シェール

氏名シェール
ローマ字Cher
生年月日1946年5月20日
出生時間07:25
出生場所アメリカ合衆国カリフォルニア州エル・セントロ(El Centro, California)
ナクシャトラ(Asc)
ナクシャトラ(Mo)
職業歌手・女優
所属
業績
その他父親ジョン・サーキシアンはアルメニア系、母親ジャッキー・ジェーン・クラウチはチェロキー・インディアン、アイルランド、ドイツ等の血を引く。両親はシェールが10ヵ月の時に離婚したが、その後も数回結婚・離婚を繰り返したという。母親は後にジョージア・ホルトの名前で女優としてテレビに出演するようになり、シェールも子供時代にエキストラとして出演したことがある。しかし母親の再婚・離婚に伴い転居の多い貧しい幼少時代であった。

1960年代からの長い芸歴ではあるが、あくまでも音楽活動がメインであり、映画ファンにも知られるようになったのは女優活動も活発に行うようになった1980年代後半からである。
データソースwikipedia, astrodatabank


cher_chart

西暦年月出来事ヴィムショッタリチャラヨーギニトランジット
1962年16歳で学校を中退し、ロサンゼルスに移って演技のクラスを受けるようになる。
1964年歌手のソニー・ボノに見出され18歳で彼と結婚。"ソニー&シェール"の名で活動を始め、「アイ・ガット・ユー・ベイブ」などがヒットした。
1966年デュオと並行して、1966年頃よりソロとしても活躍し始める。チェロキーの血筋を全面に押し出したイメージ戦略で「悲しきジプシー」「ハーフ・ブリード」「ダーク・レディ」(邦題は「悲しき恋占い」)などが全米No.1に輝き、日本でも頻繁にラジオで流された。
1975年離婚
1975年6月グレッグ・オールマンと結婚するが、結婚から9日後にシェールが離婚訴訟を提起するというトラブルもあった。
1977年その後オールマンと和解し、1977年には「オールマン・アンド・ウーマン」名義でオールマンとのデュエット・アルバム『Two the Hard Way』をリリースした。
1979年離婚
1979年ディスコサウンドも取り入れた「テイク・ミー・ホーム」が1979年に大ヒット。
1982年ロバート・アルトマン監督の『わが心のジミー・ディーン』から本格的に女優としての活動を始める。
1983年『シルクウッド』でゴールデングローブ賞の助演女優賞を受賞した。
1984年『マスク』でカンヌ国際映画祭の女優賞を受賞した。
1987年『月の輝く夜に』でアカデミー賞の主演女優賞を受賞した。

『月の輝く夜に』受賞時におけるシースルーのドレスは今でも語り継がれている程人々にインパクトを与えた。これまでもそのエロチックな姿態や衣装で何かと注目を集めたシェールだが、プライベートな嗜好でも常に話題性に富み、臀部にはバタフライの刺青を入れるなど全身にあらゆるタトゥーを入れていた事は有名であった。
1987年ゲフィン・レーベルに移籍し、マイケル・ボルトンやデスモンド・チャイルドらがソングライティングに加わったロック色の濃いアルバム『Cher』をリリース。ファーストシングルの「I Found Someone」が10位、セカンドシングルの「We All Sleep Alone」が14位とシングルヒットを飛ばした。アルバムもプラチナディスクを獲得している。
その後、ピーター・セテラとのデュエット「After All (Love Theme From Chances Are)」が6位とヒットを放っている中で、アルバム『Heart Of Stone』リリース。レコーディングには、当時彼女と付き合っていたボン・ジョヴィのリッチー・サンボラも加わっている。このアルバムからのファーストシングル「If I Could Turn Back The Time」が3位とヒットを放つと、続く「Just Like Jesse James」が8位、サードシングルの「Heart Of Stone」も8位とヒットシングルを連発した。特に「If I Could Turn Back The Time」のプロモーションビデオはアメリカ海軍の軍艦上でロケが行なわれ、多数の水兵のエキストラを前にしてのT-バックスーツでの出で立ちが耳目を惹いた。
1991年その後、1991年に『Love Hurts』。
1995年ワーナーへの移籍を経て、1995年に『It's A Man's World』をリリースするものの、ビッグヒットには到らなかった。
1998年ヨーロッパで先行してリリースしたシングル「Believe」が大ヒット。その後、各国で1位を記録した。このヒットを受け"Believe"は米国でも1位を獲得し、世界を席捲した。この曲により、彼女はグラミー賞最優秀ダンス・レコーディング賞を受賞し、自身初のグラミー受賞を果たしている。しかも、この「Believe」は世界中のヒット曲をランキングしたワールドチャートにて現在歴代1位という輝かしい大記録を保持している。
1999年ニューヨークのビーコン・シアターで行われたディーヴァズ・ライヴに、ティナ・ターナーやエルトン・ジョン、ホイットニー・ヒューストンらと共に出演、「If I Could Turn Back Time」「Believe」の2曲と、ティナ・ターナー・エルトン・ジョンと共に「Proud Mary」の合わせて3曲を披露した。
2002年ラスベガスのMGMグランドで行われた「ディーヴァズ・ライヴ エルヴィス・プレスリー・トリビュート」にもセリーヌ・ディオンやメアリー・J. ブライジ、ディクシー・チックスらと共に出演し、「Believe」「Song For The Lonely」「Heartbreak Hotel」(「ハートブレイク・ホテル」、エルヴィス・プレスリーのヒット曲)の3曲と、シンディ・ローパーとのデュエットで「If I Could Turn Back Time」の合わせて4曲を披露した。
2000年以降は、北米、ヨーロッパを中心に大規模なワールド・ツアーを開催した。「フェアウェル・ツアー」と題された最後のワールド・ツアーも数年に渡り行われ大成功を収めた。
2013年9月20日ソロアルバムとしては2001年の"Living Proof"以来12年ぶりとなるスタジオアルバム"Closer To The Truth"をリリース、Billboard200において初登場3位を記録、自身の初登場記録("Believe"と"Very Best of Cher"が初登場4位を記録)を塗り替えた(Sonny & Cher時代に"Look At Us"が初登場2位を記録したことはある)。さらに、その"Look At Us"が発表された1965年から2013年の"Closer To The Truth"まで48年以上の歳月にわたってビルボード上でtop5に入るアルバムをリリースした人物としての記録も塗り替えた(その前は48年弱のバーブラ・ストライサンド)。
wikipediaより引用抜粋




(参考資料)



【イタすぎるセレブ達】シェール、15年前に事故死した元夫ソニー・ボノの亡霊に苦しむ。
2013年10月01日 10:15 Techinsight by Joy横手

近年は、性転換手術を受けて“男”となった娘のチャズ・ボノばかりにスポットライトが当たっているが、アメリカでは歌手として本当に高い支持を得ているのがその母シェール。彼女が最新インタビューで背筋が寒くなるような話をしてくれた。

チェロキー族から譲られた豊かな黒髪とエキセントリックな美しさで、アメリカではいまだに独特の存在感と人気を誇っている歌手のシェール(67)。1960年代に人気歌手であったソニー・ボノと18歳で結婚し、愛娘チャスティティ(後に性転換手術により“男”となり、現在はチャズ・ボノの名でタレントとして活動)が誕生した。

夫妻は「ソニー&シェール」という名のデュオを結成し、“アイ・ガット・ユー・ベイブ”や“The Beat Goes On”などのヒット曲を放ったが、その一方でシェールは “ダーク・レディ”、“悲しきジプシー”などキャラクターに合った曲によりソロとしても大成功。こうしたスレ違いが原因で夫妻は1975年に離婚した。シェールはその翌年、有名な「オールマン・ブラザーズ・バンド」のグレッグ・オールマン(65)と再婚したが、3年ほどで離婚している。

そんな経歴を持つシェールが、このほどソーシャルニュースサイト『Reddit』の“Ask Me Anything”という質問コーナーに登場。そこでちょっと背筋が寒くなるような話を教えてくれた。離婚から23年も経って1998年に起きた事故ではあるが、ネバダ州のスキー場で木に激突して亡くなった元夫ソニー・ボノの亡霊が彼女を苦しめているというのだ。

「ええ、私は亡霊っていうものの存在を確信している。だってソニーの亡霊が私を見張っているような気がしてならないのよ。私の自宅には美しいシャンデリアがあるんだけれど、あり得ない時に突然ライトが点いてしまうの。きっとソニーが悪さをしているんだわ。」

ひと回りほど年上で、優等生ポップ歌手といった雰囲気のソニーとの結婚生活は10周年を迎える前に破綻していたが、シェールはほどなくブロンドの長い髪が素敵な人気ロックアーティストのグレッグ・オールマンと再婚しており、彼とも「グレッグ・オールマン&シェール」としてアルバムを発表。ロック界の美しすぎるカップルと称されていた。ソニーがその頃のシェールに怒りや嫉妬を感じていなかったと言えば嘘になる。なぜならその頃のソニーはTVタレントになったもののパッとせず、ショービズ界から消えてしまったのだ。

“一人勝ち”での離婚は、その後の人生において相手に対する後ろめたさを引きずることになるとはよく言われるが、シェールも残念ながらその典型例なのかもしれない。何かあればいちいち「ソニーの亡霊、怨念なのかしら」とゾワッとしてしまうというのだ。これはもう、「安らかに眠ってください」と日々ソニーのために祈りを捧げるしかないのでは…!?

(TechinsightJapan編集部 Joy横手)
参照元:【イタすぎるセレブ達】シェール、15年前に事故死した元夫ソニー・ボノの亡霊に苦しむ。
2013年10月01日 10:15 Techinsight by Joy横手











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