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ヒトラーの予言 ー 水瓶座時代の悪夢のシナリオ ー



最近、youtubeでヒトラーの予言について言及する動画がいくつかあるが、


2チャンネルでヒトラーの予言が当たっているという書き込みがなされてそれが話題となっていたようである。


その種本となっている五島勉の「ヒトラーの終末予言 側近に語った2039年」という本を私も読んでみた。


以前、1988年に出版された『1999年以後-ヒトラーだけに見えた恐怖の未来図』という本に一部加筆し、改題された復刻版である。


非常に興味深い本であり、また他に最近、出版された本とあわせて考察すると、現代の問題が明確に浮かび上がってくる。


ヒトラーの思想に関心が集まっているのは、以前も書いているが、2017年から天王星が牡羊座に入室し、世界が急速に右傾化しているからである。


その時、ブレグジット(英国のEU離脱)、トランプ大統領の当選などが生じ、反グローバリゼーション(すなわち保護主義)というキーワードでそれらを理解する人も多い。


以前、天王星が牡羊座をトランジットしていたのは1930年代であり、ファシズムが台頭し、ナチスが第一党となり、日本でも青年将校が2.26事件などを起こして、世界的に国家社会主義が台頭した時代であった。


その当時の状況が今現在、再現されているのである。



1929年秋に世界恐慌が発生し、世界各国は経済的危機をブロック経済、保護主義で対応しようとした。


スターリングブロック(イギリス・ポンド圏、オタワ協定)
フランブロック(フランス・フラン圏、ルール占領)
マルクブロック(ドイツ・オーストリア、ライヒスマルク(・オーストリア・シリング)圏、独墺関税同盟案→ラインラント進駐)
ドルブロック(アメリカ・ドル圏、ニューディール政策)
円ブロック(日本・円圏、日満経済ブロック)


上記のような自国民を中心とした経済圏を作り、諸外国との自由貿易を停止し、需要が外に漏れださないようにして、自国民だけで経済を回していこうとする措置である。


外国に植民地を持たないドイツは、ブロック経済、保護主義と同じような発想で、諸外国の領土を侵略して、ドイツ帝国を建設することによって、この経済危機を乗り越えようとした。


ヒトラーの「国家、民族が存亡の危機に立たされる場合においてのみ他国の領土を侵略する道徳的な正統性が認められる」といった思想によって、その侵略が正当化されたが、各国もブロック経済で他国のことは考えずに自国民だけで、生存を図ろうとした点では同じであった。



現在の世界情勢を見ていても全く似たような状況である。


先日、アメリカの指示で、カナダでファーウェイの副会長が逮捕拘束され、それに対抗して中国が、カナダ人を逮捕拘束し、死刑判決を下したりしている状況からは、法による秩序など全くなく、国家権力同士の利害が激しくぶつかりあい、ルール無用の闘争(戦争)が行われている様が見て取れる。


アメリカ政府が中国製品に高い関税を掛けて、アメリカの市場から締め出し、まさにブロック経済、保護主義によるアメリカと中国の経済戦争が勃発している状況である。


人類は既に2つの世界大戦を経験しているため、容易に実際の戦争に突入することはなかったとしても、現在、世界は戦争状態といってもいい状況である。



従って、民族主義、国家社会主義などが台頭している現在、学問的にもヒトラーの思想が改めて注目される状況である。



最近、出版されたユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』という本でもヒトラーのことが言及されており、また『国家と品格』がベストセラーになった藤原正彦氏が、最近、『国家と教養』という本を出しているが、その中で、この本を書くにあたりヒトラーの『わが闘争』を初めて読んだと記されていた。


つまり、ヒトラーの思想を研究することは、現代の右傾化した社会を理解する上で、必須なのである。




2016年6月日本の相模原で、知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で、元施設職員の男Aが侵入し、所持していた刃物で入所者19人を刺殺する事件が発生し、世界の指導者からの追悼のメッセージも届いた。それ程、衝撃的な事件だった。


この元施設職員の男が、ナチスドイツの優生思想を肯定し、衆議院議長の大島理森に手紙を送っている。



2016年2月半ば、Aは衆議院議長公邸を訪れ、衆議院議長の大島理森に宛てた手紙を職員に手渡した。この手紙には、犯行予告とも取れる文言があり、同施設と、同県厚木市内の障害者施設の2施設が、標的として名指しされるとともに、「職員の少ない夜勤に決行」、「職員には致命傷を負わせず、結束バンドで拘束して身動きや外部との連絡を取れなくする」、「2つの園260名を抹殺した後は自首する」など、具体的な手口が記されていた。そして、「作戦を実行するに私からはいくつかのご要望がございます」として、「逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせる」「心神喪失による無罪」、「新しい名前(伊黒崇)や本籍、運転免許証など、生活に必要な書類の発行」、「美容整形による一般社会への擬態」、「金銭的支援5億円」といった条件を、国から確約してほしいという旨の記述があり、その上で「ご決断頂ければ、いつでも作戦を実行致します。日本国と世界平和の為に、何卒よろしくお願い致します」と綴られていた。

(wikipedia 相模原障害者施設殺傷事件)


犯行を作戦と呼び、完全に思想犯であり、確信犯的に行ったことが衝撃的である。


犯行後の措置などについても具体的に言及しており、犯行当時に心神喪失状態だったでは済まない案件である。


精神鑑定で「自己愛性パーソナリティ障害」と診断されたようだが、自己愛性パーソナリティ障害では、現実検討能力がひどく失われることはない。


従って、責任能力は十分にあることになる。


私は、この元施設職員の男Aが、物質性の勢力に憑依されていたのではないかと考えている。




神智学やアリスベイリーの著作の概念(7種光線論等)を元に考えてみる


物質性の勢力とは、神智学の概念であるが、宇宙の進化の弧である光の勢力に対立する退化の弧である。


神は自らを物質に降下させ、再び霊に帰還するという運動である。


ニーチェが言った永劫回帰のような概念であるが、神智学では、我々が生きる目的は物質を霊化していくことであると記されている。


つまり、物質に降下した神が霊に帰還する物語の中で、何らかの役割を果たすことが人間が転生する目的である。



物質性の勢力とは、この宇宙の進化の弧に従うのをやめて、物質の価値に固着したある進化段階の勢力のことである。


アリスベイリーによれば、アトランティス文明の半ば頃、光の勢力(マスター)の教えに逆らって、高度に進化した弟子たちの中で、その教えから離脱した一団があり、それが黒魔術の起源だとされている。


そして、この光の勢力と物質性の勢力の戦いが最高点にまで達した時、アトランティス文明が崩壊させられて、天変地異によって文明が失われたのである。


地球の惑星ロゴスによって、人類の文明を一旦、滅ぼすことが決断されたと記されている。(注:記憶ではそのように書いてあった・・・見直す必要あり)



このアトランティス文明の崩壊は、「大洪水」として世界中の神話や伝説として残っている。


従って、現在の人類の歴史というのは、大洪水後の廃墟からスタートしたのである。


そして、アリスベイリーによれば、このアトランティス文明の光の勢力と物質性の勢力の戦いが、第二次世界大戦の時に再び、当時の主要なメンバーの元で再現されたということである。

(因みにアリスベイリーの著書は、光の勢力の一団の一人であるジュワル・クール大師からのテレパシーによる口述筆記によって記された本であると言われている)



そこで、五島勉の「ヒトラーの終末予言 側近に語った2039年」の話に進むが、この書の中に非常に興味深いことが書かれている。



第一次世界大戦の時にヒトラーは各部隊との連絡役として、西部戦線の北仏・ベルギーなどに従軍していたが、その時にヒトラーがその後、”あいつ”と呼んだ存在によって憑依されたようである。



その”あいつ”が飛んで来る英軍の砲弾からヒトラーを救ったのである。


彼の背後にいた”あいつ”とは?

これが魔予言者ヒトラーの、いわば鮮烈なデビューだったと私は思う。そして、そう思うかどうかは別として、右の事実そのものは欧米のすぐれた研究者たちが確かめ、こまかい違いはあっても何人かが記録している。

たとえば米国のピューリツァー賞作家ジョン・トーランドは、精密なドキュメント『アドルフ・ヒトラー』の中で、ヒトラー自身が、のちに英国の通信社特派員ウォード・プライスに語った言葉として――

「わたしはあのとき、戦友たちと夕食を摂っていた。すると突然、ある声がわたしに、”立って向こうへ行け”と命じた。

この声が、あまりに明瞭に同じことを繰り返したので、わたしは上官の命令を聞くように機械的に従い、20ヤードほど移動した。

とたんに、いままでいた場所から衝撃と轟きが押し寄せた。そのときまでわたしも属していたグループの上に、流れ弾が炸裂して一人残らず死んでしまったのだ」
(永井淳氏訳・集英社版・上巻・73ページより要約)

つまりこれは、ヒトラー自身の判断ではなかった。彼の内部深くから噴き上げた何かの声、または外界か異界のどこからか来た、彼以外の誰にも感知できない妖異な命令だったのだ。

「そうだ、それは”あいつ”の命令だった。あのときから、わたしには”あいつ”が憑くようになった。恐ろしいことだ。わたしは”あいつ”に選ばれて取り憑かれたのだ」

彼はあとで、側近たちにもこうも語っている。それだけでなく、語っている最中、ふいに立ち上がって目を剥き、「あいつだ、あいつが来た。またわたしに未来を教えに来たのだ。そこにいる、そこだ!」あらぬ方を指して絶叫することもあった。

こういう状態を普通は「神がかり」と呼ぶ。そして、ヨーロッパでは、「神」といえば、まずキリスト教の神(キリストが”天の父”と呼んだ唯一神ヤーウェ)のことである。

ところが、前章(23ページ)の『わが闘争』でもおわかりのように、ヒトラーはいっさいのユダヤ思想を認めなかった。ユダヤを憎んで絶滅しようと決めていた。

だからユダヤの神や、それを受けついだキリスト教の神が、彼を選んで未来を教えてくれるなんてことはありえない。

では「悪魔」が憑いたのか。またはユダヤ・キリスト教と対立する古代ゲルマンの、血の復讐や怨念や、炎や氷の神々が憑いたのか?

そうかもしれない。このへんはただの言葉のあやではなく、彼の深層意識を解く重大なカギになってくる。あとで触れるが、彼の心の深い基盤には、ゲルマンの「黒魔術」があったらしいからだ。

だが、もっと合理的な説明を求めるなら、それはやはり戦争だ。彼がこういう無気味な能力を持つようになったのは、あくまでも第一次大戦の戦場――さきの榴弾を予知した数日前のことだったから・・・・。


(『ヒトラーの終末予言 – 側近に語った2039年』五島勉著 祥伝社 より引用抜粋)


その”あいつ”と呼ばれる存在は、大戦が終わってもヒトラーから離れずにヒトラーの体に棲みついて様々な未来にをささやき、単なる予知以上のことまで告げ始めたという。


そして、その”あいつ”は、ヒトラーに世界征服の大戦を起こすことを命じるのである。


生死の瀬戸際で噴き出した予知力

それまでのヒトラーは、気の弱い落ちこぼれの一青年にすぎなかった。望んでいた美術学校の入試にはパスできず、事務や計算にも向かないため定職につけず、父親のわずかな遺産をポケットに街をさまようだけの・・・・。

しかしそれが、ほかに行き場所もなくなった感じで軍隊を志願、第一次大戦に加わってから、いろんな激烈な体験が否応なしに彼を襲った。

とくにイープル戦線でぶつかった英軍。これが決定的な一つのモメントになった。

英軍はこのとき、史上初めて、飛行機から爆弾を落とし、機銃を射った。また、やはり史上初めて、キャタピラ(無限軌道)で走る戦車を繰り出したのだ。

「それは、まるで怪物だった。未知の恐怖だった。あれに追われながらわたしは感じた。いまでさえ、こんなものが現れるのなら、人類はいずれ、もっと恐ろしい怪物の未来を持つ。際限なく持つようになるぞと・・・・」(のちに第一側近となるヨゼフ・ゲッペルスに語った言葉)

この、生死ぎりぎりの衝撃が、彼の深層意識に火をつけた。彼は夢中で怪物たちから逃げた。そして、とある沼地のほとりでハッと気づいたとき、自分がそれまでとまるで違う人間に「変わってしまった」のを感じた。

「異常変化だった。それから起こることが全部わかるように感じた。実際わかった。人類の未来が、すべてわたしの前にありありと見えだした。”そうだ、そのとおりになる。おまえにはわかる。おまえはその力を持った”と、”あいつ”も耳もとでささやいてくれた」

これもゲッベルスに語った思い出話である。どのくらい、どんなふうに未来を見たのかわからないが、ともかく彼は悪魔的な予知力を持ったことを、破滅の戦場で自覚した。その確信を、何かわからない”あいつ”が、がっちり支えた。

しかも大戦が終わっても”あいつ”はヒトラーから離れなかった。「ついには、わたしのからだの中にほとんど棲みつくように」なった。

そしてさまざまな未来をささやき、単なる予知以上のことまで告げはじめた。


「アドルフ、おまえは選ばれた。試練にも耐えた。おまえはドイツ民族を率いてヨーロッパを制覇する。新しい世界を打ち立てる。それがおまえの使命だ」

「おまえがそれをやらなければ、今世紀後半も21世紀も、ユダヤが地球を支配することになる。金も食糧も兵器もユダヤが支配する。世界はユダヤとその代理人どものものになる。だからユダヤを倒せ。絶滅しろ」


「そのためにも、まず政権を握れ。片足の不自由な変な小男が見つかる。その男は天才で、おまえの最大の協力者になる。

その男を充分に活用すれば、おまえが45歳になるまでに政権が手にはいる。50歳で世界征服の戦争が始められる」

「それを忘れるな。おまえは25歳で選ばれて能力を得た。そして生まれてから50年目、おまえは世界征服の大戦を起こすのだ。

さらに生まれてから100年目、150年目――つまり11989年、2039年――もうおまえはいないにしても、そのとき人類は、新しい次の段階を迎える。それが何かも、いずれおまえだけに教えよう・・・・」

(以上は、ヒトラーがエヴァ・ブラウンに語った内容を、エヴァ・ブラウン本人から聞いたヒトラーの侍医モレルが残したもの)


(『ヒトラーの終末予言 – 側近に語った2039年』五島勉著 祥伝社 より引用抜粋)


秘教学徒の間では、ヒトラーは、2人の物質性の大主によって憑依されていたという情報が共有されている。



つまり、ヒトラーは物質性の勢力の道具として利用されたのである。



物質性の勢力は、ヒトラーを通じてヨーロッパを1000年間、支配する計画であった。




アリスベイリーによると、世界で最も古い民族であるユダヤ民族の中で、高度に進化していた3人のユダヤ人の弟子が師からの物質を手放すことを指示する教えに逆らい、師を殺害して埋葬したのである。



これがフリーメーソンの悲劇の物語であり、この3人のユダヤ人がフリーメーソンの起源だとされている。



つまり、フリーメーソンはその歴史の初期において、元々上層部の方は、腐っていたということである。



もしフリーメーソンの上層部に師の教えに逆らったユダヤ人の祖先(黒魔術の起源、物質性の勢力)がいたとするならば、ヒトラーに憑依してユダヤ人撲滅を指示したのも、そうしたユダヤ人の祖先(2人の物質性の大主)であるか、もしくは関係があるということになる。



『ホロコースト産業―同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち』(ノーマン・G.フィンケルスタイン著)という本があるが、ユダヤ人の苦しみを利用して最も金儲けをしているのが、ユダヤ人エリートであるそうであり、やはり、ここにも同じ構図が見られる。




支配者階級にとって右や左のイデオロギーは全く関係ない


フリーメーソンの末端のメンバー(労働者階級)は、リベラルな世界共和国の樹立を目指して、フランス革命やアメリカ独立革命戦争を陰で支援したり、民主主義や人権の普及に尽力してきたのだが、上層部(資本家階級)の方は、物質的な価値観に染まったグローバリストで、国際金融資本と多国籍企業により世界の市場化を推し進めて来た。


私は、外交問題評議会や三極委員会、ビルダーバーグ会議など、デヴィッド・ロックフェラーが大きな役割を果たしてきた世界のエスタブリッシュメント(金融資本家、多国籍企業の経営者、王侯貴族)の国際的な会合は、現代のフリーメーソンであると考えている。


※この現代のフリーメーソンという時に、「フリーメーソン」という言葉は象徴的に使用しており、歴史上の特定の結社などを意味していない



この現代のフリーメーソンが推し進めるのが、十四万四千人のエリート官僚と六百万人プラスアルファーの役人によって管理される世界統一政府である。


米国では戦後、IMF、世界銀行、国防総省(軍事産業、CIA)などによって、世界の市場化(植民地化)を進めてきた歴史があるが、これらは国家政府と企業が連携したコーポラティズムであり、国を挙げて世界の支配を推進してきたと言える。


デヴィッド・ロックフェラーというと、カストロと握手したり、ネルソン・マンデラと握手する写真に見られるように国際主義者で、自由主義(リベラル)の側に立つ人間というイメージがあるが、実際は、米国の帝国主義的なコーポラティズムの中心人物でもある。


ネオコンなどの背後にいたのもデヴィッド・ロックフェラーであり、ある時は米国の国益と一体化して右翼的に振る舞うのであるが、一方では、外交問題評議会や三極委員会、ビルダーバーグ会議などで国際主義者として重要な位置を占める右や左に限定されない人物である。


コーポラティズムとは、元々は、ベニート・ムッソリーニなどのファシストが主張した国家政府と企業が連携する統制経済のことで、国家社会主義であり、右翼用語で、本来は、自由主義(リベラル)、自由な市場とは両立できないものなのだが、デヴィッド・ロックフェラーは、世界の市場の自由化を推進する一方で、同時に米国政府と企業が一丸となった国家社会主義的なコーポラティズムを推進して来たのである。


普通は両立できなものが両立しているのであり、第二次世界大戦で独り勝ちして巨大な力を担った米国だからこそ得られた立場であり、外に対しては、自由市場というルールを押し付け、自らは、そのルールの外にいて、自由市場のルールを守らず、国家政府や軍事力を使って、政治的に介入していくのである。


日本の戦後の経済的躍進は、国家と企業が連携したコーポラティズムによる成功でそれは護送船団方式などとも呼ばれたのだが、米国が日本を共産主義への防波堤とするために日本の経済的躍進を後押しした。


然し、冷戦終了後、日本は米国にとって競争相手(仮想敵国)となり、米国は自らはコーポラティズムを推進しているにも関わらず、日本には政府の規制緩和、自由化、市場原理を要求し、軍国主義的なコーポラティズムを解体させたのである。


左翼を通して世界の支配を進め、ある時は右翼を使って世界の支配を目論むのが物質性の勢力であり、デヴィッド・ロックフェラーが構想した世界統一政府は、ヒトラーの第三帝国とほとんど似通っている。


アメリカ合衆国の経済力や軍事力を使って成し遂げる世界統一政府である。


何が言いたいかと言うと、物質性の勢力が右や左の人物を操って、人類を支配することを常に目論んでいるということである。




ヒトラーが予言した2039年の人類


ここからが本題であるが、ヒトラーが人類の未来をどのように予言しているのかということである。


「ヒトラーの終末予言 側近に語った2039年」には以下のように記されている。


(このヒトラーが側近に語ったとされる言葉は、著者の五島勉氏によって、断片的に散らばっている様々な資料から寄せ集められて組み立てられたようである)



ただ諸君。それでも人類はいなくなるのだ。いまの意味での人類は、そのときもういない。なぜなら、人類は2039年1月、人類以外のものに”進化”するか、そうでなければ退化してしまっているからだ」

一部は”神人”に、残りは”ロボット生物”に変異する

「それをもっとはっきり言えば、人類の一部はそのとき、人類から、より高度なものに進化して、神に近い生物になっている。人類から神のほうへ進化するのだから、それは”神人”(ゴットメッシュ)と呼んでかまわない。

残りの大部分は、これも進化なのか退化というべきかはわからないが、一種の機械になっている。ただ操られて働いたり楽しんだりするだけの、完全に受動的なロボット生物になっているのだ。

それまでの気候異変と環境異変、政治と娯楽と食物、それから起こる突然変異が、そのようなロボット生物を大量に生み出す。

”神人”のほうも同様で、同じ原因から生まれてくる。ただ突然変異が大脳にプラスに働いて、進化の方向がロボット生物と別方向になるだけだ。

その前段階の超人たちも、より進化して神人になる場合がある。いずれにせよ、彼らはいまの人間の数次元上の知能と力を持つ。

彼らは団結して地球を支配する。それまでのあらゆる危機や問題は、彼ら神人たちの知能と力で急速に解決されていく。

ロボット生物たちのほうは、それに従って生きるだけだ。これはある意味では気楽な身分だ。戦争も気候も経済も、神人たちによって制御されてしまうので、ロボット生物たちは神人たちの認める限度で、多くのものを与えられる。

食物と住居も、職業と娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも与えられる。

ただロボット生物たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。しかし、じつは神人たちがすべてを見通して、管理工場の家畜のように彼らを育て飼うことになるのだ。


こうして人類は、完全に二つに分かれる。天と地のように、二つに分かれた進化の方向を、それぞれ進みはじめる。一方は限りなく神に近いものへ、他方は限りなく機械生物に近いものへ。

これが2039年の人類だ。その先もずっと人類はこの状態をつづける。そしておそらく2089年から2999年にかけて、完全な神々と完全な機械生物だけの世界が出来上がる。地上には機械生物の群れが住み、神々がそれを宇宙から支配するようになるのだ


(『ヒトラーの終末予言 – 側近に語った2039年』五島勉著 祥伝社 より引用抜粋)


ここで不気味なのが、大多数の人類が、一種の機械になってしまい、ただ操られて働いたり楽しんだりするだけの、完全に受動的なロボット生物になってしまうということを予言している点である。


一方で、大衆を支配するエリートは、より高度に進化して、神に近い存在となり、今の人間の数次元上の知能と力を持ち、宇宙から機械生物となった人類の群れを管理するようになるというのである。


2039年の人類とは、そのように超人的なエリートと、受動的で機械生物のようになってしまった完全なる家畜のような一般大衆に極端に二分化していくということなのである。


これを読んだ時、私はレイ・カーツワイルのシンギュラリティー(技術的特異点)の話に妙に似ているのを感じた。




レイ・カーツワイルの『ポスト・ヒューマン誕生-コンピュータが人類の知性を超えるとき』で展開している議論では、ムーアの法則によれば、人類はまもなくコンピュータの処理能力が人類の知性を越えてしまうシンギュラリティー(技術的特異点)を迎えるのであるが、その時が来た時、人間の脳はリバースエンジニアリングによる解析が終了し、生物としての人間を超える人工知能が誕生し、人類は、遺伝というその生命としての枷を取り払い、生物としての限界を超え、知性、物質的進歩、寿命において、信じられないほどの高みにまで到達するという。

人類は、ナノテクノロジーや遺伝子工学、ロボット工学、人工知能などのテクノロジーが幾何級数的に進歩して、人間と機械が融合して、身体をアップデートして不老不死を得たり、個人の精神のパターン-知識や技術、人格、記憶など-をコンピューターにアップロードすることも出来るようになるという。


つまり、人類は神に近い存在、超人になっていくということである。


但し、レイ・カーツワイルは、コンピューターのメモリーに人間の意識をアップロードできると考えるほど、楽観的に物質科学を信じている。


またそのような恩恵を享受できるのは金を持っている支配者階級だけであり、貧しい一般大衆はそのような恩恵を受けられないとは考えていない。


技術革新は、サービスを安価にする為、誰でもその恩恵を享受できるようになると考えている。



レイ・カーツワイルはこのシンギュラリティー(技術的特異点)が2045年にやってくると考えているようである。


ヒトラーは、2039年1月、いまの意味での人類はそのときもうおらず、人類以外のものに”進化”するか、そうでなければ退化してしまっていると予言しており、その日付は、レイ・カーツワイルの指摘するシンギュラリティー(技術的特異点)の期限に非常に近いものがある。




ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』の論点



ユヴァル・ノア・ハラリは、前作の『サピエンス全史』が全世界で800万部を突破するベストセラーとなり、一躍脚光を浴びた歴史学者であるが、その次の作品として『ホモ・デウス』を著している。



『サピエンス全史』は石器時代から始まる人類の歴史について考察し、『ホモ・デウス』は、人類の未来について考察した本である。






ユヴァル・ノア・ハラリは、レイ・カーツワイルよりも悲観的な人類の未来を予想している。






そのユヴァル・ノア・ハラリが描く人類の未来は、ヒトラーの予言に近いものがあり、おそらくヒトラーの予言も知った上で、それにもインスピレーションを得ながら警鐘の意味も込めて書いているのかもしれない。



ユヴァル・ノア・ハラリの論点を簡単に説明すると、人類は、飢餓と疫病と戦争を克服した(克服しつつある)ので、次に目指すものは、人間が更に生命と幸福と力を渇望する結果として、老化と死の克服であり、人間を神にアップグレードし、ホモ・デウス(神)に変えることであるという。


現在、人間を支配している思想は、人間至上主義であり、それは全てが神を中心に回っていた中世のキリスト教世界などからルネサンスを経て、近代に移行する過程で得られた人間の自由意志や決定を賛美する新しい思想である。


その人間至上主義、人間自身が神であるという思想が、近代革命 -産業革命や民主主義(自由主義)-をもたらして、今に至るということである。


そうした考察に続けて、人間と動物の違いについてユヴァル・ノア・ハラリは考察する。


動物は、生化学的アルゴリズムであり、コンピューターや機械に近いものであるというのが、生物学の最近の学説であるという。


そして、人間もそれが複雑になっただけであり、結局の所、生化学的アルゴリズムであり、機械に過ぎないのだという考えが、生物学の主流の学説である。

このような生化学的アルゴリズムからどのようにして意識が生じるかという疑問は残るが、生命科学者たちは、ますます人間の体内で起こる生化学的アルゴリズムを詳しく分析し、人間の行動のメカニズムを解明しつつあるという。

そうすると、人間至上主義の観点からは、最も尊いと思われていた人間の自由選択や意思決定、すなわち意識や意志を持って主体的に選択し、決定していると本人が思っている個性的な行為でさえも、結局は環境に対する適応の結果として遺伝によって受けつがれた反応のパターンであり、生化学的アルゴリズムに過ぎないとみなされる結果となる。

このように生命科学はますます人間を機械と同じようなものとしてみなし、実際、人間はある程度、機械のようなものとして説明可能である。


現在の情報ネットワークやそれを解析する人工知能などのテクノロジーが発達していくと、人間は、その本人自身よりも外部のテクノロジーの方が、その人のことを良く知るようになり、その本人が何をすべきかを指示するようになるという。


これは特に医療の分野などで起こりつつあることであるが、人間に取り付けられた様々なセンサーが、本人の健康状態をモニターして、それを自動的に正常に保つようにするテクノロジーが既に存在し、市場に出始めているという。


インターネットに全てのデバイス(物)が接続されて物のインターネット(IOT:インターネット・オブ・シングス)の時代が訪れ、人工知能がそれを管理したり、メンテナンスする時代が訪れると、そこに接続された人間は、人工知能などのテクノロジーによって、その必要が完璧に満たされて調整され、その人自身が物のように成り下がり、人間至上主義にとって最も大切であった自由選択や自由意志を発揮する機会も失うのである。


そうした中で、人間至上主義やそれから派生する自由主義の基盤である人間が本来、それを持つが故に尊い存在であった自由選択や自由意志の力自体が退化し、失なわれていく可能性があるのである。



つまり、人間は自己主張する力を失いロボットのようになっていくということである。


人工知能が社会を動かしていく為、人間には労働力としての経済的有用性もなく、兵役に就くような軍事的有用性もない為、全く無用な存在となり、大量の無用者階級の大衆が発生することになる。



(略)

21世紀には、私たちは新しい巨大な非労働者階級の誕生を目の当たりにするかもしれない。経済的価値や政治的価値、さらには芸術的価値さえ持たない人々、社会の繁栄と力と華々しさに何の貢献もしない人々だ。この「無用者階級」は失業しているだけではない。雇用不能なのだ。

(略)

やがてテクノロジーが途方もない豊かさをもたらし、そうした無用の大衆がたとえまったく努力をしなくても、おそらく食べ物や支援を受けられるようになるだろう。だが、彼らには何をやらせて満足させておけばいいのか?人は何かする必要がある。することがないと、頭がおかしくなる。彼らは一日中、何をすればいいのか?薬物とコンピューターゲームというのが一つの答えかもしれない。必要とされない人々は、3Dのバーチャルリアリティの世界でしだいに多くの時間を費やすようになるかもしれない。その世界は外の単調な現実の世界よりもよほど刺激的で、そこでははるかに強い感情を持って物事にかかわれるだろう。とはいえ、そのような展開は、人間の人生と経験は神聖であるという自由主義の信念に致命的な一撃を見舞うことになる。夢の国で人工的な経験を貪って日々を送る無用の怠け者たちの、どこがそれほど神聖だというのか?


(『ホモ・デウス』下 ユヴァル・ノア・ハラリ著 河出書房新社より引用抜粋)


つまり、大量の無用者階級は、物のインターネットに接続されて必要物が完璧に与えられ、何不自由なく生きながらえることが出来るが、人間の成長にとって、必要な試練や葛藤を経験する機会などもなく、修羅場に立たされることもなく、自由選択や自由意志(人間としての尊厳)を発揮する機会もなく、ヒトラーが表現した所の「機械生物の群れ」となるのである。



それは人間ではなく、単なる物である。人間は物のインターネット(IOT)に接続されて、あらゆる利便性を享受する結果、自分自身も「物」と化すのである。


3Dのバーチャルリアリティの世界に一日中接続している人々の姿を想像すれば、その状況が少し理解出来るかもしれない。


現在でも電車やあらゆる場所で、スマートフォンのデバイスなどを操作し、また車を運転する時には、カーナビに依存し、それらがなければどこにも行けないし、どこに行くのも不安な人々を想像すれば分かるかもしれない。


あるいは、ゲームセンターなどで一日中ゲームをして遊んでいる若者の姿を思い浮かべればいいかもしれない。


そこに本当の人生経験はない。



そして技術革新を社会に適用する高度な知識人や資本家階級は、その能力と創造性で、物のインターネット(IOT)を管理し、大衆を管理する特権的な地位を獲得するのである。



(略)

自由主義に対する第三の脅威は、一部の人は絶対不可欠でしかも解読不能のままであり続けるものの、彼らが、アップグレードされた人間の、少数の特権エリート階級となることだ。これらの超人たちは、前代未聞の能力と空前の創造性を享受する。彼らはその能力と創造性のおかげで、世の中の最も重要な決定の多くを下し続けることができる。彼らは社会を支配するシステムのために不可欠な仕事を行なうが、システムは彼らを理解することも管理することもできない。ところが、ほとんどの人はアップグレードされず、その結果、コンピューターアルゴリズムと新しい超人たちの両方に支配される劣等カーストとなる。


(『ホモ・デウス』下 ユヴァル・ノア・ハラリ著 河出書房新社より引用抜粋)



このようにユヴァル・ノア・ハラリが描く未来の人類への警鐘は、非常にヒトラーの予言と近いものがある。


いや、むしろ、ヒトラーの予言と全く同じである。



ヒトラーの予言を意識して、あえて最悪の人類の未来を予想して見せたとも思えるような内容である。




但し、ユヴァル・ノア・ハラリは、「本書の随所に見られる予測は、今日私たちが直面しているジレンマを考察する試みと、未来を変えようという提案にすぎない」と述べている。





秘教的な観点から考える水瓶座の時代の生き方とは?



ユヴァル・ノア・ハラリは、”本書の随所に見られる予測は、~未来を変えようという提案にすぎない”と述べることで希望を与えてくれてはいるが、かなり水瓶座の時代というものを本格的にシュミレートした内容になっている。


例えば、私は以前よく見た須藤元気が結成したワールドオーダー(WORLD ORDER)というダンスパフォーマンスグループの特徴的なダンスが思い浮かぶのだが、それぞれのメンバーが、ロボットのような歩き方で行進し、規則正しいロボットのような機械的な動作を行なうのである。


須藤元気は、日本のサラリーマンをイメージしたと言っているが、これは明らかに水瓶座の時代の個人をモチーフにしているのである。


一人一人の個人は全体の部品としての価値しかなくなり、全体の統一された美が重要で、個人は全体に埋没するのである。


その一方で、須藤元気自身は、グループのメンバーの常に中心にいて、一人だけ、個性的なパフォーマンスを行ない、また常に司令塔としての役割を果たしている。


これは、水瓶座の大衆の中にそれを管理する個性的な獅子座がいるということなのである。


つまり、須藤元気のダンスパフォーマンスは、彼自身、知らず知らずのうちに水瓶座-獅子座軸が体現する未来というものを表現していたのである。


この水瓶座に対立する獅子座というものが、一握りの特権エリート階級のことである。




人類の進化(歴史)を推進する法則


ヘーゲルの歴史弁証法によれば、歴史を推進するのは、テーゼ(正)とアンチテーゼ(反)が対立する矛盾がある時にそれを解決するジンテーゼ(合)が生じる為である。


すなわち歴史というのは、総体としての人類の進化の歩みのことであるが、人類の進化が起こるためには、テーゼ(正)とアンチテーゼ(反)が対立する矛盾がなければならないと述べているのである。


これは個人にも言えることであるが、個人が成長するには、個人に矛盾(葛藤)がなければならないのである。


例えば、アリスベイリーに7光線線論というものがあるが、第4光線は、調和、美、和合の光線で、葛藤を通しての調和の光線と呼ばれている。


この光線は葛藤を常に抱えているため、しばしば急速に進化すると言われているのである。


ヘーゲルは、第4光線の魂を持っていたと秘教学徒の間では共有されており、その為、歴史を推進する原理として歴史弁証法を考えついたと思われる。



フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』(原題:『歴史の終わりと最後の人間』)という本があるが、ロシア出身のフランスの哲学者アレクサンドル・コジェーヴのヘーゲル解釈を活用して、歴史とは様々なイデオロギーの弁証法的闘争の過程であり、民主主義が自己の正当性を証明していく過程であると考えたようである。



然し、フクヤマは民主主義という最終的な完成された政治形態を勝ち取った世界を寂寥感のあるイメージで語っているという。



フクヤマは、歴史終焉論を単純な「アメリカ勝利論」や「民主主義万歳論」と言うよりも、むしろ寂寥感のあるイメージで語っている。歴史の終わりとは、壮大な歴史の動きの終わりであり、もはや革命も戦争もおき得ない。カエサルやチンギス・ハン、ナポレオンのような英雄も現れない。ベトナム戦争下の学生運動のような大きな政治的ムーブメントもおきず、人々はただ淡々と日常生活を過ごすだけ。歴史の終わり以前の歴史とは、誇り高い英雄たちの闘いの叙事詩だったが、歴史の終わり以後の歴史は、ただの記録の羅列でしかない。しかし、それが果たして本当に人間を幸せにしていると言えるのか? 近代化を完成させ、すべての歴史のプロセスを終えてしまった人間の寂しさ、ニヒリズムの到来もフクヤマは指摘しているのである。

単調な日常生活に耐えられず、時折、刹那的な通り魔事件や無差別テロを起こす人間も出現する。しかし、それはあくまでも個人のコンプレックスや倦怠感に基づくものであり、ある集団に対する組織的で制度的な差別によるものではない。国家体制を揺さぶるような内乱になりえず、どこまでいっても一人ぼっちの反乱に過ぎない。個人の葛藤や懊悩がどれほど深くとも、すべては小さな物語に過ぎない。貴族道徳の復活とニヒリズムの克服を説くニーチェ主義は個人のなかでは永遠に妥当しうるが、もはや社会運動化することはないのである。民主体制は平等主義と個人主義を普及させることにより、奴隷の反乱軍を細分化し、無力化することに成功したのである。

ただし、フクヤマは、マルクス主義が破綻した現代、歴史が再起動するとしたら、このニーチェのニヒリズムの克服論であるかもしれないという含みは残している。

(wikipedia 歴史の終わりより引用抜粋)


そして、フクヤマは、民主主義的な価値相対主義の中に埋没し、平等を愛して、他人と争うことを嫌い、気概を失った人間を「最後の人間」と呼んでいる。


これは非常に興味深いことだが、このフクヤマが言う所の「最後の人間」とは、水瓶座時代に物のインターネット(IOT)に接続されて、あらゆる利便性を受動的に享受する「機械生物の群れ」と化した人間のことを指しているのではないかと思われる。


特にこの「機械生物の群れ」が究極的にその気概を失った状態である。




もはや中世の神が中心だった時代にルネサンスとその後の近代革命によって自由意志を行使して、自らの権利を獲得してきた尊厳ある人間、フクヤマ流に言えば、気概ある人間が、その人間としての価値(気概)を失うのである。


そうした人間は、もはや人間至上主義には値しない人間である。


水瓶座時代に物のインターネット(IOT)に接続されて、あらゆる利便性を享受する「機械生物の群れ」としての人間は、イデオロギー闘争に留まらず、あらゆる矛盾や葛藤を持たない人間である。



その人間は、内なる葛藤を持たないが為に急速に進化することもないのである。



その人間の進化は緩慢となり、ただ管を付けられて生き長らえさせられる植物人間のようにその人生は、霊的には無味乾燥なのである。



水瓶座時代に関して、私がイメージするのは、大勢の人間が図書館のような所で、静かに勉強している姿である。



図書館などには本当の人生はなく『書を捨てよ、町へ出よう』寺山 修司著 が真実である。



肉体、感情、知性を伴った総体としての人間力は、街に出て葛藤を経験することによって鍛えられるが、図書館で鍛えられるのは、知性だけである。



人類大衆にとって、水瓶座時代はあまりにも平和で、葛藤の少ない世界である。



人生は特にたいした試練もなく、修羅場をくぐることもなく、淡々と過ごされていくのである。



その2150年において、人間はやはり機械のように秩序を刻んでいき、激しい感情を失ってロボットのようになっていくのではないかと思うのである。



現に水瓶座ラグナの方や水瓶座に惑星集中している方に時々、会うことがあるが、そのようなキャラクターの方が多い。




何故、魚座の時代の2150年が激動の時代だったかと言えば、それは魚座は、二匹の魚でイメージされ、その魚はそれぞれ違う方向を向いて、葛藤を表わしているからである。


資本主義というテーゼがあれば、共産主義というアンチテーゼがあり、またキリスト教というテーゼがあれば、イスラム教というアンチテーゼがあった。



魚座の時代とは、イデオロギー闘争の時代であり、だからこそ、ジェームス・ボンド007のモデルとなったキム・フィルビーの活躍ももたらした。



英雄が活躍する土壌があったのであり、そして困難な仕事を成し遂げた英雄は、極限的な葛藤の中で急速に進化したと考えられる。



この矛盾や葛藤が、人類にダイナミックな歴史をもたらしたのである。



この魚座の時代(木星)へのノスタルジーと、水瓶座の時代(土星)への不安が、フクヤマの寂寥感となって現れている。




アリスベイリーの7光線論の中で、抽象的理想主義、献身の光線である第6光線があるが、秘教学徒の間では、水瓶座の時代においては、比較的進化していない第6光線の魂は転生して来ないと言われている。


これは何故かと考えると、おそらく進化していない魂は、沢山の葛藤を経験して、時には間違いを犯す必要があるからである。



然し、全ての大衆が、物のインターネット(IOT)に接続されてあらゆる利便性を享受する世界では、葛藤を経験したり、間違いを犯す余地がないのである。



欲求は充足され、犯罪は未然に抑止される。そこでは経験自体が乏しくなる。



従って、比較的進化していない第6光線の魂は、そのような世界に転生して来ても進化できないので転生して来ないということではないかと思われる。





惑星ロゴスの采配-輪廻転生し進化する舞台としての地球環境-



神智学で、惑星ロゴスという概念がある。



人間が進化して、大悟し、その後、惑星ロゴスとなった後は、惑星の維持、管理は、惑星ロゴスの仕事となる。



その際、地球の惑星ロゴスは、人間の魂が輪廻転生し、進化し、成長する場としての地球環境を提供しなければならない。



鉱物資源は、一か所に集まってはいけないし、地球上で、人類の大ドラマが展開するようにあえて、様々な出来事が生じやすいように配慮をするのである。



それは、芸術家としてのセンスが要求される。



そのように惑星ロゴス自らが、人類に葛藤が生じるようにあえて努めるのである。



そして葛藤を通して、調和がもたらされるように配慮するのである。





惑星ロゴスにとっての悪とは、魂が硬直した形態の中に閉じ込められて、経験が得られず、魂が成長(進化)できなくなることである。




2つの世界大戦が終わる前の世界は、身分や貧富の差が固定化し、ダイナミックな変化が起こらない社会となっていた。




その為、惑星ロゴスが、意志と力の光線である第1光線、シャンバラの破壊のフォースを解き放ったのである。(注:おそらく、そのように書いてあった・・・見直す必要あり)



秘教学徒が共有している情報によれば、ヒトラーがヨーロッパを1000年支配しようとした時、もしそれが実現すれば、世界は、魂の成長には適さない硬直した全体主義的な社会になってしまうため、それで、ハイアラキーが惑星ロゴスに原子爆弾の使用を願い出たという話になっている。



魂が転生して経験し進化する場としての地球環境を考える時、全ての大衆が物のインターネット(IOT)に接続されてあらゆる利便性を享受する世界を惑星ロゴスがどう評価するかということが疑問である。



惑星ロゴスは、人間の肉体が死ぬことよりも魂が形態に閉じ込められて死ぬ(魂が経験を得られない)ことの方を問題視し、形態を破壊するためにシャンバラの破壊のフォースを解き放つような存在である。



上述したように全ての大衆が物のインターネット(IOT)に接続されてあらゆる利便性を享受する葛藤のない世界、人間が物のようになり、自由選択や意思決定を行なう意味がなくなる場合、魂の経験にとっては致命的な世界である。



水瓶座の時代で、春分点が水瓶座の3分の2ぐらいの度数に差し掛かる頃におそらく山羊座の影響が出始めると思われる。



おそらくその時にフランシス・フクヤマの言うようなニーチェのニヒリズムの克服論としての歴史の再起動が起こるのではないかと思われる。



この頃には、組織化の土星の影響を受けて、人類大衆があまりにも秩序に適応しすぎて主体性が失われてしまうのではないかと思われる。



その時に山羊座は火星が高揚する星座である為、人間が自ら意志を行使して、自分自身の司令官として、主体性や尊厳を取り戻すという思想、または運動が起こるのではないかと考えられる。



それがおそらく山羊座の時代における光の勢力と物質性の勢力のメンタル界における闘争になるのではないかと予想している。





最後に・・・


『秘教的な観点から考える水瓶座の時代の生き方とは?』では、神智学やアリスベイリーその他の秘教用語を使用して、水瓶座の時代について考察してみたが、あまり一般的でない概念であり、また引用した情報や解釈が必ずしも正しいとは限らない。



ヒトラーの予言について検討してみると、それがこれから訪れる人類の危機を明らかに表していると思われる。



もう直ぐそこまで来ている世界の話であり、水瓶座の時代の危機というものを明らかに表している。



魚座の時代の初期において、キリスト教は、イスラム教徒に対して、十字軍遠征などで殺戮を繰り返し、無知と迷信が蔓延する中世の暗黒時代をもたらした。



つまり、魚座の時代は、献身や理想主義といった点で、美徳ももたらしたが、同時に欠点ももたらしたのである。



春分点が星座に入室してその時代が始まる時には、その星座の時代の美徳と共に欠点も顕現する。



魚座の時代にその無知と迷信が支配的な中世の暗黒時代において、ルネサンスや近代革命などによって、人間が戦いの末にその無知と迷信を打ち破って来たのと同じように水瓶座の時代においても、水瓶座の時代の欠点を打ち破る戦いが人間によって演じられると考えられる。



それはおそらく山羊座の時代の美徳によって打ち破られるのである。



水瓶座の時代において考えられる欠点は、個人のプライバシーや主体性など、あらゆる個人に属するものが否定され、全ての人類を全体の秩序に従わせるような動きが招じるのではないかと思うのである。



例えば、7種光線論によれば、水瓶座の時代に影響を及ぼす第7光線の欠点の一部として、形式主義や偏狭さ、きまりきった慣例を強調しすぎる傾向などが挙げられている。



つまり、一個人の自由意志や自由選択などの采配は全く重視されなくなり、形式やルールの方が重要になり、それに従うことが強調されるのである。




ユヴァル・ノア・ハラリが言う所のアルゴリズムに権威が与えられた社会である。




そのような社会では油断すれば、直ぐに人類は、「機械生物の群れ」と化してしまうのである。



つまり、ジョージ・オーウェルが『1984年』で示したような全体主義的な監視社会に近い世界がやってくる可能性がある。



ヒトラーが見せられた未来とは、物質性の勢力がもたらそうとする未来であり、彼らの計画でもあると考えることが出来る。




ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』の中で気になったのは、次の箇所である。

(略)

このように、21世紀の新しいテクノロジーは、人間至上主義の革命を逆転させ、人間から権威を剥ぎ取り、その代わり、人間ではないアルゴリズムに権限を与えるかもしれない。この趨勢に恐れをなしたとしても、コンピューターマニアたちを責めてはならない。じつは、責任は生物学者にあるのだ。この流れ全体を勢いづかせているのはコンピューター科学よりも生物学の見識であるのに気づくことがきわめて重要だ。生き物はアルゴリズムであると結論したのは生命科学だった。もしこの結論が間違っており、生き物がアルゴリズムとは本質的に異なる機能の仕方をするのなら、コンピューターはたとえ他の分野で数々の奇跡を起こすことはあっても、人間を理解して、私たちの生き方を導くことはできないし、人間と一体化することは絶対不可能だ。ところが、生き物はアルゴリズムであると生物学者たちが結論した途端、彼らは生物と非生物の間の壁を取り壊し、コンピューター革命を純粋に機械的なものから、生物学的な大変動に変え、権威を個々の人間からネットワーク化したアルゴリズムへと移した。

この展開に恐れをなしている人もたしかにいるが、無数の人がそれを喜んで受け容れているというのが現実だ。すでに今日、大勢の人が自分のプライバシーや個人性を放棄し、生活の多くをオンラインで送り、あらゆる行動を記録し、たとえ数分でもネットへの接続が遮断されればヒステリーを起こす。人間からアルゴリズムへの権威の移行は、政府が下した何らかの重大決定の結果ではなく、個人が日常的に行なう選択の洪水のせいで、私たちの周り中で起こっているのだ。

用心していないと、私たちの行動のいっさいだけでなく、体や脳の中で起こることさえ、絶えず、モニターし、制御する、オーウェル風の警察国家を誕生させかねない。


(『ホモ・デウス』下 ユヴァル・ノア・ハラリ著 河出書房新社より引用抜粋)


ユヴァル・ノア・ハラリによれば、人間から権威を剥ぎ取り、人間ではないアルゴリズムに権限を与えるかもしれない動きは、生物学者に責任があるのだと記している。


生命の神秘や奥深さ、微細なエーテルレベルの働き、形而上の世界に対する感性がない見識の狭い物質的な生物学者が、動物や人間を単なる物のように考えていることが原因だという。


例えば、レイ・カーツワイルのように有機体である生命が、コンピューターや機械と融合できると考えている発想自体が、物質的な発想である。


私は初めて、この考えを聞いた時、自分の身体が機械と融合する様を思い浮かべて、物凄く気持ちの悪い気分になった。


また同時にコンピューターのメモリーに人間の意識をアップロード出来るという彼の考えは、生命の神秘を全く理解していない何とも偏った幼いものであるようにも感じた。


超能力や霊魂や魂、目に見えない世界に対する興味関心、秘教的な見解などは、一切、失われ、UFO現象なども全く頭から否定するような現在の思想的、学問的状況が既に物質性の勢力の強力な影響に晒されているということが出来る。


人間は物ではなく、魂の宿った存在である。



そのような感性が人類になければならないし、UFO現象が信じられるような感性が育たなくてはならない。



ユヴァル・ノア・ハラリは、完全菜食主義者で、家畜に対する酷い飼育環境などに心を痛める人物であることから、おそらく、こうした生物学者の見解を信じてはいないだろうと思われる。


然し、ユヴァル・ノア・ハラリのチャートでは、金星と水星が山羊座に在住して、蟹座から土星が山羊座にアスペクトしている。


山羊座に金星と水星が在住して、土星のアスペクトもあることから、かなり土の星座である山羊座が強い状態である。


そうした配置から、かなり、物質科学の詳細を追う素質がある。


テクノロジーの発展が人類をどこに連れて行くかをかなり具体的に描き出すことができたのは、こうした配置の為ではないかと思われる。


特に水星に対する土星の絡みが、具体的な事実を積み上げてゆく歴史学者としての才能を表わしている。



このように物質性の勢力との戦いは、思想、学問上の戦いでもある。



少し以前にはライアル・ワトソンの『生命潮流』とか、もう少し霊的な観点から生命現象を語る学者がいたが、最近は、市場原理が浸透したのか、非常に金になる物質的な学問、特にコンピューターの発達により、医学とか薬学、生物学(遺伝子工学)、化学などで大量のデータを処理することによって、知識の蓄積が進んでいる。


ユヴァル・ノア・ハラリは、こうした学問の傾向をデータ至上主義と呼んでいるようだが、データ至上主義は、研究対象(人間)に対する深い洞察や、直感などは必要としないで進められるのである。



従って、こうしたデータ至上主義も学問における物質的な傾向と言えるかもしれない。




『サピエンス全史』では、ユヴァル・ノア・ハラリは、石器時代の考察から始めているが、人類アフリカ起源説という、現在のアカデミックな世界での公式見解を採用している。


然し、実際は、大洪水前にアトランティス文明があったのであり、しかもそのアトランティス文明では、人間は巨大であり、更に昆虫や動物や植物など、全てのものが巨大であった。


木は数キロ以上も高くそびえる巨大な木であったのである。







そうした地球環境は、大洪水で失われ、現在の人間の歴史は、廃墟の上で始まったのである。



現在の支配者階級はその歴史の真実を人類に隠しており、考古学は全く嘘を教えて、それを隠している。



それについて触れていない歴史の本であった為、これまで『サピエンス全史』は全く読む気にならなかった。



然し、『サピエンス全史』の良さは、歴史を見る目線であったり、発想にあるようだ。





ジョーティッシュを実践し、ダシャーが働いて出来事が発芽することを経験した人は、輪廻転生やカルマの法則の存在をもはや疑ってはいない。



量子力学の2重スリット実験などから得られる結論は、認識する主体としての人間が存在を作り出すのであり、現在、人間はヴァーチャルリアリティーの中で生きているという見解が優勢である。



つまり、神が人間に認識を与え、三次元空間を与え、魂が物質に降下する輪廻転生というシステムを運行させているのである。



神、意識、魂、輪廻などの理解は、一緒のものである。



物質科学の方法ではそれらを理解することは出来ない。



これらは体験しなければならないものである。



現在、生物学や化学やコンピュータ科学のような物質科学が発展し、資本主義の中で、お金になるビジネスとなるために非常に大きな力を持っている。



これが歪んだ未来のビジョンをもたらしているのである。



これに対抗し、ヒトラーの予言が実現されないようにするためには、我々が物質を超えたリアリティーに気づける感性を磨き、それを伝えていくことである。



心理学や哲学、量子力学、運命学の研究、瞑想の実践などが、この感性を磨くことを可能にするのではないかと思われる。



そして、アナログ的な人との関わりというものが何にもまして重要になってくると思われる。



この”アナログ的”という言葉が何を指すかといえば、テクノロジーやシステムに依存せずに個人の力でサバイバルしていく力である。



利便性を捨てて、システムから自分を切り離し、人とのつながりを保ちながら、生存していくことのできる野生の力である。



これらの未来への警鐘は、今に始まったことではなかった。



既に『肩をすくめるアトラス』のような小説によって、広く世界に警告されていた未来である。



(被害妄想の強い)米国のリバタリアンであれば、この物のインターネット(IOT)によって個人が完全に管理される未来社会は、イルミナティーの究極的な支配の完成とみなすことだろう。



然し、物のインターネット(IOT)から自らを切り離して文明に背を向けて生きることは難しいことである。




従って、水瓶座の時代から山羊座の時代へ移行する過程で、人類に開示される新たな神の属性を得ることが、人類の次の課題になると思われる。




その新たな属性を獲得した時に水瓶座時代の試練を乗り越えて行けるものと思われる。




それは秘教学徒の間では、意志、愛、知性に次ぐ、神の第四の属性であり、意志に似た属性になると考えられている。





(参考資料)



『ヒトラーの終末予言 - 側近に語った2039年』五島勉著 祥伝社

(以下、P.52~引用抜粋)

異界から来た若者

「見ろ、死神みたいなやつだ・・・・」

その青白い若者が、ふらふら近づいてきたとき、シュライバー少尉と十数人の部下たちは、魂を吸い取られそうな感じを受けて顔を見合わせた。

ところはドイツの北西部、フランス国境に近いイープル地方(現在ベルギー領)。時は1914年10月の末。

といえば、歴史にくわしい方ならだいたいおわかりかと思うが、これは第一次世界大戦がはじまってまもなくの狂乱の時期だった。

第一次大戦は、いうまでもなく、ヨーロッパの支配と植民地の分割をめぐって、1914年から17年まで、当時のドイツ帝国と他の連合国が激突した戦争だ。

それまでの民族間の怨念が積み重なっていたため、戦いは狂おしいものになり、イーブル周辺ではことにひどかった。

ドイツ、フランスの両軍が死闘をつづけていたところへ、フランスを支援する英軍がなぐりこんで来たためだ。戦線はこれで大混乱、双方ともバラバラの小部隊に分かれて殺し合い、わずかなあいだに全滅する部隊も続出・・・・・。

シュライバー隊もそれに近かった。30人ほどいた小隊が、2日間たらずで14人に減っていた。だが、ひきかえに小さな勝利が得られ、当面の敵が遠くへ退いたため、小隊は安全な森陰をみつけて体を投げ出し、久しぶりの夕食を摂っていた。

死神のような若者が近づいて来たのは、そんなときだった。彼は現実の人間というより、どこか異界から迷い出て来たような妖しい感じで、痩せた顔は真っ青、髪はばらばらで目はうつろ、服は裂けて血まみれだった。

だが、それは明らかにドイツ帝国陸軍の制服で、襟には兵長(下士官の下)のマークと「BY」の略章がついていた。

「お、バイエルン連隊の者だな? 仲間はどうした? 全滅か? はぐれたのか?」

シュライバー少尉は声をかけた。若者はよろめいて立ち止まり、かすかに無表情にうなずいた。少尉は放っておけないと思い、将校としての責任上、すぐに命令した。

「よし、では直ちにこの隊に加われ。敵はわれわれが遠くへ追っ払ったから、ここは絶対安全だ。壕に入って当分休め。おい、誰かこの男に夕食をやれ」

「・・・そんなひまはないよ」

若者は、うつろな瞳とうつろな声で、はじめてぼそぼそと言った。

「ここが安全だなんて笑わせる。ここはものすごく危険だ。全員、すぐここを立ち去れ、あすこの窪地まで全力で走って伏せろ。いますぐにだ」

シュライバー少尉は激昂した。

「ここが安全でない」とは、「ここは安全だ」と判断した少尉への侮辱だった。しかも「立ち去れ」だの「走って伏せろ」だの・・・・・。

「おれに命令する気か! きさま兵長の分際で、将校に楯つくか!よろしい。これは軍法会議だ。明日、憲兵に通報して営倉(軍隊の監獄)へぶち込んでやる!」

「だから、そんなひまはないんだ・・・・・」。若者は、気味悪い薄笑いを浮かべて繰り返した。

「ここには、あと三分で・・・・いや二分で、英軍の200ミリ榴弾が飛んで来るんだよ。そうなることになっている。だからぼくの言うとおりにしないと、きみら全員、肉の切れっぱしになっちゃうよ。あと2分・・・いや1分半で・・・」

予言どおりに飛んできた砲弾

少尉は、これでいくらか理解した。なるほど、かわいそうに、こいつ、狂ってるらしい。戦闘が激しすぎたんで、恐怖で狂ったんだ。きっと元から気が小さいやつだったんだろう。これじゃ相手をするだけ損だ。

しかし、そう思ってそっぽを向いた少尉に、若者は、なおもぼそぼそと言った。

「これが最後だ。全員、あすこの窪地まで走れ。これは命令だ。早くだ!!」そして、異様な視線で全員を見回すと、自分はその窪地のほうへふらふらと走りだした。

と、それに取り憑かれたように、茫然と立って見ていた14人の兵士のうち、3人が若者のあとから走りだした。

「待て!停まれ!停まらんと、逃亡者と見なして射つぞ!」

少尉はベルトから将校用に支給されたモーゼルを抜き、空へ向けて一発射った。それから、よろめき走る若者の背中を狙って引き金をしぼろうとした。

瞬間、シュッと空気を裂く音がした。流れ弾か、狙っていたのか、大型の砲弾がどこからか飛んで来た。音から推して英軍の200ミリ榴弾らしかった。

それは拳銃を射とうとしていたシュライバー少尉のすぐそばに落ちた。

閃光が噴いた。爆発音が森を揺すり、3階建てくらいの土の柱が噴き上がった。

それが消えたとき、そこには何も残ってなかった。少尉以下11人の兵士は、無数の肉片になって木々にこびりついていた。

それが爆発の熱でやけ、森自体も夕空に燃え上がっていた。

その惨状を、逃げのびた若者と3人の兵士は、数十メートル離れた窪地で、飛び込んで伏せた直後に見た。

「・・・ほんとだ、なんてことだ。ほんとに英軍の200ミリ榴弾が落ちた」

「そして全員死んだ・・・」

兵士の2人がおののく声で言った。あとは長い沈黙があった。それに堪えられなくなったとき、もう一人の兵士が若者のほうを向いて、神か悪魔に質問するかのように必死で聞いた。

「おかげさまで命びろいしましたが、いったい、あんたは誰ですか? ただの兵長ですか? それとも・・・」

「ただの兵長だ、いまは・・・・」

若者は相変わらずうつろな、自分でも何を言っているのかわからないような表情で、ぼんやり答えた。

「しかし、まもなく、ドイツ人ぜんぶが、いや、世界中がぼくを知るようになる。だからいまのうちに名前をおぼえとけ。ぼくはアドルフだ、アドルフ・ヒトラー・・・・」

彼の背後にいた”あいつ”とは?

これが魔予言者ヒトラーの、いわば鮮烈なデビューだったと私は思う。そして、そう思うかどうかは別として、右の事実そのものは欧米のすぐれた研究者たちが確かめ、こまかい違いはあっても何人かが記録している。

たとえば米国のピューリツァー賞作家ジョン・トーランドは、精密なドキュメント『アドルフ・ヒトラー』の中で、ヒトラー自身が、のちに英国の通信社特派員ウォード・プライスに語った言葉として――

「わたしはあのとき、戦友たちと夕食を摂っていた。すると突然、ある声がわたしに、”立って向こうへ行け”と命じた。

この声が、あまりに明瞭に同じことを繰り返したので、わたしは上官の命令を聞くように機械的に従い、20ヤードほど移動した。

とたんに、いままでいた場所から衝撃と轟きが押し寄せた。そのときまでわたしも属していたグループの上に、流れ弾が炸裂して一人残らず死んでしまったのだ」(永井淳氏訳・集英社版・上巻・73ページより要約)

つまりこれは、ヒトラー自身の判断ではなかった。彼の内部深くから噴き上げた何かの声、または外界か異界のどこからか来た、彼以外の誰にも感知できない妖異な命令だったのだ。

「そうだ、それは”あいつ”の命令だった。あのときから、わたしには”あいつ”が憑くようになった。恐ろしいことだ。わたしは”あいつ”に選ばれて取り憑かれたのだ」

彼はあとで、側近たちにもこうも語っている。それだけでなく、語っている最中、ふいに立ち上がって目を剥き、「あいつだ、あいつが来た。またわたしに未来を教えに来たのだ。そこにいる、そこだ!」あらぬ方を指して絶叫することもあった。

こういう状態を普通は「神がかり」と呼ぶ。そして、ヨーロッパでは、「神」といえば、まずキリスト教の神(キリストが”天の父”と呼んだ唯一神ヤーウェ)のことである。

ところが、前章(23ページ)の『わが闘争』でもおわかりのように、ヒトラーはいっさいのユダヤ思想を認めなかった。ユダヤを憎んで絶滅しようと決めていた。

だからユダヤの神や、それを受けついだキリスト教の神が、彼を選んで未来を教えてくれるなんてことはありえない。

では「悪魔」が憑いたのか。またはユダヤ・キリスト教と対立する古代ゲルマンの、血の復讐や怨念や、炎や氷の神々が憑いたのか?

そうかもしれない。このへんはただの言葉のあやではなく、彼の深層意識を解く重大なカギになってくる。あとで触れるが、彼の心の深い基盤には、ゲルマンの「黒魔術」があったらしいからだ。

だが、もっと合理的な説明を求めるなら、それはやはり戦争だ。彼がこういう無気味な能力を持つようになったのは、あくまでも第一次大戦の戦場――さきの榴弾を予知した数日前のことだったから・・・・。

生死の瀬戸際で噴き出した予知力

それまでのヒトラーは、気の弱い落ちこぼれの一青年にすぎなかった。望んでいた美術学校の入試にはパスできず、事務や計算にも向かないため定職につけず、父親のわずかな遺産をポケットに街をさまようだけの・・・・。

しかしそれが、ほかに行き場所もなくなった感じで軍隊を志願、第一次大戦に加わってから、いろんな激烈な体験が否応なしに彼を襲った。

とくにイープル戦線でぶつかった英軍。これが決定的な一つのモメントになった。

英軍はこのとき、史上初めて、飛行機から爆弾を落とし、機銃を射った。また、やはり史上初めて、キャタピラ(無限軌道)で走る戦車を繰り出したのだ。

「それは、まるで怪物だった。未知の恐怖だった。あれに追われながらわたしは感じた。いまでさえ、こんなものが現れるのなら、人類はいずれ、もっと恐ろしい怪物の未来を持つ。際限なく持つようになるぞと・・・・」(のちに第一側近となるヨゼフ・ゲッペルスに語った言葉)

この、生死ぎりぎりの衝撃が、彼の深層意識に火をつけた。彼は夢中で怪物たちから逃げた。そして、とある沼地のほとりでハッと気づいたとき、自分がそれまでとまるで違う人間に「変わってしまった」のを感じた。

「異常変化だった。それから起こることが全部わかるように感じた。実際わかった。人類の未来が、すべてわたしの前にありありと見えだした。”そうだ、そのとおりになる。おまえにはわかる。おまえはその力を持った”と、”あいつ”も耳もとでささやいてくれた」

これもゲッベルスに語った思い出話である。どのくらい、どんなふうに未来を見たのかわからないが、ともかく彼は悪魔的な予知力を持ったことを、破滅の戦場で自覚した。その確信を、何かわからない”あいつ”が、がっちり支えた。

しかも大戦が終わっても”あいつ”はヒトラーから離れなかった。「ついには、わたしのからだの中にほとんど棲みつくように」なった。

そしてさまざまな未来をささやき、単なる予知以上のことまで告げはじめた。

「アドルフ、おまえは選ばれた。試練にも耐えた。おまえはドイツ民族を率いてヨーロッパを制覇する。新しい世界を打ち立てる。それがおまえの使命だ」

「おまえがそれをやらなければ、今世紀後半も21世紀も、ユダヤが地球を支配することになる。金も食糧も兵器もユダヤが支配する。世界はユダヤとその代理人どものものになる。だからユダヤを倒せ。絶滅しろ」

「そのためにも、まず政権を握れ。片足の不自由な変な小男が見つかる。その男は天才で、おまえの最大の協力者になる。

その男を充分に活用すれば、おまえが45歳になるまでに政権が手にはいる。50歳で世界征服の戦争が始められる」

「それを忘れるな。おまえは25歳で選ばれて能力を得た。そして生まれてから50年目、おまえは世界征服の大戦を起こすのだ。

さらに生まれてから100年目、150年目――つまり11989年、2039年――もうおまえはいないにしても、そのとき人類は、新しい次の段階を迎える。それが何かも、いずれおまえだけに教えよう・・・・」

(以上は、ヒトラーがエヴァ・ブラウンに語った内容を、エヴァ・ブラウン本人から聞いたヒトラーの侍医モレルが残したもの)
参照元:『ヒトラーの終末予言 - 側近に語った2039年』五島勉著 祥伝社

(以下、P.52~引用抜粋)

『ヒトラーの終末予言 - 側近に語った2039年』五島勉著 祥伝社 その2

(以下、P.190より引用抜粋)

2000年、大異変の下、影の超人たちが支配する

「諸君、よく来られた。きょうは最も信頼する諸君に、わたしの予感している人類のこれからの運命を告げる。また、わがナチスの真の使命も告げよう。

その第一は、まもなくはじまる第二次世界大戦である。これは予感でも計画でもなく、諸君知ってのとおり、わたしがいつ出動命令を下すかという段階にまで来ている。

それをわたしは、わたしが生まれてから50年目の今年、遅くとも9月までには下す。同時にわが軍は東ヨーロッパに殺到し、次いで北欧とフランスを倒し、二年半で全ヨーロッパを征服するだろう」

「ハイル・ハイル・ヒトラー!」

「そしてその二年半後、1945年のわたしの誕生日(4月20日)までに、大戦は表面だけは一応の終結を見るはずだ(これも的中。45年4月30日に、ヒトラーは敗れて自殺した。つまり10日だけずれた)。

その日までに、ナチスの目的が果たされることをわたしは望む。しかし、もし果たされないときには、きみらナチスの息子たちがわたしを受けつぎ、必ずわれわれの栄光の世界を実現するようにせよ」

「ハイル・ハイル!」

「私の予感では、それはわたしが生まれて100年目から今世紀末までに、つまり1989年4月から1999年か2000年までに、実現するはずだ。

そのとき、たとえ表面はデモクラシーや社会主義の世であろうとも、実質はナチズムが支配していよう。デモクラシーの国も社会主義の国も、われわれナチスの兵器を競って使い、殺し合い、社会は私の望むとおり、強く支配する者と支配される多数者に分かれていよう。

それは天変地異の期間でもある。

1989年から99年または2000年まで、人類は大自然から手ひどく復讐される。気候も二つに分かれ、激しい熱と激しい冷気、火と氷、大洪水と大旱魃が代わる代わる地球を襲うだろう。

だからその中から超人が現われる。

もはや普通の人間ではそういう危機を制御できない。それに対応するため人類は超人たちを生み、超人が世界や気候を、人間や戦争を治めることになる。

つまり天変地異の下に生きる多数者。それを支配する少数者。その陰で実質的に世界を操る超人グループ。これが、私の予知する2000年の世界である。

しかし諸君、さらに重大なのは、私がいま、これを話している100年後のことだ。

それを告げるためにこそ、私はきょうを選らんで諸君を招いたのだ。きょうから100年後といえば、すなわち2039年1月25日だ。

諸君にはわからないだろうが、そのとき人類には真の究極の状況が起こっている。

そのとき人類は――少なくとも、いま言っているような意味での人類は、2039年1月、地球からいなくなっているいのだ」

2039年1月、人類は「人類以外のもの」になる

これを聞いたとき、冷酷と高知能を誇るニーベルンゲン復讐騎士団の将校たちも、さすがにショックでざわめいたという。

(騎士団の一人ヨハンネス・シュミット少佐=のちに西ドイツの実業家=が、あとでそう打ち明けたのを、米国籍の予言研究者スタッカート氏が研究者仲間の会合で知り、私に教えてくれた。この件だけでなく、氏からはヒトラー予言について多くの情報をもらった。

それによると、ヒトラーが右のように言ったとき、騎士団は仰天し、「なに?地球から人類がいなくなる?さては2039年、ほんとに極ジャンプか何かが起こって、人類が絶滅するのか!?」と思ったという)

しかし、ヒトラーはそのざわめきを強く手で制した。そして激しく燃えるかがり火を背景に、いっそう声を低めてつづけた。

「それは諸君、何かの異変か大戦か災害のために、2039年、人類が残らず滅びるという意味ではない。

たしかに、それまでに多くの大難がつづけて起こる。さっき言ったとおり、1989年から1999年まで、世界はつづけざまの天変地異と戦乱の中にあるだろう。

そのため一部の恵まれた国を除き、多くの国が飢える。いくつかの国は崩れて燃える。毒気で息絶える街もある。2000年以後は、それがいっそうhどくなる。

2014年にはヨーロッパの三分の1とアメリカの三分の1が荒廃してしまう。

アフリカと中東も完全に荒廃する。結局、いまの文明は砂漠しか残さない。しかし人類はそれでは滅びない。わがドイツの一部と米ソの中心部、日本や中国は深い傷を負いながらも生き残る。

ただ諸君。それでも人類はいなくなるのだ。いまの意味での人類は、そのときもういない。なぜなら、人類は2039年1月、人類以外のものに”進化”するか、そうでなければ退化してしまっているからだ」

一部は”神人”に、残りは”ロボット生物”に変異する

「それをもっとはっきり言えば、人類の一部はそのとき、人類から、より高度なものに進化して、神に近い生物になっている。人類から神のほうへ進化するのだから、それは”神人”(ゴットメッシュ)と呼んでかまわない。

残りの大部分は、これも進化なのか退化というべきかはわからないが、一種の機械になっている。ただ操られて働いたり楽しんだりするだけの、完全に受動的なロボット生物になっているのだ。

それまでの気候異変と環境異変、政治と娯楽と食物、それから起こる突然変異が、そのようなロボット生物を大量に生み出す。

”神人”のほうも同様で、同じ原因から生まれてくる。ただ突然変異が大脳にプラスに働いて、進化の方向がロボット生物と別方向になるだけだ。

その前段階の超人たちも、より進化して神人になる場合がある。いずれにせよ、彼らはいまの人間の数次元上の知能と力を持つ。

彼らは団結して地球を支配する。それまでのあらゆる危機や問題は、彼ら神人たちの知能と力で急速に解決されていく。

ロボット生物たちのほうは、それに従って生きるだけだ。これはある意味では気楽な身分だ。戦争も気候も経済も、神人たちによって制御されてしまうので、ロボット生物たちは神人たちの認める限度で、多くのものを与えられる。

食物と住居も、職業と娯楽も恋愛も教育も、時には思想さえも与えられる。

ただロボット生物たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。しかし、じつは神人たちがすべてを見通して、管理工場の家畜のように彼らを育て飼うことになるのだ。

こうして人類は、完全に二つに分かれる。天と地のように、二つに分かれた進化の方向を、それぞれ進みはじめる。一方は限りなく神に近いものへ、他方は限りなく機械生物に近いものへ。

これが2039年の人類だ。その先もずっと人類はこの状態をつづける。そしておそらく2089年から2999年にかけて、完全な神々と完全な機械生物だけの世界が出来上がる。地上には機械生物の群れが住み、神々がそれを宇宙から支配するようになるのだ」

楽しい悪夢のような新未来

ほかにも、とほうもない未来予知がいくつか語られたらしい。が、なにしろ整理された資料などない。やっと探し出した資料も、それ以前の資料と重複していたりして、とてもヒトラー究極予言の完全版はお目にかけられそうもない。

たとえば、「いまの文明は砂漠しか残さない。文明の砂漠だ!」という恐ろしい叫びは、ヒトラーが騎士団以外の側近たちにわめいた言葉だったと、ラウシュニングが書いている。

「将来、人類(の少なくとも一部)はロボットになる」――この不気味な予言も、ヒトラーまたはゲッベルスが若いころすでに言っていたと、ジョン・トーランドの本に出ている。

そういう重複や混乱がいくつもある。だが、そんな欠点があっても、それでもヒトラーが予知していた究極の人類像、2039年(とそれ以後)の未来図が、かなり浮かび上ってきたのではないかと思う。

「それにしても、これじゃ救われない。ほんとにこんな世界になったらたまらない。まるでオーウェルの『1984年』だ・・・」

そう思って身震いした方もおられるだろう。たしかにそうで、私も右の予言資料の断片をひっくり返しながら、まず『1984年』のことを思った。

もう題名の年が過ぎてしまったので注目されないが、それは英国の作家ジョージ・オーウェルが1944年に書いた、悪夢のような未来SFだ。

そこでは、世界はアメリカ中心、ソ連中心、日本中心の三つの超国家に分かれ、少数の超エリートが超テレビを使って支配している。

民衆は、自分のほうからは支配者の本拠を知ることすらできないまま、トイレの中の姿まで超テレビで監視され、働かされ、戦争をやらされ、税金を払わされている。

しかし、なぜそうしなければならないかは、教育される段階で「ものを考える力」を奪われてしまっているため、民衆には何もわからない。

話す言葉も、政府が決めた言葉しか使えない。政府が決めたものしか食べられない。政府が決めたことしか考えてはいけない。死ぬときも政府が決めた通りに死ななければならない。

つまり、超独裁の超管理社会をオーウェルは描いたのだった。そしてヒトラーの予知した「神人とロボット生物たち」の社会も、たしかにこれと似ているところがある。

だが、よく読み返すと、だいぶ違うところもあると気づかれるはずである。第一、オーウェルが描いた支配階級は政治的な超絶対権力を握っているだけ。彼らの脳の中身が、支配される民衆の脳以上のものになっているというのではない

ヒトラーが予知した「神人」とここが違う。

神人たちも祖先は人間だったが、彼ら自身はもう人間ではない。

人間より数段進化した、人間以上の別の「種」が「神人」だ。いまの私たちが、生物学でいう「ヒト科ヒト」ならば、神人はもう「カミ科カミヒト」になっているのだ。

彼らに支配される「ロボット生物」たちも、たしかに完全管理されてやりきれないが、別に超テレビで監視されるのではない。神人はテレビなど使わなくても全部わかる。

だからオーウェルの描いた悲惨な民衆よりはずっと気楽で、何かわからない神人たちのプログラムの範囲内では、自由に生きていかれる。

しかも、「ロボット生物」自身、もう人間ではないから、いまの人間と違う感覚を持っている。ロボット生物なりの新しい楽しみや満足度も追求できるのかもしれない。

ここから私は、ヒトラーの予知した人類究極の姿は、オーウェルよりもむしろ、もう一つのSFの傑作、『地球幼年期の終わり』に、とても近いと感じる。
参照元:『ヒトラーの終末予言 - 側近に語った2039年』五島勉著 祥伝社 その2

(以下、P.190より引用抜粋)










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巨人は存在した - 隠蔽された歴史の真実-


ティラノザウルスに襲われる人間 [ガブレラ博物館 所蔵]


2016年11月8日付の記事『かつて人類は恐竜と共存していた時期があった-聖書考古学者が辿り着いた結論-』の中で、聖書考古学者ロスパターソン氏による「昔、人類は恐竜と共存していた時代があり、その時代の人類は巨人だった」という説を紹介した。


ロスパターソン氏によれば、大昔の地層を調べていると、木の化石が地層を縦に貫いている例が発見されており、通常、地層をまたいで存在する化石は考えられないのである。

その為、巨大な地殻変動が起こって、何か短期間のうちに全ての地層が堆積したと考えるしかないのだという。


その巨大な地殻変動によって、その時に大気中の酸素濃度が大幅に削減され、その結果、人間を初めとする現在の生物は、昔よりも小さいサイズになったということである。


ロスパターソン氏によれば、聖書に記されているノアの方舟の物語に出てくる洪水がそれにあたるというのである。


つまり、聖書のノアの方舟の物語は、アトランティス大陸の水没時の記録だということである。



ロスパターソン氏によれば、化石の中に見つかった木の樹液に含まれる空気の中の酸素濃度を調べた所、現在よりも濃かったことが分かったのだと言っている。


そして、その当時の酸素濃度でハエを育ててみた所、巨大化したとのことである。



その理論を採用すると、昔、地球の大気中の酸素濃度は現在よりも濃かった(現在はその当時の20%ぐらい)ため、全ての生物が巨大であり、恐竜も昆虫も人間も巨大だったという理屈は、筋が通っている。


例えば、昔のトンボは巨大であった。


トンボだけではなく、ムカデとか、様々なあらゆる生物が巨大だったことは、地質学の本などを見れば、そうした生物群の化石の写真が載っている。


以下は全長20cmもある巨大なトンボの化石であるが、70cmぐらいある化石もあるようである。






米アリゾナ州立大のジョン・ヴァンデンブルックス博士が率いる研究チームが古生代の環境をラボで再現し、巨大なトンボの生育に成功したとされる動画がyoutubeに投稿されている。


それによれば、ジュラ紀(約1億9960万年前~約1億4550万年前まで続いたとされる地質時代)の環境と想定される空気中の酸素含有率を31%まで上げて育てた所、トンボが巨大に生育したということである。







2008年6月14日に岩手県内陸南部で発生したマグニチュード7.2 最大震度6強の地震で岩手県一関で崖崩れが生じたが、その第一報を伝える上空からの映像に巨大な人間の骨の化石が映っているのが発見されている。




当時、取材したスタッフは、撮影に集中していて気が付かなかったそうである。


但し、それが放映された直後に現場にブルーシートが掛けられ、その後のニュース映像では巨人の骨は映像から消去されたそうである。




世界中で、巨大な人間の骨の化石が見つかっているが、それが発見されてもその骨はどこか行方不明になってしまうという。



巨人は本当に存在したのか?世界10の巨人に関する発見




スミソニアン博物館を運営するスミソニアン協会が巨人の骨を回収したが、発見は公にされず、その骨の所有を否定しているそうである。



何故、このように巨大な人間の骨の存在を否定しなければならないかと言えば、この人間の骨を考古学、歴史学の中に位置づけると、西洋中心的な進歩史観の土台が根底から覆されてしまい、西洋文明や西洋文化が世界に輸出され、広められなければならないとする根拠が失われるからである。



進歩史観はダーウィンが適者生存により唱えた進化論を人間社会に応用し、西洋文明が他国に近代化を押し付けることを正当化する根拠になっている。


この理論によって欧米列強の帝国主義や世界の植民地支配が正統化される根拠となっている。


つまり、より進化している西洋の文明をより進化していない途上国に広めるのは、歴史の必然とする考え方である。


その結果、革命理論というものが生まれ、暴力革命というものが正当化される根拠にもなる。


これは精神が絶対精神へと進化していくとしたヘーゲル哲学、そしてそれを唯物思想的に応用したマルクス主義の歴史観などに見られ、また基本的にはヘーゲル哲学の焼直しであると言われるフランシスフクヤマの『歴史の終わり』の中にもこの思想が現れている。


因みに佐藤優によれば、イワン・イリインは1918年に『神人の具体性に関する言説としてのヘーゲル哲学』というテーマで博士号を取得した保守思想家で、プーチンはこのイリインの思想を信奉しているのだという。


従って、プーチンはヘーゲルがナポレオンに見た絶対精神の顕現に自分をなぞらえて独裁者としてロシア民族を率いていくことを正当化しているのである。



『歴史の終わり』の中で、フランシスフクヤマは民主主義が文明や社会制度の進化の最終形態であるとしているが、こうした考え方が、保守思想家の理論となり、特にブッシュ政権の時にアメリカ21世紀プロジェクト(アメリカの力で世界に民主主義を広める)という形で、他国への侵略を正当化する理論となっている。


ネオコンとは元々は民主党の中にいたトロツキーの世界革命論を信奉していた人々で、後に共和党に寝返って、ネオコンサヴァティブ(新保守主義)となり、積極的にアメリカの力で世界に革命を広げていくという思想を持つ人々である。


例えば、これは、穏健な社会主義を目指すフェビアン協会などのメンバーの中の進歩的知識人の中にも見られた思想であり、右翼から左翼まで西洋人に共通して見られた思想である。


それが右翼的に表現されるとヒトラーのナチスやネオコンの革命思想として現れ、左翼の中で表現された際には、トロツキーの革命思想や、穏健なフェビアン協会の中にも見られたのである。


木田元が「反哲学入門」の中で、プラトンからヘーゲルに至る思想は根本的には同じものであると解説しているが、基本的にはヘーゲルまでの西洋哲学では、歴史というものは、人類が進化していく時系列的に一方向の道程なのである。



現在の考古学、歴史学では、人類は、アフリカで発生し、アウストラロピテクスが、約400万年前 – 約200万年前に生存していたとされている。

そして、約40万年前にネアンデルタール人が出現し、2万数千年前に絶滅し、約4万~1万年前にクロマニョン人が登場したとされている。



こうした現代科学で正統とされている考古学、歴史学も基本的にこの西洋中心的な進歩史観に沿ったものである。


もしアトランティス時代というものがあって、今の人類よりも巨大な人類が高度な文明を築いていたなどといった事実が明らかになると、文明文化の輸出者として振る舞っている西洋人の正統性が失われる。


人類は、アウストラロピテクスから時系列的に一方向に進化してきたので、それ以前に今の人類よりも進化した文明があってはいけないのである。


また今の人類とは異なる進化系を歩んでいた人類というものがあってはいけないのである。



従って、彼らはこの事実を公にしようとしない。




もっと直接的に言えば、現代の地球を支配している権力者のグループがこのことが公にされるのを阻止しているということが出来る。



これはおそらくUFOや宇宙人の存在について隠蔽され続けていることと理由は同じである。




UFO現象や宇宙人の存在を隠蔽する工作を行うグループが存在するのであるが莫大な資金を使ってこれを行なっている。



従って、岩手県の崖で見つかった巨人の骨が直ぐに青いビニールシートが被せられて隠蔽されたというのは、こうした勢力が行っているものと考えられる。



こうした事例から日本で起こったことであってもこうした権力筋の指示通りに隠蔽されるということが理解できる。




こうした人類の発生の真実について記された『シークレット・ドクトリン 第2巻 第1部 人類発生論 』(神智学叢書) 単行本 – 2018/1/1 H.P.ブラヴァツキー (著),‎ 忠 源 (翻訳)がまもなく発売されるそうである。



この本を読むことで、人類と恐竜が同じ時代に生きていたことやノアの方舟の物語がアトランティス大陸の水没を意味しており、それは大洪水と呼ばれ、世界の宗教の神話の中にはこの大洪水を記したものが数多く見られるということなど、人類の発生の真実、人類初期の真実が理解できるものと思われる。





(参考資料)



(参考動画)

【巨人】日本で発見されたとされる巨人の画像
https://www.youtube.com/watch?v=bl6bhBQLgVo

巨人は本当に存在したのか?世界10の巨人に関する発見
https://www.youtube.com/watch?v=jgpKTxYdb8I

【実話】ジュラ紀サイズの生きたトンボが誕生!引くほどデカイ・・・
https://www.youtube.com/watch?v=hqRAF4bBYI0

参照元:Youtube











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ビットコイン革命 Part5 <お金の発明者、リバータリアン社会主義>

ここ数回に渡って、仮想通貨(暗号通貨)について書いてきたが、ビットコインは、2008年10月に中本哲史(Satoshi Nakamoto)と名乗る人物による論文の投稿から始まった。

2009年1月にビットコインの運用が始まると、当初はナカモトサトシや、ソフトウェアの開発者の数人で、マイニングを行なっていたと考えられるが、この当初のスタート時点において、この新しいお金の発明者たちは、かなりのビットコインを蓄積したはずである。

これらの人々はお金を発明した創業者であるから、莫大な利益を得て当然なのである。


通貨を発行する人は、通貨発行益(シニョリッジ)を保有する。


これは莫大な利益となるが、現在の国際銀行家などがその利益を握っている。


例えば、米国の中央銀行・連邦準備銀行であれば、株主である以下の面々がそれである。


ロスチャイルド銀行・ロンドン
ロスチャイルド銀行・ベルリン
ラザール・フレール・パリ
イスラエル・モーゼス・シフ銀行・イタリア
ウォーバーグ銀行・アムステルダム
ウォーバーグ銀行・ハンブルク
リーマン・ブラザーズ・ニューヨーク
クーン・ローブ銀行・ニューヨーク
ゴールドマン・サックス・ニューヨーク
チェース・マンハッタン銀行・ニューヨーク


ビットコインは、この通貨発行益を国際銀行家の独占から解放する発明である。


それはどこにも中央に管理者がいない状態で、多くの人が参加して、インターネット上でお金の決済の仕組みを運営していく仕組みである。


インターネット自体もこうした仕組みによって大勢の参加者によって運営されており、どこかの一国の政府が停止したりすることは出来ない。


例え政府の権力者がビットコインの使用を禁じたとしても世界中の市民が共同で、このお金の仕組みを運営してしまうのである。



この銀行システムが強固である限り、私たちがこの中央銀行の株主の面々から、真に解放されることは難しかった。


従って、お金という仕組みが支配者たちに支配されていることが、最大の問題点だったのである。


そこで、多くの人が、中央銀行が発行しない市民が独自に発行する地域通貨の可能性などを考えてきた。


地域通貨を使っていくことで、中央銀行が発行するお金によって振り回されない経済圏を創ろうとしたのである。




以前、思想家の柄谷行人は、世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて (岩波新書) の中で、どのようにすれば世界共和国が実現するかを考察する中で、人々の交換の形に注目した。


そして、交換を媒介するものは、やはりお金である為、地域通貨の可能性などについても考察してきたようである。



この本の中で、ノームチョムスキーが示した国家が取り得る4つの形態を紹介している。



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1. 福祉国家資本主義(社会民主主義)
2. 国家社会主義(共産主義)
3. リベラリズム(新自由主義)
4. リバタリアン社会主義(アソシエーショニズム)




1つ目の福祉国家資本主義(社会民主主義)は、政府が公務員を沢山抱えて(大きい政府)、企業や個人から税金を徴収し、その税金を再分配して、社会的不平等を是正していくという考え方である。

これが現在のリベラル左翼が目指す方向性である。


但し、この方法だと税金を徴収する政府が肥大し、そして、税金の再分配による社会的不平等の是正は完全ではない。


この方法はリベラル左翼によって、ずっと取られてきた路線である。


但し、こうした社会民主主義は、例えば、日本においては社会党が一時期、躍進した時期もあったが今では全くその勢力は衰えてしまった。


結局、福祉国家社会主義とは、修正資本主義であり、国家権力による統制経済である。


その方法では、真の平等も自由も実現できない。


社会民主主義が、このように衰退したにも関わらず、リベラル左翼は、ずっとこの路線で、戦っているのである。


ウォール街を囲め運動などもこの一部である。




2の国家社会主義(共産主義)は、計画経済などによって平等は実現したが、経済的に物が不足したり、個人の生産に対するモチベーションを喚起することが出来ないため、気概のない社会となる欠点があった。

また国民に平等を強いるため、それを実行する中央集権的な官僚機構が生じて、特権階級の腐敗なども生じたのである。


そして、体制を維持するために秘密警察なども用いられた。


つまり、統制によって平等は実現したが、自由は失われた社会である。


またソ連の崩壊に見るように歴史的には失敗したと見なされている。




3は現在のリベラリズム(新自由主義)であり、これは具体的には1989年のワシントン・コンセンサスで定式化され、IMF、世界銀行、米国財務省が「小さな政府」「規制緩和」「市場原理」「民営化」を世界中に広く輸出する米国主導の経済戦略として推進され、その結果として世界に極端な格差がもたらされることになっている。

このリベラリズムは現在世界に極端な不平等を生み出しており、リベラル左翼の努力は、主にこれを推進する貪欲な企業活動の規制や反対運動などに向けられる。

またこれらの企業活動を規制し、税金を課して、それを再分配するという観点から、リベラル左翼の観点では、政府の権能を拡大する必要があり、その為、大きな政府となり、また国家統制が必要となる。



つまり、現在のリベラリズム(新自由主義)は、格差社会をもたらしたという点で、非常に問題があるが、それを解決するためのリベラル左翼の枠組みは、既に下火となって来た社会民主主義的アプローチであり、国家統制を必要とし、また不平等を再分配によって修正するという考え方である。

不平等を再分配によって解消しようとする場合、再分配の受け手は、努力することなく再分配を受け、そのことが不平等となる。



上記のように1,2,3は、これまで地球上に出現してきた社会である。



これらの社会のいずれも長所もあり、また欠点も持っている。




そして、ノームチョムスキーの考えでは、平等と自由の両方が実現された社会が理想的な社会であり、それはリバータリアン社会主義(アソシエーショニズム)なのである。


このリバータリアン社会主義は、いまだかつて地球上で実現したことのない社会である。



小さい政府で、政府は国防やインフラ管理など基本的なことしか行わず、人々が規制のない中で自由に生活し、しかも平等が実現されていて、資本主義の歪みとしての格差などがない社会である。



これをどのように実現するかということが課題であり、ノームチョムスキーを引用した柄谷行人は、この4のリバータリアン社会主義(アイソレーショニズム)を実現するためには、人々が友愛によって連帯する必要があり、それには宗教が大きな役割を果たすのではないかと述べている。


(※因みに私自身は、これはキリスト教、仏教、イスラム教、ヒンドゥー教、ユダヤ教など世界中のあらゆる宗教の背後にある不滅の真理を探究しようとした不朽の知恵の教え、神智学等が、その答になると考えている。但し、これは学問としての神智学ではなく、霊ヒエラルキーの出現を通して生み出される生きた真理としてである。)



資本主義には自由はあるが、平等がない、共産主義には平等はあるが、自由がないということで、東西が対立する冷戦時代には、このどちらかの選択肢しかなかったのである。


そして、資本主義を修正するアプローチである福祉国家社会主義(社会民主主義)では、平等も実現できないし、統制が進んで自由も失ってしまうのである。



そして、柄谷行人は、現状の通貨の発行権が市場原理主義を信奉する人々(国際銀行家)の手に握られている現状では、4のリバータリアン社会主義を実現することが出来ないと考えており、その為、地域通貨の可能性に注目していたようである。


つまり、中央銀行が発行する通貨は、世界規模の商業活動(グローバリゼーション)を行なうプレーヤーたちの手元に集中してしまい、一般の人々の手元には通貨が不足してしまう。


従って、中央銀行が発行する通貨は、資本を集中的に保持する人の元に集まり、地域社会の人々同士の財やサービスの交換を促進せず、地域社会の人々のつながりを分断し、コミュニケーションを阻害してしまう。



その為、中央銀行が発行する通貨とは全く独立して流通する地域通貨が普及すれば、地域社会の人々同士の財やサービスの交換を促進し、それが人々の友愛的な連帯へとつながると考えたのである。



もちろん、そうした人々の友愛的な連帯を基礎づける世界宗教なども必要だと考えたのである。



『世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて』が出版されたのが、 2006年4月20日であるが、この柄谷行人が、リバータリアン社会主義を実現するのに役立つと考えていた地域通貨は、仮想通貨(暗号通貨)という形で、地域通貨の実験などよりも大規模に強力に世界的に実現しそうな勢いである。


そして、仮想通貨(暗号通貨)の基幹技術であるブロックチェーンは、今後の数年間で、仮想通貨ばかりでなく、交通やインフラ管理、エネルギー・水・廃棄物、農業、環境モニタリングと災害予測、医療・ヘルスケア、金融・保険、書類や記録の管理、ビル管理・不動産管理、製造・メンテナンス、スマートホーム、小売業など、あらゆる業務の基幹システムとして応用され、中

央に管理者のいない状態で、共同で、分散台帳を使いながら自動的に運用されていくようになるという。


そのような世界では、IOT(Internet of Things)と呼ばれるが、あらゆるデバイスや機器がインターネットに接続され、ブロックチェーンによって、それが自動的に運用管理されていく。


それらのデバイスにはチップが搭載され、人工知能が搭載されて、人間がメンテナンスをほとんどしなくても自動的に運用されていくのである。


従って、巨大な中央政府などが不要になり、最小限の公務員しか必要なくなるのである。


必要となるのは、国防、警察、インフラ管理などであり、それを最小限の人員で運営することが出来る。



そして、仮想通貨を使って、世界中のどこにでも安い手数料で送金できる世界では誰でも自分の気概で生活を維持していくことが出来る。


人々は自由に経済活動し、政府に管理統制されることもなく、政府の維持コストが安くなるため、税金も安くなり、自分で自分の生活を何とかすることが出来るため、国家による再分配としての福祉の必要性が限りなく少なくなっていく。


もちろん、社会インフラのコストも安くなるため、公共料金などが限りなく安くなり、農業なども自動的に管理され、十分な量の食糧も供給できるため、ほとんど生活費に困るということはなくなるかもしれない。


つまり、ブロックチェーンによって生み出される未来の社会は、リベラル左翼の主張してきた大きな政府(過剰な公務員)にって、多くの税金を徴収して再分配する福祉国家社会主義(社会民主主義)ではなく、自由と平等が実現したリバータリアン社会主義(アソシエーショニズム)である。



ビットコインは、そのブロックチェーンによる社会革命を先陣を切って行っているのである。






因みにブロックチェーンがどのような未来を切り開くかについてよく理解できる良書は以下の2冊である。




『ブロックチェーン・レボリューション ――ビットコインを支える技術はどのようにビジネスと経済、そして世界を変えるのか』ダイヤモンド社 ドン・タプスコット (著), アレックス・タプスコット (著), 高橋 璃子 (翻訳)




『ブロックチェーン革命–分散自律型社会の出現』日本経済新聞出版社 野口悠紀雄 (著)


















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かつて人類は恐竜と共存していた時期があった-聖書考古学者が辿り着いた結論-

先日、私はYOUTUBEの動画を色々と見ていた所、面白い動画を見つけた。

面白いというのは役に立つ有益な動画という意味である。


それは2012年4月30日に浦添てだこ大ホールで行われた「恐竜、ノアの箱舟」(Dinosaur and Noah’s Ark)という題名のロス・パターソン氏の講演の録画である。






このロス・パターソン氏がどのような人物なのか、ネットで検索すると、キリスト教伝道センター、サンライズミニストリーのページに辿り付く。

ロス・パターソンによる説教ということで、聖書考古学の立場からキリスト教の聖書に出てくる物語が実際の史実であることを証明するために実際にノアの箱舟の残骸の遺跡を探して発掘したりしている人物のようである。


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聖書考古学

聖書考古学は、旧約聖書の基本となるような出来事を確認できる紀元前2000年紀頃から新約聖書の成立頃までを範囲とする。地理的にはパレスチナ及びその周辺となる。旧約聖書に記された都市遺跡の発掘、教会や教団の存在した地域の調査を行っている。1947年に、死海西岸の洞穴で発掘された「死海文書」は有名である。

(wikipedia 宗教考古学より引用、抜粋)


聖書考古学とは、聖書に出てくる地名や人物などが実際に存在していたことを科学的に証明しようとする人々で、それなりに理性の裏付けによって議論を進めている点で評価できる。

但し、そうした聖書の科学的な検証をキリスト教への熱心な信仰心によって行なっている印象なのである。

つまり、キリスト教への信仰から現代科学の知識を駆使して、聖書の正しさ、信憑性を証明しようとしている。


そのため、キリスト教を信じない人にもある程度の説得力を持って迫ってくる議論となっている。

例えば、この「恐竜、ノアの箱舟」の中の議論もそうした真剣な議論であり、理性的に科学的に考察している。

それはなにかというと、世界の様々な宗教には似たような「洪水伝説」があるということである。

それはどうやら人類が共通して経験したアトランティス大陸が水没する天変地異を表していたことを推測させる内容である。


現代考古学では現在の様々な堆積した地層は長い年月をかけて徐々に形成されたと考えられているが、ロス・パターソン氏によれば、地層の中には地層を縦に貫いている木の化石が見つかるケースがあることから、それらの地層は、長い年月で積み重なったものではなく、ある時に一気に短期間で積み重なったものではないかという推測をしている。

つまり、そのようなことから昔、「洪水伝説」に象徴されるような何か大きな天変地異のような環境の変化があったことが想定されるということである。


聖書に書かれているノアの箱舟の物語は、そうしたアトランティス文明の崩壊、水没時にそれを生き延びた人々の物語であるということである。

そして、そのノアの箱舟が漂着したと推測される場所を実際にトルコに見つけて、箱舟らしき形をした遺跡を実際に見つけたのである。

そして、金属探知機などを使って、その一体に金属反応があることを突き止めて、そこに箱舟があったと主張している。



更にパターソン氏は恐竜は6500万年前に絶滅したと一般に考えられているが、初期の人類は恐竜と共存していた証拠が沢山の遺跡に壁画として残されていることを指摘している。

従って、現代の考古学の年代測定法は間違っているということなのである。


「洪水」の前に人類は恐竜と共に共存しており、そして、「洪水」によって、アトランティス大陸は水没し、一旦、文明は全て失われた。

そして、現代に至るということである。


何故、恐竜が巨大化したのかということであるが、パターソン氏は酸素の濃度が現在よりも濃かったことをその理由としている。

そして、昔の人間はもっと巨大であったと主張し、実際、そのような巨人の頭蓋骨や骨が見つかっていることを証拠としている。



実際、話の内容は実に説得力に富んでいる。


パターソン氏は聖書考古学の立場から聖書の物語を信じており、キリスト教の信仰者であると考えられることから、彼は熱心に聖書が真実であることを伝えたいのである。

そして、進化論を否定し、創造説が本当であることを証明したいのである。



このパターソン氏の講演を聞いて、私はそれがロシア人の神秘家であるヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー夫人(神智学協会)の「シークレット・ドクトリン 人類発生論」の内容を裏付けるものであることが分かった。


blavatsky

パターソン氏は進化論を否定して、創造説を主張するために科学的な見地から、大洪水と人類と恐竜との共存、ノアの箱舟の物語の真実性などを主張しようとして、結果として、ブラヴァツキー夫人の人類発生論を裏付ける形となった。



神智学では、人類がレムリア時代→アトランティス時代を経て、現代へと遷移してきたことを教えている。


私はキリスト教原理主義の人々が信じる今から5000年前に神が人間を創造し、恐竜も神が創造したという説は信じないが、但し、今から10万年程前までアトランティス文明という科学の進んだ文明があり、大洪水によって海底に沈んだという説は信じている。


以前、進化論と創造説の違いについて書いた記事があるが、その中で、アリスベイリーの『ホワイトマジック』の中の情報を整理して、秘教的な歴史観についてまとめた年表を作成した。


これがおそらく人類の真の歴史である。



実は進化論と創造説はどちらも不完全なのであり、その両方を取り入れた秘教的歴史観に発展させることで、これらの両者の矛盾は解消する。


そして、真の人類の歴史が分かるのである。



5000年前に神が人類を創造したと主張したり、恐竜の化石は神が人類の信仰を試すために置かれたなどという主張はばかげた主張に思える。


一方で、ダーウィンの進化論のように人間は自然淘汰によって、適者生存の法則によって、偶然の突然変異が、取捨選択されて進化してきたとする理論は非常に無理があるように思える。


やはり神というものが存在し、人間は神の設計図に従って進化してきたと考えるのが自然である。


創造説を信じるキリスト教の信者は視野をもう少し広げ、素朴に神を信じるのも良いが、理神論的な宇宙観の中で、神の概念を拡大することによって、それは秘教的歴史観に辿り付くことが出来る。


キリスト教の盲目な伝統信奉主義から離れて、ブラヴァツキーやアリスベイリーが主張した秘教哲学を学習すべきである。


しかし、ダーウィンの進化論のような唯物的な進化の概念、進化は特定の方向性がない偶然の変異による機械論的なものだとする自然観は何とも空しい自然観であり、宇宙観である。


進化論と創造説がそれぞれの良さを総合した時に進化論と創造説を超えた秘教的歴史観に辿り付くことが出来る。



それらは既にブラヴァツキーやアリスベイリーの著作という形で情報は提供されている。



ロス・パターソン氏はキリスト教の信奉者でありながら、科学の崇拝者でもあり、聖書考古学を通して、厳密に科学的に検証したからこそ、「大洪水」によって人類の文明は一度、断絶したという真実、


そして、かつて恐竜と人類が共存していた時代があったという真実にたどり着くことが出来たと考えられる。



つまり、進化論と創造説の両者を総合することに限りなく近づいたのである。



もしロス・パターソン氏にブラヴァツキーやアリスベイリーの著作でもう少し学習してもらえば、彼は明らかに秘教的歴史観に辿り付くことになる。


ブラヴァツキーの著作の中でも人類の起源は1850万年前であり、人類と恐竜が同時代に共存していた時期があったことや、かつて人間が巨人だった時代があったことが記されている。


そうしたことで、ロス・パターソン氏の講演内容は、ブラヴァツキー夫人の著作の内容を裏付けるものである。



おそらく彼自身は純粋な聖書考古学者であり、キリスト教の信奉者で、秘教とは関係ないと思うのだが、科学的な思考で真剣に探究した結果、全く秘教と同じ結論に到達したようである。

















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スティーブン・グリア博士の『UFOテクノロジー隠蔽工作』について

我々の地球に宇宙人が訪れており、我々地球人よりも遥かに科学技術が進んだ文明をもち、また精神的にも進歩している。

そのような宇宙人が地球人類を助けるために地球を訪れているという事実は、まさに公然の事実になりつつある。

学生時代、そうした太陽系内の金星人や木星人とコンタクトしたジョージ・アダムスキーの全集(久保田八郎訳)が書店の精神世界コーナーで手に入り、私も学生時代に夢中になって読んだ。

後にジョーティッシュをするようになってから、占星コラムでアダムスキーの出生図について検証もしてみたが、私はアダムスキーの情報が真実であると考えている。

ジョージ・アダムスキーは、第一級のUFOコンタクティーであり、宇宙人が地球に訪れる目的やUFO(宇宙船)のテクノロジーを明らかにし、また宇宙人が実践する宇宙哲学についても紹介した類まれな教師である。

然し、その後、世代が変わり、現在、UFO問題の最前線で真実を明らかにするための活動に取り組んでいるのが、スティーブン・グリア博士である。

スティーブン・グリア博士が書いた『UFOテクノロジー隠蔽工作』は、UFO問題の真実を余すところなく明らかにしている驚愕の書である。

ufo_book
原題は、『隠れた真実―禁じられた知識』である。

邦題の『UFOテクノロジー隠蔽工作』というタイトルは、何かUFOのテクノロジーに関する米国政府の隠蔽工作についてのみ扱った本のような誤解を招くが、この著者のスティーブン・グリア博士は、神秘家であり、秘教学徒であり、UFOに乗船している宇宙人(宇宙の兄弟)に働きかけて、コンタクトできる(第五種接近遭遇)のは、彼のこうした神秘家、秘教学徒としての能力に依存している。

スティーブン・グリア博士はTM瞑想の実践者であり、瞑想教師としての資格もあり、宇宙と一体化した体験、真我との合一体験もあり、生命が永遠であることを理解し、暗殺される恐怖を克服している。

自らの体験談として、UFOが、目に見えない状態から物質界に遷移して、見えるようになる過程についても克明に報告している。

実際、UFOは、エーテル物質で出来ており、彼らが波動を下げなければ地球人には見ることが出来ない。

その辺りの事情についても彼は、秘教学徒であるから、熟知しているのである。

また一流の諜報能力を持っており、CIAとも度々接触している。

インテリジェンスソサイエティ―のことがよく分かるようであり、CIAの動きが彼には一目瞭然に分かるようである。

おそらく、ナクシャトラで言う所のバラニー、プールヴァパールグニー、プールヴァアシャダーなどに惑星が在住しているのではないかと考えらえる。

本書を全て紹介する訳にはいかないため、アポロ宇宙飛行士 ブライアン・オリアリー博士のまえがきと、訳者である前田 樹子氏のあとがきを参考資料として引用する。

前田 樹子氏は、グルジェフやウスペンスキーの翻訳を手掛けている方で、秘教研究家である。

従って、本書の翻訳に携わったものと考えられる。

この『UFOテクノロジー隠蔽工作』とは、秘教の本である。

UFOに関する情報開示の最前線で、米国政府のUFO問題の隠蔽工作と格闘する一人の神秘家、秘教学徒の活動の記録である。

アポロ宇宙飛行士 ブライアン・オリアリー博士は、『本書はあなたが読むであろう本の中でも、もっとも重要なものとなるだろう』と述べている。

まさにその言葉が示すような世界の真実が分かる本である。

(参考資料)

(以下、『UFOテクノロジー隠蔽工作』の「まえがき」から引用抜粋)

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まえがき

不本意ながらUFO調査は、二十一世紀の科学へとわれわれを導いている。

-J・アレン・ハイネック
惑星地球上における人間の試みは、いまや自滅の瀬戸際に立たされている。核戦争の脅威、化学薬品と生物学的要因による環境破壊、地球規模での気象の変化、地上および宇宙空間の兵器の急増、企業の貪欲さ、米国政府の甚だしい身びいきと誤った管理、膨れ上がった軍事費と侵略、われわれの文化的条件づけの動揺、恐怖と無知の蔓延、救助技術の抑圧、貧富の格差などに目を向ければ、われわれがまだ地球上に存在していることに驚く外はない。辛うじて、といったところだ。

われわれは、まだ希望をもっているだろうか。やってみるだけだ、と答えるしかあるまい。仮にやってみるとして、その答えをどこに見出せるだろうか。ここに、ドクター・スティーブン・グリアが登場する。

二十年近く前に、私は初めてスティーブン・グリアと出会った。ノースカロライナ、アーデンのユニティー教会で私が講演したときだった。プリンストン大学とサイエンス・アプリケーションズ・インターナショナル・コーポレーションで、私は主流派の宇宙科学者だったが、そのキャリアから離れて、西洋科学の限界と可能性から自分を解き放ちはじめていた。同時に、同僚の科学者たちの大半が拒絶しているUFO(未確認飛行物体)/ ET(異星人)現象の研究に没頭したのである。そのときすでに私は、人間の超越的実在性について探求し見解を述べることに、自由を感じていた。

スティーブもそうだった。UFO/ET体験を持つ優秀な若き救急医師ドクター・グリアと私は、初対面の日にもかかわらず夜更けまで語り合った。私たちがともに理解しはじめていた内容をすり合わせてみたのだ。その内容とは、ETの地球視察が現実に起きているばかりでなく、人間が引き起こす世界的危機を克服するうえで、彼らはわれわれ地球人を手助けすることができるということだった。その日以来スティーブは、現象そのもののミステリーだけでなく、米国政府の胡散臭い片隅と、それを隠蔽する企業のミステリーにも踏み込んでゆく、目ざましい指導力を発揮してきた。そうすることによってドクター・グリアは、地球全体の変化の最前線に立つ大胆で精力的な戦士であることを、繰り返し証明してみせてきた。

まず初めに、彼は「地球外文明研究センター(CSETI)」を設立し、人間と地球外文明との間に大使という役割の概念を導入した―ただしこれは、単なる空想科学小説などではない。世界中のUFO頻出地域に夜通し遠征隊を張り込ませ、彼らは照明、音響、視覚映像などの手段によって宇宙船を無線誘導する。この方法を彼は「第五種接近遭遇」と命名した(CE-5とも呼ばれている)。こうしたワークショップは、関心ある研究生に対して現在でも提供されている。

次に彼は、手ごわい作業、「情報開示プロジェクト」に着手した。このプロジェクトは、百人を超えるUFO/ETの米国政府目撃者の証言ビデオ/DVDを捜し出し、それら証拠物件を入手する活動である。その情報開示は2001年5月、ワシントンDCでの大規模な記者会見においてその頂点に達した。これらの証拠物件が明白にしていることは、政治の長きにわたる腐敗と、マスコミの秘密主義と、さらには地球への来訪者からマイクロ・エレクトロニクス、反重力推進、ゼロ・ポイントの”フリー”エネルギー技術などを獲得した事実である。こうした大規模な隠蔽工作が、ニュー・メキシコ州ロズウェル近くでUFO墜落事件の発生した1947年7月以来、60年も続行されているのだ。ロズウェル事件について、米空軍はバルーンに起因する事故だと述べているが、そうでないことは確実である。こんな神話は、無知な人々か、権力者とその臣民にしか通用しない。

情報開示に関するドクター・グリアの先駆的作業によって、ETコンタクトについての報告内容―たとえば”超トップシークレット”の研究がネヴァダ州の悪名高きグルーム・レイクのそばで、またその他の場所で、現在も進行中であるといったこと―の重大性と信憑性について、さらには隠蔽工作自体について、必然的にわれわれの理解を深めさせ、促進させた。

スティーブン・グリアは高い使命感をもった霊的戦士であり、”合衆国”と名乗る諸力と対峙する存在である。後者は裁きを受けるべき犯罪者と言っていい。というのは、米帝国の崩壊を目の当たりにするにつけ、かつてないほど多くの人々にとっても明白な、犯罪者としてのおびただしい理由が明かされたからだ。ドクター・グリアは他の誰よりも、UFO/ET隠蔽工作に関する紛れもない証拠を導き出した。残るわれわれは、その証拠を素直に受け入れる番にきている。

本書『HIDDEN TRUTH – FORBIDDEN KNOWREDGE』は自伝的な観点から、膨大な証拠を積み上げてわれわれに最新の情報を提供してくれる。それは、現代最大の謎を暴露する物語であり、地上最強の国家にあって、われわれを虐げる暴君から恩義を受けない、勇敢な魂によって語られている。

本書のもうひとつの重要な点は、地球外諸文明のもつ慈悲深さについて語って聞かせてくれることである。人間の現状に同情を寄せるETたちは、この地球を訪れてはいるものの、直接に干渉したりはしない(映画「スター・トレック」でも有名になった、いわゆる”至上命令”である)。
広島と長崎に前代未聞のおそろしい荒廃をもたらした1945年以降にかぎって、近年のUFO目撃、ETとの遭遇、テクノロジー移転が現実に起きている。厳粛な気持ちにならざるを得ない。

長距離原子爆撃機はロズウェルに配備され、原爆はロス・アラモスで開発され、原爆一号はアラマゴルドで爆発し、後に続く攻撃ミサイルはホワイト・サイドで実験された―いずれも軍産複合体制の所在地ニュー・メキシコ州内の地である。

1947年のロズウェルUFO墜落事件もその地で起きたが、単なる偶然の一致であろうか。そうは思えない―というのも、その後ずっとETは、ニュー・メキシコ以外でも軍事基地、核基地に現われており、核技術の恐ろしさが慈悲深いETたちをして、その現場へ馳せ参じようとさせるのだろう。おそらく、彼らにとってもぞっとする恐怖の事態を未然に防ぎ、無責任な人間によって引き金が引かれないよう見張っているのだ。
われわれ地球人は、可能なかぎりの助けを必要としている。だから、あるがままの現象を素直に受け入れ、文化的な偏見を捨てて、不思議な出来事に驚いてみてはどうだろう。われわれの知識を広げ、政治的に活動することによってのみ、必要な推移を実現させることが可能だ。こうしたことにかけて、ドクター・グリアは優れた手腕を発揮する。

多くの観点から見て、UFO現象は、謎めいた来訪者についてよりもわれわれ自身について、より多くを語っているようだ。そして、彼らがわれわれの目の前に掲げている鏡は、われわれを戦慄させる。とは言っても、ドクター・グリアの言葉に耳を傾けるなら、そこに希望はある。たとえば、彼の設立した「宇宙エネルギー接続システムズ(SEAS)」は、クリーンで安価な分散化エネルギーを提供できる革新的新エネルギー技術を用意し、発明家たちを支援している。このように、石油、石炭、核の時代を終わらせれば、人間に起因する公害や異常気象を、事実上過去のものとすることができるのである。私の所属する「ニュー・エネルギー運動」は「SEAS電力」やその他の組織と緊密な連絡を保ち、新エネルギー技術の研究開発がいかに重要であるかを提唱しているが、いまのところ強大な基幹企業によって抑圧されているのが実状である。

ドクター・グリアと初対面した夜、ユニティー教会のチャッド・オーシア牧師が「真理はあなたたちを自由にする。だが、はじめにあなたたちを怒らせるだろう」というバンバー・ステッカーをくださった。切羽詰まった状況を否定せずに怒りをぶちまけ、その後で問題解決に乗り出すならば、地球上に永続する文明を築くチャンスが残されているかもしれない。

度胸のいるこの仕事は、臆病者には向かない。先端的科学者の多くが脅され、殺され、さもなくば偽情報や個人攻撃に押しつぶされてきた。われわれにとって幸いなことに、ドクター・グリアはこれらすべての苦難に耐えてきたのである。

本書はあなたが読むであろう本の中でも、もっとも重要なものとなるだろう。超越的実在性についてふんだんに述べられているばかりか、地球における権力の横暴から、平和で永続的な公正な宇宙コミュニティのパラダイム・シフトへ向けての行動を呼びかけてもいるのである。
2005年9月14日 アポロ宇宙飛行士 ブライアン・オリアリー博士

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(以下、『UFOテクノロジー隠蔽工作』の「訳者あとがき」から引用抜粋)
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訳者あとがき

「これは宇宙でいちばん熱いポテトである。私はそれについて、もうあまり関わらないことにする」― ヘンリー・キッシンジャー(本書32章より)

「真実は隠れる。なぜならそれは信じられそうもないからである。だが、最も意外なことが本当は真実である」― 本書著者ドクター・スティーヴン・グリア(本書31章より)

近代史上最大の秘密、しかも私たち一人一人の生存に直接関わる問題であるばかりか、宇宙空間と宇宙人への被害さえ起こりかねないある緊急事態について、著者ドクター・グリアの語る回想録は読者に多面的な衝撃を与えずにはおかないであろう。一般社会には隠されている宇宙規模の問題がある。その問題はすでに60年間極秘にされてきた。今日でも米国政府は極秘扱いを除していない。医師ドクター・グリアはその問題に光を当て、問題の本質を解明し、なぜ秘密にされているのか、その原因、理由、状況推移について本帯で自伝ふうに語っている。異彩を放つ書である。

彼と同様にこの問題を追及しようとした少数の先端科学者やジャーナリストもいたが、彼らは例外なく挫折した。科学者の場合は「自殺」とされているが、実は他殺だったと推定できるような不可解な死を遂げているケースが多い。こうした事件は米国にかぎらず、英国でも発生している。ジャーナリストの場合は、マスメディアの組織内に仕組まれている管理機構により、企画した番組が握り潰されるのが通例である。

あえて挑戦するなら不運に見舞われるに違いないこの秘密―現代における最大の謎―を解く先駆者となり得たドクター・グリアの手腕もまたちょっとした謎である。熱い宇宙ポテトについての情報ヘアクセスできるきわめて少数のグローバル・エリートは、「私には関係ないよ」といった態度をよそおっている。直接アクセスできなくても、それなりのルートを通してある程度の情報を入手できる一国の指導者、つまり大統領や首相、また国連事務総長も、異口同音に「あまりにも危険だ」と言って、彼らも責任回避の態度をくずさない。

米国のアポロ11宇宙飛行士たちが人類史上―おそらく初めての―月着陸に成功した1969年から、すでに40年近く経過したが、ロケット科学者ワーナー・フォン・プラウンの功績に負う偉業だった。フォン・プラウンの晩年4年間にわたり彼の助手をつとめたカロル・ロシンに、彼は幾度となくこう言っている。「最初に東西の冷戦があり、その後に憂慮すべき事態と無法状態が生じるであろう。その次に―彼がこう言ったのは1974年だったが―、国際テロリズムと宇宙からの小惑星の脅威に見舞われるであろう。これに続いて、支配者たちは地球外文明からの脅威というでっち上げを繰り広げるだろう。こういったことはすべて、恐怖という手段によって世界住民を最大限に統制しようとする企てである」(本書24章より)

著者グリアは、「この筋書き通りの作戦を練っている企画グループがあり、私はそのグループの数人に会っています」とカロル・ロシンに述べている。

宇宙規模の秘密と言われるこの問題の裏面工作には、UFOとETが大いに関係しており、その秘密工作のネットワークは世界各地に張り巡らされている。具体的にどういうことか、ドクター・グリアはこう述べている。民間のUFO研究団体にCIAのスパイが多数潜入しているが、大多数の会員はそれに気づいていない。特別に訓練された諜報工作貝がETに化けて人間を誘拐したり、誘拐被害者の治療に当たる専門家もCIAの回し者だったり、さらには彼らの用いる手法として、マインド・コントロール、麻薬使用、電子心霊感応技術、家畜ミューチレーション、その他非常に入り組んだ欺瞞の手法が使われている。

UFO /ETに関わる秘密保持の仕組みやからくりが本害を読むと非常によくわかる。政界、財界、企業、軍事、マスコミ、科学研究所などの組織の中でこの問題がいかに秘密に保たれているか、その仕組みの複雑さに驚き呆れてしまう。さらには信じ難いサタニック・カルトの秘儀に参加した部内者の告白、あるいはバチカンがこの問題に深く関与していることなどが具体的に述べられている。はっきり言ってしまえば、民間のUFO研究団体はCIAのフロント、つまり隠れ蓑である。

他方、ETとの接近遭遇、高度に進化した地球外諸文明のテクノロジー、ETの霊性など、驚くべき主題の数々が天使と悪魔の両極端に掛け渡された大展望のスペクトルとして展開する。普通ではあまり聞かれないこうした話の大部分はグリア自身の経験、他の一部は彼の主催する「情報開示プロジェクト」に参加した証人の証言、あるいは部内告発者からの内密情報などとして明かされている。

未確認飛行物体(UFO)と地球外高等知能生物(ET)の調査およぴETとのコンタクト実地研究する「地球外文明研究センター(CSETI)」はドクター・グリアの組織したグループである。もともと救急病院の医師だったドクター・グリアは、彼の組織した「情報開示プロジェクト」と「CSETI」の活動で地球を駆けめぐり、各国の政府高官、将軍、世界の大富豪、ヨロッパの王室、バチカン、米国中央情報局(CIA)、組織犯罪の主要人物などと会見してきた。救急医師としての職務と彼のこの二大プロジェクトの活動を平行維持することが不可能になった時点で、彼は医師の仕事を断念した。

こうした背景のもとに語られる本書のエピソードの中には、あまりにも意外、とても信じられない、といった内容のものもあることは否定できない。そういったエピソードは概して形而上学の分野につながる地球外文明のテクノロジー、あるいは「CSETI」の交信儀礼を使ってUFOを呼ぴ寄せ、ETと接近遭遇するという範疇の話である。読者はさまざまな疑問を抱くであう。私にも私なりの疑問がある。だが、著者グリアはかなりの程度の真実―彼にとって可能なかぎりの真実―を語っている、と直感的に理解するほかはなかった。彼の体験した実話からまとめられた書であることは想像に難くない。

本書は原稿として書かれたものではなく、ドクター・グリアの談話の録音からテープ起こしし、編集されたことが序文に記されている。各章が独立したエピソードであり、しかも半世紀におよぶ自伝であるため、さまざまな情報が洪水のように流れ込み、エピソードの印象は鮮明に刻み込まれても、思想的な内容を系統立てて整理しにくい嫌いがある。そうした難点を補うべく、後ほど重要な補足データを挙げながら「訳者あとがき」を括りたいと考えている。

著者グリアの言業に戻ろう。エピソードを離れ、彼の二著から拾い集めてみた。

「過去2、3年間私はUFO/ET問題について、米国や海外の政府高官をはじめ、科学分野の指導者たちに状況説明する責任を負わされてきた。この問題に関する証拠としては明白かつ多数にのぼる例証のあることを指摘したい。UFO自体が現実に存在することについては、反論の余地はない。例証を挙げることは難しくなかった。もっと挑戦的な意欲をそそられる問題は、UFOにつながる秘密性の構造を解明することだった。だが、最大の難題はその理由「なぜか」についての解読である。なぜすべてが秘密に包まれているのだろう?なぜ政府の中に承認されていない”影“の政府があるのか?UFO/ET問題を公共の目から隠しているのはなぜか?」

「これらの問題に関する証拠は複雑だが、その解読は不可能ではない。しかし、これら隠密計画の本質そのものは難解なうえ、複雑を極め、ビザンチン式である。そしてこの秘密性の背後にある理由が難題中の難題である。かくも異常な秘密性の背後に見られる理由はひとつではなく、相互に絡まる夥しい数の理由がある。それらはかなり明白で単純なものから、実に怪奇なものまである。ここで私はこの秘密性の主要ポイントをいくつか挙げて、なぜ、まんまと秘密方策がとられたか、さらに、この隠密計画を管理する部内利害関係者にとって、秘密方策を逆転させて秘密公開へ踏み切ることがいかに難しいかを説明してみたい」

「1930年代、40年代におけるUFO問題は、これらの物体が地球に起源するものかどうかであった。仮に地球起源であったなら、敵性国家が米国より進んだ航空機を所有していることになり、多大な脅威となり得る。逆に、地球外のものと断定されたなら、多くの疑問が生ずる。すなわち、ETがここにいるのはなぜか?彼らは何を意図しているのか?広大な宇宙空間を信じられない速度で移動する技術はどういう技術か?これらの科学技術を戦時と平時の人間の状況に適用できるだろうか?こうした情報に対して一般社会はどう反応するだろうか?これらの内容を公開した場合、人間の信条体系、政治組織、社会組織にどういう影響を与えるだろう]

「1940年代後期から50年代初期にかけては、ニュー・メキシコやその他の地域から回収されたET船の物体を精査し、逆転工学(リバース・エンジニアリング)により宇宙船の基礎的な科学技術の解明に努力が集中された。その結果、これらの物体が真空管や内燃機関に格段の差をつける物理法則と応用技術を使っている事実が認められた。米ソ対立の冷戦時代にはテクノロジーの僅差により勢力均衡が傾く。たしかに今日に至っても地政学的に言ってうまく機能しない、というテーマがUFOに関連する秘密性につきまとう一特徴を成している」

「アイゼンハウアー政権下[1953年~61年]においてUFO /ETプロジェクトはさらにコンパートメント化され、合法にして合憲の命令系統による監視と管理の手からハイジャックされてしまった。米大統領も英国やその他の国の指導者贈もUFO /ET情報については“天井桟敷”に疎外された。彼らはアイゼンハウアーの警告した軍産複合体制という巨大にして複雑な構造が現実となったことをいやというほど知らされたのである。迷路のように区分化された隠密計画を扱っているのは軍産複合体制だ」

「1960年代でさえ、まして90年代に至っては、宇宙旅行という概念は近未来に可能な当たり前のことであり、遠い宇宙からのETという話を聞かされて心の平静を失う人がいるとは思えない。UFOはいわば公然の秘密となった。ではなぜこの問題がいまだに秘密にされているのだろう。冷戦は終わった。たいていの人がUFOは実在物であると信じている。社会へ与える恐怖、パニック、ショック、といった単純な説明をもって、大統領やCIA局長が情報入手を拒否されるほどの根深い秘密性を正当化することは、どうみても筋の通った説明とは言えない」

「宇宙船を推進させる動力発生方法と推進方式を支えている基礎物理学は、地球上で現在使われている発電方法と推進方式のすべてを簡単に代替できる物理法則に基づいている。そうなると従来の地政学的体制と経済体制は崩壊する」

「ETの存在を明かすなら、必然的にこれら新式科学技術の公開も不可避であり、その結果として世界は一変する。あらゆる犠牲を払っても避けるべき事態として、彼ら管理者はそうした事態の発生を忌み嫌い、秘密の“防衛”対策を講じたのである。現代社会の基本設備一切を転覆させてしまうであろう大規模の変化は、彼ら少数“エリート”として、どんな手段によってでも避ける必要があった」

「1950年以来、半世紀以上も問題を回避してきた現在、秘密公開への進路はこれまでにも増して大きな障碍に阻まれている。たとえば、石袖と内燃技術への世界の依存度は50年代よりかなり高い。世界経済の規模もかなり拡大した。したがって、どのような変化であろうとその影響もネズミ算的に膨張しており、場合によっては大混乱を引き起こすことにもなりかねない。どの世代も年代も問題を次世代へたらい回しにしてきた。その間に世界はいっそう複雑化したにもかかわらず、時代遅れの動カシステムに依存したまま、世界はエネルギー問題に締め付けられている。秘密公開は50年代でも難しかっただろうが、現在ではもっと難しい」

「1950年代に逆転工学によってET船から得られた科学技術上の諸発見は、世界の経済、社会、科学技術、環境問題を完全に変容させ得たであろう。そうした飛躍が公共に与えられなかったのは、変化嫌いの官僚主義による。これは現在も当時と変わりない。逆転工学によって得られたテクノロジーは人類に次のものを与えていたであろう。いわゆるゼロ・ポイントと呼ばれる場(物理学でいう場)から動力を発生させる新式科学技術があり、あらゆる家庭、事務所、工場、車などが独自の動力源をそれ自体の中に設置でき、外部の燃料タンクなどに依存する必要のないテクノロジーである。石油、ガス、石炭、原子力発電、内燃機関の必要がなくなる。環境汚染問題が解消する」

「反重力装置を使ったテクノロジーであるため、浮遊交通機関が実現する。したがって、農地を交通路に変える必要がなくなる。なんと素哨らしいことか。しかし50年代には石油はまだたくさんあり、現境問題は大して話題にされなかった。地球温暖化は聞かれなかった時代である。権力者階級は安定を好み、現状維持に満足していた。秘密公開は将来の世代に任せればいい」

「ゼロ・ポイントから動力を発生させるフリー・エネルギー・システムが導入されれば、現在の中央集権政体は崩壊し、権力の分散化が可能になる。世界の力関係が均等化する。いわゆる第三泄界が急速にヨーロッパ、米国、日本と同格になり、地政学的な権力構造に大きな推移が生じることになろう。グローバル・エリートはそうした変化を嫌う」

「米国とヨーロッパの人口はおよそ6億、世界人口の10パーセントにすぎない。他の90パーセントの科学技術と経済水準が欧米の水準に達したなら、地政学的パワーは推移する。科学技術のインパクトに経済的なインパクトが加算され、さらに地政学的インパクトを組み合わせるなら、秘密政策に結末をつけることがいかに巨大な構造的変化、グローバル規模の変容をもたらすか、誰の目にも明白である」

「革新的テクノロジーが日の目を見ないまま60年の年月が流れてしまった今日、生態学上の退化と社会的、経済的不均衡の環境のもとで、UFOにつながる秘密性問題——熱い宇宙ポテトー―を受け止める最後の世代が私たちである事実を認めざるを得ない。秘密公開へ踏み切ることが軽率には扱えない問題である一方、秘密を保持し、革新的な発電と推進システムを隠しつづけることはもっと重大な問題―不安定な世界―を導くことになろう。地球の生態系の崩壊、化石燃料の枯渇、人間らしい生活を奪われた持たざる人々の怒り、その他もろもろ、私たちはこういった問題に対処する責任がある。熱い宇宙ポテトを回せる世代はもう存在しない」

「何兆ドルという金額が議会の承認手順を経ずに憲法違反のプロジェクトに充当されてきた事実に対して、社会はどう反応するだろう?秘密プロジェクトのもとにリバース・エンジニアリングによってETの科学技術から新製品を開発し、特許を取り、大きな利益を上げているとは。納税者は搾取されたうえ、製品開発のプレミアムまで払わされている。それだけではない。この知的財産はETから盗み取ったものである」

「こうした問題の内密管理が、超極秘の国際政府計画の一端として操作されていると同時に、部分的には民営化された組織犯罪活動に形態変化してしまった。普通に考えられている政府というより、隠れマフィアと呼んだほうが妥当であろう」

「上述した諸問題よりさらに重要な問題を指摘したい。こうしたUFO関連の秘密プロジェクトが、発芽して間もない発達初期段階にある”ETと人類の関係”を独占的に支配してきた。目も当てられないほど惨憺たる管理の不手際ときたら、まぎれもないグローバル規模の大惨事寸前と呼べる性質のものである。選出され、承認された代表ではなく、自薦による軍事志向のグループだけが人類とETとの異文化問題や異星人関係の問題を扱う必要があるとするなら、私たち地球人には未経験の状況、あるいは管理方法のわからない状況が発生した場合、彼らはそういった状況を潜在的な敵対行為、または現実の敵対行為とさえ解釈するだろう。危険な解釈である」

以上が問題の秘密性とその波及問題について述べる著者グリアの見解の大意であり、本書においても、エピソード・スタイルであるとはいえ、これが彼の基本的なメッセージである。

しかも本書では、グローバル・エリートによる議事はすでに最終段階に入っている。大衆よ目を覚ませ、騙されるな、と警鐘を嗚らしてさえいる。

本書には「スカル・アンド・ボーンズ」「プロジェクト・ペイパークリップ」「ノン・ローカリティ」など、注目すべき言業や概念がいくつかある。これらについて手短に触れておきたい。

スカル・アンド・ボーンズ(閥腺と大腿骨)

エール大学構内に拠点する秘密結社であり、フリーメイソンと密接な関係がある。ドイツの結社「死の仲間」の分会として1833年に米国へ導入され、いわゆる「名門」の出、ウィリアム・ラッセルとアルフォンソ・タフトによって設立された。タフトの子息は27代米国大統領になった。エール大学の建物はラッセル信託の所有地にある。ラッセル家は19世紀に阿片の密輸(トルコから中国へ密輸)で莫大な財を築いた。この結社は米国東部の支配階級ロックフェラー家、プッシュ家、ハリマン家などとリンクしている。会員はエール大学の学生の中から選ばれ、入門の秘儀を受けた「エリート」である。選抜基準は家系(血筋)であると言われる。任期期間、会員は週2回の秘密集会に参加する。集会場所は「墓」と呼ばれる窓のない大きな建物の中だという。そこでどういう秘儀が執り行なわれるかは秘密である。秘密結社の古代からの戒律―口外すれば死―というものがある。現大統領ジョージ・プッシュ、彼の父、祖父とも、同家は三代にわたる「スカル・アンド・ポーンズ」である。2004年の大統領選挙でブッシュに敗れたジョン・ケリーも同結社の会員である。「スカル・アンド・ボーンズ」という名称は、一説によると、ラッセル家が密輸船に「憫膜と大腿骨」の海賊の旗をなびかせていたことに由来する。別の説では、古代からの秘密結社のシンポルにちなんだ呼ぴ名だという。ハーバード大学にも結社があるそうだが、米国の政治・経済に及ぼす影響はエールの結社のほうが遥かに大きいようである。

プロジェクト・ペイパークリップ

第二次世界大戦末期の1945年、ドイツからナチスのエリート階級の軍人、諜報関係者、科学者、技術者、遺伝学者、医者などを脱出させる英米合同のスパイ活動があった。その暗号名が「プロジェクト・ペイパークリップ」である。この作戦に深く関わった戦略事務局(CIAの前身)の局長アレン・ダレスは、戦略事務局解散後、初代ではないがCIA局長におさまった。(兄のジョン・フォスター・ダレスは1951年に日本との平和条約の交渉に当たった元米国国務長官。ダレス家はロックフェラー家と遠縁関係にある)。「プロジェクト・ペイパークリップ」が中断された1973年までの期間に、総数1万6千人の元ナチ・エリートが米国へ入国し、航空宇宙産業、NASA、CIAに配属させられ、重要な地位を与えられた。ロケット科学者ワーナー・フォン・ブラウンもそのひとりである。米国の宇宙科学技術は事実上「ペイパークリップ科学者」によってその基礎が築かれた。
反重力推進方式で飛行する円盤型の戦闘機を、ナチスは1940年代中期にはすでに幾つか所有していたという。連合軍の手に落ちることを避け、これらは戦争末期に全部破壊されたというドイツのリサーチャーもいるが、少なくとも2、3機は「ペイパークリップ」で英国、米国、カナダヘ入ったらしい。1945年以後、これらの国で研究開発が継続された。米国の秘密プロジェクトは星間空間へ行ける宇宙船を所有している、とグリアは本書で述べている。CIAの悪名高いマインド・コントロールの技法も「ペイパークリップ」で導入され、MKウルトラの名で知られる高度技術がある。MKのMは英語のマインドの頭文字、Kはドイツ語のコントロールの頭文字。

ノン・ローカリティ(非局在性・場所なき場所)

本書にも登場するアポロ14宇宙飛行士エドガー・ミッチェルは、月へのあの航海以後、自分の意識が変わってしまった、と次のように語っている。(下記は本書からの引用ではない)。
「小さくても荘厳な惑星地球が黒い空間に浮かんでいて、プルーとホワイトの光を放っているーーあの光は忘れられない。私の生涯で起こったどの出来事でも不可能だったことを宇宙空間からの眺めが与えてくれた―自己の生命と地球の生命について、人間はなんと狭い考え方をしているのだろう。人間は万物の霊長だと思い込み、地上の支配者であると自負している。私はそういう考えにはもう着いていけない。動物が人間と話し合えるなら―進行中の実験によると、そうなる日の来るかもしれないことを示唆しているが――、彼らが最初に発する言葉は、人間でなくてよかった、という言葉であろう。どんな動物も人間のやるような残虐行為も愚行もやらない。知識過剰と英知不足のため、私たちは地球破壊の瀬戸際まで来てしまった。核アルマゲドンは身近な現実である」

宇宙飛行士ミッチェルはこの体験に促され、「ノエティック・サイエンス研究所」を設立し、純粋理性による認識や意識の進化を研究するグループを組織した。ノン・ローカリティの概念を動物とのコミュニケーションに導入し、意識の進化の先端的研究を続けている。

ノン・ローカリティという言葉は超能力開発グループの人たちの間でも最近よく使われているようだ。もともとは批子物理学でローカリティの特性を問題にしたことから使われるようになた。つまり情報をA点からB点へ移転させる情報トランスファーの問題から、空間のノン・ローカル性が理解されるようになった。

ここで、前述した補足データについて述べよう。

ベルリンの壁が崩壊し、ドイツが再統一してからすでに20年近くになる。その間に秘密扱いを解除された文書がドイツからかなり出てきたため、情報、技術、UFO、オカルトなどの分野ではそうした贅料に基づいた新刊本や改訂版が英米両国で出版されるようになった。これに類する一連の図書によると、ナチスは反重力推進方式の円盤型航空機、つまり「空飛ぶ円盤」の研究開発を1930年代から始めており、第二次大戦中にはかなり高度機能のUFOが広大な地下工場で生産されていた。極秘の、しかも危険なこの生産活動に必要な膨大な労働力には強制収容所の収容者を充当していたという。ナチスの頭脳集団(シンクタンク)ではすでにコンピュータ・チップ、トランジスタ、レーザーなどをその当時から研究開発していたそうだ。戦後の1950年ごろからトランジスタが出回りはじめたようだが、その理由として、1947年にニュー・メキシコ州、ロズウェルに墜落した宇宙船をリバース・エンジニアリングして開発された製品だから時代的に合致する、という説明はよく聞く話である。(グリアは本書で、この宇宙船は墜落したのではなく、米軍がレーダーで宇宙船をジャミングし、墜落させたのだと言っている。)

それはともかく、ナチスが「空飛ぶ円盤」その他のハイテク武器を所有していた事実または説の立証に焦点を当てている研究家、たいてい物理学者だが、彼らはUFOについて、UFOは実在物だが人間の造ったものであり、政府の言うように深宇宙から来た地球外文明の宇宙船ではない。ナチスから分捕った「空飛ぶ円盤」を戦後六十年かけて「ペイパークリップ科学者」の導のもとに改普され、今日目撃されているような驚嘆すべき高度技術の反重力推進、超光速、巨大な三角形”UFO”が開発されたのだとしている。月へは30分で行けるそうだ。
ゼロ・ポイントの場(ゼロ・ポイント放射)からフリー・エネルギーを発生させ、反重力推進させる技術は、テスラ変圧器を発明したニコラ・テスラ(クロアチア生まれ、27歳のとき渡米、1943年に86歳で没)が原理を発見し、研究開発した。だが言うまでもなく、米国の資本家は彼に融資しなかったのみか、J.P・モーガンはテスラの実験室に放火したり、研究レポートを盗んだりした。そしてこの技術がナチスの手に渡ったのだが、フォン・プラウンがテスラの技術資料を盗み、ナチスに売り渡した、というのが定説である。

ところで、アポロ11宇宙飛行士の月着陸以前に、月に人工の構築物があることをNASAは無人探査機や人工衛星によって知っていた。だから彼らが月へ行った目的はこれらの構築物を実際に確認し、その写真を地球へ送信する、そして、ETとの遭遇の可能性さえ目標のうちに入っていた。構築物に近い地点が着陸地点として選ばれた。宇宙飛行士たちが見たものは巨大な遺跡、城郭のような構築物、月面から10キロメートルも上方へ聳え立つガラスの塔、ロボットの頭部、機械の残骸、ガラス化した広大な月面だった。ガラスは緑色だった。ETはいなかった。永劫の昔に壊滅した廃墟である。

NASAはこの情報を秘密にしていた。だが内部情報は少しずつ漏れる。月の廃墟や塔の写真はかなり以前から見ることができた。火星にもピラミッドや人工の構築物らしいものがたくさんある。人工の巨大な顔もある。これらは「モニュメンツ・オプ・マース」にたくさん載っている。その著者リチャード・ホーグランドは今回マイク・ベラと共著で「ダーク・ミッション―NASAの秘史」を4年がかりで書き上げ、最近刊行されたが、書店で目にすることはなかろう。体制内に仕組まれた管理機構による抑圧である。
「その昔、広漠たる宇宙空間を包み込んでしまうほど強大な、太陽系規模の文明、全く消え失せてしまった文明があった。NASAが最初に使った旧式な人工衛星によって再発見される運命背負った文明である。太陽系規模の、すべてを巻き込む一連の大変動の渦中に壊滅してしまった文明であろうことは、やがて判明するだろう」―リチャード・ホーグランド(「ダーク・ミッション」より)

だからあらゆる可能性が想定でき、どれほど信じられないような未来像であろうと、そうあり得ないことが立証されないかぎり、否定すべきではない。霊的存在としてのETとの遭遇があり得ないとは断定できない。異次元とのコンタクトは可能かもしれない。一方、ETの存在は、依然、確証されていない。これは事実である。

救急病院の医師だったドクター・グリアは人の死に何度となく立ち会っている。他界するときの神聖な瞬間を現代医学は忘れてしまった―医学技術の他に為されるべき重要な橋渡しにて語る美しい一章(23章)がある。
原書はフランス語、ドイツ語、オランダ語、ルーマニア語、クロアチア語にも翻訳された。

「嘘から真実が出ることはあり得ても、真実から嘘が出ることはあり得ない」

ショーペンハウアー

「訳者あとがき」を閉じよう。

2007年11月 前田 樹子

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価値の源泉はどこにあるか

最近、佐藤優の『いま生きる「資本論」』新潮社を読んだ。

そこでマルクスが「資本論」の中で述べた階級という概念について解説している。

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「第五二章 諸階級

労働賃金、利潤、地代を各自の所得源泉とする、単なる労働力の所有者、資本の所有者、
土地所有者、すなわち賃金労働者、資本家、土地所有者は、近代の、資本主義的生産様式に立脚する社会の三大階級をなす。」
われわれの社会は、資本家と労働者と地主だけいれば動くのです。
しかし、そのうち価値を生産するのは労働者だけ。あとはその上前をハネて、搾取しています。(略)

(『いま生きる「資本論」』P.236~P.237より)
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その後、レーニンの「帝国主義論」が出て来て、国家の問題を扱ったという。

「資本論」には、税金の話がでて来ないが、官僚は資本家と労働者と地主から収奪することによって成り立っているので、

つまり、マルクス、レーニンと続くことで、

資本家、労働者、地主、官僚という4つの階級が想定されたことになる。
私は興味深く思ったのは、唯物論(唯物史観、唯物弁証法)の中では、この4つの階級しか存在しないとし、

このうち、労働者階級だけが価値の源泉であると見なしているというのである。
佐藤優によるマルクスの解説はそのようになっているようだった。
私が思うに労働者が生産する訳であるが、その労働者が生産している生産物(商品)のアイデアはどこから生まれたのかということである。

それはプラトン哲学のイデア論にも出てくるが、それは大本を辿れば、神から来ているアイデア(善のイデア)である。
労働者はただ単純に労働しているだけであり、そのアイデアが存在するからこそ、労働者は商品を生産することができる。

従って、価値の源泉とは労働ではなく、アイデア(イデア)である。
そして、このアイデアを豊富に携えている人間こそが、神の代理人として、この地上で「創造」を行うことができる。
インド占星術的に言えば、5室が創造のハウスであり、5室に豊かな才能を携えている人は、神の代わりに人類社会の中で「創造」を行うことができる。
つまり、神の創造の一部を肩代わりするのである。
つまり、全ての価値の源泉とは労働ではなく、才能であり、アイデアである。
だから米国などでは知的財産権によって高額な報酬を得ている訳である。

日本がその知的財産を応用して、技術革新し、質の高い生産物を大量に短時間で生産することによって、

そこから利益を得たとしても米国の知的財産権の所有者に報酬を支払わなければならない。

それはある程度、合理的である。

何故なら、アイデアの方が上位であり、労働よりも強力だからである。

つまり、全ての価値の源泉が「労働」にあるとするのは、唯物的な観点から見た場合ではないかと思うのである。
であるから、階級とは、本当は、
資本家、労働者、地主、官僚だけではない。

その他に神のイデアを体現し、人類社会に様々な「創造」を行うことのできる才能溢れた人々、

すなわち、人類の中で、あるいは人類より進化した霊的巨人という階級が存在する。
これらの人々の優れたアイデアが文化や文明の創造の青写真を提供し、それに応じて、労働者が労働によって「創造」を具体的な形へと実現していくのである。
つまり、アイデア(イデア)の方が実際の具体的な肉体労働よりも強力であり、それこそが価値の源泉である。

価値の源泉というのが労働の中にあるとするのは、あくまでも唯物的な発想によるものである。

私は佐藤優の著作を通じて、価値の源泉が労働にあるとしたマルクスのこの唯物的な考え方についてよく理解できた気がする。

この唯物的な経済分析からは、

プラトンのイデア論から始まって、ヘーゲルの弁証法哲学、歴史哲学に至るドイツ観念論哲学の成果が全く抜け落ちてしまっている。
歴史を人間の精神が自由を達成していく過程であると考えたヘーゲル哲学の方が霊的であり、スピリチャルである。

それは魂の存在を想起させる。

魂が自由、平等、博愛というものを求めて、歴史を進歩発展させてきているのである。

そして、こちらの考え方の方が、実際に社会を動かしている原理を説明できる。
上野千鶴子という社会学者が、マルクス主義フェミニズム論(唯物的フェミニズム論)を教えていて、私も学生時代によく著作を読まされた。

彼女の言説によれば、掃除機や洗濯機の普及が女性を家事労働から解放させ、女性の自由と権利を促進したのだと分析しているが、

その掃除機や洗濯機が誰によって、どんな考えで発明されたのか、そのことについては全く考えていない。
善意ある技術者が、女性を家事労働から解放させたいという意図を持って、そうした考えの元に発明が生まれたのである。

それはそのアイデアに価値があるのであって、それは善のイデアと呼べるものである。

神から来ている神聖なアイデアであって、それを発案するに値する名誉ある人物のアイデアとして生みだされた訳である。
唯物論の中では、そうした人間の精神の価値については、あまり評価されないようである。
だからか、「ドクトル・ジバゴ」などのソ連の共産主義革命の頃の映画を見ると、革命直後に極端な平等思想によって、各人の才能の違いが軽視されていたように
思われる。
人間は才能において全く平等ではない。機会においては平等ではあっても才能は各人の進化の歩み、そして、神からの恩寵によって異なってくる。

giftには、贈り物という意味だが、天から与えられたものという意味、つまり、才能という意味がある。
インド占星術的に言えば、才能(5室)とは、過去世の功徳によって、神から与えられた贈り物(才能)のことである。

それを豊富に携えている人は、神の代理人として、「創造」を行うことができる。

従って、優れたアイデアが社会を先導し、人類を先導していくのは必然なのである。
革命によって労働者階級によるプロレタリア独裁が完了した後にその独裁政権を解散して、階級のない社会を作るとした考えは、全く実現不可能であったのはよく分
かる。

何故なら、労働者階級は社会を先導するだけのアイデアがないからである。

従って、革命は力のある人間、権力のある人間によって管理され、その革命を管理するための官僚という階級が出現した。

秘教的な観点からすると、人間は進化の過程で、意志、愛、知性という属性を発展させていく。

そのどれか一つでも一般人よりも抜きんでていれば、人類一般を先導していく力を持つのである。

結局、労働者階級は、そのいずれも持たないが為に革命闘争を勝ち抜いて巨大な意志を示した革命家たちに管理されることになった。

これは必然である。何故なら、力、意志というものも神の偉大な属性の一つだからである。

またプロレタリア独裁の後に階級のない社会を作るとした考えも、唯物論の観点で考えられた狭い考えであったと思われる。

結局、人間は才能において平等ではないのであり、進化の度合いは各人それぞれで異なっている。

従って、進化の度合いに応じた階級というものが、必ず、存在するのである。

それこそが、霊ヒエラルキーというものである。

従って、神智学では、来るべき時代には、霊的貴族が出現すると予言している。

意志、愛、知性という属性を高度に進化させたそうした霊的巨人が、文化、文明の青写真を提供し、機会において平等な高度な福祉社会が実現していくのである。

ヘーゲル哲学によって完成をみた弁証法的歴史観、つまり、精神の進化史が、マルクスの唯物的歴史観の中では抜け落ちてしまい、才能の違いの問題や、モチベーションの問題など人間の精神(魂)の問題を軽視して、物にだけ注目していた為に全く不完全であったと言わざるを得ない。

従って、唯物的な共産主義者が行う行為は、しばしば立派な福祉活動であることも多いのだが、そうした視点を失っているために物足りないのである。

彼らにはリアリティーの一部しか見えていないのである。

つまり、真の階級とは以下のようになっている。

Hierarchy
現在では、アイデアや才能があれば、資本を銀行から調達して、労働力や土地を市場から調達して、優れた「商品」を創造することができる。

資本を誰が持っているかは関係ない。

それを利用できるのは、アイデアがある人である。

つまり、労働が全ての価値の源泉という考え方はおかしいと言わざるを得ない。
やはり、労働よりもアイデアの方が強力であり、それが価値の源泉であり、労働はアイデアに仕えるだけである。
従って、既に述べたが、共産主義革命は不可能なのである。

労働者は、革命後に権力の主体になることができないし、アイデアの源泉にもなることが出来ないからである。
現在の問題は、才能もなく、アイデアもないのに資本、あるいは資本や土地を持っている人が、他人のアイデアや才能を利用して、自らの収益、利潤としてしまう所
にある。

つまり、才能やアイデアをお金で買ってしまうのである。
然し、真の階級というものは、現前として、今、ここに存在するものである。
私たちの人類文明は、霊的巨人の恩恵によって成り立っている。

従って、宇宙の豊かな恩寵が霊的巨人を通じて我々に降り注いでいると言えるのである。
『いま生きる「資本論」』の中で佐藤優が、「世界共和国へ-資本=ネーション=国家を超えて-」柄谷行人著 という本を紹介していたので、

それを読んでみたのだが、その中で、柄谷行人氏によれば、
ノームチョムスキーは、国家が取りうる4つの形態を示したそうである。
1. 福祉国家資本主義(社会民主主義)
2. 国家社会主義(共産主義)
3. リベラリズム(新自由主義)
4. リバタリアン社会主義(アソシエーショニズム)

nations_list
その中で、リバタリアン社会主義を理想としたそうである。

つまり、自由と平等が最も実現されているからである。
ヘーゲル哲学の精神の自由への発展の過程こそが、歴史なのであるという観点からすると、

いかにして、このリバタリアン社会主義に移行するかがテーマなのである。

これは、国家統制の主体が、現在の資本家や地主から霊的巨人とその賛同者に移行し、

更に社会の中で、自由に経済活動をして生きる人が増えていくことによって可能になる。

つまり、既に存在する真の階級における霊的巨人のそのビジョンと青写真が、その現実の世界でも力を持つようになる必要があるのである。

それは資本主義の修正という形で進められると思われる。

例えば、最近、ビルゲイツが、富豪40人にその資産の50%を寄付するように呼びかけたそうである。

資本というものは実際、誰のものでもなく、実際は神からやってくるアイデア(イデア)を豊富に携えた人が、人類社会を豊かに発展させるために使用されるものである。

そうした資本が、こうした資本家の改心や、また霊的巨人に導かれた世界中のワーカーの仕事によって、

最も優れた世界の救済の計画に使われるようになっていくというのが、進行していく過程である。
それは国家や国連レベルの共同作業によって政治的に進められるべきである。

そして、そうした過程がある程度、進行した後で、まず、国家レベル、国際レベルで、世界を救済し、またエネルギー問題が解決されて、最終的には、大本教のお筆先が言ったような水晶世界が到来するのである。

その世界においては、エネルギーが無尽蔵に供給されるため、誰もお金が不足することがなくなる社会であり、蓄財自体に意味がなくなる社会である。

国家は、国防、水道、ガス、交通などのインフラ面の管理維持という仕事を主に担い、個々人が自由に経済活動をしていくリバタリアン社会主義の社会が到来する。
そうした社会においては、創造性のみが、最も重要なものになる。

従って、人々はその創造性を目指すが故に、社会に奉仕し、そして、進化の旅路をより速やかに歩むことを望むのである。

救済はどこにあるかと言えば、労働者が搾取されるのを辞め、自らの才能を使って、それで報酬を得て生活を始めることの中にある。

会社の単純労働や、やりたくない仕事を辞めて、自分が本当にやりたいこと、-すなわち、それは5室の表現であるが-で、生活し始めた時にそれがその人にとっての精神の革命なのである。

もはや単純労働はできないし、好きでもない仕事をすることもできないと覚醒した精神が、もはや忍耐できなくなった時が、その人にとっての革命である。
その人は、自分の才能を表現したいと思うし、もっと精神的で価値あることを学びたいと思うし、好きなことをして生きていきたいと思うのである。

つまり、5室や9室の表現である。
労働というものは、6-8の関係であり、それはカルマであり、人間の原罪であると言えるかもしれない。

何故なら、昔、霊的巨人たちは、人間に指示をして、使役させることで文化や文明を実現し、人類を教え導いたと言われる。

そのように秘教文献に書かれている。
つまり、そのように使役されなければ、何もできない程、人間には主体性がなかったと言える。

そして、今では、霊的巨人たちは、人類との関係において6-8の関係をやめたのである。

神聖な自由意志を侵すのをやめ、人類の主体性に任せることにしたのである。

つまり、人類は大人として扱われたということである。
6-8の関係から5-9の関係への移行である。

従って、受動的であるのではなく、主体性を示していくことが人類の定めである。

選挙に行って政治に参加し、意見やアイデアを表明して、それを実行する。

そのような主体性が鍵なのである。



【創造と5室について】


「ラオ先生のやさしいインド占星術」などに、5室がマントラ(言霊)と関係しているという記述があるのを知って、最初は不思議に思ったが、聖書には、以下のように記されている。

「はじめに言葉があった、言葉は神と共にあった、言葉は神であった」
従って、神とはマントラであり、マントラによって創造が実現されると分かる。

秘教的な文献によれば、将来的には音とか波動によって全ての物を創造することができるようなのである。

つまり、私たち自身も波動であり、言なのであり、宇宙の波動(神)が私たち(波動)を経由して、私たちが自分が持っている5室の状態に応じて、その神のマント
ラによって創造を行うということである。
因みにヴェーダの一節にも同じような記述があり、以下のように書かれているという。

「太初にプラジャパティ、ブラフマンがあった。言がそれとともにあった。言はまさに最高のブラフマンであった」















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二重性について

プラトンは、この世の出来事というのは、あたかも洞窟の中の壁に外の光景が太陽の光によってシルエットとして映し出されたようなものではないかと書いている。つまり、私たちは現象界の出来事を見て、それが真実だと考えているが、それらは真実の影絵劇にしか過ぎないのであり、本当の実在の世界があるということである。

このプラトンが記述していることは、プラトン自身が単に思弁的に考えたことではなく、実際に現実世界の中で生きていて、現実の世界をそのように体験していたということを意味しているのである。それを比喩的に言ったものが、洞窟の中の影絵劇の話である。

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