MENU

和歌山を堪能する -昨年の大阪セミナー後の行動記録-

2021 6/17
昨年2020年9月に大阪で鑑定会とセミナーを行なったが、少し早めに関西入りして、淡路島に渡る明石海峡大橋の近くの西舞子の辺りに宿泊した。



youtube動画などで、垂水一文字の辺りに良さそうな堤防があるのを知ったので、その辺りの海岸(釣り場)を見てみたいと思ったからである。


昨年、土星が山羊座で逆行し、木星が射手座に逆行して、射手座にダブルトランジットが生じたことで、再び、スポーツフィッシングで、青物を釣りたいという情熱が私の中で、沸々とくすぶっていたのである。


土星や木星が射手座に入室して以来、私の中で、くすぶり続けている情熱であり、その為に昨年の秋は、わざわざ五島で自動車免許を取り(再取得)、その帰りに渡し船で、磯に渡してもらった。


然し、その時、釣れたことは釣れたが、釣れたのは青物ではなく、オオモンハタという高級魚だった。


釣り上げた時は、クエかと思ったが、後で調べて見ると、クエではなかった。もしクエだったらもっとグレードが高くなる。


これまで生きてきた中で、これ以上に大きい魚を釣ったことはなかったのでそれでもうれしかった。


釣りと言えば、家の近くの海で、海タナゴとか、ハゼとか、アイナメとかを釣るような、そうしたささやかな釣りが、私にとっての釣りだったのだが、土星や木星が射手座に入った途端、ヒラマサとか、ブリとか、大型の回遊魚、もっと言えば、マグロとか、カジキマグロのような魚を釣りたいと思うようになったのである。


これ自体は、明らかに射手座(高い目標)の影響である。


昨年、山羊座に木星と土星が入室し、新型コロナウィルスが流行って、株式市場も暴落し、世界が混乱に陥った(現在も進行中)が、暫くして、再び、木星が射手座に逆行し、土星も山羊座で、逆行することで、射手座にダブルトランジットが形成されると、再び、昨年と同じメンタリティーが噴出して来たのである。


それで、大阪のイベントの前後に少し時間を設けて、青物が連れそうな海岸を見たり、実際に試しに釣ってみることにした。


このように私がイベントを企画したら、半分は遊ぶことも考えている。


というと不真面目な感じがするかもしれないが、ジョーティッシュ自体も私にとって遊びでしかないのである。


好きなことであり、やりたいことである。5室(娯楽、創造的活動)の象意である。



但し、最近は、ジョーティッシュが仕事になった為、息抜きをする為に新たな趣味、娯楽が必要になった。



それで、釣りというのは、2017年頃から新たに見出した探究したい分野になっている。






そんなに意識はしていなかったが、対面鑑定会が始まった2020年9月16日から神奈川に戻った9月26日まで、スークシュマダシャーが金星期だった。



私は以前、スークシュマダシャーの金星期を沖縄に旅行した時の娯楽の経験と一致させるように微調整した結果、自分の出生時刻を修正することが出来ている。



今回もスークシュマダシャーの金星期がイベント期間を正確にぴったりと覆っていることを後から確認して、改めてその精度を実感した。



9月16、17、18日と鑑定会を行ない、その後、21日、22日とセミナーを行ない、そして、その後、26日まで、和歌山方面をぶらぶらしてから横浜に帰ったのである。



帰路の関西空港が、意外に和歌山に近いので、和歌山で宿泊して、遊んでから帰るのはお手頃なコースだと思ったからである。



つまり、私のイベント活動とは、その前後の娯楽的なことも全て含んだ上で、金星期の象意である。






和歌山へ

22日のセミナーが終わると、その足で、和歌山駅に向かい、和歌山市内のゲストハウスに宿泊した。


ゲストハウスの主人に釣りをしたい旨を相談すると、和歌山市駅から南海電鉄加太線に乗って、加太という執着駅の近くの港から、多くの乗合船が出ていることが分かった為、それに乗って船釣りすることにした。







加太線のボディーに”めでたいでんしゃ”と記されているぐらい、加太は、鯛ラバーという仕掛けによるマダイ釣りが有名のようであった。


そんなことで、まずは加太に下見に行ってみることにした。



これまでの経験では、堤防や海岸など、色々歩きまわって、釣ってみても魚がいる気配があまりなかった。


垂水一文字に行ってみても同じだった。


東京、神奈川よりはましかもしれないが、やはり、無料で行ける場所は、一日釣っていても何も釣れないことも多いのだ。


よほど上手で、毎日のように通っている人でないと釣れないのではないかと思った。


私が味わいたいのは、大型の青物が竿にかかり、その青物と格闘するあの瞬間が味わいたいのだ。


つまりは、その一瞬の興奮を味わいたいが為に良さそうな釣り場をひたすら求めているのである。


然し、そのような場所はめったにないことが分かってきた。


やはり、渡し船で、磯に渡してもらうか、船で沖に出ないと、巨大な青物たちには出会えないのだ。


そこで、もう乗合船に乗って、手っ取り早く、魚のいる沖に連れて行ってもらうという発想に変わった。


その方が、時間と労力の節約である。



そして、乗合船に乗ろうとしたのだが、宿泊場所が、加太の港から遠すぎて、乗合船が出向する朝5時に集合場所にとても行ける感じではなく、また台風なども来た為、結局、船の出港が中止になったりして、残るは、26日の最後の日の早朝から昼までの時間しかなくなっていた。


そこで、南海電鉄の和歌山市駅の近くの船着き場から出港する乗合船なら、朝、タクシーに乗って行けそうである為、その乗合船に申し込んで、この最後の1日にかけることにした。


前日の夜に乗合船のオーナーから連絡が来た。



「明日、予定通り、船を出します」





26日の朝、4時に起きて、船着き場に行くと、乗合船に一緒に乗船する方々が既に集まっていた。



皆、自分の釣竿の手入れが行き届いている、おそらく何度も乗船していると思われる常連の方々である。



そして、そんな人々に混じって乗船し、朝の5時頃、まだ日の出前に船は出港した。









遠くの方で、朝日が昇り、徐々に明るくなっていた。



気持ちの良い風に吹かれながら、また朝の清々しさを堪能した。



アーユルヴェーダ的に言えば、最もエネルギーに満ちている時間帯である。



そして、遂に私は小型だが、念願の青物を釣り上げることが出来た。


鯛ラバという仕掛けによって、マダイも釣ることが出来た。





船の乗組員全員で釣った魚



宿泊所前にて



戻ってくると、もう14時になってしまい、また帰りの飛行機に乗るために急いで、空港に向かわねばならず、その釣った魚たちを宿の主人に差し上げて、そのまま空港に向かった。



この最終日にたった1日だけだが、船にのって、青物を釣り上げ、釣れる瞬間というものを経験することが出来た。



この成功体験は大きいと思われる。




一度でも釣っていれば、その後は、その感覚で、何度でも釣れるのである。



自己啓発などでも言われるが、一度、成功してある経験を得たら、その後、失敗したとしても、その成功した体験を再び手にすることが出来るのである。



どこまで登れたかが重要である。




この最終日の間に加太の港に何度も通って、堤防などでも釣ってみたり、また加太の地元の温泉など日帰り湯を3カ所ぐらい回って、また友が島という島に渡ってみたりして、一通り、加太の港町を堪能してきた。



和歌山と言えば、熊野神社、熊野古道などは有名であるが、そうした場所には以前、行ったこともあるので、今回は、特に和歌山市の中心街からそんなに離れていない場所を色々散策した形である。



関西空港を降り立つと、大阪に向かうのが普通だが、南に下って、和歌山という選択肢もあるのである。





和歌山の性質


和歌山では、非常に興味深い体験をした。



和歌山城も見に行ったが、和歌山は、徳川家のお膝元、紀州、徳川御三家であり、徳川家の本流である。



徳川頼宣の下で、ほとんどの徳川家の将軍を輩出している。



和歌山城が何度、燃えてしまっても、直ぐに再建するのは、やはり、和歌山城というのが、県民のアイデンティティーやプライドを形成しているからではないかと思えた。



そのようなかつての名門であったというプライドがあるからか、和歌山県人は、あまりサービスしない人たちである。



何か観光業で、発展しそうにない街なのである。



観光業で発展するには、きめの細かい気配りや、サービスが必要だと思うが、そうしたサービスに向いていないようなのが、和歌山県人ではないかと思うのである。




例えば、和歌山では、私は何度か和歌山ラーメンを食べたが、和歌山の風習として、卵などは勝手に食べて、会計の時に自己申告するという習慣がある。



これなどは、いちいちチェックするのが面倒なので、客の方で、勝手に卵を食べた数ぐらい把握してくれというような、サービスを拒否する感じの態度である。



ある意味、大らかで、どんぶり勘定でいいのだが、これは獅子座っぽい、細かいことにはこだわらないおおらかさの様に感じた。



また温泉に入った時にソフトクリームは自分で巻いたら50円引きになるというシステムもあった。



ソフトクリームの機器の前で、ソフトクリームが出て来るのを自分で、カップを持って、巻くなら、割引きになるということらしいのである。



わざわざ機器の前で、カップやソフトリームの元を渡してくれて、機器に入れてくれる所までやってくれるのだが、後は自分で巻いてということなのである。



そこまでするなら巻くところまでやってくれてもいいと思うが、わざわざその最後に巻くのを客にやらせて、50円割引にしますという発想が、サービス業としては異質である。



何か何から何までサービスはしないというスタンスのようなのである。



店に入ってもどんぶり勘定で、なるべくサービスしないという感じなのである。





これは武士の町である鎌倉と同じような雰囲気に思った。



鎌倉も値段の付け方などが殿様商売的で、夕方の早い時間帯にさっさと店を閉めてしまう。



いつまでも客に熱心にサービスしますという感じではないのである。



乗合船の料金もかなりどんぶり勘定であり、最初は非常に高い料金なのだが、地元の会員になると非常に安いようである。



料金が高いのだが、温泉に入ってくれた人には、ランチ500円とか、極端に安くなったりするのである。



つまり、値段の付け方が、サービス業に長けた人の付け方ではなく、極端に高くなったり、極端に安くなったりするのである。



これはサービスが下手な人の特徴であり、どんぶり勘定であり、一度、ある程度のお金を払った人には次のサービスは極端に安くしてしまうという態度である。



つまり、サービスが面倒くさいので、やりたくないのである。



田舎の特徴なのかもしれないが、東京のようにサービスをする度に金を細かく要求するような体系になっていないのである。



おそらく、こうした和歌山県人の特徴は、紀州・徳川将軍家のお膝元で、サービスを知らないし、値付けに慣れていない将軍のような性格の反映なのではないかと思われた。



県民全体に将軍のようなパーソナリティーが染みついているのではないかということである。



サービスして、高いサービス料を請求していくという発想がない、そういう人たちなのである。



その代わり最初の料金が高くなっている。



よく水商売などでは、サービスをする度毎にお金を要求していくが、それは水の星座の特徴である。



自分のサービスに価値があることを分かっていて。サービスが売り物だと思っている。



その為、自分のサービスを高く売りつけるのである。




然し、和歌山県人は、サービスしないし、サービスを売りつけるという発想がないように思われた。



これは素朴で、プライドが高い獅子座の特徴ではないかと思われた。



和歌山県が何故、観光地として、パッとしないのか、存在感がないのか、分かる気がした。



県民性が、サービス業に向いていない感じなのである。





こうしたことで、昨年は、セミナー後に和歌山の海を味わった。



だが、その後、横浜に戻った後、金星/土星期の大変な洗礼が待っていた。



こうした旅の記録などの投稿をしている気分では、全く無くなったのだった。




スポンサーリンク


スポンサーリンク

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

コメント

コメントする

CAPTCHA