米ドラマ『セックスアンドザシティー』を見て歴史弁証法を考える

最近、有名な米国のテレビシリーズ『セックス アンド ザシティー』を勧められた。これが見てみると結構、面白いのである。

この作品の登場人物たちはあまりにも奔放に交際をしたり、別れたりを繰り返すのだが、しかしそれでもそうした経験から学んで、同じことを繰り返しているように見えながら成長して、何か次元の高い調和に導かれている。

おそらく、葛藤を通した調和の第4光線の表現なのではないかと思うのである。

例えば、主人公のキャリーと、ビックが、付き合ったり別れたり、付き合ったり、別れたりと言った紆余曲折を経て、最後に真剣に付き合う相手と認識し合い、調和的解決に至るのであるが、全く以前と同じではない次元の高い調和に結びついているのである。

葛藤を通した調和の第4光線がもたらす調和は、決して妥協などではなく、折衷などではなく、葛藤を経験した後での次元の高い調和なのである。

この地上のあらゆる物語には必ず、葛藤があり、最終的に調和によって終わるのである。葛藤がなければ人生というのは無味乾燥であり、ドラマ性に乏しく、面白味に欠けるのではないかと思われる。

だから、人生の写し絵である小説や演劇、映画、音楽などの芸術作品を創る人は、必ず、物語の中に葛藤を描いて、最終的に調和によって終わらせるのであり、人は葛藤がどのように調和に至るかを興味深く見るのである。

人生は葛藤と調和の繰り返しによって構成されているというのは真実ではないかと思われる。

他人の人生に興味を持つのは、人それぞれの個性的な葛藤と調和のあり方がそこにあるからである。

『セックス アンド ザシティー』は、米国のニューヨークのセレブとかセレブの周辺にいるような階級の日常生活を描いた作品で、米国の物質主義的価値観がよく現れている感じもするが、恋愛娯楽作品としてみると面白い作品である。恋愛などにおいてよくありがちなエピソードや問題を取り上げて、それをコミカルに描いている。

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ヘーゲルという哲学者がいるが、彼は弁証法によって、自然現象や人類の歴史を説明した。
弁証法によれば、テーゼに対して、それに対立するアンチテーゼが出現し、そこで対立・葛藤が生じるが、最後に両者の矛盾を超越したジンテーゼによって解決に導かれるのである。

この発想や着眼点、あり方はまさしく第4光線のものである。

弁証法、歴史弁証法とは、まさに葛藤を通した調和についての認識を言い換えたものである。

ヘーゲルの光線構造は、42543であり、魂光線が4である。

そうした本質的な4光線の特質が、この弁証法の考え方の中に現れたのではないかと思われるのである。もっと言えば、5光線のマインドが、おそらくヘーゲルの生き方に染み付いた葛藤を通した調和というあり方を理論化したのである。
















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