中山忍

nakayamashinobu
氏名中山忍
ローマ字Nakayama Shinobu
生年月日1973年1月18日
出生時間22:13
出生場所東京都小金井市
ナクシャトラ(Asc)
ナクシャトラ(Mo)
職業女優、元歌手、アイドル
所属オフィスミューズ
業績
その他女優の中山美穂は実姉。
データソースwikipedia, 2チャンネル


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(参考資料)



ノースキャンダル女優・中山忍、超有名俳優との交際歴を告白...
メンズサイゾー 2016/7/15 16:00

女優の中山忍(43)が14日深夜放送の『じっくり聞いタロウ~スター近況(秘)報告』(テレビ東京系)で、超有名俳優と交際していたことを明かした。

『ヨソで言わんとい亭~ココだけの話が聞ける(秘)料亭~』のリニューアル版となる同番組は、ゲストの金銭事情やスキャンダルなどに焦点を当て、衝撃的な事実を明らかにするという内容。MCを務めるのは『ヨソ~』に引き続き名倉潤(47)と河本準一(41)で、新レギュラーにフリーアナウンサーの牧野結美(26)が加わっている。

いわゆる暴露系のバラエティに出演した中山は、その冒頭で姉である中山美穂(46)がスーパーアイドルとして人気絶頂だったころの苦悩を告白。友人らにサインをしつこくねだられたり、姉と比べられることがイヤで仕方がなかったという。そんな中山は芸能界に興味を持っていなかったが、初めて海外ロケに参加する姉を成田空港に見送りに行くと、有名ディレクターに声をかけられ、いつの間にかデビューすることになった。

芸能界でも姉妹で比較されたが、「姉は姉。自分は自分」と割り切って女優業に打ち込むことを決意。その後、人気ドラマに出演することも増え、当時売り出し中の若手芸人だった名倉とも共演した。このとき中山は、名倉に「格闘技でも見に行きませんか?」と口説かれたという。もちろん、名倉が渡辺満里奈(45)と結婚する前の話だが、このエピソードをきっかけに中山の恋愛事情が明らかになった。

「これだけの美人だから共演者が放っておかないでしょ?」と河本に聞かれた中山は、「そんなに口説かれたことない」と答えたが、「そんなに」という部分をツッコまれてしまった。すると彼女は「言えないですよ~」と笑いながら、「19歳のときに小林稔侍さんに電話番号を渡された」と、いきなり大物俳優の名前を挙げて周囲を驚かせた。

そのころの小林は50歳ほどですでに子供もいたため、本気で口説こうとしたわけではないだろう。中山も当たり障りない人物として彼の名前を出したに違いない。ただ、恋愛禁止ではなかったという当時の彼女は普通に恋を楽しんでいたようで、ドラマで共演した「超有名俳優」と交際していたと激白した。番組ではピー音が被されていたが、同世代の俳優などのヒントから、ネット上の視聴者の間ではさっそく「交際相手探し」が始まることとなった。

「中山忍さんといえば、番組の中でも言っていたように、これまで一度も写真週刊誌などのお世話になったことがない。そのため、過去に有名俳優と交際していたことに興味を持ったファンも多く、すでにネット上には何人かの候補があがっています。まあ、特定は難しいと思いますが...。

ともあれ、過去の恋愛を暴露したことで中山さん自身の注目度は上がりましたね。最近のバラエティには90年代などに活躍したタレントが当時のエピソードを披露する企画も多いので、中山さんにもオファーがありそうです」(芸能ライター)

舞台やドラマにコンスタントに出演している中山の女優業は順調そうだが、25年以上のキャリアがある彼女には刺激的なエピソードも豊富だろう。そんな彼女のバラエティ露出が増えることになれば、有名俳優たちが困ることになるのかも...。

(文=愉快)
参照元:ノースキャンダル女優・中山忍、超有名俳優との交際歴を告白...
メンズサイゾー 2016/7/15 16:00

辻仁成、知人に漏らした中山美穂との離婚への思い
2014年4月15日号週刊女性 2014/4/1

2002年に周りの反対を押し切り、バツ2の辻仁成と電撃結婚をした中山美穂。パリに移住してからは芸能活動を休止し、2004 年に長男を出産。主婦業と育児に専念し、円満な家庭生活を送っていた二人に、離婚危機が訪れている。

 長男が成長して手がかからなくなると、美穂は少しずつ芸能活動を再開する。2005 年にはCMでテレビに復帰し、翌年にはベスト盤のCDを発売。2010 年には延期になっていた『サヨナライツカ』で、予定どおり主役を演じている。

「辻さんは美穂さんが仕事の幅を広げるのが面白くなかったそうです。それに彼は多才な人なので、彼女の仕事にも何かと口を出したくなってしまうんでしょうね。テレビでも“妻は僕みたいにいろいろなことができるわけじゃなくて”と発言しています。辻さんは彼女をプロデュースしたいのに、美穂さんは自分で新しい世界を切り開きたい。そういう行き違いが重なっていったのかもしれません」(前出・芸能レポーター)

 不満はふくらむ一方だったが、美穂には離婚に踏み切れない理由があった。

「美穂さんが物心ついたころにはお父さんがいなかったそうです。幼少期に親戚の家に預けられたこともあり、寂しい思いをした経験が忘れられないんだとか。だから、子どもが小さいうちは両親がいてあげなければならないと考えていました」(前出・芸能プロ関係者)

 小学生のときには誘拐されかけるという壮絶な体験もしている。そのため、子どもを守らなければという気持ちは人一倍強かった。

「でも、3年くらい前から変化が見えてきたそうです。美穂さんが長期間家を空けても、息子さんが平気になったというんですね。“僕がおうち守っているから、仕事頑張って”なんて言って送り出してくれるそうです。そんな様子を見て安心したらしく、“もう少し子どもが大きくなったら離婚しようかな”と近しい人には漏らしていたそうです」(前出・芸能プロ関係者)

 子どもが成長したことで、美穂は新たに自分の道を進む選択が可能になった。ただ、長男はまだひとりで生きていける年齢には達していない。

「息子さんは、大学まではフランスにいたいと考えているそうです。美穂さんは“子どもが何よりも大事”と公言していますから、その意思を尊重したうえで辻さんと話し合っているところです。辻さんも息子さんとの仲はよく、離婚しても父親であり続けるはずです。今後もどちらかが日本で仕事をしている間は、片方がパリで長男と一緒にいるという方法をとるかもしれません」(前出・芸能レポーター)

 辻は、自身の小説『海峡の光』の舞台化にともない、自ら脚本・演出を担当。その際、報道陣からの質問に対し、

「今は舞台に集中させてください。家族を守ることが今の自分のすべてなので……よろしくお願いします」

 と、多くは語らないまでも決意の表情をうかがわせていた。
参照元:辻仁成、知人に漏らした中山美穂との離婚への思い
2014年4月15日号週刊女性 2014/4/1










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