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鈴木その子 -美白の女王-

2022 12/16


先日、『牡牛座の人々 -化粧、審美眼、美容整形、五感の満足、身体美に対する執着-』の中で、牡牛座ラグナと推定される有名人として、鈴木その子を挙げたが、例えば、食や美容にこだわりがあり、晩年には顔を化粧で真っ白にして、美白の女王という名前まで得た鈴木その子は、明らかに牡牛座の特徴を表している。


月は出生時間が00:00:01でも23:59:59でも牡牛座で、ローヒニーか、ムリガシラーのどちらかで、チャンドララグナは牡牛座に確定する。


鈴木その子は、料理研究家で、化粧品販売など、美容業界でも頭角を表わし、派手なルックスと衣装、美やダイエットに対する執念など、その人生全てが牡牛座の特徴に満ちている。


もし通常のラグナが、牡牛座以外の星座であれば、その特徴は出るはずだが、他に牡牛座以外の星座の特徴というものが感じられない。


以前、マイケルジャクソンの化粧をした顔と、鈴木その子の化粧をした顔が似ていることが話題になったが、マイケルジャクソンと同様、ラグナは牡牛座ラグナではないかと思われる。


牡牛座ラグナだと、人生の様々な出来事のタイミングがダブルトランジットで説明できるが、基本的にダブルトランジットはラグナから見るのであり、チャンドララグナからは見ない。


従って、ラグナと月が、牡牛座ではないかと思われる。





まず、結婚したのが短大卒業後の1952年(20歳頃)で、見合い結婚とのことである。


ダシャーは、ラーフ/金星期で、しばしば無条件で結婚をもたらす時期である。


出生図では、ラーフのディスポジターは8室の支配星であり、金星はラグナと月から見て、ラグナロード(7室から見た7室の支配星)である。





トランジットの木星は魚座11室から7室にアスペクトし、土星は乙女座5室から7室にアスペクトして7室にダブルトランジットしていた。



父親が亡くなり遺産が舞い込んできた為、1974年に株式会社ときの商事を起業して、最初はレストラン経営に取り組んだという。


1974年7月には東京銀座に新日本料理店「トキノ」をオープンしている。






この時、土星/土星期で、土星は牡牛座ラグナにとっては、9、10室支配のヨーガカラカで、9室で定座に在住している。





ダブルトランジットを確認すると、土星は2室を通過し、木星は10室から2室にアスペクトして、2室(起業)にダブルトランジットしている。



そして、土星は双子座で逆行している為、10室(仕事、地位)にもダブルトランジットしている。



従って、この頃に起業したことはよく分かる。








その直前に父親が亡くなり、父親から遺産が入っているが、前年度(1973年)のトランジットを見ると、土星と木星が8室支配の木星にアスペクトして8室(相続、贈与)にダブルトランジットしている。


ラーフ/ケートゥ軸も2-8軸をトランジットし、ラーフが8室をトランジットしている。


木星はその少し前まで、射手座8室を通過していた。



父親が亡くなった時は、土星/土星期ではなく、その一つ前の木星/ラーフ期だとすると、木星は8室の支配星で、ラーフは、そのディスポジターが同じく8、11室支配の木星で、11室にアスペクトバックしている。



従って、この木星/ラーフ期に遺産が入ったため、土星/土星期に起業したと考えることもできる。


もしラグナと月が牡牛座であれば、土星は9、10室支配の強力なヨーガカラカになる為、実業で成功する時期である。





次にこれは鈴木その子にとっては悲痛な体験となるが、1976年に長男・康之氏が事故死している。



康之氏は無理なダイエットから拒食症を発症し、ベランダから転落死したと言われる。






この時のダシャーが土星/水星/ケートゥ期である。



土星は9室の支配星で、9室は5室から見た5室の支配星で、子供の本質のハウスである。


その土星は8室支配の木星とコンジャンクトしたり、12室支配の火星とコンジャンクトし、更に子供の損失のハウスである4室(5室から12室目)とコンジャンクトしている。


水星はラグナ、月から見て、5室の支配星だが、8室に在住して、子供の不幸を表わしており、ケートゥは5室に在住して、子供の損失を表わしている。


ケートゥのディスポジターである水星は再び、8室に在住して、子供の不幸を表わしている。



マハダシャーの土星から見ると、アンタルダシャーの水星は9室を支配して、12室に在住しており、ケートゥのデゥスポジターの水星も同じである。





トランジットを見ても、子供の表示体である木星は12室を通過して、ケートゥとコンジャンクトし、蟹座から土星がアスペクトして、12室(損失)にダブルトランジットしている。



この牡羊座12室は、子供の5室から見ると8室であり、子供の不幸を表わしている。



この長男が亡くなった時は、1976年5月だが、太陽も、そして、ラグナロードの金星も12室を通過しており、このことが、鈴木その子にとって大きな喪失体験を意味していたことが分かる。







次に1980年にダイエット本がミリオンセラーになって、鈴木式(現SONOKO式)食事療法が、全国的に注目を浴びるが、この時、土星と木星は4室を通過して、4室と10室にダブルトランジットすると共に木星は5室の支配星にアスペクトし、土星は逆行して5室にアスペクトして、5室にもダブルトランジットしている。







5室は出版を意味しており、そして、10室にダブルトランジットしたことは全国的に知名度が上がり、有名になったことを意味している。






土星/金星期の上昇


因みにこの時期は土星/金星期であったが、鈴木その子にとってはこの土星/金星期は、上昇の時期であったことが分かる。





マハダシャーロードの土星はラグナから見ても月から見ても9、10室支配のヨーガカラカで、9室で定座に在住し、ヴァルゴッタマで強く、アンタルダシャーロードの金星は、ラグナ、月から見て、ラグナロードで、10室に在住して、1-10のラージャヨーガを形成している。


またマハダシャーロードの土星から見て、金星は5、10室支配のヨーガカラカで、2室に在住して、ダナヨーガを形成している。



鈴木その子にとって、土星/金星期は、土星も金星もラグナ、月、ダシャーロードから見て、いずれも機能的吉星で、星位も強く、吉祥であり、それで、土星/金星期に上昇したことが分かる。



土星/金星期や金星/土星期に転落する人とは対照的である。









1989年の土星/ラーフ期には、化粧品事業に参入しているが、事業家として更に野心を追求したことが分かる。



土星は8室、木星は2室を通過して、起業の2室と8室にダブルトランジットしている。



そして、アンタルダシャーロードのラーフが10室を通過している。







1990年代は、土星が9室山羊座、10室水瓶座、11室魚座を通過していく時期だったが、化粧品事業の宣伝の為に鈴木その子は、1990年終わりにはバラエティー番組に積極的に顔に白い化粧をした姿で、テレビ出演し、「美白の女王」と言われるまでになった。








この時期が、おそらくキャリア上のピークである為、おそらく、牡牛座ラグナで正しいのである。






その後、1999年3月には、イレウス発症を機に体調を崩し、翌年2000年11月下旬に風邪をこじらせて入院し、一週間後、肺炎のため、急死してしまうのである。



この時、ダシャーは、水星/火星/土星 or 水星期である。



水星はマラカの2室を支配して、8室に在住し、火星はマラカの7室を支配している。



マハダシャーロードの水星から見て、アンタルダシャーロードの火星は、マラカの2室に在住し、マラカの2、3室支配の土星とコンジャンクトしている。



水星は、肺や呼吸器系の表示体であり、8室(突然)に在住して、傷ついており、火星は4室(肺)支配の太陽(身体の表示体)を傷つけている。



この時、トランジットを見ると、土星が12室(入院、隠遁)を通過していることが分かる。





そして、その後、木星も牡羊座に移動して、牡羊座12室(入院、隠遁)にダブルトランジットしてから、土星と木星がラグナに移動して逆行したタイミングで亡くなっている。


逆行している為、12室にもダブルトランジットし、そして、マラカの7室にもダブルトランジットしている。



ラーフ/ケートゥ軸は、2-8軸を通過して、傷つけており、この時、ラグナロードの金星は8室を通過していることが分かる。



マハダシャーロードの水星は6室を通過しており、太陽はマラカの7室を通過し、土星や8室の支配星がラグナをトランジットしていることも注目される。



土星、木星が逆行して、12室に絡み、そして、火星も12室にアスペクトしている。








このように見て来て、鈴木その子は、牡牛座ラグナで正しそうに見える。



鈴木その子は、非常に派手な化粧と衣装に身を包み、度々、テレビに登場したが、そうしたパフォーマンスが、他の牡牛座の人々に共通している。



ラグナが牡牛座でなかったとしても月ラグナは牡牛座であり、ラグナが牡牛座であったからこそ、二重の意味で、牡牛座らしさを発揮したと考えられる。




因みに2021年1月20日の鈴木その子の誕生日に令和版「やせたい人は食べなさい」が出版されたそうである。







興味深いことに鈴木その子の出生図の9、10室支配のヨーガカラカの土星にトランジットの土星がリターンしているタイミングである。


没後、20年、再び、世間から注目され、大舞台に立つタイミングが来たと言ってもいいかもしれない。





鈴木その子プロフィール


1952年 短大卒業後、直ぐに見合い結婚・・・・ラーフ/金星

1974年 父親が亡くなり、遺産が舞い込んできたため、株式会社ときの商事を起業(レストラン経営)・・・・土星/土星

1974年7月 東京銀座に新日本料理店「トキノ」をオープン・・・・土星/土星/太陽

1976年5月 長男・康之氏が事故死(長男・康之氏は無理なダイエットから拒食症を発症し、ベランダから転落死)・・・・土星/水星/ケートゥ

息子の死をきっかけに「鈴木式(現SONOKO式)食事療法」を完成させる(「やせたい人は食べなさい」)

1980年にダイエット本がミリオンセラーとなり、「鈴木式(現SONOKO式)食事療法」が全国的に注目を浴びる・・・・土星/金星

1980年「トキノエバグリーン料理研究所」を開設・・・・土星/金星

1982年 野菜菓子の製造方法の特許を取得・・・・土星/金星 or 太陽

1983年 野菜菓子が「東京都発明特別賞」を受賞する (「株式会社ときの商事」から「株式会社トキノ」へ社名変更)・・・土星/太陽 or 月

1985年 野菜菓子の通信販売開始・・・・土星/月 or 火星

1989年 化粧品事業に参入する(スキンケアライン「トキノコスメ」や「荘」シリーズ)・・・・土星/ラーフ or 木星

1998年 バラエティ番組「未来ナース」にレギュラー出演・・・・水星/金星 or 太陽 or 月

「笑っていいとも!」の準レギュラーに抜擢される

白塗りした仮面のような顔と、テレビ番組出演の際に顔だけ集中的に照明で照らす方法により「美白の女王」として演出(wikipedia 鈴木その子より引用抜粋))

1999年3月 イレウス発症を機に体調を崩し気味になり、翌年11月下旬に風邪をこじらせて入院して1週間後、肺炎のため急死・・・・水星/月/ラーフ

※イレウス(ileus)とは、腸管内容物の肛門側への移動が障害される病態で、腸蠕動が一時的に停止した状態である。腸閉塞(ちょうへいそく、intestinal obstruction)を含むより広い概念(wikipedia イレウスより引用抜粋)





(参考資料)

彗星のごとく現れ駆け抜けた「美白の女王・鈴木その子」とは何だったのか【没後20年】
2020/12/05 12:15 AERA dot.10th

「美白の女王」として、バブル崩壊後の日本で一大ブームを巻き起こした鈴木その子さん。急逝してから、12月5日で20年がたつ。一度見たら忘れられない白さと、バラエティー番組での受け答えのかわいらしさ。それでいて、カリスマ経営者でもあった。関係者の話から、鈴木その子さんの人物像に迫ってみたい。

*  *  *

「わずか3年ばかりのことでしたので、強い閃光を残して白色彗星のように駆け抜けた感が強いです。ブームの火付け役を担ったことは、その後の『猛獣使い』としてのスキルを買われて芸能活動の自信になりました」

浅草キッドの水道橋博士は、このように「その子先生」をしのんだ。意外と知らない人も多いが、浅草キッドの2人こそがテレビの世界に「鈴木その子」を引っ張り出して、世間を熱狂させた張本人なのだ。

 バブル経済が完全に弾けた後の20世紀末、「鈴木その子」は一種の社会現象だった。屋上にその子さんの白い顔の看板が掲げられた銀座のビルは東京の新名所になり、「笑っていいとも」にも准レギュラーで出演、紅白歌合戦にも白組応援団で駆けつけた。いつしか白すぎる顔も「不気味」を通り越して「かわいい」に。育ちの良さを感じさせるキャラクターとあいまって、その子人形や携帯ストラップなどのグッズも大人気になった。

 ただ、浅草キッドの2人は当初、ブームを予見していたわけではなかったという。水道橋博士が振り返る。

「(ブームは)まったく予想だにしていませんでした。その子先生に冗談で言っていた話が現実にかなって目を白黒させましたよ」

 その子さんがテレビのバラエティーに出るようになったきっかけは、浅草キッドの2人が担当していた深夜番組「未来ナース」。その番組で、その子さんの豪邸を探訪するという企画があった。初対面の日、あろうことか、2人はその子さんの面前で以下のような実況をやってのけた。

「場所は目黒ですが、お肌は真っ白、ご本人は、リアル“シロガネーゼ”でしょう」
「誤解しないでください。ここは熱海のホテルのローマ風呂大浴場じゃありません!」
「我々、決してマルサの査察官ではありません」
「フィリピンのイメルダ夫人の隠し財産を調査しているわけではありません!」
「経済ジャーナリストの皆さん!日本のバブルは弾けておりません!この部屋を見れば、内閣府も経済白書を上方修正するでしょう」
「さてさて、さきほどから紹介しているこの家の持ち主は、伯爵夫人ならぬ色白夫人、映画『スクリーム』の白い仮面のモデルになった方です!」

(浅草キッド著『お笑い 男の星座2』より)

 こんなことを言われたら、不快に思っても当然。ましてその子さんは一般人。スタッフは冷や汗をかいていたという。ところがその時、その子さんはプロに委ねるという判断をしたという。その子さんの発言を同書から抜粋する。

「わたくし、テレビはほとんど見たことがないけど、この番組は、確か“お笑い”とか“バラエティー”とかいう、そういう種類のものなんでしょう。この人たちは漫才師なんだかでプロで何年も食べてらっしゃる方々なんだから、いろいろ注文はつけないで彼らを信頼してやりましょう」

(浅草キッド著『お笑い 男の星座2』より)

 語彙が豊富で機知にも富む浅草キッドの2人には全幅の信頼を寄せており、その子さんの会社の部下がクレームをいれようとすると逆にその部下を叱ったほどだったという。ただ、浅草キッド以外のタレントとの共演だとご機嫌ななめになることも。その子さんは芸能界においては素人だが、芸の良しあし、ホンモノを見抜く目は持っていたとういことだ。

 こうしてブームに向かうわけだが、深夜番組の人気コーナーからお茶の間のアイドルになるには大きな転機があった。「その子ライト」の“発明”である。しかし、その説明の前に、その子さんの人生の別の側面を少し紹介しよう。



「やせたい人は食べなさい」

   これは、1980年に出版され、ミリオンセラーになったその子さんの著書のタイトルである。ブームで「鈴木その子」を知った35歳から45歳くらいまでの人は、美容、化粧品のイメージが強いかもしれないが、その子さんの原点は「食」。50代、60代には独自の食事理論を確立した人として知られる。

 その子さんが創業した会社SONOKO(以前はトキノ)は今でも、商品展開は食品がメーン。会員に対する通信販売が大きなウエートを占めるが、ロングセラー商品はその子さんが考案した献立だ。カレーやビーフシチューなどのおかずがセットになっていて、ごはんや調味料などを自分で用意する仕組み。献立は、食品添加物は不使用でノンオイル調理が基本。このSONOKO式のモットーは、我慢しないで、食べてきれいになること。今はやりの糖質カットダイエットとは異なり、炭水化物をとることをすすめている。

「体の中から健康をつくるために、正しい食事にもどすというのがSONOKOの原点。会員の方の中には、摂食障害に苦しみ、食べることが恐怖だった人も少なくないのです。何かを抜く、何かだけだべる、というダイエットは一時的には痩せるかもしれませんが、後から体に不調がきます。鈴木その子に出会って食べられるようになって、救われたという人が多いんですよ」

 と話すのは、2019年6月に8代目の社長に就任した宇田川裕昭氏だ。SONOKOは現在、丸亀製麺で知られる東証1部上場の「トリドール」の完全子会社。宇田川氏も当初は同社の社員として事業に携わっていたが、その延長で社長に就任したという。

「その子さんに恩返しがしたいという会員の方が多く、その子さんが作った会社だからと、歴代社長の名前をフルネームが言える人が珍しくない。そこまで大切にしてもらえるのは、小売りのビジネスでなかなかありませんよ」

 とはいえ、自然食品、無添加、体にやさしいとうたった商品はちまたにあふれている。会員制の通信販売も珍しいものではない。ただ、その子さんのビジネスには唯一無二のストーリーがあった。

鈴木その子(本名 鈴木荘能子)さんは1932年、実業家の裕福な家庭に生まれた。学習院女子短期大学で栄養学を学ぶものの、卒業と同時に結婚して専業主婦に。結婚を機に家庭に入るのが当たり前の時代だった。父親の死をきっかけに42歳のとき、レストラン「トキノ」を開業した。

 開業当初は一般的なレストランで、健康志向の店ではなかった。それが1976年、美容健康料理の店にリニューアル。きっかけは、愛する息子の不慮の死だった。極端なダイエット結果、体力が著しく落ちたことによる事故だった。また、母親は美食による肥満から動脈硬化を患った末に亡くなっていた。

 ただ、こうしたことを初めて公表したのは息子の死から17年後の1992年のこと。当時の新聞の夕刊に「料理研究家の鈴木その子さん 秘話公表」との見出しで記事が掲載された。記事には、予備校生だった長男がマンションの5階から転落死したのは、拒食症による貧血が原因だったと著書の中で初めて明らかにした、とある。それまでの17年間は誰にも話したことがなかったが、「若い人の拒食症がとても多いから、公表することにした」とも。

 食べて健康になれるような「食の理論」を伝える、それが経営理念となった。家族の死を胸にしまいながら事業にまい進。1985年には全国へ通信販売を開始し、食品で体のなかがキレイになったら今度は体の外につけるものを変えたいと化粧品へと事業を拡大していく。

 こうした「事業家その子」の原点を象徴するような話は各方面で聞いた。ブームのさなか、その子さんを直接取材した女性編集者(51)は、真っ白な顔に面食らったものの、その手をみて「この人は本物だ」と思ったという。

「お顔とは対照的に、手がごつごつしていたんですね。あれは料理をする人の手です。それを見た時、ああ、昭和のお母さんの手だって思いました。あの手はすばらしかった」

 経営者でありながら母のような存在。それと符合するような話を宇田川氏もしていた。

「今でも、12月5日の命日にはお墓参りに、会員の方が遠くは青森から来るんです。古くからの会員の方には、レストランで食事をしているとその子さんが来て太り過ぎよっておなかをつままれた、不妊に悩んでいると大丈夫よとおなかをさすってもらったという話を聞きました。学校の先生であり、母親のような存在なんですね」

 ただし、その子さんは宗教家やボランティア活動家ではなったのも確か。例えば、食にこだわりはあったものの、野菜は売らない方針だったという。それは身もふたもない言い方になってしまうが、もうけが少ないから。かといって、「その子さんに人生救われました」という女性の目を見ると、単なる“銭ゲバ”とも違う気がするのだ。人を喜ばせたい。そんな思いを、天性の商売の才覚を発揮して実現した女性だったのだろう。

商売のセンスでいえば、その子さんの死後、会社の業績は低迷。売り上げは右肩下がりで落ちていった。それが、2020年3月期決算では増収に転じた。社長の宇田川氏がやったことの一つは「その子色」をもう一度出すこと。シンボルとしてだけでなく、商売のやり方にもその子色を出した。カタログは、新規会員獲得を狙って手が届きやすいレトルト食品を前に出したり、逆に目玉になるような化粧品やサプリメントを前に出したりしがちだが、献立、食材、化粧品の順番にページを並べ変えた。つまり、レストランから初めて、通信販売、化粧品と拡大していた事業の順番どおりのページ構成だ。

「なじみの会員の方に訴求する効果もありますが、(商売のやり方として)結局、その子さんのやり方が正解だったのです」(宇田川氏)



 さて、話を「その子ライト」と本格的な「その子ブーム」の到来に戻そう。その子ライトとは、あの白い顔をいっそう白くみせる照明のこと。女優やタレントがシミやしわを飛ばす技術として、カメラの外から出演者の顔に光をあてることがある。が、あくまでそれはテレビの視聴者には「ないもの」で、決して映してはいけないもの。

 ところが、だ。浅草キッドの2人はわざとそれを「フレームイン」してしまったのだ。さすがのその子さんも不審に思ったはず。どのように2人は切り抜けたのか。以下、『お笑い 男の星2』を引用させてもらう。

   今まで黙っていたことを告白し、正直に、この“狙い”を白状しようと腹を決めた。
そして俺たちは、お白砂の上の下手人のように緊迫した面持ちで清廉潔白に事の次第を敬白すると、その子先生は一拍おいてこう復白した。
「ふーん。その方が見ている方はおもしろいと思うのね。だったらヨロシイわ。そういうことって、あたくしシロートだから、わからないから、ちゃんと言ってね」

 (浅草キッド著『お笑い 男の星座2』より)

 かくして、浅草キッドの2人によって発明された「その子ライト」。すると不思議なことに未来ナースだけなく、他のバラエティーでもその子さんに対するお決まりの演出になっていった。

 そして、その子ライトによって、その子ブームは加速したのだと、かのナンシー関さんが見抜いていた。

「その後、鈴木その子はだれでもイジることができるようになったが、あの頃はアンタッチャブルなバリアの中にいた。じっと見てはいけないような気がした。しかし、慣れた。なぜか。浅草キッドの先兵としての功績もあるだろうが、照明ネタのネタバラシも大きかったと思う。どんどんきれいになってきているのではなく、どんどんこっちが慣れていっているのだ」

(連載「小耳にはさもう」326回 週刊朝日1999年9月17日号より)

 その子ブームの背景として、もうひとつ、言及しておくべきことがある。なぜ「美白の女王」と呼ばれたのか。当時、その子さんと対照的な存在といえば、日焼けした肌で渋谷を闊歩していたコギャルたち。水道橋博士が次のように指摘する。

「ガングロコギャルブームの反動は大きいと思います。その子先生は、ダイエット本の大ヒットも経験しており、まるでファッションのように、コスメや美容に旬があることを体験的にわかっていましたね。時代の寵児と呼ばれる人はそういう大衆が群れるところに竿を落とす勘所があると思われます」

 ところで、その子さん自身は、ブームを本当はどう思っていたのだろうか。天然キャラで、無自覚だったのか。SONOKOの女性スタッフはこう話す。

「テレビに出ていじられることに対しては、嫌だとか、恥ずかしいとかは思っていなかったと思います。むしろテレビに出ることで、直接会えない会員さんに元気な姿をみせることができるからいいのよ、って言っていたそうです」

 テレビの世界で最も近くにいた水道橋博士も似たような意見を持つ。自らが広告塔となり世間にさらし者になることに躊躇をしていない、前に打って出ていたと。

「ブームには、意志を持って乗っかっていく決断をされていたと思います。社長としての振る舞いとして神輿に乗るのをよしとしていましたね」

 もともと経営者として働き詰めの生活だったが、ブームで忙しさは加速。2000年11月末、パリから帰国すると、銀座の店に立ち寄り、その足で「いいとも」に出演するために新宿のスタジオアルタへ。その子さんは「元気です」と言っていたが、側にいたスタッフにはどこか疲れているように見えたという。

 それが、その子さんが表に出てきた最後になった。12月5日、風邪をこじらせて肺炎のために亡くなった。68歳だった。



 あれから、20年の月日が流れた。

 2021年1月20日、その子さんの誕生日に令和版「やせたい人は食べなさい」が出版される。白米のごはんを主食にするその子さんの食事法を紹介する内容だ。最近の糖質カットダイエットへのアンチテーゼでもあるという。

 水道橋博士いわく「美容に旬があることをわかっていた」その子さん。生前、やり残したことがあるとも口にしていたとか。

 彗星のごとく現れ、去っていったカリスマ。再びブームはわき起こるのだろうか。(AERAdot.編集部/鎌田倫子)
参照元:彗星のごとく現れ駆け抜けた「美白の女王・鈴木その子」とは何だったのか【没後20年】
2020/12/05 12:15 AERA dot.10th

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コメント

コメント一覧 (8件)

  • 秀吉先生、

    鈴木その子懐かしいですね。

    鈴木その子は横井英樹との因縁が有って、父親が相場師で、横井に負けて田園調布の自宅を取られたそうなんですが、鈴木その子は晩年、そこを500億で買ったんですよね。
    でも、自宅を建設途中に病気で無くなって…結局そこは売ったようですが…

    なんだか、執念と因縁を感じますねぇ…
    • それは興味深い情報です。
      鈴木その子は土星と火星が山羊座で強い配置にあり、強力な実行力があります。
      太陽が9室に在住し、2つの凶星から傷つけられています。太陽が9室という配置は父親にとっては良くない配置です。
      そういう意味で、非常に興味深い配置です。4室支配の太陽が9室に在住しており、不動産と父親との関わりを表わし、また父親の4室から見た4室支配の火星も山羊座に在住しています。
      山羊座というのは、父親にとっても鈴木その子にとっても不動産を表わしています。
      おそらくそうしたカルマは山羊座の中で、表されています。

      因みに以下のサイトによれば、鈴木その子が御殿を建設していた土地は横井英樹氏から13億6千万円で購入したと書いてあります。
      https://all-souzoku.com/691/
      50億円で建物を建設する予定だったようです。

      500億円というのはどこから出て来た情報ですか?データソースなどもお願いします。

      鈴木その子のラグナが本当に牡牛座で良いのかについてはまだ検討の余地があります。
  • 秀吉先生、

    マラカの2室、7室の話ですが、
    生命力を表す8室とその本質を表す3室を失う12番目の部屋…ということですが、

    8室や3室に表示体があれば、生命力が増す、というパターンもあるのですかね?
    • 表示するハウスに表示体となる惑星が在住すれば、表示するハウスの象意は良くなるという解釈はあります。
      8室に土星が入ったら、長寿であるという解釈がありますが、それは8室が寿命のハウスであり、土星が寿命の表示体である為、そのような解釈が生まれたという可能性はあります。
      3室は8室から見た8室目のハウスで8室の本質のハウスですが、3室に土星が在住したら長寿であるという解釈は聞いたことがありません。

      その他、8室に吉星が在住していたら、明らかに生命力は増すと思います。
      8室は、性的エネルギーの源、クンダリーニなども表わしており、ここが強いことは健康にとって非常に重要です。
  • 秀吉先生、

    500億じゃなくて、50億でしたね。

    親子や一族でカルマを共有するのか、似たようなカルマの魂が一族、家族として生まれてくるのか、インド占星術で見ても西洋占星術で見ても親子や親戚だと天体の配置や組み合わせに系統が見られるのが面白いですよね…

    2室−8室の軸って、財産にも関係してくるし、生命にも関連してくるし、まぁ、元々8室は宿命や運命の強制力を表すんでしょうけど、諸刃の剣でどう転ぶのか、気になりますよねぇ…
  • 牡牛座の前回の記事で連想したのが、氷川きよしとマツコデラックスでした

    男性で化粧をするなど、美意識が強い特徴を思い浮かべていたら、有名ブロガーで男性が化粧をしていたのを思い出し、月が牡牛座だったかと思います

    マツコデラックスはすでに記事にされていて認識されてると思いますが、氷川きよしも生まれた時刻が遅い時間でなければ、月が牡牛座になるようです

    周りでも知り合いの女性の金星が牡牛座でしたが、お化粧好きで、男友達に化粧してあげたりするほどでした

    そういえばフレディマーキュリーも映画の中で彼女に化粧されて喜んでましたね


    私も月が牡牛座にありますが、化粧は好きではなく、しないことを友達に注意されたことがあります

    ナチュラルとか、ヒッピー傾向にあるとも言われたことがあります

    おしゃれは好きですが、そこまでお金をかけたいとは思ってなくて、それは月が支配する蟹座にケートゥがあるから?と思ったりしてます
    • 牡牛座ラグナの化粧経験の事例ありがとうございます。

      氷川きよしは、ラグナを検討してますが、月ラグナは牡牛座ではないかと思います。

      月ラグナが牡牛座であれば、月と金星が1-3の星座交換し、芸能人の典型的な配置となるからです。

      但し、通常のラグナを特定するのは容易ではありません。
      • 最近の氷川きよしさんのイメージは性別にとらわれない印象ですが、双子座に木星と火星が近い度数でありますね

        ジェンダーフリー?は水瓶座からくるのかと思っていましたが、氷川さんのチャートに水瓶座は空っぽで、秀吉さんのブログですでに何度か言及されてますが、双子座だったと、学ぶ機会になりました

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