神田沙也加

氏名神田沙也加
ローマ字Kanda Sayaka
生年月日1986年10月1日
出生時間4:39
出生場所東京都千代田区
Rodden Rating
ナクシャトラ(Asc)
ナクシャトラ(Mo)
職業歌手、女優、タレント、声優
所属ファンティック
業績
その他俳優の神田正輝と歌手の松田聖子の長女。父方の祖母は女優の旭輝子。
ロリータ・ファッションを好んで着用しており、雑誌やブログなどでもロリータ姿を披露している。Silent Lilyでもゴスロリ風の衣装を着用していることが多かった。高校時代から「隠れロリータ」であったことを告白。

ふなっしーの大ファン。ふなっしーとは『笑神様は突然に…』(日本テレビ)などで何度か共演している他、DVDのナレーションも務めている。また、子供のころからアニメやゲームが好きで、幼い頃からの『美少女戦士セーラームーン』のファンである。今でも深夜アニメを見たりアニメ雑誌をチェックしたりフィギュアを集めたり休日には秋葉原で過ごすなど、アニメ好きであるという。中学生時代、声優の三森すずこと同級生だった。
データソースwikipedia, 2チャンネル


コメント
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西暦年月出来事ヴィムショッタリチャラヨーギニトランジット
1997年両親が離婚。離婚後、母の聖子が親権を持ったため、彼女自身の姓が「蒲池」となる可能性もあった。しかし学業の途中で娘の姓が変わることを母の聖子が憂慮し、神田姓で新たな戸籍を作ったため、母子共に神田姓となる。
1999年ロサンゼルス在住中にデビッド・グリーンスパン監督の短編映画『ビーン・ケーキ(おはぎ)』に出演。
1999年12月「ALICE」のペンネームで母・松田聖子の曲『恋はいつでも95点』(アルバム『永遠の少女』、シングル『20th Party』に収録)で初作詞。ALICEが神田であるという事実は歌手デビュー後に公表された。ペンネームは母のヒット曲『時間の国のアリス』から取ったという。日本において「SAYAKA」名義で芸能活動を開始する旨が明らかになる。
2001年同映画(『ビーン・ケーキ(おはぎ)』)は2001年に第54回カンヌ国際映画祭で短編パルムドール(短編部門の最高賞)を受賞した。
2001年5月江崎グリコ「アイスの実」でCM初出演。SAYAKA作詞・杉真理作曲によるオリジナルCM曲の歌唱も担当。
2002年5月ソニー・ミュージックエンタテインメントから、『ever since』(フジテレビ系ドラマ「ビッグマネー!〜浮世の沙汰は株しだい〜」主題歌)で歌手デビュー。
2002年5月9日シングル『ever since(2002年5月9日、SRCL-5501)』リリース
2003年ネイルクィーン2003 アンダー17部門受賞
2003年8月20日シングル『garden(2003年8月20日、SRCL-5791)』リリース
2003年9月
10月
映画『ドラゴンヘッド』(主演:妻夫木聡)でヒロインを演じ、本格的に女優デビュー。

同10月、TBSテレビドラマ『ヤンキー母校に帰る』に生徒役で出演。
2004年7月
9月
約20倍のオーディションに勝ち残り、宮本亜門演出のミュージカル『INTO THE WOODS』で赤頭巾役を演じる。この時に宮本からもらった「ちゃんとあなたを見て選んだんだから、あなたはあなたのままで自信を持ってそこに立っていいんだよ」という言葉に救われ、舞台の仕事を中心に活動する今があるとのちのインタビューで明かしている。NHK総合テレビで稽古の様子などを追ったドキュメント番組が放送された。

同9月、『水戸黄門』の第33部最終回スペシャルに華原朋美、MEGUMIと助っ人出演。時代劇・水芸に初挑戦し、人気芸人少女役を演じた。また、3rdシングル『水色』から音楽活動も積極的に行った。
2004年9月29日シングル『水色(2004年9月29日、SRCL-5827)』リリース
2005年活動休止中の2005年、ロリータ専門雑誌に読者モデルとして「Lily」(リリィ)という名前で登場していたこともある。この名前は「ドリーミーな世界観」を意識して名付けたという。
2005年1月19日シングル『上弦の月(2005年1月19日、SRCL-5847)』リリース
2005年2月23日アルバム『Doll(2005年2月23日、SRCL-5881)』リリース
2005年3月24日映像作品『Dolls(2005年3月24日)』リリース
2005年5月21日所属するファンティックの代表でもある祖母(松田聖子の母)名義のFAXにマスコミ各社あてに「高校卒業をひと区切りとし、この機会にゆっくりと時間をとっていろいろなことを勉強し、将来のことを考えたいという本人の意思により、SAYAKAとしての活動を停止させていただくことになりました」という声明文を送信。その後約1年半の間芸能活動を休止し、その間は海外へ行って様々な作品を観たり、「将来自分が子どもを育てる時に賃金の尊さを教えたい」と考え、懐石料理店の仲居とダイニングバーのウエイトレスという2つのアルバイトを経験したりした。
2006年4月「上原純」のペンネームで母・松田聖子のシングル曲『bless you』と『WE ARE.』(PawPaw名義)で作詞、作曲を行う。上原純が神田であるという事実は長らく明かされていなかったが、2011年6月に自身のツイッターで公表する。上原純の名前は、当時好きだった漫画『グッドモーニング・コール』(高須賀由枝・作)の登場人物「上原久志」と「阿部順」の名前を合わせる形で付けた。
2006年12月「神田沙也加」として芸能活動を再開することが『婦人公論』(2006年9月号)掲載の本人の手記その他で告知される。大地真央主演の舞台『紫式部ものがたり』(12月5日 - 28日・日生劇場)で芸能界復帰。テレビドラマ『たった一度の雪 〜SAPPORO・1972年〜』(2007年2月25日・北海道放送制作・TBS系全国放送)に出演した。
2010年4月2日お昼の情報番組『DON!』に金曜日レギュラーとして出演。情報、バラエティ番組のレギュラー出演はこれが初めてとコメントをしていた。
2011年4月20日
デビュー10周年を迎えるのを記念して約6年ぶりとなるアルバム『LIBERTY』をリリース。
6月30日SAYAKA KANDA 1st.LIVE ALIVE 2011「Sweet Liberty」という初のワンマンライブを赤坂BLITZにて開催。
12月31日母・松田聖子との共演で第62回NHK紅白歌合戦に初出場、母とのデュエットで『上を向いて歩こう』を披露する。
2012年7月テレビアニメ『貧乏神が!』(テレビ東京ほか)の艶光路撫子役で声優デビュー。1年以上前から女優業と並行して声優の専門学校に通っていたという。
2012年11月4日バンドSilent Lilyとしてシングル『少女シンドローム』を発売。
2014年3月14日日本で公開されたディズニー製作のミュージカル・アニメーション映画『アナと雪の女王』で王女・アナ役の日本語吹替えを好演、大ヒットに貢献し、歌唱・声・演技、あらゆる面で評価され一躍注目を浴びる。また、この年には第65回NHK紅白歌合戦に3年ぶり2度目の出場を果たし、英語版でエルサを演じたイディナ・メンゼルとのデュエットで『生まれてはじめて』を披露した。
2014年4月23日ギタリストであるBillyとの新ユニットTRUSTRICK結成を発表し、6月25日にデビューアルバム『Eternity』をリリースすることを発表。
2014年平成26年度ゆうもあ大賞受賞
2015年第9回声優アワード主演女優賞受賞
2015年10月12日
10月26日
11月27日
小室哲哉、tofubeatsと、音楽ユニット「TK feat. TK」を結成。デビュー曲『♯RUN』(ハッシュラン)は、日本中央競馬会(JRA)の競馬サイト「umabi.jp」(10月12日に開設)のテーマソングとなり、10月26日に同サイトで公開された。この曲は、ネット配信ドラマ『走れ!サユリちゃん』(2015年11月27日配信開始、日テレ無料TADA / Umabi)の主題歌にも採用された。
2016年BEAUTY WEEK AWARD 2016 キラキラウェーブ部門賞・ウェーブヘアスタイル賞受賞
wikipediaより引用抜粋

(参考資料)

松田聖子が娘の神田沙也加と嫉妬が原因で対立!? 実母も参戦して泥沼の家族バトルに!!
2016.04.12 Business Journal 文=JAPAN芸能カルチャー研究所

松田聖子といえば、デビュー35周年を迎えた昨年は大みそかの「NHK紅白歌合戦」で大トリを務めて、「日本レコード大賞」では「最優秀歌唱賞」を受賞するなど存在感を放った。  ベテラン歌手にとって人気のバロメーターとされるディナーショーも、ホテルによっては5万円という高額の値段設定になることもありながら、現役屈指の売れ行きを誇り、ほとんど完売状態。近年では業界内でも歌手としてその才能を再評価されているという。

「音楽業界が一番元気だった80年代、90年代には多くの歌手やアイドルが派手な活躍を見せましたが、いまだにコンスタントに活躍し、知名度だけでなく、実際に大きなお金を動かしているのは聖子くらいじゃないですかね。やはり聖子は化け物ですよ」とはレコード会社幹部。

 デビュー35周年を最高のカタチで飾り、いまだ存在感を放つ聖子。だが、そんな稀代のカリスマ歌手にも悩みはあるようだ。

 なんとあろうことか、最近は実の娘である神田沙也加にライバル心をむき出しにしているという。

 沙也加といえば、SAYAKAとしてデビューするもブレークには至らず、芸能活動を休業。その後、舞台や声優として地道に実力を磨き、神田沙也加として芸能活動を再開すると、一昨年にはディズニー映画「アナと雪の女王」の王女・アナ役の日本語吹替えを好演し、近年では女優、歌手として高い評価を受けている。

 通常であれば、母親であれば愛娘のブレークを喜びそうなものだが、そこは“生涯アイドル”、“生涯女”である聖子の聖子たるゆえん。

「聖子さんは『アナ雪』で人気歌手、人気女優の地位を築いた娘の沙也加さんを執拗なまでに意識していて、『あの衣装は地味だ』とか、『あの男とは付き合ってはダメだ』など難癖をつけているそうです」とは聖子をよく知る関係者。

 そんな聖子の娘に対する態度を見かねて、聖子の母親が孫娘のフォローに回ったというが、「元々、沙也加さんを育てたのは仕事一筋のお母さんというよりも、おばあちゃんですからね。聖子さんの母親が孫娘の沙也加さんの肩を持つのは当然でしょう。ついには、聖子さんは自分の母親とも口を利かないほど険悪な状態になっているようです」(同関係者)

 親子どころか、聖子VS母&娘といった3代にわたっての対立構図が形成されてしまっているというから、驚くばかりだ。

となると、気になるのは何故、聖子がそこまで娘の沙也加を意識するのかだか…。

「傍から見れば昨年の『紅白』で大トリを務め、ディナーショーも好調と順風満帆に見える聖子さんが、そこまで娘を意識する必要もなさそうなものですが、最近の聖子さんは鏡を見ては自分の容姿の衰えを娘と比較して落ち込んでいるとか。年齢からすれば、十分若々しいと思うんですけど、なにせ向上心やプロ意識の高い人ですからね。若い娘に嫉妬するなんて、いかにも聖子さんらしいと思いますがね」(同関係者)

 何とも女の業の深さを感じさせるエピソードではあるが、これくらいストイックかつ向上心が高くなければ、浮き沈みの激しい芸能界で長きにわたってスター歌手として君臨することはできないのかもしれない。

(文=JAPAN芸能カルチャー研究所)
参照元:松田聖子が娘の神田沙也加と嫉妬が原因で対立!? 実母も参戦して泥沼の家族バトルに!!
2016.04.12 Business Journal 文=JAPAN芸能カルチャー研究所
神田沙也加「許せない…」初著書から外した母・聖子の写真
2015年01月28日 06:00 JST 女性自身

1月23日、神田沙也加(28)のスタイルブック『Dolly girl』(宝島社)が発売された。彼女にとっては、初めての自著。半生紹介にも6ページが割かれ父・神田正輝(64)とのツーショットも掲載されているが、母・松田聖子(52)の写真は1枚たりとも使用されていないのだ。ある芸能関係者は言う。

「昨年2月に、聖子は兄が代表取締役、母・一子さん(82)が役員を務める所属事務所から新事務所に移籍しました。いっしょ移ったのは元恋人でいまもマネージャーを務める11歳年下のA氏です。沙也加は昔からおばあちゃん子でしたから、そのまま残りました。それ以来、聖子と沙也加の“断絶”も報じられていますが、今回のスタイルブックの内容は、その冷え切った関係を浮き彫りにしているようですね」

『Dolly girl』には《父神田正輝、母松田聖子の間に、1986年10月1日長女として生まれました》と、“松田聖子”の名前はこの1カ所にしか登場しない。半生紹介からは、母が仕事や恋愛に邁進するあまり、振り回され続けた娘の複雑な心境も読み取れる。

《中学校は正直辛いことしかなかったです。結局4回転校を繰り返しました。最初は高校までエスカレーター式の学校に通う予定だったんです。でも入学ギリギリになって、親が海外を拠点として仕事をすることになって……》(『Dolly girl』より)

 沙也加が中学進学時期を迎えたのは99年4月。その前年に、聖子は6歳年下の歯科医と再婚していた。もともと沙也加は中高一貫の私立校・M学園への入学手続きを済ませていたのだが、4月から聖子がハリウッドの映画撮影に入ることが決まり、また夫もロサンゼルスの大学に通うことになって、突然事情が変わった。沙也加は千葉県内の私立中学校で寮生活をおくることになったのだが、待っていたのは“すさまじいいじめ”だったという。

前出の芸能関係者は「聖子の娘ということで目をつけられ、標的になってしまったそうです」と語る。彼女はロサンゼルスの学校へ編入したが、母も仕事で留守がち、継父と2人で過ごすのも気づまりで、また日本に戻ってくることに……。

「学校でのいじめや、継父との関係といった悩みを相談できるのは、アメリカ進出に燃えていた母・聖子ではなく、祖母・一子さんだったのです。現在の母娘冷戦の遠因には思春期から芽生えていた母への不信もあるのでしょう」(沙也加の知人)

 母・聖子に対する“いまだに許せない”という思いが初自著には反映されているようだ。
参照元:神田沙也加「許せない…」初著書から外した母・聖子の写真
2015年01月28日 06:00 JST 女性自身
神田沙也加、赤毛のアン役に抜てき! 母・聖子は「責任感を持ってやりなさい」とアドバイス!
2012年3月1日 シネマトゥデイ

1日、8月に全国で公演されるミュージカル「赤毛のアン」のキャスト発表会がラフォーレミュージアム原宿で行われ、アン役を神田沙也加、アンの親友ダイアナ役を高橋愛がそれぞれ務めることが発表された。大役に決定した神田は母・松田聖子からアドバイスがあったことを明かしたが、タレント・長谷川理恵との破局が報じられた父・神田正輝については「知らないのでごめんなさい」と語るにとどまった。

 神田が抜てきされたのは、“2万人の鼓動 TOURSミュージカル”と掲げ、1998年から、より多くの人に楽しんでもらおうと招待制のオリジナルミュージカル公演を行ってきたエステー株式会社主催のミュージカル「赤毛のアン」。全国でオーディションが実施され、そこで選ばれた子どもたちが参加しているのも特徴だ。

 発表会ではアンとダイアナの舞台衣装もお披露目となり、それぞれ神田と高橋に手渡された。島谷ひとみが主演した去年の舞台を観たという神田は、衣装を手にし、テンションが高まったようで「たくさんの人を励ましたり、パワーを差し上げられるよう、この衣装に袖を通して頑張りたい」と意気込みを語った。

 想像力豊かな少女・アンを演じる神田は、自身の少女時代について「母親に仕事の現場へ連れて行ってもらい、大人たちとよく遊んでいました」と述懐。本公演にも母・聖子を「できたら連れてきたい」と語り、「タイトルロールなのだから、責任感を持ってやりなさい」とアドバイスを受けたことも明かした。

 また、長谷川理恵との破局報道があった父・神田正輝については、「わたしは知らないのでごめんなさい」と語るにとどまったが、リンド夫人役の共演者・大和田りつこが「わたしならあいてますよ」と乱入し、神田を守る場面もあった。(取材・文:長谷川亮)

ミュージカル「赤毛のアン」は8月に全国主要8都市で公演
参照元:神田沙也加、赤毛のアン役に抜てき! 母・聖子は「責任感を持ってやりなさい」とアドバイス!
2012年3月1日 シネマトゥデイ
女優 神田沙也加に聞く「有名人の娘」卒業
9月1日(土) ENAK 東京朝刊 by 松本明子

生まれたときから有名人だった。その少女も、もう20歳。この7、8年は濃密だった。映画、CM、歌、ドラマ、舞台…できることは何でもやった。走りすぎたかもしれない。

神田沙也加「20歳になって楽になりました。幼いころから大人としゃべる機会が多くて、バランスが取れなくなっていたかも。私という入れ物はちっちゃいのにボキャブラリーは豊富でなくちゃいけない、みたいな。サイズが合っていませんでしたね」

神田正輝・松田聖子元夫妻の1人娘。この世に誕生した瞬間からマスコミのフラッシュを浴び、幼稚園、小学校と進学するたびに注目された。両親が有名人であることを認識したのは「幼稚園の卒園式のとき」だという。

12、13歳で芸能活動を始めたのは「自分でやりたい」と思ったから。15歳で歌手デビューしたときもそうだ。「やはりお母さん(昔はママと呼んでいた)が歌手という家庭環境から潜在意識はあったんだと思います」。しかし、デビュー後も母の話題はつきまとう。比較される。うんざりしない?

「さすがにそこまでは言わないけど、取材を受けていて、相手の視線が私の目を通り越しているなと思ったときは悲しい。敏感になっていたことは確か。私の話をちゃんと聞いて!って感じ」

そんなジレンマも、いまは笑ってさらりと話す。18歳から20歳まで1年半の活動停止期間があった。恋をしたことで母との確執があったとも伝えられたが、事実としても思春期の娘を持つ家庭ではどこにでもある話だろう。いまは仲良く祖母、母と一緒に暮らす。

詩を作り出す才能があり、ミュージカルが大好きな彼女はやはり、歌や舞台に活動の場を求める。11日に東京オペラシティ・コンサートホールで開かれるウィンドブロウ・コンサート「風の便り 手紙 今伝えたい言葉(うた)がある」に参加する。ベテランの舞台俳優らに交じって、憧(あこが)れの大地真央の持ち歌「今宵満月」をソロで、ほかに「見上げてごらん夜の星を」など5、6曲を歌う。

「個人のコンサートは経験してなかったので本当にうれしいです。日本語にこだわりたいという趣旨の公演で、美しい言葉をつづった子守歌のような真央さんの曲を歌えるなんて光栄です」

昔は「歌が好き」と声高に言えなかったという。いまは素直に言える。10月には21歳。可能性はまだまだ秘められている。

人見知りで甘えん坊

「私の子供」と目の中に入れても痛くないほどかわいがっているのが、1歳半になるメス犬のマルチーズ。真っ白なので、最初「ミルク」「白玉」などの名前を考えたが、落ち着いたのが「バニラ」。わかりやすい。

バニラ 「犬は小さいころからずっと飼っています。丸くてちっちゃくてフワフワ系の犬が好き。わが家にやってきたときは、置物のように動かなくて、おとなしくて、具合が悪いんじゃないかと思ったくらい。でも、いまは元気で走り回っています。夏なのでサマーカット中です」

広いゲージに入れて、伸び伸びと育てている。ときには散歩にも出かける。「人見知りなのですが、一度慣れると、甘えて甘えて、私にそっくりです」。やっぱり、飼い主に似るんですね。

記者のひとりごと

しっかりしたお嬢さんという印象だ。取材のたびに言われるという。「しっかりしていることを演じているだけですから」と返す。でも「感情的にはならない。相手が感情的になるとこっちはますます冷静になる方。母に『落ち着いて』と声をかけるのは私からがほとんど」というから、やっぱりしっかりしているのだ。「お父さんには定期的に会うの?」と聞いたら笑われてしまった。

神田沙也加

「定期的っておもしろい。親子ですから会いたいときに会いますよ」。ごもっとも。

「サヤは小さいころから本の虫でした」と語る。いまの作家では恩田陸が好きだという。たくさんの語彙(ごい)を持ち、自分の言葉にしている。それは自身のブログでも多く披露されている。シングルはすべてSAYAKA(当時の芸名)で作詞していた。活字の世界でも活躍しそうな予感がある。

                 ◇

プロフィル

かんだ・さやか 昭和61年10月1日、東京都出身。平成13年5月、CMに初出演して注目される。14年5月、作詞も務めた「ever since」で歌手デビュー。映画は、第54回カンヌ国際映画祭の短篇部門でパルムドールを受賞した「おはぎ」や「ドラゴンヘッド」に出演。テレビドラマは「ヤンキー母校に帰る」「水戸黄門」「たった一度の雪」ほか。宮本亜門演出のミュージカル「INTO THE WOODS」、大地真央主演の「紫式部ものがたり」など舞台でも活躍している。11日のコンサートの問い合わせは(電)03・3201・8116。
参照元:女優 神田沙也加に聞く「有名人の娘」卒業
9月1日(土) ENAK 東京朝刊 by 松本明子

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