ヴァラナシのホテルで出会ったソフトウェア開発エンジニア

ヴァラーティア・ヴィディア・ヴァヴァンでの15日間のセミナーを無事終えて、
私は一緒に行った仲間と別れて、12/31、独りでヴァラナシに向かった。

(SPICE JETという格安航空会社を使用することになったが、インディラガンジー空港の通常の国際線ターミナルから、7kmも離れた所に発着場所があり、そこにバスで移動したが、格安航空は場所が空港の中でも遠くに位置しているようである)

翌日、1/1にヴァラナシの最も有名なガンジス川に向かった。

沐浴している人々の写真で有名な名所である。

タクシーの運転手が朝早く起きて、1/1の日の出を見るとよいと言って迎えに来るというので、
5時に起きてガンジス川に向かった。

ガンジス川に着くと、ボートの運転手が近づいてきたので値段交渉して乗り込んだ。

金額は300ルピー(日本円にして約560円である)

日の出前や日没後のガンジス川を船に乗って川の上から見る光景は幻想的で壮麗である。

川岸には古のマハラジャ達の屋敷が立ち並んでいる。

マハラジャ達がこの聖なる地で過ごすために別宅を建てたようである。

このガンジス川の体験をしている時、色々なことが首尾よく運んだように思われたが、
この日(1/1)からプラティアンタルダシャーが土星期にシフトしていた。

金星/太陽/水星/土星/土星 2011/1/1 10:16~ である。

水星から見ると、土星は8、9室支配で1室に在住しており、1-9の絡みが生じている。
この日、私はタクシーの運転手まかせで、聖なるガンジス河に向かい、その後、ヒンドゥーや中国の寺院など、
多くの寺院を訪ねた。現地の人の話によると、この中国の仏教の寺院にダライラマが1月10日前後に来るという話であった。

土星は月、太陽から見て12室でケートゥと絡んでいるので、その絡みは寺院を表しているようである。

翌日1/2はどこにも行かないで、ホテルの共同バルコニーで休んでいると、アメリカ在住のインド人が、
バルコニーにやってきて、挨拶などしつつ、色々と話すこととなった。

そのインド人はカリフォルニア在住で、ソフトウェア開発会社のマネージャーをしているとのことであった。
シスコのルーターのプログラミングを開発しているとのことであった。

今回は母親が亡くなって遺灰をガンジス河に撒くために来たのだと言っていた。
その日の午後の飛行機で帰るとのことであった。(その人と話をしていたのは午前中だった)

いろいろ話をしているうちに、自分がジョーティッシュを勉強しているという話になったので、
それなら見ましょうかということで、彼のチャートを見せてもらった。

時間が分からなかったが、月のナクシャトラがスヴァーティーの第4パダであるということは、
以前に言われていたらしく、その情報からラグナを修正すると乙女座と獅子座の境界線付近のようだった。

マハダシャー土星期の開始のタイミングで、プログラミングに関する専門知識を身につけたと言っていたため、
土星がケートゥと絡んで5室山羊座に在住する乙女座ラグナに決定した。

父親の仕事は獣医とのことで、9室から見た10室支配の土星がケートゥと絡んでいるので、おそらく正しいと思われた。

1室:乙女座
2室:月
3室:なし
4室:なし
5室:土星R、ケートゥ
6室:木星
7室:なし
8室:火星
9室:水星R、太陽
10室:なし
11室:金星、ラーフ
12室:なし

現在、水星/金星期で、水星は4室を母親のラグナとすると、
7室支配で、ADLの金星は6室支配で8室に在住し、マラカの2室にアスペクトして、2室支配の土星から
アスペクトされている。

もし獅子座ラグナなら4室支配の蠍座から見て、水星は8、11室支配であり、母親のマラカとならない。

そのようなことで、乙女座ラグナではないかと思われた。

外見的には獅子座にも見え、また立ち居ふるまいから乙女座にも見えるのであり、直感的、一瞥的には、
ラグナの判断は付かなかった。

例えば、ラグナが分からない時、自分は○○だから○○と思われると言った論理的な自分なりの説明付けを
持つことは重要ではないかと思われる。

そのアメリカ在住のインド人に質問しながら、あれこれと修正しているうちに、インド人は、
飛行機の時間が来たらしく、空港へと立ち去った。

少しの時間であったが、とても面白い時間であった。

このような時には時間が過ぎていくのを全く意識しないで、気がつくとあっという間に時間が
経過しているのだが、こうした経験がジョーティッシュを学ぶ者にとっての醍醐味かもしれない。

タクシーの運転手に連れていってもらうと、自由が利かなくなるので、翌日は、自分でオートリキシャーを
拾って、ガンジス河に向かった。

あるところまで行くと道が混んでくるので、それ以上、オートリキシャーでは行ってくれず、仕方がないので、
人力のリキシャーに途中で乗り換えた。

すると降りる付近のところで、怪しげなインド人が声を掛けてきて、握手を求めてきて非常に馴れ馴れしく、
話しかけて来た。自分は大沢たかしを案内したことがあるのだと言っていた。

大沢たかしと出会ってから酒も煙草もやめたなどと言っていた。

私がガンジス河に向かって、歩いて行くと、彼が付いてきて、勝手にガイドを押し売りしてきて、
特にそれが直ぐに代金を請求される訳ではないため、ついつい話を聞いてしまった。

然し、何度も同じ話をしているのか話が非常にうまく知識が豊富である。

ヒンドゥー教のシバ神とパールヴァティーについての話など、非常に参考となる話を押し売りながらも
してくるのである。

そのガイドはガンジス河のほとりで伝統的に行われている火葬場に案内してくれた。
特に建物で覆われているわけではなく、吹きさらしの外で、火を焚いて火葬が行われていた。

その場所に関しては撮影が禁止であった。

ヒンドゥー教徒は死んだら遺体を焼いて灰にしてガンジス河に返すのだという。

一方で、イスラム教徒は土に埋めるのだと強調していた。

実際に布にくるまれた遺体が燃やされているのを目の前にしてその話は非常に現実感を伴っていた。

遺体はすべて燃やすのに3時間かかり、燃やすための木材は1kgが500ルピーとのことであった。

小さな子どもとか、妊婦とか、聖人の場合は、穢れていないため、燃やさずに遺体をガンジス河に沈めるとのことであった。

私が遺体を沈めるといっても、もし浮き上がってきて、川の上に浮かんでいたりしたらどうするのだと聞くと、ガイドが石を縛って沈めるので浮かんでくることはないと説明してくれた。

ガンジス川は深いところで40mにもなるそうである。

火葬場は24時間365日稼働していて、一日たりとも火が絶やされることはなく、また燃やすための火も、
何千年も前からずっと継続して燃え続けている種火を用いていると言っていた。

火葬場の傍にある建物に上っていくと、そこで、身寄りがなく死を待つ人たちがいて、その人たちを
世話する係の人がきて、ガイドがここから先はこの人の方が詳しいので、この人から説明しますと
言って、この世話係の人が話し始めた。

なんでも、JAICAなどの政府系の非営利団体がこの死を待つ人の建物にやってきて寄付をするとのことであった。

そのようなことでこの世話係からヒンドゥー教徒が亡くなるとその遺体を灰にしてガンジス河に戻し、
そして、再度、生まれ変わってくるというヒンドゥー教の死生観と、神聖なヒンドゥーの伝統について聞かされたのだが、最後にこの死を待つ人たちのための木材を購入するための費用をいくらかでも寄付してほしいと言われ、
これはカルマ的な徳積みにつながりますと言うのであるが、神聖な話を聞いた後で断れない雰囲気が出来上がっており、仕方がないので500ルピーほど渡すと、これでは少ないという表情をして、世話係の顔が一瞬曇った。

然し、世話係は直ぐに気を取り直したので、サンキューと言って、そのまま別れた。

私も本当によいことであれば別に500ルピー程度払ってもいいのであるが、唐突で、この人物にお金を渡して、
本当に奉仕につながるのか、ゆっくりと考える時間もなかった。

この世話係は実際にそこで仕事をしていた様子だったが、実際の所はよく分からず、私は騙されたのかどうか、
最後まで全く分からなかった。

インド人たちは、ガイドの押し売りをしてきたインド人から、死を待つ家でヒンドゥーの神聖な伝統の解説をしてくれた世話係の人間も、皆、全員、グルなのではないかと、猜疑心が浮かび上がっても来ていたが、実際、本当の所は、全く分からなかった。

そのようなことで、私も今まで知らなかったのであるが、ヒンドゥー教徒には、墓というものがなく、
死んだら皆、灰となって、ガンジス河に流されるのである。

然し、その火葬場の付近は全く、腐臭とか、においは全くせずに非常に清浄な感じを受けた。
実際、世話係も、においがないのに注目してくださいと言っていた。

これはガンジス河のこの場所が神聖な場所であるからだとガイドが説明した。

実際、土葬などに比べると、これははるかに清浄で文化的にも優れていると思われた。
8億にも及ぶ、インド人のそれぞれが墓などを持ったら、大変なことになるし、経済的な負担や、
墓をつくるには土地も必要となるので、そうした資源の消耗を考えると、ガンジス河に灰を流す、
このシステムは、ヒンドゥー教の死生観と結びついて、理にかなっている。

このような展開で、私はこの押し売りガイドのおかげで、非常にこのガンジス河のほとりで
行われていた敬虔なヒンドゥー教の伝統について知ることとなり、少しショックを受け、また勉強になった。

日本のように火葬場に行ってもすべてが隠されていて、あっという間に終わってしまうのとは違って、
ガンジス河のほとりで見た光景は、死というものを身近に感じさせる体験であった。

また自分もいつかは灰にならなければならない運命というものを考えた。

 

この押し売りガイドはその後、シタールのお店に連れて行ってくれたり、自分の弟がやっているという、
シルク製品の店に案内してくれたが、私がそれらを買えば、その店からバックが入るかららしかった。

シタールの店では店長が実際に演奏してくれたので、単に押し売りされたというよりも、貴重な経験が出来た辺りは、やはりスークシュマダシャーが土星期だからであると思われた。

プラティアンタルの水星からみてスークシュマの土星が9室支配でラグナにあるため、何かたとえ、押し売りガイドであるとしても、非常に霊的、精神的な体験ができるようになっていたようである。

シタールの店については、実際に他の場所や日本で買えば、非常に高いものが、ここで買うと安く買えるとのことであった。

次に行ったのは、弟の店であるが、ここは日本人の買い物客が大勢くるらしく、私が行った時も既に日本人たちが
座っていて、品物を買わされていた。

そして、大沢たかおとか、長沢まさみとか、取材で訪れた芸能人たちの写真を見せてくれた。

どうやら日本人をターゲットにして、私がリキシャーで、ガンジス河に到着した時にすでに私の動きを捕捉して、
ガイドの押し売りを仕掛けてきたのだということがよく分かってきた。

このガイドはすでに何百回と同じプロセスを繰り返しているのかもしれない。

この店で値段を聞いてみると、全く安くない値段だった。

然し、このガイドは押し売りながらも非常によい仕事をしたことは確かであり、その辺りが、心にくいところである。

私が映画の最新作を見たいというと近くの映画館まで案内してくれた。

彼らは押し売りにより自分自ら仕事を作り出して、相手は同意していなくてもサービスを提供し、そして、そのサービスの質により相手を圧倒することで少しでもチップなどの見返りを貰ったり、品物を購入した際に店からバックをもらうなどのたくましい人間たちである。

彼らとの関わりで悲しいのが最後の場面である。

映画館まで案内してくれて、私が映画を一緒に見ようというと、彼は妻が病気で、家も遠いので、
帰らなければならないなどと、言い訳がましいことを言い出し、今日の案内でもし勉強になって、
ハッピーだったなら私に少しチップを下さいと言いだした。

彼の仕事が終わって、もう私と関わる意味がなくなった瞬間である。

私を店に案内して、私に少し買い物をさせ、一通り仕事を終えたのである。

彼はガイドの間、カルマの話などをして、私は母親が怒るので酒も飲まないし、煙草も吸わないなどと、
言って、真面目な様子であったのが、仕事が終わりかけた最後の方では、
あなたは酒とか煙草はやらないのか、と質問してきて、ずいぶん真面目なんですねなどと言って、
むしろ、私にそれらをすすめるような態度に豹変したのは印象的だった。

私はあなたは無報酬で奉仕で私にガイドをしてくれたのではなかったのかといって、
その押し売りガイドに向かって怒り、あなたの行為は奉仕だったはずだが、何故、金を要求してくるのだと言って怒った。私はあなたがガイドしてくれたので、弟のおみやげ屋で買い物もしたではないかと言って怒った。
(実際、買うのが当たり前といった雰囲気に押されておみやげ屋でTシャツを2枚買ったのである)

彼も激しい口調で、もしあなたが少しでもハッピーだったならお金を下さいと言っているだけで、もしあなたがお金を払いたくないならそれでもかまわないと言って、激しく応答して言い合いになった。

彼は弟の店で買っても私には一円も入らないとも言って激しく応じて来た。

私は最後にチップとして100ルピー(200円)だけ渡したが、
彼にしてみれば私は嫌な客だっただろうと思われる。
















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