ダスティン・ホフマン Dustin Hoffman

生年月日:1937年08月08日

出生時間 17:07 PST

出生地:アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス

職業、経歴:俳優 

業績、作品 「卒業」、「クレイマー、クレイマー」、「トッツイー」、「レインマン」

 

1937年8月8日、ロサンゼルス生まれ。

 

サンタモニカ州立大卒業後、パサデナ・プレイハウスで演技を学ぶ。ニューヨークに出て舞台俳優として活動を開始。

 

1967年・・・マイク・ニコルズ監督に認められ「卒業」の主演に抜擢され、 アカデミー賞のノミネートを受ける。

 

1969年・・・続く「真夜中のカウボーイ」(69) 1974年・・・「レニー・ブルース」(74) でもノミネートを受け、演技派としての地位を確立した。

 

1979年・・・「クレイマー、クレイマー」(79)で アカデミー主演男優賞を初受賞。 1982年・・・「トッツィー」(82)で5度目のオスカー・ノミネーションを 受ける。

 

1984年・・・舞台でも「セールスマンの死」(84)でドラマ・ディスク賞 ベスト・アクター賞を受賞。

 

1988年・・・バリー・レビンソン監督の「レインマン」(88)で 2度目のアカデミー賞主演男優賞を受賞。

 

1989年・・・ロンドンでロングラン公演され、後にブロードウェイで再演された、「ヴェニスの商人」(89)ではトニー賞の候補になった。

 

 

 

(ウェブから落としてきた資料)

ダスティン・ホフマン DUSTIN HOFFMAN 1937年8月8日アメリカ・ロサンジェルス生まれ。 ●かつては映画監督を目指したことのある家具職人の父と、母リリアンとの間に生まれる。彼の名前の由来は母が大の映画狂で、大好きなサイレント時代のスター、ダスティン・ファーナムから。幼い頃はピアニストを目指し、6歳ころからピアノを習い始め、ロサンゼルスの音楽院に通い大学でも音楽科を専攻したが、両親の血を引いたのか、やはり俳優に憧れ役者を志すようになり、プレイハウスで勉強を始める。58年に音楽院を卒業後、ニューヨークに渡り、アクターズ・スタジオで学びながら、色々なアルバイトをしてチャンスを待つが、長い間売れない時期が続いた。この時期、アパートの同居人だったのがジーン・ハックマンとロバート・デュヴァル。 しかし66年頃から舞台で注目され、映画デビューは67年“Tiger Makes Out”の端役から。その同じ年にマイク・ニコルズ監督に認められ『卒業』の主役の座に大抜擢。アカデミー主演男優賞にノミネートされ注目を集める。以後は69年、『真夜中のカーボーイ』で同賞にノミネート。74年『レニー・ブルース』で同賞にノミネート。そしてついに、79年、『クレイマー、クレイマー』で念願の主演男優賞を受賞した。その後は82年『トッツィー』でノミネートされた後、88年『レインマン』で再び主演男優賞を受賞。名実共に映画界を代表する国際的な名優である。69年、元バレリーナと結婚し二女がいたが79年離婚。80年、リサと再婚し、三児をもうける。

 

受賞データ: 【アカデミー賞】 ◆1967年第40回 主演男優賞ノミネート:『卒業』 ◆1969年第42回 主演男優賞ノミネート:『真夜中のカーボーイ』 ◆1974年第47回 主演男優賞ノミネート:『レニー・ブルース』 ◆1979年第52回 主演男優賞受賞:『クレイマー、クレイマー』 ◆1982年第55回 主演男優賞ノミネート:『トッツィー』 ◆1988年第61回 主演男優賞受賞:『レインマン』 ◆1997年第70回 主演男優賞ノミネート:『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』 【ヴェネチア国際映画祭】 ◆1996年第53回 金獅子賞・特別功労賞受賞 【ベルリン国際映画祭】 ◆1989年第39回 金熊名誉賞受賞 【N.Y.批評家協会賞】 ◆1979年第45回 男優賞受賞:『クレイマー、クレイマー』 【L.A.批評家協会賞】 ◆1979年第5回 男優賞受賞:『クレイマー、クレイマー』 【ゴールデン・グローブ】 ◆1967年第25回 有望若手男優賞受賞:『卒業』 ◆1979年第37回 男優賞(ドラマ)受賞:『クレイマー、クレイマー』 ◆1982年第40回 男優賞(コメディ/ミュージカル)受賞:『トッツィー』 ◆1988年第46回 男優賞(ドラマ)受賞:『レインマン』 -------------------------------------------------------------------------------- 出演作: ’67『卒業』 ’67『ダスティン・ホフマンの 100万$大捜査線』 ’69『ジョンとメリー』 ’69『真夜中のカーボーイ』 ’70『小さな巨人』 ’71『ケラーマン』 ’71『わらの犬』 ’72『アルフレード アルフレード』 ’73『パピヨン』 ’74『レニー・ブルース』 ’76『大統領の陰謀』 ’76『マラソンマン』 ’78『ストレート・タイム』 ’79『アガサ 愛の失踪事件』 ’79『クレイマー、クレイマー』 ’82『トッツィー』 ’85『セールスマンの死』(TVM) ’87『イシュタール』 ’88『レインマン』 ’89『ファミリービジネス』 ’90『ディック・トレイシー』 ’91『ビリー・バスゲイト』 ’91『フック』 ’92『靴をなくした天使』 ’95『アウトブレイク』 ’96『スリーパーズ』 ’96『アメリカン・バッファロー』 ’97『マッド・シティ』 ’97『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』 ’98『スフィア』 ’99『ジャンヌ・ダルク』 -------------------------------------------------------------------------------- 製作総指揮作: ’85『セールスマンの死』(TVM) -----------------------------------------

 

人名 DUSTIN HOFEMAN ダスティン・ホフマン 誕生日・性別 1937/8/8 MAN 出身 米ロサンゼルス 幼少の頃からクラシック・ピアノを正式に習い始め、ロサンゼルス音楽院を経て、サンタモニカ・カレッジへ。パサディナ・プレイハウスで演技を学びながら、58年カレッジを卒業。ニューヨークのアクターズ・スタジオに入るが、生活は苦しく、ダンスホールのピアノ弾き、ウエイター、皿洗い、ビルの掃除人など職を転々。舞台でも長く活躍できず、"HARRY, NOON AND NIGHT"のナチ将校役で8年目にしてようやくオビー賞最優秀男優賞受賞。 67年「TIGER MAKE OUT」の端役で映画デビュー。同年、「卒業」でアカデミー主演男優賞にノミネート。他「真夜中のカーボーイ」「リニー・ブルース」でもノミネートされ、79年「クレイマー、クレイマー」でアカデミー主演男優賞受賞。88年「レインマン」で二度目の受賞を果たした。 私生活では69年元バリエ・ダンサーの女優アン・バーンと結婚。80年10月リサ・ゴットセーゲンと再婚。

 

ピアニストを目指していたが俳優志望に変わり、NYのアクターズ・スタジオで演技を学ぶ。映画デビュー2作目の「卒業」でゴールデングローブ新人賞を受賞する。女装をした「トッツィー」、アカデミー主演男優賞を受賞した79年の「クレイマー、クレイマー」と88年の「レインマン」など、名演技で人気を集めている。  マーロン・ブランドやジェームス・ディーンに憧れ、アクターズ・スタジオに学んでブロードウェイの舞台に立った彼が、初めて注目を集めたのはホモで猫背のナチの将校という役だった。この演技が演出家であるマイク・ニコルズの目にとまり「卒業」の主演の座を獲得する。  映画デビューは30歳と遅かったが、等身大のアメリカを背負ったような個性と、10年近い下積み生活で鍛え抜かれた演技力で、たちまち人気者になる。当時のヒット作の一つである「小さな巨人」に引っかけて、彼のことをリトル・ビッグマンとみんなは呼んだ。多くの出演作の中で、彼自身が推薦する映画は、69年の「真夜中のカーボーイ」と88年の「レインマン」である。いずれもアカデミー作品賞を受賞した名作である。彼の性格は、作品への対応も厳しいが、それ以上に自分自身に対しても厳しく、何事にも一生懸命になる男である。