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再び軟禁されたアウンサン・スー・チーについて ― 称号の授与と剥奪が起こる場合 ―

2021 3/13


2021年2月1日のミャンマー国軍による軍事クーデターによって、アウンサン・スー・チーは再び、軟禁され、汚職などの取り調べを受けている。



アストロデータバンクによれば、アウンサン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)は、1945年6月19日 12:00 ヤンゴン(ビルマ)の誕生となっている。





出生時間が、12:00というのが怪しい所で、Rodden RatingもCで、データソース不明となっている。


従って、ラグナが正しいかはっきりしないが、この出生時間で、出生場所をヤンゴンにして、チャートを作成すると、ラグナも月も乙女座になるが、乙女座ラグナだと、結婚のタイミングなどがトランジットで説明出来ない為、11分39秒程、時間を遡らせて、11:48:21秒に設定すると、ラグナが獅子座29°59’になり、ナヴァムシャのラグナは、射手座、ダシャムシャのラグナは牡牛座、サプタムシャのラグナは水瓶座となるが、これが正しいラグナではないかと思われる。





1972年にチベット研究家のマイケル・アリスと結婚しているが、ちょうど木星/木星期に移行したタイミングである。



木星はラグナ(7室から見た7室)に在住し、また月から見た7室の支配星で、結婚のタイミングを表わしている。



トランジットは、木星は射手座からラグナロードと、7室支配の土星にアスペクトし、土星は牡牛座で逆行して、7室にアスペクトし、7室支配の土星とラグナロードの水星にアスペクトしている。



従って、1室と7室の支配星にダブルトランジットが成立しており、結婚のタイミングである。





またナヴァムシャでも木星はラグナロードで12室に在住しているが、ラグナロードである為、結婚のタイミングである。




木星期の間に子供を2人産んでおり、木星は5室(子供)支配でラグナに在住していることから、このタイミングでの子供の誕生を説明することが出来る。



1973年4月に長男アレキサンダーが誕生しているが、3ヶ月前の1月の時点で、木星は5室射手座を通過し、土星は牡牛座で逆行し、9室、9室の支配星に絡んで、9室にダブルトランジットを形成している。



ダシャーは、木星/土星期で、サプタムシャにおいて、木星はラグナに在住し、土星はラグナロードで9室で高揚している。





1977年に次男のキムが誕生しているが、木星は9室をトランジットして、9室の支配星(火星)とコンジャンクトし、5室、5室の支配星(木星)にアスペクトし、土星は蟹座12室で逆行して、9室、9室の支配星(火星)、そして、5室、5室の支配星(木星)にアスペクトして、5室と9室にダブルトランジットしている。



ダシャーは、木星/水星期であり、サプタムシャにおいて、木星はラグナに在住し、水星は5室の支配星である。



従って、ダシャー、トランジット共に子供の誕生のタイミングを説明することが出来る。




このように結婚、出産などが説明出来る為、獅子座ラグナで正しいと思われる。




獅子座ラグナに設定すると、11室にラグナロードの太陽が在住し、2、11室支配の水星が11室で自室に在住して、1-11のダナヨーガを形成する為、非常に11室が強くなる。




アウンサン・スー・チーは、ノーベル平和賞をはじめとして、非常に輝かしい受賞歴に恵まれているが、これは11室が強くなければ起こらないことである。



但し、ロヒンギャ問題などの対応の不誠実さを指摘されて、いくつかの受賞、称号などは取り消し処分や剥奪されるといった不名誉も経験している。



それは11室の支配星が6室支配の土星やラーフ/ケートゥ軸と絡んで傷つけられているからである。




受賞歴

トロルフ・ラフト人権賞(1990年)
議会名誉黄金勲章(2008年)
レジオン・ドヌール勲章コマンドゥール(2012年)
ロンドン名誉市民(2017年)
2020年3月5日、シティ・オブ・ロンドン議会が名誉市民号剥奪を宣言
ソウル大学校名誉教育学博士(2013年)
モナシュ大学名誉法学博士(2013年)
オーストラリア国立大学名誉文学博士(2013年)
シドニー大学名誉法学博士(2013年)
シドニー工科大学名誉博士(2013年)
ローマ名誉市民(2013年)
ボローニャ名誉市民(2013年)
ボローニャ大学名誉哲学博士(2013年)
京都大学名誉フェロー(2013年)
龍谷大学名誉博士(2013年)
ワルシャワ名誉市民(2013年)
エリー・ヴィーゼル賞(2012年授与)
2018年3月7日、ホロコースト記念博物館が、ロヒンギャ民族浄化に対する不作為を非難し剥奪
オックスフォード大学名誉私法学博士(2012年)
パリ市名誉市民(2012年)
2018年12月、パリ議会は、アウンサンスーチーが指導者としてロヒンギャに対する暴力・虐殺に対応しなかったとして、パリ市名誉市民の称号の取消を決定
香港大学名誉法学博士(2012年)
ヨハネスブルグ大学名誉博士(2010年)
心の大使賞(2009年授与)
2018年11月12日アムネスティ・インターナショナルがロヒンギャに対する対応に失望したことを理由に取り消し
カナダ名誉市民(2007年授与)
2018年ロヒンギャ問題への対応の不誠実さに対し剥奪
ルーヴァン・カトリック大学名誉博士(2006年)
アメリカン大学名誉博士(1997年])
オックスフォード市より名誉市民権(英語版)(1997年授与)
2017年にロヒンギャ問題に対する取り組みが不足していることを理由に剥奪。同様に、グラスゴー市、ニューカッスル市、エディンバラ市も名誉市民権を剥奪した
ノーベル平和賞(1991年)
オックスフォード大学名誉フェロー(1990年)
ロンドン大学東洋アフリカ研究学院名誉フェロー(1990年)
サハロフ賞(1990年受賞、自宅軟禁から解放後の2013年に賞を受け取った) ※2020年9月10日、欧州議会はアウンサンスーチー氏はロヒンギャに対する犯罪行為を容認し行動を怠っているとして受賞者としての活動資格を停止した。サハロフ賞として初めての措置だが、受賞者としては残る。



ミャンマー民主化の象徴から民族浄化(ジェノサイド)で批判を受ける身に


1997年にオックスフォード市から与えられていた名誉市民賞も2017年にロヒンギャ問題に対する取り組みが不足しているとして、ロヒンギャ問題に対する取り組みが不足しているとして、2017年に取り消しを受けている。


また同様にグラスゴー市、ニューカッスル市、エディンバラ市も名誉市民権を剥奪している。


2018年3月7日にホロコースト記念博物館が、ロヒンギャ民族浄化に対する不作為を非難して、2012年に授与したエリー・ヴィーゼル賞を剥奪し、2018年12月には、パリ議会が、アウンサンスーチーが指導者としてロヒンギャに対する暴力・虐殺に対応しなかったとして、2012年に授与したパリ市名誉市民の称号の取消を決定している。


更に2018年11月12日アムネスティ・インターナショナルがロヒンギャに対する対応に失望したことを理由に2009年に授与した心の大使賞を取り消している。


また他にも2018年にロヒンギャ問題への対応の不誠実さに対し、2007年に授与されたカナダ名誉市民賞を剥奪されている。


また1990年に受賞し、自宅軟禁から解放された2013年に賞を受け取ったサハロフ賞も2020年9月10日に欧州議会によって、受賞者としての活動資格を停止されている。



このように2009年、2012年辺りに受賞した称号を2017年、2018年、2020年辺りで、全て取り消しや剥奪されるなどの不名誉を経験している。



2009年、2012年辺りは、水星/金星、水星/太陽期であったが、2017年、2018年は、水星/ラーフ期、水星/木星期、2020年は、水星/土星期であった。



称号の取り消しや剥奪を受けた時は、アンタルダシャーがラーフ期や、木星期、土星期などで、11室を傷つけている生来的、機能的凶星の時期であることが分かる。



11室が非常に強いが、然し、激しく傷つけられている場合、一度、授与された名誉ある称号などが、剥奪されることもあることがはっきりと分かる。



アウンサン・スー・チーの水星は、月から見た場合、10室でバドラヨーガを形成しているが、ラーフ/ケートゥ軸や6室支配の土星、12室支配の太陽などから傷つけられている。





アウンサン・スー・チーの軟禁はいつ解除されるか


現在、アウンサン・スー・チーは、水星/土星期で、マハダシャー水星期の最後のアンタルダシャーの時期を迎えている。



このアンタルダシャーの土星期がどのような時期になるかであるが、水星と土星は、コンジャンクトしており、水星と土星の吉凶が混合する時期である。




マハダシャーの土星期は、自宅軟禁が始まった頃で、その時は、1989年7月で、土星/土星期である。



自宅軟禁が解除されたのは、マハダシャー水星期に入った後の水星/金星期である。




土星は8室の表示体であり、ラグナロードの太陽とコンジャンクトし、またラグナにアスペクトしている。




また月ラグナから見たラグナロードの水星ともコンジャンクトしている。







身体に何かが起こる時は、必ずラグナやラグナロードが絡んでいるのであり、この場合、ラグナとラグナロードにアスペクトする土星は、身体の拘束、軟禁などを表わしていると分かる。




土星は8室の表示体であり、ラグナ、ラグナロードと8室が絡む場合、身体の不自由や拘束などを表わす配置である。




水星/土星期が終わると、次に2023年2月28日からケートゥ期に移行するが、ケートゥは5室に在住して、ディスポジターの木星の結果を与えることになる。




但し、この木星は、8室の支配星でラグナに在住し、6、7室支配の土星からアスペクトされて傷ついており、またケートゥも土星からアスペクトされて傷ついている。




従って、土星の影響を引き続き受け続ける為、完全に軍事政権から自由になるのは難しいかもしれない。




ケートゥが在住する5室は10室から見た8室であり、公の仕事の中断を表わし、ケートゥのディスポジターの木星は5、8室の支配星で、ラグナに在住しているが、マハダシャー木星期は、結婚して、家庭に入って、子育てをした時期であり、また大学で学んだりした時期である。




従って、今後、アウンサン・スー・チーは、政治の第一線の立場からは引退していくものと思われる。




水星/木星期に称号や受賞を取り消されたことを考えると、木星期と似た時期になるケートゥ期は、それ程、良い時期ではなく、木星は月から見て、12室(引退)に在住している。




ナヴァムシャでもケートゥは9室に在住し、ケートゥのディスポジターである太陽は、12室で、1、4室支配の木星とコンジャンクトしている。




これもプライベートで研究活動をしたり、大学や寺院などの教育機関や慈善施設などで過ごす時期のように思える。




またダシャムシャではケートゥはラグナに在住しているが、ディスポジターの金星は6室で自室に在住し、8、11室支配の木星と相互アスペクトしている。



水星期は、獅子座の4室で、2、5室支配の水星と7室支配の火星がコンジャンクトして5-7のラージャヨーガを形成して、与党第一党の党首で、事実上の最高指導者といった形であったが、ケートゥ期になると、ケートゥのディスポジターの金星は、6室で定座に在住し、木星からのアスペクトを受けている為、水星期とは違った形での公の活動をしていくかもしれない。







マハダシャー土星期は、主に自宅軟禁されていた時期だが、その時期の間、獄中にいた南アフリカのネルソン・マンデラのように政治的メッセージを発信し続けていた。



ダシャムシャでは、土星は、9、10室支配のヨーガカラカで、良い動機や意図が感じられるが、8室に在住している為、公の政治活動が全くできない状態であったことが分かる。



マハダシャー木星期も木星は8、11室支配で12室(隠遁)に在住しており、多くの称号を得ていながらも家庭に入って、子育てなどをした時期で、公の活動はしていなかった時期である。



その辺りは、ダシャムシャの配置によく表れている。





アウンサン・スー・チーは、ロヒンギャ問題で何故、沈黙しているのか


アウンサン・スー・チーがロヒンギャ問題で、積極的な役割を果たしていないとして、2017年、2018年、2020年にそれまでに授与された名誉や称号を取り消す動きが起こっている。



元々アウンサン・スー・チーは、ビルマ独立闘争を闘っていたアウンサン将軍の娘であり、父親は愛国ビルマ軍を率いる将軍で、軍人の娘である。



その愛国ビルマ軍が、英国からの独立を勝ち取り、その後、軍による統治が、ナショナリズムを喚起し、ビルマの国民としての意識を培ったようである。







チャートの中で、4、9室支配のヨーガカラカの火星が9室牡羊座で、ムーラトリコーナの配置が、おそらく軍人である父親を象徴していることが分かる。



wikipediaによれば、ビルマは、その後、1962年にクーデターが起こり、ビルマ社会主義計画党のネ・ウィンの独裁政権が誕生するが、1988年に民衆の民主化運動でネ・ウィン体制は崩壊し、これを危惧したミャンマー国軍がクーデターを起こして軍事政権を開始し、国名をミャンマー連邦に改名したという。

独立してからのほとんどの期間、ミャンマーは横行する民族紛争に巻き込まれ、無数の民族グループが世界で最も長く続いている内戦の一つに巻き込まれてきたと記されているように容易には統治しにくい国である。



大衆が、ビルマ独立の父であるアウンサン将軍の娘で、カリスマ的指導者であるアウンサン・スー・チーにポピュリズム的な期待を寄せる国民性である。



アウンサン・スー・チー自体が、国家顧問という形で、大統領を超える権限を持つ、独裁者であり、民主化を進めている彼女自身が、自己矛盾している状況である。



その辺りは、10室支配の金星が牡羊座のバラニーに在住し、火星とコンジャンクトしている配置から伺える。



国軍は、国家を統一し、独立を勝ち取り、ビルマのナショナリズムを育成した国家にとって必要欠くべからざる存在であるが、同時に民主化に反対する存在として、彼女に立ちはだかっている。



その辺りは、4、9室支配のヨーガカラカの火星が、アウンサン将軍の娘である為、国軍に顔が効く面がある一方で、月から見た場合、3、8室支配の火星として、彼女の言うことを聞かず、彼女を困らせる存在として、国軍が立ちはだかっていることを意味しているように思われる。







一方で、双子座に惑星集中する配置は、欧米のリベラル知識人や著名人、政治家との有力な人脈を表わしており、そうした人々は、彼女に民主化のシンボルとしての役割を期待する。



つまり、国内の軍人、右翼、民族主義者とも縁があり、また欧米のリベラルな政治家、財界人との関係もあり、そうした板挟み難しい立場に立たされている。



従って、彼女が国家の指導者として、国家の独立やナショナリズムを守る立場からすると、イスラム系少数民族ロヒンギャが国境を超えて侵入してくるのを歓迎していない。



英国が難民の受け入れに難色を示して、EUから離脱したのと同じである。



従って、軍の行っていることを黙認になってしまうのである。



欧米のリベラルな政治家や知識人たちとの付き合いがあり、民主化の象徴となっているので、露骨にはそれを表現できないが、牡羊座の金星や火星は、右翼、民族主義的である。







10室支配の金星が牡羊座で火星とコンジャンクトしているというのは、そういう意味である。



彼女は火星が9室の支配星であり、月から8室の支配星でもある為、ミャンマー国軍がメンターか、上司の立場になっており、頭が上がらないのである。



国軍のすることを注意したり、静止することが中々難しいのである。



下手をすると彼女の行為自体が、軍と同じになってしまう可能性がある。




ナヴァムシャでも5室支配の火星が8室で減衰し、8室支配の月とコンジャンクトしている。



これは彼女の思想が、軍人や右翼民族主義、大衆のポピュリズムの影響を強く受けやすいことを示しているように思われる。




ナヴァムシャを見た限りでは、彼女は、欧米のリベラル思想を全く深いレベルでは、身に付けていないように思われる。



ミャンマーの事実上の最高指導者になり、独裁者の立場になったら、むしろ、ロヒンギャへの国軍の暴力を追認するような形に堕落してしまっているのである。



つまり、国軍の暴力とは、コントロールできない彼女自身の行為でもある。



そうした可能性が、アウンサン・スー・チーのチャートからは読み取れる。





多くの外国語を操る語学の才能


因みにそれ以外の材料として、彼女が、ビルマ語、英語、フランス語、日本語を話すことが出来るように語学の才能がある。



2013年にフランスを訪問した時は、フランス語で講演し、訪日した際は、英語で記者会見したそうである。



こうした語学の才能は、獅子座ラグナで、ケートゥが5室に在住していると考えると納得できる。







CIAのエージェント説



因みにアウンサン・スー・チーはCIAのエージェントではないかという説がある。




おそらくそれは本当で3、10室支配の金星が9室で、牡羊座のバラニーに在住する配置は、諜報関係者、インテリジェンス・ソサイエティーの人々とのつながりを表わす配置であるからである。




月から見て、2、9室支配の金星が8室に在住する配置は、そうした世界の人間からかなり助けられているという印象である。




実は、アウンサン・スー・チーの民主化運動をCIAが支援して、欧米陣営に組み入れる為に欧米への留学時代から育成してきたとも考えられるのである。







バラニーに在住する金星が、月から見て、8室に在住している配置は、彼女が、国軍に逆らえないのと同様、CIAの意図に逆らえないことを表わしている。



例えば、ロシアのプーチンや中国の習近平などの右翼、民族主義的な独裁的な指導者にとっては、国営企業を民営化して、欧米の金融資本家の参入を許すことは、国を売る行為であり、その場合、アウンサン・スー・チーは、米国の国益にかなう立派なCIAエージェントとしての役割を果たしている。



ビルマの独立後、国を統治し、国民の中にナショナリズムを育成した軍事政権は、そのような欧米が主導する(CIAが暗躍する)民主化、及び、民営化は、国難であると認識する。



自分たちの実権が失われないうちにクーデターを起こして、これ以上の欧米の金融資本家の力が浸透してくる前に民主化、民営化を阻止しようとしたのだと思われる。



これは、プーチンがオルガリヒ(新興財閥)を国外追放したのと同じである。




西暦年月出来事ヴィムショッタリチャラヨーギニトランジット
1947年父アウンサンが、政敵ウー・ソオの部下に暗殺される火星/ラーフ⇒木星
1953年次兄のアウンサンリンが8歳(1953年頃)の時、自宅の池で溺死
ラーフ/ラーフ
妹の政治活動に反対
1962年デリー大学レディ・スリラム・カレッジで政治学を学ぶ(~1964年卒業)
ラーフ/水星
1964年1964年から1967年まで、イギリスのオックスフォード大学で、哲学・政治学・経済学を学ぶ
ラーフ/ケートゥ⇒金星
1969年1969年から1971年にかけて、ニューヨークの国際連合事務局行政財政委員会で書記官補を務める
ラーフ/月⇒火星⇒木星/木星
1972年チベット研究者のマイケル・アリスと結婚木星/木星
1972年1972年から73年までブータン外務省研究員木星/木星
1973年4月 長男アレキサンダー誕生
木星/土星
1975年1975年から77年までオックスフォード大学ボドリアン図書館編纂研究員

木星/水星
1977年次男キム誕生木星/水星
1985年1985年から87年までロンドン大学東洋アフリカ研究学院 (SOAS) で研究生
木星/ラーフ⇒土星/土星
1988年SOASでビルマ文学修士号を取得土星/土星
1988年3月31日母親が危篤状態になる土星/土星
1989年7月自宅軟禁土星/土星
1990年10月12日トロルフ・ラフト財団からトロルフ・ラフト人権賞(en:Thorolf Rafto Memorial Prize)を受賞。土星/水星
1991年7月10日サハロフ賞受賞土星/水星
10月14日ノーベル平和賞を受賞した土星/水星
1999年3月夫のマイケル・アリスが前立腺癌で死亡土星/月
2010年1月21日軍事政権のマウン・ウ内相が地方の会合でアウンサンスーチーについて「軟禁期限となる11月に解放される」と述べていたことが判明し、11月13日に軟禁を解除水星/金星
2015年11月8日2015年11月8日に実施された総選挙において、NLDが圧倒的な勝利を収め、アウンサンスーチー自身も連邦議会下院議員に当選した水星/ラーフ
2017年9月ミャンマー西部ラカイン (Rakhine) 州で、ミャンマー政府がイスラム系少数ロヒンギャと武装勢力の関わりを何ら検証しないまま、ロヒンギャの村を放火した事実がBBCにより放映された。これらミャンマー政府によるロヒンギャへの対応について、国連関係者から「民族浄化」であるとの指摘がされるなどしており、同国の事実上の指導者であるアウンサンスーチーに対して、授与されたノーベル平和賞を取り消すよう求める請願運動がネット上で行われ、36万を超える署名が寄せられている。オックスフォード市より1997年に授与された名誉市民権(英語版)は、ロヒンギャ問題への対応不足を理由に2017年に剥奪されている。ロヒンギャ虐殺の黒幕とも呼ばれている反イスラーム主義団体969運動の指導者アシン・ウィラトゥは当初アウンサンスーチーの支持者であり、アウンサンスーチーも支持層の1つである969運動を積極的に制止しなかったとされる。水星/ラーフ
2018年11月12日にアムネスティ・インターナショナルが、アウンサンスーチーのロヒンギャへの対応に失望したとして2009年に授与した「心の大使賞」を取り消すと発表。2018年11月12日にアムネスティ・インターナショナルが、アウンサンスーチーのロヒンギャへの対応に失望したとして2009年に授与した「心の大使賞」を取り消すと発表。14日に米国副大統領のマイク・ペンスが、会談先のシンガポールでアウンサンスーチーに対し「ロヒンギャに対する迫害は『理由なき暴力』だ」と述べるなど、強い口調で非難したことが明らかにされている。2018年12月、パリ議会は、アウンサンスーチーが指導者としてロヒンギャに対する暴力・虐殺に対応しなかったとして、パリ市名誉市民の称号の取り消しを決定した。水星/木星
2021年2月1日ミャンマー国軍によって起こされたクーデターによりアウンサンスーチーは拘束された水星/土星
wikipediaより引用抜粋



(参考資料)

「日本人はスーチーさんを誤解」 ミャンマー取材27年の記者が読むクーデター
揺れる世界 日本の針路 2021.02.03 The Asahi Shimbun GLOBE+

ミャンマーからの報道によると、与党・国民民主同盟(NLD)を率いるアウンサンスーチー氏が国軍に拘束され、国軍は「軍が国家の権力を掌握した」と宣言した。このクーデターの意味を理解するために、私たちはミャンマーがどういう国なのか、どんな歴史をたどってきたのかを知る必要がある。27年間にわたりミャンマーの取材を続けているフォトジャーナリストの宇田有三さん(57)に聞いた。宇田さんは「日本人はアウンサンスーチーさんを誤解している」とも言う。その意味とは。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

宇田さんがこの20数年間、欠かさずにやってきた日課がある。

ミャンマー情報省のサイトから英語とミャンマー語の国営紙をダウンロードして読み込む作業だ。「国際社会では反体制派の人々の動向に関心を払う人が多い。自分は、ミャンマー政府が何を考えているかを追いかけようと思った」

ミャンマー人の知人らから「クーデターが起きたかも知れない」という連絡が入った2月1日、宇田さんはいつもの作業を終えたところだった。「クーデターなら、放送局などを占拠するはずだ。本当なのか」といぶかしい気持ちでいると、情報省のサイトに接続できなくなった。

宇田さんは「驚きと安心と反省が入り交じった気分になった」と語る。「流血はなかった。ミャンマーの人の血が流れなかったと思い、ほっとした。直前までクーデターを予測できなくて、驚くばかりだった」。では、なぜ「反省」したのか。

ミャンマーは2011年に長く続いた軍政から民政へ移り、軍出身のテインセインが大統領に就任した。当時、ほとんどのメディアや専門家は「背後に軍政のトップで独裁者だったタンシュエ上級大将がいて、テインセインを操っている」と分析したが、予想外のスピードで民主化が進み、2016年に初の文民大統領が誕生したからだ。「今回も、事前にクーデターの動きを感じ取れなかった」という反省の気持ちがこみ上げたという。

「軍政下に生きる人々」は、宇田さんがずっと追い続けてきた取材テーマだ。「民族や宗教紛争は、当事者それぞれに正義がある。でも、軍政下の暮らし、暴力による支配に納得する人はいない」と思ったからだ。

最初は中米のエルサルバドルやグアテマラで取材を始めた。中米での取材が落ち着き、次は東南アジアでの取材を考えた。「インドネシアは大きすぎて手に余る。ミャンマーなら、納得がいく取材ができるのではないか」と考えた。1993年5月、初めてミャンマーの土を踏んだ。最初は、タイ国境に近い東部カレン州で、軍政に抵抗するカレン族ゲリラを中心に取材していたが、やがて壁に当たった。

「なぜ、彼らは命をかけてここまで必死に軍政に抵抗するのか」。国軍が襲った村を取材した。被害者のカレン族の人に「何を盗まれたのか」と聞いてみると、それは粗末なコップや皿などだった。「大金を盗まれたわけでもない。彼らの抵抗する力の源泉は何なのだろうか」と考え込むようになった。

理解を深めようと、2002年に取材拠点を当時の首都ヤンゴン(2006年にネピドーに遷都)に移した。その後、シャン州、ラカイン州、カチン州などミャンマー各地に足を運んだ。少数民族の問題や軍政の実態、ムスリムへの差別問題などを目の当たりにすることになった。

宇田さんはミャンマーを理解するため、現地を歩いた。過去には2度、それぞれ1年間にわたって現地で暮らした。最北部にあたるカチン州を4週間かけて歩き、2018年には中部にあるミャンマー第2の都市マンダレーからインドとの国境までをバイクで走破した。地をはうような取材で見えてきたのは、大きく変わっていくミャンマーの姿だった。

まず、軍政下で国の英語の呼称がビルマからミャンマーに変わり、人々が「国」を意識するようになった。宇田さんは現地取材の際、行く先々で必ず「あなたは何人」と聞くことにしている。最初は「カレン人だ」「カチン人だ」という答えが多かったが、徐々に「私はミャンマー人」と答える人が増えていった。「軍政が、それまで、日本で言えば江戸時代の藩のような意識しかなかった人々に、国民意識を植え付けた結果だった」という。

宇田さんは2011年に民主化された後のミャンマーの姿を「日本で言えば、明治維新と第2次大戦の終戦とIT革命が一緒にやってきたような時代」と表現する。

「軍政時代、人々は24時間、365日、常に緊張を強いられた。いつ、軍に連れ去れるかわからないという恐怖のなかでの生活だった」。宇田さんは、政治囚として15年間、獄中にいた人物と会ったことがある。彼は長期間の獄中生活による後遺症で普通に会話ができない状態になっていた。

宇田さんも2002年から1年間、安いゲストハウスを拠点に取材を続けた。このときも「いつ、ドアがノックされるのか」「いつ、取材メモが押収されるのか」という緊張の日々だった。

しかし、2011年以降、明るい希望を胸にした人々は前向きになった。「コメの値段が上がっても、それが民主化のために必要なら我慢しようという人々も出てきた」という。生活はすぐに良くはならないが、「明日はもう少し良くなる」という希望が人々の間に広がり始めた。

ところが、正反対の気持ちを持ち始めた人々もいた。軍だ。「軍は民主化当初、実は最も得をした。中国以外にも、欧米諸国からの投資がどっと増え、軍の得る利権の規模が広がったからだ」。軍が民主化を支持した背景には、こうした現実的な計算があったという。

宇田さんは、軍の満足した気持ちが、民主化の進展とともに徐々に揺らぎ始めたのではないかとみる。「最近2年くらいの間、ほぼ毎日、政府系紙に麻薬取り締まりの記事が出るようになった。与党のNLD(国民民主連盟)は民主主義や人権を重視しており、実際に取り締まりを始めるという警告だったと思う」

宇田さんによれば、タイ、ミャンマー、ラオスの国境地帯に広がる「黄金の三角地帯(ゴールデン・トライアングル)」では最近、合成麻薬の生産が盛んになっている。ミャンマー軍部の腐敗した一部の幹部は、年間で数千億円規模の利権を手にしていると推測する。「3兆円規模のミャンマーの国家予算に比べても莫大な数字。この利権に手を突っ込まれると、こうした幹部らが考えたのではないか」

また、アウンサンスーチー氏は国営企業の民営化も進めていた。「2月1日に議会が始まり、様々な法律が通れば、さらに軍の利権は小さくなるという危機感があったのかもしれない」

一方、欧米や日本からは、ミャンマーがクーデターによって再び、中国に接近するのではないかという警戒の声が上がっている。

「ミャンマーの人々は心情的には中国を嫌っているのは間違いないと思う。植民地時代から独立後にかけ、中国系やインド系の人々がミャンマー経済を牛耳ってきたからだ。中国を頼っていたのは、欧米諸国による経済制裁で、助けてくれる国が他になかったからだ」。宇田さんによれば、中国はインド洋に出るためのルートとして、ミャンマーにガスパイプライン、鉄道、高速道路の建設を提案した。これに対し、軍は鉄道と道路の敷設には難色を示した。しかし、NLD政府の許可によって、鉄道の建設も決まったという経緯があったという。ガスパイプラインはすでに稼働済みだ。

「ミャンマー国民の間で、スーチーさんへの信頼は絶大だ。だが、それは国を現実的に切り盛りする政治家として頼りにしているのであり、人権や民主主義の象徴だけという欧米からみた視点での支持ではない」

スーチー氏は「軍は国防のために必要だが、軍が政治に関与するのは認めない」と言っているに過ぎない。宇田さんは「日本人はスーチーさんを誤解している部分がある。ミャンマーの人々はスーチーさんをアメ・スー(スーお母さん)と呼ぶ。それは大きな国難に遭ったときは母の慈愛を頼りたいというミャンマー社会に根ざした価値観から来ているのだ」と語る。

ミャンマーは近年、ロヒンギャ難民問題で国際社会の批判を浴びてきた。スーチー氏はコフィ・アナン元国連事務総長を委員長とする第三者の調査委員会を設置し、問題の解決を探ってきた。宇田さんは「結局はスーチーさんのやり方しかない。委員会の提言をきちんと遂行しているのか、という検証は必要だが、方向性は間違っていない」と語る。

「ロヒンギャは国籍の問題であり、民族問題ではない。日本人もそうだが、ロヒンギャ難民問題とロヒンギャの問題、これらを生み出したミャンマーの問題を十分理解していないから混乱が起きる」と語る。

日本政府は従来、民主化や人権問題で欧米ほどの強い姿勢を取らず、「ミャンマーと欧米との橋渡し役」を自認してきた。2011年の民政移管では、「日本の試みが成功した」(外務省幹部)と胸を張り、各国に先駆けてミャンマーへの投資を展開した。

だが、日本からの投資は思うような成果が上がっていないという評価があるなかで、再び、ミャンマーは軍政への道をたどり始めたようにも見える。

宇田さんは「経済ミッションも政治家も、ミャンマーに来る日本人は全く世代交代していない。ミャンマー側に立って考えていない。アジア・太平洋戦争中の悲劇とされるインパール作戦を語るときも、犠牲になった日本軍兵士の話ばかりで被害に遭った現地の人々の話をする人は極めて限られている」と語る。

宇田さんの目には、日本が本当にミャンマーの人たちの人権を考えているようには見えない。今回のクーデターを巡り、日本の一部で出ている「あまり軍部を批判すると、ミャンマーを中国に追いやるから止めておこう」という意見がその一例だ。「日本人は北朝鮮なら金正恩、イラクならフセインという名前は知っている。でも、ミャンマーの前の独裁者、タンシュエは知らないでしょう」

当然、ミャンマーの人たちの日本を見る視線もそれなりになる。「ミャンマーの人々はもちろん、日本に感謝している。欧米のように頭ごなしに批判しないし、経済支援もしてくれる。でも、スーチーさんにとっての日本は財布でしかない。人権や民主化で期待しているわけではない」

1988年にラングーン(現ヤンゴン)で大規模な民主化デモが起きたとき、人々が目指したのは米国大使館であって日本大使館ではなかった。

宇田さんはこうも語る。「もちろん、自分が見聞きし経験したことがより正しいと強調したいとは思いません。時間をかけたからといって、必ずしも現地を深く理解し、正確に現地の実態を日本に伝えているとも限りません。もし明日、初めてミャンマーに入る人がいたなら、その人はその人なりに新鮮な視点でミャンマーの姿を見ることができるでしょう。だからこそ、若い世代の人々ができるだけ多く、今のミャンマーを訪れて、直接現地の人に触れて欲しい。そこから始まると思います」
参照元:「日本人はスーチーさんを誤解」 ミャンマー取材27年の記者が読むクーデター
揺れる世界 日本の針路 2021.02.03 The Asahi Shimbun GLOBE+

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