NHKスペシャル「詐欺の子」から考えたこと ― 万人の万人に対する闘争・リバタリアニズム的世界-

先日、NHKスペシャルの「詐欺の子」というドラマを見た。

振り込め詐欺の実態について詳細に描いている作品である。

そこには善と悪が入り乱れて交錯し、人々に考えさせる内容となっている。



NHKスペシャルの「詐欺の子」より 「受け子」に現金を渡す夫人


印象的なのは、詐欺がまるで会社組織のようにそれぞれの役割分担が明確に決められており、その役割の担当者は自分の仕事の内容を知っているだけで、全体を統括しているリーダー格の人間は、末端の実行部隊の人間と面識もなく、電話で話すぐらいである。

何かあった時にトカゲのしっぽ切りを行なえるようにリーダー格の人間は現場の実行部隊の人間とは直接会わないのである。

実行部隊の最前線の人間は、ターゲットとなった家に現金を受け取りに行く「受け子」という役割である。

あるいは「受け子」をターゲットの家に運ぶ車の運転手なども実行部隊の一部である。


そのターゲットとなる家に電話を掛けるのが電話担当であり、これが詐欺の電話営業部隊である。


先日、タイで日本人15名が摘発されたとのニュースが報じられていた。


電話代が安いタイから日本全国に電話を掛けまくっていたようである。


“振り込め詐欺”日本人相次ぎ逮捕 「ほほ笑みの国」で何が?
FNN.jpプライムオンライン 2019/03/30 18:02

「ほほ笑みの国」タイで、“振り込め詐欺”に関わったとされる日本人が相次ぎ逮捕された。

タイの首都バンコク。

FNNは29日夜、ある住宅に警察が踏み込む様子をとらえた。

逮捕されたのは、三重県出身の日本人、橋本和也容疑者(38)。

タイ警察「日本のコールセンターを知っているか?」

橋本容疑者「はい、わたしの友達です」

2013年、奈良県在住の75歳の女性に対し、「あなたの銀行口座が詐欺の被害に遭っている。現金を引き出し、銀行協会の職員に渡してほしい」と警察官を装い、うその電話をかけ、800万円をだまし取った疑いで奈良県警などに指名手配されていた。

逮捕後、橋本容疑者から話を聞いた。

橋本容疑者「関係しているものもあるというのは、自分の中でわかっていますので、その中でやったことというのは、ちゃんと話そうと思っている」

近く、橋本容疑者は、日本に送還される見通し。

一方、タイのリゾート地パタヤ近郊でも29日夜、振り込め詐欺グループのアジトとみられる住宅が摘発された。

不法就労の疑いで逮捕されたのは、日本人の男15人。

部屋には、およそ50台の電話機が置かれていて、インターネットを使った通話料金の安いIP電話で、日本に振り込め詐欺の電話をかけていたとみられている。

「3月 個人目標」と書かれた紙が貼られ、名前の横には、売上、受電数などが書かれていた。

逮捕された男「(逮捕されたが、そのことについてどう思う?)さあ」、「(日本に電話掛けていたのでは?)コップンカップ(ありがとう)」

振り込め詐欺の被害者は、およそ500人。

被害総額は、およそ9,000万円にのぼるとみられている。

日本の警察の捜査網にかからないように、タイから電話をかけていたものとみられる。

逮捕された15人は、調べに対し、「覚えていません」、「掃除をしていました」などと話し、詐欺について認めていないという。


例えば、「息子さんが大変なトラブルに巻き込まれたため、直ぐに200万円の現金が必要になりました」などと言った詐欺の電話をかけ、親は息子を救いたい一心で、現金の支払いに同意する。

電話担当者は、「これから会社の〇〇を向かわせますので、その○○に現金を渡して下さい」などと騙された親に説明し、「受け子」というのは、会社の〇〇を装って、現金を受け取りに行く担当である。


警察がもし覆面捜査などによって、その現場の「受け子」を取り押さえたとしても、電話担当やリーダー格の人間は、「受け子」とは会ったこともないということで、トカゲの尻尾切りを行ない、「受け子」が組織に不利な供述をしないように裁判の模様を傍聴席から監視し、組織は「受け子」を脅して、口封じするような弁護士も抱えているようである。


ドラマではその辺りの詳細が描かれていた。


つまり、振り込め詐欺というのは、組織犯罪の体裁を整えており、組織暴力団予備軍、あるいは組織暴力団そのものかもしれない。






ドラマは何故、「受け子」に関わることになったのかという疑問について、「受け子」は、家庭に問題を抱えていて「受け子」のアルバイトがスリルがあり、仲間意識や寂しさから免れられる面があったりといったお金目的だけではない複雑な動機を描いている。


また実家が貧しく、「受け子」で得た搾取金で親に仕送りをする姿などについても描いている。



私がドラマの中で、一番衝撃を受けたのは、リーダー格の人間が詐欺電話営業部隊のメンバーに対して、イデオロギー的に洗脳している姿である。


リーダー格の人間はこれからメンバーとなる人間に対して、昼間の時間帯からゴルフに興じている裕福な老人たちの姿を見せて、「彼らは沢山の年金をもらって安楽に過ごしているが、お前たちは、汗水たらして働いてもたいした給料はもらず、貧しいままだ。それは何故か?」といった問題提起をし、不平等について説き聞かせるのである。



「彼らは何故、そんなに安楽に暮らせる金があるのか、また何故、彼らはポンポンと100万、200万の大金を簡単に支払うことが出来るのか?それは彼らは、金が余っているからだ。」


リーダーの論理は、最終的に自分たちが行う詐欺の活動を「老人の口座に眠っている『死に金』を社会に還元する大義ある活動」として位置づけるのである。






我々が老人の口座に眠っているお金を社会に出させてあげて、それで社会にお金が回るようにすることが社会に対する善なのだという都合の良い論理で、メンバーを説き伏せ、お前たちならできるとして、お前たちならやれるよなと、「俺たちの金を取り戻せ」として、イデオロギー的に詐欺の活動に大義を与えるのである。


大義を与えられたメンバーは、この活動を善だと信じて、自分の意志で、積極的に活動し始める。






ドラマのこの辺りの場面は、人間が組織的に自らの意志で行動するには、イデオロギーが必須であり、組織管理におけるイデオロギーの重要性について描いているのであるが、それが鬼気迫っていて、このドラマを秀逸なものに仕立て上げている。


まるで、イスラム原理主義組織のリーダーが、メンバーを説き伏せて、敵であるアメリカを倒すため、自爆テロを遂行すれば、死後、天国で暮らすことができ、親族、一族には名誉が与えられると洗脳している姿にそっくりである。


お金や利益といった単純な動機だけでは人は動かず、そこにイデオロギー的な洗脳が加わることで、組織としての力が生まれるのである。


それは宗教と同じである。



詐欺師集団が、何故、それ程の組織的な詐欺のグループを作ることが出来たのかと言えば、その辺りが関係している。



この詐欺師のグループは、市場原理主義の殺伐とした、競争原理の中で、登場したのである。



自分自身の利益だけを考える自己中心的な殺伐としたリバタリアニズム的な世界観がそこにある。



リバタリアンにとって「社会」や「他人」は存在しないのである。



本来、思想的には、リバタリアニズムとは、他人に迷惑をかけなければ何をしてもいいという思想である。



従って、売春をしたり、麻薬を摂取したりといった反社会的行動は、その当人が自由意志でしている分には何の問題もないという思想である。



実際の所、リバタリアンは「他人に迷惑をかけなければ」という但し書きを付けているのではあるが、その辺りの基準が非常にあいまいで、しばしば独善的な倫理感、自分に都合のよい道徳観などによって、社会や他人に迷惑をかけることが多いのである。



リバタリアンは、自分のしている行為の社会に対する影響とか社会に対する責任というものはほとんど考えずに自分の自由は極限まで主張し追求する。



リバタリアニズムは、しばしば日本では急進的自由主義、あるいは、自由至上主義などと訳される。



このリバタリアニズム的な世界観は、主に蟹座、そして、蟹座から見た10室(行為)である牡羊座が主に示す世界観である。



あるいや、牡羊座、蟹座、山羊座、天秤座などのグループが示す世界観といってもいいかもしれない。




因みに組織暴力団などは、リバタリアニズム的な発想が強い。




東日本大震災(3.11)の時、大量のATMの被害があったが、組織暴力団が関わっていたと言われている。




「他人に対する迷惑をかけなければ」というリバタリアンの但し書きは、容易に独善的な道徳観念に辿り着くのである。






このNHKスペシャルの「詐欺の子」では、詐欺という犯罪は、詐欺をする当人たちの責任ばかりでなく、社会問題として考えなければならないという視点を保持している。



市場原理主義、弱肉強食の世界において、まともなやり方では生きていくことが難しくなった人々が詐欺を働くのである。



一番、末端の弱者であり、倫理的文化的な洗練度においても教育においても経済的な面においても、最も弱い末端の数パーセントから詐欺などに手を染めていくと考えられる。



反社会的傾向が強いものは詐欺師になり、強さがないものは生活保護などに頼るかもしれない。



いずれにしても詐欺や生活保護などが増えて社会不安が増しているのは、政治、経済の運営の仕方に問題があり、そこに正義がないからだという考え方が必要である。




是枝裕和監督の『万引き家族』という作品がカンヌ国際映画祭・最高賞(パルムドール)を受賞し、米国アカデミー賞・外国語映画賞にノミネートされもしたが、犯罪に手を染めた家族の中に小さな幸せや愛情の物語があり、そうした犯罪に手を染めざるを得ないように追い込んだのは、社会正義の欠如、政治経済の問題という強烈なメッセージがあった。


そして是枝裕和監督が、文科相の祝意を辞退したのも、映画の内容が日本の現政権に問題提起をし、批判するような内容であった為である。


是枝監督、文科相の祝意を辞退 「公権力とは距離保つ」
2018年6月8日20時39分

 「万引き家族」でカンヌ国際映画祭の最高賞(パルムドール)を受賞した是枝裕和監督(56)が7日、林芳正文部科学相が対面して祝意を伝えたい意向を国会で示したことに対し、「公権力とは距離を保つ」として祝意を辞退する考えを自身のサイトで明らかにした。

発端は7日の参議院文部科学委員会。文化政策について尋ねた神本美恵子議員(立憲民主党)が、安倍晋三首相がノーベル平和賞を受賞した「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」に祝意を示さなかったことをあげ、「好きな人だけお祝いをするのはいかがなものかと思う」と指摘。その上で、林大臣に「ぜひ近いうちに(是枝監督に)祝意を述べていただきたいのと、総理にちゃんとやりなさいと言っていただきたい」と述べた。これに対して、林大臣は「大変いいアイデアをいただいた。来ていただけるかどうかわからないが、お呼びかけはしたい」と答弁した。

 一方、是枝監督は同日付で「『祝意』に関して」とする文章をサイトに掲載。受賞を顕彰したいとする団体や自治体からの申し出を全て断っていると明記し、「映画がかつて、『国益』や『国策』と一体化し、大きな不幸を招いた過去の反省に立つならば、大げさなようですがこのような『平時』においても公権力(それが保守でもリベラルでも)とは潔く距離を保つというのが正しい振る舞いなのではないかと考えています」とした。

 林大臣は8日朝の閣議後会見で改めて、「国会で祝意を表したつもりだが、もし受け入れていただけるのなら、改めて祝意は述べたい」と話した。



私が衝撃を受けたのは、NHKスペシャルの「詐欺の子」のリーダー格が主張する「俺たちの金を取り戻せ」という独善的な論理が、一部、真理を含んでいる点である。



確かに戦後、高度経済成長期に従順に企業において定年まで働き、年金を受け取っている老人たちが、振り込め詐欺で、ポンポン100万、200万の金を振り込んでしまうのは、金が預金口座に余っているからである。


そもそも貯金などがない若者たちとは大違いである。


そして政府は年々借金を積み重ね、その返済を後年の世代(現在の若者たち)につけを回している。


積み立てられた年金も老人たちの払い出しに使われて、年金基金は、制度崩壊し、若者たちに払い出す時には原資がもうないものと考えられる。


富裕層への税金の優遇やGPIFの資金を使った経団連関連企業への株式購入など、法律を定めて社会正義を行なうはずの国家自体(政治家、官僚、財界など)が、不正義の温床になっている。



例えば、最近、サウジアラビアのムハンマド皇太子がジャーナリストのカショギ氏の暗殺事件に関与した疑いがもたれ、CIAがクロと判定したが、国家権力の中枢にいる人物の法律や道徳を無視した行為が目立っている。


インドネシアでの金正男氏の暗殺事件なども金正恩が関与したと考えられているが、そうした権力者たちの何でもありの行為が公然と行われている。


コインチェックの580億円分のNEM流出事件なども北朝鮮などが国家ぐるみでサイバー攻撃を仕掛けた疑念がもたれている。


アメリカ、ロシア、中国など、国際政治の舞台の攻防などは、ルール無用のぶつかり合いであり、最近では、中国のファーウェイの幹部が逮捕された報復措置として、カナダ人を大量に逮捕するなど、アメリカと中国の攻防は、平常時の戦争といってもいいかもしれない。


宣戦布告などもない国際法のあらゆる法規の及ばない力と力のぶつかり合いである。



世界的に見て、最も大きな共同体である国家でさえもこの調子であるので、それよりも小さな共同体、組織などでも詐欺が増えている。



例えば、仮想通貨のICOなど70%は詐欺であると言われている。



国益がぶつかり合う世界における現実は、弱肉強食の論理で動く、リバタリアニズム的な世界観そのものである。




個人を裁くのは国家が定めた法律であり、裁判官であるが、それでは国家の行為(すなわち、国家の中枢部にいる政治家、官僚、財界人の行為)を裁くことが出来るのは誰なのか?



それは国連ではありそうにない。国連には警察もなければ軍隊もないし、権力機関として国家を裁くことは出来ない。



国家を更にその上から裁くことのできる国際機関というものはないのである。



国家を裁くことが出来るのは、他の国家の良識だけであり、他の国家の良識は国民が形成するものである。



アメリカ合衆国憲法によれば、もし政府が不正や不正義を行なった場合、人民は武器を持って立ち上がる権利があると規定されている。



つまり、個人を裁けるのは、国家の法律や裁判官であるが、そうした国家の法律や裁判官を運用している国家エリートたち(国家の中枢部にいる政治家、官僚、財界人の行為)を裁けるのもまた国民である。



NHKスペシャルの「詐欺の子」のリーダー格が主張する「俺たちの金を取り戻せ」という独善的な論理が、一部、真理を含んでいたことに衝撃を受けたと書いたが、但し、何の罪もない人々から金を搾取して、不幸に陥れた罪は免れ得ない。



然し、そうした詐欺師たちを裁く国家権力の運営者たちも、裁かれる側になり得るのである。



政治に正義がなく不正義がはびこれば、それは当然、国家という機関を使って、国民に対して不正行為(詐欺行為)を行なっていると判定され得るのである。



私がNHKスペシャルの「詐欺の子」を見て思ったことは、振り込め詐欺などの詐欺師たちの集団は、人を不幸にしたという点で罪がある。



国家も同じ穴のムジナだということである。国家権力も容易に腐敗し、人を不幸に陥れる力を持っている。



従って、国民は不断に国家権力を監視し、国家の運営者(国家の中枢部にいる政治家、官僚、財界人)たちの行為を監視しなければならないのである。



その不断の活動によって社会正義は担保される。



一般市民は、もっと賢くなり、強くなって、政府の不正を正せる位にならなければならないし、もっと政治参加や政治的なスタンスが必要である。



もっと普通の一般市民が知識を持ち、判断力を養い、政治的人間になる必要があると考えられる。



そうしないと社会の不正への怒りは、政府に向かわずにリバタリアニズム的なとにかく自分がこの社会混乱の中で生き抜いていけばよいという発想にしかならない。




このように国家というものは容易に腐敗し、その国家官僚が制定する法律も正義を反映したものであるかどうかは疑わしいのである。



それでは善悪の判断とか正しさについて何を担保にすればよいかというと、それは最大多数の幸せという観点から判断するのが妥当だと思える。



詐欺師の行為について言えば、自分たちの利益の為に大勢の人々を不幸に陥れたため、それは悪である。



然し、例えば、外国の軍隊が攻めてきて、それをそのままに放置したら国民の大勢が死ぬという場合、外国の軍隊を迎え撃つのは善である。



もし国家が定めた法律であったとしてもそれが著しく不平等なもので、それによって多くの国民が苦しむとすればそれは悪である。




・・・このようにブログを書きながら、考察しているといつの間には、私の結論は、どこかで読んだことのある理論に似ているのに気づいた。



それは、「最大多数の最大幸福」、ジェレミ・ベンサムの功利主義の理論である。



全く意図せずに私は、ジェレミ・ベンサムの功利主義の結論に達していた。



ベンサムの功利主義や道徳理論は、極めて、外面的な理論である。



私の理解では、カントの道徳理論だと、道徳的行為とは、その行為そのものの為に行うのである。



従って、功利主義的な「誰かを不幸にしているかどうか」といった頭の中での計算は行なわない。



道徳とは、普遍的な法則として、各人が感じ取るものであって、直感的にこれは悪い行為で、これは善い行為だと気づかなければならないのである。



ベンサムの功利主義の方が、圧倒的に分かりやすい理論で、詐欺の実行犯のメンバーにカントの道徳哲学を説いてみた所で、誰も理解出来ないと思われる。



それよりもあなたの詐欺の行為によって、苦しんでいる人が大勢いる。



その人たちの幸せを奪ったのが、あなたの行為なのだという指摘の方が、最も理屈にあっている。



然し、本質的なことを言えば、道徳とは魂との接触、融合度に応じて養われる善悪に対する感性である。



であるから、その行為は良くないことで、気が進まないから行わない。



その行為をしたくはないというのが、自然な発露としての道徳心である。



嘘をつくのも嘘をつくと気持ちが悪いから嘘はつかないのである。



つまり、カント哲学で言う所の道徳とは、目的なき行為である。





私は最近、悪の起源というものに非常に関心を持っている。



悪とは何か?何故、西洋文明は過去においてアジアへの侵略や殺戮を繰り返したのか。



日本は戦後、自虐史観を受け付けられてきたが、アジアを開放したという歴史の一面があり、台湾やインドネシアから日本統治時代を懐かしむ声も多い。



日本はどの程度の悪を行ない、どの程度の善を行なったのか。



日本の本当の歴史、ありのままの真実を知りたいと思っている。



人類に何故、悪が発生したのか。



フリーメーソンや神秘主義、秘密結社の歴史などとも絡めて、それらの関連書籍などを読み漁っている。



そうした書籍から興味深い情報が得られているので、また別の記事で紹介したいと思っている。


















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