wikipedia、量子コンピュータ、論理学について

先日、諸葛亮孔明の経歴について調べるためにwikipediaを利用した。
よくwikipediaの情報は正しくないとか、ケチを付ける人がいるが、私はこれを活用することに何らためらいは感じない。
何故なら100%正確な情報は求めていないからである。

情報はほぼ正確であればそれでよく100%正しくなくてもかまわない。

高確率で正しさが保証されていればいいのである。

そうした情報を短期間で仕入れて、その情報を使って有意義な100%でなくても確率性の高い答えを導き出せればそれでいいのである。

おそらくwikipediaにあるテーマについての事実確定について複数人で議論、論争し、記述を洗練させるような人たちは、知的プライドもあり、同業者の視線も意識していることから、間違ったことは書かないと思われる。
多人数で議論されているテーマであればある程、その記述の正確性については高まるはずである。

そのような心理学的観点によって、wikipediaの情報は確率的に正しく100%正しくなくとも有用である。
それらの情報を使って非常に多くのことが可能となる。

wikipediaの情報について、正確性に疑問を差し挟む人に対しての反論として、100%正しい情報を求める必要はなく、100%に近い形で正しい情報であればそれでよいと思うのである。
量子コンピューターをカナダの会社が実用化したらしいが、古典コンピューター(現在のコンピュータ)におけるビットは0と1どちらかの情報しか持てないが、量子コンピューターというのは、量子ビットと呼ばれるものが、0と1の情報を同時に複数保持できるらしいのである。

従って、一回の演算で多数の計算を行えることになり、コンピュータの処理速度が格段に向上する。

スーパーコンピューターで1000年かかるような計算を数10秒で処理できるようになるという。

その際に量子には不確定原理があるので、位置と速度を同時に求めて、ある時点からその後の運動を予測することができない。

だから量子が原子核の周辺のどこに存在しているかは確定的にしか分からないということがある。

量子コンピューターはこのように量子の運動には不確定性があることから、何度も計算を繰り返して確率的に正しい答えを導き出すという。

その確率的に導き出した答えはある一定の範囲内に収まることが確実であることから、正しい解答が導き出せるという論理のようである。

こうした考え方は興味深い。

不確定性原理自体がミステリアスな分野であり、神とか宗教、自由意思、運命などを考えざるを得ないスピリチャルな領域である。

アインシュタインは「神がサイコロを振るはずがない」と考えて古典物理学と、量子力学を統一して説明できる統一理論を考え続けたらしいが答えは見つからなかった。

この物理学のこの分野は、非常に哲学的であり、宗教的である。

そうした量子力学を応用したコンピューターというだけで非常に興味深いのである。

現在のコンピューターは0と1の2進数の計算によって厳格に計算結果は一つしか出てこないが、量子コンピューターでは論理学自体が変わるようである。

確率的に出された答えはある範囲内に収まることは確実であると考えるようである。

wikipediaの情報は間違っているとか、正確でないとか、専門家が指摘する機会が多いようであるが100%正しくなくとも確率的に100%に近い正しい情報であれば、それでよいのではないかと思うのである。
wikipediaの情報は情報処理の観点から考えて、そのように実用的に考えればいいのである。
昔、ファジー理論という言葉が流行したが、ある真理があり、真理であれば1、真理でなければ0というように考える必要はないのである。

1ではないが、限りなく1に近ければそれでよしとするような論理があってもいいのである。

そして、占星学はそのような論理学によって、結果を出すことができる分野である。


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