため、
大体、彼の人生が困難になった時期と一致している。

その前は、獅子座の時期であったが、獅子座からみるとAmkやPKは5室である。
従って、彼のコミューンでの活動は発展したが、GKが同室しているので問題も伴ったと思われる。

またAmk、PK、GKが8室にアスペクトしていることも問題である。

Amkがラグナから8室に在住して、GKと同室していることが彼の人生の上昇と転落をよく表している。

ラジニーシは射手座に惑星集中して、そのすべての惑星が双子座にアスペクトしており、彼の講話におけるユーモアやジョーク、心理学や禅に関して引用する豊富な知識は、この双子座の強さから来るものである。

彼は読書家であり、当時のエサレン研究所などとも交流があり、精神分析や行動科学などの西洋のアカデミックな最新の研究成果にも詳しかったようである。

こうした双子座の強さが、悟り(エンライトメント)に対する知識人たちをも満足させるような知的なアプローチをもたらしたと思われる。

このラジニーシのメディテーション・リゾートに来て、思ったことは、

ここにはラジニーシが生きていた時の強烈さはもう存在しないということである。

昔、サニヤシンだった人々と交流するための社交場のようになっているようであった。

悟りを得たり、高度な理解に到達したり、何らかの業績を達成しつつある非凡な人物の元に、人々が集って来て、新しいものを創造し始め、やがて組織化され、どんどん活動の規模が大きくなっていくという宗教や大学などの研究機関、実業界など、あらゆる領域で見られる成長する生きたプロセスは、このリゾートにはもう存在していないようだった。

それらは、ラジニーシがまだ生きている時に身近で活動した人間たちが経験したことであり、当時の彼らにとって毎日が新鮮で冒険や危険に満ちたものだったに違いないと思われる。

特に射手座で表わされる人々の集団であるため、毎日が非常にダイナミックで変化に富んでいたと思われる。

今はそうしたなつかしい時代をしのぶサニヤシン達の社交場になっているようであり、

リゾートと名がつくとおり、プールサイドで水着を着て寝そべってくつろいでいる姿がよく見られた。















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ヴァラナシのホテルで出会ったソフトウェア開発エンジニア

ヴァラーティア・ヴィディア・ヴァヴァンでの15日間のセミナーを無事終えて、
私は一緒に行った仲間と別れて、12/31、独りでヴァラナシに向かった。

(SPICE JETという格安航空会社を使用することになったが、インディラガンジー空港の通常の国際線ターミナルから、7kmも離れた所に発着場所があり、そこにバスで移動したが、格安航空は場所が空港の中でも遠くに位置しているようである)

翌日、1/1にヴァラナシの最も有名なガンジス川に向かった。

沐浴している人々の写真で有名な名所である。

タクシーの運転手が朝早く起きて、1/1の日の出を見るとよいと言って迎えに来るというので、
5時に起きてガンジス川に向かった。

ガンジス川に着くと、ボートの運転手が近づいてきたので値段交渉して乗り込んだ。

金額は300ルピー(日本円にして約560円である)

日の出前や日没後のガンジス川を船に乗って川の上から見る光景は幻想的で壮麗である。

川岸には古のマハラジャ達の屋敷が立ち並んでいる。

マハラジャ達がこの聖なる地で過ごすために別宅を建てたようである。

このガンジス川の体験をしている時、色々なことが首尾よく運んだように思われたが、
この日(1/1)からプラティアンタルダシャーが土星期にシフトしていた。

金星/太陽/水星/土星/土星 2011/1/1 10:16~ である。

水星から見ると、土星は8、9室支配で1室に在住しており、1-9の絡みが生じている。
この日、私はタクシーの運転手まかせで、聖なるガンジス河に向かい、その後、ヒンドゥーや中国の寺院など、
多くの寺院を訪ねた。現地の人の話によると、この中国の仏教の寺院にダライラマが1月10日前後に来るという話であった。

土星は月、太陽から見て12室でケートゥと絡んでいるので、その絡みは寺院を表しているようである。

翌日1/2はどこにも行かないで、ホテルの共同バルコニーで休んでいると、アメリカ在住のインド人が、
バルコニーにやってきて、挨拶などしつつ、色々と話すこととなった。

そのインド人はカリフォルニア在住で、ソフトウェア開発会社のマネージャーをしているとのことであった。
シスコのルーターのプログラミングを開発しているとのことであった。

今回は母親が亡くなって遺灰をガンジス河に撒くために来たのだと言っていた。
その日の午後の飛行機で帰るとのことであった。(その人と話をしていたのは午前中だった)

いろいろ話をしているうちに、自分がジョーティッシュを勉強しているという話になったので、
それなら見ましょうかということで、彼のチャートを見せてもらった。

時間が分からなかったが、月のナクシャトラがスヴァーティーの第4パダであるということは、
以前に言われていたらしく、その情報からラグナを修正すると乙女座と獅子座の境界線付近のようだった。

マハダシャー土星期の開始のタイミングで、プログラミングに関する専門知識を身につけたと言っていたため、
土星がケートゥと絡んで5室山羊座に在住する乙女座ラグナに決定した。

父親の仕事は獣医とのことで、9室から見た10室支配の土星がケートゥと絡んでいるので、おそらく正しいと思われた。

1室:乙女座
2室:月
3室:なし
4室:なし
5室:土星R、ケートゥ
6室:木星
7室:なし
8室:火星
9室:水星R、太陽
10室:なし
11室:金星、ラーフ
12室:なし

現在、水星/金星期で、水星は4室を母親のラグナとすると、
7室支配で、ADLの金星は6室支配で8室に在住し、マラカの2室にアスペクトして、2室支配の土星から
アスペクトされている。

もし獅子座ラグナなら4室支配の蠍座から見て、水星は8、11室支配であり、母親のマラカとならない。

そのようなことで、乙女座ラグナではないかと思われた。

外見的には獅子座にも見え、また立ち居ふるまいから乙女座にも見えるのであり、直感的、一瞥的には、
ラグナの判断は付かなかった。

例えば、ラグナが分からない時、自分は○○だから○○と思われると言った論理的な自分なりの説明付けを
持つことは重要ではないかと思われる。

そのアメリカ在住のインド人に質問しながら、あれこれと修正しているうちに、インド人は、
飛行機の時間が来たらしく、空港へと立ち去った。

少しの時間であったが、とても面白い時間であった。

このような時には時間が過ぎていくのを全く意識しないで、気がつくとあっという間に時間が
経過しているのだが、こうした経験がジョーティッシュを学ぶ者にとっての醍醐味かもしれない。

タクシーの運転手に連れていってもらうと、自由が利かなくなるので、翌日は、自分でオートリキシャーを
拾って、ガンジス河に向かった。

あるところまで行くと道が混んでくるので、それ以上、オートリキシャーでは行ってくれず、仕方がないので、
人力のリキシャーに途中で乗り換えた。

すると降りる付近のところで、怪しげなインド人が声を掛けてきて、握手を求めてきて非常に馴れ馴れしく、
話しかけて来た。自分は大沢たかしを案内したことがあるのだと言っていた。

大沢たかしと出会ってから酒も煙草もやめたなどと言っていた。

私がガンジス河に向かって、歩いて行くと、彼が付いてきて、勝手にガイドを押し売りしてきて、
特にそれが直ぐに代金を請求される訳ではないため、ついつい話を聞いてしまった。

然し、何度も同じ話をしているのか話が非常にうまく知識が豊富である。

ヒンドゥー教のシバ神とパールヴァティーについての話など、非常に参考となる話を押し売りながらも
してくるのである。

そのガイドはガンジス河のほとりで伝統的に行われている火葬場に案内してくれた。
特に建物で覆われているわけではなく、吹きさらしの外で、火を焚いて火葬が行われていた。

その場所に関しては撮影が禁止であった。

ヒンドゥー教徒は死んだら遺体を焼いて灰にしてガンジス河に返すのだという。

一方で、イスラム教徒は土に埋めるのだと強調していた。

実際に布にくるまれた遺体が燃やされているのを目の前にしてその話は非常に現実感を伴っていた。

遺体はすべて燃やすのに3時間かかり、燃やすための木材は1kgが500ルピーとのことであった。

小さな子どもとか、妊婦とか、聖人の場合は、穢れていないため、燃やさずに遺体をガンジス河に沈めるとのことであった。

私が遺体を沈めるといっても、もし浮き上がってきて、川の上に浮かんでいたりしたらどうするのだと聞くと、ガイドが石を縛って沈めるので浮かんでくることはないと説明してくれた。

ガンジス川は深いところで40mにもなるそうである。

火葬場は24時間365日稼働していて、一日たりとも火が絶やされることはなく、また燃やすための火も、
何千年も前からずっと継続して燃え続けている種火を用いていると言っていた。

火葬場の傍にある建物に上っていくと、そこで、身寄りがなく死を待つ人たちがいて、その人たちを
世話する係の人がきて、ガイドがここから先はこの人の方が詳しいので、この人から説明しますと
言って、この世話係の人が話し始めた。

なんでも、JAICAなどの政府系の非営利団体がこの死を待つ人の建物にやってきて寄付をするとのことであった。

そのようなことでこの世話係からヒンドゥー教徒が亡くなるとその遺体を灰にしてガンジス河に戻し、
そして、再度、生まれ変わってくるというヒンドゥー教の死生観と、神聖なヒンドゥーの伝統について聞かされたのだが、最後にこの死を待つ人たちのための木材を購入するための費用をいくらかでも寄付してほしいと言われ、
これはカルマ的な徳積みにつながりますと言うのであるが、神聖な話を聞いた後で断れない雰囲気が出来上がっており、仕方がないので500ルピーほど渡すと、これでは少ないという表情をして、世話係の顔が一瞬曇った。

然し、世話係は直ぐに気を取り直したので、サンキューと言って、そのまま別れた。

私も本当によいことであれば別に500ルピー程度払ってもいいのであるが、唐突で、この人物にお金を渡して、
本当に奉仕につながるのか、ゆっくりと考える時間もなかった。

この世話係は実際にそこで仕事をしていた様子だったが、実際の所はよく分からず、私は騙されたのかどうか、
最後まで全く分からなかった。

インド人たちは、ガイドの押し売りをしてきたインド人から、死を待つ家でヒンドゥーの神聖な伝統の解説をしてくれた世話係の人間も、皆、全員、グルなのではないかと、猜疑心が浮かび上がっても来ていたが、実際、本当の所は、全く分からなかった。

そのようなことで、私も今まで知らなかったのであるが、ヒンドゥー教徒には、墓というものがなく、
死んだら皆、灰となって、ガンジス河に流されるのである。

然し、その火葬場の付近は全く、腐臭とか、においは全くせずに非常に清浄な感じを受けた。
実際、世話係も、においがないのに注目してくださいと言っていた。

これはガンジス河のこの場所が神聖な場所であるからだとガイドが説明した。

実際、土葬などに比べると、これははるかに清浄で文化的にも優れていると思われた。
8億にも及ぶ、インド人のそれぞれが墓などを持ったら、大変なことになるし、経済的な負担や、
墓をつくるには土地も必要となるので、そうした資源の消耗を考えると、ガンジス河に灰を流す、
このシステムは、ヒンドゥー教の死生観と結びついて、理にかなっている。

このような展開で、私はこの押し売りガイドのおかげで、非常にこのガンジス河のほとりで
行われていた敬虔なヒンドゥー教の伝統について知ることとなり、少しショックを受け、また勉強になった。

日本のように火葬場に行ってもすべてが隠されていて、あっという間に終わってしまうのとは違って、
ガンジス河のほとりで見た光景は、死というものを身近に感じさせる体験であった。

また自分もいつかは灰にならなければならない運命というものを考えた。

 

この押し売りガイドはその後、シタールのお店に連れて行ってくれたり、自分の弟がやっているという、
シルク製品の店に案内してくれたが、私がそれらを買えば、その店からバックが入るかららしかった。

シタールの店では店長が実際に演奏してくれたので、単に押し売りされたというよりも、貴重な経験が出来た辺りは、やはりスークシュマダシャーが土星期だからであると思われた。

プラティアンタルの水星からみてスークシュマの土星が9室支配でラグナにあるため、何かたとえ、押し売りガイドであるとしても、非常に霊的、精神的な体験ができるようになっていたようである。

シタールの店については、実際に他の場所や日本で買えば、非常に高いものが、ここで買うと安く買えるとのことであった。

次に行ったのは、弟の店であるが、ここは日本人の買い物客が大勢くるらしく、私が行った時も既に日本人たちが
座っていて、品物を買わされていた。

そして、大沢たかおとか、長沢まさみとか、取材で訪れた芸能人たちの写真を見せてくれた。

どうやら日本人をターゲットにして、私がリキシャーで、ガンジス河に到着した時にすでに私の動きを捕捉して、
ガイドの押し売りを仕掛けてきたのだということがよく分かってきた。

このガイドはすでに何百回と同じプロセスを繰り返しているのかもしれない。

この店で値段を聞いてみると、全く安くない値段だった。

然し、このガイドは押し売りながらも非常によい仕事をしたことは確かであり、その辺りが、心にくいところである。

私が映画の最新作を見たいというと近くの映画館まで案内してくれた。

彼らは押し売りにより自分自ら仕事を作り出して、相手は同意していなくてもサービスを提供し、そして、そのサービスの質により相手を圧倒することで少しでもチップなどの見返りを貰ったり、品物を購入した際に店からバックをもらうなどのたくましい人間たちである。

彼らとの関わりで悲しいのが最後の場面である。

映画館まで案内してくれて、私が映画を一緒に見ようというと、彼は妻が病気で、家も遠いので、
帰らなければならないなどと、言い訳がましいことを言い出し、今日の案内でもし勉強になって、
ハッピーだったなら私に少しチップを下さいと言いだした。

彼の仕事が終わって、もう私と関わる意味がなくなった瞬間である。

私を店に案内して、私に少し買い物をさせ、一通り仕事を終えたのである。

彼はガイドの間、カルマの話などをして、私は母親が怒るので酒も飲まないし、煙草も吸わないなどと、
言って、真面目な様子であったのが、仕事が終わりかけた最後の方では、
あなたは酒とか煙草はやらないのか、と質問してきて、ずいぶん真面目なんですねなどと言って、
むしろ、私にそれらをすすめるような態度に豹変したのは印象的だった。

私はあなたは無報酬で奉仕で私にガイドをしてくれたのではなかったのかといって、
その押し売りガイドに向かって怒り、あなたの行為は奉仕だったはずだが、何故、金を要求してくるのだと言って怒った。私はあなたがガイドしてくれたので、弟のおみやげ屋で買い物もしたではないかと言って怒った。
(実際、買うのが当たり前といった雰囲気に押されておみやげ屋でTシャツを2枚買ったのである)

彼も激しい口調で、もしあなたが少しでもハッピーだったならお金を下さいと言っているだけで、もしあなたがお金を払いたくないならそれでもかまわないと言って、激しく応答して言い合いになった。

彼は弟の店で買っても私には一円も入らないとも言って激しく応じて来た。

私は最後にチップとして100ルピー(200円)だけ渡したが、
彼にしてみれば私は嫌な客だっただろうと思われる。















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年末のデリーでの15日間、占星術講座体験記

年末にデリーのヴァラーティア・ヴィディア・ヴァヴァンで、
15日間の講習があったので、前回、一緒にラオ先生宅を訪問した
仲間と新しく加わった仲間の3人で行ってきました。

15日間という長丁場のコースに参加できるのは、
自由な時間がある限られた人であると思われますが、
今の私には自由な時間があり、自分が今求めているものに従って、
自然に行くことになった訳です。

最初は、ベーシックコースと、アドバンスコースを分けて、
講習する予定だったものが、途中で、分けるのをやめて、
全員一緒に講習することになったのは、臨機応変な対応であったと
思われたが、おそらく私たちのレベルが低くてとてもではないが、
アドバンスコースとして、レベルの高い授業を施すような面子では
なかったからではないかと思われた。

初めてジョーティッシュを学ぶという人もいたり、また途中で、
分からなくて来なくなってしまった人もいた。

コースが始まる前の2週間ぐらいはロシア人向けのコースを
通訳付きでしていたらしく、その修了式に冒頭で参加することになった。

ロシア人でセミナーに参加している人たちは女性ばかりで男性は一人だけだった。

私たちは3人で参加して、ホテルも同じホテルを予約して、
毎朝、一緒にオートリキシャーで通う毎日であったが、
毎日下痢をして、授業中も腹痛で苦しんだり、授業中に何度もトイレに行くなど、
下痢と腹痛との戦いの日々であった。

そして、ある時、おそらくホテルのレストランで食べた卵が原因で、
高熱が出て、激しい悪寒が襲いかかってきて、食中毒の症状というものを
初めて体験した。

これは一緒にいったSさんも全く同じ症状であり、やはり食中毒であったのだと思われた。
私はホテルのコックに毎日目玉焼きを作ってもらい、何個も食べていたため、
この被害は免れえなかった。

そして、もう一人日本人の参加者として、最近、「インド占星術入門」を説話社から出版した
本多さんが来ていた。彼は2002年頃のほぼ同時期に勉強をスタートした仲間であるが、
ラージャヨーガが発動しているらしく、向こうで人気者で、誕生日を祝ってもらうなど、
大ブレークしていた。

セミナーはそれほど大人数でもなく、インドの地元と、オーストラリアや台湾から一人ずつ、
そして、ロシアから3名、私たち日本人は4人参加していた。

日本人の数が多いので、今回の責任者であるジャーナルオブアストロロジー編集長の
ディーパックビサリア氏は、特別に日本人向けに所々の重要な個所を通訳するようにと、
世話係を務めていた清水俊介氏に依頼しれくれたので、私たちは所々で清水氏の通訳を聞くことが出来た。

セミナーは英語ですすめられたが、英語というハードルが高いことに加えて、インドのなまりが
強い英語で発音が聞き取りにくいということもあって、授業内容は詳細に関しては、
ほとんど分からないということが多かった。

然し、チャートを見ながら、惑星がどこにアスペクトして、在住して、ダシャーがこうだから、
こうなのである、といった占星術的な話の展開については理解することが出来た。

一番、良かったのは、ラオ先生によるジャイミニの講習を直接受けることが出来たことである。
「Jaimini’s Chara Dasha」を既に読んでいるため、講座の話のロジックについてはよく理解出来た。

然し、占星術以外の背景的説明やエピソードなどの話の詳細は、ほとんど理解できなかった。
非常に重要なことをたくさん話していたようだが、英語というハードルのせいで、理解できなかったことが、
非常に悔やまれた。人はこういう時に英語をもっと勉強しておけばよかったと思うようである。

然し、ジャイミニはラオ先生がその使用方法を記したオリジナルな研究結果を初めて書籍として、
出版して賞も受賞していることから、ラオ先生にとって最も思い入れが大きいのがジャイミニなのでは
ないかと思われる。

全く明らかでなかったジャイミニの技法を初めて世に示したのであり、科学の世界においては、
基礎研究に値する成果である。私たちが今後、ジャイミニを実践していく上では、この基礎研究を
ベースとしていくことになるのである。

そして、前回、ラオ先生を訪問した時に贈呈された「惑星と教育」という本を書いたnaval sign氏による
惑星と教育に関する授業も参考となったが、ドウィサプタティサマダーシャや、チャツゥルシェシーサマダシャーなどのコンディショナルダシャーなどについても、実際に事例を使って、ダシャーの使い方を示してくれたので、
非常に参考となった。分割図の活用の仕方なども、やはり、普段から使いこなしている人の授業を聞くのが、
最も最短の学習方法ではないかと思われる。

ジョーティッシュの学習にはジョーティッシュグルが必要であると言われるが、
分割図などの使い方を実際に実践して、確信を持って使いこなしている人の講座というものは非常に価値が高いものであると思われた。

英語というハードルは高かったものの、ところどころで断片的に理解できた話の内容は、
今後の学習にとって役に立つ非常に有益なものであった。

水曜日にラオ先生宅でマントラの吟唱などが行われるため、私たち講座参加者全員は、
ラオ先生宅に2回ほど訪問して、それに参加させてもらうことが出来た。

今回の講座の間の私のダシャーは、金星/太陽/水星期で、水星は月、太陽からみて12室、ラグナからみて、
3、6室の支配星である。然し、水星はナヴァムシャでラグナ、月、太陽から見て、9室支配で9室に在住している。従って、プラティアンタルダシャーの水星期に占星術講座に参加するといった展開は非常によく理解出来る。

トランジットは、ラグナからみて木星が12室、土星が6室で、6、8、12室にダブルトランジットしている。
月、太陽からみて5室、9室にダブルトランジットが形成しているため、今回は巡礼の旅であり、また学問のために外国に留学するような時期である。

然し、ラグナから6、8、12室にダブルトランジットもしているため、そんなに幸福とばかりもいかず、
いろいろと問題が付きまとうのが今の時期である。

吉と凶が入り混じって混在しているのが今の時期であるように感じている。
これは決して打ち消しあうのではなく、両方とも、混在しているのである。

健康にしてもそうであるが、水星は6室の支配星であるためか、水星のプラーナダシャーの時期に
卵が原因と思われる強烈な腹痛に見舞われた。

これが起こったのが、金星/太陽/水星/木星/水星期である。
6室支配の水星はプラティアンタルと、プラーナに2度出てきており、
スークシュマの木星からみると水星は6室の支配星で6室に在住して凶星と絡んでいる。

この日の月のトランジットは私のラグナからみて乙女座6室をトランジットしており、
まさに病気となる日であったことは確かである。

然し、この日の講座は、チャトゥルシャーシサマダシャーであり、非常に質の高い占星術的知識を
聞く機会が得られたのであり、やはり、水星期は吉と凶の両方の意味が混在していることが感じられる。

私は毎日のダシャーを調べているので、これ以外にも、もう少し細かいエピソードはいくらでも
かけるのであるが、それを書いているときりがないが、毎日のダシャーと講座中に経験した日々の体験も、
やはり、ダシャーとよく一致していることが確認できる。

セミナーは全体として、非常にやる気があって、授業中によく発言をしたり、質問をするインド人の
参加者メンバーによってリードされ、私たち日本人は内容を聞きとるために、一生懸命に、
それらに耳を傾けて座っているという状況であった。

授業の合間に頻繁にチャイが出るのであるが、このあたりのまめで親切な対応は、
蟹座に惑星が集中するインドならではの母性的なサービスなのかもしれない。

講座はアットホームな形ですすみ、最終日には、修了証と、記念品を贈呈されて、無事終了した。

最後に何人かが壇上に呼ばれて、講座を締めくくるスピーチをするように求められたのであるが、
英語が堪能な本多さんの後に、何故か、私も呼ばれて、おそろしくたどたどしい英語でスピーチした。

なんとか、私がインド占星術と出会って、その素晴らしさに感動して日々勉強を続けてきたという
気持ちは伝わったのではないかと思われる。

その後、12月31日に一緒に来た日本人の友人たちは先に帰国し、

私はその日、ガンジス河の沐浴で有名なヴァラナシに飛んで、正月をそこで迎えた。

今もインドを旅している。

占星術を勉強していると、自分が経験する体験が、こうしたらよかったとか、
こうであればよかった、こう選択していたらよかったとか、言っても無駄なことがよく分かってくる。

運命論者ではないが、その時々に持っている自分の識別力や判断能力を使って、最善の選択をして、結果がこうなっているのであり、すべてはこれでいいのである。

何も間違ってはいないのである。

よかったこともわるかったことも全て、この私が経験すべきことであった。

そう思うだけでいいのである。















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