映画に見る水瓶座の時代

今度、公開される映画『アベンジャーズ』の広告が駅の構内に掲示されていた。
「アイアンマン」、「キャプテンアメリカ」、「ハルク」といった本来、別々の作品で主人公となったキャラクターが一堂に集結して世界を救うというストーリーである。

同じような映画として『エクスペンダブルズ』も既に公開されているが、シルベスター・スタローン、ジェイソン・ステイサム、ジェット・リー、ドルフ・ラングレン、ミッキー・ローク、ブルース・ウィリス、アーノルド・シュワルツェネッガーといった本来、一人でも主役を張れるアクションスターたちが集結した映画である。

『エクスペンダブルズ』のポスターを見た時、ついにこの面々まで共演するのかと驚いたが、これが今、主流のスタイルであり、主役は一人ではなく、大勢いるのである。

ツタヤなどのレンタルビデオ店に行くと、海外ドラマで主役が一人ではなく様々な俳優たちが共演するシリーズものの作品が流行している。

最近の「ファンタスティックフォー」とか「Xメン」といった作品も主役は個人ではなく、チームであり、グループである。

日本で言えば、AKBなどがそれに当たるかもしれないが、CMなどでも複数の俳優が共演する内容が多くなっている。

こうした傾向は明らかに水瓶座の影響、価値観によるものである。

「全体は部分の総和以上の何かである」という命題で語られるホリスティックな思想が、芸能の世界でも実践されている。

単に主役が目立てばいいだけでなく、主役を含めた共演者全員が一つの出演者の総和以上のホリスティックな全体としての作品を創り上げている。

これを一歩、進めると特定の主役などいなくても出演者全員が一つのチームとして機能し、全体としてここの出演者の総和以上のチームとして面白い作品を作ることができるということになり、強烈な個性とカリスマで集客できるようなスターがいなくてもいいということになる。

二流、三流と評価されるような俳優でも大勢出演することで全体としては一人のトップスターだけを売り物にした作品よりも魅力的に見えてしまう。

これが今、海外ドラマに人気が出ていることの理由ではないかと思われる。

魚座の時代というのは、個人主義の時代で、カリスマ的スターが教祖のように一人で主役を張る時代であった。

例えば、石原裕次郎とか、マリリンモンローとか、プレスリーとか、伝説のようになったスターたちがそうである。

然し、水瓶座の時代は、普通の人たちが主役であり、普通の人たちの大きな集合体、グループが主役である。

その普通の人たちの巨大な集合体には、カリスマ的スターもたちうち出来ないのであり、だからこそ、シルベスター・スタローンもアクションスターを一堂に集める映画を創ったり、複数の共演者が主役であるようなコンセプトの作品が多くなって来ている。

このことは以前も触れたかもしれないが、「アベンジャーズ」、「エクスペンダブルズ」といったハリウッド作品のポスターを見て改めてそう思えた。

 
















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