ウクライナでのロシアとアメリカの激突はその前から準備されていた

最近、古村治彦著『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』を読んだが、非常に参考になった。







この本は、ロシアのウクライナ侵攻前に書かれた本であるが、バイデン政権というのは、政権内に多くのヒラリー・クリントン人脈が入っており、好戦的な軍産複合体(ネオコン)が、ドローンや軍事衛星を使ったサイバー戦争を起こそうとしていたというのである。


ヒラリークリントンが大統領になったら『第三次世界大戦が起こる』と言われていたことを考えると、バイデン政権が、好戦的で、NATOの拡大を推し進めて、プーチンのウクライナ侵攻を招いてしまったことに納得できる。


次から次へと莫大な戦費が必要になるが、そうしたものは全て軍産複合体(兵器産業)の利益となる。



実際、ロシアとウクライナの戦争とは、ロシアとアメリカの戦争であり、CIAがウクライナ軍に軍事訓練を施したり、情報提供したりして、ウクライナ軍が、対戦車ミサイルやドローンの使い方などに習熟した結果、ロシアの戦車部隊を倒すことが出来たと言える。


まさにオバマ政権の時代から推し進めてきたサイバー戦争の手法が、ウクライナの勝利をもたらしたと言える。


一報で、ロシアの方は、第二次世界大戦の時と変わらない方法で、戦っていたようである。



私は、実は、中国やロシアのような自由や民主主義のない全体主義体制が拡大するよりもアメリカのネオコンによる世界統一(世界政府)の方がましではないかと思っている。



ネオコン(新保守主義)は、元々は民主党内にいたトロツキーの世界革命論を信奉する人々で、アメリカの力で世界に民主主義を広めて、世界政府を作り、そこにアメリカの主権を溶解させようと考えている人々である。



民主党の介入主義の元祖は、ケネディー大統領で、アメリカは世界の警察という考え方であるが、世界の独裁者が国民を圧政によって苦しめている時、そこに介入して、その苦しめられている国民を保護するという考え方である。



この考え方は、善意に基づいたものであり、これがアメリカが世界の警察と呼ばれる理由である。



この介入主義という考え方と、ネオコン(新保守主義)は、少し質的に違うことは明らかである。



介入主義は、虐げられている国民がいた場合に仕方なく、その国の政治に介入するという考え方であり、積極的にそれを行なうという考えではない。



ブッシュ政権内部にいて、アフガニスタン戦争やイラク戦争を引き起したネオコンと、介入主義を同じだと考えることは出来ない。



ネオコンは、アメリカの力で民主主義を世界に広めるという考え方だが、軍産複合体に利益を与える為に戦争を起こさなければならないのである。



介入主義という善意の政治思想とは、質的に異なっている。



世界政府を作れば、もはや戦争もなくなり、国連軍が、犯罪者やテロリストを取り締まり、世界は平和になるという思想である。



それはある程度、正しいのではないかと思われる。



例えば、日本の戦国時代は、戦に明け暮れていたが、徳川時代になって全国を統一すると、それで戦争は無くなったのである。



最終的に警察機能を備えた世界政府を作るという発想は、人類の歴史を考えても妥当に思われる。



そして、古村治彦氏によれば、バイデン政権内で、ネオコンとは、距離を置く人々(ジョン・ケリーやスーザン・ライスや、サマンサ・パワー)が、グレートリセットを目指しているという。



従って、ネオコンの人々は好戦的でタカ派で、軍産複合体の利益の為に戦争を引き起すような悪人が多いが、もう少しハト派で、環境問題や格差問題などの解決の為にグレートリセットを目指すような人々もいるのである。



グレートリセットは、環境破壊などで危機的状況にある世界を救うための最後の手段であると言ってもいいかもしれない。



古村治彦氏は、グレートリセットをコーポラティズムだとして批判しているが、グレートリセットが目指すステークホルダー資本主義に問題があるのであれば、どうやって、世界資源を食い尽くしたり、格差社会を引き起す、株主資本主義を食い止めることが出来るのだろうか。




おそらく、そうしたグレートリセットのような強力な手法がなければ、それは実現しないかもしれない。



主権国家が、国益を各々主張していたのでは、いつまでたっても地球環境が崩壊する方向性は変わらない。



従って、社会はある程度、社会主義、統制経済に向かっていくのである。



これは春分点が水瓶座に移動していくことでの必然である。



持続可能な社会を維持するために個々人の経済活動や資本の暴走に一定の制限をかけなければならない。




アラブの春は、民衆が蜂起して起こした革命運動であり、フランス革命に匹敵する出来事で、独裁者の圧政の下で苦しんでいた民衆が起こした革命運動である。



但し、興味深いことにこのアラブの春をCIA(ネオコン)が支援していたというのである。



ネオコンの使命とは、民主主義を世界に広げることであるから、自由になりたい一般市民と利害が一致している。



但し、そもそも自由になりたいという市民がいなければ、CIAも一から十まで支援することは出来ない。



従って、純粋な意味での市民の革命運動の方が先にあったということが出来る。



最終的に世界政府が出来たら、その世界政府が、一般市民を抑圧する全体主義的な権力にならないかどうかが心配されるが、ロシアや旧ソ連のような監視社会と比較すると、それでも民主主義という価値を掲げているアメリカの方がましに思える。



アメリカが推し進める新世界秩序、グレートリセットとは、軍産複合体(ネオコン)と結びついたタカ派の人々と、介入主義的に善意で、アメリカが世界の警察を務めるというハト派とは言えないが、より健全な考え方の2層がある。


この2層は、全く近い距離にはなく、非常にかけ離れている。



何故なら、古村氏の著作の中にもあったが、善意の介入主義者であるサマンサ・パワーは、野蛮で好戦的なネオコンのヒラリークリントンを怪物と呼んで、批判しているからである。



この2層が、世界政府やグレートリセットを目指しているのだが、表向きはやっていることが似通ってくるので、区別が出来なくなる。



然し、質的には全く違うのである。



この本の中で、著者の古村氏は、グレートリセットをコーポラティズムであるとして批判し、グレートリセットを肯定的に捉えていない。



然し、私の考えでは、グレートリセットこそが、水瓶座の時代を開く思想であり、実践である。



但し、それはアメリカのネオコンが主導するのではなく、2回の戦争で苦しんだEUが中心となって行なうべきである。




この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね!

コメント

コメントする

CAPTCHA