蟹座と自警団



山羊座に木星と土星がトランジットして、山羊座と蟹座にダブルトランジットする今、世界の右傾化が生じ、偏狭な個人主義が台頭してくることに注意が必要である。



例えば、アメリカのジョージア州南部で、以下のような黒人男性の射殺事件が起きている。


ジョギング中の黒人男性が射殺される。逮捕されたのは白人の親子。「これは現代のリンチだ」悲しみと怒りが広がる
走っていただけで殺されたアーバリーさん。彼の死と2カ月以上も犯人が逮捕されなかったことに対して、激しい抗議が起きています
2020年05月09日 11時49分 JST (Nick Visser) HUFFPOST

アメリカ・ジョージア州南部で2月、ジョギング中だったアマッド・アーバリーさん(25)が射殺された。

州捜査局は5月7日、この事件の犯人として2人の男を逮捕した。

逮捕されたのはグレゴリー・マクマイケルと(64)とトラヴィス・マクマイケル(34)の親子。容疑はいずれも殺人と加重暴行の疑いだという。 

州捜査局のヴィック・レイノルズ長官は、「この重罪謀殺については、十分な根拠がある」と8日朝の記者会見で述べた 。 


ニューヨークタイムズによると、アーバリーさんは2月23日の午後1時頃に、自宅近辺をジョギングをしていた。  

走っているアーバリーさんを見たマクマイケル親子は、アーバリーさんを連続強盗犯だと思った、と警察は説明する。

親子は.357マグナム弾とショットガンを掴んでトラックでアーバリーさんを追いかけ、そして路上でアーバリーさんと口論した後に射殺した。

■事件の動画と音声が公開された

事件後、犯人は2カ月以上逮捕されなかった。

しかし5月初めに事件の様子を撮影した動画が明るみに出た。動画には、マクマイケル親子の車から離れようとするアーバリーさんの様子や、複数回の銃声音が収められていた。

アーバリーさんは、容疑者からショットガンを奪い取ろうとするもコントロールを失い、逃げようとしたが地面に倒れ込んだ。

その後ガーディアンが5月7日、2件の911への緊急通報を公開した。通報の記録には、電話をかけてきた人物が男性を通報する声が残されている。電話をかけてきた人物が通報した男性は、アーバリーさんだと考えられている。

1時8分にかかってきた1件目の通報では、男性が「黒人男性が工事中の家の下にいる」と語っている。

通報記録係は、男は家に侵入しようとしているのかと尋ねたが、電話をかけてきた人物は「ノー」と答え、男は走っていると言い続けた。記録係はさらに「何が問題か」と尋ねている。

その後の1時14分にかかってきた電話では、男が「黒人の男が道を走っている」と通報し、その後男性に向かって止まるように叫ぶ声が残されている。記録係が電話をかけてきた人物に、電話に応えるよう呼びかけたが人物は答えず「トラヴィス」と誰かに向かって叫んだ。


■アーバリーさんの死と逮捕の遅れに激しい抗議が起きている

ニューヨークタイムズによると、アーバリーさんは高校生の時にはフットボールをしており、健康のために普段から地元の街をよくジョギングしていた。

動画が公開された後、アーバリーさんの死と2カ月以上も犯人が捕まらなかったことに対して、大勢の市民が激しい抗議をしている。

アーバリーさんの母親の弁護士は、「これは白昼に行われた現代のリンチだ」と語る。

アーバリーさんの家族は、事件をヘイトクライムとして調査するように求めていたが、ジョージア州はヘイトクライムを取り締まる法律がないとレイノルズ長官は説明する。

一方で長官は、捜査が遅れた理由についての説明はしなかった。また、動画が公開されて大きなニュースになっていなければ、マクマイケル親子が逮捕されていたかどうかについても明らかにしなかった。

「理想の世界であれば、捜査局は最初から調査を行なっていたでしょう。しかし時に、我々の世界は理想通りにいかないのです」とレイノルズ長官は話す。

親子が逮捕された後、アーバリーさんの父親のマーカス・アーバリーさんはPBSのニュースアワーに出演し、公平な裁きを求めた。

「どうか、彼らのようなひどい人達を捕まえてください。彼らのような人達を社会に出さないでください。彼らが誰かの子どもたちをリンチする前に……。彼らのような人達は、ずっと刑務所に入っているべきです」

マーカス・アーバリーさんの弁護士、ベンジャミン・クランプさんは、検察官たちに公平な捜査をするようプレッシャーを与えていると話す。

「この事件を、新鮮な目で見てほしいと求めています」「地元の警察とグレゴリー・マクマイケル容疑者とのつながりを見ないで欲しいと」

グレゴリー・マクマイケル容疑者はグリン郡で警察官や刑事として30年以上勤務した。

ジョージア州の警察は、明るみに出た携帯電話の動画についても調査を進めるという。州捜査局は、これ以外の動画はないとしている。



犯人の白人親子の顔つきは非常に根暗で残忍そうな顔つきであり、被害者の黒人青年(25歳)は知的で素直そうな顔つきをしている。


白人の右翼的な偏狭な人物が、リベラルで知的で、幸福に生活している黒人青年に自分たちの不満や怒りをぶつけたように思えるのである。


トランプ大統領を当選させた白人の貧困層の不満、怒りが人種差別的な偏見の中で、噴き出していると考えられる。



ジョージア州と言えば、小説「風と共に去りぬ」の舞台であり、黒人が綿花のプランテーションで奴隷労働させられていた地域である。


この小説は、白人農園主を美化し、奴隷制度を正当化しているとして批判されているというが、私も昔、この小説や映画を読んだ感じからすると、それはその通りだと思う。


小説や映画を見た当時は、そのようには全く思わなかったが、アメリカ南北戦争前の奴隷制度のあった白人の富裕層の古き伝統社会を懐かしむアメリカ的な作品である。



主人公の女性スカーレット・オハラに仕えるマミーという黒人の乳母が出て来て、マミーの挙動はコミカルに描かれていて黒人は奴隷だったが、愛すべき家族の一員であるといった描き方である。


この小説に出て来る登場人物、主人公スカーレットの周囲にいる白人男性は、レット・バトラー以外のほぼ全員が白人至上主義団体「KKK」(クークラックスクラン)のメンバーであるという。



1988年に公開の『ミシシッピー・バーニング』という映画があったが、1964年にミシシッピ州フィラデルフィアで3人の公民権活動家が殺害された実話を基にした映画で、KKKや地元の保安官が、FBIの捜査官の妨害をする様子が描かれている。



ジョージア州やその周辺のテネシー州、アーカンソー州、ミシシッピ州、アラバマ州などは、アメリカ公民権運動に最も反対した地域である。



そうした地域が、蟹座にダブルトランジットするような現在のような右傾化した状況になると、昔の人種差別が再現してくるようである。



2ヶ月以上も犯人が逮捕されないという状況がそれを物語っている。




因みに日本でも最近、自粛要請の中で、例えば、「~来ないで下さい」というメッセージを盛んに発信する知事がいたり、山梨県で新型コロナウィルスへの感染が分かってから帰省した20代女性を激しく非難する騒動が起こっている。



また新型コロナウイルスの感染者が発生した大学に脅迫電話をかけたり、県外ナンバーの車に傷をつけたりする「コロナ自警団」のような人々が現れているという。



「コロナ自警団」はファシズムか 自粛要請が招いた不安
2020年5月2日 10時00分 朝日新聞DIGITAL

 新型コロナウイルスの感染拡大で、政府による外出自粛の要請が長引き、「自粛」に従わない人を責めるような風潮が強まっている。10年にわたって「ファシズムの体験学習」に取り組んできた甲南大学の田野大輔教授(50)は、こうした動きも、「ファシズム」と無関係ではないとみる。どういうことなのか。

 ――新型コロナウイルスの感染者が発生した大学に脅迫電話をかけたり、県外ナンバーの車に傷をつけたりする「コロナ自警団」のような人たちが現れています。なぜだと思いますか。

 「『自粛』要請に従っていないように見える人たちを非難する行動は、『権威への服従』がもたらす暴力の過激化という観点から説明できます。政府という大きな権威に従うことで、自らも小さな権力者となり、存分に力をふるうことに魅力を感じているのです。

 みんなで力を合わせて危機を乗り切ろうとしている時に、従っていない人は和を乱して勝手な行動をとっているように見えます。『コロナ自警団』のような人たちは、異端者に正義の鉄槌(てっつい)を下すことで、普段なら抑えている攻撃衝動を発散しているわけです。ファシズムの根本的な特徴を体現しているといえます」

(略)



このような国家の警察機能などに頼らずに自ら自警団を組織して、自分たちの社会を守ろうとする動きは、典型的な蟹座の表現である。



例えば、三島由紀夫が晩年に右傾化して「楯の会」という民間防衛組織(民兵)を設立した時、三島由紀夫は蟹座に在住するマハダシャーラーフ期であった。



自警団というのは、民間で暴力などを駆使して、社会秩序を取り締まる私設の警察機能である。



三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地で人質を取って立てこもったことも一種の暴力である。



個人主義的で、視野が狭い者が、権威の実行部隊と化し、ファシズムに傾倒し、自粛要請というお上からの通達に従わない者に対して暴力を浴びせる。



蟹座にとって、行為の10室が火星である為か、ファシズム的な混乱した世界情勢の中で、個人的な力によって状況を切り開くということが、非常にフィットしているのである。



まさにこういう時こそ、蟹座的な人物は、活き活きとして力を発揮し始める。



もちろん火星はラージャヨーガカラカであり、良い動機に基づいて行われている良い活動もあるが、火星は凶星でもある為、暴力性や強制性も出て来るのである。





右翼、ファシズム、自警団 = 蟹座





この図式は覚えておくべきである。



小説「風と共に去りぬ」でも主人公のスカーレット・オハラが南北戦争の混乱の中、黒人の暴漢に襲われて、白人たちが復讐をしに向かうシーンが出て来るが、そのメンバーの白人たちは、「KKK」の一部のメンバーを組織した自警団なのである。



「KKK」自体が自警団と言ってもいいかもしれない。




然し、このように蟹座へのダブルトランジットに関して、ファシズムの台頭を警鐘したとしても、非常事態下において、「~来ないで下さい」的なメッセージや、自警的活動が、役に立つ場面も出てきてしまうのが事実である。




これが山羊座-蟹座軸にダブルトランジットが生じている現在の状況である。





蟹座から生じた自警団が、一国家の軍事力に発展する場合




蟹座-自警団の規模が大きくなると、それは一国家の軍隊にもなり得る。




例えば、国民を守る軍隊は、国家にとって、必要不可欠なものである。




メキシコなどでは、政府の力が弱い為、麻薬カルテルなどから国民を守るために自警団を認めて、警察に編入している例も見られる。



メキシコ当局、反カルテル自警団を警察に編入
2014年5月12日 16:12 AFP BB NEWS 発信地:テパルカテペク/メキシコ

【5月12日 AFP】メキシコ当局は10日、同国西部で昨年に凶悪な麻薬カルテルに対抗するために発足した自警団を合法化し、制服とアサルト(攻撃用)ライフルの配布を開始した。

 農業が主要産業のミチョアカン(Michoacan)州で自警団が組織された町の1つ、テパルカテペク(Tepalcatepec)では、配布場所に指定された牧場に、多数の農家の人たちが列を作り、州警察の1組織として新設された部隊の青い制服を受け取った。

 新警察部隊は隣接する町ブエナビスタ(Buenavista)でも結成された。同町では昨年2月、警察がカルト集団にも似た麻薬カルテル「テンプル騎士団(Knights Templar)」から住民を守ることに失敗したため、住民らが自ら武器を取ってカルテルに対抗し始めていた。

 町の広場で行われた宣誓式では、新たに任命された約100人の警官が国家を斉唱。政府は後に、450人の警官が就任宣誓したと発表した。

 メキシコ連邦政府は、自警団員らに警察への登録を10日までに行うよう指示しており、その後に武器を不法所持した住民は逮捕すると警告している。しかし、自警団のリーダーらは警察に協力する姿勢を示す一方で、団員の給与や指揮官の選出などについて、まだ警察との協議が必要な段階だとしている。

 当局によれば、推定2万人いるとされる自警団員のうち、3300人以上が登録を終えた。 登録には締め切りが設けられたものの、ミチョアカン州の治安担当責任者、アルフレド・カスティジョ(Alfredo Castillo)氏は、数日間の遅れは認める意向を明らかにしている。

 自警団を組織する動きは約30の自治体に広がり、危険な準軍事組織に発展するのではないかと懸念する声も上がっていた。



このメキシコのケースの場合、カルト組織のような麻薬カルテルに政府が対抗できない為、自警団のようなものを組織して、自分たちで、犯罪組織から身を守らなければならないのである。




外交において軍事力を行使する国家がある場合、国際機関が介入が出来ない限りは、国家は軍隊を持つ必要があるのである。




然し、ドイツのヒトラーが、他国の侵略を正当化したように自警団のような組織は、その活動が拡大して力を持つと、容易に行き過ぎた行為になったり、自らの暴力を正当化し始める。




冒頭の黒人男性の射殺事件で、犯人の白人親子は、黒人青年を連続強盗犯だと思ったと、警察に供述している。




つまり、自警的な活動であることをほのめかしている。




自警的活動は、蟹座の個人主義から来ており、蟹座の行為の10室の支配星が火星である為、容易に行動がエスカレートしたり、自己欺瞞に陥ることになる。






(参考資料)



なぜ日本人は「自粛しない人」をこれほど攻撃したがるのか
「コロナ自警団」が生まれる背景
2020/04/16 11:00 PRESIDENT Online

政府の自粛要請を受け入れない「不届き者」は制裁されても仕方ないのか。文筆家の御田寺圭氏は「先の見えない不安を解消するため、自粛に従わないという『悪』を攻撃することで、安心を得ようとしている。それはたしかに感染拡大の防止に役立つが、他方で失うものも大きい」という——。

自粛しない人は「犯罪者」「極悪人」とみなされる

「外出・接触8割減」のスローガンのもとはじまった、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための「自粛」要請。市民社会はその要請に応じ、街は人どおりが少なく閑散としており、閉ざされた店の入口には「一時休業」の張り紙が目立つ。

現在のところ、政府や自治体から発信されているのは、あくまで「自粛要請」というお願いベースの申し出に過ぎないものである。「お願い」である以上、本来ならばこちらにはその申し出を断る自由があるはずなのに、そのお願いを聞き入れなかった者は、まるで社会の法秩序を逸脱した犯罪者・極悪人であるかのようにみなされ、市民社会から「私刑」される——そのような相互監視的な同調圧力によって、緊迫感と閉塞感が高まりつつある。

新型コロナウイルスの感染拡大にともなう緊急事態宣言が出ている中、スポーツクラブが営業していることに腹をたて、入口を蹴って壊したとして男が逮捕されました。(中略)調べに対し「緊急事態宣言が出ているのに営業していて、頭に来た。店員に文句を言ってやろうと思ったのに出てこないからドアを蹴った」と話しているということです。
(日テレNEWS24『“宣言出ているのに営業”腹立てドア破壊か』2020年4月10日より引用)

「コロナ自警団」が台頭している

政府の自粛要請を受け入れない「不届き者」を制裁せんと、正義の心に燃える人びとはしばしば過激な暴力をともなうまでに制裁行為をエスカレートさせている。

他方では「感染リスクが高い」と目されるような職業に従事する親を持つ子どもを学校に入れなかったり、感染者の個人情報を晒しあげて村八分にするかのような手段に訴え出たりといった、他者の人権を侵害しかねないような事例も見られるようになった。

いま世間は、緊急事態宣言に乗じて、いわば「コロナ自警団」「コロナ八分」が台頭する様相を呈してきている。

愛媛県新居浜市の市立小学校が新型コロナウイルスの感染を防ぐ目的で、東京や大阪を行き来する長距離トラック運転手の2世帯に、子どもを登校させないよう求めていたことがわかった。新1年生を含む子ども3人は体調に問題はなかったが、8日の入学式と始業式を欠席した。高橋良光教育長は「市教育委員会で感染防止への統一した考えが共有できていなかった。子どもたちやご家族、関係者にご迷惑をかけた」と謝罪した。

(読売新聞オンライン『「親が長距離トラック運転手」…小学校が子どもの登校認めず、入学式・始業式欠席』2020年4月9日より引用)

京都府は8日、同府城陽市の住宅の壁などで、新型コロナウイルスの新たな感染者として実在するかどうか不明の個人名が記された複数の張り紙が見つかったと明らかにした。悪質な人権侵害事案とみており「誹謗中傷は絶対にしないで」と呼び掛けている。
(共同通信『京都、住宅に感染者中傷の張り紙』2020年4月8日より引用)

何をしても「穏やかだったあの日々」は返ってこない

だが、残念ながらこうした「過激な正義」をいくら行使したところで、新型コロナウイルスの脅威に怯おびえる必要もなかった「穏やかだったあの日々」を取り戻すことはできない。それどころか、これまでの社会のあり方を根本から覆すような、不可逆の「歴史の転換点」に直面していることを、多くの人が薄々は気づいているのだろう。

それでも社会は「感染者叩き」や「自粛違反者叩き」をやめることができない。

「ただしさ」が崩壊し、「死の恐怖」が身近になった

これまでだれも経験したことがないような混乱により、自分たちが当たり前のように信じていた社会秩序や社会規範——いわば「ただしさ」——の永続性や安定性が、いま急速に蝕むしばまれている。

未曽有のパンデミックによって既存の社会基盤や経済システムに大きな打撃が与えられ、民主主義的な政治的決断は後手にまわっている。なにより現代社会においてほとんどの人が意識することのなかった「死」の恐怖が、いまはすぐ傍らにある。「今日と同じ明日がやってくる保証などない」という不安を感じずに暮らせている人は少ないだろう。

一向に終息のめどが立たない感染拡大と経済危機によって、自分たちが大切にしてきたこの社会のありとあらゆる「ただしさ」が崩れ去っていく有様を、外出を自粛した自宅の窓からただ指をくわえて見ているのは甚だ苦痛がともなう。2020年の1月、「あけましておめでとう」などと新年を祝ったそのわずか数カ月後に、このような世界が訪れていると、いったいだれが予想できただろうか。

これからもずっと、当たり前に存続していくと信じていた「ただしさ」が動揺し、強い不安に駆られた人びとは、必死に「ただしさ」を修繕しようとする。自分の「ただしさ」の崩壊を食い止め、これを保障してくれるなにかを探し求める。目下のところ「ただしさ」の保障を求める人びとの多くに採用されているのが「ただしくないもの(悪)」を探し出してこれを叩たたき、相対的に自分たちの「ただしさ」を担保するという方法論だ。

どれだけ「悪」を叩いても、安心はできない

人びとはいま「悪」に対して過敏に反応し、攻撃性を高めている。「悪」をみんなで攻撃することによって、自分たちは相対的に「ただしい」ことが確認できる。それで安堵する。自分たちの社会秩序や社会規範がまだこの社会に有効なのだと。政府や自治体の「自粛要請」に従わない人を過剰にバッシングしたり、感染した人や感染が疑われる人の「落ち度」を探して晒しあげ、差別したりする「コロナ自警団」「コロナ八分」は、まさしくいまこの社会から、人びとがよりどころにしていた安心感が急速に失われていることを示唆している。

しかしながら、「悪」をみんなで叩きのめしたところで、ようやく手に入れたはずの「ただしさ」による安心はやはり永続的ではない。またじわじわと指の隙間からこぼれ落ちていき、不安が募ってしまう。結局のところ、いちど「悪」を叩いたらそれで終わりになるのではなく、「自粛」にともなって目減りしていく「相対的な安心感」を補修するために、さらに攻撃性を強めてまた「悪」を探し求めてしまうのだ。

苛烈をきわめる「感染者叩き」や「自粛違反者叩き」は、感染したことを秘匿したり、あるいは感染者の発症以前の行動を正直に報告したりすることを回避するインセンティブを強めてしまう。感染経路の把握をより困難にし、社会的リスクをより大きくしてしまう側面もある。

「ムラ社会」が感染拡大を食い止めるという皮肉

だが翻って、当局からの「自粛要請」をまるで「命令」であるかのように引き受けて忠実に守るばかりか、「感染者」や「自粛違反者」を犯罪者のように率先して叩き、差別的に取り扱うような「コロナ自警団」「コロナ八分」が跳梁跋扈ちょうりょうばっこするような社会だからこそ、諸外国に比べてこの国の感染拡大は比較的緩やかになっている側面があるのだともいえる。

皮肉なことに、西欧的な価値観である自由主義や個人主義がひろく浸透してきた日本社会において、普段は多くの人が「悪しき風習だ」「時代遅れの遺物だ」と批判してやまなかった、日本社会の悪しき側面とされるもの——すなわち「ムラ社会的な相互監視と同調圧力」——が、図らずも感染拡大を食い止める大きな抵抗力のひとつとして機能しているのだ。

感染による被害が日本とは比較にならない規模とペースで拡大する欧米各国では、日本がいま実践しているようなムラ社会的な相互監視と同調圧力を持続的に実践することは、とてもではないが難しい。彼らにできるのはせいぜいアジア人を病原菌扱いして街角から蹴り飛ばすくらいのことだ。その暴力的で差別的なふるまいを自分自身のコミュニティに徹底的に向けることはできないだろう。

「コロナ以外」で死ぬ人を増やしているのかもしれない

今回の社会的混乱は、物事は単純な善悪によって二分することはできないという大きな教訓を与えている。日本が一刻も早く克服すべき「悪しき伝統」とみなされてきた「ムラ社会的な相互監視と同調圧力」は、さらなる繁栄を目指すウイルスたちにとってはきわめて痛手となっているに違いない。だが、こうした徹底的な自粛ムードを共有し、「人びとの社会的活動を著しく制限することで、感染拡大のリスク回避を最優先する」ことは、「実体経済の悪化」という代償を支払うトレードオフ構造を引き起こす。

いまの社会的なコンセンサスは「自粛に全社会的に協力し、感染拡大を防いでいくべきだ」ということだろう。多くの人命を守ると同時に、リソースを保全して医療崩壊を防ぐには、他に手はないように思える。だがそれは多くの代償を支払っている。有形無形の差別や迫害を生じさせるだろうし、新型コロナウイルスの感染で死ぬ人は減らせても、経済的リスクによって死ぬ人を増やすことにもなりかねない。すでに倒産は全国で多数起き始めている。

私たちはいま「すべてにおいてただしい決断」をしているわけではない。ある側面を守るために、別の側面を犠牲にするという「苦しい取捨選択」を連続して強いられているのだ。未曽有の混沌のなか、いまこの社会で起きていること、採用された行動——その光と影の両面を冷静に評価しながら、よりよい方策を模索していくことが望まれるだろう。
参照元:なぜ日本人は「自粛しない人」をこれほど攻撃したがるのか
「コロナ自警団」が生まれる背景
2020/04/16 11:00 PRESIDENT Online

「自粛しないと通報するぞ」自警団を買って出る人が怯えているもの
いつも国家はそこにつけ込む 2020.05.04
真鍋 厚評論家・著述家

まったりディストピア

コロナショックによって、日本中のありとあらゆる領域で分断が生じています。

とりわけ政府や自治体による「自粛要請」を盲信して「自粛警察」(自粛していない店や人を警察のように取り締まったり、実際に通報する行為を指すネットスラング)を買って出る人々と、「補償なき自粛」に異議を申し立てて応じない人々、「規制なき自粛」に何の危機感も抱かずに過ごす人々が、お互いを罵り合って収集がつかない「分割統治状態」が出現しています。

被支配者同士の対立をあおり立てて、支配者への批判をかわす統治手法を「分割統治」と言います。自粛をめぐる3つどもえのバトルは、為政者が頼んでもいないのに勝手連的に沸き起こった地獄絵図です。

都市部を中心に感染者数の増加が収まらず、経済的に困窮する事業者・被雇用者も増えている中で、市民同士による陰湿な相互監視が幅を利かせ、個々の事情などお構いなしに「同調圧力」という暴力が横行しています。

他方、今のところコロナ禍による経済的なダメージをほとんど受けることなく、テレワークの恩恵を享受できている人たちがいることも事実です。巣ごもり特有の「贅沢な悩み」をウェブ会議でほろ酔いで語り、マスク姿の主婦たちは子連れで買い物に繰り出し、公園などに集まって素知らぬ顔で井戸端会議をしています。まるで、パンデミックなど自分たちの生活には大して影響はない、と言わんばかりにです。

筆者はこうした、「深刻」と「楽観」が隣り合うようにして、埋め難い社会の分断が噴出する暗黒世界を「まったりディストピア」と呼んでいます。

感染症で人が死に、仕事がなくなるといった極限状態が展開される一方で、依然被災(こう述べても差し支えない状況になっているでしょう)を免れている人々の間では、実はそれほど変わらぬ日常が続いています。たしかに「ディストピア」感はあるのですが、それは平時にぼんやりと思っていたような破局の光景ではなく、やたらと「まったり」しているのです。

国家は「死の恐怖」で人を動かす

無観客でライブ配信を行なうライブハウスに「次開けたら警察に通報するぞ」と脅し、自粛要請の範囲内で営業している居酒屋に「このような事態でまだ営業しますか?」と張り紙をする「自粛警察」と揶揄される人々は、分かりやすく言えば、増大する「死の恐怖」から逃れるための一時的な代償行為を演じているに過ぎません。実際的な「死のリスク」ではなく「恐怖」からの逃避です。

わたしたちは普段、自らの存在の足下が動揺させられるような大規模自然災害というものですら、ほとんど瞬間的で地理的に限定された「例外状態」として認識しています。

しかし、今回のコロナ禍は、長期化と遍在化によって感染とそれによる死が実際以上のリスクとして強く認識されています。これによって、通常「思慮の外」にあった「死の恐怖」――つまり、自らの身体の動物性、ウイルスの宿主となる動物としての人間、死すべき運命にある動物としての人間といった実存――を意識しないことによって成立していた「自尊感情」が、危機に陥っているのです。

いつの時代も、国家はこうした「死の恐怖」を動員のフックとして活用してきました。ナショナリスティックな言説の背後には、民族の永遠性、共同体への献身といった「死の乗り越え」がしばしばみられます。これによって、わたしたちはただの動物であることを受け入れながら、象徴的に不死を獲得できるというわけです。

けれども現代の国家は、そのような仰々しい役割を担うことを止め、「社会の不条理」は個人の問題、自己責任として処理するよう迫り、国民創生の物語もゴミ箱に捨ててきました。さらに自尊感情の支えとなる家族や地域社会といったソーシャルキャピタル(社会関係資本)はこの数十年間で崩壊し、社会的な連帯も困難になりました。

その結果、わたしたちは溺れかけた人が目の前に浮かんだ流木にすがるように、一時的にせよ恐怖を打ち消してくれる信念や権威に、進んで従おうとしてしまうのです。過剰な「自粛」と「反自粛」は、そのメカニズムの表と裏でしょう。

恐怖と「軽蔑」の関係

社会心理学者のシェルドン・ソロモンらは、このようなメカニズムについて以下の通り述べています。

〈文化的な現実認識が死の恐怖を抑えているからには、自分の信念に反する信念の妥当性を認めれば、自分の信念が抑えつけている恐怖そのものが解き放たれる。そこで私たちはその脅威をかわすために、別の人生観をもつ人々を見下して人間扱いしない。または彼らに私たちの信念を受け入れさせ、彼らの文化を私たちの文化に吸収する、あるいは彼らを完全に抹殺する必要がある〉(シェルドン・ソロモン、ジェフ・グリーンバーグ、トム・ピジンスキー『なぜ保守化し、感情的な選択をしてしまうのか 人間の心の芯に巣くう虫』大田直子訳、インターシフト)

しかも「他者を軽んじるこの傾向は、とくに死を思い起こさせられた直後に顕著となる」というのです。

コロナ禍で感染者を「殺人鬼」と評した政治家が典型ですが、潜伏期間の長さや無症状の者が多いこのウイルスのステルス性によって、すべての他者が「死の可能性」を帯び、自粛に従わずに遊んでいる若者などに至っては無自覚な「死の媒介者」に見えてしまうのです。いわば、人々の一挙手一投足が、恐怖の源泉となっています。

国家や自治体の非公式のサポーターである「ミニ権力者」となり、不愉快な他者を攻撃しているあいだだけ、「恐怖そのもの」は「身近な権威」を借りた正義感や使命感によってやり過ごすことができます。

けれども、そもそも全国民の行動変容を実現し、リスクをゼロにできるというのは完全に幻想です。「自粛警察」は政府の「クラスター対策」と同じく、木を見て森を見ずの状態で、自らの妄想と戦っているのです。いわば逃避の一種です。要するに、何ら現実を直視できていないのです。

楽観という防衛機制

片や、「規制なき自粛」をあざ笑うかのように、何の危機感もないまま、好き勝手に振舞っている人々がいます。

自分だけは大丈夫という「正常性バイアス」の仕業と言ってしまえばそれまでですが、ここでも実は、ソロモンらが指摘したメカニズムが作動しているのです。「自粛ムード」を「楽観ムード」に置き換えただけで、まったく同じ防衛機制が機能していることに気付きます。

いつも通りの習慣を維持すること、これまでのルーティーンを変えないことが、「恐怖そのもの」のストッパーになる――この認識は制御しようがないのです。コロナ対策で営業時間を短縮しているスーパーマーケットやホームセンターなどが、家族連れでごった返すという異常事態が、まさにそれを表してしまっています。

買い物で外出することによるに感染リスクよりも、買い物で得られる精神的な安定性が優先されるのです。ルーティーンを確認できるのであれば何でも良いのです。

しかし、この心性もまた、新たな混乱の種でしかありません。

こうした人にとって「心理的な安心感」は以前と変わらぬ習慣、ルーティーンに大きく依存しています。それがリスクの過小評価に基づく「日本すごい」論となんとなく合わさって、「楽観ムード」に水を差す者、悲観的な見通しを語る者を、原発事故の際の「危険厨」のようなものとして一笑に付すのです。

ソロモンらの警鐘はここでも有効です。「『異なる他人』を見下しているときのほうが、やっかいな死の考えを消し去りやすい」(前掲書)からです。

「第三の道」を拓くことは可能か

もちろん、逆に「日本がニューヨークのような惨状になる」というのも、何のエビデンスもない戯言でしょう。しかしむしろ、日本において最も驚愕すべき事実は、行政側の都合によってPCR検査を厳しいハードルを設けるなどして大幅に抑制してきたために、かえって感染症の流行がどのフェーズにあるのかを正確に把握できるデータがどこにもないことの方です。緊急事態宣言とその開始時期、あるいは解除や延長の妥当性も、判断のしようがないというわけです。

遅かれ早かれ、経済活動は段階的にしろ部分的にしろ再開せざるを得ません。その場合、当然ですが「ゼロリスク」はあり得ません。また、何事もなかったように元に戻す楽観論もあり得ないでしょう。今後、この2つの極論がさらなるいがみ合いを始めることは間違いありませんが、重要なのは、自分たちが生きるために必要な経済活動と健康リスクのバランスです。

まったくアテにならない「自粛要請」に後押しされた「自粛ムード」を金科玉条のごとく受け取らずに、一方で過剰な楽観や危機意識に対する冷笑にも陥らずに、この状況に「殺されないためにできること」を考え抜いて生きることが重要になります。それは「深刻」でも「楽観」でもない第三の道を切り拓くことにつながります。

コロナ禍でも思考停止に陥らずに活路を見い出しているのは、誰のために何を守るのかを明確に見極めることができ、平時から共助のネットワークを大切にしていた人々です。

愚かな国家にも罵詈雑言を投げ付ける市民にも振り回されないために、そして他者を攻撃することで不安を解消する「感情のモンスター」にならないために、この「まったりディストピア」の欺瞞に引きずられない強さをもって、当面はこのコロナ禍と賢明に付き合っていかなければならないでしょう。
参照元:「自粛しないと通報するぞ」自警団を買って出る人が怯えているもの
いつも国家はそこにつけ込む 2020.05.04
真鍋 厚評論家・著述家










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蟹座と自警団」への2件のフィードバック

  1. 田代 淳

    秀吉様

    先日はNYKダウの将来について取り上げていただきとてもうれしく思います。ありがとうございました。

    さて、話は変わりますが、2日前に「中印両軍、国境で殴り合い」がありhttps://www.bbc.com/news/world-asia-52606774
    そして今日は「インド、中国からの脅威に対して戦闘機を発進」というニュースです。https://jp.sputniknews.com/asia/202005127446148/

    どんどんきな臭くなっています。

    近々秀吉さんのTwitterで、インド vs 中国の今後についてのが出るのを楽しみにしています。

    返信
    1. 秀吉 投稿作成者

      「中印両軍、国境で殴り合い」、「インド、中国からの脅威に対して戦闘機を発進」のニュースに関してですが、


      インドの建国図を見ると、牡牛座ラグナで蟹座に惑星集中しています。


      インドは保守的で国内問題に集中するタイプで、外国に対して外交的に打って出るような国ではないですが、


      いざ攻め込まれた時には、頑強な抵抗を示すということではないかと思います。


      攻め込まれた時に強力な防衛力で相手の攻撃をはね返すというのが蟹座です。


      ですから、おそらく中国が悪いということは容易に想像できます。


      これまでの国境線を無視して、領土を拡大していくような行為、挑発行為が横行しているということだと思います。


      それは南沙諸島を巡るベトナムや周辺国との紛争を見ても明らかです。


      また日本でも中国が沖縄、尖閣諸島付近で、挑発を繰り返しており、スクランブル発信する機会が増えているようです。


      今の世界が右傾化し、国家社会主義が台頭して、国家主義、国家主権というものを強く主張する状況では、


      国境線の確定という問題が噴出したり、活性化したりします。


      国境線の問題とは、国家主権と国家主権の境界線であり、外交の領域で、1-7室の軸で表されます。


      その1-7室の軸が緊張しているということが分かります。


      例えば、インドの建国図は蟹座に惑星集中しており、チャンドララグナは蟹座である為、そこからの7室は山羊座です。


      山羊座に現在、土星、木星、冥王星などがトランジットしているので、土星や冥王星などの凶星が7室を傷つけているので、外交関係の緊張が高まっています。


      また木星も通過しているので、保護も働くと思いますが、減衰しているので、それ程、役に立たない感じはあります。


      ですから国境付近での小規模の紛争となり、それで現地の司令官同士が、意思疎通して、取りあえず、その場を収めたということではないかと思います。


      多分、境界警備の両国の兵隊同士が、相手を手で押すとか、押し返すとか、殴るとか、その程度の小競合いであって、銃を発砲するぐらいにまではなってないと思います。


      また中国の建国図は、山羊座ラグナで、1-7室に土星、木星、冥王星などがトランジットして、7室にアスペクトしています。


      つい最近まで、火星もトランジットしていました。火星のトランジットの影響も残っているかもしれません。


      中国の場合、トランジットの火星が水瓶座に移動してもラグナロードの土星にアスペクトする為、1室に対して、依然としてトランジットの火星の影響が見られます。


      つまり、1室に土星、火星、冥王星の影響がある訳ですが、1室とは、相手国の7室をラグナとした場合の7室ですから、やはり他国との外交関係が緊張することを意味していると思います。


      他国との外交関係を表わす1室(7室から見た7室)を土星、火星、冥王星が傷つけていて、それで、国境付近での緊張が高まっているということかと思います。


      苫米地英人が『日本人だけが知らない戦争論』という中で解説していますが、国家同士の戦争とは、常に平常時から行なわれていると考える必要があるということです。


      領土や領海の境界線付近を航空機で飛んでみて、相手国の様子を伺うといった行為が四六時中、行なわれており、戦闘機がスクランブル発信するようなことが年に数百回行なわれています。



      2019年4~12月の航空自衛隊による緊急発進(スクランブル)の回数が742回だったと防衛省が発表しています。

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      緊急発進、中国向け過去2番目の多さ 空自、19年4~12月
      2020年1月29日 12:00 日本經濟新聞

      防衛省は29日、2019年4~12月の航空自衛隊による緊急発進(スクランブル)の回数が742回だったと発表した。この期間では過去4番目の多さで「高止まりしている」と評価した。国別で見ると、中国機向けが523回でトップだった。最多の16年に次ぐ2番目の回数だった。ロシア機向けは216回で前年同期と比べて減少した。

      特異な飛行への対応として、19年7月に発生したロシアと中国の軍用機による島根県の竹島周辺上空への侵入などをあげた。南西方面を担当する部隊の緊急発進が増えた。
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      中国機向けが523回で、ロシア機向けが216回だということです。



      またインテリジェンス(諜報)によって、相手国の重要機密を盗み出すといった行為が四六時中行なわれています。



      国家同士というものは、常に平常時から戦争しているというのが、現実なのだと思います。



      特に戦争になると自国も疲弊してしまうため、世界大戦の教訓もある為、大規模な火力による戦争は出来なくなっていますから、現在の戦争は、経済戦争、あるいは、国境付近での緊張という形を取ると思います。



      戦争は起こるかと聞いてくる人がいますが、今の状況が、既に戦争状態だと言えます。



      つまり、外交とは、1-7室の軸で表され、戦争とは、緊張した外交のことであり、1-7室への凶星の傷つきで表されると理解できます。



      高い関税をかけて、相手国の製品を締め出して、ブロック経済化を図るというのも緊張した外交であり、また新型コロナウィルスが外国から入ってこないように国境を閉じるといったことも緊張した外交です。

      返信

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