ミア・ファロー

氏名ミア・ファロー
ローマ字Mia Farrow
生年月日1945年2月9日
出生時間11:27
出生場所カリフォルニア州ロサンゼルス (Los Angeles, California)
ナクシャトラ(Asc)バラニー
ナクシャトラ(Mo)プールヴァアシャダー
職業女優
所属
業績40本を超える映画に出演し、ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞を含む多数の賞を獲得した。
その他
データソースwikipedia, astrodatabank


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西暦年月出来事ヴィムショッタリチャラヨーギニトランジット
カリフォルニア州ロサンゼルスで生まれ。父親はオーストラリア出身の映画監督ジョン・ファロー、 母親は女優のモーリン・オサリヴァン。
子供のとき小児麻痺にかかり、鉄の肺の中で1年を過ごした。
1947年母親の出演作でデビュー。
1950年代冷戦教育映画『Duck and Cover』に出演した。
1960年代ファローは父親の反対にもかかわらず女優を志し、1960年代、本格的に女優として活動し始めた。
1963年舞台デビューを果たし、何本かの映画に脇役で出演。
1964年ソープオペラ『ペイトンプレイス物語』でライアン・オニールと共演して広く知られるようになる。
1974年~1977年ロンドンのロイヤル・シェイクスピア・カンパニーでチェーホフ、ゴーリキー、ロルカ、シェイクスピアの舞台劇の主役を演じた。
1966年
ファローは歌手のフランク・シナトラと1966年に結婚した。彼女が21歳。シナトラは50歳であった。しかし『ローズマリーの赤ちゃん』撮影中、シナトラは離婚届にサインするように要請。
1968年映画『ローズマリーの赤ちゃん』で映画初主演。

ファローは、『ローズマリーの赤ちゃん』での演技によって、数々の賞を獲得し、トップ女優としての地位を確固たる物とした。映画評論家で作家のステファン・ファーバーは、彼女の演技を「痺れるような衝撃……これは俳優と役柄が、奇跡ともいえる神話的な合致を見せた、まれな例の1つである。アイラ・レヴィンの物語の鋭い楔が、全ての妊娠している女性の、自分の中で見知らぬ者が育っているという恐怖ならば、ミア・ファローはそれらの恐怖に、リアルな人間らしい説得力を与えている」と評した。

映画評論家のロジャー・イーバートは、「この映画の輝きをより引き出しているのは、ロマン・ポランスキーの演技指導、そして真に素晴らしい演技の連続…キャラクターは物語を実際に生きる人間となって現れる。この偉業のための多くの賞賛が、ローズマリーを演じるミア・ファローのものになるべきだ」と評した。

フランクシナトラと離婚した。
1968年ファローは有名なインド旅行を決行。その年の前半を、リシケーシュのUttar Pradeshにあるマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーのアシュラムで、超越瞑想を学ぶのに費やした。この訪問は、メンバーがビートルズ、ドノヴァン、マイク・ラヴ(ザ・ビーチ・ボーイズのリードシンガー)、プルーデンス・ファロー(ミアの妹、ジョン・レノン作の歌「ディア・プルーデンス」のモデルとなった人物)そしてミア・ファローとあって、世界中のメディアから注目を集めた。
『ローズマリーの赤ちゃん』の後、ファローは『秘密の儀式』でエリザベス・テイラーと共演。この映画の評価は分かれたが、熱心なファンを生み続けた。
60年代後半映画『ジョンとメリー』では、ダスティン・ホフマンと共演した。
1970年ファローはユダヤ系ドイツ人のピアニスト、アンドレ・プレヴィンと1970年に再婚。

当時プレヴィンはクラシックの指揮者に転向して間もないころで、英国のロンドン交響楽団の音楽監督だった。プレヴィンがロンドン交響楽団を指揮してEMIに録音した音楽物語「ピーターと狼」でナレーターを務めるなどの協業もある。プレヴィンの前妻でソングライターのドリー・プレヴィンは夫が自分を離れたのはファローのせいだと非難、彼女を非難する歌「Beware of Young Girls」を書いた。ファローとプレヴィンは双子を含む3人の子供を儲け、韓国から養子を3人迎えた。うち1人は、後にウディ・アレンの妻となるスン=イー・プレヴィンである。
1971年スリラー『見えない恐怖』に出演。
1972年クロード・シャブロル監督の『ジャン=ポール・ベルモンドの交換結婚』に出演。
1974年『華麗なるギャツビー』でデイジー・ブキャナンを演じた。
1976年ミュージカル版『ピーター・パン』他、多くのテレビ映画でも活躍した。
1978年ロバート・アルトマン監督の『ウエディング』に出演した。
1979年ピアニスト、アンドレ・プレヴィンと離婚した。
1980年代と1990年代前半監督ウディ・アレンと数々の作品で一緒になる。その当時のアレンの映画にはほぼ全部出演している。主な作品は『ハンナとその姉妹』、『カイロの紫のバラ』、『ブロードウェイのダニー・ローズ』、『アリス』。また、『スーパーガール』では、スーパーガール・カーラの母アルーラを演じた。

映画監督のウディ・アレンと共に過ごすようになるが、2人は結婚はおろか一緒に住むこともしなかった。2人の間には息子が1人おり、また共に女の子と男の子を1人ずつ養子にしている。2人の関係はファローの養女、スン=イー・プレヴィンとウディが交際し始めたことで終わりを迎える。この問題は法廷にまで持ち込まれ、ウディはスン=イーを含めファローの娘たちに対する幼児虐待で訴えられたが、後にこの訴えは取り下げられている。
1982年アニメーション映画『The Last Unicorn』では声優としてユニコーンの声を吹き替えている。
1990年代ファローは幼い子供の養育に専念するため、1990年代はそれほど頻繁に働かなかったが、それにもかかわらず、いくつかの有名な映画に主役として出演した。
1994年アイルランド映画『Widows' Peak』に出演。
1995年『マイアミ・ラプソディー』、『Reckless』等に出演。
1990年代と2000年代前半数々のインディーズ映画やテレビ用映画に出演している。
2004年11月ミア・ファローは子供の権利を積極的に訴えている。主にアフリカの紛争地域の、子供のための意識向上と基金集めのために活動している。ファローはユニセフの親善大使であり、ポリオを根絶し、彼女の幼い頃のように病から救われるように、広い範囲に働きかけた。彼女は2004年11月と2006年6月の2度、ダルフールに旅行。ダルフール難民保護のために、スーダンのユニセフで働いていた彼女の息子ローナン・ファローを伴った。
2006年6月
7月
7月25日
ダルフールに旅行。

ミア・ファローの撮ったダルフールの写真は2006年7月に『ピープル』に掲載された。また、ファローは2006年7月25日に『シカゴ・トリビューン』で発行された、ダルフール難民の危機に関する記事を書いた。
2006年近年、ファローは2006年にリメイクされた『オーメン』で悪魔のような乳母・ベイロック夫人を演じた。映画自体は批評家の芳しくない反応を受けたが、ファローの演技は広く称賛された。AP通信は、「ミア・ファローの存在を天に感謝」と配信、彼女の演技を「古いものを改良する新しい“前兆”のまれな例」と称えた。Filmcritic.comは加えて「ファローが人気をさらった、そして『シアトル・ポスト・インテリジェンサー』は「地獄からきた口の上手い乳母を演じ、ゾクゾクするほど真に迫ったミア・ファローの演技は、ローズマリー、彼女自身のための、実に美味しい復活の役柄」と述べた。
2007年9月日本公開の最新作はリュック・ベッソン監督のファンタジー映画『アーサーとミニモイの不思議な国』(3部作)。

他にも2007年に公開予定の完成作が数本待機中。その中の1本は、ミシェル・ゴンドリー監督、ジャック・ブラック、ダニー・グローヴァーと共演の『僕らのミライへ逆回転』。
wikipediaより引用抜粋
















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