持田香織

氏名持田香織
ローマ字Mochida Kaori
生年月日1978年3月24日
出生時間23:00
出生場所東京都江東区
ナクシャトラ(Asc)
ナクシャトラ(Mo)
職業シンガーソングライター
所属
業績
その他
データソースwikipedia, 2チャンネル


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西暦年月出来事ヴィムショッタリチャラヨーギニトランジット
子役として、数々のテレビCM、モデル雑誌で活躍。小学校時代は、一輪車クラブに所属しており、登下校は一輪車でしていた。高校時代は、バトントワリング部に所属。
その後、持田 かおりの名で、『週刊ヤングマガジン』誌上で公募されたアイドルグループ・黒BUTAオールスターズの第2期メンバーとして芸能界入りし、テレビ東京『黒BUTA天国』に出演。
1992年第6回全日本国民的美少女コンテストに出場したが予選で敗退。その年のグランプリは佐藤藍子、また米倉涼子が審査員特別賞を受賞している。
1993年7月10日黒BUTAオールスターズの第2期メンバー名義のシングル「あなたにお願い申し上げます。」でCDデビュー。
後にシングル「もう一度」(テイチク)でソロデビューを果たすが、特にヒットすることはなく、一旦芸能界を離れ、学業に専念する。
1995年、「エイベックス・ディー・ディー」(現エイベックス・グループ・ホールディングス)のディレクターに五十嵐充を紹介された。五十嵐は、同社の子会社の制作会社「プライム・ディレクション」のレコーディングスタジオ「プライム・サウンド・スタジオ青山」の電話番のアルバイトをしながら、音楽プロデューサーを志し、音楽創作を続けていた。週末にスタジオ勤務を終えた五十嵐と、五十嵐の作詞、作曲、編曲、プログラムした曲に歌を入れ、デモテープを作り続けた。
当初、持田はソロでデビューする予定であったが、持田が高校卒業目前だったことや、松浦勝人の勧めがあったことにより、高校卒業後に五十嵐と2人のユニットでデビューする予定になった。さらに、五十嵐が楽曲にギターの音が欲しくなったことと心細さから、かつて共にバンドを組んでいた伊藤一朗を入れたいと松浦に打診し、了承を得て、3人のユニットとしてデビューすることになった。持田と伊藤はデビューの1か月前に初めて会った。
1996年8月7日Every Little Thingは1996年8月7日に「Feel My Heart」でCDデビューした。
1998年企画アルバムでソロ楽曲を発表。また、おおはた雄一やDragon Ashなどのアーティストと共演をしている。
2003年フォト・エッセイ『ミドリノヘイワ』を本にして出版している。
2004年10月20日井上陽水によるプロデュース(「持田香織 produced by 井上陽水」名義)で、シングル「いつのまにか少女は」(作詞・作曲:井上陽水)を発売した。
2006年3月24日2006年3月24日に発売された女優の綾瀬はるか(同じ誕生日)のデビュー曲「ピリオド」の作詞(小林武史と共作)をしている。
2007年3月14日2007年3月14日に発売された歌手・中島美嘉の4thアルバム『YES』に収録されている「GOING BACK HOME」の作詞を担当。
2008年6月25日2008年6月25日に発売されたバンド・DREAMS COME TRUEのシングル「MERRY-LIFE-GOES-ROUND/TRUE, BABY TRUE.」に収録されている「MERRY-LIFE-GOES-ROUND」のPVに女優として出演している。
2009年1月28日2009年1月28日に、約4年3ヶ月ぶりに自身3枚目となるソロシングル「雨のワルツ」(「持田香織とSAKEROCK」名義)がリリースされた。これを機にソロ活動を本格的に開始。
3月同年3月田島貴男とCaocaoを結成し、フィンガー5の楽曲「個人授業」をカバー。映画『おっぱいバレー』の主題歌となる。
2012年6月6日2012年(平成24年)6月6日にリリースされた「美しき麗しき日々」は、日本テレビ系ドラマ『クレオパトラな女たち』の主題歌で、ソロでは初のドラマ主題歌に抜擢された。
2015年7月26日三重県桑名市のナガシマスパーランドで開催された「TOKAI SUMMIT」のステージにおいてスポーツトレーナーの一般男性との婚約を報告した。
8月8日婚姻届を提出した。
wikipediaより引用抜粋
















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