日本の未来 ― ジャパンライジング ― その2



大日本帝憲法公布時のデータとされる1889年2月11日 AM 8:30 東京で、チャートを作成してみると、日本の過去の歴史が驚くほど、上手く説明できることが分かった。




このチャートから行為を表わす10室の射手座でムーラトリコーナの座にあり、パンチャマハープルシャ・ハンサヨーガを形成する強力な木星が日本の大東亜共栄圏という理想主義を表わす配置であることがよく分かる。



大東亜共栄圏は、「日本を盟主とする東アジアの広域ブロック化の構想とそれに含まれる地域」を指す。第2次近衛文麿内閣の発足時の「基本国策要綱」(1940年7月26日)に「大東亜新秩序」の建設として掲げられ、国内の「新体制」確立と並ぶ基本方針とされた。これはドイツ国の「生存圏(Lebensraum)」理論の影響を受けており、「共栄圏」の用語は外相松岡洋右に由来する。

日本が指導者として欧米勢力をアジアから排斥し、日本・満州国・中華民国を中軸とし、フランス領インドシナ(仏印)、タイ王国、イギリス領マラヤ、英領北ボルネオ、オランダ領東インド(蘭印)、イギリス統治下のビルマ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス領インド帝国を含む広域の政治的・経済的な共存共栄を図る政策だった。

(wikipedia 大東亜共栄圏より引用抜粋)


日本を盟主として、アジアから欧米列強を追い出して、アジア人同士で、共存共栄を図るというある種の理想主義の表現である。


ただそれはネオコンのアメリカ21世紀プロジェクトと同じように積極的過ぎて危険な思想でもある。


危険というのは射手座が好戦的で上昇と下降が凄まじい星座だからである。


この木星にケートゥがコンジャンクトしていることがポイントであり、木星とラーフ/ケートゥ軸の絡みは、グルチャンダラヨーガであり、ファナティックな(狂信的、熱狂的な)理想主義や宗教性をもたらすのである。


つまり、大東亜共栄圏という理想主義は、狂信的で、熱狂的過ぎる思想であったと言える。




インド独立の秘密



この配置で思い出したのは、ジャワハルラル・ネルーのチャートである。






初代インドの首相となるジャワハルラル・ネルーはガンジーと共に独立運動を闘ったが、蟹座ラグナで、6室に木星とケートゥが在住している。






この配置について、例えば、K.N.ラオの「Nehru Dynasty」という本で、木星とケートゥの絡みが、グルチャンダラヨーガであり、ネルーの伝統を重んじない態度などとして現れているという評価もある。


6室は敵のハウスであり、6室のケートゥは、敵を粉砕する配置であり、また6室でムーラトリコーナの木星とは、敵から利益を得る配置でもある。



特にこの9室支配で6室でムーラトリコーナで強い木星は、インドの独立を間接的に支援した日本軍を表わしている。



日本の大東亜共栄圏という理想主義がインドに独立をもたらしたのである。



日本軍が、インパール作戦などで、英国軍をインドから追い払ったので、英国に独立を妨害されずに済み、ネルーはインドの独立を勝ち取ることが出来たと考えられる。



究極的には、日本がアジアの盟主として進出してくる場合、インドにとっては、日本も敵になる可能性も出て来るが、この時点では、日本は、敵(英国)の敵で、味方であったということでもある。




日本の大日本帝国憲法公布時のチャートを見ると、11、12室支配の土星が5室蟹座に在住し、5-11のダナヨーガを形成している。



この蟹座の土星は、日本の軍国主義、ファシズムを表わしているが、蟹座に特徴づけられた国家との同盟関係も表わしているのである。



例えば、この当時、日本は、ドイツやイタリアと、日独伊三国同盟を結んでいるが、同じファシズムの国家と同盟を結んでいる。



それは土星は、11、12室の支配星であるため、こうした日本の右傾化、軍国主義は、日本に大変な不利益をもたらしたが、蟹座に在住する土星は、5-11のダナヨーガも形成している為、蟹座的な国家とは友好関係を築けるのである。




インドは蟹座の国



何が言いたいかと言えば、インドの建国図は、蟹座惑星集中で、ジャワハルラル・ネルーは蟹座ラグナで、その娘、インディラガンディーも蟹座ラグナである。






そして、インド独立の父、マハトマ・ガンジーも天秤座ラグナで行為の10室(蟹座)で月が定座に在住している。



インドとは、典型的に蟹座の人々によって統治、指導される国家なのである。



非常に興味深いことであるが、インド人は、ファシズムに好意的で、欧米人のようにヒトラーを憎んでおらず、むしろ、欧米列強の方に強い拒絶感を示している。



また日本に対しても好意的である。



インドの独立は、日本の国家社会主義(ファシズム)によって助けられたと言ってもいいからである。



それは日本のマンデン図で、11、12室支配の土星が5室蟹座に在住している為、5-11のダナヨーガを形成し、蟹座の国家とは、実りをもたらす関係性だからである。



然し、日本にとって、11、12室支配で蟹座5室に在住する土星は、12室の支配星として、多大な損失や犠牲をもたらす配置にもなっている。



無謀なインパール作戦によって、日本軍は全滅したが、それがインドの独立に結びついたということである。



そのインパール作戦に日本と盟友関係を結んだインドの独立運動家スバス・チャンドラ・ボースが指揮した「インド国民軍」(INA)が参加している。



日本の大東亜共栄圏という理想主義は、ファナティック(狂信的、熱狂的)ではあったが、全く成果をもたらさなかった訳ではなく、それは、やはり、アジアの欧米列強からの独立という結果をもたらしたと言うことが出来るのである。



戦時中の日本の行なったこと全てを美化することには問題があるが客観的に評価して、その動機がどうであれ、明らかにアジアの諸国に肯定的な結果ももたらしている。



それはチャートを見れば明らかであり、ラグナロードで10室でムーラトリコーナに在住し、ハンサヨーガを形成する木星とはそのような木星である。





射手座の木星



射手座の木星とは、やはり、積極的で、広大なビジョンを描くことが特徴である。



然し、傷ついている場合、それが、やはり、狂信性や熱狂性、偏った思想に陥る危険も持っている。




例えば、アドルフ・ヒトラーの第三帝国という思想や、ゲルマン民族の優位性という思想がそうである。






ヒトラーの3室に在住する3、6室支配の傷ついた木星が、そのような思想やプロパガンダを推進した配置である。



またヒトラーの場合、蟹座10室に土星が在住しており、更に蟹座から見た行為の10室である牡羊座に惑星集中していた為、ファシズムを体現しやすいパーソナリティーである。



蟹座は、個人主義的な星座で、自己中心的であり、基本的に身近な家族を大事にする星座である為、自民族第一主義になってしまうのである。



これは、日本が、大東亜共栄圏という理想主義の中で、「日本を盟主とする」という考え方の中にも表れている。



つまり、日本が親となって、大東亜共栄圏という家族を作ろうとしたのであり、それが典型的な蟹座の発想である。




因みに昭和天皇は、当時、日本軍の大元帥(最高司令官)であったが、チャートを見ると、やはり、日本のマンデン図との関連が見られる。






ラグナが射手座で、ラグナロードの木星がラグナに在住して、ハンサヨーガを形成している。



但し、逆行の8室の表示体である土星がその木星を傷つけている為、やはり、その理想主義に何らかの問題が生じる可能性も示している。



ラグナと月から見た10室支配の水星が日本のマンデン図のラグナに在住し、日本のマンデン図の10室の支配星が、昭和天皇のチャートのラグナに位置している。



この辺りは日本の国家と昭和天皇が一体であったということを意味しているようにも思われる。



つまり、大東亜共栄圏という理想主義は、昭和天皇を大元帥として推進されたということに非常に納得できる配置である。






(参考資料)



インド独立への貢献、日本はなぜ教えぬ 冨山泰(国際問題研究者)
2019.02.12 (火) 国基研ろんだん

 1月26日のインド共和国記念日(憲法記念日)の軍事パレードに、90歳を超えた退役軍人4人がジープ型の車に乗って参加した。4人は、第2次世界大戦中、日本と盟友関係を結んだインドの独立運動家スバス・チャンド ラ・ボースが指揮した「インド国民軍」(INA)の生き残りだ。INA元兵士の共和国記念日パレード参加は初めてで、日本の支援を受けた武力闘争がインド独立に果たした重要な役割をインド政府が公式に認めたことを示 す、とインドの戦略家ブラーマ・チェラニー氏が最近訪印した国基研代表団に語った。

 ●見直される「国民軍」の役割

 インド人は、マハトマ・ガンジーの非暴力運動によって独立が達成されたと学校で教えられ、それが定説として頭に刻み込まれている。しかし、それは神話であって、独立の決定的要因は宗主国としての英国が大戦で 弱体化し、植民地を維持できなくなったことだ、とチェラニー氏は2月4日付のジャパン・タイムズで論じている。

 実は、日本はインドの独立に明治時代から貢献している。1904~1905年の日露戦争でアジアの小国日本が白人大国ロシアを破ったことが、欧米列強の植民統治下にあったインドを含むアジアの人々に衝撃と希望を与え た事実はよく知られている。

 ボースが樹立を宣言した「自由インド臨時政府」は、インド洋東部のアンダマン・ニコバル諸島を英植民地支配から「解放」しただけで、インド本土では領土を獲得することができなかった。しかし、戦後、英当局が INA幹部を反逆罪で裁判にかけると、インド民衆の抗議運動が各地で起き、兵士の反乱まで誘発して、英国に植民地統治の継続が不可能なことを悟らせた。

 ●日印友好へ元兵士の招へいも

 チェラニー氏によると、ボースとINAの復権は現在のモディ政権の下で進んだ。昨年12月30日、モディ首相はアンダマン諸島の一つの島を「ネタージ・スバス・チャンドラ・ボース島」と改名し、ボースに敬意を示した 。ネタージはヒンズー語で「指導者」を意味するボースの尊称である。

 首相はまた、アンダマン諸島の別の2つの島をINAにちなんでそれぞれ「シャヒード(殉教者)島」「スワラジ(自治)島」と改名した。この日は、ボースが解放されたアンダマン諸島にインドの三色旗を掲げてから75 周年に当たり、モディ首相はINAの制帽をかぶって同諸島の中心都市ポートブレアで演説した。

 翻って日本では、日本がアジアの植民地解放に果たした役割が学校教育で無視されて久しい。ボースの名前はほとんどの歴史教科書に出てこない。インドにおけるボースとINAの復権と歩調を合わせて、日本政府も日印 友好行事などにボースの関係者やINA退役軍人を招待することを検討してもいいのではないか。

(公益財団法人 国家基本問題研究所 HPより引用抜粋)
参照元:インド独立への貢献、日本はなぜ教えぬ 冨山泰(国際問題研究者)
2019.02.12 (火) 国基研ろんだん

【賞賛される日本】中韓と異なるインドの歴史観と「インパール戦争」の評価
2014.01.28 zakzak

首都デリーの中心部には、大東亜戦争においてインド国民軍を指揮して日本軍とともにインパール作戦を戦ったインド独立の英雄、スバス・チャンドラ・ボースの銅像が建つ。ボースは、かつての英国植民地支配の象徴であったレッド・フォート(赤い砦=ムガル帝国時代の城塞、英国軍が大本営として接収した)の方角を指差している。

 さて、インパール作戦は戦後、日本陸軍の愚策の1つとして批判にさらされてきた。だが、この作戦の本質は、日本軍約7万8000人とインド国民軍約2万人の日印連合軍による“対英インド独立戦争”である。この作戦があればこそ、戦後、インドは独立できたのである。

 事実、インドはインパール作戦を「インパール戦争」と呼び、「対英独立戦争」と位置づけている。日本軍はインド独立を支援した解放軍である。インドは「日本が侵略戦争をした」という歴史観は持っていない。

 インド解放のために英国軍と戦った日本軍将兵に対し、元インド国民軍大尉で、全インドINA事務局長、S・S・ヤダバ大尉は1998年1月20日、こう記した。

 《われわれインド国民軍将兵は、インドを解放するためにともに戦った戦友としてインパール、コヒマの戦場に散華した日本帝国陸軍将兵に対して、もっとも深甚なる敬意を表します。インド国民は大義のために生命をささげた勇敢な日本将兵に対する恩義を、末代にいたるまで決して忘れません。われわれはこの勇士たちの霊を慰め、ご冥福をお祈り申し上げます》(靖国神社)

大東亜戦争後の45年11月、英国はインパール作戦に参加した3人のインド国民軍の将校を、レッド・フォートで裁判に掛け、反逆罪として極刑に処そうとした。この事実が伝わるや、インド民衆が一斉に蜂起して大暴動に発展した。結果、もはや事態収拾が不可能と判断した英国はついにインドに統治権を返還した。47年8月15日、インドは独立を勝ち取ったのである。

 インド最高裁弁護士のP・N・レキ氏は次のような言葉を残している。

 《太陽の光がこの地上を照らすかぎり、月の光がこの大地を潤すかぎり、夜空に星が輝くかぎり、インド国民は日本国民への恩は決して忘れない》

 インドで英雄としてたたえられている日本人のことも紹介しておこう。その名は誰あろう東條英機元首相である。

 2006年3月19日、カルカッタのチャンドラ・ボース記念館で「東條英機に感謝をする夕べ」が催された。そこには、チャンドラ・ボースの甥嫁であるクリシュナ・ボース館長に招待された、東條元首相の孫娘、東條由布子氏の姿があった。

 そして、われわれ日本人が絶対に忘れてはならないのが、大東亜戦争後、日本にすべての戦争責任をなすりつけた極東軍事裁判で、裁判の不当性を訴えて日本人被告全員を「無罪」と主張したインド代表のラダビノート・パール判事である。

 いかに韓国や中国が、史実をねじ曲げた“歴史認識”を振り回して、日本に罵詈雑言を浴びせても、インドはこれに真っ向から異を唱え、日本を擁護してくれている。

 アジアは中国・韓国だけではない!

 アジアには親日国家・インドがいる!
参照元:【賞賛される日本】中韓と異なるインドの歴史観と「インパール戦争」の評価
2014.01.28 zakzak










スポンサーリンク


スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA