燃えるノートルダム大聖堂 -古い秩序の終わりを象徴-



フランス・パリのノートルダム大聖堂が火災で崩壊するショッキングな映像が、今朝のニュースで伝えられている。


ノートルダム大聖堂は、ローマ・カトリック教会の大聖堂で、ゴシック建築を代表する建物で、ユネスコの世界遺産にも登録されているフランスを象徴する歴史的建造物である。

wikipediaによれば、ノートルダムとはフランス語で「我らが貴婦人」という意味であり、聖母マリアを指すそうである。


パリから各地への距離を表わす時の起点はノートルダム大聖堂の前が起点となっており、歴史的に多くの祝賀行事や記念式典なども開かれており、フランスを象徴する歴史的建造物であるという。


但し、この歴史的建造物は、カトリック教会の建造物であるため、フランス革命の時には、ノートルダム大聖堂も襲撃を受け、大聖堂を飾っていた歴代の王の彫像が破壊されて埋められたという。


つまり、旧世界の封建的な秩序を象徴する建物であり、フリーメーソンやイルミナティーの立場からは、打倒すべき対象ということになる。


修復

1789年のフランス革命以降、自由思想を信奉し宗教を批判する市民により、大聖堂は「理性の神殿」とみなされ、破壊活動、略奪が繰り返されていた。1793年には西正面の3つの扉口および、王のギャラリーにあった彫刻の頭部が地上に落とされた。ノートルダムの歴史を語る装飾が削り取られ、大聖堂は廃墟と化した。

その後、ヴィクトル・ユーゴーの『ノートルダム・ド・パリ』の出版が、国民全体に大聖堂復興運動の意義を訴えることに成功し、1843年、ついに政府が大聖堂の全体的補修を決定した。1844年、ジャン・バティスト・ アントワーヌ・ラシュスとウジェーヌ・エマニュエル・ヴィオレ・ル・デュクに委任が決まり、1845年に修復が開始された。1857年、共同修復者のラシュスが死去。その後はヴィオレ・ル・デュク単独の作業となった。1864年に修復は完了した。

ヴィオレ・ル・デュクは、1330年のノートルダム大聖堂を想定し、その完全なる復元に努めた。大規模な修復の一つが、大聖堂の交差部にあった尖塔の復元である。この尖塔は落雷でたびたび炎上し、倒壊の危険があるため1792年に一時撤去されたが、ヴィオレ・ル・デュクらが修復に乗り出した。ヴィオレ・ル・デュクによる尖塔の復元案は、全体の高さを以前よりも約10m高く設定し、デザインもより豊かなものとなった。さらに、最も大きな変更として、尖塔基部を囲んで福音史家と十二使徒の彫刻が付加された。ヴィオレ・ル・デュクは聖トマ像のモデルとなり、自らデザインした尖塔を見上げるポーズを取っている。

(wikipedia ノートルダム大聖堂より引用抜粋)


フランス革命後、大聖堂が廃墟と化し、その後、ヴィクトル・ユーゴーの『ノートルダム・ド・パリ』の出版が、国民全体に大聖堂復興運動の意義を訴えることに成功したと記されている。


ヴィクトル・ユーゴーは、ロマン主義の時代の代表的小説家であり、ロマン主義は、理性や啓蒙の時代から反動的に感受性や主観に重きをおく、恋愛賛美、民族意識の高揚、中世への憧憬といった近代国民国家形成を促進した一連の精神運動である。


つまり、極めて、理性的、合理的なフランスの急進的な啓蒙的精神から保守反動的な動きが生じて、ノートルダム寺院の復興運動につながった。


フランスの歴史的建造物であるが、フランス、あるいはヨーロッパの歴史の過去に属する建造物である。



ノートルダム大聖堂のショッキングな崩壊を見ると、まず、これは最近、相次いでいる射手座が象徴する航空機墜落事故と同じ範疇に属する出来事ではないかと思われる。


カトリック教会の高い建造物は、「天まで届け」という高い理想主義の象徴である。


「神」という理想まで届かんとするキリスト教の理想主義を象徴し、ニーチェがキリスト教は世俗化されたプラトン哲学であると看破したように真・善・美というイデアの中のイデア、抽象化の最高レベルを表わしている。


射手座は魚座からみた10室目であり、魚座の行為を表わしており、魚座の行動原理を示している。


すなわち、ノートルダム寺院の火災とは、射手座の理想主義の挫折であり、やはり射手座の高い所からの転落と似たような象意である。






現在、土星やケートゥが射手座にトランジットし、木星も射手座に入室して、火星も牡牛座から射手座にアスペクトしている。



そうした状況の中で起こった出来事である。



このようにヨーロッパの旧秩序の象徴であるカトリック教会の歴史的建造物が燃えて崩壊するという出来事は、旧世界の秩序の崩壊を象徴しているイベントではないかと思われる。


例えば、最近、フランスで激しさを増している燃料税増税へ反対する「黄色いベスト運動」などは、フランス革命の再来であり、そうした啓蒙主義運動の中で起こった火災である。


フランス革命などの過去の歴史においてノートルダム大聖堂が旧世界の秩序の象徴として打倒する対象として破壊されたことと関連しているかもしれない。



もう一つは、フランスの第五共和政のマンデン図を見た時にこの火災が説明できるかどうかである。






このマンデン図によると、火の惑星である3、10室支配の火星が4室(不動産、土地)に在住し、12室支配の土星と相互アスペクトしている配置がある。


3室は4室(不動産、土地)を損失するハウスであり、3室と4室の絡みは不動産の損失を意味する。


4-10の軸を土星と火星が傷つけているのであり、そこに不動産を損失する3室や出費の12室が絡んでいる。


マンデン占星術において、火星と土星の両方がコンジャンクトしたり、アスペクトすることは、戦争や大地震、原発事故など、巨大な自然災害を表わす配置である。


従って、フランスの第五共和政のマンデン図は、国内の激しい大変動を表わしているように思える。


そして、トランジットの火星がこの4室に在住する火星にリターンしていることに注目である。


このマンデン図だと、現在、火星/金星期であり、マハダシャーの火星は、3室支配で4室に在住し、火災による建物、建造物、不動産の損失を表わしており、アンタルダシャーの金星は、4室(不動産)支配で8室で減衰して、ラーフ/ケートゥ軸、太陽、6室支配の月などと絡んで傷ついている。


従って、このマンデン図だと、フランスの国土や建造物についての災難を表わすタイミングであることが説明できる。


最近、「黄色いベスト運動」などによって、フランスの凱旋門前のシャンゼリゼ通りの店舗が破壊されたり、そこに立ち並ぶ、銀行ATMが破壊されたり、高級車に火が放たれて破壊されたが、それらもこの配置が表わしていると考えられるが、ノートルダム大聖堂の火災も、全く関連なさそうに見えて、形而上においては、同じ原因から発する現象の一つであると考えられる。






フランス国民は、民主化運動に没頭する一方で、ノートルダム寺院の火災を目の前にして、「アベマリア」を合唱し、国民的悲劇の前で、愛国心を募らせているのである。


実際、どうしてノートルダム大聖堂に火が燃え広がったのかは不明であるが、フランスで起こっている出来事と密接な関連があるように思える。




























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