加山 雄三







・借金との戦い


2015年末の週刊誌の記事の中で、加山雄三は数十億の借金を返済し、今は自由気ままに好きなことをして過ごしているのだと語っている。

加山雄三は、1979年代に叔父が経営する神奈川県・茅ヶ崎のホテルが倒産し、連帯保証人として20億円以上の借金を抱えたという。

そして、それを完済した後、1991年12月28日に新潟県南魚沼郡湯沢町に総工費100億円以上をかけて加山キャプテンコーストスキー場をオープンさせたが、一度も黒字にはならず、2011年7月に閉鎖している。スキー場の赤字を埋めるために20年で数十億円つぎ込んだという。

加山雄三の人生のテーマとは、借金との戦いと言ってもいいのかもしれない。

借金は加山雄三の人生を語る上で、重要なキーワードである。



・双子座ラグナ


2チャンネルによれば、加山雄三の出生データは、「1937/04/11 11:05 神奈川県 横浜市」となっている。

11:05でチャートを作成すると、ラグナが蟹座1°01'で、ナクシャトラがプナルヴァスとなる。

この場合、双子座と蟹座の境界線付近にラグナがあり、蟹座ラグナを疑う必要がある。


実際、過去の出来事を検証した所、ラグナは蟹座ではなく、双子座ラグナが正しいようである。

従って、おそらくラグナは双子座の最後の方の度数で、ナクシャトラはプナルヴァスである。

今回の検証では、出生時間を11:00:02に設定している。



双子座ラグナに設定すると、加山雄三が、1960年頃、東宝へ入社して、映画デビューしたのが金星/木星期である。

金星は5室支配で11室に在住して、5-11室のダナヨーガを形成し、1、4室支配の水星との間で、1-5、4-5室のラージャヨーガを形成している。

アンタルダシャーの木星は7、10室支配で8室で減衰しているが、ディスポジターと星座交換しているため、パラシャラの例外則やニーチャバンガラージャヨーガが成立している。


木星は7室や10室の支配星であるため、社会デビューの時期であり、一躍、有名になったことが分かる。



・金星/水星期の成功、
レコード350万枚の大ヒット


そして、1965年12月の金星/水星期に映画『エレキの若大将』主題歌として発売された「君といつまでも」は350万枚の大ヒットになっている。

翌年1966年の第8回日本レコード大賞の大本命とされていたが、レコード大賞は逃し、特別賞を受賞したが、350万枚売れたというのは、大変な成功である。

これが11室(受賞、成功)でラージャヨーガを形成する金星/水星期に起こったということが重要である。

蟹座ラグナではこの辺りのことが全く説明できない。

因みに出生時間が11:05という場合、出産後、助産婦が胎児を隣室に連れて行って寝かせた後、それから出生時間を記録するため、5分~10分程度、後ろにずれることは頻繁に起こることであり、そのことからも双子座ラグナである可能性を検討しなければならないことが分かる。


同じ金星/水星期にパシフィックホテル茅ヶ崎を開業して、運営会社の日本観興開発(後に株式会社パシフィック・ジャパンに改称)の取締役に就任している。

ここまでは順調なことがよく分かる。


・マハダシャー太陽期の不遇、会社の倒産、巨額の債務



然し、 マハダシャー太陽期になると映画出演の機会が減少し、1970年3月の太陽/月期に株式会社パシフィック・ジャパンが、23億円の負債を抱え倒産し、ホテルは18億円で売却されて、監査役だった加山雄三は巨額の債務を抱えている。

双子座ラグナに設定すると、3室支配のマハダシャー太陽期は不遇な時期である。

太陽は3室支配で機能的凶星であり、2室支配の月、8室支配の土星と10室で接合している。

10室には9室支配の土星が在住して、9-10室のラージャヨーガを形成しているが、特に太陽自身はラージャヨーガを形成していない。


3室支配の太陽は8室支配の土星と10室で接合している為、「倒産」を表していたと考えられる。

そして、この太陽期には、ナイトクラブ、キャバレー回りをし、ギャラはほぼ全額借金の返済に充てられて質素な生活へと追い込まれたという。



・結婚と子供の誕生

そして、1970年9月4日の太陽/ラーフ期に『エレキの若大将』で共演した松本めぐみと結婚している。

トランジットの土星は牡羊座を運行し、土星は天秤座を運行していた為、ラグナロードとラグナにダブルトランジットが成立している。

ナヴァムシャで、ラーフは月から見た1室に在住し、太陽は7室の支配星である。

1970年 9月4日 『エレキの若大将』(1965年)で共演した松本めぐみとロサンゼルスで結婚。 太陽/ラーフ    
1975年 8月8日 次男(山下徹大)誕生。 月/月    
1976年 7月26日 長女(梓 真悠子)誕生。 月/火星    
1978年 3月28日 次女(池端えみ)誕生。 月/ラーフ    


その後、1975年8月8日の月/月期に次男が誕生しているが、月はサプタムシャ(D7)の9室の支配星とコンジャンクションして、ラグナロードの木星からアスペクトを受けている。

土星は蟹座をトランジットし、木星は牡羊座をトランジットして、5室の支配星に対して、ダブルトランジットを形成している。

1ヶ月前には木星が魚座をトランジットして、9室支配の土星に接合し、土星は双子座をトランジットして、9室にアスペクトして、9室にダブルトランジットを形成している。





1976年7月26日の月/火星期に長女が誕生しているが、アンタルダシャーの火星はサプタムシャ(D7)の5室の支配星で8室で、ラグナロードで高揚する木星と接合している。

トランジットの土星は蟹座を運行し、木星は一か月前には牡羊座を運行し、5室の支配星に対して、ダブルトランジットが成立している。


そして、1978年3月28日に次女が誕生しているが、月/ラーフ期で、アンタルダシャーのラーフはサプタムシャ(D7)の11室に在住し、ディスポジターがラグナにアスペクトしている。

トランジットの木星は双子座から5室と9室にアスペクトし、土星は獅子座から5室と9室にアスペクトしているため、5室と9室にダブルトランジットが成立している。


従って、結婚、子供の誕生などが、ダシャーとトランジットで説明することができる。



・多彩な活動とコラボレーション

マハダシャーラーフ期になると、加山雄三は活発な活動を展開し、多くの人々とコラボレーションしている。

特にラーフ/金星期は芸能生活45周年を祝うコンサートなどが行われ、盛大で華やかなイベントが行われている。

アンタルダシャーの金星は5室支配で11室(社交、高い評価)でラージャヨーガを形成しているため、これらのイベントが起こったことが分かる。

ラーフはディスポジターの火星が11室の支配星で定座に在住しているため、強い11室支配の火星の影響を受けている。

2005年 4月10日 2005年4月10日には新高輪プリンスホテルにて、「芸能生活45周年を祝う会」という盛大なパーティが開かれた。関連してヤマハより芸能生活45周年記念モデルギター「SG3KY」が限定45本で発売され、ハワイのセニーザ社(CENIZA)より、加山雄三・芸能生活45周年記念モデルのウクレレが、限定45本で発売された。
ラーフ/金星    
2006年 3月3日・4日 東京文化会館の45周年と加山雄三の芸能生活45周年を祝うガラ・コンサート(祝典)が大ホールで行われた。同ホールは、クラシック音楽の殿堂・オペラの聖地として名高く、ポピュラー音楽が鳴ることはかつて無かったが、ポップス・シンガーとして初めてステージに上ったのが加山である。「加山雄三With大友直人 シンフォニック・ガラ・コンサート」で、千住明をはじめとする5人の編曲家によって加山サウンドをクラシックに蘇らせた。 プロデューサーで構成・演出をしたのは 加山雄三の還暦の祝いに日本初のトリビュートアルバムをプロデュースした木﨑徹。彼は東京文化会館の音楽監督である大友直人の古くからの友人であったために革命的なコンサートが実現した。 この模様はDVDになりリリースされている。 ラーフ/金星    
2006年 8月26日

加山と同じく湘南というイメージや、茅ヶ崎出身の有名人として名の挙がるサザンオールスターズの桑田佳祐の呼びかけにより、『THE 夢人島 Fes.2006』に参加。桑田がバックバンドを務めた。また、茅ヶ崎ライブでの友情出演VTRにて、「茅ヶ崎ブラザーズの兄として…」と桑田との関係をお茶目に語っている。

ラーフ/金星    
2007年 4月29日 神奈川県茅ヶ崎市の茅ヶ崎駅北口のペデストリアンデッキに加山雄三の手形モニュメント(加山本人の手形および「海・その愛」という直筆の言葉が彫られたレリーフ)が設置され、服部信明茅ヶ崎市市長を始め、茅ヶ崎市関係者および市民が参列し、除幕式が盛大に執り行われた。
ラーフ/太陽    
2010年 5月19日 神奈川県茅ヶ崎市が加山雄三芸能生活50周年を祝い、加山に茅ヶ崎市民栄誉賞を贈呈することを発表した。 ラーフ/火星    


このラーフ期に入る直前の火星/月期に加山雄三は新潟県の湯沢に加山キャプテンコーストスキー場を開業している。

その経営がずっと赤字であったため、このラーフ期を通じて、借金を返済し続けたはずである。


ラーフはまず6室に在住することで6室(借金)の支配星のように振る舞っている。

またラーフ期はディスポジターの火星がその結果を与えるが、火星は6、11室の支配星で6室の自室に在住している。


従って、マハダシャーラーフ期というのは、加山雄三にとっては借金との戦いの日々であったと思われる。

6室の象意を経験しなければならないが、11室の支配星も強く、収入が大きいことを表している。

但し、11室の支配星は6室によって傷つけられているため、その収入は借金のために消えていくのである。


6室自体は強いため、借金をしても何とか返済していくのである。



借金に負けない強さ、債権者に負けない強さ


これが6室が強い人の典型的な配置であると考えられる。

つまり、まず借金を抱え込み、それを返済していくのである。

その返済を継続していけるだけの精神力や強さを持っているのである。


つまり、加山雄三の数十億という巨額の借金を抱えても、それを完済したという強さは、この6室に在住する火星やラーフで表されている。

ラーフは6室で減衰しているが、ディスポジターの火星と接合している為、ニーチャバンガラージャヨーガであり、更に6室でラーフが減衰しているため、パラシャラの例外則により、ラージャヨーガ的に働いている。

この6室で減衰するラーフは敵を粉砕する配置である。

また6室で火星が自室に在住している為、敵も強いことを表している。

この場合、敵というのは借金を負っている債権者のことである。

然し、その債権者たちから逃げずに最後まで完済できたのは、債権者からの圧力に負けないで最後まで返し続けた強さを表している。

そして、最終的に完済して、借金に勝利したのである。


巨額の借金をする能力を持ち、更に債権者に屈せずに借金を返し続けて、最後に債権者への負債を完済し終えて、相手と対等になるという、そうした対人的な強さである。



木星期の再ブレイク


ラーフ期が終わり、マハダシャー木星期に入ると、加山雄三は、スキー場を閉鎖し、以後、全国ツアーなどで忙しく活動していたようである。

2011年 7月 新潟県南魚沼郡湯沢町に加山キャプテンコーストスキー場を閉鎖。 木星/木星    
2011年   第61回芸術選奨 文部科学大臣賞大衆芸能部門受賞。 木星/木星    
2014年 7月 - 8月 77歳を記念しての大型イベント「若大将EXPO 〜夢に向かって いま〜」が東京で開催。若大将シリーズ等の映画上映やテレビ番組『若大将のゆうゆう散歩』で描いた絵画の展示イベント「心に残る1枚の風景画展」等が行われたほか、最終日となった8月23日には日本武道館にてコンサートが行われた。 木星/土星    
2014年 9月27日 加山自身の最後の全国コンサートツアーとして、全国47都道府県53か所にて「若大将EXPO 〜夢に向かって いま〜」を開催。2015年7月25日の東京・NHKホールで最終公演を迎え、加山は「歌をやめるわけじゃない。歌は生涯の親友。死ぬまで歌うけど、コンサートツアーには節目をつける」として、全国ツアーからは身を引くことを明らかにした。主な理由として「ほかのことをやりたいから。一つの夢として80歳になるまでに設計している船を完成させたい」とし、かねてから公言している、自身の設計した災害救助船となるエコシップの建造を本格的に進めることも明かしている。 木星/土星    
2014年   2014年秋の叙勲で旭日小綬章を受章。現在は神棚に保管されている。また、同時期に同郷で親交のある桑田佳祐(サザンオールスターズ)も紫綬褒章を受賞しており、お互いに「凄い」と褒め合ったという。 木星/土星    


木星は7、10室支配で8室で減衰しているが、ディスポジターと星座交換しており、ニーチャバンガラージャヨーガを形成している。

また木星が高揚する星座の支配星(すなわち月)が、ラグナから見たケンドラの10室に在住しているので、ニーチャバンガラージャヨーガの成立条件が複数あるようである。

ラグナから見ると7、10室支配の木星が8、9室支配の土星と星座交換しており、7-9、9-10室のラージャヨーガを形成している。

また木星と土星は8室と10室で星座交換しているが、この辺りの配置からは、事業の経営が上手く行かず赤字となって倒産することを示すような配置である。


月から見ると、1、10室支配の木星は11、12室支配の土星と星座交換している。

1-11室、10-11室の星座交換が成立しており、特に1-11室の星座交換が成立している為に木星/土星期になった時に大型イベント「若大将EXPO 〜夢に向かって いま〜」が開催出来たり、、2014年秋の叙勲で旭日小綬章を受章したりできたのである。

また木星/木星期になった時に第61回芸術選奨 文部科学大臣賞大衆芸能部門で受賞をしている。

これは木星が月から見て1-11室の星座交換を形成し、更に木星がニーチャバンガやパラシャラの例外則を形成する木星だからである。

木星はラグナから見ても月から見ても10室の支配星であり、ラグナから見て9室支配の土星と星座交換して、9-10室のダルマカルマ・ラージャヨーガを形成し、月から見て1-11室のダナヨーガを形成している。

従って、晩年の木星期になって再ブレイクしたのである。


最近の記事で、加山雄三がクローズアップされたのは、その為である。


借金に打ち勝ち、再び、海にヨットで繰り出している加山雄三に畏敬の念が持たれているからである。


双子座のプナルヴァスであるが、ウィキペディアによれば、加山雄三はゲーマーであり、『バイオハザード』などのゲームで良く遊ぶのだという。

加山雄三の悩みの無さそうな気楽な性格は双子座プナルヴァスのものであると分かる。




(資料)

 

月日 出来事 ヴィムショッタリダシャー

チャラダシャー

トランジット
    神奈川県横浜市神奈川区幸ヶ谷の家に生後8か月まで、次の東京都大田区田園調布には1歳9か月までいた。幼少期に大腸カタルを患い病弱だったため、子煩悩な父・上原謙は息子のために、自然環境の良い神奈川県茅ヶ崎へ引っ越した。加山が覚えているのは、この茅ヶ崎の家からである。海と茅ヶ崎駅の中間辺りにあって平屋の日本家屋だった。お手伝いさんは必ず2人はいた。茅ヶ崎市の実家には31歳で結婚するまで過ごした。      
1960年   茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校、茅ヶ崎市立第一中学校、慶應義塾高等学校から慶應義塾大学法学部政治学科へ進み卒業後の1960年春に東宝へ入社。同年『男対男』で映画デビュー。当時、同じく有楽町にあった渡辺プロにも一時期在籍。 金星/木星    
1961年   1961年、「夜の太陽」で歌手デビュー。NHK『NHK紅白歌合戦』出場17回。代表曲多数。後のフォークソングやニューミュージック全盛時代に先立つ、日本におけるシンガーソングライターの草分け的存在であり、また日本ではじめて多重録音を手がけた歌手でもある。
ソングライターとしてのペンネームは、加山が尊敬している團伊玖磨と山田耕筰を足して2で割った弾厚作(だんこうさく=ドン・コサック)であり、同名義で作曲(稀に作詞もある)している、日本テレビ『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』のテーマソングである「サライ」・「勇気のカタチ 〜私を変えてくれたあなたへ〜」は谷村新司が作詞し、加山が作曲したものである。
金星/木星    
1964年 6月10日 日刊スポーツに『波乗り日本第一号 加山雄三 サーフボード作る』と載る。 金星/土星    
1965年   神奈川県茅ヶ崎市にパシフィックホテル茅ヶ崎を開業。 金星/土星
金星/水星
   
1965年 12月 1965年12月に映画『エレキの若大将』主題歌として発売された「君といつまでも」は350万枚の大ヒットになり、1966年の第8回日本レコード大賞の大本命とされていたが、結局大賞は同曲に比べ売り上げ面で劣る橋幸夫の「霧氷」が受賞することとなり、「君といつまでも」は特別賞に留まる。

俳優としてはそれまでの宝田明に代わって東宝の若手看板スターとして大活躍、娯楽映画の『若大将シリーズ』が大ヒットし代表作となるが、一方で黒澤明、成瀬巳喜男、岡本喜八といった名匠の作品にも多く出演している。ブロマイドは女学生を中心に爆発的な売れ行きを記録した。
金星/水星    
1967年   1967年に運営会社「日本観興開発(後に株式会社パシフィック・ジャパンに改称)」取締役に就任。 金星/水星    
    加えて、女優松本めぐみとの結婚が世間を騒がせ、1969年の『フレッシュマン若大将』以降低迷した同シリーズが1971年に終了、映画出演の減少もあいまって、かつてない不遇の時代を迎える。ナイトクラブ、キャバレー回りをするも、ギャラはほぼ全額借金の返済に充てられ質素な生活へと追い込まれるが、10年で完済した。 金星/ケートゥ
太陽/太陽
   
1970年 3月 パシフィック・ジャパンは1970年3月に23億円の負債を抱え倒産、ホテルは18億円で売却され、監査役だった加山は、父の上原と共に巨額の債務を抱えた。 太陽/月
太陽/火星
   
1970年 9月4日 『エレキの若大将』(1965年)で共演した松本めぐみとロサンゼルスで結婚。 太陽/ラーフ    
1975年 8月8日 次男(山下徹大)誕生。 月/月    
1976年 7月26日 長女(梓 真悠子)誕生。 月/火星    
1978年 3月28日 次女(池端えみ)誕生。 月/ラーフ    
    その後、活動の主軸をテレビに移し『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』(NET→テレビ朝日系)を始めとするバラエティ番組、『江戸の旋風』『大追跡』『ぼくの妹に』などのテレビドラマやドラマの挿入歌である「ぼくの妹に」のヒットで徐々に息を吹き返す。加えて「理想の父親」と呼ばれるほど世間からの好感が高く、ヤマザキナビスコのクラッカー「プレミアム」で家族全員でCM出演をする程、「理想の家族」としても認知度が高い。      
1986年   『NHK紅白歌合戦』で白組司会を務めた。『第37回NHK紅白歌合戦』の司会では、白組トップである少年隊の「仮面舞踏会」を紹介する際、誤って「仮面ライダー」と叫んでしまったこともある。

※1986年 - 1988年まで『NHK紅白歌合戦』で3年連続で白組司会を務めた。
火星/ラーフ
火星/木星
   
1987年   『NHK紅白歌合戦』で白組司会を務めた。 火星/木星
火星/土星
   
1988年   『NHK紅白歌合戦』で白組司会を務めた。 火星/土星
火星/水星
   
1991年 12月28日 新潟県南魚沼郡湯沢町に加山キャプテンコーストスキー場を開業。2010年 - 2011年シーズンまで営業したが、2011年に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の影響や若者のスキー離れなどによる経営資金調達困難などが影響し、2011年7月に閉鎖を決めた。 火星/月    
1993年   ギターのロールスロイスと呼ばれるアメリカのMosrite(モズライト)社よりマリンブルーと『若大将シリーズ』で皆の憧れの的だった白の2色にファズを搭載した加山雄三モデルギターが発売された。 ラーフ/ラーフ    
1994年   ザ・ワイルドワンズの島英二に声をかけられて、仲間内で久しぶりにエレキを弾いてベンチャーズごっこをやっていたところ、事務所の社長の鶴の一声がきっかけで「加山雄三&ハイパーランチャーズ」を結成。 ラーフ/ラーフ    
1997年 4月23日 加山の60歳の誕生日を記念したトリビュートアルバム『60 ANDLES』が発売。レコード会社の垣根を越えた様々なアーティストが参加した。 ラーフ/木星    
1998年 3月21日 静岡県賀茂郡西伊豆町堂ヶ島に「加山雄三ミュージアム」開館。 ラーフ/土星    
2000年   2000年、Mosrite社よりパールブルーの加山雄三・芸能生活40周年記念モデルギターがハイパーランチャーズの「ハイパー」に語呂を合わせた818,000円で限定40本で発売され、即完売した。このモデルは前回のモデルと同様にファズが搭載されており、ヘッドがイニシャルのKにカットされ、指板にはLEDが組み込まれ、スイッチで光るようになっている。なお、アウトプット・ジャックは本体裏にあるなど、オリジナリティ溢れるものになっている。 ラーフ/土星
ラーフ/水星
   
2005年 4月10日 2005年4月10日には新高輪プリンスホテルにて、「芸能生活45周年を祝う会」という盛大なパーティが開かれた。関連してヤマハより芸能生活45周年記念モデルギター「SG3KY」が限定45本で発売され、ハワイのセニーザ社(CENIZA)より、加山雄三・芸能生活45周年記念モデルのウクレレが、限定45本で発売された。
ラーフ/金星    
2006年 3月3日・4日 東京文化会館の45周年と加山雄三の芸能生活45周年を祝うガラ・コンサート(祝典)が大ホールで行われた。同ホールは、クラシック音楽の殿堂・オペラの聖地として名高く、ポピュラー音楽が鳴ることはかつて無かったが、ポップス・シンガーとして初めてステージに上ったのが加山である。「加山雄三With大友直人 シンフォニック・ガラ・コンサート」で、千住明をはじめとする5人の編曲家によって加山サウンドをクラシックに蘇らせた。 プロデューサーで構成・演出をしたのは 加山雄三の還暦の祝いに日本初のトリビュートアルバムをプロデュースした木﨑徹。彼は東京文化会館の音楽監督である大友直人の古くからの友人であったために革命的なコンサートが実現した。 この模様はDVDになりリリースされている。 ラーフ/金星    
2006年 8月26日

加山と同じく湘南というイメージや、茅ヶ崎出身の有名人として名の挙がるサザンオールスターズの桑田佳祐の呼びかけにより、『THE 夢人島 Fes.2006』に参加。桑田がバックバンドを務めた。また、茅ヶ崎ライブでの友情出演VTRにて、「茅ヶ崎ブラザーズの兄として…」と桑田との関係をお茶目に語っている。

ラーフ/金星    
2007年 4月29日 神奈川県茅ヶ崎市の茅ヶ崎駅北口のペデストリアンデッキに加山雄三の手形モニュメント(加山本人の手形および「海・その愛」という直筆の言葉が彫られたレリーフ)が設置され、服部信明茅ヶ崎市市長を始め、茅ヶ崎市関係者および市民が参列し、除幕式が盛大に執り行われた。
ラーフ/太陽    
2010年 5月19日 神奈川県茅ヶ崎市が加山雄三芸能生活50周年を祝い、加山に茅ヶ崎市民栄誉賞を贈呈することを発表した。 ラーフ/火星    
2011年 7月 新潟県南魚沼郡湯沢町に加山キャプテンコーストスキー場を閉鎖。 木星/木星    
2011年   第61回芸術選奨 文部科学大臣賞大衆芸能部門受賞。 木星/木星    
2014年 7月 - 8月 77歳を記念しての大型イベント「若大将EXPO 〜夢に向かって いま〜」が東京で開催。若大将シリーズ等の映画上映やテレビ番組『若大将のゆうゆう散歩』で描いた絵画の展示イベント「心に残る1枚の風景画展」等が行われたほか、最終日となった8月23日には日本武道館にてコンサートが行われた。 木星/土星    
2014年 9月27日 加山自身の最後の全国コンサートツアーとして、全国47都道府県53か所にて「若大将EXPO 〜夢に向かって いま〜」を開催。2015年7月25日の東京・NHKホールで最終公演を迎え、加山は「歌をやめるわけじゃない。歌は生涯の親友。死ぬまで歌うけど、コンサートツアーには節目をつける」として、全国ツアーからは身を引くことを明らかにした。主な理由として「ほかのことをやりたいから。一つの夢として80歳になるまでに設計している船を完成させたい」とし、かねてから公言している、自身の設計した災害救助船となるエコシップの建造を本格的に進めることも明かしている。 木星/土星    
2014年   2014年秋の叙勲で旭日小綬章を受章。現在は神棚に保管されている。また、同時期に同郷で親交のある桑田佳祐(サザンオールスターズ)も紫綬褒章を受賞しており、お互いに「凄い」と褒め合ったという。 木星/土星    
ウィキペディア 加山雄三より引用抜粋、一部編集

 

加山雄三 数十億円あった借金を完済するまでの道のりを語る
2015.12.13 16:00 NEWSポストセブン

「永遠の若大将」こと加山雄三(78)が最近、「再び船を乗り回している」という。一時は数十億という莫大な借金を抱えて「船も手放した」と報じられた加山に何があったのか。

 1960年のデビュー以降、一貫してスター街道を歩んできたイメージの強い加山だが、昔から借金で苦労もしてきた。1970年代には叔父が経営する神奈川・茅ヶ崎のホテルが倒産し、連帯保証人として20億円以上の借金を背負った。

 40代で一度は完済したが、今度はバブル絶頂期に100億円ともいわれる総工費をかけて開業した新潟・湯沢のスキー場「加山キャプテンコースト」が大赤字。2011年7月に閉鎖した後、加山は雑誌のインタビューにこう語っている。

〈(スキー場に)20年で数十億円つぎ込んだね〉
〈家だけじゃなくて、船も手放したよ〉(『週刊女性』2012年5月29日号)

 その加山が、「最近、売却したはずの船での遊びをまた満喫しているようです。愛船『光進丸』の甲板で料理を振る舞ったり、ヨットレースを開催したりしている」(芸能関係者)というのだ。光進丸の船体価格は4億円ともいわれるだけに、買い戻すには相当な費用がかかる。借金はどうなったのか。本誌が取材を申し込むと、なんと加山本人から電話がかかってきた。

借金ならほぼ全部解決した。ローンでちょこちょこ払っているけど、最悪な状況から脱し、楽しく仕事をさせていただいているよ」

 若大将はハリのある声ですべてを語った──。

◆「借金から逃げたらダメ!」

 借金の総額については「まぁいろいろやってねえ……」と言葉を濁したが、記者が口にした「数十億円の借金」という言葉は否定しなかった。むしろ莫大な借金が人生のモチベーションになったと豪快に笑う。

「結局、借金して苦労すると責任感が強くなる。人間、逃げたら終わりだからね。試練だと思って、“何クソ!”って土下座してでも乗り越えないと。逃げたらダメ! それがパワフルに、エネルギッシュに生きるコツなんだ」

 一時は売却したと報じられた愛船についてはこう明かす。

「あの報道は誤報なんだよ。売りに出したのではなく、造船所の社長に名義変更しただけ。そのほうが船の点検をするのに都合がいいんだ。34年前に進水した船だけど、船の寿命は30年。よくメンテナンスしてもらっているから、年齢より若くいられるんだ。俺と同じだよ、ハッハッハ!」

それにしても、数十億円もの借金をどう返したのか。加山は「いろいろな仕事をしてお返しした」というのみだが、亡くなった地井武男の人気番組『ちい散歩』の後継番組として始まった『若大将のゆうゆう散歩』(テレビ朝日系)が大きかったようだ。テレビ局関係者が明かす。

「地井さんは週5回の放送で、放送1回につき30万円の出演料だといわれていた。加山さんはさらに高額のギャラだった可能性もあり、それだけで年間で億単位の収入になります」

 こんな追い風も吹いた。加山は2008年に「CR加山雄三」というパチンコ台のイメージキャラとなった。

「あれほどのビッグネームなのでライセンス料だけで数千万円のお金が動いたはず。2008年はパチンコ景気も今より良かったですしね」(パチンコ業界関係者)

 テレビ、パチンコの他に地道な“稼業”もあった。

「趣味の絵画でも個展や販売会にこまめに顔を出し、さり気なくセールスする。いまも人気は健在で、月に一度銀座のクラブで行なうライブはキャンセル待ち状態。ディナーショーのチケットは4万円以上で、講演会のギャラは1回400万円なんて噂もある」(前出・芸能関係者)

 まさに「いろいろなお仕事」で借金返済を果たした加山だが、事業に巨費を費やした豪快な金銭感覚の半面、実は芸能界でも評判の「倹約家」だという。

「昔から加山さん主催の打ち上げは加山宅での持ち寄りパーティー。持ち込みの担当が細かく割り当てられます(笑い)。ただし何でもケチな訳ではなく、借金を背負ってもポジティブシンキングで明るい方です」(加山の知人)

 取材でもその人柄は伝わってきた。前述した銀座でのキャンセル待ちライブについて聞くと、「(知り合いの経営するクラブなので)あそこは練習場所だと思ってる。出始めて23年になるけど、ギャラはもらっていない」と語る。

 そんな加山は今年7月に最後の全国コンサートツアーが終了し、9月には『ゆうゆう散歩』が最終回を迎えた。「お金が貯まったからリタイアしたのか」と勘繰ってしまうが、本人は一笑に付す。

「『コンサートツアー』は終わったけど、コンサートは続けます。来年で(歌手デビューから)55周年だけど、俺、ロックバンドを結成したんだよ。メンバーには48歳年下もいるから、ハッハッハ! 大阪で1万5000人集まるフェスにも出るし、クリスマスディナーショーもある。

 この歳になったら、もうやりたいことをやりてぇと思って。画業20年で個展もしたいし、船の設計もしたい。そこら辺のじじいと変わらない歳だけど、劣化しないよう頑張るだけだよ、ハッハッハ!」

 そう笑う加山は最後に本誌女性記者にキメの一言。

「○○さん(記者の名前)、とてもハキハキした声で素敵だよ、キミは。いい記事書いてくれたら、会いたくなるなぁ。ハッハッハ!」

 こんな優しい気遣い(口説き文句?)まで口にするアナタは、まさしく永遠の若大将です!

※週刊ポスト2015年12月25日号