資本主義の共産主義化について



共産主義が失敗した理由は、物価や供給量を中央の共産党指導部が管理しようとすると莫大な人材と労力、時間が必要になるため、全く現実性を欠いていたからである。

そのため、5カ年計画など大規模な計画経済を行なっても人々のニーズに細かく対応することができる経済を作り出すことが出来なかった。

物は常に不足し、また労働者のモチベーションも低く生産性も上がらなかった。

それで共産主義国、ソ連などでは物を買うために行列が出来るお馴染みの光景が出現した。


つまり、全く経済合理性に欠けていたのである。

その為、共産主義は崩壊した。


そして、共産主義のように中央の指導部で物価や供給量を管理するよりも、自由市場が需要と供給の均衡点により物価を自動的に調整する方がよりコストが安かった。

それで、今も尚、資本主義が続いている。


然し、今、資本主義は円熟期を迎えていて、市場を独占する企業が出現し始めた。

売買や人間のコミュニケーションなどあらゆる人間活動がインターネットを媒介にして行われるようになって来たため、インターネットを制した企業が市場を独占するようになった。

GAFA(グーグル、アップル、フェースブック、アマゾン)の4社は市場を独占するタイプの企業であり、最近、この4社の市場独占について語られることが多くなっている。


そうした企業が今、一番力を入れているのがビッグデータと人工知能を活用して、顧客のニーズをとらえて、その人が欲しがりそうな物を提案していく仕組みだったりする。

例えば、アマゾンのAIが顧客データを分析し、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」と勧めてくる商品は買いたい商品ばかりである。

特定の書籍を買うと芋づる式に提案された本を買ってしまうことが度々ある。

そのうち人類全ての需要と供給が顧客のビッグデータを解析することでAIによって把握されてしまうことが予想される。

人々のニーズを細かく分析し、製造業では受注生産方式なども発達して、在庫を抱えることもなくなって来ている。


かつて共産党指導部が夢見たあらゆる国民のニーズを分析し、需要と供給を完全にコントロールすることが、インターネット、ビッグデータ、人工知能によって可能になりつつあるのだ。

先日、ある郊外の街で、急にHDMIケーブルが必要になって買おうとした所、以前あったスーパーマーケットが閉店しており、以前あった電気の小売店なども全くなくなっており、どこにもHDMIケーブルを買うことが出来る店はなかった。

Amazonや電気店にネットで注文するか、都心部の大型電気量販店などに行かないと買うことが出来ないのだ。そういう時代である。


従って、以前、沢山の小売店で賑やかだった街は、店が全くなくなっており、最近、建て替えた市役所の立派な建物とだだっ広い前庭にぽつんぽつんと2、3の人影があるぐらいで、まるで、ソ連のクレムリン広場のような何もない殺風景な空間があるだけだった。


その街の光景は、昔、テレビで見たソ連の街並みによく似ていて、商店が全くなく殺風景な空間なのである。


スーパーマーケットが閉店しても新しい店がオープンする気配はなく、跡地は住宅になるか、あるいは駐車場になるかぐらいしかない。


つまり、工場や配送所から直接、個人宅にネットで注文された商品が届けられるという文化が浸透して、もはや小売店は全く売り上げを上げられなくなってしまったのだ。


それでかなり小売店の数が少なくなってしまった印象がある。



最近、ベーシックインカムという議論が盛んになってきたが、その根底にある理論は、税金を徴収して福祉を充実させるよりも、直接、お金を国民一人一人に配った方がコストが安いという経済合理性について主張している。


大規模な福祉や徴税システムを維持するには、その事務作業、会計処理などを行なう莫大な人材や労力などのコストが発生する。


ベーシックインカムは、これらのコストを不要にするため、経済合理性が高いのである。


経済合理性が高いことはやがては実施されることになる。それは時間の問題である。



そうすると、西洋近代合理主義が推進した強欲な資本主義は、ついに人類に健康で文化的な最低限度の生活が維持できるぐらいの保障をベーシックインカムなどの直接的な手法で与えた方が、自分たちの利益や経済的な支配力を最大化できるという理解にまで、まもなく辿り着くのである。


かつて、フォード自動車で初めて、週休2日制を導入した時も、その方が労働者の生産性が上がることに気づいた結果であった。


だからフォード自動車が行った「週休2日制」という労働者へのプレゼントは「経済合理性」を突きつめた結果である。




フレデリック・テイラーというアメリカの技師が、労働者の作業や道具の標準化を図り、仕事を細分化し、それに擁する時間を計測して、合理的で効率的な生産現場の革命をもたらしたのである。(以前の記事『フレデリック・テイラーの科学的管理法』参照)




これが後に大規模工場での多数の単純労働者の単純作業の組合せによる効率的な生産ラインをもたらし、また資本家の利益も最大化することになった。


そして、後にこれが機械(ロボット)によるオートメーション化をもたらした。



この時、フレデリック・テイラーのこの科学的管理法に熟練労働者たちからなる労働組合は、単純労働者に仕事を奪われるため、大反対したのである。


そうした仕事の工程の細分化が、ロボットによる作業を可能にして、最終的には人工知能で制御された完全無人の工場を作り出すのである。


最近、無人のコンビニなどが出現し始めたが、資本家たちは、自分たちの利益を極大化するために経済合理性を追求するためにそれを求めている。



しかし、こうして経済合理性を追求した結果、不必要になった労働者たちの生活を支えるための莫大な社会的コストを支払う必要性が生じたのである。


何らかの手を打たないと社会不安は増大し、フランスで現在、起こっているようなデモも多発してしまい、自分たちが作りだした経済的支配体制も揺らぎかねず、また社会的損失にも多大なものが生じてしまう。



そこで最終的に経済合理性のゆえにベーシックインカムを導入せざるを得ないのである。



そして、その結果、労働者は労働から解放されることになる。



かつて、フレデリック・テイラーの科学的管理法に反対した労働者たち(熟練工)もそこまでの未来は見通せなかったということである。




これが資本主義の共産主義化である。



資本主義の円熟した最終形態は、共産主義なのである。



これが今、水瓶座の時代に入っていくにつれて起こりつつある出来事である。



最近、ビットコインが再び、上昇トレンドに入ったようだが、ベーシック・インカムを実施する上で、鍵となるのが、仮想通貨である。



ベーシック・インカムの導入は、経済合理性を追求しなければならないため、既存の政府機関や銀行業界で、その仕組みを実施するのではコストがかかり過ぎる。



ベーシック・インカムが、仮想通貨で支払われるのであれば、簡単で、低コストで実施することができる。



これまでのお金は政府が国債を発行して日本銀行から日本銀行券を購入したものである。



政府がこの日本銀行券に法的通用力を与えて市場に流通させているが、この物理的紙幣や貨幣の維持管理、そして、銀行ネットワークを用いた振込みの仕組みでは、コストがかかり過ぎる。



仮想通貨であれば、こうしたベーシックインカムという仕組みをほとんどコストなしで実施することが出来る。



仮想通貨の本質とは、こうした政府と中央銀行、市中銀行によるお金の仕組みの維持運営を民間の個々人のコンピューターパワーを使って行なおうというものである。



やがて、エネルギー革命が起こり、核融合や変換効率の良い太陽光発電など、安価なエネルギーが使用できるようになると、仮想通貨が無尽蔵にマイニングできるようになる。



つまり、それはお金が有り余っている世界である。



お金は有り余って、全ての人が十分に持てるようになるため、それはお金がいらない社会の一歩手前である。



そして、それが訪れる時には、人々の必要物を工場から直接配送する流通の仕組みがAmazonのような巨大企業によって作り上げられているのである。



人々はインターネットで何でも自由に注文すれば、翌日には品物が自宅に届くといった便利な生活を送ることになる。



その支払いは、自分でマイニングした仮想通貨、あるいは、ベーシックインカムとして政府から支給された仮想通貨で行うのであるが、エネルギーが無料になったら、その支払いの意味もやがてはなくなってしまう。



このようにして進化した資本主義は、共産主義社会となるのである。



但し、その共産主義社会は、ソ連のような一党独裁の管理者による全体主義的な社会ではなく、リバタリアニズム社会主義といったものである。



人々は、今だかつてないほどの自由を享受し、政府の機能は、警察、軍事、インフラ管理(ガス、水道、下水道、公共交通機関)などに限定され、限りなく小さい政府となる。



リバタリアンとは、政府を嫌い、社会を認めずに個人的な最大限の自由を追求する急進的自由主義者(自由至上主義者)である。



そうした人々が政府を意識せずに自由を満喫できる社会主義が、リバタリアニズム社会主義である。



資本主義の経済合理性がこのまま進んで行けば、これが民主化運動などとも連動して、上記のような社会を作り上げていくと考えられる。



こうした社会のリーダーたち(管理運営者)とは、やはり、現在、注目を浴びているGAFAの経営者のような人物たちが担うことになると考えられる。



但し、ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモデウス』やヒトラーの予言で示されたような一般大衆にサービスを提供する側の有能な超人たちと、サービスを享受するだけの一般大衆というような二分化が進んでしまうかもしれない。



そうした問題は残るものの、無料で何でも欲しいものが手に入る社会、そして、システムを脅かさない限り、許される最大限の自由を享受することが出来る。



それが資本主義の共産主義化の意味であり、資本主義を推進した理性の光が、純粋理性として最終的に人類を桃源郷(リバタリアニズム社会主義=共産主義)に導くのである。


















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