筋トレの心理-マッチョな男の心理学-



前回の記事で、松本人志が今、筋肉を鍛えてムキムキの肉体になっているのは11室にラーフが在住している為であり、11室の象意である称号(肩書き)や富を追求しているのと同じことではないかと書いた。


肉体に筋肉を積み上げるというのも、結局の所、物質欲であり、富を追求する行為に似ているからである。


また獅子座のプールヴァパールグニー(金星)に在住するラグナロードの太陽も関係しているのではないかと書いた。


プールヴァパールグニーの支配星は金星である為、快楽主義と関係しており、身体の表示体である太陽が、プールヴァパールグニーに在住することは、自分の身体美を物質欲の一種として追求するのではないかということである。


こうしたことを更に検討していた所、以下の2017年9月24日付の文春オンラインの非常に興味深い記事によって更に考えを発展させることが出来た。



少々長いが以下に引用する。


松本人志“変節”の起源は、三十路を過ぎてマッチョ化する元文化系男子の系譜にあった
速水健朗×おぐらりゅうじ すべてのニュースは賞味期限切れである
2017/09/24 文春オンライン

速水 今回は松本人志をめぐる問題について。

おぐら 『ワイドナショー』(フジテレビ)のコメンテーターに就任して以降、番組内での発言がしょっちゅうネットニュースになってますね。

速水 最近だと、共謀罪に対するコメントと、日野皓正の往復ビンタ問題。

おぐら 共謀罪については、『ワイドナショー』で「僕はもう、正直言うと、いいんじゃないかなと思ってるんですけどね」「やっぱり冤罪も多少はそういうこともあるのかもしれないですけど、未然に防ぐことの方が、プラスの方が多いような気もするし」と。

速水 これはちょっとアレンジすれば叩かれない中身になる。「テロを未然に防ぐ必要はある。だけど、そのために冤罪を生んではだめ」だったらまったく問題ない。でもコメントとしては無難すぎる。「多少あるかも」という言い回しは、少し過激さを出してみたんだろうね。

おぐら 無難なことは言いたくないし、求められてもいない、という。ただ、番組を見ていた印象としては、少しためらいながら言葉を発していたので、本心だったのかなとは思います。

速水 けど、本当に過激なところに踏み込めるわけでもない。この場合だと「国民の権利なんて制限して当然」とまでは言わないわけだから。

おぐら これを受けて、『週刊金曜日』が表紙と巻頭で「松本人志と共謀罪」という特集を組みました。

速水 一応目を通したけど、うーん……おもしろくなかった。

おぐら 特集のリードには「松本人志の変節と、共謀罪の成立を許した私たちの社会」と書いてあります。

速水 だけど別に共謀罪の議論に踏み込むわけでも、松本人志論に踏み込むわけでもなく、かつての番組プロデューサーやなんかが出てきて、昔はこんなじゃなかったみたいな。本人を呼んできて、どういう意図の発言だったか聞けばよかったのに。

おぐら ここ何年か、チャップリンやモンティ・パイソンを引き合いに出して「日本の芸人はなぜ権力の批判をしないんだ」っていう議論がありますけど、単純にビジネスにならないからっていうのも一因だと思うんです。「音楽に政治を持ち込むな」論争でも明らかになったように、一定数の日本人が政治的なネタを歓迎しないというマーケットの問題。実際、現政権や権力を批判するネタをやっている芸人もいますけど、アンダーグラウンドな活動の域を出ない。要は売れないってことです。

速水 「日本のお笑いはオワコン」と言った茂木健一郎が『週刊金曜日』の特集で書いていたのは、日本のお笑いは「空気読み」の一等賞を決める競争だっていう論。まあ、その指摘は正しい。それを踏まえて言うと、政治家の政局もまさに空気読みでしょ。いかに時流に乗るかという能力が問われる。

おぐら 弁護士との不倫疑惑をスクープされて民進党に離党届を提出した山尾志桜里議員も、その前に「保育園落ちた日本死ね」のブログを国会で取り上げたことで時流に乗った人でした。

速水 お笑い芸人が社会問題に対して発言をするのは、まさに空気を読んで時流に乗っているからだろうね。ちなみに、ワイドショーコメンテーターも同じ。

おぐら コメンテーターといえば、宇野常寛さんが『スッキリ!!』(日本テレビ)のコメンテーターを降板するとツイッターで明かしました。

※ 編集部注:宇野氏は、日中戦争中の南京事件に否定的な本を置いていたアパホテルについて、今年1月放送の『スッキリ!!』で「歴史修正主義だ」と批判し、「日本テレビに街宣車が押し寄せ」たことを番組側が問題視したのではないかとして、「『スッキリ!』クビになりました」とツイート(8月31日付)。YouTubeでも動画を投稿して「僕は事実上のクビだと解釈しています」などと語りました。

速水 宇野くんは空気を読まない希有なコメンテーターだったと思うよ。あのスタイルが制作側と衝突して降ろされてしまうというのはわかる。それが傍目で納得できるかどうかは別として。

おぐら もはやワイドショーのコメントは、いかに万人が納得する解釈を披露できるかを競うゲームみたいになってますよね。

速水 ワイドショーにも事件の説明過程があって、そこまでの流れをぶった切るコメントをするのは勇気が要るんだよ。局側に何かを無理に言わされるということはないんだけど、そもそもそれをテレビが伝える意味とかに口を出し始めると、コメンテーター自身の存在意義って何?ってなりかねないし。

おぐら そんな『スッキリ!!』の日本テレビで、『いつかボクらもご意見番 コメンテーター予備校』というバラエティ特番がはじまったんですよ。お題のニュースに対する芸能人たちのコメントを、一般の人たちがジャッジするという……。

速水 それを番組にしちゃったんだ。

おぐら 公式HPの紹介では「どんどん肥えていく視聴者たちのコメンテーターを見る目」「『どんなコメントが求められているのか…?』『こんなコト言ったら炎上しちゃうかな…?』」「視聴者を『なるほど』と唸らせるコメント力を学ぶ」と書いてあります。

速水 テレビ局がコメンテーターに何を求めているのか、よく分かるね。

おぐら それに、9月21日放送の『アメトーーク!』(テレビ朝日)が「コメンテーターやりたい芸人」だったんです。つまりコメンテーターは、いま旬のネタとして扱われるような存在になっていて、そのぶん世間から厳しい目を向けられているっていうことですよね。

三島由紀夫・長渕剛・松本人志が貧弱な文化系男子だったころ

おぐら 松本人志の変化といえば、身体を鍛え始めたことは重要ですよね。

速水 むしろ今回はそっちがメイン。松本人志の変遷を考える上で、身体のマッチョ化には大きな意味がある。


おぐら 若い頃は、威勢がいいけど痩せ型だったのが、ムキムキになって思想も変わった人でいうと、長渕剛が思い浮かびますけど。

速水 もともと弱々しいキャラの男が、30歳を超えたあたりから体を鍛え始める系譜って、三島由紀夫から脈々と受け継がれる文化系男子のパターンなんじゃない?

おぐら 長渕剛は『巡恋歌』や『順子』をリリースした初期、デビューからしばらくは、か弱い男を体現しているようなルックスでしたよね。

速水 俺が好きだった頃の長渕は、粋がってるけど弱そうな近所の兄ちゃん風だったんだよね。

おぐら 『親子ゲーム』に主演してた頃?

速水 そうそう。元暴走族の兄ちゃんがラーメン屋をやっていて、親に捨てられた少年を引き取るドラマ。当時の長渕は、コメディ役者兼歌手だった。

おぐら ドラマ『親子ゲーム』(TBS)は1983年放送ですね。僕の世代だと『とんぼ』(TBS、1988年放送)のほうが印象に残ってます。この頃は、体は痩せてますけど、もう完全にこわい人っていうイメージ。

速水 ここが大きな転機なんだよ。長渕が最初にマッチョを演じたのがドラマ『とんぼ』で、いつのまにかケンカが強いっていうキャラに変わってた。

おぐら 孤独なチンピラが、本物の強い男に変わっていくような。

速水 『とんぼ』の直後の『ウォータームーン』は、宇宙人だけど修行僧っていう役で、長渕の変身願望をまわりのスタッフが受け止めきれずに空中分解した映画。

おぐら ファンの間でも語り継がれている怪作ですね。

速水 マキタスポーツによると、映画『竜二』の影響とブルース・スプリングスティーンが長渕に憑依したっていう分析。ムキムキになってから日の丸を背負うのも、スプリングスティーンの星条旗の代わりだったわけだし。

おぐら 一方の三島由紀夫は、筋肉の体で、日の丸の鉢巻に日本刀という出で立ち。

速水 長渕と三島の変節は年齢的にも共通点が多いよね。あと、どちらも運動音痴っぽい。

おぐら っぽいって……。

速水 いや、実際、三島のことは石原慎太郎が馬鹿にしているの。三島由紀夫が日本刀を持ってきて居合い抜きをしたら、鴨居に刺さっちゃった話とか。彼は運動神経がなさ過ぎるって。

おぐら 身体能力にコンプレックスというか弱さを抱えている人が、年齢を重ねて、何かをきっかけに身体を鍛え始めるんでしょうか。

速水 でも、松ちゃんにやばさを感じたのは、深夜番組で作務衣とか着始めたとき。

おぐら 『一人ごっつ』(フジテレビ)だ。1996年に放送開始です。

速水 作務衣とか求道者イメージとかを茶化しているのかと思ったら、どんどんそっちにいって、髪も短くなって。

おぐら なるほど。その時代に一度、変化してるんですね。

速水 最初は片岡鶴太郎的なものをいじってるのかな?って思ったんだけど、むしろ鶴太郎的なものへの憧れがあったんじゃない?

永遠の童貞派と身体ロンダリング派

おぐら ボクシングとか書画とか、芸人とは違った部分で才能をアピールする方向。ちなみに、長渕剛も詩画をやってますよ。

速水 そして鶴太郎は、いまやヨガを極めて体重43キロでしょ。マッチョの先を行って、完全にスピリチュアルの世界。

おぐら というか、最初から方向性としてはスピだったんじゃないですか。ヨガはもちろん、ボクシングも書画も精神世界と相性いいですし。

速水 女性のスピがオーガニックとか、フラダンスとか、占い師のマネージャーとかに向かいがちなように、男の場合は陶芸とか、そば打ちとか、作務衣・求道系みたいなほうに向かいやすいんだね。

おぐら 松本人志が竹原ピストルを気に入っている理由にも繋がってきます。

速水 そこは見る目がないとは思うけど。

おぐら そう考えると、三島由紀夫や長渕剛もスピリチュアルと遠くはないです。

速水 資質として、スピに向かいやすい感じの人たちではあるよね。

おぐら 強い身体に憧れてマッチョになる男たちがいる一方で、童貞っぽさというか、心は少年のままでいることが芸風やクリエイティブに繋がるという考えもありますよね。

速水 大人になれない感じのね。大槻ケンヂとか伊集院光とかを代表とする人たち。その両者を名付けるなら、永遠の童貞派と身体ロンダリング派っていう感じなのかな。

おぐら そのどちらかに振り切った方が、表現者としては突き抜けられるってことなんでしょうか。

速水 その二者択一かあ。うーん、どっちも嫌だなぁ。


この上記の対談の中で、30歳を過ぎて体を鍛え始めた人々として、三島由紀夫、長渕剛、松本人志が取り上げられている。



そして、この対談の中では、体を鍛え始めたことと思想の変化との因果関係について指摘しているのである。



私は前回の記事の中で、松本人志と三島由紀夫の類似性について気づいたが、更にここでは、長渕剛についても挙げられている。



長渕剛のチャートを作成してみると、非常に興味深いことに身体の表示体である太陽が、獅子座のプールヴァパールグニー(金星)に在住しているのが分かった。






やはり、金星のナクシャトラに身体の表示体である太陽が在住している場合、身体美を追求するのではないかと思った次第である。



三島由紀夫のチャートを見ると、やはり、太陽ではないが、ラグナと月がプールヴァパールグニー(金星)に在住している。








ラグナは太陽と同じく身体を表している。



従って、身体の表示体が、金星のナクシャトラに在住した場合、身体美を追求するのではないかというのが私の仮説である。




あともう一つの理由として、私は以前から三島由紀夫についてはその数奇な経歴について関心を持っていた。




猪瀬直樹の『ペルソナ―三島由紀夫伝』 (文春文庫)で指摘されているが、三島由紀夫は臆病者であり、 臆病を克服しようと大変な努力を行なっていたというのである。



三島由紀夫が『仮面の告白』で描いているように徴兵検査の時に嘘をついて兵役を逃れたというエピソードからもそれが分かる。



私は以前、この逸話を知った時、それは、三島由紀夫の出生図のラグナと月から見て太陽が6室に在住してラーフ/ケートゥ軸によって激しく傷つけられており、ナヴァムシャでも太陽は6室に在住し、ラーフ/ケートゥ軸や火星、土星と絡んで傷つけられており、またシャドバラで太陽は、0.5ポイントしかなく、平均値の1.0の半分しかないことが原因ではないかと考えた。


この太陽の傷つきが、自信の無さをもたらし、この自信の無さを克服する為に涙ぐましい努力をして、最後に切腹までやり遂げてみせたと考えられるのである。



それは涙ぐましい奮闘(6室)であるが、6室でヴァルゴッタマの太陽は、時間と共に改善してゆき、その結果、彼が切腹をした時、ためらい傷は無かったのだと考えられる。



このように太陽が傷ついており、自信の無さや劣等感というものを補うために筋肉を鍛えたのではないかと思ったのである。






そして、改めて調べてみると、松本人志の太陽は、ナヴァムシャで減衰して土星からアスペクトされて傷つけられていることが分かった。








前回の記事でも示したが、松本人志が、自らの筋肉を披露する写真がネット上で見ることが出来る。








また長渕剛のチャートを見ても、太陽はナヴァムシャで減衰して土星から傷つけられている。








長渕剛も若い頃は痩せていたが、中年になってから筋肉を鍛え始め、インスタグラムで、わざわざ上半身裸の筋肉隆々の肉体を披露している。










長渕剛にしろ、松本人志にしろ、何故、彼らが筋肉隆々の裸体の上半身を写真に撮って自慢気に見せびらかさなければならなかったのか考えると、獅子座プールヴァパールグニー(金星)に太陽が在住していることによる肉体美の追求と、太陽が減衰して傷ついていることによる自信の無さを補うという2つの理由によるものではないかと思うのである。



このように太陽が減衰して凶星から傷つけられている結果、その自信の無さを補おうとする結果、筋肉の獲得に熱中するのである。




更に私は、三島由紀夫、長渕剛、松本人志の他に島田紳助もこれに該当するのではないかと思うのである。




島田紳助のチャートについては私は以前、蠍座ラグナに修正している。



彼は今、マハダシャー木星期であり、芸能界を辞めて楽しそうに生活している。



島田紳助の引退についてはまた別の記事の中で取り上げてみたい興味深いテーマであるが、やはり、ナヴァムシャで太陽が減衰し、火星とコンジャンクトして傷ついている。



そして、逆行の土星からもアスペクトされて傷ついている。








島田紳助も芸能界を引退した後、体を鍛え始め、筋肉隆々になっているという。



松本人志 島田紳助さんとの共通点を指摘「すっごいムキムキ」
2017年9月25日 10時58分 トピックニュース

24日放送の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!特別版」(日本テレビ系)で、ダウンタウン・松本人志が、芸能界を引退した島田紳助さんに言及。自身と同様に筋骨隆々になっている現在を明かした。

番組では、「絶対に答えなくてはいけない! レジェンド芸人に聞きたいことSP」と題して、オードリー・春日俊彰が松本に対して、「1番自信のある筋肉の部位はどこですか?」という質問をぶつけた。

「僧帽筋(そうぼうきん)」と回答した松本はそこからさらに「軽く(顎が)しゃくれの奴 筋肉つく説」なる”珍説”を唱え、スタジオの笑いを誘った。松本は「今、紳助さんとか、すっごいムキムキなの!」と証言し、「しゃくれてる奴って、やっぱ頑張る」と断言したのだった。

なお、紳助さんの現在の肉体については以前、親交のある板東英二も別番組で「蝶野(正洋)さんより、すごい身体してます!」と証言している。



因みに身体を表わすラグナロードの火星は射手座のプールヴァアシャダー(金星)に在住し、月は獅子座のプールヴァパールグニー(金星)に在住している。




やはり、ラグナロードや月などの特別な感受点が金星のナクシャトラに在住することで肉体美を追求したと考えられるのである。








因みに上記のような写真が2015年6月17日付のnetgeekというサイトに掲載されている。



松本人志が島田紳助の肉体について言及したのが、2017年9月24日である為、現在は、この写真の時よりも更に筋肉が付いている可能性はある。



島田紳助が自信が無かったということは、私が証明するまでもなく、事ある毎に本人自身が「僕は、本当は小心者なんです・・・・」と口にしていることから分かる。



また私は島田紳助が女性マネージャーに暴力事件を起こした時の状況をよく覚えているが、彼は何故、暴力を振るったかの理由について、その女性がため口をきいたとか、自分の尊敬する上司のことを呼び捨てにしていたことなどを挙げていた。




つまり、太陽が減衰しているため、ほんのちょっとしたことで自尊心が傷ついて自己評価に揺らぎが生じてしまうのである。



繊細で傷つきやすいということが出来る。



従って、太陽が弱い人は、自己評価が揺らぎやすい為、怒りやすいのである。



然し、通常は、それを表に出すことはないが、彼の場合、始末がわるいのは、ナヴァムシャにおいて、減衰する太陽には、牡羊座にアスペクトバックする火星がコンジャンクトしており、火星のエネルギーが加わっている。


従って、自己評価が揺らいだ太陽が、直ぐに怒りを爆発させるのである。



彼が女性マネージャーに対して、気がふれたように怒り狂ったのはその為である。



然し、私は島田紳助が最も小心であることを証明したのは暴力団と付き合うことによって、自分のバックには暴力団がいるんだぞと言わんばかりに周囲を威嚇したことではないかと思われる。



「虎の威を借りる狐」という言葉があるが、自分に自信がない人間ほど強い人間が知り合いや親族にいることを自慢する。



例えば、「叔父が警察署長なんです・・・」とか、「親が政治家なんです・・・」とかである。



中学生ぐらいの時、「俺のバックにはヤンキーが付いている」とか常に周囲に語っているような人がいたが、やはり、自信の無さの裏返しだと考えられる。






このように私は筋肉を鍛える人は、深いレベルで自信がない人ではないかと考えている。




自分に不足があると考えるからこそ筋肉を鍛えるのである。




そもそも自分に充足している人は、今持って生活して来て普通に得られている筋肉で十分であり、筋肉のことについて意識しないはずだからである。




筋肉を鍛えるという行為は、アドラー心理学的に言えば、劣等感補償の心理機制が働いていると言える。




つまり、筋トレを好むのは、劣等感を補うための神経症のようなものである。




例えば、スポーツ選手、例えば、プロ野球選手やサッカー選手が競技のために筋力を鍛えるということはより競技に耐えられる肉体を作るという目的がある。




然し、筋肉を付けること自体が目的の筋トレは、身体美を得たいというナルシズムであって、何らかの心理的な動機が想定されるのである。




自然に生活している中で得られている筋肉以上の筋肉を欲しがるという心理状態は、やはり動機として、何らかの劣等意識が想定されるのである。





右傾化する社会と筋トレの心理



この筋トレをする心理を今の社会情勢から考えてみると、こうした状況は社会が概して、右傾化していることを表している。



市場原理主義(競争原理)によって、社会福祉などのセイフティーネットが破壊され、万人が万人と闘争して勝利した者だけが生き残れるとする弱肉強食の論理や実力主義、能力主義が優勢になった社会においては、他人は頼りにならず、自分を守れるのは自分だけであり、自分の実力のみが生き残れるかどうかを決するといった現実主義(リアリズム)に基づいた殺伐とした思想が優勢になるのである。


例えば、ナチスは優れたものだけが生き残るべきで劣ったものは滅びるべきであるとする『弱肉強食』の思想であった。


そうした思想の中で「健康的な肉体美」というものが推奨されたのである。






従って、右翼思想と、マッチョな肉体というのは、一体のものなのである。


社会のモラルが崩壊し、法や道徳が廃れて、誰も社会のルールを守らない実力主義の時代に突入した時、最後に勝負を決するのは、腕力や体力などの原始的な肉体の力である。


これは軍事力と言ってもいいかもしれない。


そのため、三島由紀夫は、マッチョな肉体を誇示して、刀を振り回して、私設の軍隊を持ち、自衛隊に突入して、決起を促したのである。


彼はその時、蟹座に在住するラーフ期であった。(私は以前から蟹座と右翼思想が関係していることについて述べている)



筋力を鍛えるというのは、その最も原始的で基本的な戦力としての腕力を他者に勝利するために自ら身に付けるという思想である。





この心理は、深いレベルでの不安や自信の無さに関係している。



例えば、北朝鮮が、核搭載可能なミサイルの発射実験を繰り返し、ミサイル開発を推進するのはアメリカを初めとした、いわゆる国際社会によっていつ体制崩壊させられるか分からないからである。


そのことに怯えるため、軍事力を身につけて周囲を威嚇しなければならないのである。



実際、彼らはアメリカからいつ体制崩壊させられるか分からない危機に直面しているとも言えるため、それは現実主義(リアリズム)に基づいた冷徹な判断であるとも言える。



つまり、最近、松本人志が筋トレをし始めてマッチョ化していることは、彼が才能の枯渇や、自信の無さを抱えているということと、ブレグジット(英国のEU離脱)やトランプ現象に見られるような広く国際的な右傾化が起こっていることの相乗効果の結果であると考えられる。



市場原理が極限まで進んでいるアメリカには、リバータリアン(自由至上主義者)と言われる非常に右寄りの人々が存在する。



彼らは自分の身を守るのは、自分の責任だという自己責任の考え方が徹底しており、自分の身を守るために銃を所持する権利があると考えている。



つまり、弱肉強食の世界にあって、最後に身を守るのは、武器であり、力強い健康な肉体は、その武器の一つなのである。



これが右翼思想家の感覚であり、筋トレする心理であると言える。





因みに私にとって、三島由紀夫、長渕剛、松本人志、そして、島田紳助の心理状態は他人事ではない。




私自身、ナヴァムシャで太陽が減衰しているからである。




あいにく減衰はしているが、ディスポジターの金星がラグナ、月からケンドラに在住している為、ニーチャバンガは形成している。



然し、私は、例えば、島田紳助の心理状態など手に取るように分かるのである。



何故、彼があれほど、怒り狂うのかについて、それが小心から出ているということは、私には手に取るように分かる。



いつも自分の中で体感していることだからである。



(彼らがこの記事を読んだら怒りださないか心配である)






ただ私は別に筋肉を身に付けようとは思わない。



私自身、三島由紀夫が、『仮面の告白』で示したような自分の小心や臆病さというものを内観してそれをどうにかしたいと思っていたことはあったが、一時期は、自分の臆病さを克服して、大胆で、豪快で、強気の人間になろうとして努力していたこともあった。



つまり、「あるがままの自分」ではなく、「こうあるべき自分」になろうとしていたのである。



その努力が根本的に間違いであったと気づいたのは、早稲田大学教授・加藤諦三氏の著作を読んだ時である。



いくつかの著作を続けて読んでいたが、例えば、その中に「強気の人、弱気の人」というタイトルの本があった。



人には強気の時も弱気の時もあるので、その時々の心理状態に素直に従って、その時の自分のありのままでいればいいのだといった内容であった。



こうした思想は、老子の無為自然にも通じるもので、後にクリシュナムルティーの著作を読むようになって、更にこうした考え方がより深く身に付いた。



従って、私は自分を実際の自分よりも大きくみせようと思わないし、小さくみせようとも思わずに常に等身大の素直にその時の自分でいようと考えている。



この考え方を身に付けた時から、私の人生は、努力することから解放され、随分、楽になったものである。



なにしろ、性格というものは努力によって変えるものではないということが分かったことが救いであった。



その時から、私の努力というものは、私が本来のありのままの自分から不自然に別の自分になろうとしていることを観察すること、気づくことに向けられた。



そして、不自然な有害な努力が為されていると感じられた時には、私はそれに気づけるようになり、徐々にありのままの自分でいられるようになった。




今では、こうした心理学の知識に加えて、私にはジョーティッシュの知識が加わったため、別の人間になろうとする努力が全く無駄で有害であることがまた別の角度からよく分かるのである。



何故、私が、それ程、強気の人間ではないのか、世の中には、狂犬のように強気な人間がいるが、どうして、私はそういう人間ではないのか、そういう狂犬のような人間が常に幼少時や青年期の男子たちの人間関係の力学の中で、常に優位な立場を得るのを見て、うらやましく思ったものである。



然し、本来、何か理想のあるべき自分になるために生まれて来たのではなく、自分は他の誰かになるために生まれて来たのではなく完全に自分自身になるために生まれてきたのである。



そして、完全に自分自身になる時、その性格や運命を受け入れる時にそれが自己実現なのである。



ニーチェが運命愛という言葉を使っているが、その適用範囲や概念の深さには若干、違いがあると思うが、おそらく同じようなことを意味していたと思うのである。



人は自分のホロスコープというものは、一生涯、変えることは出来ないのであり、ただそれをありのままの自分として受け入れるということが、無為自然に生きる、ありのままに生きるということである。




私はそのような思想の元にジョーティッシュを実践している。




筋肉を鍛えるということが悪いのではなく、何故、筋肉を鍛えているのかについて気づくことが重要である。




そのことに意識的でいて、その上で、筋肉を鍛えることは何らわるいことではないのではないかと思う。




つまり、私は、自信がないので、自信を付けるために筋肉を付けたいという欲望が正直にありのままに見えていて、その上で、行うならそれはそれでいいのかもしれない。




また更に今現在の弱肉強食のご時世が、不安を催すため、筋肉を付けたいと思うといったように自分の動機について意識的であることは非常に重要なことである。





今回、私が提示した理論は、ラグナやラグナロード、あるいは月など身体を表わす特別な感受点が、バラニー、プールヴァパールグニー、プールヴァアシャダーなど金星のナクシャトラに在住する場合、身体の表示体が金星の影響を受ける為、身体美を意識し、欲望しやすくなるのではないか、



そして、太陽が減衰していたり、激しく傷ついていたりする場合、心理的な劣等感を補償するかのように更にその身体美、すなわち、筋トレに熱中するのではないかということである。



また更に社会が右傾化しているような背景がある時には、それが促進されるのではないかということである。






(参考資料)



「今の僕は日本一忙しいニート」島田紳助氏が4時間語り尽くした!
文春オンライン 2017年10月25日 16時00分 (2017年12月29日 06時41分 更新)

「島田紳助(61)が、筋トレを重ねてマッチョ化している」

 雪男のごとく方々でささやかれる目撃談。同様のことを親交のある芸能人も証言している。真偽を確認すべく、本誌記者は大阪府の紳助氏居宅を訪ねた。用向きを伝えると、氏は苦笑しながらも、「 じゃあ、上がってください」と記者を部屋へといざなった。

 “マッチョ化”とまではいえないが、61歳とは思えない、よく引き締まった体躯。2011年の暴力団関係者との交際発覚を機に芸能界を引退し、完全に表舞台から姿を消して6年。体調のいい日に1時間 程度、自宅でトレーニングしているという。

「僕は常々、老後に必要なのは『お金と仲間と筋肉』と言うてるんです。この三つがあれば幸せに生きられると思ってます」

 もともとの友人や、引退後に新たにできた友人たちとともに「クソガキみたいに遊んで過ごす毎日」を送る紳助氏。いまだ囁かれ続ける芸能界復帰説については、「芸能界でやり残したことはありま せん」とはっきり否定する。

「別に、頑なに戻らないと決めているわけじゃないんですよ。今の生活が幸せで、その必要を感じていないだけ。(復帰は)さすがに吉本の社長も諦めたんとちゃいますか。(暴力団との交際について は)一切会っていませんし、連絡も取っていません。今遊んでいる友達は一般人ばかりですし、もしヤクザの影があったら誰も僕に寄り付きませんよ」

 元相方の松本竜介氏、後輩の松本人志、小泉純一郎元首相らとの知られざるエピソードを語ったあと、紳助氏は4時間にわたる直撃インタビューをこう締めくくった。人生あと三十年。生きがいなんて いらない。日々楽しかったら、それだけでいい――。

 島田紳助氏4時間インタビューの全容は、10月26日(木)発売の「週刊文春」11月2日秋の特大号に掲載される。

(「週刊文春」編集部)
参照元:「今の僕は日本一忙しいニート」島田紳助氏が4時間語り尽くした!
文春オンライン 2017年10月25日 16時00分 (2017年12月29日 06時41分 更新)

「筋肉は筋肉それ自体を目的として鍛えられねばならない」三島由紀夫【名言ニュートリション】
2017年5月29日 マッスル

ジム内で守るべき戒律は一つ
「何を目指してるの?」

トレーニングに励む男性であれば、こんな一言を浴びせられたことがあるだろう。今後、そんな問いを受けた際には、この言葉を堂々と朗誦しよう。「筋肉は筋肉それ自体を目的として鍛えられねばならない」と。

この言葉は、名門資産家の令嬢である鏡子の家に集う4人の青年を描く、三島由紀夫1959年の作品、『鏡子の家』(新潮文庫、81ページ)に記される一節である。4人の主人公の1人、自らの痩せた体に劣等感を持つ美貌の無名俳優である収は、ある日一念発起し、大学の先輩である武井に師事する。その初日、武井は喫茶店に収を連れて行き、シャツの下で筋肉をうごめかしながら、凄まじい勢いで「純粋筋肉」なる思想を展開する。

曖昧模糊とした思想を否定し、一般のスポーツを「もはや明日の文明に寄与するようなものは何一つない」(80ページ)と切り捨て、ギリシャ彫刻の理念になぞらえ、運動機能を超えた、筋肉の独立した美的倫理的価値の獲得を訴える。そのためには、「何の役にも立つべきではない訓練が必要であり、筋肉は筋肉それ自体を目的として鍛えられねばならない」と(原文ママ)。

古代ギリシャには、後世に残された彫刻が物語るように、筋肉礼賛の思想があった。労働を忌み嫌い、奴隷を労働に従事させながらも、身体の鍛錬には並みならぬ情熱を注いでいた。現在の「ジム」という単語は、古代ギリシャにおける若者の教育の場であったギュムナシオンに由来するが、この語には「裸で身体を鍛える」といった意味があった。裸での鍛錬には、肉体美の鑑賞目的があったと言われ、また、大半の古代オリンピック競技は、裸で実施されていたと伝えられる。

即ち、美しい筋肉は、称賛の対象であり、羨望の的であったのだ。軍事的必要性が背景にあることも想像に難くないが、鍛錬により究極の肉体美を手にすることは、神に近付くことを意味していた。「筋肉は筋肉それ自体を目的として鍛えられねばならない」!

また、純粋筋肉からは異端だが、筋肉を「手段」として鍛える場合においても、ジムでは「筋肉は筋肉それ自体を目的として鍛えられねばならない」。とりわけ、競技力向上のための手段としてトレーニングを行う場合、競技動作とは切り離すべきである。

例えば、野球選手が、重いものを投げて鍛えようとして、ボールの代わりに砲丸を使ったりすると、フォームが崩れて技術が損なわれ、さらには怪我のリスクが高まる(石井直方、2008、『石井直方の筋肉まるわかり大事典』、ベースボール・マガジン社、234-235ページ)。全身の爆発力を高める、クリーンのなどのオリンピックリフトであっても、重量挙げ選手以外のアスリートにとっては、競技とは切り離された動作であろう。そう、「筋肉は筋肉それ自体を目的として鍛えられねばならない」のだ!

ジムに通う理由は何でもいい。純粋筋肉教徒でも異教徒でも構わない。だが、求める物を手にするために、ジム内で守るべき戒律は一つだ。「筋肉は筋肉それ自体を目的として鍛えられねばならない」のである!

文/木村卓二
参照元:「筋肉は筋肉それ自体を目的として鍛えられねばならない」三島由紀夫【名言ニュートリション】
2017年5月29日 マッスル

芸能界を引退した島田紳助さん 風貌の変化に一般人は話しかけられず?
2017年10月28日 16時56分 トピックニュース

島田紳助さんの現在の様子…一般人が「話しかけられなかった」ほど

2017年10月28日 16時56分 トピックニュース

27日放送の「バラいろダンディ」(TOKYO MX)で、タレントの島田洋七が、芸能界を引退した島田紳助さんの最近の様子について語った。

番組の「今夜は寝れ9」のコーナーでは、紳助さんの独占インタビューをした週刊文春の誌面を紹介した。

誌面によると現在、紳助さんは肩にかかるほどの長髪に加えて、筋肉トレーニングで身体を引き締めた若々しい風貌だそうだ。同門の兄弟子である洋七は、今でも電話やメールなどで連絡は取り合っているそうで、洋七が沖縄を訪れたときに聞いた紳助さんの情報を披露する。

洋七は、沖縄の飲食店で紳助さんを見かけたという一般人男性から「話しかけられなかった」と明かされたそうだ。紳助さんの長髪の風貌から声をかけられなかったのだろうと推測する洋七だったが、そのあとすぐに紳助さんに電話したそう。

紳助さんは「話しかけたらよかったのに!」と言っていたそうで、さらにその一般人男性によると「ものすごく楽しそうやった」と、その様子を明かしていたらしい。

紳助さんは、男友達5、6人で食事を楽しんでいたそうで、洋七は「友達作るのものすごくうまいからね」と、その人柄に触れていた。
参照元:芸能界を引退した島田紳助さん 風貌の変化に一般人は話しかけられず?
2017年10月28日 16時56分 トピックニュース

“大成功”報道だった長渕剛の富士ライブ、実際は……倒れた観客に「退場はシャトルバスのみです」
日刊サイゾー 2015年8月26日 09時00分 (2015年8月28日 00時00分 更新)

「主催者発表だから『10万人』と書くしかないよな」

「さすがに、ここで『3万人』が熱狂とか書けないでしょ」

 記者が公式発表そのままに「観衆10万人」と報じた長渕剛の富士山麓「10万人オールナイト・ライヴ」は、スポーツ紙が横並びで「伝説」「大成功」と絶賛のオンパレードだった。

 だが、実のところ長渕の熱意こそ伝わったものの、イベントとして成功とは言い難いトラブルだらけのものだったのだ。

 通算9時間、ヘリコプターで登場した58歳のシンガーが何度か男泣きしながら44曲を歌いこなし「俺らはホンマもんの太陽が見たいんじゃー!」と叫んで富士山の裾野からの太陽を迎えたこと、そのスケール感は確かにファンを感動させていた。

 ただ、これをイベント運営として冷静に評価すれば、スポーツ紙が書いているような「大成功」といえるのかは、はなはだ疑問だ。

 1月末に売り出された先行発売チケットは1万5,000円と高額だが、さらに交通手段ごとに設定された「JTB旅行商品の購入」がないと入場できない“抱き合わせ商法”があった。これはシャトルバスの乗車券購入を条件とするもので、バス代とのセットで売られたチケット代は、出発駅によってバラつきがあるものの、1万9,000~2万3,000円。タクシーを含めた一般車両や徒歩での来場は禁止され、ファンからは「これなら4人でタクシーを同乗したほうが安い。独占禁止法違反じゃないのか」というクレームもあった。

そのチケットは全席ブロック指定となっており、1月にその位置が案内される予定だったが、4月が過ぎても案内はなく、5月になると案内の「遅延」が発表された。

 長渕は6月に新曲「富士の国」を発表し、着々とイベントを煽っていたが、地方会場に10万人の集客はさすがに無理があり、当日が近付くとオークションサイトでのチケットの投げ売りが目立ち始めた。

 3枚で121円というタダ同然のものもあり、1枚500円でも売れ残っているものがあった。最終的には「モニター大募集」として「車でご来場いただければ、ライヴ・チケット代と駐車場代、駐車場⇔会場間のバス代は無料とさせていただきます」と無料招待を繰り広げる始末。当然、先に高額チケットを買った人からの「ひどい」という声が集まっていた。

 長時間ライブのため、事前に案内のあったモバイル充電器の会場販売は、なぜか当日になって10日前に起きた「中国天津での爆発事故の影響」を理由に販売中止。ライブそのものも、長渕を乗せたヘリによる風圧で救護用テントが2つ倒壊し、中にいたスタッフ2人が負傷する事故で幕開け。悲鳴が上がる中でライブはそのまま続行されたが、横では救急車が出入りし、静岡県警が業務上過失傷害の可能性もあるとみて捜査に乗り出していた。

 21時に始まった長渕の歌は、「JAPAN」で始まった第1部が約2時間。深夜0時30分からの第2部は「とんぼ」に始まり約1時間30分で幕となったが、途中でゲスト登場したラッパー2人が、安倍晋三首相を名指しで「クソ野郎」と叫ぶ下品な歌詞で、これがファンに大不評。

「帰れ」と、ブーイングが飛んでいたほどだった。

 さらに、その関係者とみられるバックステージパスを首から下げた数十人のB-BOYふうな若者たちが、この時だけ盛り上がって、あとは客の視界を遮るように居座り、スマホをいじったりタバコを吸ったりしていたことに、一部観客が「邪魔だ! 見えない!」と抗議。詰め寄られたスタッフは「パスがある人に、どいてくれとは言えない」と困惑した挙げ句、その場を放棄していなくなってしまった。

 3時ごろになって、「絆」で始まった第3部は7曲と短めで約1時間。45分の休憩をおいて第4部が「明日をくだせえ」に始まり、5時30分ごろに日の出を拝んだ。長渕はその後アンコールで3曲を歌って、6時30分で終演。長渕似のルックスで気合を入れていた熱狂的ファンも、不眠の徹夜ライブにはさすがに疲れ切った様子だったが、実は5時くらいから体力の消耗や、交通渋滞を考えた苦渋の決断で退場する者が続出しており、ライブ中から退路の混雑が始まっていた。

 そして終演後、リストバンドのカナ順に退場させる規制がアナウンスされると、場内は騒然。「ア行」の客は終了直後から退場が許されたが、「カ行」は9時、「サ行」は11時30分、ほかは13時からとなっており、後者になると終了時点から最短でも炎天下の中を6時間半も待つことを覚悟しなければならず、あらかじめ早めに退路に就いた者でもリストバンド順を強いられ、バスに乗せてもらえなかった。

次第に怒号が響き、場内スタッフに猛抗議する者が続出。この押し問答で出口が塞がれ、なお退場は遅れることになり、順序の優遇されているリストバンド「イ」の客でも1時間半~2時間ほど待たされていた。

 ライブ後の場内はゴミの散乱がひどく、一部ファンが声を掛け合って自らゴミ拾いを始めたが、その真横をイベントスタッフたちが手伝いもせず続々と専用バスに乗り込み撤収したことで、「客に仕事させて置いていくな!」と罵声が飛んだ。そんな中、体調不良で倒れる者が相次いだが、到着した救急車はごく少数で、若い女性が顔面蒼白で「40分待っても救急車が来ないので、タクシーを呼んでもいいですか?」とスタッフに懇願。しかし、「シャトルバスのみです」と冷たく断られていた。そのバスの運行もさらなる遅れから、終了後10時間経過しても乗れない人々が列をなした。

 ただでさえアクセスが悪く、バス乗り場まで1キロ以上も歩かなくてはいけない中、帰宅者用に残されていた仮設トイレも16のうち半数が途中で使用不能となる事態があり、こちらも行列に。

 報道では「ソロ歌手の1公演あたりの動員数として史上最多記録を達成した」とあるが、現場では「どう見ても、その半分もいない」とスポーツ紙記者。それでも、そんな本音やこうしたイベントトラブルの真実は伝えなかった。

「長渕は厳しいことを書くと、取材を受けてくれなくなるからね。正直、ライブの出来としては演出が過去の使い回しも多く、歌詞を覚えていないのか真下のモニターを見てばかりだったところはガッカリでしたけど」(同)

 シャトルバスの大群は停車中から会場周辺の道路を占拠していたため、これを避けて狭い山道を通った一般ドライバーは「枝が車体にぶつかって傷だらけになった」と嘆き、富士付近のゴルフ場ではこの渋滞に巻き込まれて、プレイ開始までにたどり着けない被害もあった。これだけのトラブル続発はある意味“伝説”だが、長渕と同じ髪形にして来場した熱狂的ファン男性に話を聞くと「こんな破天荒なことをやるのは剛だけだ!」と自慢げに答えていた。

(文=藤堂香貴)
参照元:“大成功”報道だった長渕剛の富士ライブ、実際は……倒れた観客に「退場はシャトルバスのみです」
日刊サイゾー 2015年8月26日 09時00分 (2015年8月28日 00時00分 更新)

松本人志は「安倍政権寄り」!?「ワイドナショー」発言に反発急増
2017年7月10日 05:58 Asagei+plus

日曜午前に放送されている「ワイドナショー」(フジテレビ系)にコメンテーターとして出演しているダウンタウンの松本人志。

 これまで20年以上、お笑い界の頂点に君臨し、映画監督としても活躍する芸能界屈指の大物だが、同番組が深夜帯からスタートした2013年以降、ご意見番としても圧倒的な存在感を放っている。

 出演者の発言がネットニュースで取り上げられることの多い同番組。放送後、松本の発したコメントについてSNS上で感想が飛び交っているが、昨今、その傾向に異変が生じてきているという。

「このところ、ツイッター上で松本さんの発言に対して違和感を表明する人が目に見えて増えているんですよ」と語るのは芸能ライター。いったい、松本のどのような発言が反発を受けているのか──。

「共謀罪や森友学園問題、豊田真由子衆院議員の暴言騒動といった政治がらみの発言ですね。主に“リベラル寄り”の考えを持つ人たちが、松本さんの『共謀罪はあっていいんじゃない』といったコメントを『安倍政権寄り』として批判しているのです。最近では漫画家の小林よしのりさんら、テレビでおなじみの文化人も松本さんの発言をネット上で批判するようになりました。これまでは見られなかった傾向です」(前出・芸能ライター)

 あらゆる発言が注目を集める松本人志。反発を受けるのは、それだけタレントとして“攻めている”からには違いないのだが…。

(白川健一)
参照元:松本人志は「安倍政権寄り」!?「ワイドナショー」発言に反発急増
2017年7月10日 05:58 Asagei+plus

本多圭の「芸能界・今昔・裏・レポート」Vol.52
ビートたけしも激怒する”裸の王様”島田紳助の芸能界タブー化現象
2010.02.08 日刊サイゾー

芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!

 みのもんたに代わって、いまや”テレビ界の新帝王”と呼ばれている島田紳助。司会だけではなく、自らの番組を通じて”おバカタレント”を輩出したり、一発屋芸人を再生したりと、プロデューサーとしての手腕も評価されている。最近では、”悪妻”を持つタレントをブレイクさせるなど、その企画力には脱帽する。

 これだけテレビ界、芸能界への貢献度が大きければ、「天狗になるな」というほうが難しいかもしれない。だが、やはり、紳助のプライベートにおける傲慢さは感心しない。

 筆者が20年来、家族ぐるみで付き合っている銀座のクラブママがいる。つい先日、彼女が女性友達と、紳助が経営する西麻布の寿司屋「寿司 はせがわ」に行ったそうだ。彼女が高いシャンパンを頼んで飲みながら談笑していたところ、オーナーの紳助は、関係者数人とカウンターの端で飲んでいたという。

 そのとき、紳助は何が気に食わなかったのか、いきなり2人にガンを飛ばしてきたという。ママは気分が悪いんで、カウンターの向こうにいる従業員に「何よ、あの態度」と注意を促すと、従業員は謝るばかり。それでも、ガンを飛ばし続ける紳助に切れて、「不愉快だわ」と勘定を払って店を出たという。その際、従業員は平謝りで「お勘定はいりません」と言ったという。従業員も、悪いとわかっていながら、紳助に対しては何もできないのだろう。それにしても、店の経営者が、お客が気に食わないと不良まがいにガンと飛ばすとは。それも、女性相手に。とんでもない話だ。

 昨年10月、紳助が司会を務めるTBS恒例の『オールスター感謝祭』で、若手お笑いトリオの「東京03」が本番前に挨拶に来なかったことや番組中のやる気なさげな態度に紳助が腹を立てて、収録中に東京03のメンバーの胸ぐらを掴んで「お前らなめてんのか。潰してやる!」と、暴行寸前の事件を起こしたことが問題になった。

 吉本は、芸人の上下関係が厳しい事務所。東京03は、別の事務所ということもあり、そのあたりのシビアさを甘く見ていたのかもしれない。紳助の取った態度は誉められるものではないが、初共演の上に事前の挨拶なしでは、番組内でもうまく絡めず、お互いにとってマイナスである。紳助の怒りにはそれなりの根拠があり、東京03も非を認め、謝罪していたこともあって、当時は筆者なりに納得していた。

 ところが、昨年末、ビートたけしとこの事件の件を話すことがあった。たけしが、事件現場にいた関係者から聞いた話によると、「紳助は胸ぐらを掴んだだけではなく、実は殴っていた」というのだ。これには、たけしも「紳助は、何を思い上がってんだ」と呆れ、「周りには、紳助の先輩のタレントや役者が何人もいたのに。なんで止めなかったんだ」と激怒していた。現場にいた関係者の中には「殴っていなかった」と証言していた者もいたが、それは紳助を気遣ってのことなのか、見ようによっては殴っていたとのそしりを逃れないほどの際どい暴力行為だったのか、真相は分からない。いずれにせよ、紳助に、社会人としての最低限の自制心が働かなかったのは間違いないだろう。

 それでも、東京03は紳助に何度も詫びて、許しを乞うしかなかった。周囲は、紳助の行動を指をくわえて見ているしかなかった。今回の寿司屋の件では、店のオーナーである紳助の非礼を、従業員は詫びるしかなかった。もはや紳助は、テレビ界、芸能界において一大権力であり、タブーとなってしまったのか。

 最近になって、アンタッチャブルの柴田英嗣が無期限休業を発表。理由が不明瞭なことから、2ちゃんねるでは、東京03事件が関係しているという無責任な情報が飛び交っている。東京03と同じ事務所の柴田が、紳助に食ってかかり、トラブルに発展したというのだ。にわかには信じられないが、これも、紳助やその周囲が、東京03事件の真相を明らかにしなかったために巻き起こった騒動と言えるかもしれない。

 今の紳助に、日常の姿勢や態度について注意や進言できる関係者は、吉本のスタッフを含めていないと思う。それだけに、自ら律して、プライベートでも、タレントやスタッフに接するときの思いやりを忘れてはならない。紳助は04年に、当時吉本に所属していた女性マネジャーに暴行、大事件に発展した。そのときに涙を流して、反省した気持ちを忘れないでほしい。周りからヨイショされて、”裸の王様”になっていることに早く気づくべきだ。権力者がつくり出す笑いを見ても、みんなは苦笑いしかできないことに。

(文=本多圭)
参照元:本多圭の「芸能界・今昔・裏・レポート」Vol.52
ビートたけしも激怒する”裸の王様”島田紳助の芸能界タブー化現象
2010.02.08 日刊サイゾー






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