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カール・ロジャーズ - 晩年の目覚め, “プレゼンス(存在)”-



最近、心理学の学習をし直している関係で、カウンセリングの世界において来談者中心療法のカール・ロジャーズの果たした役割について調べていた。


参考文献としては、『カール・ロジャーズ入門 ―自分が”自分”になるということ」諸富 祥彦著である。


カール・ロジャーズは、来談者中心療法(Client-Centered Therapy)を提唱した人物であり、それはカウンセラーに「無条件の肯定的配慮」「共感的理解」「一致」の3つがあれば、クライアントの治癒、もしくは治療的人格変化が生じるという理論である。


これらが揃っていれば大学教授や医師免許など何の専門的知識も必要なく、全く普通の人であっても他者の治療的人格変容の手伝いが出来るとされる。


これらの条件は、技術というよりもカウンセラーとなる人物の存在のあり方であり、基本的な素養といってもいいかもしれないが、カウンセラーのクライアントに対する非指示的な「傾聴」といった姿勢が重視される。


カウンセラーにこのような態度がある時、クライアントはカウンセラーを触媒として、自己を受容することができ、自己認識を深め、ありのままの自分になることが出来る。


こうした人間関係というものは特にカウンセラーとクライアントという設定された環境でなくても日常生活の良質な人間関係の中で普通に起こっている出来事であり、援助や成長の物語である。



カール・ロジャーズの人間観は、『人間には有機体として自己実現する力が自然に備わっている。有機体としての成長と可能性の実現を行うのは、人間そのものの性質であり、本能である。カウンセリングの使命は、この成長と可能性の実現を促す環境をつくることにある。』(wikipedia)とする楽観的なものである。


こうした人間観は、元々カールロジャーズがキリスト教(厳格なプロテスタント)の家庭に生まれ、牧師になろうとしていたことが影響していると考えられるが、「原罪」という考え方になじめず、結局、牧師になることはせずにカウンセラーの道に進んだのである。


「原罪」という歪んだ考え方はあるものの、キリスト教は、プラトン哲学と同じように「神」という理想像があり、神に似せて作られた人間には、自己実現する力が内在していると考えるのである。


こうした楽観的で理想主義的な考え方は、根本的にはキリスト教の考え方である。



このカール・ロジャーズの関連書籍を読むと、「ありのままの自分」「本当の自分」というキーワードが頻繁に出てくるのだが、


上記に挙げた『カール・ロジャーズ入門 ―自分が”自分”になるということ』諸富 祥彦著は、コスモス・ライブラリーから発行されている。(第1刷発行は、1997年10月10日となっている)


コスモスライブラリーの発行責任者は、大野純一氏であり、クリシュナムルティーの一連の著作の翻訳者である。



上記の書籍は、大野純一氏の勧めで執筆されてコスモスライブラリーから刊行されたようである。



そうした繋がりから分かったことは、カール・ロジャーズが米国において果たした役割は、クリシュナムルティー的な役割であったと考えられる。






カール・ロジャーズが来談者中心療法の中で、主張していることは、クリシュナムルティーの教えそのものである。



クリシュナムルティーは、「事実ありのまま」を見ることの重要性について述べている。



「事実ありのまま」を見た時に問題が終焉するのである。



人は、記憶や知識、観念、思想、イデオロギーといった条件づけによって囚われており、物事の本当の「事実ありのまま」を見ることが出来ない。



もし「事実ありのまま」を見ることが出来た時、初めてその問題が変わる可能性が出てくると言っている。



カール・ロジャーズの来談者中心療法の目的は、クライアントが「本当の自分」「ありのままの自分」を取り戻すことであるが、カウンセラーが「無条件の肯定的配慮」「共感的理解」「一致」の3つの条件を持って、クライアントに接した時、クライアントは、自己を受容することができ、今までは見ることが出来なかった「本当の自分」「事実ありのままの自分」を見ることができるようになり、受け入れることが出来るのである。


クライアントが明確に自分自身についての真実を認め、受け入れることができるようになり、自分自身についての事実ありのままを認めることが出来た時に初めて、それを変えることに向けての行動を起こすことが出来るのである。




「一致」という概念が分かりにくいが、これは、事実ありのままの自分について認識している状態と言うことができる。



つまり、自分の肉体、思考、感情などの刻々と変化する動きに対して、事実ありのままに認め、認識している状態である。



自分の自我にとって都合の悪いことであっても、それを事実ありのままに見て認識している状態であり、



つまり、否認や抑圧、逃避、様々な防衛機制(投射、反動形成 etc)などによって、事実ありのままを認めていない状態ではないということである。




つまり、「一致」とは、刻々と移り変わる肉体の欲求、思考や感情の動きなどに気づいている状態といってもいいかもしれない。




カウンセラーが自分自身について意識的であり、自己洞察を得ている状態(一致)であって初めて、クライアントの自己洞察を援助できるということである。





カール・ロジャーズは、晩年において、自分の生徒たちの影響を受けて、スピリチャルな傾向を帯びていき、上記の3条件に「プレゼンス(存在)」という条件を加えている。



カウンセラーが変性意識状態になっているような時にカウンセラーがただそこにいるだけで、クライアントの人格の変容が促進されると考えたのである。




これはカール・ロジャーズの実体験に基づいていると考えられる。



個人的なセッションの場面でもそうしたことがあったのかもしれないが、カールロジャーズが晩年において盛んに実践したエンカウンターグループにおいて、グループ全員が変性意識状態に入った体験があったと報告している。




変性意識状態というのは、トランスパーソナル心理学で好まれる用語だが、真我とか、サマーディーの体験であると考えていいかもしれない。




カウンセリングのセッション中には、クライアントに一点集中して視線を向けるため、思考の過程が動き出さずに真我の状態が発現しやすくなっていると言える。



クリシュナムルティーも、視線を動かさずに物を見つめることを推奨しているが、そうすると思考の過程が動き出さないことによって記憶や知識から生み出されている自我から解放されるということではないかと思われる。




クリシュナムルティーの「自我の終焉-絶対自由への道-」や「覚醒のコメンタリー」を読むと、真理を求める様々な求道者たちが、クリシュナムルティーの元に相談に来るのだが、それらの人々は、クリシュナムルティーと面談しているだけで、最終的に思考の停止がもたらされたり、問題の解決がもたらされたりするのである。



例えば、長年、修行を続けて、サマーディーを一度だけ体験したことがあるサードゥー(出家修行者)が、クリシュナムルティーの元を訪れて、クリシュナムルティーと対談したけで、もう一度、サマーディーを体験したいという欲望がそれを邪魔していたことに気づき、その後、直ぐにサマーディーを得るという体験が記されていたと思われるが、深い気づきのレベルに到達している人に面談しただけで、こうしたことが起こってくるのである。



つまり、悟っている人の”プレゼンス(存在)”というものが圧倒的に重要なのである。




例えば、ラーマクリシュナと、パラマハンサヨガナンダの師弟関係においても、ラーマクリシュナは、パラマハンサヨガナンダの肩に触れるだけで、サマーディーを経験させることが出来たと記されている。



つまり、より高い気づきのレベルにいる人の”プレゼンス(存在)”そのものが、弟子、あるいは、クライアントの気づきを促進するのである。




私は、カール・ロジャーズが晩年に辿り着いた”プレゼンス(存在)”という条件をそのようなものとして理解した。




カール・ロジャーズは、厳格なプロテスタントの家庭に生まれ、自分らしく生きることを禁じられていたが、そうした家族の絆を切断し、より自分らしく生きる道を模索して、カウンセラーとして、来談者中心療法を創始した。




それは、カウンセラーに「無条件の肯定的配慮」「共感的理解」「一致」がある時に治療的人格変容が生じるという科学的理論である。




こうした本来、治療関係や師弟関係など属人的な環境の中で起こることとして科学にはなりにくい分野について、科学として理論を確立したことは画期的である。




そうすることによって、世間に広め、多くの人が実践することが出来るようになったからである。




このように何でも再現性があり、大規模に実践することが可能な科学にするのが、西洋的であり、アメリカ的でもあるのだが、クリシュナムルティーのスピリットというのは、カール・ロジャーズを通して、アメリカ人たち(あるいは西洋人たち)に伝わっていったと考えることが出来る。



そして、カール・ロジャーズが、盛んに実践したエンカウンターグループは、米国の人々のカウンターカルチャーを支えたのである。




晩年、カール・ロジャーズは、こうした功績によってノーベル平和賞にノミネートされている。





カール・ロジャーズをとことん突きつめていくと、最終的には、スピリチャルな領域に入って行き、クリシュナムルティーの教えに辿り着いたり、瞑想やヨーガの実践に辿り着くのである。




カール・ロジャーズの生涯を研究すると、物質主義的なアメリカやキリスト教をベースにした西洋文明が、どのようにスピリチャルな解放に辿り着いたかという事例として、非常に興味深いのである。




カール・ロジャーズが、よりインドなど東洋の文化に近い日本において、広く受け入れられ普及している理由というのも理解できる。






最後にカール・ロジャーズの出生図を調べてみたいと思うが、




出生時間が分からないため、12:00で作成すると、射手座に月、太陽、土星、水星が集中している。








典型的に楽観的で、自己啓発を好む射手座のパーソナリティーである。



出生図では山羊座で火星が高揚しており、ナヴァムシャでもムーラトリコーナの座に在住している。



従って、火星が強く、実践力、実行力があり、こうした配置が、エンカウンターグループを広く実施し、普及させた力ではないかと思われる。






私は、牡羊座ラグナであるが、現在、射手座9室に土星がトランジットしているため、こうしたカール・ロジャーズの教えを学び直す機会が得られているのである。




かなり以前のこと(10~15年以上前)であるが、自己啓発セミナーに参加した際に司会者が”プレゼンス(存在)”という言葉を使っていたことをうっすら覚えている。




自己啓発セミナーには楽観的で無限の可能性を信じる射手座のパーソナリティーの人が大勢いるのだが、そうした人々がエンカウンターグループに参加したことで、こうした言葉の使用を身に着けた可能性があると、改めて思うのである。




他者という”プレゼンス(存在)”があった時に初めて、より深い気づきへの人格変容がもたらされるのである。


あるいは、自分が他者の”プレゼンス(存在)”となっている場合もあるかもしれない。


他者との出会いによって、変容が相互に起こるのである。




重要な人間的成長というものは、人間関係の中で、その関係の中で、自己洞察を深めることによってもたらされる。




従って、洞窟の中での孤独な瞑想などでは難しいのである。むしろ、深い精神的挫折に結びつく危険性がある。



あるいは、一人でテレビゲームで遊んでいるようなことからは、成長というものは起こらない。



必ず社会に参加して、人間との関係が必要である。



逆に言えば、人間と関わる機会を可能な限り、沢山、持った人は、その関係の中からあらゆることが生じる要素があり、そうした経験から学ぶことを考えるとそれだけ成長も早いかもしれない。



















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「ラッスンゴレライ」の心理学

最近、お笑い芸人で、「ラッスンゴレライって何ですのん」とミュージカル風にリズムに乗って、問い続けて、観客を翻弄し、最後に「ラッスンゴレライ」は何であるかは教えないと言って、退場する芸人が女子高生の間でブレイクして、一躍人気者となった。

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この「ラッスンゴレライ」だが、この言葉を聞いても、全く思考の中に表象が浮かばないのである。

過去のどんな経験から探し出そうとしてもそれに該当する経験、表象はないのである。
自己啓発の教えの中に最近、聞いたものに脳の機能に関する教えがある。

脳に質問を投げると、答えが出るまで、それを問い続けるというものである。

意識の中で、答えが出なくても無意識の中で、答えを問い続けるのである。
例えば何らかの言葉を聞いた時に、私たちは、過去の経験からそれに対応する表象を選び出すが、この「ラッスンゴレライ」には何の表象も出てこない。

従って、脳は質問に対する答えを出すことができないのである。そこで、「ラッスンゴレライ」について考え続けることになる。
ちょうどWindowsなどで、あるファイル名で、ファイルを検索しても該当するファイルがないので、検索をし続けるといった動作を思う浮かべると、それがよく分かる。

答えが出ないが、コンピューターのCPUは、答えを出そうと、ファイルの蓄積されているディスクの中を検索し続けるのである。

その間、CPUは高い稼働率で仕事をし続けてその検索に電力が供給され続けるのである。
この「ラッスンゴレライ」という言葉を聞いてそれが何だろうと考えて、答えが出ないので、多大なエネルギーを消耗し、その言葉が強く意識に刻印されるのである。

このデビューしたばかりの若手お笑い芸人が、そこまで計算したかは分からないが、実に巧妙に漫才(コント?)が作られている。
禅の修行の中で、行われる禅問答(公案)と同じ仕組みであり、論理的に試行して、答えが出ないので、それに対する答えを探し続け、ついには疲れ切って頭の中が「空」になってしまう。
このような思考実験を観客にさせるのが、「ラッスンゴレライ」なのである。

従って、女子高生たちが、考えても考えても意味が分からない「ラッスンゴレライ」という言葉にはまってしまうというのは、そうした心理学的な効果のためではないかと思われる。

そうしたことは、心理学的な説明であるが、このお笑い芸人が、「ラッスンゴレライ」で、一躍ブレイクした理由というのは、別に占星術的な説明が可能である。

おそらく、この二人の芸人の出生図を調べれば、そこにブレイクするダシャーやトランジットが来ていたからであると理解できる。

また現在のトランジットを確認すると、蠍座に土星がトランジットして、山羊座にアスペクトし、木星が蟹座をトランジットして、蠍座と山羊座にアスペクトしているので、山羊座と蠍座にダブルトランジットが生じている。

蠍座は無意識に関係する星座で、またナチュラルゾーディアックでは秘密を意味している。

秘密主義で何を考えているのか分からないのが、蠍座なのである。

また「ラッスンゴレライ」と問いを投げておいて、教えてあげないというちょっとした毒を含んだユーモアはおそらく蠍座のものだと思われる。
この赤いルックスに黒いサングラスをかけた出で立ちもいかにも蠍座のルックスである。

赤は赤でも牡羊座の赤ではなく、蠍座の赤である。そして、自分を隠して秘密にするサングラスというアイテム。

彼らは明らかに蠍座へのダブルトランジットの顕現である。















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『神経言語プログラミング』について

リチャード・バンドラー著『神経言語プログラミング』(東京図書, 酒井一夫訳)を読んだ。

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最近、身の回りに神経言語プログラミング技法のライセンスを取得したという肩書を持つ人たちが、やたらと増えて来たので、
今更という感じであるが、読んでみたのである。

因みにこの本を購入した時に同時に自己啓発コーナーに並んでいるような本をまとめ買いしてきた。

おそらく私が現在、金星/ラーフ期で、ラーフが射手座に在住しているからである。
読んでみたらもっと早く読んでいればよかったという印象である。

この本の中では、様々な映像をイメージして、操作することで望ましい行動変容を起すテクニックを紹介しているが、例えば、煙草の習慣を止める際のオペレーションが非常に印象的である。

例えば、煙草を吸うときの自分の主観的映像をイメージして、その時の経験を映像として思い浮かべるが、その映像のサイズを暗くして小さくして窮屈な居心地の悪い感じにするのである。それと同時に自分が煙草を止めた際の清々しく楽しく明るい状況を客観的な視点から見た映像をイメージするのである。そしてその明るいイメージのサイズは大きくする。

そうすると、煙草を吸わないことで楽しい状況へと行動が方向付けられるのである。

何十年も煙草を止められなかったという人がこの視覚化のオペレーションによってものの10分程で煙草を止めることに成功したというのである。
こうした視覚化のオペレーションによる成果には非常に大きいものがあるので、何年治療しても成果が上がらない既存の精神分析や心理療法などが色あせて見えてしまうようである。

このリチャード・バンドラ自身は、元々数学や情報科学を専攻していた学生であったようで、偶々財政難で学部の設置が2年程遅れた際に、心理学を学んでみたという。

この元々数学や情報科学を専攻していたという所で思い浮んだのは、苫米地英人氏である。

本来、精神分析とは最も遠いと思われていた認知心理学の分野が人間の心や動機づけを解明するための主役に躍り出たという印象である。

伝統的にフロイトの精神分析を学んで精神科病棟やカウンセリング室で臨床を積んで来たような人々よりも、数学や情報科学を専攻しているような人が、認知心理学や行動主義理論と視覚化により、大きな行動変容という成果をもたらしているようなのである。

私は何年か前にCIAがMKウルトラ作戦という極秘の臨床実験により、人を洗脳する技術を開発していたということに衝撃を受けた。

これについては苫米地英人氏が訳した『CIA洗脳実験室 父は人体実験の犠牲になった』ハービー・M・ワインスタイン (著)という本がある。

苫米地英人氏の解説によれば、人にLSDなどの覚醒剤を投与して、変性意識状態になった時に繰り返し何らかのメッセージや指令などを聞かせることによって、それが潜在意識に刷り込まれて、その人が正常に覚醒した後にも、そのメッセージや指令に影響されるようになるという。

そのような手法によって人に全く違う記憶を埋め込んだり、全く違う別人であると思いこませることが可能になるようである。

そして、こうした手法がオウム真理教内でも行われていたということが後に分かって、非常に衝撃を受けた。
記憶を消したり、別の記憶を刷り込んだり、人格そのものが変容してしまうのである。

それは視覚から取り込まれる映像や音声によって行われるのであって、フロイトの精神分析などの臨床から得られた知識とは全く質が異なるのであって、人間を認知する機械と同じように考えて、行動主義理論のような条件づけ理論に基づいて、力づくで人間の潜在意識を変容させる。
この苫米地英人氏の自己啓発本にもミルトン・エリクソンや神経言語プログラミングの影響が見られるように思える。

そして、苫米地氏の本は売れているようであるし、神経言語プログラミングも盛況であることから、

今は古典的な精神分析家や心理療法家よりも、認知心理学者が、一躍脚光を浴びているということが分かる。

リチャード・バンドラーが、フリッツ・パールズのゲシュタルト療法から始まって、ノームチョムスキーの言語理論を研究していたジョン・グリンダーと出会い、『魔術の構造』1~2巻を刊行し、「ダブルバインド」のグレゴリー・ベイトソンが、ミルトン・エリクソンを彼らに紹介したという経緯は、非常に興味深い。

フリッツ・パールズと言えば、エサレン研究所であり、そして、そこと交流のあったラジニーシにも繋がってくる。

そして、苫米地英人氏もこれらの人々から影響をおそらく受けている。
リチャード・バンドラーが「魔術の構造」という本を刊行していることには驚いたが、おそらく魔術という言葉が出てきたのは、神経言語プログラミングが、マインドの科学であるからである。

結局、魔術というものは、マインドの科学に他ならない。それは視覚化によって動機付けや行動に変容をもたらすのである。
ナポレオンヒルの『思考は実現化する』と同じ流れの中にある。

西洋人は、既存の精神分析理論や心理療法の理論、実存主義哲学などを用いて、自己啓発の教育プログラムをパッケージ化し、ビジネスとして構築するのが非常に上手である。

マインドの科学を用いて、経済的成功や自分の幸福の実現というゴールに導こうとするのが、自己啓発セミナーである。

あくまでもマインドの科学を自分自身の経済的成功や富や幸福に利用しようとするのである。

因みにマインドの科学を利己的な目的に使おうとする場合、むしろ、それは黒魔術と呼ばれるのである。
様々な自己啓発プログラムが存在するが、神経言語プログラミングも、西洋人によって上手く商品化されたプログラムである。

その西洋のビジネスマンが作った商品のライセンスを取得することに皆、熱中しているが、リチャードバンドラーが、フリッツ・パールズやミルトン・エリクソンなどの既存の臨床家の学問的研究を元にそれらを生み出したのであるから、フリッツ・パールズやミルトン・エリクソンの臨床をもっと研究すべきであると思う。

私が感じた印象としては、神経言語プログラミングも、何度も映像を操作して、実際に試した人が最もこの技術を体得できるのではないかと思うのである。

それは全くインド占星術で、ハウス、星座、惑星といった要素を何度も頭の中で視覚化して操作し、マインドを訓練した人が最も占星術の応用に通じるのと同じである。
神経言語プログラムに戻るが、煙草を止めさせるメカニズムは喫煙を不快と思う主観的映像と、喫煙しない自分を快く体験する客観的映像を意識、無意識の中で入れ替えて条件づける操作である。

但し、この神経言語プログラムによってもたらされる行動の変容は、呼吸法や瞑想によって真我を経験することによっても可能である。

呼吸法や瞑想によって、肉体、感情体、メンタル体に同一化して没頭している状態から客観的に自分を見る余裕が生じることで、習慣や依存行動を変容させることが出来る。呼吸法や瞑想は、神経言語プログラミングと同じ効果が期待できる。
また瞑想や呼吸法と同じように占星術で、ハウス、星座、惑星といった要素を何度も頭の中で視覚化して操作することは、自分自身の主観的な体験世界を外側の宇宙の視点から、客観視することの訓練である。

主観的経験を宇宙という最も高みから俯瞰するのであり、このことは瞑想と同じような効果があると言ってもいいと思われる。

実際、占星術の象徴操作というのは、魔術の基礎的な訓練の一部である。
またインド占星術を使って、自分の体験世界を理解することは、こうした自己啓発以上の視点をも提供する。

何故なら、例えば、神経言語プログラミングをよく駆使するトレーナーに出会って、自分の人生を好転することが可能になり、神経言語プログラミングが、人生の変容に役立つことは分かったとして、そもそも何故、その人が、優秀なトレーナーと出会い、人生が変容することが出来たのかという疑問に答えるのが、インド占星術だからである。

インド占星術はカルマの生起の順序やタイミングが分かることによって、形而上の世界(超自然)の存在を垣間見せる。

従って、通常の科学が扱う因果と比較すると、メタレベルが一つ上の科学であると言うことができる。
因みにフロイトの精神分析で外傷体験という言葉があるが、幼少時に受けた心の傷のことを指している。

米国で親に性的虐待を受けたと主張する子供の中に全く親から性的虐待を受けていない事例が多々見つかり、そうした虚偽の性的虐待の被害者体験をスクリーン メモリーと呼んでいる。つまり、その人の欲動が投映された記憶という意味である。

このことから分かることは、外傷体験は実際の事実というよりも、感情体が生み出した主観的経験であり、妄想に過ぎないのである。

人生の一時期に妄想を抱いたことによってそれが後々に影響力を振るう外傷体験となってしまうというのは、外傷体験というのは、ある一時期に自分で設定して潜在意識に刷り込まれた思考習慣に他ならない。

それは神経言語プログラミングで、イメージを視覚化して行う操作と同じものである。

外傷体験というものが、人生の一時期にその人自身の思い込みによって、その人自身に埋め込まれた印象であるにすぎないのであれば、それは、もう一度、それをイメージ操作によって変容することが可能なはずである。

そういう意味で、精神分析の外傷体験(トラウマ)という用語自体が、認知心理学の用語で置き換えられている現状なのである。
今は精神分析理論が時代遅れになりつつあり、数学や情報科学を用いた認知心理学が、人間の心を解明する方法として脚光を浴びている。

神経言語プログラミングの流行は、そうした流れの中にあることが分かる。















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「依存と自立の問題」へのフィードバック(H.Aさんより)

前回の「依存と自立の問題」の記事に関して、
読者のH.Aさんから感想を頂きましたので以下に貼り付けます。

_____________

8室の依存と自立の記事ですが、
わたしもお姑さんと同居を始めて、色々そのあたりについて思うことは増えました。

わたしは正職員の仕事を辞めて非常勤になり、他にも興味の向くままに色々な仕事やお手伝い、学校へ行くなど、非常に好き勝手やっています。
自分のバイト代は自分の小遣いで、それでもそれなりに貯金もできつつ、小遣いとしても使えつつ、ぐらいの額になりそうです。
生活費は夫が出すことになり、わたしが出すものと言えばケーブルテレビ代ぐらいで生活費というより、娯楽費ですね。

そして今同居しているこの家は、20年前に亡くなったお舅さんの保険金や遺産を使って、お姑さんと夫とが、10年ぐらい前に建てたものでローンはないです。
固定資産税などについても、わたしが出すことは全くありません。

非常に、8室的利益を享受しているなぁ。と思うわけです。
結婚による、相手の実家やパートナーの財による利益です。

と同時に、8室的窮屈さをお姑さんとの関係において若干感じていますが
それでも、6室在住の8室支配の火星のせいで
わたしのほうが強く振る舞い、相手を抑えつけてしまっている形になってしまっています。
お姑さんは少々高齢であり、健康にも不安がある状態です。

わたしの場合は、8室に惑星はないですが
8室に、2室の定座の金星と、高揚の星座にある月のアスペクトがあります。
しかも金星は7室を支配していて、ここで7-8の絡みが出来ます。
かに座にいるラーフのアスペクトがありますが、わたしのかに座は4室で、ケンドラのラーフだし、
その4室かに座の支配星の月は2室で高揚して、定座の金星とコンジャンクとして、8室に5番目のアスペクトしている。
そう考えると、比較的良い状態の8室と言えるのでは、と最近の体験から思うわけです。

しかも今はDTが8室、蠍座で形成されていて、また、8室を支配する火星のいる6室おとめ座にもDTが形成されているので、
間接的にも直接的にも8室が刺激されています。
よって8室による利益と、束縛感を体験しています。

MD/ADが木星/土星であり、木星も土星も5室しし座に在住しているので、
MD/ADラグナでみると、蠍座は4室に当たりますので、今はこれを家庭で体験している、と思います。
_____________

上記のポイントは、Aさんの2室で金星が定座で強く、月が高揚しており、
その強い2つの惑星が8室にアスペクトしているので、
8室が強く、そのため、最近8室の恩恵をよく感じているということです。

更にAさんは8室支配の火星が6室に在住しているため、現在は、
8室にも8室の支配星にもダブルトラジットが形成されているため、
特に8室の恩恵を感じるタイミングにいるということです。

ですから、この「自立と依存の問題」というテーマと8室の考察が、
非常にタイムリーだったようです。

更に細かい点として、8室の支配星が6室に在住していることは、
傷としても考えられるし、またウパチャヤの凶星でもあることから、
敵を粉砕する配置です。ですから8室の恩恵と束縛、そして、
力でその束縛をはねのけているという状況があるようです。

吉凶混合した現象の緻密な客観的評価が検証として興味深いです。

通常、ほとんどの経験は吉凶混合しているので、出来事の吉と凶の要素が、
惑星やハウスのどの絡みから生じているのかを常に考えると理解がすすみます。
皆さんも、もし記事について何か感想やフィードバックなどがあれば、鑑定家のメールアドレス宛に送付下さい。

参考となるよい検証については匿名で掲載させて頂きます。

■インド占星術入門講座(DVD4巻セット)
http://www.kanteiya.com/shop/001.htm

 

 

 















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自立と依存の問題

現代精神分析学の特に対象関係理論の中では、
乳幼児が母親との心理的、物理的一体の状態から別人格へと離脱していく、
分離個体化という過程があるのであるが、それは母親からの十分な
愛情や注目、サポートなどがある乳幼児において初めて可能なのであって、
もしこれらが与えられないという不幸な乳幼児においては、
この分離個体化のプロセスで外傷を経験し、精神分裂病の潜在的な因子を抱える
ことになるのである。

従って、精神分析では母子という二者関係において、乳幼児が母親からの健全な精神的肉体的自立を成し遂げるには母親から精神的物理的に十分に与えられることが必要であるということが臨床的な観察から分かっている。これが人間が最も早期に経験する自立である。

何が言いたいのかというと他者の存在や援助を必要としない絶対的な自立というものは存在しないのであって、自立できる人というものは逆説的に人からサポートを受けられる人ということになるのである。

自立できる人というのは他者のサポートを受けられる人のことであり、逆説的に他者からのサポートによってしっかりと束縛される人のことなのである。

然し、その他者からの束縛的なしっかりとしたサポートがあるからこそ、人は自立することが可能になるのである。

従って他者からのサポートに恵まれない人は他者からの束縛を受けることはないので自由なのであるが、それは自立することを保証しないのである。

最近、ジョーティッシュの結婚というテーマについて書籍を読んだり、考えたりする機会が多いのであるが、結婚や契約関係は7室で見るが、結婚にとって重要なのは8室なのであって、8室はパートナーの家族やお金、結婚生活を表わすハウスである。

このハウスが傷ついていない場合、結婚によって、人は相手方の家族や財産によってサポートを受けて逆説的に自立に導かれるのである。

これに関連して、最近、個人事業主が法人化に踏み切るケースを本で読んだのだが、どういうケースが多いかというと、取引先との関係で必要に迫られて、法人化に踏み切るというケースのようである。

例えば、

「法人にしてもらえないと今後の取引が難しいと、得意先から言われた」
「上場会社を新規開拓したのだけれども、個人事業では取引に応じてもらえないので法人化したい」

という個人事業主の訴えが多いそうである。

具体的には以下のようなケースがあるそうである。

・自らデザインした洋服をショップに販売している服飾デザイナーの方は、特殊なボタンやレースなどの材料を購入するのに、「法人にしか販売できない」とメーカーから言われて法人化を決意したケース

・長年、個人事業者としてテレビ番組のディレクターをしていた方も、テレビ局の方針が変わり、法人化するように指導されたケース

・コンピューターグラフィックの製作者の方が、大手の建設会社との取引で「取引金額をこれ以上増やすには法人化しないとダメだ」と言われたケース

これらを見て考えられる状況というものは、この個人事業主たちは、取引先の企業に恵まれており、8室が傷ついておらず、吉星の在住やアスペクトによって強いのではないかということである。

こうした個人事業主たちは過去において長年、企業内で雇用関係を結んで働いてきており、それで良好な人間関係を築いた結果、独立した後も企業側からその人間関係のつてで、仕事を発注してもらえたり、永続する契約を結んでもらっているといったケースが多いのではないかということである。

従って、これらの個人事業主の8室は強いことが想定されるのである。

上記のケースは、企業側が永続する契約関係を続けていくために個人事業主に法人にするようにお願いしているということである。

法人化というのは、個人事業主にとっては、より自立が促進されたということであり、自立するための基盤が強固に確保されたということである。

従って、8室が強い人は自立が促されるということの一例である。

8室が強い人は契約相手のお金によって永続的に安定するのであり、それが結婚生活ということなのである。

結婚はビジネス上の契約関係にも置き換えられるのであり、8室が強い人はビジネス上の契約関係が安定するのである。

あるいは雇用関係も安定するのであり、会社に雇用されるというのはちょうど女性が男性と結婚するのと似ている。

特に明治時代の家父長制的家制度など封建的な社会においては女性が男性の家に嫁ぐということは、入社して雇用関係を結ぶことに等しいのである。

このようなことから考えると8室というものは雇用主との関係や雇用主の財産を表わすのであるが、然し、これらのハウスが傷ついていない場合、良好な雇用主との関係によって個人としての力が高まり、逆説的に自立に導かれると考えられる。

一方で、8室や8室の支配星が凶星と絡んだり、アスペクトによって傷ついているなどすると、雇用主との関係や雇用主の財産(それはつまり給料)に依存し期待するのであるが、それらが満足に得られないという結果となり、雇用主から見捨てられた状態の結果として、束縛は受けないが自立もできないのである。あるいは満足にサポートが得られないながらもそれに依存していくという状態が生じるのである。

おそらく8室に在住惑星がある場合、それが吉星ならば、

①パートナー、契約相手のサポートに恵まれ、それらが十分に得られる結果、自立に導かれるのであり、

もし8室に在住するのが、凶星ならば、②パートナー、契約相手のサポートに依存的で期待するという性格となり、然し、それらが満足に得られない結果、不安定で自立することが出来ないのである。あるいは満足に得られないながらもそれに依存していくという状態が生じるのである。

従って、満足のいく給料を支払ってくれる雇用主を求めて、会社から会社へと転々とするサラリーマンのようになってしまうのである。あるいは理想の相手を求めて男性から男性へと綱渡りをしていく独身女性のようになってしまうのである。

もし、8室に在住する惑星がなく、然し、8室の支配星が傷ついている場合は、

パートナーやパートナーのお金に恵まれないが、期待もしておらず、

もしその上で仕事の10室やアルタハウスなどが強ければ、自立して、

仕事に生きるような人生傾向を帯びるのではないかと思われる。

人のサポートを受けるということは、依存ではなく、また自立の反対概念でもない。

自立というのは人の肯定的なサポートを受けられる人に生じる状態であり、

人の肯定的なサポートが受けられない状態、サポートの不足状態が依存である。

然し、人の肯定的なサポートを受けられるのは、それだけ、人をサポートしているからである。

従って、自立とは人をサポートした人に与えられる状態である。

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上記の言及はあくまで仮説ですので、実際に機能しているかどうかは、
更に検証が必要です。秀吉

(参考文献)
「個人事業・自由業者のための会社をつくるメリット・デメリット ほんとうのところズバリ!」すばる舎 井上修著















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