ブリトニー・スピアーズ

氏名ブリトニー・スピアーズ
ローマ字Britney Spears
生年月日1981年12月2日
出生時間01:30
出生場所 アメリカ合衆国ミシシッピ州マコーム (McComb, Mississippi)
ナクシャトラ(Asc)
ナクシャトラ(Mo)
職業ポップ歌手
所属
業績
その他妹は女優のジェイミー・リン・スピアーズ。
データソースwikipedia, astrodatabank


britneyspears_chart

西暦年月出来事ヴィムショッタリチャラヨーギニトランジット
ミシシッピ州マコームにてイングランド系アメリカ人の両親の間に生まれ、ルイジアナ州ケントウッドで育つ。
8歳にしてディズニー・チャンネルの『ミッキーマウス・クラブ』のオーディションに応募するも、「年齢が低すぎる」という理由で落選する。
その後、11歳で『ミッキーマウスクラブ』のオーディションに再び応募し、合格。番組にレギュラー出演する。
14歳でジャイヴ・レコードと契約する。
1998年10月16歳でシングル「ベイビー・ワン・モア・タイム」("...Baby One More Time", 1998年10月)でデビュー。同シングルは全世界で915万枚の売り上げを記録し、世界19ヶ国でプラチナム・ディスクを受賞。
1999年同名デビュー・アルバム(1999年)はバックストリート・ボーイズで有名なマックス・マーティンや、ホイットニー・ヒューストンを手掛けたエリック・フォスター・ホワイトらによって製作され、アメリカだけで1726万枚、全世界トータル3000万枚のセールスを記録し、35ヶ国でプラチナム・ディスクを獲得。発売から1年以上にわたりチャートに登場するロングセールスを記録した。
2000年イン・シンクのジャスティン・ティンバーレイクと交際するが、破局。
2000年5月2枚目のアルバム『ウップス!…アイ・ディド・イット・アゲイン』(Oops...I Did It Again)はアメリカで1300万枚、全世界トータル2096万枚の売り上げを記録。先駆けて発売された同名シングルのラジオオンエアは、1週間で155局のプレイ・リストにエントリー。アメリカの最高記録を塗り替えた。
2001年アメリカで650万枚、全世界トータル1200万枚を認定した3枚目のアルバム『ブリトニー』(Britney, 2001年)の頃からセクシー路線に切り替わった。
2003年アルバム『イン・ザ・ゾーン』(In The Zone, 2003年)では、完全にイノセントなアイドル性を払拭、セクシーなダンス・ビートをベースにしたサウンドで聞き手を圧倒させ、アメリカで430万枚、全世界トータルで800万枚を記録。同アルバムに収録されている曲「エヴリタイム」("Everytime")のミュージックビデオでは自殺未遂、ドラッグといった描写が問題となり、カットされた。
ブリトニー・スピアーズのミュージック・ビデオ「トキシック」が、イギリスの『テレグラフ』紙の行った「もっともセクシーなミュージックビデオ」(The Sexiest Music Video)のランキング1位に選ばれた。
2004年1月Hollywood News Wireによると1月4日にネバダ州ラスベガスで幼なじみのジェーソン・アレキサンダーと酔った勢いで結婚するも、すぐに思い直して55時間後には婚姻無効を申請し、離婚するという騒動を起こした。この離婚の際にブリトニーは慰謝料を支払うことになり、約5600万円を支払ったという。
2004年2004年に発売されたベストアルバム『グレイテスト・ヒッツ:マイ・プリロガティヴ』(Greatest Hits: My Prerogative)はアメリカで230万枚、全世界トータル600万枚を越え、日本でも80万枚を超えるなど世界中で大ヒット。
2004年9月
9月18日
10月7日
妊娠中の恋人を捨てたダンサー、ケヴィン・フェダーラインと結婚することを発表。9月18日には結婚式を挙げ、10月7日に婚姻届を提出した。
2004年10月Hollywood News Wireによればブリトニーはマリブに約7億円でケヴィン・フェダーラインとの新たな新居を購入したという。この新居は約6070平方メートルの敷地内に建てられており、2740平方メートルの広さがあるという。さらに寝室と浴室がそれぞれ8つあり、ジムやスパなどの設備も完備しており、庭にはテニスコートやプール、屋外キッチンもあるという。
2004年11月ベストアルバム『グレイテスト・ヒッツ:マイ・プリロガティヴ』を発売(アルバムのタイトルにもなっているヒット曲「マイ・プリロガティヴ」はボビー・ブラウンのカバー曲)し、休業宣言した。
2005年8月妊娠を公式発表。その後、雑誌でマタニティーヌードを披露した。
9月Hollywood News Wireによれば、ブリトニーがロサンゼルスのホテル滞在した時に使用したとみられる陽性反応の出た妊娠検査器がチャリティ・オークションにかけられた。この妊娠検査器は滞在先のホテルの従業員がトイレのゴミ箱から発見したもので、オンライン上でカジノを行う会社ゴールデンパレスによって約50万円の値で落札されたという。この落札金は小児ガン患者や肢体不自由児を支援する団体に寄付されたという。
9月14日帝王切開で長男のショーン・プレストン(Sean Preston)を出産。母親になってもニューアルバムの製作は続いていた。公式サイトにてアルバム曲中の「サムデイ」("Someday (I Will Understand)")のミュージックビデオを披露。大きくなった腹をさするシーンもある。出産数か月後に第二子を妊娠。
2006年9月12日次男のジェイデン・ジェームス(Jayden James)を出産。
11月7日2006年11月7日、ケヴィン・フェダーラインとの約2年間の結婚生活に終止符を打とうとロサンゼルス郡高等裁判所に離婚を申し立てた。理由は夫との「妥協しがたい不一致」。
2006年11月ケヴィン・フェダーラインと離婚申請をしたばかりのブリトニーがラスベガスのカジノで大儲けしたという。ブリトニーは賭け金の高いプレイヤー専用のコーナーでブラックジャックをプレーして10万ドル(日本円で約1200万円)も儲けた。さらにこのカジノに来る前に参加したパーティーでラテン系俳優のマリオ・ロペスと一緒に参加しているところをパパラッチされ、新恋人ではないかと騒がれている。
2007年初頭2007年初頭より精神不安定のためか突然自らバリカンを持って坊主頭にしたり、パパラッチを傘で叩いたりなど迷走していた。家族や関係者の説得もあって3月下旬までドラッグ・リハビリのため更生施設に入所。ダンススタジオに通いボイストレーニングをするなど復帰の準備を本格的に開始。
2007年1月前夫のケビンと顔やスタイルがそっくりのモデル兼俳優であるアイザック・コーエンと親密交際が報道された。ブリトニー自身もアイザックを「特別な人」と表現しており、1泊480万円もするラスベガスのホテルで宿泊する姿をパパラッチに撮られている。
2007年1月経済誌『フォーブス』が『エンターテイメント界で活躍する女性で資産の多い女性』のトップ20を発表し、ブリトニーは総資産121億円で12位にランクインした。
2007年2月新恋人のアイザック・コーエンと交際わずか3か月で破局したことがわかった。アイザックはあまりに目まぐるしい環境の変化に耐えられなってしまったらしく、アイザックの知人は報道機関に「アイザックは本当にブリトニーが好きだったし、彼女のために何でもしてあげたかったらしいけど、もう耐えられなかったみたいなんだ」と語っている。
2007年3月
7月
その後離婚協議の結果、翌年2007年3月に親権は共同保有、ブリトニー側からケヴィンに慰謝料を支払うことで合意し、7月に離婚が成立した。
5月1日5月1日、2004年6月のアイルランド公演以来約2年10か月ぶりにカリフォルニア州サンディエゴのライブハウスで15分ほどのライブパフォーマンスを披露した。全て口パクであったがそれでもファンは待望のステージ復帰に喜んだ。
フロリダ州オーランドとマイアミでのミニライブの往路、革製のシートがないという理由で飛行機を降り、離陸時間を1時間遅らせる。その後のオーランドでのライブでは口パクで「ドゥ・サムシン」("Do Somethin'")を歌っている最中に、バックに流れていたCDが音飛びして何度も同じところを繰り返し、仕方なく観客に背を向けてごまかした。
2007年2007年発売の『ブラックアウト』(Blackout)は全世界300万枚を売り上げ、フランスで開催されたNRJ Awardsでベスト・インターナショナル・アルバム賞を獲得。
7月7月、シンディ・ローパーのコンサートに特別出演する予定だったブリトニーが急遽出演をキャンセル。理由は、口パクではなく生で歌うことが条件だったためと言われる。
8月8月に新曲「ギミ・モア」("Gimme More")を発表。楽曲の評価は比較的高いが、9月にMTV Video Music Awardsでパフォーマンスをし、高視聴率をマークすることは出来たが精彩を欠き、華々しい復活を印象付けることはできなかった。ダンスにまるでキレがないうえに顔は無表情であり、露出度の高い衣装で崩れた体型が目立ち、口パクのタイミングも合っていなかった。このため各メディアやネット上で、「ブリトニー、復帰失敗」などと酷評を受けた。
2007年8月9日元夫であるケヴィン・フェダーライン(英語: Kevin Federline)がブリトニーの度重なる奇行やナイトクラブなどの夜遊びから共同で持っていた子供の養育権をブリトニーから奪う書類を裁判所に提出した。
2007年9月ブリトニーはあて逃げと無免許運転の容疑で告訴された。ブリトニーは2007年8月6日に店の駐車場で右折する際に見知らぬ車のバンパーにあて、そのまま逃走した上にカリフォルニア州の免許を所持していなかった。この事件はあてられた車の持ち主が警察に届けたことがきっかけとなり発覚した。
10月裁判所が命じた事前に日時を特定しない薬物検査を受けなかったため親権を失い、面会権のみに制限されたが、その面会権も一時的に差し止められた。
2007年10月1日元夫のケビンと親権を争っていたブリトニーだが、一時的に親権が奪われることが決定した。ブリトニーが親権を失うに至った理由としてドラッグやアルコールを常用している疑いがあり、検査を受けるようにいわれたがそれを拒否し、さらにカリフォルニア州でのあて逃げと無免許運転したことだという。裁判でブリトニーは今後、カウセリングに出席し、週に2度のランダムな薬物検査を受けることを命じられた。さらにブリトニーはケビンに配偶者のサポートとして月に2万ドル(日本円で約320万円)を払い続けなくてはならないといわれている。
11月4年ぶりとなるオリジナルアルバム『ブラックアウト』(Blackout)を発売する予定だったが、インターネット上での流出があまりにひどいために、急遽10月30日に発売が早まった。『ブラックアウト』からの先行シングル「ギミ・モア」はプラチナムを獲得した。アートワークの中には挑発的な服装をしたブリトニーが教会の懺悔室の中で神父と並んで写っている写真があり(うち1枚は彼女が神父の膝の上に乗っている)、カトリック教会から「教会を嘲るのをやめ、エンターテイナーとして徹するべきだ」と強い抗議を受けた。なお、日本版の発売は予定通り11月14日である。『ビルボード』チャートでは1週間に29万枚のセールスを記録し、5作連続の1位も期待されたが、イーグルスの『ロング・ロード・アウト・オブ・エデン』に阻まれ初登場2位(日本では4位)。
11月2005年に発売された「Do Something」のミュージックビデオの中でブリトニーが乗っているピンク色のハマーにルイ・ヴィトン定番のモノグラムの桜柄と思われるような柄がダッシュボードにデザインされていることについて、仏ブランドのルイ・ヴィトンがブランドイメージを下げるとして訴えを起こした。この訴えに対して民事裁判所はルイ・ヴィトンの申し入れを受け入れた上で、ビデオを製作したプロデューサーに11万7600ドル(日本円で約1300万円)の賠償金の支払いを命じ、さらにビデオがネット上から削除されるまでの間、1日につき1470ドル(日本円で約16万円)を支払うように命じた。
11月ブリトニーと元夫のケビンが子供の親権について争っていた裁判において、ブリトニーの金銭面での文書の内容が明らかになった。ブリトニーによって提出された文章によると、月収は約8500万円でその内、趣味とギフトや休暇に約1180万円、洋服に約180万円、食費に約55万円、携帯電話代に約29万円を使っていた。一方、元夫ケビンの2006年の収入は約50万円で、ブリトニーから子供の養育費として月々170万円を貰っていたという。
2008年1月3日ブリトニーはこの日の午後、ビバリーヒルズの自宅で2人の息子と過ごしていたが、元夫ケヴィン側に息子たちを引き渡すことを拒否。警察が出動する事態になり、ブリトニーは何らかの物質による合併症状を発症しているとされ、精神状態の医学検査を行なうため救急車で病院に搬送された。5日には病院を退院した。この騒動により子供達との面会権を失ってしまう。
1月31日ブリトニー自身もしくは他の人たちに危険を及ぼす可能性があるとしてカリフォルニア大学ロサンゼルス校医療センターに搬送された。3日間の集中鑑定・治療の結果、引き続き14日間の治療が必要と診断されていたブリトニーが、2月6日午前11時30分頃に入院していたUCLA病院の精神病棟を緊急退院した。UCLA病院の担当医は、法律の下にブリトニーを入院させていたが、ブリトニーの容体は安定し、自分や他人に危害を加える恐れはないと判断し、ブリトニーが退院を望んでいるために、これ以上の入院は必要ないと判断した。入院直後は抵抗していたブリトニーだったが、病院内では診察に協力的でとてもおとなしかったという。
その後、父親のジェイミー・スピアーズがロサンゼルス地方裁判所により成年後見人として選出され権限を与えられてブリトニーをサポートしている。
2月22日1月3日以来会っていなかった息子達の面会権を得ることが出来た。2月中旬から6 - 15歳で15名位のダンスレッスンの講師をブリトニーが行い、子供やその親から絶賛されている。クラスの子供は全員ブリトニーが大好きで、子供の親も「子供と一緒にいるブリトニーは素晴らしいの一言です。子供はいつもブリトニーと一緒に踊って、ブリトニーがきっかけを与えてくれたんです」と絶賛。そしてブリトニー自身もかなり癒され、楽しんでいるという。また子供たちと一緒に撮った写真をフォト・エージェンシーを通して世の中に売り出し、売り上げは子供達のガン治療を行うテネシー州メンフィスのSt.Jude Children's Research Hospitalに贈られチャリティーにも貢献している。
3月24日CBSで人気放送中のコメディテレビドラマ『ママと恋に落ちるまで』(How I Met Your Mother)にゲスト出演し、1067万人の視聴者を獲得し、放送開始からの3年間で過去最高記録をマークした。いまだにブリトニーに対する注目度が高いことを証明したことになる。テレビにカメオ出演するのは、2006年のNBC『ふたりは友達? ウィル&グレイス』(Will & Grace)以来となる。また、ブリトニーがドラマの中で着ていた衣装がチャリティー・オークションに出品され、集まった収益金は環境保護団体の天然資源保護協議会に送られた。
6月25日子供達と一晩過ごせる権利を裁判所から下され、2006年の離婚以来続いていた親権争いは7月18日に和解が成立した。 和解では、フェダーラインが息子2人の親権を維持することとなった。
9月ブリトニーがチャリティのために自身のポートレートをオークションに出品したという。このポートレートはダニエル・マルツマンによって描かれた油絵で胸のあたりで腕組みをし、両目を閉じたビキニ姿のブリトニーが描かれていて、ブリトニーの直筆のサインも入っているという。ポートレートはeBayというオークションサイトで1万ドル(日本円で約108万円)からオークションが開始され、9月10日に終了したという。
9月ブリトニーがロサンゼルスにある家を家具を全て備えつけて790万ドル(日本円で約8億7000万円)で売却することにしたという。この家は6つの寝室と6つの浴室があるルネッサンス調の家で敷地がおよそ700平米あり、図書館やウェット・バーまであるという。
9月7日そして9月7日、MTV Video Music Awardsのメインとして元気な姿を見せ、見事3冠を獲得し、華々しい復活を遂げた。
9月26日ファーストシングルの「ウーマナイザー」("Womanizer")が9月26日にラジオで解禁された。その「ウーマナイザー」はitunes USAで1週間に28万6千ダウンロードされ、Billboard Hot 100にて96位から1位という当時歴代最高のジャンプアップによりシングル「ベイビー・ワン・モア・タイム」以来の1位を獲得した。
12月12月の自身の誕生日の2日に復活作『サーカス』(Circus)をリリース。
12月アクセス・ハリウッドによると、裁判所はブリトニーの父親ジェイミーを金銭などの後見人にしているが、アルバム『サーカス』のヒットによって多忙となったことから、ジェイミーの報酬を月1万ドル(日本円で約90万円)から月16,125ドル(日本円で約145万円)にアップすることを言い渡した。また、昇給前の仕事に関しても約338万円が支払われるという。これに加え、裁判官はジェイミーの仕事場の賃料として約10万円を毎月受け取る許可を出し、ブリトニーの兄でブリトニーの信託を管理しているブライアンにはジェイミーが後見人になる以前の報酬として約1,800万円が支払われ、弁護士たちには合計で約6,930万円が支払われることが決定した。この他にも1億3,500万円を保証金として設定するよう言い渡している。
2008年2008年発売の『サーカス』(Circus)は全米初登場1位をとり、6週連続でTOP10内にランクインしている。全世界で400万枚のセールスを突破し、ブラックアウトの売上を抜いた。
2009年開催されたの音楽祭“NRJアウォーズ”では“最優秀インターナショナル女性アーティスト”およびシングル「ウーマナイザー」での“最優秀シングル”と、2部門で賞を獲得するなど健闘をみせた。「ウーマナイザー」はブリトニーのシングルの中で最も売れたシングルとなった。
2009年1月Daily Mirrorによるとブリトニーが契約金12億4000万円で自叙伝を出版する計画が進められているという。この自叙伝は数年にわたり数冊を出版する予定で、内容は「お騒がせセレブとして名を馳せた成功の頃、結婚・出産を通して徐々に目立ってきた奇行と更生施設での生活、そして2008年の復活まで」だという。ブリトニーはこれまでの事を日記を書きためているらしく、その内容を載せていくのではないかといわれている。
3月ドラッグやアルコールなどの問題を乗り越え完全復活をし、ワールドツアー『The Circus Starring Britney Spears』を開催。

兄の親友でブリトニーの代理人であるジェイソン・トラウィックと交際していることが発覚。
3月3日そして、発売2か月で前作を超える全世界セールス400万枚を突破したアルバム『サーカス』。まさに完全復活を果たしたブリトニー・スピアーズが、3月3日、生まれ故郷のあるルイジアナ州のニュー・オリンズ・アリーナにて、約5年振りとなるツアー「THE CIRCUS STARRING BRITNEY SPEARS」をスタートさせた[13]。このツアーは、29都市36公演のほぼ全てが約2万人収容の大会場、計50万人以上を動員する大アリーナ・ツアー。
4月『パレード』誌が「セレブの年収」を発表し、2008年度の年収が225万ドル(日本円で約2億2,500万円)であることがわかった。
4月法的後見人である父のジェイミー・スピアーズの厳重な監視下のもとでツアーを行っていたブリトニーだが、ジェイミーが仕事でロンサンゼルスに行っている間にツアーのバックダンサーを務めている21歳のGIO(本名チェイス・ベンツ)と親密な関係になっていることが発覚した。ブリトニーは彼に靴や服を買ってあげるなどお互いの関係を楽しんでいたが、父が仕事から戻ると何事もなかったかのように今まで通りに戻っていたという。以前、ブリトニーは「自分の恋人は自分で選びたい」と語っており、この親密な関係は遊びではないのではといわれた。

バックダンサーとの親密ぶりが報道されたばかりのブリトニーが、不動産投資家で億万長者のジョン・サンダールとの婚約のニュースが報じられた。ジョン・サンダールと最初に出会ったのはリハビリ施設にいた時で関係者によれば今回のツアー中にニュージャージーで再会し、二人の関係は親密になり、4月初旬にはサンタモニカのサンドウィッチ店のサブウェイの前でジョンが5億円のダイヤの指輪を手に突如ひざまずいてブリトニーにプロポーズしたという。さらに2人はジョンの親戚が所有するドイツの牧場で結婚式を挙げる計画もあるという。これに対し、ジョンは「一切、お話することはありません」と黙秘し、ブリトニーの広報も「すべてが事実無根」ときっぱり否定をしている。
6月3日ロンドンのO2アリーナで8公演を開き、ロンドンだけで十数万人を動員した。
9月BANG Media Internationalによると、ラスベガスのミラージュ・ホテル内にあるお菓子屋シュガー・ファクトリーに立ち寄り、シュガー・ファクトリーのミルク・チョコレートを1箱、1本25ドルするロリップを25本など総額3000ドル(日本円で約27万円)の買い物をしたという。関係者は「3,000ドルくらい買って、10袋を抱えて店を後にしました。子どもたちのためのお菓子やTシャツとバックダンサーのために高級ロリポップをたくさん買いました」とコメントしている。さらに店側は2,500ドル(日本円で約22万5,000円)分のお菓子をブリトニーのホテルに届けたという。
10月ブリトニーの新シングル「スリー」("3")が、約25万5千回ダウンロードされ、Billboard Hot 100で自身3曲目の1位を初登場で獲得した。初登場のシングルが1位となったのは、テイラー・ヒックスの「Do I Make You Proud」(2006年)以来3年ぶり。また、米オーディション番組『アメリカン・アイドル』出身者ではないアーティストがビルボードで初登場1位を獲得したのは、セリーヌ・ディオンとR・ケリーの「アイム・ユア・エンジェル」以来11年ぶりとなる。また1位をとったことをツイッターでは、「私のファンに「スリー」がBillboard Hot 100で1位になれたことにお礼を言います。私は世界で最も偉大なファンに恵まれていると思ってます。私は、みんなのために頑張っているので、みんなが「スリー」を好きならとても満足です。〜 Britney」とコメントしている。同月、イギリスのパーク・クリスマス・セイビングが行ったアンケートで、セレブママの1位に選ばれた。
どの雑誌にも2009年はブリトニーのことをカムバックスターと言っている。現在は、音楽シーンを「ポップ・アイコン」として世界を引っ張っている。
2009年2009年に新曲「スリー」("3")を含むベスト盤の『コンプリート・ヒット・シングルズ』を発表。「スリー」はブリトニーのデビュー曲「ベイビー・ワン・モア・タイム」や「ウップス!...アイ・ディド・イット・アゲイン」、最新作の「イフ・ユー・シーク・エイミー」などを手掛けたマックス・マーティンによる作品である。
2010年2010年に発売した『ファム・ファタール』は全米初登場1位を記録、プラチナム認定された。
10月TMZ.comによると、ブリトニーの子どもの面倒を見ていた元ナニー(子守)のフェリアル・ザルタッシュが賃金未払いでブリトニーを訴えた。フェリアル・ザルタッシュはパーソナル・アシスタント兼ナニーとして雇われたものの、1か月後に辞職した。その1か月の仕事でもらうべきだった賃金の3万5,202ドル(日本円で約299万円)が未払いだった。フェリアル・ザルタッシュは1か月分の支払いの他に賃金未払いの罰金と残業代として1万9940ドル(日本円で約170万円)を要求している。
11月米経済誌『フォーブス』が2009年6月1日から2010年6月1日までの1年間で「30歳未満の最も稼いだセレブ」を発表し、ブリトニーは6400万ドル(日本円で約57億6000万円)を稼ぎ、2位にランクインした。ブリトニーは100公演を開催したワールド・ツアー『The Circus Starring Britney Spears』の収益に加え、タブロイド紙や米大手のデパートチェーン『コールズ』とタッグを組んで生まれたブランド『キャンディーズ』のオリジナルの香水の売り上げなどの収入があったという。
12月経済誌『フォーブス』が「エンターテインメント業界で最も稼いだ人物」を発表し、6,400万ドルを稼いで13位にランクインした。同誌の2012年版では5800万ドルを稼いで7位にランクインした。これは女性アーティストでは1位、ソロアーティストでは4位。
2011年12月15日恋人のジェイソン・トラウィックとの婚約を発表。ラスベガスのヒルトンホテルにて婚約パーティーを開催した。
2014年2014年にアルバム『ブリトニー・ジーン』を発表、全米4位を記録するほか、中国では1位を記録する大ヒットとなった。
2016年2016年にはビルボード・ミュージック・アワードでミレニアム・アワードを受賞した。
wikipediaより引用抜粋




(参考資料)



ブリトニー・スピアーズ“丸刈り”事件、「ドラッグ検査で髪からの検出を恐れて」と当時のマネージャー。
TechinsightJapan 2012年10月19日 19時00分 (2012年10月22日 18時11分 更新)

2007年2月、精神的に不安定な時期にあったブリトニー・スピアーズが、自らバリカンを握りしめて薄笑いを浮かべながら髪を丸刈りにしてしまった事件はあまりにも有名だが、彼女とついに法廷で争うことになった元マネージャー、サム・ラフティ(Sam Lufti)の弁護士が衝撃的な発言を放った。

2009年2月、ブリトニー・スピアーズとその両親を相手取り、名誉毀損と賃金未払いによる契約不履行について訴えていた元マネージャーのサム・ラフティ。クビになっても執拗に連絡を寄越し、“接近禁止命令”を申請されたことに逆切れしたのだ。

いよいよその件での出廷が命じられているブリトニーだが、「ラフティの顔を見るのもイヤ」と言い、何かをとても恐れている様子だと報じられている。その“接近禁止命令”ではもうひとり、ストーカー化した元恋人アドナン・ガーリブについても申請がなされたが、ファミリーはそのガーリブより、ブリトニーをクスリ漬けにし、敵に回せば暴れかねない危険な人物としてラフティをひどく嫌っていた。

そのラフティの弁護士が今、2007年2月にブリトニーが突然LAのヘアサロンで丸刈りにとオーダーし、拒否されると自らバリカンを握りしめて髪をそり落としてしまった事件に触れ、このような衝撃的な発言をして波紋を広げている。

「あれは精神不安定な状況で衝動的にやったのだろうと言われていますが、ブリトニーは当時クリスタル・メスにとことん溺れていました。

毛髪からそれが検出される。裁判所にもしもドラッグテストを命じられて陽性と出たら、彼女は子供たちの親権を失ってしまう。それを怖れて丸刈りにしたのでしょう。」

「2008年1月には救急車で病院の精神科に担ぎこまれるなどした、あの頃のメルトダウン騒動も合成覚醒剤アンフェタミンの使用によるものです。」

ブリトニーの母リン・スピアーズさんは、「ラフティによってブリトニーはクスリ漬けにされた」と頑としてきかなくなっているが、ラフティ側はブリトニーが“元から”クスリ漬けであったと真っ向から反論したい様子だ。これから始まる法廷闘争、名誉棄損、賃金未払いといった本来の民事的な起訴理由からビミョーにズレて来た感じがある。

(TechinsightJapan編集部 Joy横手)
参照元:ブリトニー・スピアーズ“丸刈り”事件、「ドラッグ検査で髪からの検出を恐れて」と当時のマネージャー。
TechinsightJapan 2012年10月19日 19時00分 (2012年10月22日 18時11分 更新)

Britney Spears 日本人男性がストーカー行為
2002/12/12 VIBE-NET.COM ニュース

ブリトニー・スピアーズが、日本人男性シザワ・マサヒコ被告を相手取って、ストーカー行為の禁止命令を求める訴えを起こした。被告 はブリトニーの自宅に押し掛けて繰り返し接触を試み、彼女を追って実家に押し掛けたり、自分の写真を同封あるいは「あなたを追って いる」などと書いたラヴ・レターを、たびたび送り付けているという。ブリトニーは今年9月から米国内外でつけ回されていると主張、 今回の申し立てで、半径1000ヤード(約900メートル)以内への被告の接近禁止命令を求めている。
参照元:Britney Spears 日本人男性がストーカー行為
2002/12/12 VIBE-NET.COM ニュース

【イタすぎるセレブ達】ブリトニー元マネージャー、 “接近禁止命令”要請に逆切れ、ブリ一家を訴える。
2009年02月05日 12:03 Techinsight by Joy横手

数日前、ブリトニー・スピアーズ(27)に執拗に連絡をよこす元マネージャーのサム・ラフティと元彼アドナン・ガーリブについて、ブリトニー側が “接近禁止命令” を裁判所に要請したとお伝えしたが、なんとサム・ラフティは逆切れ、名誉毀損と契約不履行にあたるとしてブリトニーとその父親を起訴した。
参照元:【イタすぎるセレブ達】ブリトニー元マネージャー、 “接近禁止命令”要請に逆切れ、ブリ一家を訴える。
2009年02月05日 12:03 Techinsight by Joy横手

ブリトニー・スピアーズ、日本人男性からストーカー被害?
2002-12-11 00:00:00 LAUNCH.com

Britney Spearsが12月9日(月)、今年9月から彼女にストーカー行為を続けているとされる41歳の日本人男性に対し、禁止命令を求める訴訟をロサンゼルス上級司法裁判所に起こした。訴えられたのは横浜市のシザワ・マサヒコで、ロサンゼルスのSpearsの自宅や、カリフォルニア州外にある家族の住居で彼女につきまとうなどの行為によって告発されている。

裁判所の記録によればSpearsとこの男性に面識はないが、「郡およびその他の地域において原告にストーカー行為を働いている」という。男性は繰り返しSpearsへの接触を試み、またかつて彼女の住宅敷地内から離れることを命じられたが、それを拒否したこともあるという。

この請願でSpearsは、被告による暴力や脅しは今のところないが、“君を追いかけている”と書かれた彼自身の写真が彼女のもとへ送られてきたと述べ、それらの行為による精神的な苦痛を訴えている。

裁判所への申し立てでは、Spearsへの1000ヤード以内の接近の禁止、あらゆる手段の接触の禁止、および彼女の住居、レーベルのオフィス、スタジオなどの仕事場、彼女の運転する自動車、またロサンゼルス郡の内外で彼女の行くすべての場所における接近の禁止をこの男性に求めている。

裁判所の命令を施行するには審問を開く必要がある。もし要求が認められれば、この男性は全ての裁判費用と訴訟に関連する費用を負担しなければならない。

現在のところ、Spearsの弁護士と所属レーベルからは“安全上の理由”によりコメントは出ていない。

Darryl Morden, Los Angeles (C)LAUNCH.com
参照元:ブリトニー・スピアーズ、日本人男性からストーカー被害?
2002-12-11 00:00:00 LAUNCH.com

B・スピアーズに日本人ストーカー
2002年12月11日 シネマトゥデイ(CINEMATODAY INC.)

『ノット・ア・ガール』で映画デビューを果たしたブリトニー・スピアーズが日本人のストーカーを相手にロスの高等裁判所に接近禁止命令を申請し、受理された。横浜市在住の41歳の男性は、「君を追い続ける」と書かかれた手紙やラブレターに自分の写真を同封し多数送りつけた他、スピアーズの離婚した両親の家やカリフォルニア郊外にある彼女の家をつきとめ、何度も会おうと試みたという。
参照元:B・スピアーズに日本人ストーカー
2002年12月11日 シネマトゥデイ(CINEMATODAY INC.)







スポンサーリンク


スポンサーリンク