ジェーン・フォンダ Jane Fonda 

生年 ■ 1937/12/21

出身地■ アメリカ/ニューヨーク

■本名はJane Seymour Fonda。

<経歴−ウェブより>

父は名優の故ヘンリー・フォンダ。弟はピーター・フォンダ。

12歳の時母がヘンリーの浮気を苦にして自殺。しかしその3ヵ月後に後妻を迎えた父に反発し、以降その関係は時代を追うごとに悪化の一途を辿っていく。

ヴェッサー女子大へ入学し、画家を目指してパリへ留学。帰国後次第に女優を志すようになり、

59年、モデルとして「ヴォーグ」誌のカバー・ガールなどをしながらアクターズ・スタジオで演技を学ぶ。

60年「のっぽ物語」の端役で映画デビュー。しかし父の影を嫌い64年、「危険がいっぱい」の出演を期にフランスに渡る。

この時共演したドロンの紹介でロジェ・ヴァディム監督と知り合い65年結婚。68年には一女を出産し「バーバレラ」など、セクシー路線への転向にも成功した。

だが時代はベトナム戦争混迷期に差し掛かり、彼女も次第に政治活動に身を投じるようになって70年にヴァディムと別居。

アメリカに帰国してハノイに乗り込み記録写真を発表したり、ドナルド・サザーランドと共に反戦劇団を結成したりしてニクソン大統領のブラック・リストの載るなど、反戦、反体制、ウーマン・リブの闘士として活躍。

この頃からの出演作は彼女の心情が色濃く反映された作品が多く、69年の「ひとりぼっちの青春」のアカデミー主演賞ノミネートに続き、71年には「コールガール」でオスカーを受賞している。

73年、ヴァディムと正式離婚後、学生運動の元リーダーで“シカゴ・セブン”の指導者、トム・ヘイドンと結婚。

以降は夫のバック・アップと映画出演を両立させ、78年には「帰郷」で2度目のオスカーを受賞。同年、それまで不仲だった父との関係修復を図るべく「黄昏」で父と共演。

舞台裏では作品同様、父娘の葛藤があったと言われている。

90年ヘイドン氏と離婚。その後ワーク・アウト・スタジオを設立し、発売したビデオは大ヒットとなった。

91年にはメディア王、テッド・ターナーと結婚して話題を呼んだが、00年に別居を経て01年離婚して引退宣言した。

04年、いくつかの作品で本格的な女優復帰が噂され、再びその動向に注目が集まっている。

太陽から見て、月が6室目、月から見て、太陽が8室目に在住し、悩み深いチャートであることが分かる。

太陽をラグナとすると、10室支配の太陽が7室支配の金星、ラーフと1室でコンジャクトしている。

蠍座に太陽、金星、ラーフ在住で、性的魅力に溢れ、妖艶で、大人の女性の色気が漂う。

彼女は「バーバレラ」というセクシャルな映画に出演し、セクシー路線で売っていた時期があり、1971年「コールガール」で、娼婦の役を演じて、アカデミー主演女優賞を受賞している。

また、ボディエクササイズ、エアロビクスのビデオや本を発売し、「フィットネスの女王」になったようにセクシーな魅力が光る。

また、男性遍歴も多く、何度も結婚と離婚を繰り返している。蠍座ラグナから見ると、7室支配の金星は、同時に損失、別離の12室を支配している。また、この太陽、金星にラーフがコンジャクトすることにより、象意が烈しく、表現されることを示している。

9室支配の月は6室に在住しているが、彼女の母親は父親の浮気を苦に自殺している。

またその自殺直後に直ぐに父親が再婚したことから、父親に反発して不仲になったということは、父親を表す9室支配の月が6室に在住していることで理解できる。

また4室にラグナロードで障害の6室を同時に支配する火星が在住しており、母親の4室を傷つけている。このことからも母親の困難が読みとれる。

彼女の弟は、映画俳優で映画監督のピーター・フォンダであり、彼は映画「イージーライダー」でアメリカの若者に熱狂的に迎えられたアメリカン・ニューシネマのヒーローである。

彼が映画の中の登場人物のように道徳心を損失したならず者だったことは下記の一文で分かる。(ウェブより)

『マリファナで儲けた金でハーレーを買い、時計を投げ捨て放浪の旅へ、行く先々で待ち受けているのは、セックス、ドラッグ&ロックンロール___________1969年に公開されるや否や、「イージー・ライダー」 は全米中の若者たちに熱狂的に迎え入れられた。 誰もが 「イージー・ライダー」 に憧れた。  誰もがあのように自由気ままに生きたいと望んだ。 そして 「イージー・ライダー」 はヒッピー世代の象徴となり、製作・主演のピーター・フォンダはヒッピー世代の顔となった。  父親はアメリカを代表する名優ヘンリー・フォンダ、姉もまた 「バーバラ」 でセクシー・アイドルとなった女優のジェーン・フォンダ。 ピーターフォンダはもともとハリウッド有数のサラブレッドだったのだ。  しかし 「イージー・ライダー」 以前の彼は、フォンダ一家の面汚しであり、穀潰しであった。 そんな彼が、 「イージー・ライダー」 を撮れたのは決して偶然ではない。 社会的アウトローだったからこそ、アウトローの視点から見たアウトロー映画を作り得たのである。』

ジェーンフォンダのスーリヤラグナから見て、3室で木星が減衰しており、彼女の弟を表しているように思われる。木星は減衰しているが3室で特別な法則が働いていると考えられ、弟はならず者であったが若者の間のスーパーヒーローになった思われるのだ。

そして、更にチャンドララグナから見ると、2、7室支配の金星が5室支配の太陽と8室蠍座でコンジャンクトしている。配偶者を通じて、不労所得(2室、7室、8室)を得られるとともに悩みも多かったと思われる。配偶者からの恩恵(5、7室)と配偶者からの苦悩(7、8室)の両方が得られたと思われる。配偶者からの収入(2、7室)もしかりである。これらのコンビネーションは蠍座で形成されていることから激しい情念が渦巻く愛情の葛藤が想像される。

因みに彼女は、91年、メディア王のテッドターナー氏と結婚したが、2000年に別居を得て、2001年に苦悩の末、離婚しているが、テッドターナー氏のラグナと太陽は蠍座である。

その経過の詳細は下記の資料にある。

月をラグナとすると、3、6室支配の凶星化した水星が9室に在住して9室を傷つけ、父親との困難、忍耐(3室)、争い(6室)の配置となり、9室支配の木星が10室で減衰している。父親との関係の悪さを表す配置である。または父親の困難を表している。9室支配の木星は12室の別離も支配しており、父親に反発して、フランスに渡り、別離という象意が確認できる。

ラグナロードの火星は11室に在住し、10、11室支配の土星は損失の部屋に在住し、職業や願望成就を損失している。

因みに彼女の月はナクシャトラがバラニーであり、過激な性格で、ベトナム戦争に反対して、反体制運動など政治活動を積極的に行った。

『アメリカに帰国してハノイに乗り込み記録写真を発表したり、ドナルド・サザーランドと共に反戦劇団を結成したりしてニクソン大統領のブラック・リストの載るなど、反戦、反体制、ウーマン・リブの闘士として活躍。』 (ウェブより)

この時、挑発的なポーズで政府を批判したという。

 

彼女は1969年に「ひとりぼっちの青春」で、アカデミー主演女優賞にノミネートされ、71年には「コールガール」でオスカーを受賞しているが、同時期の70年頃にハノイに乗り込み、記録写真を発表したり、ドナルドサザーランドとともに反戦劇団を結成するなど、反体制、反戦運動を盛んに行った。

この頃、彼女はマハダシャー月期から、火星期にシフトした頃で、火星から見ると4、9室支配の金星と7室支配の太陽が10室でコンジャンクトしており、成功する時期である。

時間が正確でないため、大まかのマハダシャーについては適合していると思われる。マハダシャーの火星はチャンドララグナからもスーリヤラグナでもラグナロードであり、基本的に強い惑星であるからこの時期が良いことは分かる。その前は月期であり、月は太陽から6室目で、また8室目に惑星集中して傷ついている。月期の彼女の主な活動は下記に引用したい。

 

『59年、モデルとして「ヴォーグ」誌のカバー・ガールなどをしながらアクターズ・スタジオで演技を学ぶ。60年「のっぽ物語」の端役で映画デビュー。しかし父の影を嫌い64年、「危険がいっぱい」の出演を期にフランスに渡る。この時共演したドロンの紹介でロジェ・ヴァディム監督と知り合い65年結婚。68年には一女を出産し「バーバレラ」など、セクシー路線への転向にも成功した。だが時代はベトナム戦争混迷期に差し掛かり、彼女も次第に政治活動に身を投じるようになって70年にヴァディムと別居。』 (ウェブより)

 

この頃の彼女は決して、成功しているとは言い難く、演技を学んだり、フランスに渡ったり、悪戦苦闘しているようである。

 

 

 

 

(資料)

[アメリカB級映画の旅] ジェーン・フォンダの内的ギャップ -------------------------------------------------------------------------------- 『Barbarella』  さて今回取り上げるのはお色気とキュートさ満点、ジェーン・フォンダ主演のSFアドベンチャー『Barbarella』。今年で67歳になる彼女だが、同映画は今から36年前の作品。ジェーン・フォンダは30年、40年代のハリウッドで一世を風靡した伝説のヘンリー・フォンダの娘。七光りながらも父親譲りの美形は否定できない。ちなみにジェーンの弟はピーター・フォンダ、姪にブリジット・フォンダと俳優一族だ。  同作品は、フランスのコミック本が映画化されたもの。監督のロジャー・バディムは1965年から73年までジェーン と結婚していた。つまり、夫が監督で、妻が主演した作品だ。彼女のベトナム戦争反対など政治活動のイメージからはかけ離れた映画で、「へえ〜、こんな映画も出てるんだ」と驚いてしまう。いったい彼女はどうしたのだろうと考えさせられる。  西暦4万年という気が遠くなりそうな遠い未来が設定。ジェーン扮するバーバレラは、地球共和国の大統領から宇宙平和を乱そうとするマッドサイエンティストを探しだすという任務を受け、ある星に潜入する。  バービー人形のような彼女の体にぴったりのセクシーな宇宙服は男性視聴者だったら生唾ものだろう。このアドベンチャーで何回着替えたか知れない。敵の攻撃や拷問に遭うたびに黒い網タイツが破れたり、ちょっとした擦り傷を負ったりする。そしてそんなに時間も経ってないはずなのに傷はすぐに癒えてキレイな肌に戻っている。だから宇宙平和のための危険なミッションという深刻さはまったく感じられない。  それでも、淡々とアドベンチャーは進んでいく。特にバーバレラが強いわけでなく、武器も小さなピストルくらいしか持っておらず、ただハンサムでマッチョな天使に助けられ、ラッキーの連続でクライマックスに入る。皆さんも予想はつくであろうが結局はハッピーエンドだ。  さて、彼女の極端な行動のギャップはどこから来ているのか?と考えさせられる。伝説の大物俳優の娘であるにもかかわらずセクシー路線に転身を図り、そうかと思えば、ベトナム戦争への激しいアメリカ批判が始まる。ベトナムへと自ら旅立ち、ベトナム軍服を着てベトナム側に立っていることを世の中にアピールした。当時はニクソン大統領のブラックリストに名前を連ねていたらしい。そうかと思えば、エクササイズ本やビデオを出してダイエットやシェープアップの伝道師になったりした。  彼女の母は、俳優の父の浮気を苦に、ジェーンが12歳の時に自殺した。そして父の再婚を期に父と決別。素人の勝手な心理学診断だが、思春期の彼女に起こったことはかなり精神的なトラウマになっているのではないのだろうか? さらに成人してからもドラッグ中毒や、大食症などに悩まされ続けた。彼女も父親のように結婚そして離婚を繰り返している。アメリカでは離婚は日常茶飯事にしても、多かれ少なかれ離婚の数だけその子ども達に精神的な負担を与えている。  彼女がそういう経験をしたから、この映画でリスクを背負ってまで出演したとは決して言い切れないし深読みしすぎかもしれないが、なんとなく彼女の華やかな人生の裏側が垣間見える気がする。  それでも彼女は数々の映画雑誌の中で映画史100人のセクシ―女優の中に堂々と名を連ねる1人だ。彼女の意外な一面を素直に見るのも楽しいし、60年代のポップな雰囲気が好きな人には必見だ。 うえのまき/ライター ターナー氏とジェーン・フォンダが別居  CNNの設立者でタイム・ワーナー社の副会長であるテッド・ターナー氏(61)=写真右=と妻で女優のジェーン・フォンダさん(62)=同左=夫妻は4日、別居することを明らかにした。ターナー夫妻は1991年12月に結婚したが、別々に生活することに決定した理由として「私たちは自分たちのために個人的な時間を過ごさなければならない時期にあることが分かった」。ジェーン・フォンダさんは8年前、ターナー氏との結婚で女優業を断念したばかりでなく、フィットネスの仕事も少しずつ減らしていった。いつも一緒に野球を観戦する姿がみかけられ、仲のいい夫婦としてアピールしていたが、1998年11月、「2人が離婚の危機にあり、カウンセリングを受けている」と米誌で報じられた。さて、2人に何があったのだろうか? 1年前以上に結婚危機に直面、セラピストに通い始めた2人  2人の結婚の危機は1998年11月、米誌で報じられた。「2人の結婚は時に破局に近いこともあったが、いつも切り抜けてきた。しかし、この数カ月間は7年間の結婚の中で最悪で、2人はセラピストから指導を求めている」(2人に近い人の話)  2人に近い筋によると、危機の原因は、ジェーン・フォンダが夫の事業の陰に引っ込んでいることに不幸せを感じていることだという。  「ジェーンは自分の人生を再検討しており、まだ映画を作れる時に夫の(社会的地位を誇る)『箔つけワイフ』になることを恐れている。彼女はかつては政治活動家であり、元気のいい熱情的な女優だった。でも、今は多くの人が、彼女がテッド・ターナーの腕の中でアトランタ・ブレーブスの試合を観戦している時しか気がつかない」 「今の私は誰? 私の人生を取り戻したい」とジェーン  ジェーンは友人に自分の悩みを語ったという。  「私は今の自分が誰なのか分からない。私の行く所でみんなが私に女優業をすぐに再開して欲しいと言うの。彼らは私のワークアウトの仕事はどうなったのかと思っている」  「過去数カ月間、私は忘れ去られ消えていく昔のスターのように感じたわ。でも、みんなが私を『ミセス・テッド・ターナー』だけとして考えるようになるとは思ってもいなかった。私はテッド・ターナーの妻でいることが大好きだし、テッドを心から愛している。でも、私は時々、結婚はテッドのためだけだと感じるの。そして、私が抱える問題は私とテッドとの関係を悪くしているの。私自身の人生を取り戻したいわ」 セラピストの帰りにすすり泣いたジェーン…  2人のセラピストは革新的な治療のアプローチで世界的に知られる心理学者のジャック・リー・ローゼンバーグ医師で、ターナー夫妻は同医師に2回通ったことが報告された。それぞれ、別のリムジンで同医師のオフィスに到着し、そこで3時間過ごしたという。長いセラピの後、ジェーンはすすり泣き、ターナー氏は重々しい顔で出てきたという。「どちらの日も彼らは別々のリムジンに乗って帰る時、一言も言葉を交わさなかった」 夫には妻ともっと時間を過ごしてほしかった?  彼女はまたこの何年もの間、ターナー氏のワークホリックの仕事のスケジュールに不満を募らせていたという。彼が1996年、事業をタイム・ワーナー社に売却した時、少しは仕事を減らし、2人で一緒にいる時間がもっと増えるかと期待していたが、「彼は会社の経営を助け、まだ仕事を愛していた」 ジェーンと知り合って人間が変わったターナー氏  米誌によると、ワークホリックのターナー氏はジェーンと知り合う前にいつも自殺の考えに取り付かれていたという。「彼はいつも死のことばかり話していた。彼の会話の最優先トピックは自殺だ。数日間も自殺のことばかり話していた」(彼の長年の友人の話)。  1980年にCNNを設立し、多忙なターナー氏は冷静さを失ってかっとなることが多かったという。しかし、ジェーン・フォンダが彼の目の前に現われてからはすっかり変わったという。  「彼は驚くほどかどがとれました。彼は彼女に夢中になり、会社への関心を失ったのではないかと思われたほどです」  自殺についてはどちらも共通点があり、ジェーンの母親は1950年に自殺し、ターナー氏の父親は1963年に自殺しているという。 メディア帝国を築いたテッド・ターナー氏  メディア帝国を築いたテッド・ターナー氏はターナー・ブロードキャスティング・システム社(TBS)の設立から始め、その後、ターナー・ネットワーク・テレビジョン(TNT)、CNN、CNNインターナショナル、CNNヘッドライン・ニューズなどを開局。また大リーグのアトランタ・ブレーブスとプロバスケットボール・チームのアトランタ・ホークスも買収した。  ターナー氏のテレビ事業は1996年、タイム・ワーナー社によって買収され、彼は同社の副会長になった。 1960年代のセックスシンボルから実力派女優へ  一方、女優ジェーン・フォンダは父親が俳優のヘンリー・フォンダ(1982年死亡)で、弟にはピーター・フォンダ(60)、そして彼女の姪でピーター・フォンダの娘に女優のブリジット・フォンダ(35)がいる。  彼女は1965年、フランス人のロジェ・バディム監督と結婚した。「セクシーな美女を操る名人」として知られる同監督は彼女を第2の“ブリジッド・バルドー”にしようと試み、フランスでベストセラーとなったSFエロチック・コミックの映画化「バーバレラ」(1967年)に彼女を起用し、60年代を代表するセクシー女優に押し上げた。彼女は「コールガール」(1971年)と「帰郷」(1978年」)で2度アカデミー主演女優賞を受賞している。 ベトナム反戦活動で『ハノイ・ジェーン』と呼ばれた時も  彼女は60年代後半に米国に戻り、反体制運動に従事し、ベトナム反戦家のトム・ハイドン氏と結婚。彼女は1972年、北ベトナムの人々を支持するためにハノイを訪れ、北ベトナム人の高射砲の操縦席で写真のポーズをとり、米国中で大きな論議を呼び、大きな非難も浴びた。『ハノイ・ジェーン』という非難・軽蔑的なニックネームで呼ばれた彼女はその16年後、ジャーナリストのバーバラ・ウォルター女史のインタビューで、その件についてベトナム戦争で戦った人とその家族に謝罪した。  1980年代にはフィットネスのためのワークアウトの本やエアロビックのビデオを発売し、「フィットネスの女王」となった。  ジェーン・フォンダは再び女優としてカムバックするのだろうか? (01/04/00、ロサンゼルス=ZAKZAK特電) 人名 JANE FONDA ジェーン・フォンダ 誕生日・性別 1937/12/14 WOMAN 出身 米ニューヨーク州ニューヨーク  活躍度 △↓ 父は名優ヘンリー・フォンダ。弟は俳優で監督のピーター・フォンダ。59年からモデルとなり、舞台女優、雑誌のカバーガールを経て60年「のっぽ物語」で映画デビュー。71年「コールガール」と78年「帰郷」でアカデミー賞主演女優賞を2度受賞。65年に結婚したロジェ・バディム監督とは73年に離婚。同年に反戦運動家のトム・ヘイドン氏と再婚したが89年に離婚。91年にテッド・ターナー氏と結婚し、92年に映画界からの引退を表明。その後はボディーエクササイズ講師としても活躍。2001年離婚。 演技幅 自在 演技力 ☆☆☆☆☆☆ アクション ☆☆☆★★★ コメディ ☆☆☆★★★ 出演作 1960年「のっぽ物語」 1962年「荒野を歩け」「チャップマン報告」 1964年「ニューヨークの休日」「危険がいっぱい」      「輪舞」 1965年「キャット・バルー」 1966年「逃亡地帯」「獲物の分け前」「水曜ならいいわ」 1967年「夕陽よ急げ」「裸足で散歩」 1968年「世にも怪奇な物語」「バーバレラ」 1969年「ひとりぼっちの青春」 1971年「コールガール」アカデミー主演女優賞 1972年「万事快調」 1973年「人形の家」 1976年「青い鳥」 1977年「おかしな泥棒・ディック&ジェーン」「ジュリア」 1978年「帰郷」アカデミー主演女優賞      「カムズ・ア・ホースマン」      「カリフォルニア・スイート」 1979年「出逢い」「チャイナ・シンドローム」 1980年「9時から5時まで」 1981年「黄昏」「華麗なる陰謀」 1985年「アグネス」 1986年「モーニング・アフター」 1987年「ビル・コスビーのそれ行けレオナルド」 1989年「私が愛したグリンゴ」 1990年「アイリスへの手紙」 2002年「デブラ・ウインガーを探して」 No.028 ジェーン・フォンダ Jane Fonda(1937〜)  バーバレラのお姉さん  僕が最も好きなアメリカの女優である。とはいっても、ハリウッドのパターン化された映画作りを嫌い、しばらくはフランス映画で活躍していた。そのうちの1本が「バーバレラ」である。旦那のロジェ・バディムに演出してもらったエキセントリックなSF映画であるが、これがスタイルからマニアックで、ジェーンもコスチューム・キャラクターのナンバー1になる(?)。  彼女は「ひとりぼっちの青春」「コールガール」「ジュリア」「帰郷」など、沢山の名作に出演した素晴らしい女優だが、彼女の場合、実生活の方にも目を向けても興味深い。  母は父ヘンリーの浮気が原因で自殺。それが原因で、ジェーンはずっと父を憎み続けていた。子供の頃からそんな感じだったので、大人になってからは、政治活動にのめりこんで、ニクソンのブラックリストにのせられるほどであった。映画史上、彼女ほど政治的だった女優もいないだろう。81年には「黄昏」で父親とまさかの共演。ようやく仲直りしたが、父はその作品でアカデミー賞を受賞した後、他界したのである。 ジェーン・フォンダ 出典: フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia) 』 ジェーン・フォンダ(Jane Fonda, 1937年12月21日 - )は、アメリカニューヨーク市出身の女優。 父は俳優のヘンリー・フォンダである。また弟のピーター・フォンダも俳優。 1965年には映画監督のロジェ・バディムと結婚したが後に離婚。 『コールガール』(1971年)、『帰郷』(1978年)でアカデミー賞主演女優賞を受賞している。他に『バーバレラ』、『黄昏』などに出演。 ジェーン・フォンダ Jane Fonda  生年 ■ 1937/12/21 出身地 ■ アメリカ/ニューヨーク ■本名はJane Seymour Fonda。父は名優の故ヘンリー・フォンダ。弟はピーター・フォンダ。12歳の時母がヘンリーの浮気を苦にして自殺。しかしその3ヵ月後に後妻を迎えた父に反発し、以降その関係は時代を追うごとに悪化の一途を辿っていく。ヴェッサー女子大へ入学し、画家を目指してパリへ留学。帰国後次第に女優を志すようになり、59年、モデルとして「ヴォーグ」誌のカバー・ガールなどをしながらアクターズ・スタジオで演技を学ぶ。60年「のっぽ物語」の端役で映画デビュー。しかし父の影を嫌い64年、「危険がいっぱい」の出演を期にフランスに渡る。この時共演したドロンの紹介でロジェ・ヴァディム監督と知り合い65年結婚。68年には一女を出産し「バーバレラ」など、セクシー路線への転向にも成功した。だが時代はベトナム戦争混迷期に差し掛かり、彼女も次第に政治活動に身を投じるようになって70年にヴァディムと別居。アメリカに帰国してハノイに乗り込み記録写真を発表したり、ドナルド・サザーランドと共に反戦劇団を結成したりしてニクソン大統領のブラック・リストの載るなど、反戦、反体制、ウーマン・リブの闘士として活躍。この頃からの出演作は彼女の心情が色濃く反映された作品が多く、69年の「ひとりぼっちの青春」のアカデミー主演賞ノミネートに続き、71年には「コールガール」でオスカーを受賞している。73年、ヴァディムと正式離婚後、学生運動の元リーダーで“シカゴ・セブン”の指導者、トム・ヘイドンと結婚。以降は夫のバック・アップと映画出演を両立させ、78年には「帰郷」で2度目のオスカーを受賞。同年、それまで不仲だった父との関係修復を図るべく「黄昏」で父と共演。舞台裏では作品同様、父娘の葛藤があったと言われている。90年ヘイドン氏と離婚。その後ワーク・アウト・スタジオを設立し、発売したビデオは大ヒットとなった。91年にはメディア王、テッド・ターナーと結婚して話題を呼んだが、00年に別居を経て01年離婚して引退宣言した。04年、いくつかの作品で本格的な女優復帰が噂され、再びその動向に注目が集まっている。 関連人物 ピーター・フォンダ 弟 ブリジット・フォンダ 姪 ヘンリー・フォンダ 父 ロジェ・ヴァディム 元夫 黄昏 (On Golden Pond) 1981 US 監督:マーク・ライデル 出演:キャサリン・ヘップバーン、ヘンリー・フォンダ、ジェーン・フォンダ、ダブニー・コールマン -------------------------------------------------------------------------------- <一口プロット解説> ヘンリー・フォンダとキャサリン・ヘップバーンという老夫婦が、ある美しい池のほとりに居を構え隠棲生活を始める。 <雷小僧のコメント> この映画によって、キャサリン・ヘップバーンとヘンリー・フォンダの両名は、オスカー(主演賞)を獲得します。ヘップバーンの受賞は、これで4回目ということになり驚くべきことに「勝利の朝」(1933)で最初にオスカーを獲得してから50年も経ってまた受賞していることになるわけですから驚くべき人ですね。これが男優であるとそんなに不思議はないのかもしれないのですが、通常は活躍期間が短い女優さんとなると驚異的です。それから、これも驚くべきことにヘンリー・フォンダのオスカー受賞というのはこれが初めてで、この映画が彼の最後の出演作となりますから、70年代に入るとほとんどパニック映画やモンスター映画等のBクラス映画のしかもカメオ出演しかしなくなってしまった彼にしてみれば起死回生の逆転サヨナラ満塁ホームランだったのかもしれませんね。 「黄昏」はこれにジェーン・フォンダを加えていわば芸達者を揃えた映画であるということが出来ますが、実はまず最初に注意を引くのはそういうことよりも風景の美しさが実に素晴らしいという点です。冒頭の湖面(というかpondなので池の表面)に夕陽が照り映えるシーンから、実に何というか鎮静効果があるというか涅槃の境地に達したような(これはあまりにもオーバーでした)雰囲気がこの映画全体を覆っています(ルーンと呼ばれる水鳥の鳴き声も素晴らしい)。たとえばロッキー山脈だとか何とか砂漠とかアラスカとか、そういうどうだ参ったかというような威圧的な風景ではなくて、言ってみればどちらかというと箱庭的な人当たりのよい風景なのです。まあ、老夫婦が住むような場所なので、何とかファミリーが活躍するような熊がうじゃうじゃ出現するような秘境だと少し具合が悪いには違いないのでしょうが、こういうある意味で日本的な風景を見ていると妙に浄化されたような気分に浸れるものです(なんかじいさんみたいな言い草ですねこれは)。しかもさすがに1980年を過ぎた映画なので、撮影機材の改善ということも含めて画面が非常に美しいのですね。この風景を見る為だけにこの映画を見たとしても損はないかもしれません。 ところで、この映画の主題は老いと死それに親子関係問題というようなところになると思います。まず、親子関係についてですが、これに関しては「ジブラルタル号の出帆」でも書いたのでここでは繰り返しては述べないことにします。けれどもこの「黄昏」で1つ面白いのは、この親子関係をヘンリー・フォンダとジェーン・フォンダという実の親子が演じていることです。しかしまあ、実の親子でよくこういった親子の疎遠=>和解というよくあるストーリーを眉一つ動かさずに演じることが出来ますねーーーーー。さすが、プロなんでしょうね。実際ジェーン・フォンダは、ヘンリー・フォンダによく似ているので(私目などジェーン・フォンダを見るといつもこのお父っつあんが2重写しに見えてくるので困ったものです)、この映画を見ていると、ひょっとして本当の家庭問題をマジに持込んでやっているのではないかというあらぬ疑いが時々頭をもたげてきたとしても不思議のないところです。実際ヘンリー・フォンダという人は取り付きにくい人であったというようなことを、息子のピーター・フォンダだったかがどこかで言っていたような気がしますし、何といってもおやじの方は、50年近く俳優をやっても1つもオスカーを頂戴していなかったのに(この映画でようやく取りましたが)、娘の方が先にあっさりと2つも取ってしまったので、親父の心中穏やかではなかったはずです。 それから老いと死に関してですが、殊に前者の老いというものが映画のテーマになるようになったのは比較的最近でこの映画の頃からなのではないでしょうか。確か近年のジャック・レモン等もこういうのを得意なレパートリーにしているように思いますが、70年代以前には余り老いそのものが主題となるようなことはなかったような気がします。勿論、70年代以前の映画を全て見たわけではないのでこれには反証があるのかもしれませんが、ただ世間から身を引いた老夫婦が、人里離れた遠隔の地に隠棲するのがメインの描写であるような映画はまずないように思います(少なくとも私目の知る限りでは)。たとえば「老人と海」なども老人が主人公なのですが、これは「黄昏」とは全然違うのです。というのも、老人が主人公であっても老いそのものが主題ではないからです。それでは、現代の方が昔に比べて老いというものに対しヒューマニスティックな見方がよりよく出来るようになったからそういうことが映画の主題になるようになったのでしょうか。私目は、これは決定的に違うように思います。それはどういうことかというと、昔は老人とか子供とかを含めて社会自体が共同体的な全体として機能していたわけであり、そういう側面から色々な事象が見られることが多かったのだと思います。この故に老いというテーマに関しても、それだけを切離して見るというよりも共同体的な諸事象の1つとして統合的に見られることの方が多かったように思われます。従って、世間から隔離された老夫婦の隠棲生活などというのはテーマにはなり得なかったのではないでしょうか。これに対して実生活的にも所謂核家族化が進み社会全体の構造が分極化してきた現代になって始めて、たとえば老人なら老人というカテゴリーを1つの独立した単位として扱うような視点が発生してきたのではないかと思います。実はまさにこういう分極化の中にこそ老いの問題というのは発生するわけであり、共同体的に老人の居場所があった時代には、死は問題になり得ても老いは今日のような形態では問題として存在していなかったのではないでしょうか。またもう1つの主題である親子関係の問題もある意味でこの分極化の問題の反映であると言っても差し支えないように思います。このように、映画というのはある意味で社会の形態を写す鏡でもあると私目は大袈裟に考えているのですが、この映画にもそういう面がよく現れているような気がします。 -------------------------------------------------------------------------------- チャイナ・シンドローム (The China Syndrome) 1979 US 監督:ジェームズ・ブリッジス 出演:ジャック・レモン、ジェーン・フォンダ、マイケル・ダグラス -------------------------------------------------------------------------------- <一口プロット解説> テレビ局のアナウンサージェーン・フォンダは、ジャック・レモンが勤める原子力発電所を取材中に偶然発生した原子炉トラブルに慌てふためくレモンらの様子を隠撮りするが・・・。 <雷小僧のコメント> この映画に関しては実にお恥ずかしい話をしなければなりません。というのは、この映画が日本で封切られた時、かなり話題になった(確かチャイナシンドロームという言葉がはやった)のですが、私目も勇んで見に行きました。何故かと言うと、チャイナシンドロームというのは原子力発電所の原子炉の炉心が融解してその高熱で地球の反対側の中国(China)迄突き抜けてしまうという何やらものすごいことを意味する言葉だと聞いた上、何せ70年代はパニック映画の年代だったので、この映画はものすごいパニック映画に違いないと勘違いしたからです。ところが、実際見てみると全然パニックシーンなどないので(いやそういえば冒頭でジャック・レモンが一人でパニクっていましたが)、騙されたと思って怒り心頭に発して映画館を出たのを覚えています。確か当時高校3年位だったはずですが、高校3年にもなってそういう風な見方しか出来なかったとは何とも我ながら情けないですねこれは。でも正直に言えば、同じようなつもりで見に行った人は結構いるんではないのかな。 私目の懺悔はさておき、この映画が製作された当時確かスリーマイル島の原発事故があったはずであり、そういう意味においてタイムリーな映画だったのでしょうが、ここで原発問題をうんぬんするのは的はずれなので、というかそれは映画レビューの範囲を越えるのでそれについては触れないことにします。ただこの映画は原発事故を扱っているわけであり、当然のことながら反原発の立場から描かれていると見なされるべきでしょうが、その立場に関してどうのこうの言うのは個人的な考え方の問題でありここではそれについては述べません。ではここでは何について述べるかと言うと、その是非は別として、この映画は反原発映画として見た場合、効果的且つ説得的であるか否かということについてです。 これに関する私目の回答は、Yes且つNoです。まず、Yesである理由ですがこれにはいくつかあります。まず第一は、映画の題名にもかかわらず、悲惨な破壊シーンがないと言うことです(そうです、私目が最初に見た時に密かに期待していたものです)。これは至極当たり前のことですが、もしそういうシーンがあったとすれば単なるパニック映画に終わってしまったはずだということです。第2は、原発の問題を原発それ自身の危険性という観点だけではなく、社会構造的な側面を含めたより複雑な問題として捉えているという点が挙げられます。すなわち、安全性をチェックするはずの機関はきちんとチェックしない、電力会社は損失を恐れて危険があることが分かっている原子炉をシャットダウン出来ない、原子炉の製造業者は手抜きをするといったように複雑な要因が絡み合い、何がどうなっているかということに関して全体を見通せる人間が誰一人としていないという状況の中で原子炉が運転されようとしている様子がうまく描かれているということです。第3は、映画自体のトーンがドキュメンタリータッチで描かれており、無駄なバックグラウンドミュージックもなく、この映画がフィクションであるという事実がなるべく浮き立たないように考慮されている点でしょう。特にこの映画のうまい所は、ジェーン・フォンダとマイケル・ダグラス(う!まだ若い)というニュースキャスターの目を通して事件が描かれているということがあります。この映画の主演はジャック・レモンなのですが、焦点はむしろジェーン・フォンダにあると言えます。この映画は、フォンダが原発とは何の関係もないテレビリポートをするシーンから始まりますが、これはかなり意図的なのだと私目は思います。つまり、レモンではなくてフォンダに観客の焦点を引きつけようとしたのではないかということです。要するに、映画の中でこの事件を客観的に見つめているニュースキャスターを見るように観客を仕向けることにより、1レベル媒介的な視点を余分に経てこの原発事故というストーリーを追わせるような構成にしているのではないかということです。ここに、擬似的というか幻惑的なリアリティー=客観性が発生する余地があり、この映画にかなりの説得性を寄与していると言えるのではないでしょうか。まあ尤もこれは、告発側の視点をメインにする必要があったということかもしれませんが。 ではNoという理由は何でしょうか。それは、実に単純なことで皮肉にもここで名演技をしているジャック・レモンの存在です。余りにもコメディに出演し過ぎたレモンを見ているとどうもストーリーに説得性がなくなるというのは半分冗談ですが、最後の方で原子炉自体を原子炉質にとってその危険性をテレビ放送で暴露しようとするシーンは、あまりにもアクティブ過ぎて結局やはりこれは映画=フィクションだなと気付かされてしまうということです。すなわち、現実感が希薄になってしまうと、どうしてもそこに現実的社会的メッセージを読込むことが困難になると言わざるを得ないということです。いずれにしても、そういうメッセージが意図されて織込まれているというのは私目の勝手な想像であり、この映画の製作者はひょっとしたら単純に原発事故というストーリーでサスペンス映画を制作しようとしただけかもしれませんが。まあ、単なるサスペンス映画として見たとしても、レモン、フォンダ、ダグラスの演技とあいまって大変面白い映画だと言うことが出来るのは確かですし、こういう社会性の高い映画を製作するのは何もシドニー・ルメットのような人だけではないことがよく分かりますね。 カリフォルニア・スイート ★★ (原題:California Suite) 1978 US 監督:ハーバート・ロス 出演:アラン・アルダ、マイケル・ケイン、ジェーン・フォンダ、マギー・スミス 左:ジェーン・フォンダ、右:アラン・アルダ -------------------------------------------------------------------------------- ニール・サイモンものであり、互いに独立した4つのエピソードから構成され、各シーンの共通点は舞台が同一のホテルに置かれているということのみです。その4つのエピソードには、それぞれアラン・アルダ+ジェーン・フォンダ、マイケル・ケイン+マギー・スミス、リチャード・プライアー+ビル・コスビー、ウォルター・マッソー+エレイン・メイが主演していますが、変わっているのはこの4つの独立したエピソードが更に複数のシーンに分解され、それが交互にランダムに細切れに配置されている点です。複数のエピソードから構成されるニール・サイモンものの映画と言えば、他にも「おかしなホテル」(1971)、「Last of the Red Hot Lovers」(1972)がありますが、この「カリフォルニア・スイート」のようにそれぞれのエピソードが複数のシーンに分解されそれらが交互に入り交じるというようなことはなく、各エピソードは順番に配置されています。また、前者ではウォルター・マッソー、後者ではアラン・アーキンが各エピソードに主演していて、ある一定の統一感が保たれています。会話主体の映画を好む私目としてはニール・サイモンものの映画はたいがいどれでも気に入っていて、確かにこの「カリフォルニア・スイート」もその例外ではなく、だからこそここに取り上げているわけですが、ただ気になるのは前述した構成故にどうも統一感のなさがこの映画には若干感ぜられてしまうのですね。しかもアラン・アルダ+ジェーン・フォンダのエピソードは極めてシリアスなドラマであるのに対し、リチャード・プライアー+ビル・コスビーのそれは完全なるスラップスティック・コメディというようにエピソード間の雰囲気が相当異なる上に、それがシーン毎に交互に現れる為、極めて分裂症的なイメージが強いのです。というような欠点はあるわけですが、しかしながら各エピソードはなかなか楽しいものが多く、前述したリチャード・プライアー+ビル・コスビーのスラップスティックを除けばいつものニール・サイモンもの映画を見る味わいを十分に得ることが出来ます。また、マギー・スミスが夜中にホテルの中を徘徊してフライドチキンをつまみ食いするシーンや、ベッドに美女が横たわっているのをエレイン・メイ演ずる奥さんから何とか隠そうとウォルター・マッソーが四苦八苦しているシーンには思わず笑ってしまいます。マギー・スミスは、この映画の中ではオスカーにノミネートされた女優さんを演じていて見事に落選してしまうのですが、彼女自身はこの映画で見事にアカデミー助演女優賞を受賞しています。映画中で彼女がノミネートされる映画は馬鹿げたコメディなので、彼女のセリフにはオスカー批判とも取れないこともないようなものもあるのですが、それにも関わらず実際にアカデミー助演女優賞を受賞したのは彼女の実力の故なのでしょうね。尚、冒頭の劇中劇ならぬ映画中映画の中でジェームズ・コバーンがちらりと顔を見せています。 -------------------------------------------------------------------------------- おかしな泥棒・ディック&ジェーン ★ (原題:Fun with Dick and Jane) 1977 US 監督:テッド・コッチェフ 出演:ジョージ・シーガル、ジェーン・フォンダ、エド・マクマホン、ディック・ゴーティエ 左:ジェーン・フォンダ、右:ジョージ・シーガル -------------------------------------------------------------------------------- 70年代のコメディ映画の1つなのですが、大会社をくびになったジョージ・シーガルとその奥さんのジェーン・フォンダが生活に困ってひょんなことから泥棒稼業を始めてしまうというように結構洒落になっていないところがある映画なのですね。まあコメディ的に面白可笑しく味付けされているわけですが、現実にも不況時代には同じようなシチュエーションがいくらでも起こり得るのであり、現実生活においてはこれはコメディですでは済まされないわけです。この辺りがいかにも70年代的で、都会の生活に関する一種の不安定感がコメディという形態をとって噴出しているとも言えるかもしれません。けれどもこのような下手をするとブラックジョークにもなりかねないストーリー展開にもかかわらず、ブラックさとか嫌味がこの映画には余り感じられないのは、やはり主演のジョージ・シーガルのキャラクター故なのかなという気がします。それは、同じように都会の不安定感や殺伐さをテーマとした70年代のコメディ、たとえばニール・サイモンの戯曲に基く「おかしな夫婦」(1970)や「The Prisoner of Second Avenue」(1975)に主演したジャック・レモン等に比べてもそうなのですね。ジョージ・シーガルは、神経質な側面があるコメディアンのジャック・レモンに比べるとある意味で毒がほとんど感じられない俳優さんなので、都会のネガティブな側面がコメディ化されていても、コメディの背面からフツフツと都会に対する悪感情が沸き上がってくるなどということがほとんどないのです。従って、テーマがテーマであるにも関わらず最初から最後まで純粋なコメディとしてこの映画を見ることが出来るわけです(勿論それ故にこの映画を面白味がないと感じるか否かは見る人によって異なると思いますが)。正直に言えば、コッチェフが監督しジョージ・シーガルが主演したこの頃の映画としては、「料理長殿、御用心」(1978)の方が遥かにコメディとしても面白いと思っているのですが、こういうストーリーをコメディ映画にしてしまう手腕は評価してもよいように思います。 裸足で散歩 ★★★ (原題:Barefoot in the Park) 1967 US 監督:ジーン・サックス 出演:ロバート・レッドフォード、ジェーン・フォンダ、シャルル・ボワイエ、ミルドレッド・ナトイック 左:ロバート・レッドフォード、右:ジェーン・フォンダ -------------------------------------------------------------------------------- ニール・サイモンものの映画化であり、同じくジーン・サックスが監督した「おかしな二人」(1968)とともにサイモン物の映画で最も成功した作品であると言えるでしょう。ニューヨークが舞台であるサイモン作品という点においては、「おかしな夫婦」(1970)や日本未公開の「The Prisoner of Second Avenue」(1975)などもあるのですが、それら70年代の作品がかなり都会批判的な側面を持っていたのと異なり、60年代のこの映画(或いは「おかしな二人」)には無理矢理捜さなければそういう要素はほとんどないと言ってもいいでしょう(たとえば前回取り上げた50年代の映画「愛のトンネル」でのラストのリチャード・ウイドマークのセリフと70年代のサイモン作品での都会批判を比べると、たった10年少しの間で都会に対する見方が如何に変化しているかが分かると言うものです)。むしろこの映画は、新婚夫婦ロバート・レッドフォードとジェーン・フォンダの雨降って地固まる式の笑いと涙(はないかな?)とペーソス有りの日本で言えば吉本コメディ的な映画であると言えるでしょう。実を言えばこういう種類の映画は、主役よりも脇役の出来如何によって映画の良し悪しが決まることがよくあるのですが、その点に関しては屋根裏部屋の住人を演ずるシャルル・ボワイエとジェーン・フォンダの母親を演ずるミルドレッド・ナトイック、及び電話工事人を演ずるハーブ・エデルマンが実にユニークなタッチをこの映画に加えていて映画自体の出来が非常に良くなっていると言えるでしょう。この映画での私目の最もお気に入りのシーンは、夫婦喧嘩中に電話工事にやって来たハーブ・エデルマンが二人の間に挟まれてオロオロしているシーンで、これは実に愉快です。「おかしな二人」のレビューで実例を挙げたようなニール・サイモン独特のセリフ廻しも健在であり、たとえばテネシー・ウイリアムズであるとかハロルド・ピンターのようなシリアスなライターやベケットやブレヒトというような学校の教科書にも出てきそうな劇作家の作品とは違ったライトで俗化された(どうもサイモンの映画化作品を見ていると吉本を思い出してしまうのですが)マテリアルが軽快にハンドリングされていく様を見るのはこれはこれで実に快感なのですね。それからこの作品は、現在でも現役のスーパースター、ロバート・レッドフォードの最も初期の頃の作品の1つであり、これ以外の彼の初期作品にはコメディはないことを考えてみると、その意味でもかなり貴重な作品と言えるのではないでしょうか(ダテ男レッドフォードが、酔っ払ってセントラル・パークの中を裸足で歩き廻り、ゴミ箱を頭から被っている様は見物ですね)。最後に全く映画の内容とは関係ないのですが、英語の表現に関してオヤといつも思ってしまう箇所があります。それは夫婦喧嘩中のジェーン・フォンダがロバート・レッドフォードに Six days doesn't a week make. と言っているところで、恐らくこの意味は「6日間なんて1週間にもならないわ」というような意味であると思われますが、一般的な英語の語順からいくと少し妙なのですね。これと似たような言い回しは他の映画(何であるかは忘れてしまいました)でも聞いたことがあり、日常でも本当にこのような言い方をするのかなといつも疑問に思っています。 水曜ならいいわ ★★ (原題:Any Wednesday) 1966 US 監督:ロバート・エリス・ミラー 出演:ジェーン・フォンダ、ジェーソン・ロバーズ、ディーン・ジョーンズ、ローズマリー・マーフィ 左:ジェーン・フォンダ、右:ジェーソン・ロバーズ -------------------------------------------------------------------------------- これもまたジェーン・フォンダの若き日(といっても既に30近いのですが)の映画ですね。60年代彼女は「Period of Adjustment」(1962)、「ニューヨークの休日」(1964)、「裸足で散歩」(1967)というような具合にコメディへの出演が非常に多かったのですが、この「水曜ならいいわ」もコメディであり他の映画同様大変楽しい作品になっています。ジェーン・フォンダが水曜日だけ大金持のジェーソン・ロバーズのミストレスになるというストーリーで、時々大袈裟な泣き笑いコメディパフォーマンスに走るのがご愛嬌とはいえ、ジェーン・フォンダのルーツはコメディエンヌであったのかということがよく分かる映画です。最近亡くなったオスカー俳優ジェーソン・ロバーズとディーン・ジョーンズが彼女の相手役なのですが、特に前者のわがままな大金持実業家は出色ですね。それからディーン・ジョーンズの顔を見ると私目は何故かいつもああ60年代の映画だなと安心するのですが、この人の屈託のないパーソナリティには、突拍子もない言い方をすればいかにもアメリカがまだベトナム戦争の泥沼にはまっていない頃の無垢さがあるなという印象があります。それからこの映画は、分割画面を非常に面白い仕方で利用しており、「華麗なる賭け」(1968)とともに分割画面に感心した数少ない映画の1つです。この映画で私目の最も好きなシーンは、ジェーン・フォンダ、ジェーソン・ロバーズ、ディーン・ジョーンズ、ローズマリー・マーフィの乗った車が交通渋滞で立ち往生してしまい、車の中でへんてこりんなゲームを始めるシーンです。 Period of Adjustment ★★ 1962 US 監督:ジョージ・ロイ・ヒル 出演:ジェーン・フォンダ、アンソニー・フランシオサ、ジム・ハットン、ロイス・ネトルトン 左:ジム・ハットン、右:ジェーン・フォンダ -------------------------------------------------------------------------------- これは珍しくテネシー・ウイリアムズのライトコメディが原作となっているようで、それだけでも何やら見る価値がありそうです。新婚ほやほやのジェーン・フォンダとジム・ハットンが早くも喧嘩に明け暮れ始めるのですが、彼らが成行きでハットンの戦友のアンソニー・フランシオサの家を訪ねたところ、そこでも彼と奥さんのロイス・ネトルトンの関係が冷え切っているのですね。これをテネシー・ウイリアムズ調というよりはニール・サイモン調で面白可笑しく味付けするのですが、それがいつものテネシー・ウイリアムズものとは違って新鮮に見えるのです。監督のジョージ・ロイ・ヒルにしても主演のジェーン・フォンダにしてもかなり初期の頃の作品であるように思いますが(前者に関してはデビュー作ではないでしょうか)、両者ともこの映画の後第一線に勇躍躍り出ることになりますから、かなり予兆的な作品であったとも言えるかもしれません。それにしても後の女傑ジェーン・フォンダにこんな可愛らしい時期があったとは!、何て言うと張り倒されますね、きっと。それからロイス・ネトルトンがしきりに自分はhomely(不美人)だと言って気にしているのですが、私目には天使のように美しく見えるのですが、これは私目の目が歪んでいる為でしょうか。 荒野を歩け ★ (原題:Walk on the Wild Side) 1962 US 監督:エドワード・ドミトリク 出演:ローレンス・ハーベイ、キャプシーヌ、アン・バクスター、バーバラ・スタンウィック 左:キャプシーヌ、右:ローレンス・ハーベイ -------------------------------------------------------------------------------- 内容的には高級娼館を舞台としたソープオペラであり、あまり素晴らしいと言えるような出来ではありませんが、しかしながらこの映画の最大の見所はキャスティングにあると言えます。まず新旧の4人の女優さん達の共演が見られるというのが何とも捨て難いところで、その4人とはバーバラ・スタンウィック、アン・バクスター、キャプシーヌ、ジェーン・フォンダであり、バーバラ・スタンウィックの最晩年(フィルモグラフィーにおける最晩年という意味であり、実際にはスタンウィックは1990年に亡くなります)の作品の1つであると共に、ジェーン・フォンダ及びキャプシーヌの最初期の作品の1つでもあります。バーバラ・スタンウィックは威圧的な娼館の経営者を、アン・バクスターは主演のローレンス・ハーベイが転がり込む安レストランのオーナーを、キャプシーヌは自分の素性がハーベイにばれることを恐れる娼婦を、ジェーン・フォンダは平気で人のものを盗む浮浪者をそれぞれ演じていて、それぞれのカラーを出しています。私目のお気に入りは密かにハーベイのことを思いながらも彼とキャプシーヌを取り持つアン・バクスターですが、相変わらずの重たく圧力のかかった声が実に素晴らしいバーバラ・スタンウィックはやはり惚れ惚れとするような貫禄があります。フランス出身且つパリファッション界出身のキャプシーヌは線が細くバーバラ・スタンウィックとの対照が面白いところです。ジェーン・フォンダはやはり若いという印象がまず第一にあり、我がまま気まま娘が良く似合っています。それからその4人と交錯するのが主演のローレンス・ハーベイですが、彼の特異なパーソナリティはどんな映画に出演していても際立っており、この映画もその例外ではありません。感情を外に現さないように見え一見冷徹に見えながら、実は内面的に脆く感情的に一気に崩壊しそうな危うい雰囲気はハーベイ以外の誰にも真似の出来ない芸当であり、まさに貴重な俳優さんであったと言えます。その意味で言えば、「影なき狙撃者」(1962)のレビューでゴルゴ13を演ずるとするならば彼が良いのではないかと書きましたが、これは少し違うでしょうね。その彼と4人の女優さん達とのインタラクションがこの映画の焦点を構成しているわけですが、その点に関しては残念ながらアベレージ的な出来であると言えるでしょう(まあ、その点が素晴らしかったとしたならば、もう少しメジャーな映画になっていたでしょうね)。最後に映画全体を通して流れるエルマー・バーンスタインの音楽がなかなか印象的であることを付け加えておきます。