25日(日)の18時頃、友人から今、木星と金星が肉眼で見えると知らせがあった。
見上げると金星は高い位置で輝いており、木星がその左斜め下にあったが、金星よりも光はやや暗く、小さかった。
やはり金星の輝きは凄まじいのである。天空にダイヤモンドのように輝いている。
そして、金星と木星のさらに下には月があったが、今、魚座に太陽がいるため、新月直後の月であり、三日月である。
日没直後には太陽は地平線の直下に隠れたばかりであり、18時ぐらいの日没直後の時間には、地平線と30°の範囲内に牡羊座があるはずであり、だから金星と木星の位置が特定できる。
さらに先日の土曜日、日曜日と月が牡羊座をトランジットしていたから、月の近くにあるのが金星と木星である。
確かに実際の星を肉眼で見ることこそが、本当の体験であって占星術のソフト上で惑星の記号を見ているだけでは味わうことの出来ない体験がそこにはありそうである。
そして、実際の星を肉眼で見てそれらを瞑想することで何かインスピレーションが降りてくるかもしれない。
長嶋一茂のチャートで牡牛座ラグナで、ラグナロードで逆行する金星が太陽とかなり近い位置で、コンジャンクションしているのをソフト上で見て、私は彼が父親の輝かしい栄光の陰に隠れてしまって苦労したと解釈した。
然し、もしこれを肉眼で見たことを想像してみると、実際には太陽の光はあまりにも強すぎて、まぶしすぎて金星などは全く見えなくなってしまう。
実際上は金星の存在は太陽の強い光のせいで、全く消されてしまうのである。
ソフト上で見るコンバストは、SuとVeという2つの記号が近くで並んでいるだけなのだが、然し、実際の天文現象としては、あまりにも光が強く、まぶしい太陽のせいで金星を全く見ることができないというのがコンバストではないかと思われる。
そう考えると、コンバストというのは実際の現象を肉眼で確認した時に最もその象徴的意味を表していそうである。
この自然の天文学的現象こそが、現実の出来事に一致しており、まさに父親である太陽に近づきすぎて見えなくなってしまったのが、長嶋一茂ではないかと思われる。
このように考えると、観察者である人間が天体を肉眼で見る時の見え方こそが、現実世界に対応する最もダイレクトな象徴であると言えるかもしれない。
我々はあまりにも書籍で惑星の象意などを覚えて単語の羅列を暗記しているが、実際に星を見てダイレクトに伝わってくるインスピレーションの方がより簡潔に現実世界との対応関係を訴えてくるかもしれない。
つまり、実際のコンバストという現象は、大変な迫力がある。頭で想像している以上の迫力があるのである。
だから実際の天文現象を肉眼で見たときに沸き起こるインスピレーションは強いため、書物で象意を確認するよりもより本質的である。
コンバストについて上記の天文現象から考察すると、権力者(太陽)にあまり近づき過ぎないで一定の距離を保ったほうがよいのであって、あまり近づきすぎるとコンバストに遭って、自分のアイデンティティの確立や存続に被害を被る。
これは現実社会に対応しているが、コンバストの天文現象の迫力の前に、そうした象徴的な意味合いも自然に浮かんでくるかもしれない。
ポールマンレイ氏が以前、セミナーで言っていたことであるが、彼がハワイ島のマウナケアで天体望遠鏡で木星を見た時に木星の周りにたくさんの衛星が回っているのが見えたそうである。
そしてそれを見て、木星と子供(衛星)の関係について納得したと言っていた。(詳細に覚えていないが確かそんな話だったと思われる)
その話が印象に残ったので覚えているが、天体を肉眼で直接見ることにはソフト上で惑星を見ているだけでは分かりえない質的な違いがあるということである。
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